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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:6a0d9b18 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/06 01:38
  第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 言峰綺礼





  単に間桐臓硯がこの場に現れただけならば綺礼はそれほど驚きはしなかった。代行者として数多くの敵と戦ってきた経験の中には神出鬼没の敵など珍しくもなかった。そして、魔術の中には人間というi意識の装置の入力先を移し変える『転移』と呼ばれる魔術も存在する事を知っている。
  サーヴァントへの五感共有、遠見や憑依などはこの応用とされる。
  故に間桐臓硯がこの場に居合わせる事象そのものは問題ではない、重要なのは間桐臓硯がアインツベルンの森の中から現れたと言う点だ。
  綺礼は結界の外に陣取り、アインツベルンの森の中の様子を探る為にアサシンを斥候として放った。アインツベルンの広大な森の中を全て網羅できるほどの人数は放っていないが、それでも森の中に異常があれば即座に感知できる数を送り込んだのだ。
  唯一結界の中央に位置するアインツベルンの拠点を除いて、森の中に起こる異常で綺礼の知らぬものは無い。
  その筈だった。
  「迫り来る未知に対するはまず警戒で対処する。妥当な所じゃな。しかし敵を前にして呆けとる暇があるとはのう、代行者の名が泣くゾイ」
  「・・・・・・」
  語られた言葉が綺礼の頭を冷やし、意識を強制的に戦いのそれに切り替える。
  両手に持った計四本の黒鍵を構えた体勢は何も変わっていないが、意識は一秒前とは全く別物へと変わっていた。
  その上で綺礼は更に考える。
  確かに間桐臓硯の出現には驚いた。しかし、同時に目の前に立つ間桐臓硯と言う存在の希薄さが消えぬ違和感をドンドンと生み出すのだ。それをどうしても考えてしまう。
  敵を前にして戦い以外の事を考えるのは愚策かもしれないが、肌に感じない目の前の敵の『存在の薄さ』は戦いの趨勢を左右しかねないものだと思えてならない。
  何故? 強く疑問を抱き、まずは言葉による牽制を行う。
  「意外だな、間桐臓硯。貴様は間桐邸に閉じこもったままだと思っていたぞ」
  「外にうろつく監視の目を潜り抜ける方法などいくらでも存在するわい。お主とてアサシンのマスターでありながら脱落したと見せかけて他のマスターを欺いておるではないか」
  「気付いていたか」
  「当たり前じゃ。間桐邸を見張るアサシンを殺したのは誰だと思うておる。ワシの手の者が遠坂邸で死んだアサシンとは別のアサシンを殺した報は届いておるゾイ」
  距離を取って対峙しながらも会話は成り立っている、綺礼にとって離れた距離は黒鍵の射程範囲内であり、そして間桐臓硯を観察するには十分な距離と言える。
  それでも攻撃よりも前に言葉を交わす。
  「――用件は何だ? まさか世間話をする為にこの場に現れた訳ではない筈だ」
  「何、大したことではない。一度お主の顔を見ておこうと思ってな」
  いつでも攻撃できる状況を維持しつつ、出来るだけ情報を引き出そうとするための舌戦。そこから現れた言葉は綺礼が無視できない内容であった。
  「・・・・・・私の?」
  「サーヴァントを分裂させて全てのマスターを見張りながらも手を出さずに監視のみに留めておる。おそらくあれはアサシンの宝具じゃな。そして聖杯戦争のマスターに選ばれながら、遠坂の小倅に協力する奇特さ、何より60年前より変わらぬ堅物の息子がどのような人物か興味が湧いての。この目で見ようとを思うたゾイ」
  人は嘘をつく。それは代行者として多くの任務を全うする以前から綺礼が掴んだ真理であり、本人のその意思が無くても無意識に嘘をつく人間もいる。
  だから間桐臓硯が語る言葉の全てを鵜呑みにするのは危険だ。そう思いながら話していると言うのに、放たれた言葉に綺礼は動揺してしまう。
  聖杯戦争において他のマスターは敵でしかない。自分と時臣氏の様な異常な組み合わせならいざ知らず、綺礼は間違いなく間桐陣営にとって敵でしかない。
  間桐のマスターは雁夜だが、今回の聖杯戦争に目の前にいる間桐臓硯が関わっているのは間違いない。
  その敵を『知ろうとする』、明らかに戦略面の調査とは異なるこれは何の冗談だろうか。
  戦いを優位に進めるためではなく、敵を屠る為の情報収集でもない。ただ『知りたい』という欲求に後押しされたその理由は聖杯戦争に関わる者としては異質であり、どこか綺礼の行動原理に―――生きる意味そのものに繋がる部分があった。
  「見ただけで人の本質が全て判るなどと妄言を吐くつもりはないゾイ。じゃがお主の在り方はどこか歪んでおる。あの男の息子にしてはいささか『面白い』、やはり直に見て正解だったようじゃ」
  攻撃してくる気配はないが、その代わりに言葉の雨を幾つも幾つも撒き散らす。
  綺礼はその言葉を聞きながら、アインツベルンの森に訪れる前に冬木教会で交わしたアーチャーとの会話の一部を思い出す。


