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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:4b532e19 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/05 21:24
  第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 言峰綺礼





  倉庫街の顛末を見届けたところで、綺礼は現地のアサシンに帰還を命じて、知覚共有を断ち切った。
  『アサシンの視覚』によりデリッククレーンの上から風景が綺礼を倉庫街に居させたのだと思わせたが、意識を分断すれば元々立っていた教会にいる自分を思い出せる。
  目を開けば見えるのは倉庫街を見下ろすアサシンの視界ではなく、薄暗い教会の地下室の光景だ。いつ現れたかは判らないが、そこには父の璃正も佇んでいた。
  どうやら、綺礼がアサシンと視界を同調しながら、目の前にある魔導機を通じて時臣に宛てて語っていた実況に父もまた聴き入っていたらしい。自分の口で話していたが、目は倉庫街に向かわせたアサシンの一人に預けていたので、教会の地下の風景が見えていなかった。
  「神明二丁目、そう、海浜倉庫街だ。損壊は広範囲で甚大。・・・ああ、それでいい。都市ゲリラの線で処理しよう。Dプランに沿って、あとは現場の判断で頼む――」
  携帯電話を通じて指示を出す監督役としての父の姿を見ながら、綺礼は倉庫街で起こった戦いと、乱入してきたよく判らない男を思考する。
  セイバーとランサーとライダーの真名を知れた事は大きな収穫であり、ランサーのマスターが十中八九ロード・エルメロイであろう予測には容易く辿り着けた。
  アーチャー、いや、時臣が呼び出した英雄王ギルガメッシュが盛大に宝具をひけらかす羽目になり、時臣が令呪を一画失ったのは痛手と言えば痛手だが。真名までは露見せずに済んだし、アサシンが健在であるのも気付かれていない。状況だけ見れば、綺礼のアサシン陣営と遠坂のアーチャー陣営は聖杯戦争において断然優位な立場になったのだ。
  しかし判らないのは、突然、乱入してきた男だ。未知と言う点では他のマスターやサーヴァントよりも得体が知れない。
  これが単なる一般人だったならば、監督役である父が記憶操作の魔術を施して事態を隠蔽するか。現在、倉庫街の後始末をしている聖堂教会のスタッフによって秘密裏に排除されなければならない。
  その辺りは監督役として冬木に派遣された父の仕事なので、綺礼は関われない領分だ。
  ただし、間桐邸からあの男が出てきたのが確認されているので、間桐の関係者であると確定すれば話は変わってくる。
  無関係の者ならば聖堂教会のスタッフによる隠蔽の対象となるが、魔術の関係者であるならばそれは聖杯戦争においての『敵』だ。既にマスターの資格を失ったと思わせている綺礼か時臣の領分となる。
  世界には『魔術』という神秘に根ざした技術ではなく、魔術回路とは似て非なる『超能力の回線』をもって生まれる人間がいる。それは『混血』のように人以外の魔の力を取り入れた結果ではない。
  脈々と血統に受け継がれる魔術と違って、先天的な資質が不可欠。基本的には一代限りの突然変異で、あの男が使った炎、そして魔術とは明らかに異なる結界はこれに該当する可能性がある。
  綺礼はそう考え、デリッククレーンの上にいたアサシンではない、別のアサシンの一人に倉庫街から逃亡した男の追跡を命じた。
  アーチャーの宝具を弾き飛ばした上に、真っ向から英霊に一太刀浴びせた力量は測り切れないが、『気配遮断』を持つアサシンが尾行に留めるならば一人で十分。そう判断がしたが故だ。
  歴代のハサン・サッバーハのうち、綺礼のアサシンとして招かれたハサンは多重人格障害であり、『百の貌のハサン』と呼ばれるアサシンだ。
 宝具『妄想幻像ザバーニーヤ』によって、複数の人格を持った魂がその数だけ肉体を持ち、綺礼のサーヴァントとして冬木市のあちこちに散らばっている。アーチャーに殺させたと見せかけたアサシンはその内の一人だ。
  綺礼は別の場所にいるアサシンと知覚共有したり聴覚共有したりして、状況を常に把握できる利点を持つのだが。その反面、現場での判断を全てアサシンに委ねなければならなかった。
  サーヴァントが一体限りならば、マスターからの五感共有は常に一ヶ所に限定されるのだが、アサシンは複数いるのでそれが出来ない。
  だから綺礼は異常であれ報告であれ、『何かあったら知らせろ』とアサシン達に命じて。綺礼から動くのではなく、アサシンから情報が送られるのを待つ体勢を整えた。
  もしアサシンが一人限りだったならば、デリッククレーンの上からセイバーとランサーの戦いを監視していたように、綺礼が常にアサシンと視覚を共有して状況を探ればいい。だが、アサシンの数は多く、それら全ての視覚共有を行えるほど、綺礼の情報処理能力は高くない。
  一人の人間が数十ヶ所を同時に見ろと言われても、それが可能なのは世界でも一握りで、綺礼はそれに該当しない。だからこそ平時では『何かあったら』アサシンが綺礼に状況を伝えてくる方針をとるしかない。
  正体不明の男の動向を探ると命じながら、今だ、自分で考える以上が出来ないのはその為だ。
  バーサーカーのマスターを探すアサシン。
  空を飛んで行ったライダーを追いかけるアサシン。
  倉庫街から移動を開始したセイバーとそのマスターと思わしき女性を追いかけるアサシン。
  ランサーのマスターの所在を確認する為に動くアサシン。
  今だ姿を現さぬキャスターとそのマスターを探すアサシン。
  間桐邸を監視するアサシン。
  そして、超能力を使っていると思われる男を追跡するアサシン。
  綺礼はこれら全てを同時に監視できないので、大部分のアサシンとの連絡は受け身になる。
  冬木の各所ではなく、教会の地下室に直接報告してくるアサシンもいるので、綺礼の意識は全てのアサシンに向けられなかった。
  「――恐れながら、綺礼様」
  そんな『綺礼に直接報告してくるアサシン』が綺礼の傍らに現れた。
  倉庫街での斥候を務めたアサシンとは異なるアサシンだ。髑髏の仮面と黒いローブは一緒だが、体つきは男のものではない。女性のアサシンである。
  「・・・何だ?」
  「はい。教会の外で気になるものを見つけましたので、ご報告を」
