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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:6a0d9b18 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/03 07:49
  第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ウェイバー・ベルベット





  ライダーに連れられて冬木大橋の鉄骨の上に生身でしがみ付いていた恐怖。強制的に連れて行かれた五人のサーヴァントが集う戦場。何やら奇妙な闖入者がいたが、とりあえず無事に終わった殺し合い。
  途中で気絶してしまい、起きたのはライダーの飛行宝具で空を飛んでいる途中だった。
  ウェイバーは冬木市で調達した拠点。自分をそこに住んでいる老夫婦の孫だと暗示をかけてまんまと潜り込んだマッケンジー宅の二階の寝室に戻ると同時に横になり、戦いの高揚とか、緊張とかそう言った類のモノよりも前に休む事を優先させた。
  そしてすり減った心を癒すように昼近くまでしっかりと寝てしまい、目を覚ましたのは空に上がった教会からのマスター緊急召集の合図が聞こえてきた後だ。
  何が起こっているか判らないが、とりあえず感覚を同調させたネズミの使い魔を冬木教会に放った。そこでマスターではないが、敵陣営の一つ、始まりの御三家の一画である『間桐』の関係者―――、間桐臓硯が堂々と姿を見せ。サーヴァントの一人であるキャスターが冬木市での連続誘拐事件の犯人である事を知る。
  魔術の秘匿、そして聖杯戦争の瓦解を防ぐために戦いを中断し、六組のマスターとサーヴァントはキャスター討伐へと動き出す。そういう話を聞いた。
  ウェイバーは魔術師だ。
  だがウェイバーの知る魔術師の多くは血統の古さばかりを鼻にかける時計塔の優待生達と、そんな名門に纏わりつく取り巻き共でほぼ埋まる。時計塔の講師達とて例外ではなく、名門出身の弟子ばかり優遇して、ウェイバーには見向きもしない。それがウェイバーの知る魔術師という存在だ。
  そう、あの憎たらしいケイネス・エルメロイ・アーチボルトもまた例外なく! だ。
  おそらくまっとうな魔術師ならば、自分達の真理の探究ばかりに目を向けて、聖杯戦争の瓦解を問題視しても、キャスターの連続誘拐事件など自分達に影響が無ければ見向きもしないだろう。ウェイバーはそんな魔術師たちの鼻を明かす為に聖杯戦争に参加したので、あえて連続誘拐事件を止める方に着目して動こうと決める。
  ライダーも聖杯戦争に招かれたサーヴァントでありながら、関係ない者達を次々と手にかけるキャスターに怒りを覚え、討伐に関しては文句を言わないだろう。
  ただしキャスターの対抗手段として今の自分が有している戦力もまた、そのライダーのみ。
  教会に放った使い魔を呼び戻しながらそのライダーの事を考えると、ウェイバーの脳裏には昨夜聞いたある言葉が浮かび上がってくる。


  「おう魔術師よ。察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな。だとしたら片腹痛いのう。余のマスターたるべき男は、余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ。姿を晒す度胸さえない臆病者なぞ、役者不足も甚だしいぞ」


  結果としてそうなってしまったのだが、ウェイバーは望んであのサーヴァントが集う戦場に行った訳ではない。あのまま冬木大橋の鉄骨の上で待っていたら、ライダーが戦いを終える前に自分が力尽きて川に落ちて死んでしまう可能性の方が高いと計算しただけだ。
  状況はどうあれ、今の冬木市でライダーの傍以上に安全な場所は存在しない。たとえ他のサーヴァントに囲まれていようと、自分が呼び出したサーヴァント:征服王イスカンダルは最強だ。
  大きな手で守られ、あの言葉を聞いた時―――。心の中に浮かんだ面映ゆい感覚を言葉にするのは非常に難しい。しかもそれはきっとこの世でウェイバーただ一人にしか判らない感動に違いない。
  坊主と呼ばれようと、どんな形であろうとも。あの時、ライダーは自分をマスターと認めてくれたのだ。
  図に乗るといけないし。自分はライダーのマスター、つまりは使役する立場にあるのだから絶対に言わないが、あの巨漢のサーヴァントに軽蔑されたくないという思いが存在し『認められたい』と思うのだ。
  だからこそ他のマスターとサーヴァントの事は一旦横に置いて、キャスター討伐に尽力しようと心に決める。
  そう言えばそのライダーはどこ行った? 考えつつ使い魔との同調を切って部屋の中を見渡すが、あの巨漢の姿はどこにもない。
  疲れて眠ってしまったのでライダーの動向に気を回す余裕が無く、教会の呼び出しや今後のやり方などを考えるあまり身近への注意が疎かになってしまった。とてつもなく嫌な予感が背筋を凍らせながら階下へと向かうと、食堂から物音が聞こえる。
  マッケンジー夫妻か? ライダーか? あるいはその両方か? 最後だったらこれまで見つからないようにライダーを隠してきたウェイバーの苦労は無駄となる。
  何しろマッケンジー夫妻にかけた暗示はウェイバーが二人の孫であるそれだけで、古代マケドニア王国の武装で身を固めたライダーの事は何一つ伝えていない。
  サーヴァントは冬木市の日常とも常識とも大きく異なる存在で、そこに感じる違和感は強烈だ。下手をすれば催眠暗示が一気に解ける可能性もあったので、これまで徹底的に秘匿してきた。
  せめて家人とライダーが出会っている光景がそこにありませんように。と祈りつつ、ウェイバーは廊下から食堂を覗きこむ。
  そこには、両腕を上に曲げた状態で上腕二頭筋を見せ、その体勢を前から見せる―――。俗に『ダブルバイセップス・フロント』と呼ばれるポージングをとるライダーがいた。
  「ふははははは!! この胸板に世界の全図を載せるとは――。うむ、実に小気味良い!」
  「・・・どうしたんだ? その恰好」
  とりあえずマッケンジー夫妻の姿が無い事を安堵しつつ、予想とは違った光景に思わず問いてしまう。
  見ると食卓の上にはライダーがいつも身に着けている重厚な胴鎧が置かれており、その代わりにライダーは白いTシャツを身に着けている
  XLサイズの、いかにも安っぽい半袖プリントシャツで、胸には世界地図をからめたタイトルロゴで『アドミラブル大戦略Ⅳ』と印刷が施されていた。
  「余の荷物が届いたんでな」
  「――お前、外に出たのか!?」
  ライダーの言葉を理解すると同時に、胴鎧と同じく机の上には宅配便の伝票が貼られた小包を見たウェイバーはそう叫ぶ。
  マッケンジー夫妻の姿が無く、ライダーの手に小包があるならば、受け取ったのはライダーという事になる。そして受け取り手と同様に送り手もいるのだから、ウェイバーが聖堂教会へ使い魔を放っている時に宅配便がやって来たのだろう。
  つまりライダーの重厚な胴鎧をしっかりと配達員に見られてしまったという事だ。
  マッケンジー夫妻の様に毎日顔を合わせる同居人ではなく、ただ一度荷物を送り届けるだけの他人である事がせめてもの救いだ。ライダーの異様さを目の当たりにした人間が呆気にとられつつも客に対する悪い風評を流さないのを祈るばかりである。
  頭痛がしそうな状況を認めると、ライダーが嬉しそうに小包を持ち上げて見せてくる。
  「通信販売とやら試してみたのだ。『月間ワールドミリタリー』の広告欄に、中々そそられる商品があったのでな」
  その宛名書きには『冬木市深山町中越2-2-8 マッケンジー宅 征服王イスカンダル様宛』と冗談のような内容が書かれていた。
  通販なんてどこで学んだ?
  いつ手紙を出した?
  代金はどこから調達した?
  聖杯がサーヴァントに与える知識にそんなものがあったのか?
  色々と疑問が湧き出るが、何よりも前に言わなければならない事があったのでそれを言葉にする。
  「お前――、二階から出るなって言ったろ!」
  「家主も外出中、貴様も使い魔にかまけているとなれば余が代わりに出るしかなかろう? 届け物を預かってきた使者を、労う事なく帰らせる訳にはいかんだろうが」
  「し、仕方ないだろ。聖堂教会からの呼び出しなんて異例なんだから」
  即答されたライダーの言葉に対し、逆にウェイバーは言葉をつまらせてしまった。
  確かにライダーが宅配便に応対したのはウェイバーが聖堂教会からの呼び出しに対して使い魔を放ち、全神経をそちらに集中して気付かなかったからだ。
  おそらくマッケンジー夫妻も―――暗示の成果だが―――孫が家にいるならば、外出しても訪問者の対応をしてくれるだろうと信頼したに違いない。
  そうなると宅配便の応対が出来なかったのはウェイバーの落ち度だ。
  ただしこの場合の一番の解決策はライダーが自分の言う事を聞いて自分宛の荷物が届こうと二階に留まってくれる事なのだが、ライダーが自分の命令を聞いてくれないのは最早諦めるしかない。
  言い聞かせる為には令呪を使うしかないのだが。まさか、『マッケンジー夫妻に見つからないよう、二階から出るな!』なんて命令で聖杯戦争の切り札とも言える令呪を使う訳にもいかず、ライダーの言葉の正しさを認めるしかなかった。
  「ま、細かい事はいいではないか。昨夜のセイバーを見てな、余も閃いたのだ。当代風の衣装を着れば実体化したまま町を出歩いたって文句はあるまい?」
  ウェイバーの葛藤を知ってか知らずか、小包を机の上に戻したライダーは笑みを崩さずに堂々と言ってのける。
  ええい、余計な切っ掛けをこいつに与えやがって。と、ここにはいないセイバーを呪いたくなったが、意気揚々と食堂から外に出ていくライダーを見て怨嗟は止まる。
  「おいライダー。待て、ちょっと待て!!」
  ライダーの進む先にあるのは二階への階段ではなく、逆方向の玄関だ。
  廊下を三歩程歩いた所でようやくライダーは立ち止り、振り返りながらこちらを見た。
  「お前、今、どこへ行こうとした?」
  「無論、町へ。征服王の新たなる偉容を民草に見せつけねばならん」
  ふざけるな! とライダーを怒鳴りたくなった。
  聖杯戦争では情報を隠すのが常道であり、実体化して町を出歩くなど暴挙でしかない。倉庫街の戦いとてランサーが魔力を小さくばら撒いて獲物が引っかかるのを待っていたのだ。自分から姿を晒して『敵はここにいるぞ』見せる馬鹿は一人もいない。
  けれど、ウェイバーが言ったところでライダーは無視して町へ出向くだろう。忌々しいが、そこはもう諦める。
  それでもライダーの恰好だけは見過ごせなかった。
  「外に出る前にズボンぐらい穿け!」
  今のライダーの格好は重厚な胴鎧からTシャツに着替えただけ―――つまり、ズボンはおろかパンツすらも穿いておらず、見たくもない男を象徴する巨大なモノがウェイバーの視界に収まっているのだ。何を食ったらここまで巨大になるのか? 一瞬だけ、そんなどうでもいい事を考えるが、すぐにそこが視界の外になる様にライダーの顔を見上げる。
  下を見ない限りそれが視界に入る事は無い。
  「ん? ああ、脚絆か。そういえばこの国では皆が穿いておったな。ありゃ必須か?」
  「必要不可欠だっ!」
  下半身を見事に晒しているサーヴァントはやや困った風に額に拳を当てた。
  本気で『必須か?』と問いかけてくるライダーに再び頭痛の兆しを覚えつつ、こんな奴を何の準備もなく表に出したらこの国の警察にお世話になる可能性が非常に高いと予想できる。
  その場合、ライダーが大暴れして冬木市の警察署の一つや二つぐらい簡単に破壊してしまうだろう。そうなれば今度は他のマスター達のキャスターに殺到する状況がこっちに向けられる。
  ウェイバーはこの非常識な存在に対して僅かでも『認められたい』などと考えてしまった少し前の自分に怒りを覚えた。そしてその怒りはこれまでにない原動力となり、ライダーと対してからおそらく初めてになるやる気を発揮させる。
  「先に断わっておくが、僕はお前の為に街まで出向いて特大ズボンを買って来るなんて事は絶対しないからな」
  「何だと!? 坊主。貴様、余の覇道に異を唱えると申すか」
  「覇道とお前のズボンとは一切合財、金輪際、全く持って、関係ない!! 外を遊び歩く算段をなんぞする前に敵のサーヴァントの一人でも討ち取ってみろ! 今やれ、すぐやれ、とっととやれ、誰か倒してこい! そしたら、ズボンでもなんでも買ってやる」
  これまでにない気勢に圧倒されたのか、珍しくライダーは上体を後ろに少しだけ逸らした。そして『むうっ』と唸りながら沈黙し。笑みを消して真剣な表情を作り出す。
  ここでウェイバーのいう事を聞いてくれればありがたいのだが、ライダーは真っ直ぐにこちらの目を見下ろしながら堂々とウェイバーの予測の斜め上を行った。
  「なるほど、あい分かった。とりあえず敵の首級をあげさえすれば、その時は余にズボンを穿かすと誓う訳だな」
  呆気なく譲歩した状況が逆にウェイバーを脱力させる。
  いつもならこちらの言い分などデコピンの一発で黙らせるくせに、この珍しい物分かりの良さは何なのか。
  「お前・・・、そんなに現代の恰好で外を出歩きたいのか?」
  「騎士王の奴めがやっておったのだ、余も王として遅れを取る訳にはいかん。この服の柄は気に入った――覇者の装束に相応しい」
  おそらくこの国に限らず、征服王イスカンダルの伝説が伝わる地域に行って今のライダーの姿を見せたとしても、Tシャツを『覇者の装束』と崇める奴は一人もいないだろう。
  だがライダーは至極真面目に世界地図がプリントされたTシャツを誇っており、自分の在り方に何一つ疑問を抱いていないようだ。
  大物なのか、馬鹿なのか。きっとこの英雄は両方だろう。
  征服王イスカンダルとは並外れた特大の馬鹿者で、超大物の英霊なのだ。
  「キャスターの居所を突き止めなきゃいけないってのに――、何やってんだよ・・・」
  肩を落としながら呟いた言葉は、マッケンジー宅の廊下でライダーと議論している自分に向けられた言葉でもあった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ライダー





