第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 衛宮切嗣 切嗣は冬木ハイアットホテルの屋外駐車場に誘導された宿泊客に紛れ込みながら、宿泊客名簿と実際の人数とを確認しているホテル従業員の姿を視界に捉えた。 事前に冬木市を徹底的に調べ上げた切嗣にとって、ランサーのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、冬木ハイアットホテルの客室最上階、地上32階のフロア一つを丸々借り切ったと調べ上げるのは難しい事ではない。 冬木市に存在する建物の中で魔術師が根城に選びそうな建物は全て把握している上に、ランサーのマスターは金額にものを言わせて、最上階を貸し切り状態にしたのだ。 少しでも疑ってかかれば『どうぞ見つけて下さい』と言わんばかりの愚挙である。おそらく切嗣でなくとも、『目立つ怪しい外国人は居ませんでしたか?』と周囲の人間に聞けば、一般人でもケイネスを見つけ出せるだろう。 敵は借り切ったワンフロアを全て自身の工房に作り変え、入念な魔術結界と罠をしかけて待ち構えているに違いない。その魔術に絶対的な自信を持っているからこそ、見つかっても問題が無いと堂々と振舞える。 だが、切嗣にとってそれは絶好の獲物でしかない。どれだけ敵の守りが堅牢であろうとも、居場所さえ知れてしまえば戦い方は幾らでもある。 「アーチボルト様! ケイネス・エルメロイ・アーチボルト様! いらっしゃいませんか?」 切嗣は宿泊客の所在を確認している従業員へと近づいていった。 今、他の客が全て屋外駐車場に集まっているのは、切嗣が舞弥と共に引き起こした火事が原因だ。火元を何か所に分散させたが規模は小さい、消火より客を避難させた方がいいとホテル側を誘導させた結果が作り上げられた。 当然ながら、最上階を借り切っているケイネスと彼の協力者と思われる妻のソラウもこの場に居なければいけないのだが。聖杯戦争の只中で、しかもこの火事騒ぎが敵の襲撃だと予測しているランサー陣営がこの場に現れる訳がない。自陣の魔術結界の中に閉じこもっている姿が容易に想像できる。 「――はい私です」 つまり、切嗣がケイネスに成り代わり、宿泊客の所在を確認している従業員に話しても本人は邪魔できない。 金髪をオールバックにした海外の貴族を思わせる風貌のケイネスと、くたびれたコート姿の冴えない日本人男性の切嗣は似ても似つかない。 普通ならば、ホテル従業員が切嗣とケイネスを見間違える筈は無いのだが、切嗣には暗示の魔術と言う便利なモノがある。自分の姿をケイネスに見せかけるのは不可能ではなかった。 「ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは私です」 「え・・・・・・」 言葉と共に視線を介して従業員に暗示をかけ。話している自分の姿がケイネスに見えるよう誤魔化してゆく。 暗示の魔術は得意分野ではないが、一般人の魔術抵抗力などはたかが知れているので、今夜のランサー陣営への襲撃が終わるまでは破られるはしない。 「ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、妻のソラウともども避難しました」 もう一度強く暗示をかけると、切嗣の目をまっすぐ見るホテル従業員は、視点の合わぬ目を泳がせた。その後に手に持った宿泊名簿に視線を落とすと、そこに書かれたケイネスとソウラの所に『避難済み』のチェックを入れる。 「・・・そうですか。ああ、はい」 視線を切嗣に戻し、話しかけてくる姿には何の違和感もない。 今、彼の目には切嗣は映っていない。目は確かにコート姿の切嗣を捉えながらも、頭の中ではそれが外国人のケイネスに置き換わっている。 もし暗示がかかっていなかったら、何らかの違和感が生まれるが、その気配は微塵もなかった。 成功だ。 「ケイネス様、ソウラ様・・・は避難されましたか。結構です」 「はい」 他の避難客たちへの対処に奔走する為、別の場所に向かう従業員を見送った後。切嗣は屋外駐車場から移動を開始した。背後から『全員、避難しました』と声が聞えてきたが、既にそれは切嗣の意識の外に放り出される。 ホテルから一区画ほど離れた場所には誰の物陰もなく、これから切嗣がやろうとしている事を見る人間は誰もいない。いや、もしいたとしてもポケットから出した携帯電話を見て、誰かに電話をかけるとしか思わないだろう 事実、それは大きな間違いではないのだから。 「準備完了だ。そちらは?」 「異常なしです。いつでもどうぞ」 冬木ハイアットホテルのはす向かいにある高層ビルの上階。今だ建設中のその場所で待機している舞弥に報告したのだから、『電話をする』のは紛れもない事実である。 しかし次に切嗣のやろうとしている事はその限りではない。ハイアットホテルの最上階を監視している舞弥との通話を切り、片手でポケットの中から煙草の紙箱を取り出した。 電話が終わった後の一服に見えるかもしれないが、空いたもう一方の手は携帯電話にある番号を打ち込み、今夜のランサー陣営への攻撃を実行する。 数秒後、冬木ハイアットホテルのとある一角に閃光が走り、鉄筋コンクリートが軋む不気味な音が響き渡った。 突然聞こえてきた異音、そしてホテルを照らしていた灯りが全て消え去ったのを見た宿泊客の戸惑いが聞こえてくる。 切嗣はそれを耳にしながら、全高150メートルに及ぶ高層ホテルが崩落する瞬間をしっかりと見た。 四方の外壁は全て内側に折り畳まれる様に崩れていき、周囲に破片一つ撒き散らさず内側へ内側へと折り畳まれていく。 爆破解体(デモリッンョン)。そう呼ばれる最小限の爆薬で、効率よく確実にビルなどの高層建築を破壊する技術だ。 「ホテルが!!」 宿泊客の叫びが起こった崩壊を明確に表していた。支柱を失った冬木ハイアットホテルは、重力の存在を思い出したかのように倒壊し、三十秒とかからずに瓦礫の山へと作り変えられてしまう。 崩壊で押し出された大気が粉塵を巻き起こし、膨大な煙幕となってホテルの周囲一帯を撫でまわしていく。 屋外駐車場に避難した宿泊客に煙幕が押し寄せたが、身体的被害は皆無に等しい。しかし、火事だと思っていた誰もがいきなりホテル崩落を目の当たりにしたのだ。驚かない筈はなかった。 我先にと逃げ出していく客がいた。 必死にそれを止めようとする従業員がいた。 その場に蹲り、泣きじゃくる子供がいた。 その子供のあやす母親らしき女がいた。 切嗣はそれを見ながら、手に持った紙箱から煙草を取り出してくわえる。突然現れた危険から逃れる為、方々に散っていく人影が増えていく頃には起こった風圧も弱まっている。 切嗣はそれを見計らって煙草に火をつけ、今まさに冬木ハイアットホテルを崩壊に導いた携帯電話で、もう一度舞弥に電話をかけた。 「舞弥、そっちは?」 「最後まで32階に動きはありませんでした。