  「ともかく綺礼。お前は、まずは娯楽というものを知るべきだ」


 「お前は他の五人のマスターに間諜を放つのが役目であろう? ならば連中の意図や戦略だけでなく、その動機についても調べ上げるのだ。そしてオレに語り聞かせろ」


  「条理を捻じ曲げ、奇跡にまで縋ろうとする度し難い願望の持ち主が五人も雁首を揃えておるのだ。きっと中には面白味のある奴が一人か二人は混じっているさ」


  アーチャー、いや英雄王ギルガメッシュとの会話が蘇り、そこから聖杯戦争への方針が少しだけ変化したのを思い出す。
  あくまでアサシンを動かすのは時臣氏への助勢のためであり、たとえ機が訪れようともマスターの暗殺は行わない。暗殺者のサーヴァントにはそれが不服かもしれないが、綺礼は指示がなければアサシン達に敵への攻撃を命じるつもりはないのだ。
  もちろんアサシン当人達に危機が訪れれば反撃するのは許可しているが。
  情報を持ち帰る前に殺されては意味がない。結果、綺礼の元には今まで以上に情報が集まり、各々のマスターが抱える諸事情まで知る運びとなった。
  秘めたる野望、願望、欲望。当人の胸の内にのみ存在する言葉は知りようがなく、特に他の五人のマスターの望みについては予測できても確信を持つには至らない。一番判りやすいのはキャスターのマスターである雨生龍之介だが、あの者は連続誘拐事件の行為そのものが目的となっており『聖杯に託す望み』などそもそも存在しない可能性が高い。
  しかし間桐陣営だけは違った。
  今、目の前にいる間桐臓硯を初めとして、間桐雁夜もまたアサシンによる諜報活動に実りない一人だ。そして間桐陣営に協力している者達が一体何人いるかも掴みきれてないので、意図や戦略どころか全容の大きさすら判らない状況となっている。
  底が見えない。
  真正面から戦うのは得策ではない。
  そう思わせる何かを間桐臓硯は持っている。
  蘇るアーチャーの言葉とそこから派生した警戒心。綺礼が黒鍵を投げるか迷いを抱いている時も、間桐臓硯は言葉を投げてくる。
  「どうやら何かを問い、答えを求めている様じゃな。真理か? 魔術か? 神か? 世界か? いや――自分自身が何者であるかの問いを自分に投げ続けておるようじゃな。なるほどワシが気にかかったのはそこじゃ、お主からは儂と同類の匂いがするぞ」
  「・・・・・・」
  時間が経てば経つほどに『言峰綺礼』が暴かれていくおぞましさがあったが、間桐臓硯の口から語られる言葉は決して無視できぬものだ。
  勝手に話すならば一語一句逃さずに聞く。そう綺礼は自分に言い聞かせるが、徐々に間桐臓硯の言葉は綺礼の神経を逆なでするモノに変わっていった。
  「自分を知るのが恐ろしいか? 求める答えは何よりも近くにあると言うのに目を背けるのは愚か者のする事よ。例えそれが『決して許されぬ事』であり『過去に積み上げた自分自身への否定』に繋がろうとも、自分は偽れぬ。だが、まだ熟しておらぬ青い果実であったとはな、二重の意味で拍子抜けじゃゾイ」
  いや、もっと正確に言えば、綺礼はその言葉を聞いてはいけないと直感で理解した。
  言葉は単なる言葉であり、嘘だと断じる事も、耳を塞ぎ聞かずに済ませられる。しかし綺礼の中には間違いなく聞こうとする意志があり、同時に聞いてはならないと思う感覚も存在する。
  姿勢は何一つ変わっておらず、体に刻み込まれた代行者としての経験が一瞬後には攻撃に移れる状況を維持している。それでも頭の中は間桐臓硯の語る言葉で埋め尽くされそうだ。
  「璃正の息子よ――」
  綺礼は返事をしない。
  けれど間桐臓硯はそれを気にせずに続ける。
  「いや、人格破綻者と言うべきじゃな。しかし、お主は自分の空虚さを埋める術を掴んでおる。美しさや喜びを感じる対象が余人と異なるのを既に知るのであれば『それ以外』にこそ答えはある。道徳と倫理感がお主の答えを妨げるモノであると判っておるはずじゃゾイ。つまりお主は――」
  続く言葉が間桐臓硯の口から放たれるよりも早く、綺礼は手にした黒鍵を敵の脳天目がけて投擲した。
  示威はなく、警告もなく、躊躇もない。ただ『奴の口を封じなければならない』という思いに駆られ、気が付いた時には黒鍵を四本すべて間桐臓硯の顔に目がけて撃ち出した。
  黒鍵は投擲武器であるが故に、当たる部分は限定される。故に普段ならば胴体など大きな部分から狙い、人体の中でもよく動く腕や頭部は動きを止めてから狙うのがセオリーとなる。
  だが今はその常識を覆し、黒鍵は全て頭部へと殺到させた。
  一瞬後、パンッ! と人の肉体を破壊する音にしてはあまりにも軽すぎる音が鳴り響き、四本の黒鍵はそれぞれ間桐臓硯の両眼と鼻と口を貫いた。
  目元以外を隠しているので正確に貫いたかどうかは判らないが、とにかく黒鍵は間桐臓硯の顔を射抜いた。が、鳴り響いた音と一緒に、間桐臓硯の頭は風船のごとく破裂して黒鍵を素通りさせてしまったのだ。
  首から上が全て消えてなくなり、頭の横にあった角らしき物と上についていた鳥の羽が地に落ちる。
  「話を遮るとは無礼な若造じゃな、言峰綺礼よ。そんなにも知るのが恐ろしいか? 知りたがっていると思うたが、ワシの見立てもあてにはならんゾイ」
  そんな頭の無い間桐臓硯から声がする。
  やはり存在の薄さが幻覚であると見立てたのは間違いではなかった様だ。少なくとも実体をもった人間であったならば頭を消し飛ばされて生きている筈はない。
  頭を失いながらもなお話し続ける間桐臓硯。綺礼は首のない老魔術師に向けて更に警戒を強め、僧衣の裾から新たな黒鍵を抜き去って構えた。
  「それ以上、見当違いな言葉を囀るな。間桐臓硯」
  「お主がそう思いたいのならば好きにするがよい。どうやらまだ自覚しておらぬ様子――」
  更に続いた言葉が意味ある単語になるよりも前に、綺礼は新しく握った黒鍵をもう一度投擲した。
  今度の狙いは腹部と胸と両足の太もも。人体を破壊して動きを止める為の攻撃であり、首のない人体に向かって真っすぐ伸びていく。
  今度もまた間桐臓硯は避ける素振りを見せず、黒鍵は狙った場所にしっかりと突き刺さる。そして先程と同じように風船が破裂する様な音を立てて、胸と腹と太ももが円形にくり貫かれた。
  しかし、それでも間桐臓硯はそこに立ち続け―――いや、間桐臓硯は足と胴体を分断されながらも、空中に映し出される映像の様にそこに在り続けた。
  「無駄じゃよ。お主が言ったとおりワシの本体は間桐邸におる。幻をどれだけ攻撃した所で、ワシには何の痛みも無いゾイ。どれだけ魔術的効果を付与してもお主程度の腕前では意味をなさん」
  「幻覚か」
  「さよう。これは存在を極限まで減らした現身よ。じゃが、こういう事は出来るゾイ」
  既に人体を構築する多くの個所が黒鍵によって抉り取られており、胸と腹に大穴を空けて、膝から下しか残っていない足と腰は繋がっていない。
  それでも間桐臓硯に見える幻覚は変わらずそこに居る。そして口の無いまま喋り続け、残った四肢の内、右腕を肩の高さまで掲げた。
  綺礼が三度黒鍵を取り出して構えると、時同じく間桐臓硯が掲げた右手から魔力の流れを感じ取る。
  サーヴァントが見せる強烈な魔力には及ばないが、それでも目の前で魔術を行使されれば嫌でも判る。
  こいつの言葉を聞いてはならない。この場で何としてでも殺さなければならない。聞いてしまえば引き返せなくなる。
  そんな思いに後押しされ、この場に在る間桐臓硯の残り滓に目がけて黒鍵を投擲した。両手両足、この場に残った全ての存在を消し去る様に放たれた黒鍵がまっすぐ敵に向かって殺到する。
  しかしここで今まで回避運動を全く見せなかった間桐臓硯が動きを見せた。掲げた右腕はそのままだが、左腕を動かして右手に迫る黒鍵を掴み取ったのだ。
  結果、両足へと向けられた黒鍵はしっかりと標的を破壊したが、左腕を狙った黒鍵は目標を失って通り過ぎる。そして掲げられた右腕は左手に守られて変わらずそこに在り続けた。
  首は無く、両足を失い、胴体に穴を穿たれ、まともに残っているのは両腕だけ。歪な死体を見ているような気もするが、そう思えないのは血が一滴も出ていない事と力強い魔力を感じるからだろう。
  今も現れた時の存在の希薄さを保ち続けているのに、溢れる魔力が魔術師の力の奔流を証明している。
  「来るゾイ――、『サボテンダー』」
  頭なき間桐臓硯からそんな言葉が聞えてきた瞬間。掲げた右掌に魔力が集約していった。目に見えるほど強烈ではないが、目の前で見ていれば判る莫大な魔力の流れが一ヶ所に集まっていく。
  何が起こるのか? 疑問と危機感が同時に発生し、四度目となる黒鍵を取り出して構えようとした。だが、綺礼が構えるよりも前に間桐臓硯の魔術が形を成す。
  綺礼が潰し切れなかった間桐臓硯の残った体が右掌に吸い込まれていき、残った人の形を攻勢する全てのモノが失われていく。そしてほんの一瞬だけ緑色に輝く塊が見えたかと思った次の瞬間、そこには間桐臓硯の右手の代わりに全く別のモノが現界していた。
  どこかサーヴァント召喚と似た空気を感じさせる現象。気が付けば黒鍵を左右の手に二本ずつ構える綺礼と、草原に生い茂る青々とした緑色を彷彿させるモノが対峙していた。
  「・・・・・・」
  綺礼がまず考えたのは、間桐臓硯が幻を通して何かをして、目の前にいるモノを呼び出した―――つまりは敵であると言う再認識だったが。その自覚と同じく『何だこれは?』という疑問もまた抱いた。
  間桐臓硯の出現の時に感じた疑問とは少々異なるが、人ではない別のモノがいる。間桐臓硯の言葉にを情報の一つとして捉えれば、なるほどその緑色の塊は確かに柱サボテンに見えなくもない。どちらかと言えば緑色の埴輪に近いが―――。
  しかし柱サボテンには手は無い、足は無い、目もない、口もない。先端には突き出した棘があるが、二足歩行している柱サボテンなど綺礼はこれまでの人生の中で見た事も聞いた事も無い。
  大きさは猫位で、間桐臓硯の右手が合った位置から地面に降りると、綺礼の膝の高さ程度しかなかった。
  非常口の誘導灯に描かれているピクトグラムのようなポーズを取っているのには何か意味があるのだろうか? 敵である事は間違いないのに、ほんの一瞬だけそのコミカルな姿に手が緩み、黒鍵を投げるタイミングを失う。
  「はりせんぼん」
  「むっ!?」
  その隙を突いて柱サボテンは頭頂部をこちらに向けて来た、そして頭の先から『針を千本』撃ち出した。
  綺礼は咄嗟に両腕で頭をガードして、足元から上に向かって放たれる攻撃をガードする。
  綺礼の僧衣は袖まで分厚いケブラー繊維で出来ており、教会代行者特製の防護呪札によって隙間なく裏打ちを施されている一品だ。貫通力の低い銃弾程度ならば貫通を防げるのだが、迫り来る攻撃が『針』だと少し分が悪い。
  大部分はケブラー繊維製の法衣によって阻まれるが、人が動くためのを前提に作られる僧衣には必ずどこかに穴がある。
  拳銃などの大きな物体ならば通れない極小の穴なのだが、針では通り過ぎてしまうのだ。
  上から下までみっちり全身に放たれた『針千本』、その内のたった十本程度だったが、一部が僧衣を通り抜けて綺礼の肉体にまで到達する。
  緊張と防御によっていつもより硬直している筋肉が針を肉の部分で抑えるが、攻撃が通った事実は消えない。手足の関節に僅かな痛みが走った。
  「くっ――」
  痛みと攻撃を防ぎきれなかった屈辱に表情を少しだけ歪めると、『針千本』の射出が止まる。
  そしてピクトグラムのようなポーズのまま横向きになった柱サボテンから声がした。
  「どうじゃ? 話を聞かぬ若造には、この『サボテンダー』の御仕置きで充分じゃゾイ。ありえんとは思うが雁夜めの救援など向かわれては困るからのう」
  それは間違いなく間桐臓硯の声であり、柱サボテンに空いた黒い穴から出ていた。
  姿形は違うが間桐臓硯の意識はそこにある。そう認めると同時に不可解な間桐臓硯の言葉に問い返す。
  「――間桐雁夜をみすみす見殺すというのか? 貴様の息子だろう」
  「雁夜を? 見殺すじゃと? ここでキャスター殺されるようならただそれだけの話しじゃ。奴にはこの狂った聖杯戦争の中で存分に踊ってもらわねばならんのでな。生き残るなら由、望み叶わず朽ち果てるならそれも由よ」
  柱サボテンから聞こえてくる間桐臓硯の言葉は、先程の体を何か所も抉られて顔無しの状態で喋っていた時よりも異質に見えた。
  だが状況は変わり『言葉』に『物理的な攻撃』が付加されている。
  間桐臓硯と間桐雁夜との間に何らかの確執があるのを匂わせる言葉は気にかかったが、考えるのは敵を倒した後でも出来る。
  もう舌戦は消え、殺し合いに状況は変わっているのだ。
  そもそもこちらから攻撃しておいて間桐臓硯が反撃しなかった事態が異常だった。柱サボテンだが緑色の埴輪か知らないが、衛宮切嗣へ到達する為の邪魔者であるならば排除するだけ。
  綺礼は意識を敵の排除に切り替え、腕を一旦下げて黒鍵を新しく指の中に二本追加する。計六本の概念武装が綺礼の手の中に握られた。黒鍵は投擲に特化した武器だが、標的の大きさが激減してしまったので離れた位置から撃てば外れる可能性が高い。ならば八極拳による近接戦闘も考慮してまずは距離を詰める。
  頭頂部から放たれる針の嵐は脅威だが、撃ち出される個所と銃弾の様にまっすぐしか飛ばない攻撃ならば、タイミングを見て避けるのも難しくはない。
  綺礼は即時即決で次の行動を作り上げ、黒鍵を顔の前に構えて防御を行いながら、緑色の埴輪に向けて駆けだした。
  そう言えば、間桐臓硯の左手に掴み取られた黒鍵がいつの間にか消えている―――。敵に向かって走り出した綺礼は、頭の片隅でそんな事を考えて、すぐに消去する。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - セイバー