  脚絆を手に入れる為には敵サーヴァントの首級をあげなければならない。そう話し合って妥協してから三時間後、XLサイズのウォッシュジーンズを身につけて意気揚々と深山町を練り歩いていた。
  敵の首級をあげた訳ではない。坊主が考える『キャスター捜索方法』を実現させる為に外を出歩く必要が出てきたのだ。
  そうなると脚絆の入手は必須であり、胴鎧やマントを羽織って出歩けば不用意に敵の目を引きつけてしまう。考えた策とそれを実行する為に必要な道具、この両方を天秤にかけて坊主は酷く苦々しい顔をして悩んでいたが、結局『外を出歩かせる為には仕方ない』と折れてわざわざジーンズを買いに出かけた。
  『絶対しないからな』と言ったすぐ後に前言撤回しなければならなかったのだ、その心中で深く思い悩んだに違いない。
  が、まあ、それはそれとして、これ幸いにと胸板の世界全図を見せびらかせながら深山町を横断していく。道行く人々は征服王の新たな偉容に目を奪われ、誰も彼もが振り返る。
  視線の中にはこちらを探るような不快なモノも含まれていたが、さすがに街中でいきなり仕掛けるような馬鹿な真似をしてくる者はいない。
  時に溢れ出てしまう雄の匂いに引きつけられた、艶っぽい女の視線を感じる事もあるが、今は坊主の頼みごとを聞いている最中なので、目的地への遠回りはしても寄り道はしない。
  坊主が余に頼んだ仕事は『未遠川にて、地図につけた目印の場所にある水を採取する』だ。魔術師ではないライダーの我が身にはこの水汲みがどんな意味を持って行われるかは判らない、だが、新たな偉容を民草に見せる機会があるのならば細かい事はとりあえずどうでもよい。
 神威の車輪ゴルディアス・ホイールを使えば移動も水汲みもすぐに終わるのだが、せっかく外を出歩いているのだからじっくり散歩するのも悪くはなかった。
  外を出歩く機会はこの一度限りではないのだ。この冬木の地でサーヴァントとの戦いがあるならば、二度目、三度目は必定となる。今、この瞬間に敗北して次回が消えるなどと言う弱気は最初から考えない。
  まだ日は高く、夕暮れを通り越して夜の闇が冬木市を覆いつくすまでには時間がある。だからこそ、胸板に輝く世界全図のTシャツとXLサイズのウォッシュジーンズを自慢げにひけらかしながら、悠然と、堂々と、存分に征服王イスカンダルの姿を見せつける。
  「ふむ、この街は活気があって実によい」
  次回の外出に備えて地形や地理、店舗の位置や道路の状態までも把握していく。都合よく、渡された地図は冬木市を全て網羅する地図なので、細道などの細部までには至れないが、それでも大まかに把握するには事足りる。
  後は自分の目で見ながら確認すればよかった。
  街の様子を確認しながら、頭の中でマスターである坊主の事を考える。
  策には徹底さが無く、どうしても粗が出来てしまう。その粗は聖杯戦争そのものへの詰めの甘さになって、勝利者となるには不足した部分である。
  もっともライダー、いや、征服王イスカンダルにとって聖杯戦争とは自分自身の存在意義である『征服』を再び推し進める為の第一歩であり、聖杯そのものへの執着は薄い。だから策略の粗すら楽しめる要因になるのだ。
  無論、負ける気など毛頭なく、聖杯もしっかり手に入れる。
  だが必ず勝てる戦いほどつまらないものはない。
  負けるかもしれない―――心のどこかでそう思いながらも、強大な敵に全身全霊をもって挑み戦い征服する。それこそが征服王イスカンダルが通るに相応しい王道だ。その意味では坊主の戦い方は中々面白く、むしろ数多くの戦場を渡り歩いてきた余にとっては微笑ましくもある。
  表向き、マスターとサーヴァント。つまりは『主人と奴隷』の関係を保っている様に見せているが、実際にその関連性が形作られた事は一度もない。この冬木の地に英霊の一人として召喚された瞬間から、ウェイバー・ベルベットは征服王イスカンダルの主人にはなっていない。
  それでも今の環境を受け入れているのは、聖杯戦争を勝ち抜く為にはマスターからの魔力供給が必要不可欠である事と、この生活に楽しさを見出しているからに他ならない。極東の島国である『日本』には多くの情報があふれ、与えられた最低限の知識以外にも知る事は山ほど存在する。
  生前は考えもしなかった知識を得る事で落胆を味わう事もあったが、それでも征服王イスカンダルの世界は今この瞬間も広がり続けているのだ。
  坊主の生き方は自分の殻を小さくまとめてしまうモノで、いっそ『勿体ない』と考えてしまう小ぢんまりだ。余もまた、大英雄などと持てはやされていても、王でありただ一人の小さな人間でしかない。感じる世界の大きさに大差はない。
  ただ自らの世界を大きくしようとするか、小さな世界で満足してしまうか。だ。
  ならばこそ、自らの小ささを自覚して尚、大きく広く在ろうとする生き方を教えたい。そう思ってしまった。それだけが理由の全てではないが、少なくとも余は今の状況に納得している。
  殺し合いも娯楽も等しく生を謳歌する材料だ。既にこの身は死者、聖杯戦争のサーヴァントの枠に収まる幻のようなモノだが、それでも全ての楽しむ心は生前と何ら変わらずここに存在する。
  そうやって道行く民草の視線が突き刺さるのを感じながら歩いていると、進んでいる方向に奇妙な男を見つけた。
  「むむむむむむ・・・」
  その男は専用の箱形居住空間内に設置された電話―――つまりは電話ボックスのドアを開いた状態で、前かがみになって、何かを手に持っていた。かなりの高齢に見えるが、髪の黒さと筋肉の躍動が老いを感じさせない。
  手のひらに収まるほど小さい何かを持ち、こちらとは別の意味で人の目を集めている。
  これがただ困っているだけの一般人だったならば気にも留めなかったに違いない。しかし、その男は隠そうとしても隠しきれない強者の佇まい―――、真っ直ぐに伸びた芯が背中に埋め込まれているかのような雰囲気が見えるのだ。何らかの武道を極めているのが見て取れる。
  身長二メートルを超える余からすれば頭二つ分ほど下に見下ろせる低さだが、それでも直感がこの男は強いと教えていた。
  強者は強者を知る。
  聖杯戦争に招かれたサーヴァントは皆等しく、『英霊』と呼ばれるに等しい者ばかりだ。故に現代の世に生きる魔術師の隠れ潜む様子には落胆と怒りを覚えていたが、この世には英雄豪傑の雰囲気を漂わせる者が市井にも紛れている。
  それが嬉しくてたまらない。
  「おう。お主、何か困っているようだが、どうかしたか?」
  気が付けば、その男に話しかけていた。
  紫色の胸当てと体の各所を守る黒い甲冑姿をした奇妙な男。手荷物と思わしき布にくるまれた棒状の何かが電話ボックスに立てかけてあって、ますます目立っている。
  道行く人は奇異なモノを見る目でその男を見るが、進んで声をかけようとする者は一人もいなかった。皆、この国に伝わることわざの一つ『触らぬ神に祟りなし』に則り、遠目から見るだけだ。
  しかし征服王イスカンダルにそれは通じない。むしろありとあらゆる物事に関わりを持って、時に向こうから騒動がやって来るからこそ王は王なのだ。
  王とは常に渦中にいなければならない。
  「さっきから何をうんうん唸っておる?」
  「おお――、どこのどなたかは知らぬがかたじけない。実はこのテレホンカードなる物の使い方が判らないのでござるよ」
  男はそう言うと、手にしたカード状の小さな物体を見せてきた。
  聖杯から与えられる現代の知識の中にその物体に対する情報はなかったが、それでも様々な媒体から新たな情報を手に入れたので、それが何なのかを知っていた。目の前にある緑色の公衆電話で電話をかける為に必要な代物だと言う事は周知の事実である。
  「なんだ、そんな事か。ほれ、受話器を取って、そこのでかい矢印が描いてある所に差し込むだけでよい。あとは相手の電話番号を押せば勝手に通じるぞ」
  「何と、この矢印はそのような意味でござったか。御仁、しばし待つでござる。すぐに用向きを済ませるので、礼を言わせてほしいでござる」
  「中々よい心がけではないか。よかろう、待っておるから用件を済ませるがよい」
  見た目の年では間違いなくこちらの方が若いのだが、男は聞きようによっては慇懃無礼にも聞こえる話し方を気にせず返してくる。
  感じる空気は間違いなく強者のそれなのだが、話している間にどこか『誰かに仕える者』という空気を感じ取った。道行く、冬木市の人間とはどこか異なる在り方もまた征服王イスカンダルの目を引き付けた要因の一つだ。
  男はテレホンカードを差し込むと、恐る恐るという言葉が似合う速度でボタンを一つ一つ押していった。慣れた者ならば二秒もかからない作業だろうが、公衆電話の次のボタンを押すまでに一秒以上かかる時もあり、触れる事を恐れている様に見える。
  たかが機械に何をそんなに怯えているのか? 興味と疑問が一緒に湧き出る頃、ようやく男は電話番号を押し終えて受話器に耳を当てた。
  「・・・・・・・・・。エドガー殿!? ようやく通じたでござる!! ――小銭を使った電話の仕方は理解したが、テレホンカードの使い方は専門外でござる。あ、それは後にして、今は定時報告でござった。――黒髪の女は山の様にいてまだ本命は見つけられぬ、冬木ハイアットホテルなる建物の周囲をくまなく調べたが見つけられなかったでござる。こちらに大きな問題はなく、引き続き捜索するので今日は戻らぬ予定だと伝えて下さらぬか? 夕餉の準備は結構でござるよ。――何と!? 既に人数分を買ってしまったでござるか!? しかも急な変更に怒っている、と・・・・・・。エ、エドガー殿、何とか怒りを治めるよう取り持ってほしいでござる。拙者、まだ死にたくないでござるよ! ああ、テレホンカードの残りが少なくなってるでござる。エドガー殿、後は頼むでござる。う、嘘ではござらん、本当でござる。もう切れ――」
  男が受話器を公衆電話へと戻すと、ガチャン、と盛大な音を立てて通話が切れる。一瞬後、ピピーピピー、と軽快な電子音が鳴り響き、つい先程差し込んだテレホンカードが出てきた。
  なおテレホンカードが出てくる前、残り度数を表示する場所には『53』としっかり数字が表示されており、残りがまだまだ合った事を知らせている。
  その様子を全て後ろで眺めて、喜劇のようなやり取りに思わず口元を緩めてしまう。
  「ふははははは!! お主、中々面白いではないか」
  「拙者、機械は苦手でござる」
  おそらくその言葉に嘘はないだろうが、それを逆手にとって話を切り上げる狡猾さも持っている。まだ笑っていると、男は電話ボックスから出てきて、立てかけてあった細長い棒の様な物を手に取った。
  そしてこちらに向けて頭を下げる。
  「テレホンカードの使い方を教えて下さって、感謝するでござる」
  「気にするでない。それほど大した事ではないからな」
  事実、わざわざ礼を言われるほどの事をしたとは思っていない。たまたま余がここに通りかかり、たまたま話しかけただけ―――その根底にこの男の強さを感じ取ったからという理由もあるが、単なる偶然で片付けられる些細な事だ。
  テレホンカードの使い道ぐらい、別に余でなくても知っているだろう。
  だが男にとっては誰でも知っている事を教えてもらうのは多大な感謝に匹敵するようで、しばらく頭を下げ続けていた。
  十秒ほどが経過した後で、ようやく男は頭をあげて視線を合わせてくる。
  「拙者の名はカイエン――。カイエン・ガラモンドでござる。よろしければ、貴殿の名を聞いてもよいでござるか?」
  「余の名か?」
  カイエンと名乗った男の話し方に倣い、堂々と真名を名乗った。
  「我が名はイスカンダル。征服王イスカンダルだ」