  女のアサシンが差し出したのは首をねじ切られたコウモリの死骸で。今さっき殺したのか、まだ生前の暖かさを残している。殺したのは間違いなくこのアサシンだ。
  「――使い魔か?」
  「はい。結界の外ではありましたが、明らかにこの教会を監視する意図で放たれたものかと」
  アサシンの報告を聞きながら、綺礼は状況のおかしさを思う。この教会は聖杯戦争における中立の不可侵領域として定められており、もし不用意に干渉しようものなら、監督役によって令呪の削減や一定期間の交戦禁止といったペナルティが課される。
  そんなリスクを冒してまで監視する意図を考え、他のマスターがアーチャーとアサシンで作り上げた狂言に気付いている可能性に辿り着いた。
  だが綺礼の意識を最も強く惹きつけたのは、自分が作り上げた予想ではなく、アサシンから受け取ったコウモリの足につけられたワイヤレスのCCDピンホールカメラだ。
  魔術師らしからぬ機械的手段。中立地帯となっている教会すらも疑う注意深い神経の持ち主。それが使い魔の主人である。
  綺礼は、聖杯戦争に参加している最も大きな理由―――衛宮切嗣の存在を、息絶えた使い魔から強く感じとり、冬木のあちこちに散らばったアサシン達から意識を離して思考に没頭する。
  今ばかりは正体不明の男の事など欠片も考えていなかった。





  この日、もし間桐の関係者と思わしき男を追跡しているアサシンに対し、綺礼が最初から最後まで視覚共有していれば、起こった出来事から敵の正体の一端を知れたかもしれない。
  だが起こるかもしれなかった『もし』はなく、アサシンの一人が消滅するまで綺礼は異常に気付けなかった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - アサシン





  アサシンは自分が与えられた任務を完遂すべく、冷徹に、冷静に、ただ任務を全うする一人の暗殺者として金髪の男を追跡していた。
  感情など不要。ただひたすらに目的を達する為の道具であれ。それが『暗殺者の英霊』である、ハサン・サッバーハの在り方だ。
  しかしアサシンに喜怒哀楽が無いと言えばそんな事は無い。アーチャーに射殺されたアサシンが一人『ザイード』はアーチャーの宝具に狙われた時、確かに恐怖を感じていたし。自分もまた『自分も同じように使い捨てられるのではないか?』とほんの少しだけ恐れを感じている。
  いくらザイードが取り立てて得手の無いハサンの一人とはいえ、その身は間違いなく聖杯戦争に招かれたアサシンだったのだ。サーヴァントと言う枠組みでは、自分もまた同じアサシンでしかない。
  一度起こった事が二度起こらない確証はなく。マスターである言峰綺礼が自分達を使い捨てる目論見なのではと考えてしまう。
  いかに聖杯戦争に招かれるアサシンのクラスが常に暗殺教団の指導者と定められているとは言え、自分達にもまた聖杯に求める願いがあるからこそ、こうしてサーヴァントとして召喚されたのだ。
  現状、自分のマスターは遠坂と結託し、他のマスターとサーヴァントの情報を集めている真っ最中。これで、マスターが権謀術数が長け、手段を選ばず策略を巡らす御方だったならば、個別の肉体を得たアサシン達が聖杯を勝ち取る事も不可能ではない。
  しかしマスターが補助に徹するならばアサシン達の願いは叶わない。考えるべき事ではないと判っていながら、アサシンは望みが叶わない未来を考えてしまう。
  「・・・・・・」
  熟考するあまり、目標を見失いそうになったので、アサシンは意識を切り替えて尾行を再開した。
  アサシンのスキル『気配遮断』によって完全に存在が隠匿されているが、それでも暗殺者としての本能が人の目に触れるのを避け、道なき道を進ませる。
  舗装された道路を走ればもっと楽に追跡できるのだろうが、見つからないに主点を置くならば仕方ない事だ。
  相手は道路を、こちらは脇の死角を進んでいる。すると追跡していた男が突然、木々が密集した脇に飛び込んだ。丁度アサシンが進んでいる方向とぶつかる位置である。
  アサシンは自分の追跡が気付かれたと仮定しながら、それでも『男を追跡し、正体を突き止めよ』というマスターからの命令を遂行する為、更に尾行を続行する。
  これまでのように目標を視界に捉えられていないので、進み方には慎重が求められる。物音一つ立てず、速度を緩めて木々の中にいる目標を探し始めた。
  すると目標がいると思われる地点から何者かが魔術を使った魔力の乱れがあり、何かが空に向けて放たれた。
  追跡する男が何らかの形で魔術に関わりがある者と確信を抱き。空に向かって飛び出した何かを目撃した瞬間、闇の中から何かが飛んできた。
  何かが、何かが、何かが。
  「!!」
  驚きながらも声には出さず、刃の部分が黒く染められた短刀を腰から引き抜き顔の前に構える。それが迫る何かを弾き飛ばした。
  もし構えるのが遅れたら脳天に直撃したであろう一撃だ。金属同士がぶつかり合う硬質な音を立て、飛んできた何かが脇に逸れる。
  アサシンはサーヴァントとして召喚される際に、聖杯戦争や現代の知識を幾つも刷り込まれているが、飛来物が『手裏剣』と呼ばれる武器である事までは知らなかった。それでも、卍型の武器であるのはしっかり見て確認する。
  ただの金属ならば英霊でありサーヴァントでもあるこの体を傷つけるには至らないが、短刀で弾いた感触は紛れもなくアサシンの肉体を害する武器の一撃だった。
  敵が攻撃してきている。
  そう認識した瞬間、更に真横から二個目と三個目の手裏剣が飛んできた。
  一秒すら経過していないにも関わらず全く同じ武器で別の場所から攻撃してきた。脅威を感じつつ、それでもアサシンは冷静に短刀を構え直し、そちらもまた同じように逸らして致命傷を避ける。
  弾き飛ばした武器が近くの木に刺さると、また別の場所から四個目と五個目が飛んでくる。こちらを牽制する為ではなく、殺す為に放たれた攻撃だ。僅かな狂いもなくアサシンの頭部を目指している。
  アサシンは再びその凶器を見つめ、短刀を構えて何とか直撃を避ける。
  追跡から一転して殺し合いに突入してしまったので、マスターに異常を知らせなければならない。それこそがアサシンの本分なのだ。
  しかしマスターに連絡を取る暇が無かった。いや、それをやるか霊体化して逃げようと目の前から迫る武器から一瞬でも意識を切り離せば、その瞬間に自分が死ぬとアサシンの直感が告げていた。
  サーヴァントのクラス補正云々は別にした暗殺者としての感覚がそう教えているのだ。