  ランサーをわざわざ切嗣の所に向かわせて、敵のマスターを助けさせるのは―――。
  愚挙であろう。
  浅慮であろう。
  暗愚であろう。
  粗末であろう。
  判っている。これがどれだけ愚かな決断であり、聖杯戦争と言う殺し合いにおいてやってはならない事柄だという事は―――誰に言われずとも判っている。
  しかしセイバーには別の事もまた同時に判っていた。
  衛宮切嗣と言う男は決してランサーのマスターに負けない、そしてランサーもまた衛宮切嗣と言う男がセイバーのマスターである事を認めながら、決して殺さない。と。
  「セイバー・・・」
  「アイリスフィール。ランサーは決して切嗣を殺しません、私が保証します」
  ランサーが消えた空間を見つめる中、背後から聞えてくる声に振り返り、不安の中に一抹の怒りをにじませるアイリスフィール向け、セイバーは堂々と言い放つ。
  判っていた。
  未来予知に近い、研ぎ澄まされた第六感。固有スキル『直感』。ランサーとの戦いが始まってから、このアインツベルンの城の中で起こった全ての戦いはセイバーの肌が感じ取っている。
  本来であれば自分自身にとってのみ最適な展開を感じ取る能力ではあるが、衛宮切嗣がセイバーのマスターである事と城の中と言う限定された空間の中での戦いが何らかの繋がりを持たせたのだろう。
  戦いの結果を起こる以前に感じ取れた。
  その結果が敵への助勢に繋がった。
  これは単なる自己満足だ。
  衛宮切嗣の思い通りに動いている―――そんな自分を認めたくないから、目の前にある勝利を無に帰した。
  聖杯戦争におけるサーヴァントは敵を葬るが為に召喚される。故にマスターの魔力供給なしには現界することも出来ず、マスターの敗北はそのまま自身の消滅に繋がる。
  それでもセイバーは衛宮切嗣の戦い方を認められない。あの場はアイリスフィールと共に対峙した自分達の戦場であり、そこに衛宮切嗣の入る余地は無かった。
  だが切嗣は城の中に設置した罠を起動させて、名乗りを上げた決闘に横やりを入れた。倉庫街の戦いで征服王が割り込んできた時よりも酷い。


  「キャスターは放っておいても誰かが仕留めるさ。むしろキャスターを追って血眼になっている連中こそ格好の獲物なんだよ、僕はそいつらを側面から襲って叩く」


  脳裏に蘇る衛宮切嗣の言葉。騎士としての在り方を真っ向から否定する暗殺者のような男が自分のマスターである事実を何度呪っただろう。
  衛宮切嗣の勝利とは非道の上に積み上げられたおぞましい勝利だ。
  セイバーとて、かつて生きた王としての戦いの中で、苦渋の選択を強いられることは合った、全てにおいて尊き騎士の生き方を貫き通せた訳ではなかった。
  選択の中には『騎士』としての生き方を否定するモノもあったが、それでも国や民、臣下を守る『王』としての決断を下さねばならない時は必ずあった。
  だから切嗣の戦い方の正当性を認める部分もある。それでも納得は出来なかった。
  しかし今、聖杯戦争にサーヴァントとして招かれたこの身はセイバーであり、ただ一人の騎士として存在している。
  アーサー王として胸に刻んだ苦悩を忘れた事は無い。
  聖杯に託す望みを忘れた事は無い。
  王としての生き方を忘れた事は無い。
  それでも自分はただ一人の騎士としてこの場にいる。
  同じ騎士として―――何者にも邪魔されない勝負によりランサーとの決着をつけたい。セイバーの心はそう叫んでいる。他のマスターやサーヴァントの妨害なく、自身のマスターすらも関わりのない戦いを望む。
  セイバーは衛宮切嗣の在り方を認められない。けれども衛宮切嗣がランサーに負けない事も直感で理解してしまう。
  そして衛宮切嗣が決闘に割り込む無遠慮さをその目で見てしまったからこそ、余計に苛立ちが募り、戦いにおいて勝敗を決する時に重要視する『直感』に身を委ねた。
  最初からセイバーのマスターとして並び立ち、ランサーとそのマスターを出迎えたならば、敵を助けようなどと考えなかった。ランサーとの決着も敵マスターの敗退もここで作り出すと考えただろう。
  だが結果として、自分の愚かさを認めながらも、『ランサーとの再戦』を作り出す為、敵を助けてしまった。
  セイバーは後悔していたが、後悔していなかった。矛盾していたが、それがセイバーの本心であった。





  この時、ランサーを送り出したセイバーは気付いていなかった。
  セイバーはランサーと共に騎士としての決着を誓った。しかし、騎士には騎士が守り倣うべき戒律があり、騎士の誇りとはその戒律に殉ずる事でもある。
  ランサーはケイネスを救出する時に切嗣の姿を見た。そしてアイリスフィールがケイネスと対峙した時の名乗りもその耳でしっかりと聞いていた。
  セイバーにはそんなつもりはなかったのだろう。
  衛宮切嗣を聖杯戦争のマスターと認める事が出来なかったのだろう。
  アイリスフィールが真にセイバーのマスターであればいいと願ったのだろう。
  だがセイバーは結果として騎士の誇りの一つである『真実と誓言に忠実である事』を汚した。アイリスフィールがセイバーのマスターだと名乗った時、それを弁明しなかったのだ。
  アイリスフィールが自らがマスターであると名乗らなければそれは虚偽にならないかもしれないが、すぐ隣で偽りの口上を述べた者の嘘を撤回しない事が果たして真実と言えるだろうか?
  聖杯戦争においてマスターとサーヴァントは他の何よりも強い契約によって結ばれている。無関係の他人がその場に居合わせただけとは訳が違う。
  ランサーは切嗣の右手に刻まれた令呪を見て、切嗣こそが真にセイバーのマスターである事を知った。たとえ、騎士としての決着を望んだセイバーの計らいでケイネスを助けられたのだとしても、ランサーは誰がセイバーの真のマスターであるかを知ってしまった。
  アイリスフィール・フォン・アインツベルンが名乗った時にセイバーが真実を口にしなかったのを知ってしまった。
  それは状況によっては無視できてしまう微々たるモノだったかもしれない。『マスターを敵のサーヴァントの前に晒す』という、互いに敵でありながらも全幅の信頼を寄せるその輝きは僅かな嘘が消えてしまう程に強烈だ。
  強大な敵に向ける信頼の現れだ。
  セイバーがランサーを信頼したからこそ、自分のマスターを決して殺さないと判っているからこそ、ランサーはケイネスを助けられた。
  だが、この出来事がランサーの胸に小さいながらも癒えぬ傷として刻まれる。騎士の誇りを汚した出来事として、小さく小さく刻まれる。
  それをセイバーは気付いていなかった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - アイリスフィール





  アイリスフィールは結界の中に敵の存在が無いのを確認しつつ、切嗣を探す為にホールから移動した。
  切嗣がどこにいるか? それは判らなかったが、いるであろう場所は城の中に出来た破壊の後を辿ればそれでよかった。
  敵のマスターが通ったであろう場所をなぞって移動すると、程なく切嗣の姿を発見する。
  「無事かい、アイリ」
  「ええ大丈夫よ。切嗣、貴方は?」
  「無傷だよ。城は随分壊れたけどね」
  そう言いながら周囲を見渡す切嗣の体には傷らしい傷は全く見当たらず、コートの一部がほんの少しだけ切れている程度で外傷はなさそうだ。
  こちらに気を遣ったり、強がって嘘を言っている可能性を少しだけ考えたが、切嗣の言うとおり無傷で勝利したらしい。
  しかしアインツベルンの森の中から撤退していくランサーの気配と、彼に担がれたマスターの姿を感じ取っているので、この場の勝利は決して敵陣営の脱落に繋がらない。
  敵を退けただけだ。敵が調子を取り戻せば再び殺し合いが繰り広げられるであろう事は容易に想像できる。
  間桐雁夜とキャスターもこちらの戦いが終わる前にそれぞれ撤退したようで、結界の中に反応は無かった。
  アイリスフィールは切嗣に倣って無残に壊された城を見渡しながら、誰一人として死ななかった事実に安堵する。ただし、ぐるりと見渡した時に後ろにいるセイバーの姿が視界に入ると、視線に剣呑な空気が混じるのが判ってしまう。
  セイバーの言うとおり切嗣は生きていた。ランサーは切嗣と対峙しながら、自分のマスターの救助を最優先させたようだ。
  セイバーの言った事は間違っていなかった。しかし、セイバーは切嗣の命よりもランサーとの決着を優先させた。それは紛れもない事実として存在する。
  セイバーは堂々と『ランサーは決して切嗣を殺さない』と語り、その言葉の中には確信よりも強い何かが合った。もし自分がセイバーの本当のマスターであったならばその『何か』が判ったかもしれないが、相手の心を読む術がない自分には判らない。
  英霊であるセイバーとホムンクルスの自分とは生まれも育った環境も、今の立ち位置も、全てが違いすぎて相手の言葉と状況から心の中を想像するしかない。
  当たり前だが、セイバーにはセイバーの考えがある。
  もし生まれた時から一緒にいる双子だったならば言わずとも通じる何かが互いにあるだろうが、アイリスフィールにはセイバーの心が判らない。
  そう―――、聖杯戦争において言えば、他の誰よりも切嗣と彼の心を優先させるアイリスフィールにとって、セイバーの決断とそこに至るまでの経緯は未知の領域だった。