  「この町に限らず、世の中には機械が溢れすぎて困っているでござる。拙者とて、日々精進しているが故、機械オンチもなんとかなるでゴザル」
  「ならば問題ないではないか」
  「世間の移り変わりは拙者の精進を大きく上回っているから問題なのでござる。このままでは、拙者は・・・・・・世間に置いていかれるのではなかろうか」
  「後ろめたい男じゃのう。もう少し、気を緩めて大きく受け止められんのか?」
  「こればかりは性分でござる」
  「ならばそこの店に入って慣れるのはどうだ? 今なら、余が付き合う時間も少しばかりあるぞ」
  「こ、これが噂のゲームセンターというものでござるか。敷居が高く、入った事はないが・・・」
  「何事も経験だ。ほれ、行ってみるか」
  「無理でござる! そ、それにイスカンダル殿の用件もござろう? ゲームセンターは次の機会にするでござる」
  隣に並び立つ男―――カイエン・ガラモンドと名乗った男との会話を楽しみながら、全く別の事を考えていた。
  サーヴァントとして招かれたこの体は並みの人間より余程頑丈だ。しかもライダーのクラスのステータスは『筋力:B』と中々高く、たとえ無手であろうとも普通の人間が太刀打ち出る者ではない。事実、坊主はライダーのデコピン一発でのされている。
  だから横に並び立つカイエンに殴りかかる、あるいは絞め技を仕掛けようとするのだが、仕掛ける前段階でどれもこれもが頓挫してしまう。
  隙が無いからだ。
  カイエンが持つ棒状の何か―――まだ巻かれた布が一度も解かれていないので確証には至ってないが、おそらく刀剣の類だろうと当たりをつける。槍にしては短すぎ、木刀にしてはそれを持った手に込める力が強すぎるからだ。
  つまり相手は武器を持ち、こちらは無手。ライダーのクラス、つまりは『騎乗』こそが真価を発揮するので、武器もなく馬もない状態で仕掛ければ少々分が悪いと言うしかない。
 念の為、神威の車輪ゴルディアス・ホイールを呼び出す為のスパタは坊主に渡された道具と一緒に手荷物として持っているが、相手が武器を引き抜いて構える方が確実に早い。どうやっても先手を取られてしまう。
 神威の車輪ゴルディアス・ホイールとは異なるもう一つの宝具、切り札とも言えるそれを使えば初手を取った上に圧倒出来るだろうが、この男と好んで敵対したい訳ではない。今はまだ相手の力を図りたいだけだ。
  もし今の状況で敵対すれば苦戦を強いられる。それが判っていながら、脳裏に浮かんでくるのは喜びであった。
  「強情な奴だな。仕方ない、次の楽しみにとっておくとして、今は水汲みに専念するか」
  「それがいいでござる、テレホンカードの御礼に拙者も手伝うでござるよ」
  「次の機会は逃がさぬから覚悟しておくがよい」
  「誓って『次』はゲームセンターに入って機械を使いこなしてみせるでござる。『これで機械オンチが治る!!』と『機械の全てがわかる本』を熟読した拙者に敵はござらん」
  戦いへの楽しさはそのまま会話への楽しさに発展し、つい先程会ったばかりの他人とは思えない程、話に華が咲く。
  カイエンがかつてこの日本に存在した『武士』を彷彿させるのも盛り上がる理由の一つだろう。
  セイバーやランサーとは違うが、現代ではお目にかかれない英雄豪傑の空気を漂わせるカイエン。言葉を交わす機会に恵まれ、そう遠からず矛を交える機会にも恵まれるであろう予感がある。
  まだ話題にも上げていないので、カイエンが聖杯戦争の関係者かどうかはまだ不明だが。その内『お主、聖杯戦争に関わっておるか?』と堂々と聞こうと思い、別の話題で楽しさを更に膨らませていった。
  「それはそうとお主。電話で言っておったな、誰か人を探しておると。余の知ってる者かもしれんぞ」
  「・・・イスカンダル殿は冬木ハイアットホテルが爆破された事件を御存じか?」
  「うむ、知っておる」
  「拙者はその犯人の一味と思わしき女を探しているでござる。黒のシンプルジャケットに黒の細身のゴムパンツ、髪は肩にかからぬ黒のおかっぱで、背は拙者より頭一つ分小さい女でござる」
  「残念だが知らんな」
  「そうでござるか――」
  少しだけ沈黙が二人の間を行き来するが、すぐに会話は再開される。
  「イスカンダル殿は見事な身体つきをしてるでござるが、何か武道を嗜んでおられるか?」
  「余はいくさ場で先陣を切る王であるが故、体は勝手に鍛えられた」
  「戦いにて鍛えられた肉体でござるか。王ならばエドガー殿もそうでござった。エドガー殿もやはり強靭な体つきをしておったでござる」
  「ほほう。王が友におるのか」
  「つい先程電話した相手がそうでござる。エドガー殿は機械を手足の様に使いこなす機械の国の王でござるよ」
  「機械を武器とする王か。余の生きた時代には考えられぬな」
  話している間にも足は進み、歓談に湧く時間はあっという間に流れてしまう。気がつけば西の空は徐々に夕暮れに近づいており、二人が歩く場所も未遠川の河口付近にまで移っていた。
  並び立ち話しながらも手荷物から地図を取り出し、地図に描かれた『A』の地点こそ今自分達が立っている場所だと確認する。
  歩いてきた道路と未遠側の間にはコンクリートで固められた傾斜の大きい斜面があり、水を汲みに行くにはここを下る必要があった。
  「ここが一つ目じゃな」
  「用向きの理由までは深くは知らぬが手伝うでござる。その試験管に水を汲めばよいのでござるな?」
  「ならば一つ目は任せるとしよう。すまんがあそこまで行って汲んで来てくれ」
  「心得た、でござる」
  『A』と書かれたシールが貼ってある試験管を取り出してカイエンに渡す。カイエンは布に包まれた長物を持つ手とは逆の手で受け取ると、未遠川の川辺に向けて斜面を下っていった。
  距離にすれば余が立っている道路から未遠川までは二十メートルもないが階段など無い斜面はただの人間が降りるには少々急過ぎる。もし坊主が同じ事をやろうとすれば、両手足を使って四つん這いになりながらゆっくりじっくり降りる羽目になる。
  だがカイエンは違った。
  コンクリートでしっかりと固められた斜めの地面を二本の足でしっかりと下り、足の上にある体は不安定な足場を滑っているにもかかわらず全く前後左右にぶれない。
  強靭な足腰と常日頃から鍛えているバランス感覚が合って初めて成せる移動だ。ただ滑り降りているようにしか見えるかもしれぬが、何気ない行動の中に鍛錬の成果が見える。
  「うーむ。あやつ、やはり只者ではないな」
  あっという間に水際まで移動して腰をおろし、水汲みを行っているカイエンの背中を見ながら、独り言を呟いた。
  川辺まで行って試験管に水を汲んで蓋をする。あとは戻ってくるだけなので、下るよりも少しだけ時間はかかったが、結局全ての工程を終えるまでの二分もかからず、カイエンはすぐに元の場所にまで戻ってくる。
  「これでいいでござるな」
  「うむ、ご苦労であった」
  呆気なく一つ目の採取が終わってしまい、もう一度地図を見直して次のポイントである『B』の位置を確認する。
  未遠川の脇には隣接する道路があり、上流へと向かうそれに沿って進めばどの採取ポイントも簡単に到達する事が出来る。上流まで移動しなければならない手間はあるが、作業としてはそれほど難しくない事が、カイエンによって改めて証明された。
  時間はかかるが、他のサーヴァントの襲撃でもない限りは水汲み自体は楽に終わるだろう。だからこそ今この瞬間、これまで聞かなかった言葉をカイエンに投げる。
  「カイエン――。お主、『マッシュ・レネ・フィガロ』という名に心当たりはあるか?」
  これまで決して呼ばなかった相手の名前を呼びつつ、聖杯戦争に関わっているのならば間違いなく知っているであろう男の名前も口にする。
  水の入った試験管を手渡してくる動きが一瞬だけ歪み、ピクッ! と体が震えた。
  そのまま斬りつけてくる可能性も考慮して手荷物の中にあるスパタに手を伸ばす―――。が、カイエンから帰って来たのは攻撃ではなく返答だった。
  「マッシュ殿でござるか? もちろん知っているでござるよ、何しろマッシュ殿は先程話したエドガー殿の弟、肩を並べて多くの戦場を渡り歩いた拙者の仲間でござる」
  「やはり知っておったか」
  「むしろイスカンダル殿がマッシュ殿を知っておったのが驚きでござる。もしやイスカンダル殿は『聖杯戦争』なる催し物の関係者でござるか? 拙者もマッシュ殿も訳合ってこの地に住まう無辜の民を傷つける輩を成敗する為にやって来たでござるが、まさかイスカンダル殿がその悪漢――」
  「聖杯戦争の関係者と言うならばその通りだ。しかし余はこの冬木に住まう民草を傷つけるつもりは全くないぞ」
  「・・・誠でござるか?」
  こちらは手荷物の中にあるスパタを握りしめ、あちらは布に包まれた刀剣の柄の部分を握りしめる。真意を探るような目で見てきたが、今も昔も先も全ての目的は『征服』に帰結するので、無暗にそこに住む住民を傷つけるのは征服王イスカンダルの本意ではない。
  「征服王イスカンダルの名に誓って」
  「・・・・・・・・・」
  共に武器を引き抜いて攻撃できる体勢を維持したまま十秒ほどの沈黙が出来上がった。
  ほんの僅かでも攻撃の意思が見えれば、その瞬間に互いの武器が唸りを上げる永遠にも等しい時間。一瞬前にはなかった緊張と集中が体感時間を引き延ばし、目の前にいる敵に向けた意識が膨れ上がっていく。
  先に武器から手を離したのは向こうか、あちらか、あるいは両者同時にか。
  構えを解きながらカイエンが告げてくる。
  「・・・イスカンダル殿の目は嘘をつく者の目ではござらん。かたじけない――、拙者は先走り過ぎたようでござる」
  「細かい事は気にするでない。繰り返すが、余が聖杯戦争の関係者である事は否定できんのだからな」
  武器から手を離しながら頭を下げてくるカイエンを見て、こちらもまた同じように武器から手を離す。とりあえずこの場で戦いにならなかったのが少し残念だが、状況によっては目の前にいる男どころか、あの倉庫街でアーチャーと真っ向から対峙したマッシュと言う男とも戦える機会に恵まれるかもしれない。
  更なる楽しみを見つけ、抑えられない喜びについ口元が緩んでしまう。
  「お主らは聖杯を得る為にこの戦いに参加しておるのか?」
  「それは酷い誤解でござる。拙者もマッシュ殿もエドガー殿も誰一人として聖杯など求めてはござらん。ただ、ある少女を救う為に――悲しみをこれ以上増やさぬ為に邁進しているでござる」
  「ある少女?」
  「それは秘密でござる。だが、聖杯など興味はない! これは秘密ではござらん、誓って真実でござる」
  武器から手を離したカイエンを見つつ、こちらもまた相手が嘘を言っていないのだと理解する。
  多くの人間を見て培われた直感がそう教えていた。
  先程話した『探し人』も、その少女をこれ以上悲しませない為の行動なのだろう。
  今回の聖杯戦争はマスターとサーヴァントだけではなく、他の勢力もまた関わっている。聖杯をめぐって直接対峙する事態にはならないだろうが、この世界で征服すべき強者達が集っているのならば好都合だ。
  「判った、判った。我らに聖杯を求め剣を交える理由はない。それでよいな?」
  「判ってくれて満足でござる」
  その言葉を切っ掛けとして、戦う意欲を消失させてゆく。ただし、カイエンが強者である見立ては間違って無いと判ったので、時期を見計らってランサーとセイバーの様に勧誘してみようと思った。
  次の水汲みのポイントである『B』地点に向けて歩き出しながら、また会話を再開させる。
  「拙者の探している女は冬木ハイアットホテルを爆破した犯人でござる。確証には至っておらぬが、聖杯戦争に何らかの関わりを持っているのではないか・・・、と」
  「ありえる話だな。今の冬木市で騒ぎが起これば大なり小なり聖杯戦争が関わりを持っておる。その女もどこかのマスター陣営の者かもしれん」
  「イスカンダル殿もそう思うでござるか」
  「単なる予測だがな。今、坊主が追いかけている『キャスター』など、この街で起こった連続誘拐殺人事件の犯人だそうだ」
  「何とっ!?」
  「別口であろうが、この街が色々と騒がしくなっているのは間違いなかろう。ほんの少しだが責任を感じるわい」
  その後、会話は地図に記載された全てのポイントで水を汲み終わるまで続けられた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ウェイバー・ベルベット