  むろんこれが単なる想像に過ぎず。単なる夢想と割り切る事も出来るのだが、アサシンにはそれが出来なかった。
  暗殺者として―――暗殺を『遂行する者』として、アサシンは自分の誇りを投げ出して殺される立場になってはならない。自らを暗殺者から別のモノに貶めてはならない。
  なにより、消えてしまえばその瞬間に聖杯に捧げる祈りもまた無になってしまう。
  死んではならない。
  生き延びなければならない。
  暗殺する者でいなければならない。
  アサシンとしての誇りとサーヴァントとしての願いを胸に宿しながらも。最早、敵の正体を探る等と悠長なことを考えている暇は無かった。戦わなければ殺される、ならば殺さなければならない。
  アサシンは動きを止める危険性を考え、武器が飛んできた方向と正反対の方向に向けて一気に駆けだす。が、何の冗談か、六個目と七個目の攻撃はその正反対の方向から飛んで来たのだ。
  しかも武器が飛んでくる位置は、駆けだす為に体勢を低くしたアサシンの頭部をしっかり捉えている。慌てて、短刀を前にかざして攻撃を逸らすが、一瞬でも遅れれば、頭蓋に突き刺さる光景が容易に想像できた。
  これは物理的な移動の枠を乗り越えた瞬間移動だ。どういう理屈でそれを成し遂げているかは不明だが、常に移動するアサシンを中心にして、円を描くように移動しながら攻撃している。それは『逃がさない』と『ここで殺す』を明確に現しており、上下左右どこに逃げようとアサシンの体は敵の武器によって貫かれるだろう。
  手荷物を一つも持っていなかったにも関わらず既に七発―――、いや、八個目と九個目が斜め後ろから飛んできたので、振り返りながら慌てて攻撃を逸らす。風を切り裂く音が耳に届かなかったら、気付く間もなく絶命していた。
  予め持っていなかったのだとすれば、この場所に用意していたと考えるべきだ。つまりアサシンはここに誘い込まれ、刈り場の中にまんまと足を踏み入れてしまった事になる。
  迂闊だった。
  敵の目的がアサシンかどうかは定かではなく、おそらく敵は『害意ある何者かが罠にかかった』それだけで攻撃する理由にしたのだろう。
  攻撃は全て頭部に集中し、しかもアサシンがただひたすらに敵からの攻撃にのみ集中しているからこそ何とか生き延びられている状況だ。横から飛んでくる十個目と十一個目を弾き飛ばしながら、懸命に打開策を考えるが、ここで敵を殺す以外に生き延びられる道を思いつけない。
  霊体化する時間すらない攻撃の嵐。
  左前と真正面と右前の三方向からほぼ同時に飛んでくる十二個目と十三個目と十四個目。何もしなければ両眼と眉間に突き刺さっていたであろうそれを短刀を構えながら屈んで避ける。すると一回分増えた弊害か、アサシンの目は闇の中を動く何かとそれに付いて回る白い塊を見つけた。
  何かが敵だとすれば、白い塊は肩に乗っていた白いうさぎだろう。つまりあのうさぎがいる場所に敵はいて、そこを攻撃すれば突破口と成りえる。
  そして間髪入れずに真横から飛んできた十五回目の攻撃はこれまでと威力が異なる一撃だった。
  これまでの攻撃は全て木々の隙間を縫って攻撃してくる小さいものだった。けれど今回は、生木を丸ごと粉砕しながら飛んでくる巨大な武器だ。大きさはこれまでの飛来物の四倍近く、形状が同じである分、威力の違いが浮き彫りになっている。
  構えるだけでは短刀ごと頭を叩き割るだろう。完全に避けるか、弾き飛ばさなければ頭がもっていかれる。
  アサシンは粉砕された木々の向こう側に白い塊を見つけながら、一瞬だけ考えた。
  そしてアサシンの目はしっかりと飛んできた方向にいる白い塊を認めて、あれが男の肩に乗っていたウサギだと看破しながらも、斜め後ろから迫り来る音も一緒に聞いた。
  敵は一人。
  ならば後ろから迫り来る誰かは、うさぎを囮に見せかけて後ろに回り込んだ敵。
  これまで同じような攻撃を繰り返し、肩の上に乗っていたウサギをこちらに見せたのは『自分はここにいる』と見せつけて背後から強襲する為。より大きな武器を選んだのはここで勝負を決すると言う意思表示の表れに違いない。
  単に避けるだけでは隙を晒すことになり、敵の武器を利用して後ろを攻撃しようにも、聞こえてきた位置は真後ろではないので避けても後ろの敵には当たらない。
  逡巡はなく、闇に生きる暗殺者は防御をそのまま攻撃につなげる決断を下す。
  ほんの少しだけ短刀を下げ、迫り来る巨大な卍型の凶器を下から上に弾き飛ばす。短刀で殺し切れなかった勢いに右腕が強烈な悲鳴を上げるが、それを強引に無視する。
  顔につけた髑髏の仮面の一部が抉られるが、これも想定内。
  振り上げた短刀の勢いをそのままに体を反転させて、敵が来る位置に短刀を移動させた。
  そしてアサシンは見る。闇の中から駆けてくる、この国で『忍者』と呼ばれる者達に酷似した、黒装束を纏った何者かの姿を―――。
  今まで追跡した男とは似ても似つかない何者か。しかし攻撃してくる以上、殺すべき敵であり、脳天目がけて伸ばした短刀を止めたりはしない。簡単な意匠の額当てで頭部は守られて、口元も布で覆い隠しているが、目元はしっかり露出しているので。こちらが散々狙われた眉間に狙いを定める。
  何者であるかを考えるよりも前に殺す。
  敵もまたこちらと同じように小刀を右手に持って構えているが、既に攻撃態勢に入っているこちらの短刀の方が先に相手の脳天を貫く。
  向かってくる敵に対するカウンターだ。異常な早さを見せるからこそ、もう敵は逃げられない。まっすぐこちらの短刀目がけて駆けてくる。
  敵の眉間に吸い込まれる短刀の一撃は、アサシンとしての経験が教える回避不可能の一撃であった。例え敵が他のサーヴァントであったとしても霊体化する時間も避ける時間もない。この一撃は致命傷を作り出し、確実に敵を死に追いやる。
  殺した!
  「影分身――」
  必勝の言葉と目の前の敵から聞こえてきた言葉が不協和音を作り出した時。アサシンの短刀は突き刺す筈だった敵の眉間を通り過ぎた。
  「なっ!?」
  追跡を開始してから一度たりとも言葉を発しなかったが、ありえない現象につい驚きの声をあげてしまう。
  双方、敵に向かっていたので、こちらの手が当る筈だった相手の頭も、体の各所のどこかでもとにかく衝突する筈。それなのに、『衝突しなければおかしい』現実は何一つ起こらず、アサシンが構えた短刀は、指は、手は、腕は、胸は、腰は、足は、頭は、何者にもぶつからなかった。
  そもそも敵が六文字の言葉を口にできる時間など無かった筈なのに、しっかりと声が聞えたのも異常だ。
  何が起こった!?