  「そういう決意は、私にも理解できる。決断を下す立場に立つのであれば、人間らしい感情は切り捨てて臨まなければならない」


  「聖杯の力によって世界を救済したい――そうアイリスフィールは言いましたね? それが貴方と切嗣の願いだと」


  「私が聖杯に託す願いもまた同じです。この手で護りきれなかったブリテンを、私は何としても救済したい。貴女と切嗣が目指すものは正しいと思います。誇って良い道だと」


  そうドイツで話した言葉を信頼していたからこそ、アイリスフィールはセイバーの行動を全て肯定してきた。
  何一つ語る言葉と行動にずれがない。切嗣を聖杯を手にするマスターにするアイリスフィールの願いと重なるから、これまで共に歩んできた。
  しかし今更な話ではあるが、アイリスフィールとセイバーは数日前に初めて会っただけの他人であり、アイリスフィールの知る『セイバー』は英雄譚として語られる人柄であったり、ここ数日で知ったものばかり。別の言い方をすれば浅い付き合いの上辺に過ぎない。
  姫君としての自分と、騎士としてのセイバーは相性がいいかもしれない。だがそれは互いの認識や考え方を知ると同義ではない。
  九年間一緒に過ごした切嗣ですら、『魔術師殺し』という顔を持っており。イリヤスフィールの父親としての顔や、自分の夫としての顔とは別の顔も持っている。アイリスフィールはその顔を今日に至るまで知らずにいた。
  セイバーについてはもっと知らないのだ。
  アイリスフィールは考える。
  もしかしたら、セイバーは聖杯戦争の土壇場になって切嗣を見殺しにするかもしれない、と。
  もしセイバーが切嗣の命と引き換えに聖杯を手にいれられる状況に陥った場合、無いとは思いたいが、聖杯の方を選ぶかもしれない。
  アイリスフィールが同じ状況に遭遇すれば間違いなく切嗣を選ぶが、セイバーは自分ではない、別の考えで行動しているのだから、絶対にないとは言い切れない。
  今までの自分だったならばそんな疑心暗鬼を考えなかった。だが、セイバーがランサーを見逃す暴挙を目の前で見せたので、ありえるかもしれないと考えてしまう。
  信じていたモノが、鉄壁だと思っていたモノが、不動と感じていたモノが、音を立てて崩れていく感覚が頭の中を通り抜ける。
  自分はどれだけ薄い氷の上を歩いているのか?
  知った気になっている相手を妄信して自分の考えを放棄してないか?
  真実から目を背けて、有りもしない偶像を真実と見間違えてないか?
  そんな恐ろしさが浮かんでくる。
  「舞弥。これからの話し合いをするから一旦サロンに集合しろ」
  「了解」
  考えに没頭するあまり周囲の景色が見えているが見えていなかった。それでも聞こえてくる音がアイリスフィールの頭の中に滑り込んでくる。
  切嗣の耳に着いたインカムから小さな声が漏れて、アイリスフィールの耳にも届いたのだ。
  もし周囲が雑音だらけだったり、戦いの最中であったならば絶対に聞こえなかった。だが、切嗣を心配して手を伸ばせば触れられる近距離にいたのが幸いし―――いや、災いし、ここにはいない女の声をしっかりと聴いてしまう。
  もし仮に―――起こらなかった『もし』を考えても仕方のない事だが、もし仮に間桐雁夜の乱入が無く、セイバーをキャスターの元に送り出していれば、おそらくアイリスフィールは舞弥と接点を結べただろう。
  ランサーとそのマスターがどう出るかは『もし』の部分なので予測で補うしかないが、少なくとも今の状況とは異なる何かが合った筈。
  キャスターを倒す為にセイバーを送り出し、最大の守りを欠いた状態のアイリスフィールが切嗣の指示によって城を出たかもしれない。
  そこでアイリスフィールの護衛にと舞弥をつけ、そこにランサー陣営とは異なる別の敵が現れて舞弥と共闘する事になっていたとしたら―――。アイリスフィールは切嗣に最も近い女性と思っている舞弥と、心の距離を近づける機会に恵まれたかもしれない。
  だが起こったかもしれない『もし』は無く、起こった事実は無くならない。セイバーがランサーと戦いを繰り広げている間に、切嗣は久宇舞弥と一緒にランサーのマスターを迎撃したのだ。
  妻である自分と、ではない。
  助手である舞弥と、だ。
  女としての、妻としての、代理マスターとしてのアイリスフィール・フォン・アインツベルン。その意志とセイバーの行動との間には決して交わる事のない大きな壁があるのだと気付いてしまった。
  そしてその壁は久宇舞弥と言う女性の間にも存在すると判ってしまった。
  たった数日間しか付き合いのないセイバーの事すら判らないのに、今も接点が全くない久宇舞弥について知れと言うのは無理がある。
  衛宮切嗣が戦いにおいて最も近くに置く女性。久宇舞弥。
  その女の事を考えながら、アイリスフィールは疑いと共に考える。もしかしたらセイバーは切嗣の願いを邪魔する『敵』なのではないか? と。





  召喚したサーヴァントを信頼しないマスターの在り方が―――。
  信頼されないマスターへ向けるサーヴァントの心が―――。
  聖杯戦争において愚挙としか言いようのない決断が―――。
  当の本人にしか判らない『直感』という理由なき結論に至る道筋が―――。
  人によって異なる大切なモノへの想いが―――。
  各々の中に様々な感情を呼び起こしてゆく。
  これまで積み上がっていたと思っていた信頼は虚像であり、剥き出しになったのは互いをの心を隔てる巨大な壁の存在が見えた。相手の事を判ったつもりでいた実態は暴かれ、微かに築かれようとしていた信頼は山を成す前に崩れ落ちていく。
  まだ誰一人として失わず、同じ陣営の中で大きな怪我を負った者は一人もいない。セイバーの片腕がまだランサーの槍の魔力で傷つけられたままだが、傷と言えばそれだけだ。
  拠点はボロボロになったが、結界などは正常に動いており、冬木ハイアットホテルの魔術拠点を丸ごと失ったランサー達に比べれば大きな被害は無いと言っても良かった。
  しかし、胸の内に宿る心は大きく傷ついていた。
  疑心と言う刃がアイリスフィール自身を傷つけていた。
  「・・・・・・・・・」
  アイリスフィールはこの先の戦いへの不安を思いながら、切嗣の妻であり一人の女でもある自分の前に現れた新たな敵を睨みつける。
  その名は久宇舞弥。そしてセイバー。
  相手と視線が合った時には既に『聖杯戦争の仮のマスター』としての意識が柔和な笑みを浮かべさせる。それでも心の中に生まれた敵意は消えぬ炎となって燃え続けていた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ





  ものまね士ゴゴの意識はどこにあるのか? あえてそう問いかけられたなら、ゴゴはこう返すだろう。全ての自分がいる場所だ―――と。
 総体の中の単一がゴゴなのではなく、妄想幻像ザバーニーヤによって分裂した全てがゴゴであり、本体と呼べるモノはどこにも存在しない。
  雁夜に同行して気絶した子供達を冬木教会へと送り届ける『ティナ・ブランフォード』。間桐邸に残りスケッチで描いた自分の幻を操って言峰綺礼と対峙する『間桐臓硯』。遥か彼方のドイツ目指して空を旅している『セッツァー・ギャッビアーニ』と他三名。そして桜ちゃんと一緒に冬木市の上空に滞空している飛空艇ブラックジャック号で残っている『ものまね士ゴゴ』。全ての意識は繋がって、ものまね士ゴゴを作り出している。
  だからこそ増えた分だけ分裂の利点である『並列作業』の数もまた増大する。一人では出来なかった事が二人では出来て、それが三人、四人とどんどん増えて行けば作業能率は格段に跳ね上がる。聖杯戦争をしながらドイツに向かうのがその顕著な例と言える。ただし、本来の宝具の持ち主であるアサシン同様に分裂すればするほどの一体の力は低下する欠点もあったが。
  全てのゴゴの中には柳洞寺の地下大空洞にある大聖杯―――200年以上前に始まりの御三家が敷設したこの術式が『ものまね』によってゴゴの中に取り込まれているが、まだ機能の全てを真に理解した訳ではない。
  何しろ大聖杯の効果には『冬木の霊脈からマナを吸い上げる』『冬木の土地を聖杯降霊に適した霊地に整えていく』『マスターへの令呪の分配』『英霊の座へのアクセスと英霊召喚』など、幾つもの機能が存在する。
  ものまね士ゴゴの本質と言ってもよくなった『物真似』は、事が起こらなければ物真似が出来ない欠点がある。そして大抵の場合は一度見聞きすればその全てを模倣するのが可能だが、世界の違いが二度三度と複数回の検分を必要とさせた。
  バーサーカーの宝具はじっくり見る機会に恵まれたので一度でその全容を理解できたが、アーチャーの宝具はまだ物真似しきれてないのがその良い証拠だ。
  柳洞寺の地下大空洞に眠る大聖杯とは同じでありながら別物。それがものまね士ゴゴの中にある『大聖杯』。けれど機能そのものは同一であり、起こしえる結果もまた同様のモノが起こせる筈。
  そこでゴゴは聖杯戦争が始まると同時に、それを破壊する目的に沿って動きながら、聖杯戦争の本質の理解もまた深めて行った。別の言い方をすれば聖杯戦争のものまねだ。
  色々な機能を持つ大聖杯をものまねして、可能ならばアインツベルンが用意すると言われているもう一つの聖杯、『小聖杯』の方も物真似しておきたい。
  無論、大聖杯の物真似がゴゴの行動の全てではなく、それ以外にもいろいろな事をやっている。現段階の最終目的である『桜ちゃんを救う』を完遂する為、手立ては多ければ多いほど良い。幻を介して言峰綺礼と戦っているのもその一つ。
  雁夜と一緒にキャスターの魔の手から救い出した子供達の後始末を言峰璃正に押し付けようとしているのもまた一つだ。
  現在、柳洞寺の地下大空洞にある大聖杯は呼び出された七体のサーヴァントをこの世界に現界させる為に英霊を現界させ続けている。維持については各マスターの魔力供給によって成されているが、サーヴァントが現界出来ている最も大きな理由は大聖杯があるからだ。
  そして令呪もまた大聖杯から各マスターに割り振られた魔力の塊であり、サーヴァントも令呪も形を変えながら魔力と言う縄で大聖杯に繋がっている。
  そこで間桐邸に残ったゴゴ―――エドガーの姿を借りていたゴゴは、雁夜の手に刻まれた令呪と同じように、外側からサーヴァントへの命令行使を行えないかと考えた。
  何しろ令呪の元である大聖杯はゴゴの中にも存在するのだ。既に柳洞寺の地下の方の大聖杯とは別のモノとなっているが、それでもサーヴァントへの干渉は何らかの形で行えるのではないかと予測した。
  大聖杯から伸びてサーヴァントへと繋がる魔力の跡。見えないが感じるそれに手を伸ばし、令呪のように命令すればどんな事が起こるか?
  アサシンやバーサーカーの宝具がそうであるようにゴゴが聖杯戦争で得るモノは多く、非常に有意義と言える。全てのサーヴァントを物真似するまでどの陣営も脱落してもらっては困る。そこでゴゴはこう命令する―――。
  敵のマスターおよび敵サーヴァントを殺すな。と。
  そうやって物真似した大聖杯を通じて各サーヴァントに訴えかけて様子を見た所、令呪ほど強力な絶対命令とはならない事が判明する。
  ただし、サーヴァントの無意識化に僅かながら干渉する事は出来たようだ。
  もしかしたらバーサーカーがキャスターを殺せなかった理由は雁夜の魔力不足よりもこちらが大きいかもしれない。
  「あれはバーサーカー用に調整された令呪だから、セイバーへの干渉は不十分か。自己意識に訴えかけて無意識での行動改悪は可能だったが、令呪ほどの拘束力はないな。一度、他のマスターが令呪を使用するところを見る必要があるか」
  本人は自らの遺志で物事の全てを決めているかもしれないが、サーヴァントは大聖杯によって作り出した『令呪』という鎖に繋がれている。つまりサーヴァントには大聖杯が維持する肉体に自意識以外の介入があるのだ。
  今更ながら、英霊をサーヴァントとして成立させるシステムや、第二次聖杯戦争から採用した『令呪』を考案した間桐臓硯は魔術において偉人であった。人間性は考えなければ、大聖杯を通じて人を超える英霊に抗えぬ命令を下せるようにしたのは見事と言うしかない。
  飛空艇ブラックジャック号の一室で横たわる子供を見つめるゴゴが呟くと、すぐ近くから声がする。
  「――どうしたの?」
  「いや、何でもない。ただの独り言だ」
  桜ちゃんだ。
  間桐邸の方のエドガーとして話すつもりが、あちらには自分以外に喋る相手がいないので、意識がこちらに移ってしまった。
  もしかしたらさっきまで、子供達に説明したり、雁夜と会話した余韻が残って引きずられたのかもしれない。
  雁夜の方はティナとしての女口調。言峰綺礼の方はストラゴスの喋り方と間桐臓硯の喋り方を合わせた爺口調。そして桜ちゃんの前ではこの一年接してきた男口調。無節操と思いながら、ゴゴはアインツベルンの森の中にまだ存在するセイバーとランサーの事を思う。
  サーヴァントへの干渉の大元にと試したのは、雁夜がバーサーカーに命令する時に使った令呪だ。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトがランサーへ命令する為に使った令呪は倉庫街で見ているが、衛宮切嗣がセイバーに使う令呪はまだ見ていない。
  各マスターが自分のサーヴァントへと命令する令呪は大聖杯から離れた時にそれぞれ形を変える。だから全てのサーヴァントに等しく命令するならば、その全ての令呪を目にしなければならない。
  とりあえずセイバーとランサーを脱落させない事には成功したようだが、『サーヴァントに対する絶対命令権』と呼ぶには程遠い。バーサーカーとランサーならそれも叶うかもしれないが、『令呪の物真似』などとても言えない出来栄えだ。
  まだまだ改良の余地がある。そう思いながら、ゴゴは桜ちゃんの傍にいる自分の意識を言峰綺礼と戦っている方のゴゴに移す。