  どうやってキャスターを探すか? ウェイバーはサーヴァント討伐の問題を解消する為、当たり前の疑問にぶつかった。
  そこで考えたのが冬木市の中央に流れる未遠川を調べ、『水』から魔術師の所在を確かめようとする方法だった。
  使い魔を多く放って目で探す方法、大気中の『風』に混在する魔力を追って探す方法など、他にも敵の所在を調べる方法が沢山あるが、一番簡単なものから実行した。
  やり方はまず地図を用意して未遠川の上流から河口までにアルファベット順に二十六箇所の地点に印をつける。そしてその地図をライダーに持たせ、その場所の水をイギリスから持ち込んだ試験管で採取させた。
  探すのは魔術の術式残留物だ。川は絶対不変の原則として『高所から低所に注ぐ』もので、その水の中にもし魔術の痕跡が含まれていればキャスター発見の手がかりになるかもしれないと考えたのだ。
  風もまた同じように術式残留物を残すのだが、風の流れを完全に見極められる技量でもなければ出所を掴むのはほとんど不可能。だからこそウェイバーは『水』に目を付けた。
  冬木市は始まりの御三家が根を下ろしている土地なので、無論、他の魔術師の痕跡が見つかる可能性だってある。むしろそちらの方が高いだろう。それでも遠坂邸や間桐邸以外にも『魔術師の誰か』がいる場所を発見できるならば、それはそれで聖杯戦争において有益な情報となる。
  そして配合を終えた試薬―――魔術の痕跡が見つかれば色の変化によって結果を知らせる薬―――を、試験管に入ったライダーが河口から採取した水に垂らし。想像していなかった劇的な変化に『うわっ・・・』と思わず呻いてしまう。
  少し汚れていたが、それでもほぼ無色透明だった筈の水がいきなり赤錆色に染まったのだ。
  その色は上流に遡れば遡るほどに濃くなっていき、一番濃い反応を示した試験管の色はまるで墨汁だ。
  試験管にスポイトで一滴一滴試薬を垂らしていく作業は、時計塔の初等部に戻ったかのような不愉快さと憂鬱さを生み出した。『僕は何をやってるのか?』そう思ってしまう地道な作業だったが、それでも得られた結果はとてつもなく大きい。反応が大きかった場所に自分以外の魔術師が、敵がいる。
  冬木教会で知らされたキャスター討伐の告知から既に一昼夜が経過しており、行えた調査は一つ限り。しかもライダーが実体化して『イギリスに留学していた孫』と見せかけたウェイバーの『渡航先で知り合ったアレクセイさん』として、まんまとマッケンジー宅へ入り込んでしまった問題もあった。
  ただ、ライダーの人柄がそうさせるのか、それともマッケンジー夫妻の人が良過ぎるのか。ライダーはアレクセイさんとしてマッケンジー夫妻に受け入れられたので、その問題は一応解消された。
  残っているとすれば。ええい、また勝手な真似を!! と怒りにまみれたウェイバーの心の傷ぐらいだ。


  「霊体化したらコレを持ち込むことができんだろうが。コイツを持ち帰るのが今日の余の務めだったわけだろう? そのために晴れてズボンも手に入れたのだ。そもそも命じたのは坊主、貴様ではないか」


  そう言ったライダーは採取した水が入った巨大なハンドバックを家の中に持ち込むため、架空の人間をでっち上げて見事にその役を演じた。
  今の所、マッケンジー夫妻の暗示が解けた様子は無く、二人はライダーを偽りの孫であるウェイバーの知人として家の中に招いている。
  だから問題など何もないのだが―――、自分の与り知らぬ所で状況がどんどん進んでいくのが非常に気に食わないのだ。誰がどう見てもマスターよりサーヴァントの方が色々な意味で役に立っているのだから。
  未遠川から採取した情報からキャスターの工房と思わしき場所が特定出来た。ウェイバーは万全の準備を整えてから工房を襲撃するつもりだったのだが、ここでライダーが即時攻撃を提案した。


  「よおし。居所さえ掴めりゃこっちのもんだ。なあ坊主、さっそく殴り込むとするか」


  「戦において陣というのは刻一刻と位置を変えていくもんだ。位置を掴んだ敵は速やかに叩かねば、取り逃がした後で後悔しても遅いのだ」


  「我がマスターがようやっと功績らしい成果を見せたのだ。ならば余もまた敵の首級を持ち帰って報いるのが、サーヴァントとしての心意気というものだ」


  ただの魔術師でもその工房は要塞と言っても過言ではない防衛力を秘めており、魔術師のサーヴァントであるキャスターにはクラス特典として『陣地作成』のスキルも付加されているので、その工房の堅牢さは普通の工房を遥かに上回るだろう。
  いかなる地形条件においても最善の効果を発揮する工房を形成できるこのスキルが相手では、いかにライダーと言えど分が悪い。工房に対して真正面からの強行突破を試みる等、暴挙でしかないのだが、ライダーは全く気にしていなかった。
  ウェイバーが『功績らしい成果』と褒められる言葉に少し照れていると、ライダーは既に鞘からスパタを引き抜いて肩に当てながら出撃準備を整え始めてしまう。


  「そう初っ端から諦めてかかるでない。とりあえずブチ当たるだけ当たってみようではないか。案外何とかなるもんかもしれんぞ?」


  そのライダーの言葉に触発された訳ではない。それでも堂々と言ってのける征服王イスカンダルの姿を見ると、本当に何とかなってしまうのではないかと思えてくる。
  時計塔にいた時は予測に裏付けられた確実性を重視して、願望としか言えないそんな考えは微塵も抱かなかった。
  それなのに今はライダーの言葉に耳を傾けて、賭けに出ている。
 毒されてきたのかもしれない―――。ウェイバーはそう思いながら、キャスター討伐に向けてライダーが操る神威の車輪ゴルディアス・ホイールに乗り込んだ。