標的はビルの外には脱出していません」 「そうか」 短い通話を終えて電話を下げ、通話状態を維持したまま煙草を深く吸い込んで煙を吐き出した。 切嗣がやった事は聖杯戦争の観点から見れば別段珍しくもない『敵陣営への攻撃』である。 まだ他のマスターとサーヴァントを一人も打ち取ってない状況では『アイリスフィールをセイバーのマスターと見せかける』という奇策を継続させる必要があり、敵を仕留めるのに切嗣がセイバーに命じて戦わせる方針は行えない。 ライダーのマスターはあの飛行宝具によってどこかに行ってしまったので追跡は不可能であり、遠坂陣営と間桐陣営は強固な結界に守られているので、切嗣が舞弥と協力しても攻め込むには少々大き過ぎる相手だ。 そこで切嗣が狙いを定めたのがランサーだった。セイバーの左腕に癒えぬ傷を残した呪いの魔槍を破壊し、戦力としてのセイバーを万全の状態に戻す。その為にも真っ先にランサーのマスターを排除する必要がある。 セイバーが同じ選択に迫られれば真っ向から戦ってランサーを倒そうとするだろうが、サーヴァントの消滅か宝具を破壊する為に、わざわざサーヴァントを狙うなど切嗣には理解の範疇外だ。もっと狙いやすい『マスター』という目標が傍にいるならばそちらを狙うべきである。 ただ一人の人間を殺す為に建築物を丸ごと破壊する。暗殺にしてはあまりにも堂々としすぎている方法だが、切嗣にとっては爆破解体(デモリッンョン)も敵を殺す手段でしかない。 準備は万端だったので、倉庫街の戦いを監視し終えてからの小一時間もあれば十分だった。もちろん魔術的な隠匿も万全で、ホテルの監視カメラには支柱を破壊するC4プラスチック爆弾を準備する姿は録画されておらず、これが切嗣の仕業だと世間に知られる事は無い。 舞弥からの報告でケイネスと同行者のソラウが地上32階から脱出していない事が確認できた。これで彼らは無残に散らばったホテルの残骸の仲間入りを果たしたのである。 どんな強固な魔術結界であろうとも、地上150メートルの高みから叩き落とされる室内の人間を守る術は無い。もし仮に魔術結界が無事だったとしても、中の人間は遥かな高みから叩き落とされて重力の洗礼を味わう。 サーヴァントならばいざ知らず、不意打ちだからこそ生身の魔術師は生き残れない。これでセイバーの左腕に残った呪いの槍の傷は癒えるだろう。 「・・・・・・」 煙草の煙をもう一度吸い込みながら、切嗣はアインツベルンに雇われる以前の自分と今の自分を比較して、衰えを強く感じた。 往年の冷酷さと判断力を一刻も早く取り戻さなくてはならない。そうでなければ聖杯戦争を勝ち残れない。自分の力の無さを改めて実感し、より冷酷に、より冷徹に、より冷静に、最良の結果を瞬時に導き出せるように過去の自分に戻さなければならない。 切嗣は意識を切り替えるべく煙草の煙を吐き出した。丁度そこで、間桐邸に放った使い魔から異変を伝える合図が送られてきたのは何かの偶然だろうか? 本来であれば切嗣は、冬木の各地に放った使い魔の全てにカメラを取り付けており、全ての映像と音声を録画して後でも状況を確認できるよう準備を整えている。 ただ、倉庫街で見た得体の知れない男が間桐と何らかの関わりがあると考えたので、今夜だけは間桐邸で何らかの異常が合ったら使い魔の方から合図を送る様に指示を出しておいたのだ。 例えば、間桐邸から誰かが出て来た時や、逆に誰かが入っていく時などが該当する。これも九年のブランクが生んだ無駄な行為である。 使い魔に情報収集を徹底させて、監視のみに留めるのならば、よほどの緊急でもない限りリアルタイムで使い魔の目を通して状況を確認する利点は無い。聖杯戦争に関わりが有ると確証しながらも、他のマスターでは無いから気にかかっただけに過ぎない。 これがもし何らかの集中を強いられる場面で、使い魔からの連絡で失敗したらどうするのか? 敵マスターと交戦している時に使い魔からの情報で気が逸れたらどうするのか? 監視のみに徹底するならば、そんな命令を出すこと自体しなければよかった。乱入してきたあの男の訳の判らなさは確かに不気味だが、一筋縄ではいかない相手が増えただけの話。今のところ言峰綺礼以上に『異質な相手』ではない。 後で間桐に放った使い魔の映像を検証する必要が出来た。異常の発生に対し、そう結論付けた切嗣は、意識を使い魔から切り離してランサー陣営の攻撃へと戻そうとする。 だが、異常を知らせて来た使い魔は更なる情報を切嗣へ送ってきた。視覚共有していない切嗣には間桐邸の様子は見えないが、単なる言葉として送られてくるそれは間桐邸から聞こえてくる人の声だった。 切嗣が聞いているのではない。使い魔が聞いた声を文字にして、切嗣の頭の中に送ってきているのだ。頭の中で強制的に文字を思い浮かばされた気色悪さがあった。 切嗣はより強く使い魔の扱い方を徹底しなければと思いながら、送られてしまった言葉を頭の中で思い描く。 それは聖杯戦争と結び付けづらい、あまりにも場違いな言葉であった。 俺が死んだら世界中のレディが悲しむからな 「なに?」 実際に言葉が聞こえてきた訳ではない、あくまで切嗣の頭の中だけに浮かんだ文字なのだが。聖杯戦争の真っただ中で聞こえてくる声とは到底思えない言葉だ。 切嗣はあまりのありえなさに呟いてしまうが、即座に間桐邸の近くを通りがかった何者かが自画自賛しているのではないかと、ありえる可能性を思い浮かべる。 使い魔に命じているのはあくまで間桐邸に起こる異常で、間桐に関連があるか否かの判断はさせていない。 余計な情報が送られてくる前に完全に使い魔との同調を断ち、カメラによる監視を徹底させよう。そう切嗣が思い使い魔との繋がりを切ろうとした、その瞬間―――。 オートボーガン 「・・・・・・」 新たな言葉が送られてきて、間桐邸に放ったコウモリの使い魔の繋がりが断ち切られた。 こちらが切ったのでは無く向こうに何らかの問題が発生して繋がりを保てなくなったのだ。おそらく何らかの攻撃を受けて絶命したのだろう。 新たな問題が発生した瞬間だが、同時に間桐邸に余計な気を揉む必要が無くなった。その点だけは望ましい。 そして使い魔の一匹がいなくなったところで、また新しい使い魔を用意すればいいだけの話だ。 あるいはコウモリの使い魔で間桐邸の監視が不可能になったなら、別の手立てを考えればいい。 他のマスターを相手にするのと同様に―――これまで『魔術師殺し』の衛宮切嗣が行ってきたように―――敵の情報を仕入れ、必勝の策を作り、状況を招き入れ。正義の為に、始末する。ただ、それだけ。 意識を完全に間桐邸から切り離した後。冬木ハイアットホテルの異変を聞きつけた町の人々が集まり始めているのを確認した。ホテル火災でも人が集まるのに、ホテル倒壊と言う大惨事が起こったのだ、野次馬が集うのは自然な流れである。 切嗣は完全に意識をランサー陣営への攻撃に戻し、舞弥に撤退を指示する為。まだ通話状態を維持したままの携帯電話を耳元に寄せる。 