  隠しきれぬ動揺が言葉となって口から出た後、ありえない混乱が頭の中で暴れまわる。その困惑がアサシンの行動を一瞬止めてしまう。
  背中に刃物が突き刺さる感触を感じた次の瞬間―――。アサシンは停止した。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ





  ゴゴの眼前には短刀を前に突き出した体勢のまま、彫像の様に固まっているアサシンがいた。身動き一つ出来ないのは、シャドウの武器『影縫い』が効果を発揮させ、サーヴァントの動きを停止させているからだ。
  アサシンの動きを止めているのは、敵を停止させる魔法『ストップ』の効果である。
  自分の魔法がこの世界でも通用する事は雁夜の鍛錬によって証明されているが、サーヴァントにも効き目があると判ったのは嬉しい収穫と言える。
  「『手裏剣』で事足りるかと思えば、まさか二本目の『風魔手裏剣』を使わせるとはな。最弱と言われるアサシンでもさすがに英霊と言ったところか――。ほんの少しだけ手間取ったぞ」
  聞こえていないだろうが、サーヴァントに対する感嘆がどうしても言葉を喋らせた。
  ゴゴは差し向けられた追手がアサシンであると知った時から、逃がすつもりも殺すつもりもなかった。この聖杯戦争に関する情報を得る為に生け捕ろうと、そう決めたのだ。
  そうやって投げる威力を弱めて手加減していたら、なんと手裏剣を十五回も投げる羽目になった。最初の一手か二手で勝敗がつくと考えていたので、敵のしぶとさには驚かされる次第である。
  今更だが、装備するアクセサリに物理攻撃が100%命中する『スナイパーアイ』を選んだのは失敗だったかもしれない。これは確実に敵に攻撃が当たる効果を発揮するが、逆に外したり別の場所を狙ったりしてフェイントが作り出せない難点がある。手裏剣を誰もいない方向に投げても敵の顔面めがけて飛んでいってくれるのだが、攻撃が一辺倒になってしまうのでサーヴァント相手には二度と使わない方がいいだろう。
  自分を追跡してきた飛ぶ使い魔を、藪の中からの攻撃で落す為にこのアクセサリを選んだが、敵を生け捕りにするには不向きなアクセサリだ。
 バーサーカーの宝具、己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリーでシャドウになった自分を解除して元のものまね士の姿に戻ると、少し離れた場所に置き去りにしたミシディアうさぎのジーノに声をかける。
  「囮、ご苦労様」
  「むぐむぐ!」
  アサシンが驚異的な反応速度でこちらの攻撃を看破した所は流石と言えるが、実体と幻によって一時だけ攻撃を回避する『分身』までは想定の範囲外だったようだ。髑髏の仮面で表情はほとんど見えないが、隙間から見える口が大きく開いているので、驚いたのだろう。
  ゴゴは動かずに硬直しているアサシンの姿に満足しながら語りかける。
  聞こえてないと判っていながら、またサーヴァントに関する新たな情報が得られるかと思うと、嬉しくて嬉しくて饒舌になってしまう。やはりこの一年でこの冬木の町と間桐邸の面々に毒されたようだ。
  「すまんの、アサシン。ストップが解除されるまでの時間じゃが、ありがたく頂かせてもらうゾイ」
  ヒドゥンの隠れ住むエボシ岩へ向かったストラゴスのように、ゴゴはアサシンに向けて言い放つ。
 ゴゴにとってバーサーカーはお目当ての宝具の持ち主であり、極端に言えば、宝具『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』以外にあの黒い騎士に求めるモノは無い。他の宝具も中々使えそうなモノはあったが、最も目をつけていたモノを手に入れてしまったので、あまり英霊としての価値を見い出せないのだ。アーチャーの武器を難なく自分のモノとして使いこなした、もう一つの宝具は少し気になるが、『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』には及ばない。
  そこでアサシンについて『サーヴァントとはどのような存在か?』という疑問解消に主点が置くことにした。調べる中で物真似のし甲斐のあるモノが見つかればいい、優先すべきはものまねに限らず知る事だ。
  「ライブラ」
  完全に停止したアサシンに向けて右手を掲げて魔法を唱えると、頭の中にアサシンに関する情報が次から次へと流れ込んでくる。
  アサシンの真名はハサン・サッバーハ。属性は『秩序・悪』。筋力と魔力がCランク、耐久と幸運は少ないが、その代わりに敏捷性はセイバーに匹敵する高さだ。
  スキルは『気配遮断』に多重人格による記憶の分散処理を可能とした『蔵知の司書』、そして多重人格の利点を生かした生前のスキルを使い分ける『専科百般』。
  生前のスキルを使い分けると言うのならば、すでにゴゴは『ものまね』によって、それ以上の効果を生み出している。特に目を見張るものは無かったので、更に奥深くを探る為にライブラの魔力を高めて行くと、アサシンの中にある宝具へとたどり着く。
 名を『妄想幻像ザバーニーヤ』。その効果は生前の多重人格を原点とした能力で、自分自身を『分割』して別個のサーヴァントとして活動する宝具だ。
  最大数は八十人にもなるが、個体数が増えて行くごとに一個体の能力が落ちて行くデメリットがある。
  ゴゴはこの宝具を知りながら、目の前のアサシンを観察し。ここにいるアサシン一人は単なるサーヴァントではなく、存在する事で宝具を発動し続けている『アサシンの中のアサシン』なのだと知る。
  これこそがアーチャーに殺されながらも、今だ残っていられる理由だ。一人が分裂しているのではなく、アサシンと言う枠の中で各々の人格を『分割』して、それそれに肉体を与えている。
  ただ存在するだけならば興味はなかったが、アサシン大量発生の理由が宝具にあるのならば話は別だ。見て、観て、視て、みて、ミテ。見続ける事に意義が生まれる。
  武器や武装ではない固有の能力としての宝具が物真似出来る事は既にバーサーカーの宝具で立証済み。ならばアサシンを知りながら、同時に宝具もまた、ものまねして、ものまねして、ものまねしてゆく。
  ただし『サーヴァントとはどのような存在か?』という最初の疑問を解消するのも忘れない。敵が無防備な姿を晒しているのならば、普通の人間とも魔術師とも異なるサーヴァントにゴゴが知る魔法がどれだけ効果を発揮するかを確かめるのも一つの手だ。
  これほど上質で無防備な実験台は、なかなか手に入らない。
  ゴゴは観察とものまねと攻撃を同時に行う為、一撃で殺さぬよう次の魔法を唱えた。
  「死の宣告」
  アサシンの顔を覆い隠す髑髏の仮面ではなく、アサシンの体すらも覆い隠す巨大な頭蓋骨がアサシンを包み込んだ。聞く者を震えさせる笑い声は単なる音ではなく死へと誘う道標だ。