  こうして空飛ぶ宝具で再び冬木市上空を移動する羽目になったのだが、二度目になれば多少の慣れは発生する。
  無論、落下すれば命は無いので、恐怖がウェイバーの心を強く縛り付けているが、泣き叫んだ初回に比べれば、今、自分がどの辺りを移動しているか見れるぐらいの余裕はあった。
  目尻に浮かぶ水滴など知らない、心の汗が目から流れただけだ。
 神威の車輪ゴルディアス・ホイールで冬木大橋から倉庫街に連れて行かれた時は余裕など欠片もなくただしがみ付いてばかりだったが、今回は御車台の堅牢さ―――空を飛んでいるとは思えないしっかりとした走行にある種の感動すら覚える。
  ライダーの宝具は空を飛ぶと言うより、空を駆ける宝具で、見えない地面が二頭の雷牛と車輪の下にある様に思えた。御車台から少し身を乗り出して下を見れば何もない空があり、眼下には夜の冬木市が作り出すか細い光がちらちら見える。
 見えない。けれど地上と上空を格別する『何か』がそこにあり、神威の車輪ゴルディアス・ホイールはそれに乗って進んでいるのだ。
  この世界にいるどれだけの魔術師が英雄の宝具に同乗できる機会に恵まれるだろうか? 聖杯戦争に関わらなければ、生涯触れる事すら叶わなかった『今』。他の魔術師とは一線を介する貴重どころか奇跡に等しい体験に体が震えた。
  きっと自分は幸運なのだろう―――。
  「どうした坊主。身を乗り出し過ぎて落ちても知らんぞ」
  「ばっ。そんな馬鹿な事、僕がする訳ないだろ!」
  視界を下から上に動かせば、前で手綱を握るライダーが後ろを振り返ってこちらを見ていた。
  その目が自分の心象を見透かしたような気になってつい語気を荒げてしまう。
  何とか気を取り直し、キャスター討伐の為に全アルファベット二十六文字が描かれた地図を小さく広げる。地図は風になびいて、指の力を抜けば一気に空の彼方にまで飛んでいきそうだった。
  少し強めに指の力を込めながら、夜の闇で見え辛くなっている地図に顔を近づけて地形を確認する。頭の中に今見たばかりの地図が残っている内に御者台から身を乗り出して見下ろし、実際の未遠川の地形と頭の中の地図を比較した。
  夜の川は僅かに月光を反射するだけで、何もかもを呑み込む巨大な鏡の様に見える。意識しながら、その暗さを頭の外に追いやり、川の脇にある建造物の多くから漏れる光を頼りにして位置を確認し続ける。
  まだ日が変わるには数時間かかる、そして夜釣りをする人間の姿は見えない。
  けれども夜遅くとも人の姿が無い訳ではない。
 ライダーの宝具が人の目や、他のマスターの目に触れない内に、最短のルートで一気にキャスターの工房に奇襲を仕掛ける。そう考えながら神威の車輪ゴルディアス・ホイールの進行方向眺めていたウェイバーだったが、思惑はライダーの言葉によって覆された。
  「おい坊主、ちょっと寄り道をするぞ」
  「は――? え?」
  ライダーはそう言うと、手綱を操って進行方向をずらしてしまう。これまで一直線にキャスターの工房があると思わしき箇所目がけて進んでいたので、急な方向転換に思わず御者台の一部を強く握りしめた。
  こいつは何をしてる?
  「ライダー、どうしたんだよ」
  「水汲みをしておる時に面白い奴に出会ってな、ついでだからそいつにも手伝わせる」
  「はぁっ!?」
  思ってもみなかった言葉に一瞬呆けてしまった。少なくとも聖杯戦争が始まって以来、ライダーは一度たりとも誰かへの手助けを口にしていない。
  ランサーとセイバーを臣下に誘う状況は合ったが、『手伝わせる』と言うのは事態が確定していなければ言えない言葉だ。
  そしてキャスター討伐に関わらせるならば、間違いなく裏の世界の魔術に関わっている人物になる。
  「・・・まさか他のサーヴァントとか、マスターとか言わないよな?」
  「安心せい、あやつはただ人を探しているだけだと言っておった。共に戦えばあやつの力も知れる。状況によっては我が軍門に加えようと思っておる」
  「誰なんだよ、一体」
  「カイエンと名乗っておった、後は知らん」
  「・・・・・・・・・」
  方向転換しながら未遠川の川辺へと向かうライダーの言葉を聞き、ウェイバーは必死で言葉の真意を探ろうと考える。
  そして『水汲みの時』『後は知らん』が繋がって、出会ったばかりの赤の他人なのだと予測できてしまった。しかもサーヴァントでもマスターでもないのならば、聖杯戦争の関係者ならば出来る行動予測が全くできなくなる。
  信じ難い事だがこの男は会ったばかりの他人を自分達の戦いに巻き込もうとしているのだ。ランサーとセイバーを臣下にと誘った時も正気を疑ったが、根本的な考え方が自分と違いすぎる。
  それとも征服王イスカンダルが生きた古代マケドニアではこれこそが王の在り方として正しい姿だったの? こいつの治世の時代に生まれなくてよかったと心の底から安堵しながら、ライダーが巻き込もうとしている正体不明の何者かについて考える。
  この時は知らされていなかったのだが、ライダーは一つ重要な事を言いそびえており、後に聞いて卒倒しそうになる。それは『倉庫街に現れたマッシュと言う男の仲間』という重要な事柄だ。
  もし知っていれば単なる一般人ではなく、何らかの形で聖杯戦争に―――しかも使い魔の目を通して知った、協力者がいるであろう間桐に関わりを持った人間だと知れたはず。
  だがこの段階ではライダーの言葉以上の推測が出来なかったので、正体不明の男と間桐を繋げられなかった。
  ただただ得体の知れない何者かへの警戒が膨らんでいく。
  「敵の罠だったらどうするんだよ! お前、そいつの事、全然知らないんだろ!?」
  「貴様――、余の目が節穴だと? 嘘を見抜けぬ愚昧だと、そう申す気か?」
  「い、いや。そんな事は無い・・・、けど・・・」
  「ならば信用せい。余には判る、あやつは聖杯なんぞ興味は無い。そしてセイバーにも負けぬ強者よ」
  風に吹かれながら聞こえてくる声には自身に満ち溢れており、王として数多くの人間を見て磨かれた眼を感じさせた。
  ライダーは前を向いているので斜め後ろにいるウェイバーからは表情は見えないが、きっといつもの様に自信に満ち溢れた顔をしているに違いない。
  今の冬木市にいる魔術に関わりのある者は間違いなく聖杯戦争にも関連性があると思っていた。だが、ライダーのいう事が本当ならばそうでないのかもしれない。
  ライダーは自信満々に言ってのけるが、ウェイバーは赤の他人をいきなり信用する事は出来ない。今の冬木市で誰かに会うならば、まず疑ってしかるべきだ。
  ウェイバーはまず正体不明の男が出会った途端にいきなり攻撃される可能性を念頭に置いた。自分はライダーのマスターだ。ほぼ強制的にだが、サーヴァントと共に戦場を駆け巡ると決めた故に、降りかかる危機は他のマスターよりも確実に多い。
  だから疑って、見極めて、知ろうとする。
 警戒を怠らずに降下していく御者台にしがみ付いていると、程なく神威の車輪ゴルディアス・ホイールは川辺へと到着した。
  短い草が辺り一面に生えており、車輪の跡がくっきり刻まれていく。雷牛の唸りが夜の静けさを破壊していった。
  恐る恐る周囲を見渡すが、昼間ならばしっかりと見える光景も夜では途端に見辛くなる。街灯は少し離れた位置に通る道に沿って設置されており、宝具が着陸した場所は光に乏しく、もし誰かがいてもウェイバーの目にはよく見えない。
  「で、そいつはどこにいるんだよ?」
  「聞いた話ではこの辺りに――。ほれ、あそこだ坊主」
  そう言ってライダーが指さしたのは自分達がいる場所よりも更に川に近い場所だった。人工の明かりなど全くなく、月夜も丁度雲に隠れたらしく、弱々しい。
  懐中電灯やロウソクなどで自発的に存在を強調しなければ、人がいる事すら判らない。本当に人がいるのか? そう思いながら目を凝らして闇の中を見つめ続ける。
  「見えんのか? もっとよく見てみろ」
  そう言われて今まで以上に目を凝らすと、ようやく草の上に立つ人影を見つけられた。
  一度見つければ徐々に輪郭が『何もない』から『人の形をした物体』に変わっていくので、目の見える光景が四肢と頭を揃えた人の形に変わっていく。
  そしてウェイバーは剣先を相手の目に向けて構える―――構えの名を知らなかったが『正眼の構え』と呼ばれる体勢で静かに佇む男を発見した。さすがに暗いので表情までは見えないが、それでも鍛え抜かれた筋肉の厚みは女性にはないものだ。御者台から見下ろしているのだが、頭一つ分ウェイバーより高い身長が見える。
 神威の車輪ゴルディアス・ホイールの接近で誰かが来たと向こうも気付いたようで、構えを解いてこちらに向かってくる。ザッザッザッザッ、と足音が聞える。
  ウェイバーの目はまだ人影を輪郭位にしか見極められないのだが、ライダーにはしっかりと見えているようで、その人影に向けて気軽に話しかけ始めた。
  「カイエン」
  「イスカンダル殿ではござらぬか、かのような夜分遅くにいかが致した」
  草を踏みしめる音に混じって聞こえてくる声を聞いて、『イスカンダル』と相手が言った瞬間ウェイバーは卒倒しそうになった。
  通信販売の宛名に『征服王イスカンダル様』と指定した時もそうだったが、この男は真名を名乗るのを全く躊躇わない。倉庫街の戦いで既にライダーの真名が他のマスターに知られているので今更とも言えるが、情報は出来るだけ秘匿するのが勝負の鉄則だ。
  それなのに自分の知らぬ所で次々に自分の正体を―――名前を―――存在を露見させて広げて行くサーヴァントに目眩を覚える。だが、ライダーはウェイバーの苦悩など知らぬとばかりに歩いてくる男に向けて堂々と言い放つ。
  「我らはこれよりキャスター討伐に赴く所だが、お主も一緒に来るか?」
  「キャスターとは冬木市で誘拐と殺人を行っている下手人でござったな」
  「うむ、その通り」
  「ならば同行するで――いや、同行させてほしいでござる。是非こちらからお願いしたい」
 気がつけば、カイエンと言う名前らしいその男は神威の車輪ゴルディアス・ホイールのすぐ近くに立っていた。おそらく年は四十から五十、まだ二十歳になっていないウェイバーにとっては父親に近い年齢に見える。
  ただ、紫色の胸当てと体の各所を守る黒い甲冑の隙間から見える肉厚の筋肉は老いを感じさせず、それどころかまだまだ先陣を切る戦士の風格を漂わせている。
  手に持った棒状の物はおそらく武器だろう。つい先程はこれを構えていたのだと理解しながら、目の前にいる人間から微かに感じる魔力に聖杯戦争に関わりがある者だろうと考える。裏の世界と無関係とは考えなかった。
  浮かぶのは敵意と警戒。ライダーは相手を敵と見なしてないようだが、ただの人間でしかない自分はまず相手を疑う所から始める。
  するとその男:カイエンはライダーからこちらに視線を動かして短く告げてきた。
  「お主、イスカンダル殿の仲間でござるな。拙者、カイエン・ガラモンドと申す」
  「あ・・・、その――。ウェイバー・ベルベット、です――。どうも」
  これまで聖杯戦争に関わって対峙した人間はマスターでもサーヴァントでも等しく殺気やら敵意やら殺意やらを含んでいたので、堂々と挨拶されたのはこれが初めてだ。
  目の前にいるカイエンという人間は聖杯戦争に関わっていると思えるのに、その在り方はあまりにも普通だった。時計塔にいた時には自分より年上の人間―――講師や先輩に多く接してきたが、彼らはウェイバーの血統の浅さを軽んじて、軽蔑の視線を向けたり見下す態度を言葉の端々に織り込んでいた。
  マッケンジー夫妻がウェイバーに対して普通に話しかけてくるのは、彼らの中ではウェイバーが孫だからと誤認しているからに他ならない。
  ただ唯一のウェイバー・ベルベットとして、何の蔑みもなく挨拶されたのはいつ以来だろうか? そんな事を考えながらしどろもどろに返答すると、カイエンの口から予想外の―――あくまでウェイバーの主観でありライダーにとっては決定かもしれないが―――とにかく、予想外の言葉が出てきた。
  「イスカンダル殿には先日助けてもらった恩があるでござる。キャスターなる悪党を討伐するのならば、拙者、どんな事でも協力するでござるよ」
  「助けた? おい、ライダー。お前、一体何をしたんだよ」
  「なぁに、公衆電話の使い方が判らなかったようなので教えただけよ」
  「はぁっ!? 公衆電話ぁ!?」
  日本の公衆電話とは少々形は異なるが、それでもイギリスにも公衆電話は存在する。そしてその使い方は子供でも知っているお手軽なもので、表の世界とか裏の魔術とかそう言った類の問題ではなくその土地に生きる者ならば常識として知っている事柄だ。
  魔術に精通している忌々しくも憎たらしいランサーのマスターこと、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトでも公衆電話の使い方ぐらい普通に知っている筈。
  お前はどこの原始人だ! と初対面でしかも年上の男に向けて言いたくなる衝動に駆られたが、大真面目に言ってくるカイエンの言葉にその衝動を押し戻す。
  「拙者、機械の扱いは苦手でござる。あそこでイスカンダル殿が手を差し伸べて下さらねば、きっとテレホンカードを手にまだ迷っていたでござるよ」
  「テレホンカードって・・・」
  ウェイバーとて聖杯戦争に参加する為、事前知識として日本については調べている。『忍者』『侍』『寿司』『芸者』『富士山』など無知な外国人が思い浮かべる日本の歪な光景などウェイバーの頭の中にはない。
  武士の時代も忍者が居た時代もとっくに終わっているし、寿司はどの町にもあるだろうが芸者や富士山など日本の限られた地域でしか見れないので、日本のどこからでも見れる訳ではない。そして冬木市は他の地方都市に比べれば国際色豊かな土地で、イギリスで見かける風景に似た箇所も少しだけ見える土地なのだ。
  ここに住む人間は近代日本の変化を受入れて、徐々に古い時代の産物を新しい物への交換している。
  物も、者も、モノも。
  だが、このカイエンと名乗る男はあまりにも古風であった。遥か古代に生きた征服王イスカンダルをサーヴァントにしている自分が考えるのは何か間違っている気もするが、それでもカイエンの在り方は今の日本には少々不釣り合いに見える。
  古風で珍しくしかも自分のサーヴァントが強者だと認めてる上に魔力も僅かに感じる者とたまたま出会う確率がどれだけあるか? 偶然などではなく、何らかの意図が働いた結果だと考えた方がよほど可能性が高い。
  だからこそライダーに敵の罠の可能性を示唆したのだが、ライダーはこちらの思惑など知った事ではないようで、キャスター討伐の同行者にする気満々だ。
  カイエンという男もまた異論はないらしく、静かに呼吸を整えながら堂々と御者台に乗り込んでくる。
  「しばし肩を並べ、共に戦おうぞ。悪党を刀の錆にしてくれる――で、ござる」
  ライダーを挟んでウェイバーとカイエンが御者台の両脇に並ぶ。
 神威の車輪ゴルディアス・ホイールは戦車であり御者台もかなりの大きさを誇る。だからカイエンが乗り込んできて尚まだ余裕はあるが、それでも男が三人並べば少々暑苦しい。ウェイバー以外の二人が立派な体つきであれば尚更だ。
  今もカイエン・ガラモンドという男が敵の罠なのか本当に味方してくれるのか判断がつかないが、ライダーの中では共闘が既に決定しているようで、今更『本当に連れて行くのかよ?』と言っても『当り前であろう』と軽く返される雰囲気だ。
  そしてライダーの行動を阻められた事など一度もない。
  体格の貧弱さも手伝い、自分一人が場違いであるような思いを脳裏に抱いてしまう。
  すると、反対方向に乗りこんでいるカイエンが持っていた棒状の物―――正確にはそれを覆い隠していた布を解き始めた。
  「それは何で・・・何だ?」
  何です? と敬語になりそうだったのを強引に押し戻し、立場は対等だと意思表示する為にあえて言いなおす。
  初対面の年上の人間に対して少し無礼かなとは思ったがカイエンは全く気にせず返事をする。
  「拙者の武器でござるよウェイバー殿。戦いになるのでござったら、準備せねばならぬ」
  そう言って布を解き終えると、そこには鞘に包まれた刀が合った。ウェイバーは知識だけ、しかも話でしか聞いた事のない浅い情報しか持ち合わせていないが、それでもその武器がこの国特有の製造法によって作られた刀剣、『日本刀』と呼ばれる物だと気付く。
  カイエンは鞘と柄をそれぞれの手で持って、横に構えて刀を引き抜いた。イギリスではほとんど見ない刃渡りの長さと輝き―――宝石の輝きを思わせる眩い光を見て、ウェイバーの目は刃の輝きに吸いこまれていく。
  「中々見事な刀ではないか」
  「銘を『風切りの刃』――、拙者の愛刀でござる」
  二人のやり取りを耳にしながらも、目は片時も刀から離れなかった。数秒後にカイエンが刀を鞘に戻さして腰に差さなければ、ずっとずっと見入っていたかもしれない。
  「では出陣だ」
  ライダーがそう言いながら手綱を打ち鳴らす。
 二頭の雷牛はその合図を受けて短く吼え、神威の車輪ゴルディアス・ホイールを再び空へと舞い上がらせるのだった。
  「見事な疾駆でござるな」
  ウェイバーは吹き荒れる風を肌で感じながら、そんな呟きを耳にした。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ




  セイバー陣営の協力者と思われる女を探すと言う名目で、カイエン・ガラモンドとなり冬木市にゴゴが存在している。
  全てのゴゴは同時に存在し、分身でありながらも全てがものまね士ゴゴだ。故に冬木ハイアットホテルを爆破した一味と思われる女が既にアインツベルンの森から出ている事も、冬木市に戻っている事も確認している。だから、ものまね士ゴゴの観点から見ればカイエンの目的はもう達成されている。
  それでもカイエンとして冬木市に留まり続けているのは、透明になって散らばっている101匹ミシディアうさぎとも、間桐邸に残ったゴゴとも、雁夜や桜ちゃんと一緒に行動しているゴゴとも違う、別の観点が何らかの役に立つだろうと思ったからだ。
  既にカイエンの姿は聖杯戦争関係者の何人かに見られているが手札は多ければ多いほどいい。
  仮にカイエンの姿をしたゴゴが何の役目も負わずにこのまま聖杯戦争が終わっても特に問題ではない。そう思っていたのだが、何の因果かライダーが目の前に現れ、こちらに興味を示し―――紆余曲折を経て共にキャスター討伐に赴いている。
  もし間桐臓硯として彼の前の現れたならば、間桐陣営、つまりはバーサーカーのマスターである雁夜の関係者としてほぼ間違いなく戦闘になっていただろう。既に倉庫街で『勧誘される』という選択肢をこちらから蹴っているのだからほぼ間違いない。
  だがライダーの前に立ったのはカイエンとしてだ。これは征服王イスカンダルが持つカリスマの為か、あるいは驚異的な高さの幸運がそうさせたのか?
  ものまね士ゴゴとしての正体を明かせるのならば、大聖杯から伸びた今現在のキャスターの所在は未遠川の近くには無い事を教えてやれただろう。拠点、あるいは工房と呼ばれるものがここにあるかもしれないが、当人はまだ冬木市の住宅街をうろついている、と。
  だが、ゴゴはものまね士としてまだまだ多くの情報を―――宝具を―――存在を物真似したいので、わざわざ正体を明かさない。それに聖杯戦争の賞品である聖杯に興味が無いのは本当だし、桜ちゃんを救う為にキャスターの存在が邪魔なのも本当だ。嘘は言っていない。
  おそらくキャスターが工房に戻らない理由は、アインツベルンの森に連れてきた子供達の代わりを調達する為だろう。
  そんな事を知らないライダーとそのマスター。倉庫街の戦いから『ウェイバー』と名前は知っていたが、ここで『ウェイバー・ベルベット』と本名を全て知れたのは小さいながらもまた収穫の一つだ。
 ライダーの宝具、どうやら『神威の車輪ゴルディアス・ホイール』という名前の様だが、それを間近で触れて、見れて、感じられたのは行幸だ。まだ宝具の全力は見ていないが、それでも戦車としての機能は余すことなく見物出来て、物真似して呼び出す事も不可能ではなくなった。
 バーサーカーの宝具『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』でかつての仲間達に変身する時、化けると同時に武器もまた顕現出来ているし、『スロット』で飛空艇ブラックジャック号を呼び出す事も出来ている。ならば戦車の一つや二つ程度呼び出せなくて、何がものまね士か。
  カイエンとして冬木市の中を散策している時、いきなり声をかけられた時は驚きのあまり絶叫しそうだったが、何とか『事情を少し知ってるだけのカイエン』を演じ切ってみせた。
  そして今―――。ライダーの宝具に乗った自分はカイエンとしてキャスターの拠点へ特攻を仕掛けている。
  「うわわわわわわわわわわわわ」
  御者台の反対方向に乗っている、いや、しがみ付いているウェイバーの叫び声を聞きながら、カイエンとしてのゴゴは同じ光景を見入っていた。
 未遠川へと通じる下水管の奥、そこがキャスターの拠点であるのは、突入後一秒で証明された。下水管の大きさはライダーの神威の車輪ゴルディアス・ホイールが満足に通れる幅があるのだが、その一面をキャスターが生み出した怪物が埋め尽くしているのだ。
  雁夜がアインツベルンの森で戦ったあれが下水管の中に隙間なくびっしりと覆い、生きた壁となって蠢いている。無数の触手を備えた怪物の巣窟、人外魔境あるいは醜悪と呼ぶにふさわしい光景が広がっている。
  だがライダーとってそれは障壁になりえず、手加減した状態でもバーサーカーを軽々と吹き飛ばした宝具の突進が怪物達を引き裂いていく。
  宝具から溢れる雷撃によって怪物が焼かれ。雷牛の衝突によって怪物が粉砕され。車輪によって怪物が踏み潰され。殺される瞬間、怪物が断末魔の雄叫びをあげる。
 神威の車輪ゴルディアス・ホイールは常に見えないシールドを展開しているので、ライダーはおろかウェイバーにも自分にも怪物の血飛沫や肉片はぶつからない。そして下水管の中を走っているのではなく、ライダーの宝具は少しだけ浮いた上空を駆け抜けていた。周囲の建造物を何一つ傷つけていないので、バトルフィールドを展開する必要はない。
  ただし、生き物が殺されていく臭いだけはどうしようもなく、下水管の不快な臭いと合わさって鼻が曲がりそうだ。
  臭いのひどさは仕方ないとして、ここの防壁としての強固さはアインツベルンの森の結界に比べて大きく劣っている。カイエンとしての出番のなさに少々物足りなさを感じながらも、易々と突破されていく光景に落胆すら覚えてしまった。
  「なあおい坊主、魔術師の工房攻めってのは、こんなにも他愛ないもんか?」
  「いやそんな筈は――。これが本格的な工房だとしたら、ああも無防備に廃棄物を垂れ流してたのは変だし・・・。まともな魔術師だったら、あんな失態はありえない――。おい、ライダー、もしかしたら今回のキャスターは、正しい意味での魔術師じゃないのかもしれないぞ」
  「ああん? そりゃどういう意味だ?」
  「たとえば──生前の伝承に、悪魔を呼んだとか、魔道書の類を持ってたとか、そういう逸話が語り継がれているだけで、本人が魔術師として知れ渡っていたわけじゃない。そういう英霊だとしたら、キャスターとして現界しても、その能力は限定的なものになるんじゃないか?」
  怪物の群れに当初は怯えていたウェイバーだったが、あまりにも目の前にある光景が変わらなかったからか、あるいはライダーの宝具に乗っていれば恐れるに足らないと判断したのか、声を張り上げながら自分の考えを返事に混ぜ込んだ。
  分析することで自分を落ちつけようとしているのかもしれないが、横で聞いていてウェイバーの予測がほぼ的を射ていたので、少し驚く。
  どうやらキャスターの真名『ジル・ド・レェ』にまではたどり着いていないが、ウェイバーは宝具の力でとてつもない数の怪物を召喚できるだけの英霊だと看破している。いっそジル・ド・レェの名を教えてあげたくなる分析能力は見事と言えた。
  「そんなもんかい」
  ただしライダーにとってはウェイバーの分析もさほど重要ではないようで、一言で終わらせてしまった。
  そうこうしている内に怪物の密度が徐々に減っていって、下水管を上から下まで覆い尽くしていた肉の壁は地面に立つ数だけとなってゆく。
  数が減れば尚の事ライダーの宝具の疾走は止められない。どうやら減少した理由は工房への到着だったらしい。
  「ん? そろそろ終着点か――」
  そう呟くと同時に通っていた下水管の視界が一気に開かれた。どこかの貯水槽に通じていたようで、広々とした空間ながらも、太い柱が床と天井を繋いでいるだけで、人が住む考慮は全くされていない。
  人が住む場所ならばありえる太陽光を取り込む天窓など全く見当たらず、外の光は入り込んでいなかった。微かに非常灯と思われる光源が遥か彼方に見えるが、明かりはそれだけだ。生身ではこの中を見渡す事すら困難に違いない。
  だがゴゴには僅かでも光源があるならばそれで十分だ。キャスターが居ない事を知りながらも、他に何かないかとカイエンの目で周囲を観察する。
  そしてそこに広がる無残な光景を見てしまった。
  「──ふん、生憎キャスターめは不在のようだな」
  「・・・・・・外道が」
  時同じく、自分が見た光景をライダーもまた確認したようで、キャスター不在の落胆とは違う低い声音が聞こえてきた。
  つられて、カイエンとしての心がライダーに合わせて言葉を放ってしまう。
  ただ、一人だけ見えていないウェイバーが目を凝らして辺りを窺うのも一緒に見えた。
  「貯水槽か何かか、ここ――」
  周囲への警戒と敵が待ち構えていたかもしれない集中がそうさせるのか、ウェイバーはこちらの言葉を聞きながらも聞いていなかった。
  ライダーの言葉を聞いて敵を不在と知っただろうが、カイエンの言葉をしっかり聞いていたなら見えない部分に何かがあると気付いた筈。
  情報収集の為か、ウェイバーが御者台から降りようとしたがライダーの言葉がそれを阻む。
  「あー、坊主? こりゃ見ない方がいいと思うぞ」
  御者台の後ろから飛び降りようとするウェイバーに向けてライダーがそう言うと、ウェイバーが即座に返す。
  「何言ってんだよ! キャスターがいないなら、せめて敵の居場所の手掛かりぐらい探し出さなきゃ始まらないだろ!」
  「そりゃそうかもしれんが――止めとけ、坊主。こいつは貴様の手に余る」
  「うるさい!」
  二人のやり取りはマスターとサーヴァントの間にある信頼関係の是非を少しだけ浮き彫りにしていた、戦術や戦略、それに力量という点で見ればウェイバーは雁夜にも劣る魔術師だ。その上、ライダーに対して何らかの反抗心でも抱いているらしく、言葉の真意を探る前に行動に移してしまう。
  飛び下りてしまったウェイバーを追い、仕方なく自分もその後を追う。キャスターが居ないからと言って、下水管を埋め尽くしていた怪物がここにはいないと言う保証はない。ライダーにはまだまだ色々見せてもらわなければならないので、マスターに死んでもらっては困る。
  おそらくライダーへの強がりがウェイバーの意識を散漫にさせているのだろう。そうでなければ、出会ったばかりの他人―――つまりはこの自分に背を向けて先に行くなんて事は、僅かでも警戒心を抱く人間ならば絶対にやらない筈。
  ライダーの様に自力で戦えるならば背後を取らせても問題ないかもしれないが、ウェイバーは違う。
 そんな風に気遣っていると、神威の車輪ゴルディアス・ホイールで力ずくで通り抜けてきた下水管の方から迫るある魔力の波長が敵の接近を明確に伝えてきた。ウェイバーだけではなく、そちらにも気を配らなければならない。
  キャスターが戻って来たのではない、キャスターを監視していたある存在がライダーの特攻に乗じて潜入してきているのだ。
  自分達が通って来た道がそのまま新しい敵の接近を許しているのに全く気付いて無いようで、ウェイバーは御者台の後ろ側から回り込んで前に進む。ポケットに手を突っ込んだと思ったら、薬を封入するカプセルらしき物体を二つ取り出した。
  急いで追いかけながら、いつでも風切りの刃を抜けるように鞘に手を当てる。横を歩きながら彼の挙動を観察していると、ウェイバーはその二つを握り込んで潰し、そのまま上に放り投げる。
  どうやらカプセルらしき物は照明弾と同じような効果を発揮する魔術の道具のようで、五メートルほど頭上で淡い緑色の光を一気に放出した。太陽光と比べると弱い光だが、周囲の観察をするには十分な明るさが生まれる。
  「なっ・・・」
  そしてウェイバーの驚く声を耳にした。
  カイエンの目で既にそこに何があるか見ていたが、改めて明るい場所で見るとより強く怒りが湧き出てくる。
  そこにあるモノを一言で纏めるならば美術用語として用いられる『オブジェ』が最もふさわしい。
  家具、衣料品、楽器、食器。辛うじて、そう、見えるモノが床の上に、机の上に、あるいはそれ自身が机となって置かれていた。
  だがそれを真にオブジェと理解できる者は作った者か、作り手と似た考え方をする相手に限定される。
  何故ならばそれらは等しく材料を『人』だったからだ。
  握りの部分から伸びた骨組みは傘の一部だが、雨や日を遮る為の傘布の部分を人の肋骨と皮膚で作り上げている『傘のようなモノ』があった。
  体の中から腸を引きずり出され、机の上に広げられ。『ド』『レ』『ミ』と付箋紙を付けられた『ピアノのようなモノ』があった。
  首から上を力任せに引き抜かれ、頭部へと繋がる頚椎とそれに沿ってねじ込んだコードがある。眼球の代わりに埋め込まれた電球が光を宿せばきっと枕元を照らす『照明器具のようなモノ』になるだろう。
  背骨と並行して肩から腰まで二本の棒を通し、仰向けにした状態で両手両足を足にした『四本足の机のようなモノ』もあり、後ろにのけ反った頭は全く動かず白目をむいている。
  乾いてもまだ赤黒い血の色を残した人の皮膚、上半身だけをはぎ取られた『Tシャツのようなモノ』。
  頭蓋骨を真横に斬り落とし、脳みそを取り除いて半球の器にした『杯のようなモノ』。
  肘から先の両腕を計四本切り落とし、十字に並べて繋ぎ合わせた『扇風機のようなモノ』。
  死体を弄り、死を冒涜し、奇怪なオブジェへと変えられてしまった人だった残骸。
  しかも並ぶモノは子供であろうモノばかりが目について、大人と呼べるモノは一つもない。穏やかな表情を浮かべるモノは一つもなく、どれもこれもが生きながらにオブジェへと変えられた事実を示している。
  それは暴力により破壊と殺戮とは異なる、芸術としての創作の証だった。けれどそれをオブジェと見れる人間は限りなく数少ない。大半の人間はそこにあるモノを見てまずおぞましさを抱くに違いない。
  そして目に見える光景を更に恐ろしく見せているのは、肉体を極限まで壊されて尚、生きている者もいる事だ。
  おそらく治癒再生魔術によって生かされているのだろう。ゴゴが使う回復魔法の中には僅かながら常に人を回復させていく『リジェネ』と呼ばれる魔法があるが、あれと似た効果を発揮している。
  だが『リジェネ』と決定的に違うのは回復はあくまで治癒を目的にしているが、目の前に広がる魔術は死を許さず生かし続ける拷問の為だ。
  紅い血がピチャリピチャリと滴り落ちる。
  苦しみ悶えながらも、声を上げる気力すら失ってただ生かされている者がいる。
  腐臭と臓腑の臭いが交じり合い、強烈な『死』の臭いを撒き散らしている。
  地面は元々合った汚れと人から流れ出した血と肉と骨の残骸が合わさってどす黒い赤色に染まっていた。
  ウェイバーはそんな事を気にする余裕もなく胃の中身を逆流させて盛大に吐き出す。
  足元に子供のモノと思わしき臓腑がいくつか転がっていたが、それを見る余裕もない。そこに広がった光景に『気持ち悪さ』を抱き、嘔吐する以外に何も出来なかった。
  ウェイバーの嘔吐、そして目の前に広がる人の命を愚弄して蹂躙して嬲り尽くす光景の両方を見ながら、ゴゴは特に何の感慨も湧かなかった。
  物真似してもあまり得るものはない―――。そう思う程度だが、カイエンとしての意識は強く怒りを覚えていた。
  カイエンならきっとこう言う。
  カイエンならきっとこうする。
  カイエンならきっと怒りを宿す。
  「許さん・・・。このような非道、決して許さんぞ・・・」
  鞘に当てた手とは反対の手が強く握りこまれ、あまりの強さに皮膚が裂けて血が滴り落ちそうだった。口は言葉を語りながらも、歯は手と同じように強く強く食いしばり、激昂を力ずくで抑えなければ爆発してしまいそうだ。
  話でしか聞いていないが、かつてガストラ帝国がドマ王国を壊滅させる為に飲み水に毒を仕込んだ時の様に―――『敵』と認めた存在を全て斬り捨てなければ心を鎮める事すら出来ない。衝動が、狂奔が、圧倒的な感情の爆発が体の中を駆け巡る。
  耐えろ、耐えろ、耐えろ―――。敵が迫っている、怒りに身を任せるのは待て。そう自分自身に訴えかけなければならなかった。
  ウェイバーが胃の中身どころか胃酸すらも吐き出すと、少しだけ落ち着いたであろう彼に向けてライダーが声をかける。
  「だから、なぁ――。止めとけと言ったであろうが」
  「うるさいッ!」
  ライダーはゆっくりと戦車から降りて、ウェイバーが通った箇所をそのままなぞる様に歩く。そしてウェイバーの傍らに立ちながら、深くため息を吐いた。