自分の衰えを考え込んでしまった時間、間桐邸に放った使い魔に割いてしまった時間。その分だけ、時間を無駄にしてしまったと考えながら指示を出す。 「舞弥、撤退を――」 だが携帯電話から返ってきたのは舞弥からの応答ではなく、闘争の音だった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ゴゴ 人は睡眠をとらなければならない。特に魔術師としては魔力不足の欠陥をもつ雁夜にとって、サーヴァント使役は多大な労力を要する。 雁夜が武器を用いた戦士として戦えばアサシンの一人程度倒せるだろうが、魔力総量の少なさはこの一年の鍛錬でも満足のいく結果には至れなかった。 失った体力と魔力をゴゴの魔法で回復しても、精神的な疲労は雁夜当人が休んで直すしかない。何より雁夜本人が、桜ちゃんを家に残して夜の街に出歩くのを由としない。 これは聖杯戦争が始まってしまったからこそ、桜ちゃんとの時間を大切にしようとする雁夜の願いだ。雁夜の『桜ちゃんを救う』を物真似しているゴゴは賛同するしかない。 結果。間桐邸に張られた堅牢な結界の中で雁夜と桜ちゃんが眠り。休息の必要のないゴゴがマスターの情報収集の為、外に出る事となった。もちろん眠る前の雁夜とは話し合い済みである。 「己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)」 ものまね士としてのゴゴを更なる高みの昇らせるこの宝具。使えば使うほどにゴゴの中に歓喜が蠢き、別の姿に変わるたびに懐かしさが広がっていく。 背中まで伸びた金色の髪をの二か所で束ね、青い瞳が間桐邸の中の景色を映し出す。紫色に近い紺色の衣装の上に水色のマントを羽織り、空の青と水の青を表すかのような瑞々しさを描き出す。 ただし両手に持っているのはチェーンソーとクロスボウ、『回転のこぎり』と『オートーボーガン』で、両手に装備した武器の極悪さが衣装の爽快さを完全に打ち消していた。 アクセサリの『竜騎士の靴』を履き、『エドガー・ロニ・フィガロ』の姿になったゴゴはマッシュの時と同様に玄関から出て、堂々とその姿を晒す。 マッシュが倉庫街に向かった時と同じように使い魔たちの視線が体にぶつかってくるのを感じる。今は真夜中なので、玄関口の灯りを消してしまえば月の輝きと道路にある街灯の灯りしかない。 使い魔たちも夜の見辛い風景を見極めようと必死になっているのだろう。ご苦労なことだ。 ゴゴはそんな強い視線を感じる中、玄関を閉めて外に出る。 そして通常の攻撃をジャンプへと変える『竜騎士の靴』の力を使い、普通の人間ならば絶対不可能な飛翔と見間違う跳躍で、間桐邸の屋根の上に飛び乗った。 着地音を大きくすれば桜ちゃんと雁夜を起こしてしまうかもしれないので、出来るだけ繊細に、ただし垂直跳びで10メートルほどを軽々と跳ぶ。攻撃手段としても使えるが、移動手段にすれば間桐邸の屋根ぐらいは行動範囲内だ。 ゴゴは屋根の上に立って両手の武器を構えながら、体を回転させて全方位を観察した。 観られている。 木の枝にぶら下がって、木々の隙間からこちらを見る使い魔がいる。 見られている。 地面の上の草むらに潜み、屋根の上を見上げる使い魔がいる。 視られている。 ついでとばかりに物陰に潜んで気配遮断スキルを全開にしてこちらをみるアサシンがいる。 どいつもこいつも屋根の上に立ったゴゴ―――今はエドガーの姿をしているので、あちらから見れば正体不明の人物その2を注視している。 マッシュの姿を物真似した時に兄の存在をほのめかしたので、もしかしたら顔立ちが似ている今の姿をマッシュの兄だと看破した者もいるかもしれない。だが知られようと知られまいとゴゴには関係が無い。 「俺が死んだら世界中のレディが悲しむからな」 あえて聞こえるように言葉を放ち、より強く監視者たちの視線を自分に集中させる。 向こうから見えているという事はこちらからも見えているという事。体の大部分を死角に隠して、目だけを晒しているかもしれないが、眼球は攻撃の的になってそこにある。 ならば狙うしかない。手に持った武器はその為の機械なのだから。 「オートボーガン」 ゴゴは矢を放ちながら、体を回転させて東西南北のあちこちに散らばって監視者たちに矢を叩き込んでいく。 撃ち出して、貫いて、射抜いて、突き刺して、ぶち抜いて、命を刈る。 機械技術を誇るフィガロ国が建造した、敵の姿がある限りに新たな矢を生成して撃ちだす特異な機械。今はゴゴの魔力によって常に新しい矢を作り出すが、どちらも限りなく無限に近い有限であるのは変わりない。 的に向かって矢を射るだけなのでバトルフィールドを展開する必要すらなかった。 避けられる前に射殺す。 弾かれる前に射殺す。 逃げられる前に射殺す。 間桐邸を監視しようなどと不埒な事を考える不届き者に命をもって償わせる。 ただし、全開でオートボーガンから矢を発射すれば、間桐邸の周囲が穴だらけになってしまうので、目標を射抜くだけの力に抑えておいた。 十秒とかからずに間桐邸の周囲からゴゴを見ていた目が全て潰れ、放たれた計89本の矢は全て敵の体を射抜いた。敵が多ければ多いほどにオートボーガンの矢は数を増すので、もっと多い敵を相手にすれば数百、数千も夢でない。 その時を夢見つつ、ゴゴは屋根から飛び降りる。 「敵がいるのに射抜かない。そんな失礼な事ができると思うかね?」 鬱陶しい目を全て潰すつもりだったのだが、一際大きく感じる気配がまだ一つ残っていたので、エドガーの姿をしたままそちらに向かう。 目を瞑っても判る巨大な魔力の繋がり、聖杯に繋がったサーヴァントの気配を感じとり。そちらに歩いけば磔になったアサシンの姿があった。 どうやら周辺に被害が出ないように威力を抑えたオートボーガンではアサシンを一撃で殺すには至らなかったようだ。腹部や胸部には刺さった矢はいいのだが、脳天を貫こうとした一撃がアサシンの髑髏の仮面に阻まれてしまったのが大きな原因だろう。ひび割れているが貫かれてはいない。 直撃させるつもりが、寸前に回避行動をとられてしまい。結果、髑髏の仮面を抉って終わったか。それとも弱めすぎたか。アサシンだけに狙いを定めれば、全力で撃てば避ける間もなく眉間に一撃叩き込めただろうが、今は殺し切れていない。 シャドウとしてアサシンと戦った時を考慮にいれて、絶対に殺せるようにしたが上手くいかなかった様だ。 気配遮断のスキルを持つアサシンは、隠れ潜んでいる状態で『どうして攻撃できた?』と今の自分を疑問に思っているようだが。ゴゴにとっては自分の中に物真似した大聖杯を通じてサーヴァントの位置は大体わかる、アサシンが気配を断っていても所在は丸わかりである。 使い魔の多さとアサシンの俊敏さを少しだけ甘く見た故の殺しそこない。そして、敵の位置が判っても漠然としているので一点を射抜くには不向きだった状況がアサシンを生き長らえさせた。 