  本来は一定時間を経過すると死ぬ―――相手に死までの時間を体感させる拷問まがいの凶悪な魔法だが、アサシンはストップの効果で停止しているので、頭の上に現れた『30』の文字は変化しない。
  数字変化が起こらないのは予め判っていた事なので問題はない、重要なのはアサシンに魔法が効いたその一点だ。
  雁夜の協力の元、バーサーカーにどの魔法が通用してどの魔法が通用しないか調べる事も考えたが。それをやった場合、狂戦士の名の通り暴走して聖杯戦争に支障をきたす可能性が高い。
  宝具を見せる交換条件として協力する立場となったのだから、弟子から協力者になった雁夜の負担だけを増やすのは極力避けるべきだ。
  だからこそ試す。
  色々と試す。
  限界まで試す。
  アサシンに即死効果のある魔法が効いたのを確認しながら、次の魔法を試す。
  「臭い息」
  傍目から見れば、ゴゴの口があると思われる箇所から色々な色を混ぜ合わせたよく判らないモノが噴き出たのが見えるだろう。それは霧となって目の前にいるアサシンを包み込み、サーヴァントの体を浸食していく。
  この魔法は敵に対して『毒』、『暗闇』、『眠り』、『混乱』、『沈黙』、『カッパ』のステータス異常を巻き起こす魔法で、殺す為ではなく弱らせる、あるいは無力化させるのに非常に役立つ魔法だ。
  残念な事に、ストップの効果が発揮されているのでアサシンにどれだけステータス異常が発生しているか、目に見える形では判らない。ただし、注意深く見れば、髑髏の仮面から見える隙間の奥が黒く染まっている様に見えるので、『暗闇』の効果は発動しているようだ。
  それ以外はストップの効果が解除されて動いてくれないと判別できないので、判らない。
  もう一度探査の魔法『ライブラ』をかければ状態異常が判るが、効いたと判ればそれでよい。
  これで河童になれば効果が一目瞭然なのだが、ゴゴが魔法に失敗したのか、アサシンの対魔力がカッパーの効果を撥ね退けたのか、目の前にいるアサシンはアサシンのままだ。髑髏の仮面を被った河童の姿をお目にかかりたかったので、少しだけ残念な気持ちがある。
  とりあえず『ステータス異常には効果のあるモノとないモノがある』と結論付け、更に魔法を唱えて行く。
  「グラビダ」
  魔石『ディアボロス』から学ぶ、即死耐性の無い敵には通用しない魔法だが。アサシンを構成する魔力で出来た肉体が削られていくのが判る。
  ストップで身動き一つ出来ていない状態で、表向きは何ともない様に見える。だれがこれで、既に瀕死の状態に陥っており、もう一押しするだけでこの世界で現界出来なくなるだろう。
  サーヴァントの中には飛び道具に対する絶対防御スキルや、危機的局面において幸運を呼び寄せることのできるスキルがある事は臓硯の残した遺作から読み取る事が出来た。よって、目の前にいるアサシンは『即死に対する加護』は持ち合わせていないと判断する。
  もし加護があったならば、グラビダはおろか死の宣告も通じないのだから。
  サーヴァントによって耐性がある者とそうでない者はいるだろうが、魔法全般が通じると判ったのは大きな収穫だ。全ての魔法が通用するのではなく、耐性によっては魔法を使い分ける必要が出て来たと予め判れば戦い方に幅が出来る。
  可能ならば更に別の魔法をアサシンに浴びせかけたい所なのだが、ストップの効果時間がそろそろ終わりに近づく感覚があった。あと一度か二度攻撃する間に効果は解かれてしまうだろう。
  もしストップの効果が切れれば、『臭い息』で巻き起こるステータス異常がアサシンを苛むだろうが。代わりにアサシンのマスターにこちらの情報が多く知られてしまう可能性もある。既に幾らか知られている情報があるだろうが、ここで相手に有利な状況を遠坂時臣を引きずり出す為にも、出来るだけこちらの手の内は明かさないように努めるべきだろう。
  マッシュの姿、シャドウの姿、そして今のものまね士ゴゴの姿。それが一人だと教えてやる義理は無い。
  もっとも、一つや二つばれたところで、それを上回る技が大量にあるので大丈夫とも思えるが。
  「これで終わりか、残念だ――」
  魔法をかけながらも、アサシンの宝具に関するものまねはしっかり行った。
 アサシンの宝具『妄想幻像ザバーニーヤ』は、魔力によって自分の分身を作り出す宝具と言い換えてもよい。自己が複数あるからこそ成り立つ宝具であり、多重人格者でなければ宝具を持っていても意味が無い。
  英霊であろうと自己は一つだ、英霊として確固たる自分を意識できる者には宝具を持っていたとしても発動すら出来ないだろう。あくまでこの多重人格のアサシンだからこそ意味を持つ宝具なのだ。
  けれどゴゴは違う。
 この体はかつて別の世界で三柱の神を生み出し、各々の存在に意義と意味と自分と力を植え付けた。宝具『妄想幻像ザバーニーヤ』とは少し事情が異なるが、『自分を分割して別の存在にする』というのは既に経験済みである。
  この世界の宝具としての成り立ちの違いはあっても、起こした結果と宝具が至る結果に大きな差はない。
  故にものまねは容易であり、武具とは異なる特殊能力の宝具がまた一つゴゴのモノになった。バーサーカーに続く二つ目の宝具の物真似にゴゴの心が躍る。しかし、アサシンを束縛しているストップの効果が解除されそうなので、喜びに浸っている余裕はない。
  「『鳳凰の舞』に少ししか戦いえなかったからな。最後はマッシュへの手向けに使わせてもらおう。恨むなら、一人で俺の元に寄越したマスターを恨め。力の差を見抜けなかったマスターを、な」
  ストラゴスの口調に似た呟きは消え、強者の位置から弱者への語りかけに変わる。
  魔力を通じてアサシンの頭上に浮かぶ数字がもうすぐ減るであろう感覚を知りながら。ゴゴは最後の止めをさす為にある言葉を呟いた。それはマッシュが師匠のダンカンから教わった奥義の名前だった。


  「夢幻闘舞」


  呟き終えた次の瞬間、アサシンを中心にしてゴゴの体は円を描き、残像を生み出しながら超高速の攻撃を叩き込んでいく。
  この技に目新しいモノなど何もない。ただ速く、ただ強く、ただ大きく、ただ猛々しく、ただ素早く、ただ雄々しく、ただ多く。鍛えに鍛えた武術を目にも留らぬ速さで敵に叩き込むだけだ。
  あまりの速さに残像が幾つも残り、叩き込む打撃の大きさゆえに閃光が走る。
  上からの攻撃には至れずとも、前後左右からほぼ同時に攻撃されて対処できる人間はいない。移動する音も稲妻に似た爆音となり、攻撃を叩き込んでいく。
  殴り、蹴り、抉り、潰し、突き、極め、折り、壊す。
  およそ素手で闘う者が相手に叩き込める攻撃手段を超速で叩き込む奥義、それこそが『夢幻闘舞』だ。あまりの早さゆえに敵の輪郭すらも霞ませる究極の必殺技がアサシンを破壊していった。