  リルム・アローニィ のオリジナルコマンド『スケッチ』、そして砂漠に生息する巨大な柱サボテンで何故か髭を生やしている『ジャボテンダー』を倒した証として手に入る魔石、この二つの効果を融合させて、ゴゴは物真似を超えて全く別の『サボテンダー』を生み出した。
  大部分は『針千本』を打ち出すモンスターとしてのサボテンダーで、魔石で召喚される効果も大差はない。最も違う点は呼び出された『サボテンダー』が間桐邸にいるゴゴが遠隔操作で動かしている点だ。
  魔石からの召喚は一定の行動しか起こせない制限があるが、今はその枷が外れている。サボテンダーなので攻撃手段は限られるが、言峰綺礼と戦っているのはサボテンダーの姿をしたものまね士ゴゴだと言えるだろう。
  ただし本物ではないのでバトルフィールドが張れなかったのは痛手である。
  自分の存在を薄めて、アインツベルンの森の中に存在する自然の魔力と錯覚させなければこの場に来れなかった。それでも魔力だけの幻だけではなく本物が来ればよかったと少し後悔する。
  「はりせんぼん」
  文字通り『極小の針を千本撃ち出す』その技こそがサボテンダー唯一の攻撃であり最大の攻撃だ。針の一本一本が確実なダメージを作り出して、全ての針が突き刺さった時莫大な効力を発揮する。
  必殺必中。その筈だったのだが、物真似の尺度を超えて全く新しい別のモノに作り替えてしまった弊害が合ったようで、必中はどこかに消えてしまった。
  サボテンダーの頭から放たれた千本の針―――魔力によって編まれたそれが言峰綺礼の全身めがけて飛んでいくが、撃ち出すと同時に言峰綺礼が横に避け、虚空へと素通りしてしまう。なお、当たらなかった針はすぐに消して周囲に被害が及ばないようにしている。
  バトルフィールドが無い故に周囲への影響を最低限にしなければならなかった。
  認めよう、言峰綺礼は強い。
  完全に幻獣として呼び出せば撃ちだした千本の針が敵めがけて追尾するだろうが、今はまっすぐにしか撃てない。一目で今のサボテンダーの弱点を看破して、守るよりも避ける方が有効だと即決して行動に反映させている。
  事前に得た情報から言峰綺礼が八極拳の使い手だと知っていたが、敵が使ってくるそれは正道から少々外れた人体破壊術であった。何の躊躇もなく道路ごと踏み潰そうとしてくる足は巨人に押しつぶされるような圧迫感を持っていた。
  その場に留まり攻撃するだけならば呆気なく終わっただろう。
  モンスターとして現れるサボテンダーならばすぐに殺されただろう。
  しかしこの身はものまね士ゴゴであると同時にサボテンダー。防御力の高さと回避の速さは他の幻獣を凌駕する。
  「甘いゾイ!」
  ほんの数センチ先に言峰綺礼の足の裏があるのを確認した後、ゴゴは綺礼に向かって捨て台詞を吐いてからサボテンダーとして横に動いて攻撃を避けた。
  一瞬後には、サボテンダーが居た位置に言峰綺礼の足が突き刺さって地面を凹ませ小さく揺らすが、サボテンダーの回避能力の高さによって踏まれる前に数メートルの距離を移動している。
  足音を立てず、非常口のピクトグラムの体勢を維持したまま、高速で地面の上を移動する姿はどこか滑稽に見えるかもしれない。あるいはフィギュアスケートのように見えたかもしれないが、移動したサボテンダーから放たれるの美しさではなく千本の針だ。
  「奇怪な――」
  足元から高速で移動して逃げるサボテンダーに向かい、言峰綺礼が目で追ってくる。視線が合うよりも前に次の攻撃を放った。
  「はりせんぼん」
  言峰綺礼は迫りくる千本の針を見るよりも前に動く。視線はこちらに向けようとしながらも、体は迫りくる危機に反応して位置を移動しているのだ。
  再び千本の針が全て虚空へと消えて行く。もう少し撃ち出す針の範囲を広げて絶対に避けられないようにするか―――そんな風に考えていると、黒鍵が飛んできた。
  足で踏み潰すには速度が足りないとでも思ったのか、指と指の間に握られていた黒鍵の一本が黒い穴にしか見えない目と目の間に迫っていた。
  だが甘い。
  サボテンダーの小ささはただ早く移動する為の小ささではないのだ。
  ゴゴはほんの少しだけ横に移動しながら、非常口のピクトグラムのごとく見えるよう構えた体勢を九十度回転させた。結果、襲いかかる黒鍵はサボテンダーの体のすぐ目の前を通過して道路に突き刺さるが、サボテンダー自体は無傷だ。
  黒鍵に魔剣ラグナロクの様な爆発の付加効果があれば避けてもダメージを喰らったかもしれないが。先程、サボテンダー召喚の時にこっそり盗った黒鍵からはそんな効果は無いと確認した。
  どれだけ強力な攻撃だろうと当たらなければ意味がない。
  「はりせんぼん」
  仕返しだ! と言わんばかりに間髪いれずに次の攻撃を行い、言峰綺礼を更に避けさせる。
  相手から見ると非常口のピクトグラムに見えるような横向きの体勢に戻すと、横に跳んで避ける言峰綺礼の姿が見えた。
  動きを止めているとまた黒鍵が飛んでくるので、攻撃される前に後ろに向かって全力ダッシュ。体勢を維持したまま滑るように後方へと移動して再び言峰綺礼との間に距離を空ける。
  遠くには黒鍵を顔の前でクロスさせて盾の様に構える敵の姿が見える。防御をしながらすぐに攻撃に移れる体勢を維持して、こちらの攻撃の隙をつくのか。
  そう考えて少しだけ動きを止めた次の瞬間、複数の黒鍵が一気に向かってきた。サボテンダーの小さな体でも避ける隙間のない密集した攻撃、一瞬白銀の壁が迫って来たのではないかと錯覚を覚えながらも、攻撃範囲外に向けて再び全力ダッシュ。
  一本、二本、三本、四本と何とか避けるが、一瞬の間を置いて放たれた五本目の黒鍵が直角に掲げた腕に命中した。
  胴体への直撃ではなかったが。動きを読まれていたか、誘導されたのではないかと思える見事な一撃だ。サボテンダーの腕は肘に見える部分を直角に曲げているが、その直角部分がごっそり抉り取られてしまう。
  片手になってしまいバランスが悪い。サボテンダーの体は三回ダメージを負うと維持できなくなる。
  だが、まだ失ったのは片手だけで敵の攻撃を二回受けられる。実体ですらないのでゴゴに痛みは無い、まだまだ戦える。
  アサシンをものまねしてサーヴァントの宝具は手に入れた、だから次はマスターの言峰綺礼の番だ。
  もっと見せろ。
  もっと魅せろ。
  もっと診せろ。
  もっとみせろ。
  マッシュにはない八極拳の技を見せろ。
  投擲や剣戟以外の黒鍵の使い方を見せろ。
  全身全霊を持って敵を殺す姿を見せろ。
  そして、ものまね士ゴゴに物真似させろ―――。
  「はりせんぼん」
  「私の邪魔をするな!」
  攻撃する時だけはどうしても動きを止めてしまうサボテンダーに向け、言峰綺礼が叫びながら再び黒鍵を取り出して投擲した。