もっとも、魔力が続き敵がそこにいる限りオートボーガンから無尽蔵に矢は撃ち出される。既に十発ほどがアサシンの体を射抜いている。五、六本で木に磔にしているので、敵としてのアサシンは最早死んだも同然だ。 ただし、今のまま放置すれば力ずくで矢を抜くか、霊体化して逃げられる。そうさせない為に、ゴゴはもう一方の手に持った武器を構えた。 見た限りではシャドウとなって戦ったアサシンと磔になったアサシンに大差はない。体つきの違いや身長の違いはあっても、サーヴァントとしてのアサシンとして見れば同一だ。もう物真似する価値はない。 「私の機械のテクニックも錆びついたかな?」 殺し損ねた結果をエドガーらしく語りながら、オートボーガンではないもう一つの機械をアサシンに近づける。 複数を相手にするには不向きだが、残ったアサシン一人を相手にするには最適の機械。外歯をチェーン状にして、動力によって回転。対象物を容易く斬れる自動式の鋸。 「回転ノコギリ」 ゴゴは回転を始めた殺戮の機械をアサシンの口の中に突っ込んだ。 「!!!!!!!!!!!!」 髑髏の仮面で正確な口の位置は判らなかったが、仮面には上歯が並んでいたのでその下近くに差し込めば、そこに口がある筈だ。 回転のこぎりの騒がしい機械音が辺りに鳴り響き、これにアサシンの悲鳴も合わされば確実に通報される。だからこそ敵に悲鳴を上げさせないようにまず口を潰そうとしたのだが、倉庫街で少し見た『人払いの結界』をものまね出来るようにした方が得策だったのかもしれない。 磔になりながら苦しげに暴れようとするアサシンを見て、ゴゴはそう思った。 オートボーガンの矢で固定され、サーヴァントすら破壊するエドガーの機械によってアサシンが解体されていく。 かつて多くのモンスターと戦った時もそうであるように、ゴゴは差し込んだ回転のこぎりを横に動かして回転を加える。 ブチリと人の頬が千切れる音が鳴り響き、回転のこぎりのグリップ部分とハンドル部分とエンジン部分にアサシンの紅い血が飛んだ。 肉は千切れ、骨が露出し、白と赤が混ざり合ってピンク色の肉と交じり合う。口の奥まで差し込まれた回転のこぎりがアサシンの顔を砕き、喉の奥から漏れ出でる悲鳴を封殺する。 アサシンが磔になって攻撃できないので、存分に相手に背を向ける一回転を行えた。 だからゴゴは回転する。 頬を裂いた勢いに回転の速度を乗せ、アサシンの首めがけてチェーン状の外歯が襲い掛かる。一瞬後には、アサシンの首が飛び、更に多くの鮮血を辺りにぶちまけた。 紅い血が残った胴体から流れ落ちる。空中に舞ったぐちゃぐちゃの頭部が地面に落下する。 ボトンと、頭だったモノが落ちた時。もう一回転した回転のこぎりの外歯がアサシンの胴を薙いだ。 肉が千切れ、骨が砕け、血が溢れ、人の形をした者が別のモノのなってゆく。 最後の回転でアサシンの右足と切断し。アサシンだったモノから紅い血がどくどくと流れ落ち、地面を真っ赤に染めていった。 もう動かない。 もう動けない。 もう生きていない。 もう死んでしまった。 アサシンの四肢に力はなく、辛うじてサーヴァントを構成する魔力が身震いに似た振動を起こさせるが、最早、このアサシンの復帰は不可能だ。 ビクッ、ビクッ、と胴に繋がった左足が動いている。 回転のこぎりの威力は大きく、アサシンを磔にしていた木も一緒に切ってしまい。首と銅と右足が分断された死骸と一緒に地面に倒れてしまう。 人気のない深夜。木々をぬらす鮮血と、矢で固定された人の死体。そして凶器を手にした犯人は血まみれになって殺した相手の前に佇んでいる。 片手には磔にしたオートボーガン、もう片方の手にはアサシンを惨殺した回転のこぎり。地面に出来上がった紅い血の跡は肉と一緒におぞましい臭いを放っていた。 この場面だけ見れば、ホラー映画かスプラッター映画のような有様である。 御世辞にも闘っているとは言い難かった一方的な虐殺シーンだ。この世界ではないが、一国を背負う王の見栄えが悪くていいのだろうか? ゴゴはそう思ったが、元々、エドガーが扱う機械は見た目の格好良さから遠くかけ離れた部分があるので諦めるしかない。 あちこちに飛んだ血と肉の塊が、紫色の粒子となって消えて行く。殺され消えてゆくアサシンの姿を見送りながら、ゴゴは周囲から間桐邸を監視する目が完全に消えたのを確認した。 そして回転のこぎりの回転を止め、深夜の静寂を作り出していく。いきなりの騒音だったので、人が集まってくる危険があった。雁夜からの追及で後が少々怖いが、今は逃げる以外に選べる道が無い。 「ここで見つかる訳にはいかないな」 周囲から監視の目が消えたが、これはほんの一時の開放だ。 すぐに使い魔が殺された事に気付いたマスター達が再び別の使い魔を放つだろう。だが、その間、この間桐邸で行われる何もかもが他のマスターにもサーヴァントにも監督役にも関知されない。 ゴゴは振り返って間桐邸の中で休む雁夜と桜ちゃんを思いながら、新たな宝具の名を口にする。 「妄想幻像(ザバーニーヤ)」 それはアサシンを物真似して得た宝具であった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 久宇舞弥 衛宮切嗣という機械を、より機械らしく動作させるための補助機械。それこそが舞弥の存在理由であり、生きている証そのものである。 だが『機械』という自覚はあっても、感情が欠落している訳ではない。常に冷静さを失わぬように振舞っても、久宇舞弥は機械になり切れていない人間なのだ。 完成すれば冬木センタービルの名を冠する建設中の高層ビルの中で、舞弥は柱となる予定の鉄筋コンクリートの一本に背を預けて隠れていた。ほんの少し前までは冬木ハイアットホテルに暗視装置付きAUG突撃銃で監視を行っていたのだが、今、その銃は『黒鍵』と呼ばれる聖堂教会の代行者たちの正式武装によって貫かれて床に転がっている。 舞弥は腰のホルスタから9mm口径のグロッグ拳銃を抜き放ち、神経を尖らせて物陰からその攻撃を成し遂げた人物を最大限警戒する。 この場に居合わせた何者か、それも明らかに殺意ある攻撃をくわえて来た時点で、舞弥にとって射殺の対象となった。しかし、こちらの攻撃が相手に通じるかどうかは別の問題だ。 「それにしても──建物もろともに爆破するとは。魔術師とは到底思えんな。いや、魔術師の裏をかくのに長けているということか」 存在を隠そうともしない堂々とした言葉は男のもので。冬木ハイアットホテルが合った場所を照らす大量の光で、漆黒の僧衣姿が浮き彫りになる。 舞弥はその男を知っていた。 「言峰、綺礼・・・」 「ほう? 君とは初対面なはずだが。それとも私を知るだけの理由があったのか? ならば君の素性にも予想はつくが」 舞弥は呟き漏らした結果、相手に情報を与えてしまった事を悟って心の中で舌打ちする。その後、真っ先に舞弥が考えたのは『何故?』という疑問だった。 