  アサシンの周りを三回転半移動しながら数十発の攻撃を終え、アサシンに残っていた全ての力を削り取った。
  ゴゴはアサシンから失われた生命力を感じながら―――、マッシュの鍛えられた肉体と両手に武器をはめた状態ならば威力は数倍か数十倍に膨れ上がるだろう、と思った。技そのものはものまねできても、やはり生身の威力はマッシュには及ばない。
  一瞬の魔を置いた後。黒に似た紫色の粒子を残しながら、アサシンが無散していく。
 それでも、冬木市の中に感じるアサシンの気配はまだ数多く残っているので、殺したアサシンは妄想幻像ザバーニーヤで分裂した一体に過ぎないと今まで以上に確信を抱く。
  もし一人でもアサシンが残り、マスターに魔力があれば復活できる可能性があるので。真にサーヴァント『アサシン』を聖杯戦争から敗退させる為には、全てのアサシンを葬り去るか、マスターを殺さなければならないようだ。
  ゴゴはそう思いながら、ジーノを呼んで肩に乗せる。
  「きっと桜ちゃんも雁夜も首を長くして待ってる。急いで間桐邸に戻るぞ」
  「むぐむぐ~」
  ミシディアうさぎ特有の鳴き声を聞きながら、ゴゴは本日三度目となるバーサーカーの宝具を使用する。


 「己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー


  再び腕に『ダッシューズ』をつけたマッシュの姿になり、ミシディアうさぎを肩に乗せたまま、間桐邸を目指して走り出す。
  もう道路を走る自分達を監視する目はなかった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐雁夜





 ライダーの戦車チャリオットによってバーサーカーが負傷した後。雁夜は残った魔力でバーサーカーを回復させた。
  英霊同士の戦場は魔剣を一本携えた雁夜が乱入するにはあまりにも激し過ぎる場所で、竹槍をもって戦車に挑むぐらい無謀な状況であった。
  もちろん必要があれば誰であろうと戦うし、相手が遠坂時臣なら他の誰にも渡さずに真っ先に出向くつもりだ。しかし、あの場に割り込む意味も、ここに留まる意味もない。
  だから撤退を選んだのだが、雁夜の決断とは裏腹にバーサーカーが怪我が治ると同時に再びセイバーに向かおうとしたのだ。現界するだけで雁夜の魔力がどんどん吸われていくので、少々辛い。
  そこで雁夜は暴れようとするバーサーカーに対し、魔力供給の量を調節して抑え込む方針をとった。
  魔石を介して魔力の訓練を数多く行ったのは伊達ではない。魔力の総量は一般的な魔術師に比べても劣るし、半人前にすら届いていないと思っている。それでも限られた魔力だからこそ出来る運用方法は『器用貧乏』の称号に相応しい。
  別の言い方をすれば、吸われる魔力を制限して『今、戦おうとすればもう新しい魔力はやらんぞ』と脅し、それを餌にバーサーカーの手綱を握っている状態だ。
  ただし狂戦士の名に相応しく、バーサーカーは供給される魔力が少なくなったのを感じた瞬間、標的を戦場にいるセイバーから雁夜へと切り替えた。長身の黒い騎士が雁夜の頭上から怒りを滲ませて見下ろし『魔力を寄越せ!』と声なき声で訴えかけてくる。
  右手に握られたアーチャーの剣がいつ雁夜の首を落とすか判らない緊張が生まれたが。敵ならまだしも、自分が呼び出したサーヴァントに怖気づいて何が成せると言うのか? 兜のスリットから見える紅い輝きに対し、雁夜は真っ向から睨み返した。
  ここで退いたらバーサーカーに戦いも聖杯戦争も今後すらも主導権を握られる。どんなに不甲斐なかろうと、あまり望んでなった訳ではないが、それでも雁夜はバーサーカーのマスターだ。
  俺がお前のマスターだ。負傷して、疲労した今は撤退するのが正しい選択だ。お前はセイバーと戦って勝ちたいんだろう? だったら体調を万全にする為にここは退け!!
  言葉が通じているかは定かではないが、そう心の中で強く思った雁夜に対し、バーサーカーは霊体化という返答で応じた。
  そんな予想外のハプニングがあったが。これもバーサーカーの妄執とも言うべきセイバーへの執着を思い出せば、むしろ必然かもしれない。
  とにかく雁夜は何とか戦場から遠ざかり、戦線から撤退して間桐邸へと戻って来た。
  「おかえりなさい――、雁夜おじさん」
  「ただいま、桜ちゃん」
  聖杯戦争のマスターとして他のマスターと戦う。サーヴァントに全ての戦いをゆだねるマスターでもなければ、同行するのは当然であり、拠点に閉じこもるマスターの方が珍しい。
  特に雁夜のサーヴァントであるバーサーカーは間近で命令しなければ、好き勝手に暴れまわるのが目に見えている。完全に制御してるとは言い難い状況だが、それでも完全に暴走させない程度に抑えられているのは近くにいるからだ。
  だからこそ、聖杯戦争がはじまると同時に間桐邸に戻る機会が失われるかと思ったが、予想に反して雁夜は帰る選択をした。
  何故か? 雁夜は玄関口にて出迎えてくれた桜ちゃんの顔を見ながら自分の行動を振り返る。
  間桐邸の周囲は既に多くの使い魔が跋扈する情報戦の坩堝と化しており、一人のマスターとしてその中を通って帰宅するのは『間桐のマスターはあいつだ』と教える危険が非常に高い。
  もう少し考えれば、間桐邸の結界の範囲外に敵のサーヴァントが待ち構えていた場合、吸われた魔力が戻ってない状態で迎撃できるかは非常に怪しい。それを考えると今日は幸運だったと言える。
  間桐邸は元々、冬木における第三位の霊脈、聖杯戦争の基点と言っても過言ではない冬木教会の建つ丘の上に建っていたのだが。間桐臓硯が土地の霊気が合わないと言う理由でこの場所に間桐邸を移築したのだ。
  臓硯が間桐の蟲を飼育する為の土地に適しているこの場所に間桐邸を立てたのは偶然ではない。そして雁夜にとっては忌々しい事だが、雁夜の中に流れる『間桐』の体質がこの場所によく馴染むのだ。ここが間桐の魔術属性である『水』と相性がいいのはどうしようもない事実である。
  霊地としてはさほどの効果は発揮しなくても『間桐雁夜』が失った魔力を取り戻すのにこの場所ほど最適な場所は無い。
  更に、聖杯戦争の舞台として危険地帯となってしまったこの冬木市の中で、最も雁夜が安全だと思えるのがこの間桐邸なのだ。
  臓硯が存命だったら絶対に戻ろう等とは考えなかっただろうが。あの蟲爺は一年前にゴゴによって殲滅されている。今の雁夜にとって間桐邸はこれ以上ない程に強固な拠点であり、雁夜が体を休めるのにこれ以上の場所は存在しない。
  そして間桐邸には桜ちゃんが待っており、雁夜が帰れば『お帰りなさい』とミシディアうさぎのゼロを腕に抱えながら出迎えてくれるのだ。