  気遣うような呟きだったがウェイバーは別の意味で受け取ったようで、ライダーの方を振り返りながら怒りの表情を浮かべている。
  ただし、えずいた事実は消えずに残っており、目元に浮かぶ涙が確たる証拠としてそこにある。
  「畜生。馬鹿にしやがって・・・畜生!」
  「意地の張りどころが違うわ、馬鹿者。いいんだよ、それで。こんなもの見せられて眉一つ動かさぬ奴がいたら、余がぶん殴っておるわい」
  そう語るライダーの目が一瞬だけこちらに向くが、すぐにウェイバーへと戻る。
  どうやらウェイバーはライダーの心遣いを余計なものと感じているようだが、ライダーはキャスターへ攻撃しようと決定したウェイバーに賞賛すら抱いているようだ。カイエンがキャスターに怒りを覚えるのと同じように、ライダーもまたキャスターの行いに腹を立てているのは間違いない。
  喝采はなかったが、それでもキャスターへの攻撃を決断したウェイバーを評価していた。
  そんな褒め称えるライダーの言葉が届かなかったのか。それとも届いた上でウェイバーなりの事情があったのか。涙目にながらも浮かべた怒りの表情をそのままにウェイバーが言う。
  「何が・・・ぶん殴る、だよ! 馬鹿ッ! オマエら、全然平気な顔して突っ立ってるじゃないか!」
  途中からウェイバーの矛先がこちらにも向いて来て、状況が許すならば少しは反論したい気分が生まれた。
  だが今、この場に限って言えば、ウェイバーと舌戦を行う余裕はない。
  気持ちを落ち着ける時間もなければ、怒鳴り声に応対している暇もなかった。
  「だっておい――」
  そう言いながら、視線をウェイバーとも自分とも違う方に向けるライダーを見て、彼もまた自分と同じように、この場に現れた新たな気配を察知していると気付く。
 ならばわざわざ声をかける必要はない。自分もまた敵に対して応じるまで。神威の車輪ゴルディアス・ホイールが作り出してしまった障害のない下水管を通って来た別の敵に備えるだけだ。
  「今は気を張っててそれどころじゃないわい」
  「へ?」
  そのウェイバーの呟きが―――えずき、弱まり、気を抜いた一瞬が始まりとなった。
  常人の耳には空気を切り裂く刃の音など聞こえなかったかもしれないが、大量にある柱の影の一本からそれは放たれて、ウェイバー目がけて一直線に飛んできた。
  極限まで投擲の時に出る音を殺した一撃。威力でも、早さでもなく、どれだけ相手に気付かれずに攻撃できるかに重きを置いたそれは、ウェイバーの脳天に向かって突き進む。
  もしこの場にいたのがウェイバーただ一人であったならば、それは間違いなくウェイバーの頭蓋を叩き割って絶命させていただろう。だがこの場には自分も含めてウェイバーを守る盾が二つも存在する。
  「やらせんっ!!」
  腰に備えた鞘から一気に風切りの刃を引き抜き、迫りくる攻撃を弾き飛ばす。
  見てないので確たる証拠はないが。敵の襲撃を察知して位置を変えたので、自分、ライダー、ウェイバーの並びで一直線が出来上がっているだろう。だからその攻撃―――投げられた短刀を認めると同時に、真ん中にいるライダーへと渡す武器へと変える。
  威力が強ければ狙った場所に落とすのは難しい。あるいはもっと早ければ防ぐのに精一杯。けれど、無音の攻撃を意識してか、上に弾き飛ばして狙った場所に落とすのはそう難しい事ではない。飛んでくる方向にライダーが居るならば、威力を弱めればそれでいいのだから。
  多少、上に跳ね上がり過ぎた気はするが、あとは受け取る方が調整すれば済む話。
  「イスカンダル殿」
  「おうっ!!」
  野太いライダーの声が後ろから聞こえてきた。どうやら予想通り敵とウェイバーの間に立っているようで、目の前の闇の中に潜む敵に意識を向けたまま、ライダーの邪魔にならぬよう少しだけ横にずれる。
  ライダーなら渡した短刀を投擲武器に変えて攻撃してくれる筈。
  それはライダーがほんの少しだけ攻撃を横にずらせば背後から斬り殺されてもおかしくない状況だが、ライダーは、征服王イスカンダルはそんな事をする人間ではない。
  一瞬後、カイエンの顔のすぐ横を敵の短刀が通り過ぎて、ウェイバーを狙って投げられた武器が逆に投擲者を殺す武器へと変わってしまった。
  投擲する為には物影からでなければならず、サーヴァントと言えど人の手によって行われたのならば、発射地点の根元には必ず胴体がある。
  武器を投げた事で敵の位置は割れた。そして逃げられる前に放たれ、威力だけを重視したライダーの渾身の投擲は見事にそこに突き刺さり、ウェイバーを殺そうとした敵を逆に殺し返す。
  首元に突き刺さった短刀の刃が後ろにまで抜けたのが見えたので、たとえサーヴァントであろうとも即死だろう。
  キャスターとそのマスターが作り出した醜悪な床の上に敵が転がってゆく。
  「――なんせ余のマスターが殺されかかってるんだからな」
  ライダーの忠告と一緒に鞘から剣を引き抜く音が聞こえてきたので、後ろの臨戦態勢は整ったようだ。
  この調子ならライダーの本気が見れるかもしれない。
  あるいは真に驚くべき事はライダーが何の躊躇いもなく敵を殺した、その一点に尽きるかもしれない。令呪ほどの強制力はないが、それでも大聖杯からサーヴァントへと通じる魔力の縄のようなモノに干渉し『敵のマスターおよび敵サーヴァントを殺すな』と全てのサーヴァントに向けて命令を出している。
  セイバーへの効果は上々だったので、他のサーヴァントにも有効かと思ったが、ライダーはその干渉をいとも容易く無視した。絶対命令権の令呪ではないので、サーヴァントによっては何の意味も持たないだろう予測はしていたが、こうもあっさり振り切られると落ち込んでしまう。
  敵を殺したくないと心の中で思っているサーヴァントには効果があるが、敵を倒す事に何の躊躇いも感じていないのであれば効果が薄い可能性もある。
  この調子では他のサーヴァントにもどれだけ効果があるか怪しいので、魔力による意識への干渉など最初から無いものとして扱った方がいいかもしれない。
  一瞬の思考の後、闇の中から床の上に引きずり出された敵―――ライダーに殺されたアサシンの姿が見えてくる。
  「アサシン!? そんな、馬鹿な?」
  「前に出てはいかん。敵がまだいるでござる」
  突然の敵の出現に驚いたウェイバーが動く気配がしたが、この場で『守られるべき存在』である彼に余計な事はしてもらいたくない。
  戦いは自分とライダーに任せるでござる。そんな強い意志を込め、大聖杯に繋がるサーヴァントの位置を言葉にした。
  「斜め後方にまだ二人敵が居るでござるよ」
  前にいる敵はライダーによって絶命したので、残りは後ろにいる敵だけ。どうやら追跡してきた敵―――宝具にって分裂しているアサシンは大きな三角形を作ってこちらを全方位から取り囲んでいるらしい。
 ウェイバーはアサシンの宝具『妄想幻像ザバーニーヤ』を知らないので、アサシンが複数いるのに驚いているようだが、こちらにとっては周知の事実。むしろその宝具を利用して色々やってるので、分裂は今更の話だ。
  アサシン以外の伏兵も考慮しつつ、振り返りながらライダーと肩を並べてウェイバーを守る。そしてゴゴとしての意識を働かせながらも、キャスターの凶行を目にしたカイエンとして共闘した仲間へと話しかける。
  「アサシン・・・? ウェイバー殿、つまりこの者共はキャスターではござらぬのか?」
  「あ、ああ――」
  アサシン側にとってカイエンは聖杯戦争のマスターでもサーヴァントでもない。だが、サーヴァントの投擲を呆気なく弾き、しかもそのまま攻撃に繋げる実力の持ち主だと伝わった筈。
  それが理由か、短刀を手にした二人のアサシン―――どちらも白い燭腰の仮面で顔の上半分を覆い隠しているが、片方は女性でもう片方は二本の短刀を持つ違いが合った―――は、投擲によってウェイバーを攻撃せず、短刀を構えて隙を窺っている。
  きっとこちらの強さを警戒しているのだろう。
  「何でアサシンが四人もいるんだよ!?」
  「何故もへったくれもこのさい関係なかろうて」
  並び立つライダーの手にはスパタが握られており、こちらも風切りの刃を構えて斬り合う準備は整っていた。ウェイバーを戦力に数えられないので、数の上では二対二と互角なのだが、アサシンは真正面からの戦いに向いておらず、しかも宝具によって力を分散されているので力が減退している状況だ。
  奇妙な硬直状態が作り出された。ゴゴは、いや、カイエンは戦いが始まってもまだ消えない怒りに後押しされ、不穏な空気の中で目の前の敵に向けて言い放つ。
  「何が理由で我らに狼藉を働くかは知らぬが、アサシンよ。拙者、キャスターのせいで非常に機嫌が悪いでござる。何もせず引き返すなら殺さぬ、だが――」
  戦うなら慈悲なく殺すでござる。
  そう言葉を続けない代わりに、カイエンの手が風切りの刃を少し下げる。正眼の構えでアサシンの仮面に向けられていた刀が喉元へと向きを変える。
  そしてリンッ―――と短い音が鳴った次の瞬間、カイエンを中心に微風が生まれ、流れてゆく。
  「この『風切りの刃』に切り刻まれたくなければ、下がるでござる」
  時間が流れて行くごとに風はどんどんと強さを増し、範囲もまた少しずつ少しずつ大きくなっていった。
  最初はカイエンが持つ風切りの刃を中心にして風が生まれていたが、徐々に範囲は広がってライダーの外側を通り抜けて、ウェイバーの外側も通っていく。
  風そのものは見えないので体感するしかないが、アサシン達の目の前に風の壁が生まれているのは判るだろう。
  台風の目の中心、無風状態の中に自分とライダーとウェイバーがいて、アサシンは風の中だ。
  もっと威力を強めれば、アサシンを吹き飛ばす事も、風を刀の代わりにして斬る事も出来る。そんな気配を漂わせながらカイエンとしてアサシン達を睨みつける。
  そもそもアサシンが奇襲に失敗した時点で戦況は圧倒的にこちらが有利となっている。暗殺者として聖杯戦争に招かれたサーヴァントが真っ向から対峙して戦う状況こそ異常なのだ。
  戦うならライダーの力を発揮させるように戦え、戦わないならさっさと逃げろ。お前達から知りたいモノはもう何もない。そんな落胆が伝わったか、アサシン二人は一瞬だけ互いに目配せすると、霊体化して姿を消した。
  目には見えず、魔力もほとんど感じない。しかし大聖杯に繋がったサーヴァントとしての存在が、下水管を逆走して撤退していく様子を明確に伝えてくれた。
  だから風を弱め、元の無風状態へと戻していく。
  「逃げた、のか?」
  「気をつけろ坊主。二人死んでも、なおまだ二人。この調子じゃ、一体何人のアサシンが出てくるやら知れたもんじゃない。ここはまずい。奴ら好みの環境だ。さっさと退散するに限る」
  先程のウェイバーも言っていたが、遠坂邸で殺されたアサシンとこの場に現れたアサシンを合計して四人となる。実際には三桁には届かないが数十人のアサシンが冬木市に散らばっているので、ライダーの見立てはそれほど間違いではない。
  いっそ、『アサシンの気配は完全に消えた』そして『ここには今、敵はいない』と言えれば楽なのだが、そうなると大聖杯を物真似したゴゴまで話さなければならないので、言えなかった。
  「二人とも余の戦車に戻れ。走りだせば連中とて手出しはできん」
  「ここは・・・このまま放っとくのか?」
  「調べりゃ何か判るかもしれんのだろうが――諦めろ」
  まだ闇に潜む敵を警戒するからこそライダーの言葉は重くても短い。けれどカイエンは敵がいない事を判っているので、まだここに留まれるだけの時間がある事を知っている。
  そしてカイエンの心はこの場をこのまま放置する事を強く拒んでいた。
  キャスターの許し難い悪行に静かな怒りを燃やしていたライダーもまた同じように考えている筈。そう思ったカイエンはライダーに向けて話しかける。
  「イスカンダル殿はここを破壊するつもりでござるな?」
  「そうだ。ここを破壊すればキャスターの足を引っ張る戦果にはなる」
  「そしてあの者達も――」
  「・・・ああ、まだ息がある奴なら何人かおるが。あの有様じゃ、殺してやった方が情けってもんだ」
  確かにライダーの言うとおり、もし言葉が話せるのならば『いっそ死なせてくれ』と悲痛な叫びをあげるであろう者達がいるのは予測できる。
  苦しみからの解放。
  死という名の救済。
  まだ生きていたとしても、心の方が完膚なきまでに壊されている者もいるだろう。
  だがそれでもカイエンは自分の手で幼子を手にかける事は躊躇われた。それが苦しむ者への介錯だと理解しながらも、命を絶つ重さをカイエンは知っている。
  妻ミナと晩婚の末に生まれ、そしてケフカの流した毒によって妻と一緒に逝ってしまった息子。
  死して幽霊になっても『パパ・・・大好きだよ』と告げたシュン・ガラモンドの姿が忘れられない。
  だからカイエンは救えるのならば救いたいと思い、その言葉をライダーに向けて言い放つ。
  「ならばその役目、拙者に任せてほしいでござる」
  「――お主にやれるか?」
 まだ命ある者を殺してやれるのか? そして自分には神威の車輪ゴルディアス・ホイールがあるが、お前にはこの場所を破壊するだけの力があるのか? そんな二重の意味がこもった問いかけだった。
  それでもカイエンは躊躇わずに首肯する。
  躊躇いながらも冥土へと送る。生かしたいと願いながら殺す。今からやろうとしている事は矛盾している。
  それでもカイエンとして出来る事をやる。
  死ねば立ち直れる奇跡すら失われる、だから子供達を救う為に―――。
  「拙者は救わねばならぬ。救える命がそこにあるのならば、ただ己の信ずる道を行くのみでござる!!」
  そう宣言しながら五歩ほど大きく前に踏み出して、様々なオブジェへと作り変えられてしまった者達へと近づいていった。
  完全に命を失った者は最早ものまね士ゴゴの強大な魔力をもってしても、蘇らない。
  数ある蘇生魔法の中で、生き返らせられるのはまだ生者として呼び戻せる者に限る。そして目の前にいる子供達の何人かは死して数日が経過した後の者もいて、どれだけ魔力を込めても生き返らせられない状態まで逝ってしまった。
  肉体の死、精神の死、霊魂の死、生命の死、存在の死。
  呼び戻せる者がいて欲しいでござる。そう願いつつ、カイエンは風切りの刃を鞘に戻す。そして代わりに腰の後ろ側にある僅かな荷物しか入れられない袋の中に手を突っ込んだ。
  あたかもそこから取り出したように―――その実、差し込んだ手の平から出現させた緑色の物体を、強く強く握りしめて外に出す。
  そのまま空高く掲げ、自分の中にある魔力をそれに注ぎ込んだ。
  マッシュの時は魔力を完全に内側に封じ込め、自分の体だけで戦った。けれど、この場ではどうしてもこの力が必要だ。魔力が必要だ。
  「バトルフィールド展開! 来るでござる――『フェニックス』」
  緑色に光る結晶体、中央にあるオレンジ色の六芒星、それは幻獣が封じ込められた神秘のアイテム、名前を『魔石』。
  これまで聖杯戦争に関わる者の中で、雁夜と桜ちゃん以外に召喚する瞬間を見た者はいない。出来るだけ秘匿してきたが、今この瞬間、カイエンの決意を形に出来るのはこれだけだ。
  中央部のオレンジ色の六芒星部分から紅く輝く三つ六芒星が出現し、幻獣召喚の予兆のごとく外へ外へと広がっていく。
  紅い輝きはカイエンの持つ魔石を中心にして、巨大な三角形へと変化していった。貯水槽の内側に展開したバトルフィールドの端まで到達する大きな三角だ。
  同時にカイエンは頭上に紅い鳥が出現しているのを感じたが、それこそが求めていた幻獣だったので、視線は動かさない。ただひたすらに別のモノにされてしまった子供達を見続ける。
  腹と頭そして地に降り立つときに使う足だけを見れば普通の鳥と変わらぬ姿に見えるかもしれないが、羽根と尾羽は紛れもなく燃え盛る炎そのもので、その姿は普通の鳥とは全く異なる別の生き物だ。
  大きく広げた羽根に見える炎が空間の中に熱気を生み出していく、床についた尾羽に見える炎がそこにある穢れを押し退ける。炎の息吹が痛いほど伝わってきた。
  幻獣にして不死鳥フェニックス。