衛宮切嗣が放った使い魔により、遠坂時臣と言峰綺礼―――更には監督役である言峰璃正すらも協力関係にある事が予測できている。 だからこそ、言峰綺礼は聖杯戦争でサーヴァントを失ったマスターとして聖堂教会に保護される立場であり、他のマスターの戦いに参入する様な事態は最も避けなければならない筈。 言峰綺礼は教会から一歩も出ず、アサシンを冬木市に放って他のマスターの裏をかく。それが切嗣の導き出した結論だが、状況はその予測を裏切って舞弥の窮地を作り出した。 「私にばかり喋らせるな、女。返答はひとつだけでいい。──おまえの代わりにここに来るはずだった男はどこにいる?」 そう言った言峰綺礼は何かを舞弥が隠れた鉄筋コンクリートの傍に投げつける。それは蝙蝠の死骸だった。 しかも腹にCCDカメラを取り付けたそれは切嗣が教会を監視する為に放った使い魔で、現在、所在不明になっていた一匹である。 舞弥はこの時点で言峰綺礼がどうしてこの場にいるのかを考えるのを止め、殺すしかないと結論に至る。 相手の真意が何であれ、言峰綺礼は衛宮切嗣を狙っている。ならば補助機械たる自分にとって言峰綺礼は明確な敵だ。 鉄筋コンクリートの柱から腕だけをだし、舞弥はグロッグ拳銃の三連射を言峰綺礼に向けて撃った。 遮蔽物がある場合はそれを盾にするのが鉄則。舞弥が言峰綺礼の腹を狙ったのは即死を狙ったからではなく、重傷を負わせて後に殺す為―――殺人術としての射撃を実行したからだ。 けれど舞弥が撃った弾丸は言峰綺礼を抉らず貫かず掠りもせず。ただ堅く脆いコンクリートの床面に当たる。 信じ難い事だが、言峰綺礼は鉄筋コンクリートから片腕だけを出した舞弥の視線と腕の動きから、銃弾を避けたのだ。 どれだけ人が早く動こうと。超音速で発射される弾丸よりは早く動けない。だから言峰綺礼は発射される前に舞弥がどこに向かって撃つかを瞬間的に判断し、驚異的な速度で見極めて移動した。 恐るべき戦術判断だ。最早、常人になせる業ではない。 そして舞弥の銃弾を避けた言峰綺礼は、暗視装置付きAUG突撃銃を壊した黒鍵とは別の黒鍵を放ち。舞弥の手からグロッグ拳銃を落させた。攻撃と回避を同時に行う、その一撃の精密さはすさまじい。 手に握られた拳銃を叩き落とした一撃は致命傷には程遠く、舞弥には戦える余力が十分残っている。狙おうと思えば、片腕そのものを貫く事も出来ただろうが。それをしなかったのは舞弥に用があるからだ。まだ言峰綺礼の問いに答えてない舞弥に―――。 「なかなかに悪くない動きだ。相当に仕込まれているようだな」 舞弥は手の中にべったりと残る自分の血糊の感触と痛みを味わいながら、敵の能力を分析し、言峰綺礼の戦闘能力は自分のそれを凌駕していると認めるしかなかった。 言峰綺礼を相手にするのならば、万全の装備を整え、策略と地の利を使い、そんな状況下でようやく対峙出来る相手だ。今の様な準備も策略も地の利もない状況で戦っていい相手ではない。 舞弥はこのまま戦えば間違いなく自分が負けると確信する。 ゆっくりと迫り来る足音を耳にしながら、この状況を打開する為にはどうすべきかを考えた。 「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 奇妙な声が聞えてきたのはそのすぐ後だった。 冬木ハイアットホテルだった場所から聞こえてくる喧騒とは別の大声。徐々に大きくなっていく事実が音源が動いているのを教えていたが、音の出所がどこかは判らない。 ただ言える事は、その声は間違いなく舞弥が危機に瀕している、ここにめがけて向かってきている、という事。 言峰綺礼もまた突然聞こえてきた声を警戒してか、向かう歩みを一旦止めた。 何かが接近していると認識した一秒後。それはやって来た。 「ぬおおおおおおおおお!!」 どうやって声の主がここにやって来たのかは判らない。舞弥の様に建設中の階段を上がってきた訳でもなく、ヘリなどの航空機を利用して上から下ってきた訳でもない。しかし声の主は間違いなくここにやって来て、両足で床を滑りながら勢いを殺した。 ザザザザザザザザ、と床を削る音が響く。 あえて移動方法の可能性を上げるならば、スキージャンプなどの『跳躍』でこの建設中の高層ビルの中に『跳んで来た』のが最も近いであろう。ただし、周辺にはこの場所に跳んで来れるジャンプ台など存在しない。 質量操作と気流制御の魔術とは異なる別の魔術を行使してやって来た可能性もあるが、重要なのはどうやって来たかではなく、何をしに来たか。という点だ。 敵か、味方か、それとも無関係の第三者か。自分と言峰綺礼と何者かの三人で正三角形を作る位置取り。鉄筋コンクリートの陰から様子を窺うと、日本刀を手にした知命の男の姿が見えた。 「拙者はカイエン。ドマ王国の戦士、カイエン・ガラモンドでござる」 そう言った男は手にした日本刀をこちらに向けて続ける。 「お主。今し方、冬木ハイアットホテルを爆破した者の関係者でござるな。無辜の民を犠牲にする許し難き所業、成敗してくれよう!」 物理的な攻撃が放たれた訳ではない。しかし、無視しようとしても決して無視できない人の作り出す気配、言峰綺礼が舞弥に向けて放っている『闘気』とでも言うべき、濃密な戦いの気配がこの空間を満たしていく。 出所は新たに現れた三人目の男からだ。 敵の増加は舞弥の窮地を絶体絶命に変えた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 言峰綺礼 カイエンと名乗った男が何者であるか綺礼には興味が無かった。大切なのは綺礼が目的にする衛宮切嗣に繋がる駒―――必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)で癒えぬ呪いを受けた怪我を治す為、ランサー陣営に攻撃を仕掛けるセイバー陣営への足掛かりだけだ。 何を思って男がこの場に割り込んできたなどどうでもいい。だが衛宮切嗣に会おうとする自分の邪魔をするならば、誰であろうと敵に変わりは無い。 綺礼は右手と左手に黒鍵をそれぞれ三本ずつ構え、いつでも投擲できる準備を整えながら言葉を投げる。 「貴様。私の邪魔をするか?」 「拙者の目的はそこの女子だけ。お主と争うつもりは無いでござる」 言葉こそ即座に返ってきたが、男の意識は衛宮切嗣の仲間に向けられている。構えられた刀もこちらには向いておらず、黒鍵で狙い撃てば簡単に当るであろう姿を晒していた。 だが、代行者として数多くの敵と戦ってきた経験が、この男の強さを綺礼に教えている。 見た目は父の璃正に近く老いを感じさせるが、その間にどれだけ苛烈な修練を積み重ねて来たのか。黒鍵を投擲した瞬間に全て叩き落とされて斬りかかってくる男の姿を幻視する。 銃で応戦してきた女よりも厄介な敵の出現に綺礼の動きが止まった。男は横目でそれを確認しながら、女に向けて一歩踏み出す。カラン、と音を立てて何かが床に転がったのは丁度その後だ。 