  それもまた臓硯がいたら絶対に叶わなかったであろう光景だ。間桐の魔術を毛嫌いしている雁夜にとって、この何気ない日常は何者にも代えがたい宝である。
  たとえそれが桜ちゃんを遠坂の家に戻すまでの時間制限付きの眩い宝石だとしても、この時間と空間を惜しむからこそ、雁夜は間桐邸に戻ってきたのだ。そう思えてくる。
  十年も寄り付かなかったのに、家で待つ人がいるだけで帰りたくなるのだから、我ながら現金な男だ。
  「ゴゴはもう帰ってる?」
  「ううん」
  「そうか・・・、まあ、ジーノが一緒にいる筈だから、後で『視て』みるよ。ありがと、桜ちゃん」
  聖杯戦争と言う殺し合いから戻ってきたにも関わらず、雁夜の心の中は不気味なほどいつもと変わらなかった。桜ちゃんの前でいつも通りの自分を演じていたいからなのか、それともゴゴと一年間戦いすぎて、『殺し合い』という枠組みですら普通の範疇に納まってしまったのか。判断できない。
  雁夜自身が戦った訳ではなく、この手が人の血で穢れた訳でもない。それでもバーサーカーを介して、闘争の空気を間近で感じたのは事実。それでも雁夜には高揚も恐怖も動揺も絶望もなかった。
  もう、アーチャーを見た時に感じた遠坂時臣への怒りはどこかへ消え去っており、自分のあまりの変わらなさが我が事だからこそ余計に不気味に思える。
  ただし、多くの諦観を学んだ雁夜にとって、それはそれ、だ。帰宅した後にいつもやる手洗いを終えて、桜ちゃんと接する時間の方が大切なので、すぐに自分の変わらなさについては忘却の彼方へと追いやる。
  聖杯戦争が始まれば桜ちゃんと会う時間は少なくなると思っていたが、これまで鍛錬につぎ込んでいた時間が聖杯戦争に置き換わっただけで、実際に接している時間に大きな変動はない。
  むしろそうする為に桜ちゃんの部屋へと赴いた。
  「桜ちゃん、ちょっとセクスを借りていい?」
  「セクス? 今、戻ってきたばっかりなのに・・・」
  「ごめんごめん、ちょっとジーノと『繋げて』ゴゴの様子を見るだけだから。セクスなら、バーサーカーと一緒にいた時に何度か『繋げた』から、慣れたかなって」
  部屋の中で大量のミシディアうさぎと戯れている桜ちゃんに声をかけ、部屋の中にいるうさぎの中から戦場から一緒に帰ってきた奴を探す。
  十秒ほどかかったが、ようやく帽子の所に『6』と描かれているミシディアうさぎのセクスを見つけ、他のうさぎを踏まないように部屋の中を横断した。
  「ちょっと協力してくれ。頼んだぞ」
  「むぐ!」
  桜ちゃんからの回答を聞かない内にやるのは悪いと思ったが、連れ出すのではなく部屋の中でやるのだから我慢してもらおう。
  桜ちゃんがいつもゼロを抱いているのと同じようにセクスを両手で抱き、ミシディアうさぎを構成する魔力を通じて、ゴゴと一緒にいるであろうジーノに視界を繋げる。
  ミシディアうさぎと接する時間は桜ちゃんの方が圧倒的に多いのだが、魔力を用いた戦闘やら諜報やら行動やらにおいては、まだ雁夜の方が一日の長がある。もし桜ちゃんが本格的に魔術の鍛錬に励めば、その才能の大きさ故にすぐに追い抜かれる気がしてならないが、今はまだ雁夜の方が魔力の扱いは上手い。
  大人の意地を考えながら、セクスに魔力を送り、ジーノの感覚を掴むためにミシディアうさぎの意識へと潜っていく。程なく、間桐邸の雁夜の見た光景ではない別の景色が脳裏に浮かんできた。
  一定間隔で上下に揺れるそれはゴゴの肩の上に乗っているミシディアうさぎの視点だ。どうやら走っているようだが、よく見れば周囲に映るのは間桐邸から五分ほど離れた位置にある住宅街の風景で、青信号を渡っている所らしい。
  「こっちが少し早かっただけか・・・」
  視点はあちらに、口と耳は間桐邸に置いた状態で喋ると、当然ながら声は部屋の中にいる桜ちゃんに届く。
  「雁夜おじさん?」
  「あ、いや。ゴゴはこっちに戻ってて、あと五分ぐらいで着きそうだよ」
  「そう――」
  「あんまり夜更かしすると体に悪いから桜ちゃんはもう寝たら? あいつも無事だって判ったしさ」
  目はゴゴの肩に乗っているミシディアうさぎの目を借りながら、口と耳で見えない桜ちゃんと会話する。目を瞑った状態で誰かと話をしているような違和感が付き纏うが、相手が桜ちゃんならば雁夜は気遣いすら起こせる。
  そこで黙り込んでしまった桜ちゃんが何を思ったのか雁夜には判らない。視点は相変わらずミシディアうさぎを通した冬木市の光景を見ているので、間桐邸の桜ちゃんの部屋の中ではない。
  何か悪い事を言ってしまっただろうか? そう思いながら、ミシディアうさぎとの繋がりを切って、視界を間桐邸に戻すと、眠たそうに眼をこする桜ちゃんの姿が見えた。
  「あ・・・、眠いのに邪魔しちゃったか」
  「ん――」
  肯定の言葉か否定の言葉かすら判らない呟きが聞えて来て、満足に応対すらできないほど眠いのがよく判った。もう、夜十時を回っているので、桜ちゃんが眠らずにここまで起きれていた方が珍しい。
  これまでの間桐邸は24時間常に起きているゴゴがいたし、雁夜も暇を見つけては桜ちゃんと接する時間を作ってきた。その大人二人がいきなりいなくなって心配させてしまったのだろう。
  いつもならば眠るのも我慢して、自分達を待っていてくれたのだろう。
  遂には舟をこぎ始めた桜ちゃんを見て、申し訳ない気持ちが浮かんでくる。
  「寝るんならベットで寝なきゃ」
  「ん・・・・・・」
  本当ならば、寝間着に着替えさせてベットで寝てもらいたい所なのだが、それをやれる体力が今の桜ちゃんにあるとは思えなかった。仕方ないので、服はそのままでせめてベットに運ぶくらいはしなければならないと決める。
  再びミシディアうさぎ達を踏まないように部屋を横断し、床の上に寝転がりそうになっている桜ちゃんを支える。
  「むぐ?」
  「むぐむぐ」
  「むぐー」
  近くに居たミシディアうさぎ達が一斉に雁夜を見上げ、何事かと声をかけてくる。
  彼らを使い魔として扱うのは慣れてきたが、今だ何と言ってるかの判別は付かない。何となく『おう、雁夜、ご苦労じゃのう』『桜様を運ぶんだ! 丁重にな』『重いとか言ったら殺すぞ』と呟いているような気がしたが、所詮雁夜の予想である。
  もし本当だったら中々恐ろしいが、似たような状況は何度もあったので今更だ。
  魔剣ラグナロクを武器として扱えるようになる為に鍛えたので、桜ちゃんは羽根のように軽い。重いと感じるのは今背負っているアジャスタケースの中身だけで十分だった。
  「遅くまでありがと、桜ちゃん」
  「・・・・・・」
  余程眠いのか、声をかけても目がうっすら上下するだけで応対は無い。
  再び申し訳なさが雁夜の中に生まれるが、それを言葉にしても今は意味が無いし、せっかく眠ろうとしている桜ちゃんの邪魔をするのはもっと悪い。