  言峰綺礼に乱入されたら、せっかく子供達を助けた雁夜が殺されてしまうかもしれない。セイバー陣営とランサー陣営の一騎打ちの形が崩されてしまうかもしれない。どこかのマスターかサーヴァントが殺されてしまうかもしれない。
  雁夜を鍛える師匠としての観点で見れば、雁夜がキャスターを仕留められなかったのは残念だ。しかしものまね士ゴゴの観点で見れば、今後もキャスターの物真似を出来る機会が残るのは喜ばしい限り。キャスターが宝具を使って怪物を召喚し続ける以外にも何か奥の手があればと願うばかりである。
  言峰綺礼と戦っている自分。
  二隻の飛空艇ブラックジャック号を別々の場所で操縦する自分。
  間桐邸に残って敵が来るのを待ち構えている自分。
  有事に備えて冬木市にカイエン・ガラモンドとて潜入している自分。
  その全ての自分を自覚しながら、ティナ・ブランフォードとしての自分は幻獣『ケーツハリー』に跨って、冬木教会を目指している。
  言峰綺礼に告げた『雁夜が死んでもかまわない』の発言は真っ赤な嘘で、こと『攻撃魔術』に関して言えば、他の追随を許さない魔導戦士の守りがついている。雁夜を生かす為の守りは万全である。
  嘘も方便とはよく言ったものだ。
  雁夜には別の場所にいるゴゴの言葉など聞こえていない。それでも堂々と人を騙す自分の在り方に、自分は変わった、と思い描くと口元に小さな笑みが浮かぶ。
  ゴゴとしてではなく、ティナの顔に笑みが出来た。
  「どうかしたのか?」
  「今のところ順調だな・・・って思ったの」
  「――そうだな」
  ティナの姿をした自分に対し、短く返してくる雁夜。現在、ティナと雁夜は背中を合わせている状態だ。
  桜ちゃんから返してもらった魔石『ケーツハリー』、色合いの大部分を紫色が占める巨大な鳥に向かって、冬木教会に向かってくれ、と指示を出す為にティナは常に前を向かなければならない。
  幻獣召喚の為に透明化の魔法『バニシュ』が使えない状態なので、ライダーの飛行宝具の様な敵襲がある可能性が捨てきれない。そこで、ティナが前方と幻獣の操作に注意して、雁夜が後ろの監視と子供達の安全に注意する構図が出来上がった。
  背中をぴったりと合わせた状態が雁夜の気に障ったのか、あるいは気にし過ぎるのか。会話はあまり無い。
  唐突に話は変わるが、ティナの趣味はモーグリをふかふかすることだ。ミシディアうさぎのもこもこふわふわした感触とは異なる、モーグリという種族の絶妙な柔らかさがティナの心を惹きつけてやまない。
  しかし、背中に感じる雁夜の人肌も、手に返ってくる巨大な鳥の羽根の感触も、どちらもがモーグリの感触には遠く及ばない。
  ものまね士ゴゴとしての自意識がありながら、同時にティナとしての意識も間違いなく存在する。結果、今頃は飛空艇でドイツに向かってるモグがいなければもうあの感触が味わえないと考えて、ほんの少しティナは不機嫌になる。
  小さな喜びと小さな怒り。その両方を噛みしめながら、ものまね士ゴゴはティナとして雁夜に話しかける。
  「ねえ、雁夜」
  「何だ?」
  「まだ魔力は完全に回復してないでしょ? エーテルだけじゃ足りないんだから今のうちに私から魔力を補給して」
  そう雁夜に話しかけると、背中越しにビクッ、と震えたのが判った。
  そんな事を言われると思って無かったのか。それとも話が極端に少ない鳥の背中の上が地上が恋しくなったのか。
  少しだけ間を置いてから雁夜が返事をした。
  「・・・・・・・・・それは、悪いだろ。何かあった時は多分ティナに頼むのに、貴重な魔力を貰うのは」
  「さっきの戦いで頑張ったのは雁夜と桜ちゃんで私は何もしてないわ。だから大丈夫よ。私の魔力は雁夜よりも桜ちゃんよりもずっと多いんだから――心配しないで」
  単純に年だけで考えるならば雁夜はティナよりも上だ。それでも、一年間戦いの師匠として接してきた経験に毒され、どうしても上からの目線で話してしまう。
  雁夜は姿形が違うのに同一人物であるゴゴを掴みかねているのかもしれない。もしくは性別不明のゴゴには強く出れても、『誓いのヴェール』と『ミネルバビスチェ』の組み合わせが作り出す衣装の薄さにティナと言う女性を感じて強く出れないのかもしれない。
  思春期の小僧でもあるまいし、とティナではなくものまね士ゴゴの思考が小さく笑う。
  それでもこの場で言えば雁夜と背中合わせに座っているのは紛れもなくティナなのだ。年上でありながらも、子供を諭すような想いを胸に抱いて話しかける。
  「教会につくまでしばらくかかるわ、あなたも戦う者としての心構えがあるなら万全の準備を整えるのが大事だって判るでしょ? 今のうちに『アスピル』で魔力を回復させて。ね?」
  「――判った」
  対象の魔力を吸収する間接魔法の名を呟くと、僅かばかりの躊躇の後に肯定の言葉が飛んでくる。
  前を向いたままなのでティナの視線では雁夜が何をしているか判らないが、合わせたままの背中が少しだけ動いて、右斜め後ろに空気の流れが変化するのを感じ取った。
  どうやら雁夜が右手を前からぐるりと回り込ませ、左側でティナへ手のひらを向けているようだ。雁夜には左側でもティナから見れば右側となる。
  卓越した使い手になればわざわざ魔法を使う時に手を向ける必要はないのだが、今の雁夜は『魔法を使う方向』を意識する為の手のひらを向けなければならない。
  キャスターと戦った時もそうだった。
  ティナは雁夜の未熟さを微笑ましく思いながら、向けられた手と―――すまなそうに聞こえる魔法を耳にする。
  「・・・・・・・・・アスピル」
  「んぅ――」
  直接雁夜の手が地肌に触れた訳ではないのだが、魔力が吸い出されていく時に少し艶っぽい声が出た。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 言峰綺礼





  忌々しい―――。問い続ける人生だからこそ滅多に怒りを感じる事など無いのだが、それでも消滅した敵の残滓を見つめながら感じたのは怒りであった。
  小さな敵は脅威足りえず、二手三手攻防を繰り返した所で戦えば必ず勝つと予測がついた。綺礼の目の前にある結果はまさしくその通りであり、綺礼の勝利と言う形で決着がついた。
  緑色の物体は既にどこにもおらず、魔力で形作られていたであろう体は影も形もなく消え失せている。
  あれは使い魔の一種だろうか? 蟲使いである間桐臓硯らしからぬ柱サボテンと言う奇異に見えた敵の姿を思い出しながら、綺礼は考える。
  そして考えても消えぬ怒りに後押しされ、拾い上げた黒鍵の柄を強く握りしめた。
  綺礼が道路から拾い上げると同時に魔力で編まれた黒鍵の刃の部分が消え、残った柄の部分が十字架のように見えた。
  まだ使える黒鍵を全て回収するが、整備なしに何の問題なく使える黒鍵の残数は半数にまで減っている。僧衣の下に刻まれた傷の多さと消耗した体力も確かな損失として綺礼の体を蝕んでおり、戦力の大幅な低下を認めるしかない。
  「――くっ!」
  間桐臓硯が何を考えてこんな『時間稼ぎ』をしたのかは判らないが。途中から、敵の目的が自分を殺す事ではないと気付いた。
  気付きながらも、冗談の様な『針千本』の攻撃は凶悪であり、無視してアインツベルンの森に踏み込めば背後から脳天を貫かれる危険があった。だから排除しなければ先には進めないと判ってしまったのだ。
  そもそも自分と互角かそれ以上の速さで動き回る物体に対して振り切るのは困難を極める。
  その結果、綺礼はアインツベルンの森の結界の外側で間桐臓硯の刺客との死闘を演じ、勝利を収めながらも当初の予定である『衛宮切嗣との邂逅』を諦めるしかない状況に陥ってしまった。
  これでアインツベルンの森の中で各々の陣営が乱戦が繰り広げられているのならばまだ機会はあるのだが、斥候として潜り込ませたアサシンからの情報で、バーサーカーを加えたキャスターと間桐雁夜との戦いは収束してしまい、ランサーとそのマスターもまた間桐雁夜同様にアインツベルンの森から撤退していると聞く。
 妄想幻像ザバーニーヤによって数の差は無いが、流石に綺礼とアサシンだけでセイバー陣営に攻撃を仕掛けるには少々荷が思い。もし衛宮切嗣の戦力が全く減っていないのであれば、綺礼がセイバーと直接相対する危険もある。さすがにそれは勝率の悪い賭けに出過ぎている。
  「今回はここまで――か」
  アサシンからの情報でキャスターがまだ健在であるのを知った。ならば再びアインツベルンの森への強襲を仕掛け、そこに割り込む隙が出来るかもしれない。
  そうやって自分を納得させ、綺礼はアインツベルンの森の中に送り込んだアサシンの一部に撤退を命じる。残ったアサシンには引き続き状況を監視させる手筈だ。
  「・・・・・・」
  自分もまたこの場から退避しなければならず、痕跡を出来るだけ消す為に壊れた黒鍵を拾い集めた。その途中、既にこの場から消え去っている敵の存在―――何故かこの場に現れた間桐臓硯の事を考えた。
  サボテンダーという名前らしいあの柱サボテンを完全に消滅させると同時に、間桐臓硯の薄い気配もまた一緒に消えた。語られた言葉から予測するに、本体は間桐邸にいて使い魔を遠隔操作したのだろう。
  しかし、それにしても力があまりにも強すぎた。
  見た目のおかしさとは裏腹に小回りのきく移動速度は脅威だった。
  綺礼の感覚で、あの柱サボテンは使い魔の中でも位としてはかなり上だ、最高ランクに位置する聖杯戦争のサーヴァントには匹敵しないが、それでもかなり高位の使い魔と推測する。
  おそらく事前情報で手に入れた『間桐臓硯』と、冬木教会に現れ、幻越しに綺礼の前にも姿を見せた『間桐臓硯』との食い違いの原因に、あの柱サボテンもまた関わりがある筈。
  そして実際に戦ったからこそ綺礼には判る。
  間桐臓硯は本気ではなかった。
  自分相手に時間稼ぎ出来る余力を残していた。
  ならば間桐臓硯が本気を出して聖杯戦争に関わった場合、大きな障害になるのは確定だ。全容が見えないので確たる判別は出来ないが、あるいは時臣氏のサーヴァントである英雄王ギルガメッシュですら上回る奥の手を持っている可能性がある。
  自分と同類である衛宮切嗣、その男が辿り着いた答えを問わねばならない。障害が現れるのならば全て排除する。
  間桐雁夜との間に何らかの確執がある様に聞こえた言葉もまた判断材料として更に調査を進めていく。
  もっと情報を集めなければならない。
  もっと力をかき集めなければならない。
  もっと破壊と殺戮を―――。
  「――ん?」
  何か、無関係な事柄まで浮かんできそうだったので、綺礼は慌てて自分の思考を止めた。そして無心で黒鍵の柄を拾い続け、壊れた物も含めて一分もかからずにその全てを回収する。
  残るのは戦いの後を教えるひび割れや穴のあいた道路だけ。ただしすぐに修繕が必要なほど大きな被害でもないので、このまま放置しても問題は無い。冬木ハイアットホテルの様な大規模災害に比べれば僅かな損害だ。
  人によっては近くの雑木林からの木の根に侵食された壊れたと思うだろう。
  まだ機はある。綺礼はそう自分に言い聞かせながらアインツベルンの森に背を向けた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ




  ものまね士ゴゴは問いかける。
  ものまね士ゴゴは話しかける。
  ものまね士ゴゴは語りかける。


  「この戦いは始まる前から狂ってる。あの蟲爺は誰よりもそれを理解していた」


  「お前は――。いや、形なき状態で『お前』と言うのは語弊があるが――、とにかく便宜上、俺は『お前』の事を『お前』と呼ばせてもらう。そうしなければ話が進まないからな」


  「柳洞寺の地下に潜った時。まるで広大な芸術品にも見えたあの見事な術式を物真似した時から気付いていたよ。お前はそこにいる。この大聖杯には何らかの意思があるとな」


  「サーヴァントへの干渉が不十分だったのはお前のせいか? それともお前の意思がサーヴァントへの干渉になって、こっちの命令が十分に届かなかったのか? まあどちらでもいいが、中々面白い事が出来るじゃないか。サーヴァント本人に自覚は無いかもしれないが、あれは『悪』の因子が顔を覗かせてるぞ、『正』が輝きを増せば増すほどに膨らんでいく」


  「いちばん強く影響を受けるのはサーヴァントか? マスターか? 監督役か? 聖杯の器の持ち主か? お前が形を成して、存在を確定させれば、お前を中心に影響は広がっていくだろうな。やはり興味深い」


  「そもそも、この聖杯戦争の賞品――。聖杯は『無色の力で願いを叶える』『万能の願望機』なんて言われてるが、そんな事はありえないんだよ。令呪は聖杯が選んだマスターに分配されるが、令呪を考案したあの蟲爺が自分達『間桐』に都合の良いように進める算段を立てない筈がない。始まりの御三家が令呪を優先的に授けられるのもそれが原因だろう?」


  「つまり、大聖杯にはお前の存在以外にも『聖杯の意思』と呼べる何かが既に存在する。ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの魂を完全に殺したつもりになってるかもしれないが、魂の残滓を消滅させて機械的に機能させようとしてもお前みたいな何者かの意思は残る。無色の力なんて幻想にすぎないぞ」


  「真に万能の力である『根源』へたどり着く為の聖杯――。聖杯その物が『万能の願望機』と改悪して後世に伝えるように情報操作したツケが回ってきたな。大筋は間違って無いが、全て正しくもない。お前がその責め苦を関わった者全てに負わせる為の役割を担った、と言った所か」


  「お前を殺すのかって? そんな勿体ない真似をする筈ないだろう。あっちのお前はどうなるかしらないが、こっちのお前は何をしてでも現界してもらうからな。お前が『悪』を世界にばらまいてくれるなら、むしろ望む所だ。『桜ちゃんを救う』為には、これ以上ない教材じゃないか。『悪』があっての『正義』、『不幸』あっての『幸せ』、『見限る』『切捨てる』『見捨てる』あっての『救い』だ」


  「本来の道標――つまり鍵となるもう一つの聖杯を物真似したらお前の出番は近いぞ。好きなだけこの世界に生まれてくればいい。いっそお前が現れる前に俺がお前を呼び出そう。まあ、桜ちゃんがそれを望まなかったら死んでもらうが、恨まないでくれよ」