一秒もかからずに煙が辺り一面を埋め尽くし、強烈な刺激臭が鼻についた。 「煙幕――」 「面妖な!!」 視界を奪われながらもいきなり現れた男の方から声が聞こえて来たので、あの男がしでかした事ではないと一瞬で判断する。 自分でもなければ残るは一人。綺礼は咄嗟に逃げ去ろうとする足音を頼りに黒鍵を投げ放とうとしたが、投げる姿勢のまま思いとどまる。 もしここで武器を減らせば、別の黒鍵を準備する前に男から攻撃を受ける可能性がある。この世界は虚言に満ちており、『争うつもりはない』等と話をして襲い掛かってくる者が腐るほどいる。初対面の相手の言葉を額面通りに受け取るほど、綺礼はお人よしではないのだ。 迂闊に動いてはならない。そう結論付け、両手の黒鍵を構えながら、もし敵が向かって来れば即座に対処出来るように、油断なく周囲の気配を探る。 「ぬうんっ!!」 聞こえてきたのは逃げる女の足音を上回る男の声だ。 次の瞬間、建設中であるが故に剥き身のビルの中を吹き抜ける強風が更に勢いを増し。猛烈な速度で充満する煙を払っていく。 攻撃か? と綺礼は思ったが、風は風でしかなく、物理的な威力を持った攻撃ではない。二秒ほどであっという間に煙は消え去ってしまい、刀を振り抜いた姿勢でそこに居る男と綺礼だけが残った。 「『風切りの刃』の前にはこのような煙は意味をなさぬ!」 何やら男が喋っているが、綺礼にとっては『女に逃げられた』という事実の前には男の声など霞んでしまう。ただし、敵が残っているので追いかけることも出来ず、この場で戦うしか道は無い。 綺礼は刀を振り抜いた姿勢の男に黒鍵を叩き込むチャンスと捉え、こちらから攻撃を仕掛けようとした。 だが綺礼が黒鍵を投げる前に、何と綺礼の目の前で男は日本刀を鞘に戻して、綺礼に向かって頭を下げてきたのだ。 攻撃しようとしたところにいきなり不戦の構図を見せつけられ、綺礼は動きを止めてしまう。 「拙者はあの女子を追うでござる。これにて失礼仕る」 男はそう言うと、何を考えているのか綺礼に背を向けて女が逃げたと思われる方向に歩き出してしまった。 紛れもなく相手は綺礼の目的を阻む敵なのだが、あまりにも無防備に背中を晒し『どうぞ狙ってください』と見せつけられると逆に攻撃できなくなる。 これがどんな状況であろうと結果を求める者ならば、背中めがけて躊躇なく攻撃できるのだが。綺礼には聖堂教会の代行者としての戦いが身についており、『異端の排除』と『悪魔退治』を生業とする代行者には男が倒すべき敵と映らなくなってしまった。 男が魔術を公にしようとする者ならば背中からでも攻撃できただろう。あるいは男が吸血種であったならば、躊躇なく攻撃できただろう。 しかしこの男はそうではない。ただ乱入してきて刀を振るっただけだ。 まだ建設途中の階段を下って女を追いかけるのを見送ると、綺礼だけがこの無人のフロアに取り残されてしまった。 男の恰好は紫色の胸当てと体の各所を守る黒い甲冑姿。ただし黒髪黒目に顔立ちは日本人の様に見えた。冬木の安全を守る警察官や自衛官には見えなかったが、けれども単なる一般人にも見えない。 そもそも冬木の地に限らず、日本には銃砲刀剣類所持等取締法が存在し。一般人が軽々しく日本刀を所持できない国なのだ。 風を生み出した刀が何らかの概念武装の可能性はあるが。本人がそれを理解した上で使っているのかそうでないかで関わり具合は大きく変動する。 そして綺礼が知る限り、男が告げた『ドマ王国』という名は世界にある国の中に存在しない。 「ぬおー! どこに行ったでござるかー!?」 階下から男の声らしき音が聞えたが、綺礼はそれを追おうとは思わなかった。 綺礼は既にサーヴァントを失って聖杯戦争を降りた事になっているので、あまり堂々と立ち回れない事情がある。ここに赴いたのは衛宮切嗣に相対出来るかもしれないと言う目算があったからだ、何の関係もない男を追いかけて、自分の姿を他のマスターに見せるなど愚の骨頂である。 綺礼はすぐに男の事を意識から外して、アサシンに命じて調べる事が増えたと思い直した。敵ならば殺す、それだけの話。 あの倉庫街に現れた正体不明の男に対し、アサシンの一人に追跡を命じたが、何かが起こってそのアサシンが殺された。 間桐がサーヴァントとは異なる何らかの力を手にいれた可能性があり。先程の男もそれに関わっているかもしれない。 まだ周囲に香る刺激臭に対し、綺礼は鼻を鳴らす。敵がいなくなったのを再確認して黒鍵を収納した。 そして床に転がっていた使用済み発煙筒に近づいて持ち上げ、それが女を逃がした煙の出所だと結論を下す。米軍の装備品で手投げ式のタイプ、目新しい物ではなく、コネさえあれば誰にでも調達可能な一品だ。 誰かがあの女を逃がす為にこの場に投げ入れた。 周囲にこの高層ビルに匹敵する建物は無く、かつて合った冬木ハイアットホテルは既に瓦礫の山となっている。ならば地上から投げ入れられたのだと判断するしかない。 地上から150メートル以上離れたこの場所目がけて、地表から放り込まれたのだ。 そしてあの男もまた、この場所に『跳躍』してきたのだろう。表の世界では悪夢のような常識の埒外だが、代行者として数多くの魔術師と戦ってきた綺礼にとっては、物事の範疇外の出来事は驚くに値しない。 綺礼は女が逃げたと思われる建設中のエレベータシャフトまで近づいて下を覗き込み、そこに誰もいないことを確認する。どうやら完全に逃げられてしまったらしい。 「まあいい。あの女を助ける存在がいると知れただけでも、今夜の所は収穫だ」 階下から女を探していると思われる男の声が聞えてきたが、綺礼はそれを再度無視する。可能ならば今すぐにでもアサシンに命じて男を追跡したいところだが、冬木教会の外でアサシンを使役すれば見つかる可能性は高くなるので、今は距離を取っている。 他のマスターはサーヴァントを霊体化させて自分の守りにつけているかもしれないが、今の綺礼の周囲にはアサシンの気配はない。 その筈だったが―――綺麗の感覚は、斜め後ろから忍び寄る異形の気配を察知した。 「綺礼様」 本来ならばここに現れてはいけない筈のアサシンだ。 「表ではみだりに姿を晒すなと言っておいた筈だが?」 「恐れながら――。早急に御耳に入れておかねばならぬ議がございました故・・・。遂にキャスターを捕捉致しました」 綺礼はアサシンの言葉を聞きながら、聖杯戦争の状況がまた一つ動いたのを感じた。そして命令に背いたアサシンを罰する代わりに、階下にいるであろう男の追跡を命じた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ゴゴ アサシンの宝具で自分を分割させることに成功したゴゴは、カイエンとなって別の場所で戦っている自分を冬木市の上空5千メートルで認めていた。 妄想幻像(ザバーニーヤ)によって分かれ、己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)によってゴゴ以外の姿に変える。