  「転生の炎――」


  炎が幻獣となり、言霊となってこの空間の中に響き渡った後。仮定の全てを一切合財省いて、金色の炎が空間の中を全て埋め尽くした。。
  床一面に広がった人の残骸を炎が燃やしていく。
  飛ばないと届かない高所の天井を炎が撫でていく。
  何十本と佇む柱の全てに炎がぶつかっていく。無論、カイエンからは死角となる箇所も炎は燃え広がる。
  もしライダーあるいはウェイバーに、辺り一面を焼き尽くす炎の細部を見れる余裕があったならば、この空間の隅から隅までを撫でていくその炎が目玉模様のある羽根が幾重にも積み重なって出来ていると見れただろう。
  羽根が炎となり、炎が羽根となって、世界を燃やす―――。
  ただし、その炎はライダーもウェイバーも傷つけず。そしてこの貯水槽そのものも全く傷をつけずに、持ち込まれた道具やモノになってしまった者だけを焼き尽くしていく。
  柱も天井も全く焼かれておらず、炎が衝突した部分は傷一つ付いていない。ただ余計なモノだけを焼き尽くす浄化の炎だ。
  本来は味方全員の蘇生にのみ行う『転生の炎』だが、今は少しだけその効果に破壊を含ませた。何故なら、再生と破壊を同時に行う事こそがカイエンの望みなのだから。
  癒されよ。
  清められよ。
  救われよ。
  祈りを込めてフェニックスが作り出す光景を見入っている間にも、掲げた魔石にドンドン魔力が吸われていく。
  苦痛と脱力、疲労と虚脱が体を蝕んでいくが、歯を食いしばり見届ける。
  床の上に広がったあまりにも多くの残骸が炎に燃やし尽くされた。それでも、残ったモノが合った、残った者がいた。
  彼らこそが『転生の炎』で呼び戻せる者、蘇らせられる者だ。
  キャスターとそのマスターの凶行によって満足に四肢を残した者など一人もいない、口から泡を吹いて、腹部から臓腑を露出させ、死ぬのを許されずに魔術によって強引に延命されている。
  けれど、間違いなく生きているのだ。もしかしたらまだ間に合うかもしれない、体だけではなく心も蘇らせてキャスターの地獄から現世へと戻ってこれるかもしれない。
  『転生の炎』によって傷つけられた体は癒えていく、引き千切られた腕や足や元の場所に戻り繋がっていく、失われた血は再生されていく、蘇っていく。
  炎で燃やされていく惨状の中で、炎に包まれて癒されていく子供。
  例えその数がたった二人だけだったとしても、それだけの数しか生き残っていなかったとしても、生きていてくれた子供の姿にカイエンの気が緩む。
  結果、掲げた魔石はそのままだが、膝の力が抜けてしまい。綺麗に焼かれて浄化された床の上に膝をついてしまった。
  何とか背筋を伸ばすが、子供達を治そうと願えば願うほどに魔石はカイエンの魔力を吸い取って力へと変えていく。
  この体の中にある僅かな魔力を使い、救われる命があるのならば。存分に持って行け。
  意思が脳裏をよぎるのと、残留魔力が魔石に完全に吸われるのとはほぼ同時だった。姿勢を維持するのも叶わなくなり、意識が遠のいていく。
  どうしようもなく眠かった。
 カイエンとしての魔力は少なく、比較した事はないがもしかしたら雁夜にも劣るかもしれない。己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリーで変身しているゴゴとしての自覚を持てば、カイエンの肉体に魔力を補充させる事など容易いのだが、この場にいるのはゴゴではなくカイエン・ガラモンだ。不死鳥を呼び出すのに侍の魔力では足りないから、消耗し過ぎて気絶するのは必然となる。
  聖杯戦争においてライダー陣営は間違いなく敵である。その敵の前で気絶して自分自身の全て委ねるのは戦略も戦術もないただの暴挙だ。
  それでも侍は自分の信念に従って行動し、その結果を受け入れる。
  「・・・イスカンダル殿、ウェイバー殿。どうか命ある子供達を――、助けてやってほしいでござる」
  振り向く気力は無かったが、後ろにいる二人に向けて最後の言葉を絞り出せた。薄れゆく意識の中で辺り一面を燃やしていた炎が急激に無くなっていくのが見えたので、きっと頭上に現れていた幻獣の姿も消えるだろう。
  そして意識が落ちる直前、カイエンは四肢だけではない全ての部位を完全に取り戻し、眠る様に横たわる二人の子供達を見る。
  よかった―――。
  一瞬すらない刹那の間に喜びを感じた後。カイエンの意識は闇に包まれた。





  だからカイエンは聞けなかった。
  「な・・・な・・・」
  「こんな事が出来るとは、さすがの余も予想外だ。こやつ中々面白い事が出来るな」
  「確かに魔力は感じるけど――。なんでこんな事が出来るんだよ!! 魔法、いや・・・違う。でも、僕たちを攻撃対象から外して、しかも治す炎なんて、大魔術の域に・・・」
  「そんなもんは起きてから直接聞けばいいではないか。おい、坊主、その道具を掠め取ろうなんて考えるなよ。余のマスターが盗人に成り下がる様は見たくないぞ」
  「んな? 誰がするか!!」
  「イリアスと一緒に持っておれ」
  「触っても大丈夫だよな・・・これ」
  「あの炎のおかげか? 坊主、調子が戻っておるではないか」
  「あ・・・、そう言えば――」
  「随分と見通しが良くなって、アサシンもあの炎に焼き殺されたと思うが、まだ安心は出来ん。折角カイエンが助けた子らだ、連れてさっさと退散するぞ」
  「判ったよ・・・」
  「ここまで見事に根城を洗われたら、キャスターは逃げも隠れもできんわな。奴らに引導を渡すのも、そう遠い話じゃないぞ」
  「ちょ、撫でるな──おい!」
  「それにしても、今夜はひとつ盛大に飲み明かして鬱憤を晴らしたいのう」
  「言っとくけどボクはオマエの酒になんて付き合わないからな・・・。って子供ってこんなに重いのかよ」
  「ふん、貴様のようなヒヨッコの相伴なんぞ最初から期待しとらんわ」
  「おも・・・、重い・・・」
  「おお、そうだ!」
  気絶した後に行われたウェイバーとライダーの会話を聞けなかった。


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