  「本当にこの世界は宝の山だ。お前みたいな奴がいると物真似のし甲斐がある。待ってろ。この聖杯戦争が終わる前に、お前は別の形を持って――俺と会う」


  「俺はゴゴ。ずっとものまねをして生きてきた。お前と出会った時、俺はお前のものまねをしてやろう。だからお前の名を聞かせてくれ」


  自分の内側に向けて―――ものまね士ゴゴは話をする。





  冬木市は他の地方都市に比べれば幾らか国際色が豊かな場所だ。故にセイバーとアイリスフィール・フォン・アインツベルン、そしてランサーのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトなどが滞留してもそれほど驚かれない。
  明らかに日本国外からの訪問者だが、冬木市にとっては日常風景の一つである。
  おそらくその理由に冬木市が200年前から続く聖杯戦争の地である事に関係しているのは間違いない。始まりの御三家である『アインツベルン』はドイツが本拠地であり、今は亡き間桐の魔術そのものであった間桐臓硯ことマキリ・ゾォルケンは冬木に定住する以前はロシアに居を構えていたらしい。
  つまり聖杯戦争と言う餌に食いついた魔術師が世界中から集まるのが冬木市なのだ。他の地方都市に比べて様々な人種が入り乱れるようになるのはむしろ必然と言える。
  ゴゴの目の前で横になっている子供もそんな魔術がらみで海外から移住した二世あるいは三世なのだろう。魔術と全く関係ない可能性もあるが、とにかく黒髪が多い日本の地で、赤い髪は非常に目立つ。
  奇異な視線を向けられ閉じこもるか、友好の輪を作る切っ掛けとするかは人それぞれだが、子供の頃から他人よりも苦労する姿が想像できる。
  冬木市に住む数多い子供の中で、たまたまキャスターの魔の手に捕まってしまった運の悪さもあり、ゴゴはつい薄幸という単語を思い浮かべる。
  いや、殺されそうになった所を助けられたのだ、もう少し遅ければキャスターの腕力に頭をぐちゃりと握り潰されていたのだから、運が良いと思うべきかもしれない。
  「う・・・ぁ・・・あ・・・」
  目を閉じて悲鳴に似た声を言葉をあげる様子は夢にうなされているようだ。飛空艇ブラックジャック号の一室の長椅子の上に寝かされ、桜ちゃんに手を握られながらも、根本にある『殺されそうになった恐怖』がこの子供を蝕んでいる。枕元にミシディアうさぎを何匹か並べて状態異常を治すように促してみるが、あまり効果は無い。
  「むぐむぐ?」
  「むぐむぐ!」
  「むぐ~」
  むしろ、耳元で騒がれて逆効果かもしれない。
  キャスターに殺されそうになった子供達と言う括りで考えるならば、雁夜とティナになってる自分が冬木教会に送り届けている子供達に加えるのが妥当な所。
  たまたま巻き込まれた一般人をいつまでもブラックジャック号に乗せる訳にはいかない。もし敵陣営のどこかに『あの子は間桐に何らかの繋がりがある』とでも思われれば、せっかく助かった命が再び危険に晒される。
  ランサーを葬り去る為に衛宮切嗣がホテルを一つ丸ごと爆破したのは既に知っており、サーヴァントの誰も彼もが周囲の被害など考えない事も判っている。被害が聖杯戦争の継続に関わり、その上で魔術の秘匿をしっかりと行うのならば一般人を捕えて拷問にかけて情報を引き出す程度、軽くやってのけるに違いない。
  他人を意のままに操る魔術を使えるならば、『実被害がない』という理由で簡単に使う。
  それが判っていながら一人だけまだブラックジャック号に置いているのは、今のままでは、子供達を助けてほしいと乞い願った桜ちゃんの気持ちを踏みにじる可能性が高いからだ。
  他の子供はキャスターから救い出され、その上時間を置いて気持ちを落ち着けられた。魔術がどんなものか見たかったので少し見せてやったら気絶してしまったが、『救助』は既に完遂していると言ってよい。
  だがこの子だけは違う。明らかに異常をきたしている状態で放り出せば、桜ちゃんはきっと『あの子は大丈夫だったの?』と胸を痛めるだろう。そして助ける手立てを持ちながら、半ば責任を放棄するこちらに非難の目を向けてくる。
  それは駄目だ。
  ゴゴは最終的に『桜ちゃんを救う』に状況を持って行ければそれでいいので、別に桜ちゃんに嫌われようとどうなろうとあまり関係がない。しかし雁夜と桜ちゃんとの間に亀裂を作り出しては、あまりにも雁夜が不憫だ。
  そして雁夜をもう少し早くブラックジャック号からつき落としていれば、この子が強い恐怖を感じる前に助け出せた―――。ゴゴにもそんな後ろめたさがある。
  だからゴゴはとりあえず子供が起きるまで看病の真似事をしている。
  雁夜に同行しているゴゴ、つまりはティナの方はもう冬木教会に到着してしまい、監督役である言峰璃正に子供達を預けている所だ。視点を少し変えれば、見える景色がブラックジャック号のゴゴから冬木教会の前に佇むティナへと切り替わる。
  「言峰神父。この子たちはキャスターに誘拐された子供達だ。俺には記憶操作の魔術は使えないから、聖堂教会に後始末を頼みに来た」
  「監督役の責務に則って、言峰璃正があなたの申し出を受諾する。子供達を無事日常へと返す事を約束しよう」
  雁夜は幻獣ケーツハリーを誘導し、冬木教会の前に巨鳥を止めさせた。
  ティナは雁夜の協力者であり、ケーツハリーを呼び出した術者であるが、聖杯戦争に直接関わっている訳ではない。少し離れた所に佇んで、雁夜と監督役の様子を眺めている。
  雁夜が一人ずつケーツハリーの背中から子供を降ろして言峰璃正に手渡し、彼は一人ずつを教会の中へと運んでいく。この後、教会の中で暗示か記憶操作を施し、キャスターに誘拐された事実そのものを消してしまうのだろう。
  その運び入れる作業の途中、巨大な鳥を初めて見るのか言峰璃正は興味深くケーツハリーを見つめていた。そして最後の一人を教会の中にと運び終えると、不意に視線をこちらに向けてくる。白髪の目立つかなりの老体の筈だが、子供達を運び終えた後でも息一つ乱れていない。
  「ところで間桐雁夜殿。あちらにいる女性はどなたかね?」
  「――今の状況と何か関係があるのか」
  「もし彼女が貴殿の協力者であるならば、間桐の戦力増強に疑問を抱かずにはいられないのだ。聖杯戦争は七人のマスターと、彼らの契約した七騎のサーヴァントがその覇権を競う闘争。部外者による多少の協力は認められても、それがあまりにも逸脱し過ぎていては聖杯戦争そのものが瓦解しかねない。聖堂教会のスタッフにより『間桐』の協力者が他にも確認されているので、この調子で増え続けるのであれば若干のルール変更も考慮しなければならない」
  聞こえてくる声は監督役としての責務を全うする聖職者のそれに聞こえるかもしれないが、裏でアサシンのマスターであり息子でもある言峰綺礼をかくまって、遠坂陣営とも協力関係にあるのはほぼ確実なのが言峰璃正その人だ。
  事情を知った上で言葉を聞けば、敵勢力を削ろうとする意思が透けて見える。
  ティナが咄嗟に反論しようとするが、その前に雁夜が言峰璃正の口を封じた。
  「そんな事を気にする前に聖堂教会のスタッフを総動員してキャスター討伐に尽力したらどうだ? 別に報償の令呪がなくても、監督役のあんたは『聖杯戦争の被害を最小限に抑え、存在を隠蔽して、魔術師たちには暗闘の原則を遵守させる』、その責任がある。魔術が露見しそうな状況で、打てる手を全て試さないのは怠慢じゃないのか?」
  「むっ――」
  「神の教えを広める神父が子供達を見殺しにした――、なんて言われたくないなら、さっさとキャスターの居場所でも調べろ。それとも聖堂教会のスタッフってのは、あんな目立つ人相のサーヴァント一人見つけられない無能揃いなのか? だったら残念だ、俺はあんたの評価を底辺まで下げないといけない」
  聖堂教会と魔術協会が不倶戴天の敵同士である事は魔術師ならば誰でも知っている。それを念頭に置いたうえで『聖堂教会に話す事は無い』という態度を作りながら、雁夜は情報を秘匿する。
  生きて死んで、蘇って殺されて、勝って負けて、戦って戦って戦った間桐雁夜の一年。
  昔とは比べ物にならない程、度胸が付いており。キャスターの戦いの余波が作り出す練り上げられた胆力は言峰璃正では崩せない強固な作りをしていた。
  もっとも、雁夜とて独力でキャスターを見つけ出すのは至難の技で、ゴゴが察知できるサーヴァントの気配と冬木市に散らばった大量のミシディアうさぎが居るからこそ捜索が容易になっているだけだが、水を差すのも悪いのでその事は黙っておく。
  表向き、監督役として振る舞っている言峰璃正が力ずくで情報を聞き出そうとするとは考えにくい、この場は雁夜一人に任せても問題ないだろうと考えていると、ブラックジャック号の方で変化が起こる。
  慌てて桜ちゃんの傍にいるゴゴに意識を戻すと、横たわる赤毛の子供の目がゆっくり開いていくのが見えた。
  どうやら長い長い恐怖から解放されて現実世界へと戻って来たようだ。
  「あ・・・・・・」
  ゴゴが見ている光景と同じものを桜ちゃんも見ている。握りしめた手をより強く握る為、桜ちゃんの両手が赤毛の子供の片手を包み込む。
  その感触に触発されたのか、赤毛の子供は目を開きながら顔を横に向け、長椅子の横にしゃがんでいる桜ちゃんを見た。そして顔を動かしてゴゴの方も見る。
  すぐ隣にいる桜ちゃんを見た時は反応らしい反応は見せず、ただ目に映る景色を確かめているような―――ここがどこなのか探るような目をしていたが、ゴゴの方を向いた時、その目が大きく揺れた。
  そして恐怖を色濃く表情に乗せ、ひっ――、と短く悲鳴を上げた。
  キャスターとゴゴとの間に接点は何もないが、『自分よりも背の高い人』『複数のマントに似たローブ』『見下ろしてくる目』と、強引な関連付けをすれば似た部分が幾つかある。
  もしかしたら、殺されかけた状態でキャスターの手を思わせる『大人』というだけで恐怖の対象なのかもしれない。桜ちゃんに手を握られている状態でありながらも、赤毛の子供はゴゴから遠ざからんと体を動かして長椅子の背もたれへ移動した。
  「むぐー!」
  「むぐっむぐっ!?」
  「むぐむぐ」
  その途中、枕元に居たミシディアうさぎを何匹か巻き込んで吹き飛ばすが、ゴゴへの恐怖がよほど強いのか勢いは止まらない。ただし、赤毛の子供が寝かされていた部分は長椅子の座面、しかも椅子自体が壁際にあったので、ゴゴから離れようとしても移動できる距離は限られる。
  結局、桜ちゃんが少し動いて手を伸ばす程度の距離しか移動できず、背もたれに手を当てながらこちらを見ていた。
  その目が明確に『恐れ』を語っていて、今更ながらティナを雁夜に同行させたのは失敗だったかもしれないと考える。
 己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリーを発動させて二人目のティナとして振る舞おうかとも考えたが、既に見られている以上、ここで姿を変えたら余計に驚かせてしまうだろう。事前に『これから手品を見せます』と言って見物させるのとは訳が違う。
  仕方なく、ゴゴはものまね士ゴゴとして話を始める。
  「さっきまで寝ていたのに元気だな。悪いが、お前と椅子でミシディアうさぎが一匹サンドイッチになってるから、解放してやってくれないか」
  「え・・・・・・?」
  赤毛の子供がゴゴの言葉を聞いてゆっくり後ろを振り返ると、そこには帽子の部分に『1』が描かれたアンがいて、椅子の背もたれに押しつけながら『むぐむぐむぐ』と鳴いていた。
  子供の力で押しつけられているだけなのでダメージは負って無いが、麦わら帽子が潰れて身動きが取れない状況は中々苦しそうだ。
  「あ、あの。ごめん――」
  アンに向かって短く謝りながら、少し前に動いて解放する。ミシディアうさぎのアンは空いた空間を利用して椅子の背もたれを駆け上がると、赤毛の子供を上から見下ろすような位置に陣取った。
  そして『むぐむぐ、むぐむぐ』と短く告げる。
  怒るような素振りから『何すんじゃボケ、骨が折れたやないか、慰謝料払わんかい!』と言ってるように見える。
  子供は何を言われているか判らないだろうが、アンが怒っている事は伝わったようで、申し訳なさそうにまた頭を下げた。
  「むぐむぐ!」
  何となく『判ればいいのよ、判れば』と言っている気がしたが、いつまでもミシディアうさぎと子供の会話にならないやり取りを眺めていても先に進まない。
  五秒ほど何とも言えない沈黙が流れたが、ゴゴは気を取り直して赤毛の子供に向けて話しかけた。
  「さて。訳のわからない状態に放り込まれて驚いてるな。そこで俺がお前の身に何が起こったか説明してやるんだが、その前にお前の名前を聞かせてもらおうか」
  言峰綺礼の方で『間桐臓硯』を物真似したせいか、雁夜との会話でティナを物真似したせいか。普段、間桐邸で雁夜と桜ちゃんに話すゴゴの口調で話してしまう。話しかけると同時にビクッ! と体を震わせたのが見えたが、話を止めれば先に進まないので気にせず続けた。
  「俺はゴゴ、ものまね士ゴゴだ。お前の名前は何だ?」
  ただ説明するだけなら名前の交換など必要ないのだが、説明される方が恐れていては幾ら語り聞かせた所でどこまで理解しているか怪しい。相手の名前を知る、それは恐怖を少しでも和らげるための処置だ。魔術的な意味など全くない。
  ゴゴが自分の名前を告げた後に子供を見ると、桜ちゃんに握られた手が強く握り返されるのが見えた。
  桜ちゃんに助けを求めるか? 一瞬、そう思ったが、子供はまっすぐにゴゴを見つめて名前を言う。
  「シ・・ロ、ウ・・・・・・。士郎、です」
  「士郎か、中々勇ましい名前だな」
  こんな異常な状況に追い込まれながらちゃんと返事が出来たのは大したものだ。名前だけではなくむしろその行動を褒める意図で『勇ましい』と評する。
  名前の交換が終わってもまだおどおどした様子は消えないが、話の通じる大人という印象をほんの少しだけ与えるのには成功したようで、顔に浮かぶ恐怖が少しだけ和らいだ。
  これなら本題へと入っても大丈夫だろう。
  「何が起こってるか判らなくて怖いだろう? 自分がどこにいるか判らなくて怖いだろう? 俺が誰なのか判らなくて怖いだろう? だから説明してやる、何でも教えてやる。とりあえず理解出来なくても聞け。いいな?」
  「・・・・・・・・・う、うん」
  赤毛の子供:士郎という名前の子供はおどおどして長い長い間を置いたが、それでも肯定の意を示す言葉を呟きながら頷いた。
  ゴゴはそんな恐怖に染まった士郎に向け、冬木教会に預けた子供達にした説明をもう一度口にする。


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