宝具の二重掛けが可能にした別の場所に自分を配置する離れ業だ。 そして寒風吹きすさぶ極寒の中、アサシンの宝具によって分かれた『ものまね士ゴゴ』は二人だけではない。間桐臓硯として冬木を出歩く通常のものまね士ゴゴもいるのだが、ゴゴの前に立つもう一人は違う。ただし、相手の姿形こそ異なるが、相手の中身もやはりゴゴなので、自分で自分に向けて話す不可思議な状況である。 自分で自分に話しかける。双方共に実体を持つ生身なので、頭の中で反芻するのとは訳が違う。慣れるまで多少時間が必要だとゴゴは思った。 相手の格好は黒いスタイリッシュコートに白いネッカチーフ。背中まで伸びた白銀の長髪が風になびいて後ろに流している。 鎌を持った骸骨―――死神が描かれたカードをもてあそぶ、セッツァー・ギャッビアーニの姿をしたゴゴに対し、ものまね士の色彩豊かな恰好をしたゴゴが話しかけた。 「アインツベルンは任せたゾイ」 「帝国とケフカに比べれば楽な相手だ、久々に楽しませてもらうぜ」 空中に浮遊する飛空艇、ブラックジャック号の操舵輪を握るギャンブラー、セッツァー。 これが本当にセッツァーだったならば、久方ぶりに出会った旧知の仲間と会話を弾ませるのだが、ゴゴの目の前にいるセッツァーはあくまで『ゴゴの記憶の中のセッツァー』であり当人ではない。 何をするかなど言葉を交わす必要すらなく周知の事実であり、改めて確認するまでもない。それでも別人であるかのように話をするのはものまね士として物真似の成果を確かめたいからだろうか? 我が事ながら、理解しきれない部分がある。 セッツァーであるゴゴから視線を外して横を見ると、桜ちゃんの身長よりも若干高めの白い塊と身長22メートルの巨大な白い塊が合った。 「風が気持ちいいクポー」 「ウー・・・、親分の・・・言うとおり・・・」 片方は背中に赤く小さな羽根を持ち、何故か頭から黄色い球を生やしている『モーグリ』と呼ばれる種族のモグ。そしてもう片方はモグの子分である雪男で、名をウーマロと言う。 彼らもまたかつてゴゴと一緒に旅した仲間なのだが、そちらも宝具の二重掛けが実現させた物真似の成果で本物ではない。 そもそもゴゴが仲間になった後の飛空艇はファルコン号であり、ウーマロが仲間になったのもケフカによって世界が一度破壊された後の話。ブラックジャック号の甲板に彼らが集う事は無かったので、見える光景はかつて存在した光景ではない。 それでも宝具の力によって似た風景が作り出され、まるで本人達の様に振舞う姿に懐かしさが浮かんでくる。 もしかしたら、もう一度会いたいのかもしれない。 ゴゴは姿を変えた自分を見ながら、そう思った。 現在、飛空艇ブラックジャック号が冬木市の上空に滞空しているのは、間桐邸から排除した監視の目をかいくぐってドイツにあるアインツベルンに向かう為だ。 もちろん透明化の魔法『バニシュ』によって飛空艇は外部から見えなくなっており、外に漏れ出でる魔力は全て内側の空間に収束している。注意深く空を見て、そこに魔力の塊があると知ったうえで見れば見極められるかもしれないが、何も知らずに見ても看破するのは不可能であろう。 なおバニシュを使っているのはブラックジャック号の真の持ち主であるセッツァーである。何しろこのブラックジャック号、ゴゴがスロットで呼び出したのではなく、セッツァーになったゴゴが呼び出した正真正銘の彼の愛機であり、物真似の精度を更に高めた飛空艇なのだ。魔法を唱えるのはセッツァーであるのが相応しい。 可能ならば、寄り道などせずに一気に上空に舞い上がってそのままアインツベルンを目指したかったのだが、移動途中に高層ビルが破壊される騒動を見つけてしまったのだ。 今の冬木市では騒動があれば、それはほぼ確実に聖杯戦争に絡む。事が大きければ大きいほどにそれは可能性を増す。 そこでカイエンとなったゴゴはブラックジャック号の最大速度150kmを利用して、敵がいると思わしき場所目がけて跳躍した。 空を舞う飛空艇から飛んで建築中の高層ビルの中に着地する。一歩間違えればそのまま地面に落下しただろうが、歴戦の侍のジャンプは見事に成功し、五十歳とは思えぬ健脚で勢いを殺した。 騒動の渦中を見つけるのには少し苦労したが、場所の特定は聖杯との繋がりである『マスターの誰か』を頼りに行い。そしてカイエンとして聖杯戦争を戒める為に言葉を放った。 居たのはアサシンのマスターである言峰綺礼で、狙われていたのは魔術師ではないただの人間。女がどのサーヴァント陣営の者か判らなかったから、語った言葉のほとんどは当てずっぽうで、堂々と言っていたが実は確証など何一つなかったりする。 そしてその二人しかいないのを確認した後。サーヴァントの気配が全くなかったので、その時点でゴゴは物真似のし甲斐が無いと退屈を感じて戦う意義も見いだせなかった。 聖杯戦争では言峰綺礼は重大なルール違反をしているので罰するべきなのかもしれないが、背を向けて去った。雁夜がいれば話は変わったかもしれないが、彼は今、眠りの世界に旅立っている所だ。 間桐邸を監視していたアサシンを葬り去ってから一秒も無駄にしないでやった強行策。姿を消しているが、巨大なブラックジャック号が作り出す衝撃波が地上を破壊していないか少し気になった。 バニシュの効果が空気にも影響を出していないのを信じるしかない。 ゴゴがカイエンとなった自分自身の事を考えていると、ブラックジャック号に乗り込んだ最後の一人が階段を上がり甲板に姿を見せる。 もっとも、その人物もまたゴゴが己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)で変身した姿なので、ブラックジャック号の甲板にいるのは全てゴゴだ。 「ガウガウ、これをかりやにわたす!」 そう言ったのは短い黄色いケープを羽織、膝までしかない緑色のズボンをはいた野生児だった。 名をガウ。 着ている服はケープとズボンのみで、それ以外は全て地肌を晒しており、靴など履いていない裸足である。腰まで伸びた緑色の髪は森の緑を思わせるが、手入れなど完全にやった事がないようでぼさぼさだ。 背の高さはゴゴとそう変わりないが、顔立ちの幼さが彼をまだ『少年』にしていた。事実、彼の年齢はまだ15歳には届いておらず、日本では中学生の年齢なのだから。 ガウの―――正確には宝具によってガウになったゴゴの―――手の中には二等辺三角形の小瓶が山ほどあり、その小瓶は蒼い液体で満たされていた。 ゴゴが生み出した飛空艇も、今のセッツァーが生み出した飛空艇も。結局はどちらもゴゴの力で生み出しているのだが、宝具による後押しがあったお陰か。セッツァーが操縦する真のブラックジャック号は、ゴゴが生み出したモノよりも再現の精度を格段に上げた。 その最たるモノはブラックジャック号の中に道具屋とリフレッシュおじさんがいる事だ。不要だったからか、何故か装備引っぺがしおじさんはいなかったが。こうなると最早『ものまね』の範疇を超えた『創世』である。 ただし、彼らを明確に『生きている』と定義できるかは難しい。何しろ常に特定の会話しか出来ず、人の形をしているが彼らには確固たる自己が無い。あえて言うならば『ロボット』が彼らを表す最も的確な言葉であろう。 宝具を物真似してから、どんどんと自分を高みへと引き上げている実感を持ちながら、同時に物真似しきれない部分へのジレンマを抱える。 ゴゴは今すべき事を思い出し、物真似しきれなかった部分を意図的に考えないようにすると、ガウの手の中にある多数のアイテムを受け取った。 小瓶に納まった液体の名前は『エーテル』、魔力回復を道具で可能とした品物だ。この世界にも魔力を回復させる方法は何種類か存在するが、これはただ飲むだけで良い。 「わたす、わたす」 「ありがとう、ガウ。ちゃんと雁夜に渡しておくゾイ」 背丈がほぼ一緒なので十個ほどのエーテルを受け渡すのはそう難しくは無い。 その代わり、ガチャガチャガチャと荒っぽく渡された小瓶が音を立て、割れるんじゃないかと不安になるが。エーテルを入れる瓶は傷一つ付かずにゴゴの手の中に納まった。 かつての世界ではどの町の店にでも普通に売っていた品物だが、現状、この世界で手にする為にはゴゴの力が無ければ不可能だ。これもまた貴重さで言えば魔石に匹敵するだろう。 そもそもこのアイテムが雁夜に効果があるかが未知数なので、その辺りも確かめなければならない。 冬木に残るゴゴと、カイエンとなって冬木市を移動するゴゴ、そしてアインツベルンに向かうゴゴ達。手に入るとは思ってなかったアイテムの入手等、準備は整ったので、あとは甲板の上にいる四人に任せるだけだ。 「そっちは任せたゾイ」 かつての仲間たちの姿をした自分に別れの挨拶をすると、ゴゴは右掌を上に向けて魔石を呼び出す。 緑色の結晶が掌から浮かび上がり、魔力を注ぎ込めば、魔石『ケーツハリー』から巨大な紫色をした鳥が姿を見せた。 本来であれば、ケーツハリーは味方全員で敵にジャンプ攻撃を仕掛ける為、上空に術者を含んだ仲間を移動させるだけの幻獣だった。しかし桜ちゃんの魔力『架空元素・虚数』によって、本来魔石が発揮する単純な攻撃にも変化を作り出せるようになった。 攻撃手段を移動手段へ。攻撃のソニックダイブを発動させず、空の上から地上へと舞い降りる為に利用する。 ケーツハリーが羽根を大きく広げると、黄色と緑色と赤色の青色の色彩豊かな羽根が広がった。紫色の体躯と合わせてブラックジャック号の甲板に虹が見える。 ゴゴは姿勢を低くしたケーツハリーの背中に乗って空に飛びだす。 すると甲板の上で感じた風をより強く感じるが、宝具によって得られた多くの物真似の成果に体は昂っており、むしろ冷たさが心地よい。 程なくセッツァーが唱えた『バニシュ』の影響下から離脱し、ゴゴの視点からでは飛空艇ブラックジャック号を見る事は叶わなくなった。そこに魔力の塊があるとは感じられるのだが、目で見ても夜の闇が広がり、か細い星の輝きが見えるだけだ。 ゴゴはケーツハリーと自分にバニシュをかけ直し、透明になって地上へと降りていく。目指すは間桐邸である。 「・・・・・・・・・」 ゴゴが飛空艇から下りると同時に、セッツァーとモグとウーマロとガウ。この四人を乗せたブラックジャック号はドイツのアインツベルンを壊滅させる為に発進しただろう。 そして法の番人に見咎められれば、持ってる日本刀で逮捕される危険はあるが、カイエンならば上手く逃げおおせられるだろう。 方々でそれぞれの役目を果たす自分の分身を思いながら、ゴゴはマッシュの姿になって英霊に語った言葉を思い浮かべた。 「誰にも迷惑のかからない山奥なり砂浜なり樹海の奥深くにでも行って戦え。責任ある大人だろうがお前ら、『人のものを勝手に壊したらいけません』って教わらなかったのか?」 「勝敗を決したいのなら勝手に戦って、勝手に死ね。これ以上、ここに住んでる人に迷惑をかけるな、まったく」 「自分達を優先させて、この地に生きる者達の都合は無視か。自覚がない所はケフカよりタチが悪いな。とんだ暴君様だ――」 聖杯戦争に関わりが無い様に見せかけて、その実、一年前から思いっきり関わっているゴゴ。冬木に住む一般人の苦悩をそのまま相手にぶつけたが、ゴゴにも人の事は言えない。 この世界にはかつての世界に無かった国境やら排他的経済水域やら入国審査やらが存在する。 世界がケフカに壊される前はガストラ帝国という国が顕在し、その辺りの法律もあったようだが、ゴゴが目覚めた時はそんなモノはなかった。 聖杯戦争で表の世界に迷惑掛けまくってるのがマスターとサーヴァント。だがゴゴが不可視の飛空艇を飛ばすのも十分な罪だ。 ブラックジャック号はドイツのアインツベルンに向かっているのだが、少し考えただけでも領空侵犯と違法入国、それからアインツベルンの消滅は殺人と器物損壊に該当する。 マッシュやカイエンの口を借りてサーヴァント達が悪であるようになじったが、結局、『ものまね士ゴゴ』である自分自身も彼らと同じ穴のムジナだ。実被害の大小は別にして、『他人の迷惑など考えない』という点においては何も変わらない。 表の住人に気取られぬよう、裏の世界を暗躍して秘密裏の処理する。そもそも表立った事態が起こらないように見せかける。これではゴゴも神秘を秘匿する魔術師と同類だ。 罪人だ。 咎人だ。 無法者で、犯罪者で、人でなしで、悪党で、化け物で、神を三柱生み出した超常の存在だ。 しかし自分はやろうとしている事が罪だと自覚しながらも、ものまね士ゴゴは止まれない。『ものまね』は自己の存在証明であると同時に、自分が自分である為に必要なのだ。『桜ちゃんを救う』物真似をやると定めていながら、それを止めた瞬間、ものまね士ゴゴはものまね士ゴゴでは無くなってしまう。 そして聖杯戦争に関わっている限り、物真似の題材が山を成す。これを逃す手は無い。 改めて自分の立ち位置を考えていると、ケーツハリーはあっという間に間桐邸の庭へ降り立ってしまった。周囲から受ける監視の目が感じられなかったので、どうやらオートボーガンと回転のこぎりで殺し尽くした使い魔とサーヴァントはまだ補充されていないらしい。 これなら己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)を使ってマッシュが外の出歩いて帰ったのだと擬装する必要はない。ゴゴはケーツハリーへの魔力供給を断ち切って魔石に戻し、透明化も一緒に解除して、間桐邸の玄関を開けた。 家人の寝静まった真夜中だ。人の動く気配は無く、ミシディアうさぎ達も桜ちゃんの元で一緒に眠りについている。間桐邸で過ごした一年の間に何度も何度も見た静かな光景だった。 「・・・・・・・・・」 ゴゴは通路を歩きながら、他のマスターの情報を探るべく冬木に放った101匹ミシディアうさぎに意識を切り替える。 きっとどこかにまだ見ぬ獲物がいる筈。そう願って―――。