  ベットの上に寝かせて掛け布団をかけると、音をたてないように部屋の外に向かう。
  去り際。指を口の前に当てながら、部屋の中に居るミシディアうさぎ達に声をかけるのを忘れない。
  「お休み、みんな――」
  「むぐむぐ」
  代表して枕元からゼロの声が聞えてくる。もちろん、主人である桜ちゃんを気遣って声は小さくだ。
  雁夜はその微笑ましい様子を見ながら、部屋の灯りを消して廊下に出た。扉を閉めながら足音を出来るだけ立てない様に歩く。
  なんだか泥棒か間男の様だ―――。そんなどうでも良い事を考えつつ玄関近くへと向かい、部屋の椅子に腰かけてゴゴの帰りを待つ。
  少しでも魔力回復を行う為に一切何もせず、ただ黙って時が過ぎるのを待っていると。玄関が開閉する音が聞こえてきた。
  ゴゴが帰ってきたのだ。
  「今、戻ったぞ」
  「むぐっ!」
  「ん?」
 聞き慣れない男の声とミシディアうさぎの声が一緒に聞こえて来たので、雁夜は思わず声を出してしまった。そして、ゴゴがバーサーカーの宝具『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』によって姿を変えている事を思い出す。
  赤の他人が間桐邸に入ってきた事態を想像したが、姿は違えども間違いなくゴゴなのだ。
  そう自分に言い聞かせていると、部屋の入り口に金髪の男が現れた。ミシディアうさぎの視界を通して見たので初見ではないが、雁夜の肉眼で見るのはこれが初めてである。
  「・・・・・・ゴゴだよな」
  「そうだ。しかし、今は『マッシュ』と呼べ」
  「マッシュ・・・・・・」
  「マッシュ・レネ・フィガロ。以前話したかつて旅した仲間の一人で、フィガロ王国の王弟にしてモンク僧だ。城を跳び出してから十年間修行に明け暮れてたから、『出て行った』ところは雁夜と似ているな」
  姿形は違うが、話し方はゴゴに近く、何より雁夜の事情など知った事ではないと言わんばかりにどんどん情報を寄越してくるところ等そのままだ。
  それでも姿が違うので、感じる違和感はどうしようもなく。『本当にこいつはゴゴか?』と疑念が残り続ける。
  するとそんな雁夜の戸惑いを感じ取ったのか、肩の上に乗っていたジーノを床に下ろしながらゴゴが言ってくる。
  「外の使い魔共に間桐邸に戻る様子を見せたから、もうマッシュでいる必要はない」
  そう言うと。バーサーカーが常に放出している黒い魔力と似たようなモノを体にまとわせ。人の形をした黒い何かになってしまった。一瞬後、その黒さは消失し、殻を破る様に下から現れたのは何度も雁夜が見ている色彩豊かなものまね士だった。
  背丈はさっきまでそこに居た『マッシュ』から頭一つ分小さくなっており、金髪の男とはまるで似つかない異相がそこに在る。一瞬だけ、金髪の男が黄色やら青やら黒やらの衣装を着ただけかもしれないと想像するが。目元に見えるゴゴの姿は先程の『マッシュ』とはまるで別物だ。
  怪しさの観点で言えば、冬木市で『間桐臓硯』として振舞っている今のゴゴの方が数倍怪しい。それでも、雁夜にとっては見も知らぬ他人よりもこの一年接してきたのは、目の前に立っている奇人なので、おかしさと慣れとを一緒に感じてしまう。
  魔術の世界から離れた十年間だったが、ゴゴと接した一年で再び魔術の世界に浸り始めたようだ。
  「確かにゴゴだな」
  「そうだ俺はゴゴ。ずっとものまねをして生きてきた、ものまね士ゴゴだ」
  ゴゴと接する事で色々な事を諦められるようになったので、今更バーサーカーの宝具を『ものまね』しても驚くには値しない。
  ゴゴは姿を変えられる様になった。そうやって自分を納得させた雁夜は、話を聖杯戦争へと変えていく。色々と諦めるのが悪いと自覚していたが、ゴゴを相手にしては最早、修復不能である。
  「帰ってくるのが遅かったじゃないか。てっきり俺より先に帰ってると思ったぞ」
  「途中でアサシンに尾行されてるのに気が付いてな、わざわざ間桐邸にまで連れてくるのも鬱陶しかったから始末しておいた」
  「アサシンが!?」
  「捕まえて色々情報収集して最後には消滅させたが、あれも遠坂邸で消えたアサシンと同じように『分身した一体』だった。どうやらアサシンのマスターは敗退していると見せかけて、聖杯戦争に関する情報を徹底的に集めるつもりらしい」
  「情報が集まり次第、仕掛けてくる――か。もしかして家の外にもアサシンが・・・」
  「いるな、間違いなく」
  堂々と断言しながら『だからどうした』と言わんばかりの態度を貫けるのがゴゴの強さの一因だ。雁夜は同じ状況に陥っているにも拘らず、敵が間近に居る緊張でそれどころではない。
  けれど、間桐邸は結界と言う鉄壁の守りがあり、やったのがゴゴなのでその点は非常に安心できる。
  帰宅した時に攻撃されなかったのはやはり幸運と思い。今は敵は居ても間桐邸に入り込める者はいない。そう思い直して会話を続ける。
  「バーサーカーが退いた後は見てないけど、アサシン以外のサーヴァントはどうだった?」
  「セイバーとランサーはその名の通り卓越した剣と槍の使い手で、両方とも聖杯戦争とは別に自分達の決着をつけるのを願ってるな。ライダーの在り方も『正々堂々』だと思えばいい。アーチャーは見て目通りでいう事が無い、あれは自分以外は全員ゴミだと思ってるぞ」
  そこでゴゴは一旦言葉を区切る。
  「キャスターはまだ見てないが、アサシン以外のサーヴァントは見た目通りの『英霊』と考えていいぞ。だが、マスターの方はそうでもない曲者揃いだ。どいつもこいつも陰謀、策謀、情報操作が大好きな奴ばっかりだ」
  「そんなにか?」
  「アーチャーのマスターの遠坂時臣と、アサシンのマスターの可能性が一番高い言峰綺礼とが組んでるのはほぼ間違いなく、ランサーのマスターはサーヴァントと違って騎士道なんぞ蚊帳の外。ついでにセイバーのマスターを倉庫街で見つけたが、他のマスターを狙撃しようとしてたな」
  「セイバーの? 後ろにいた髪の長い女じゃないのか?」
  「あれはそう見せてるだけの偽者だ。雁夜の手にあるのと似た令呪も確認したから間違いない。つまり、セイバーが高潔であろうとしても、マスターの方は味方を囮にして横から勝利を掻っ攫う男だって事だ。後で似顔絵をスケッチしておくから見といてくれ」
  「ああ・・・」
  「こうなるとライダーのマスターが一番判りやすい。あの男は征服王イスカンダルに引っ掻き回されて苦労してるみたいだが、他のマスターより裏表がない。その代償か? 相当、幸運に恵まれてるぞ」
  「そうなると今後の聖杯戦争の進め方としては他のマスターに重点を置いて情報収集に努めるべきか・・・。遠坂時臣はまだ遠坂邸から出てないんだよな」
  「一歩も自陣から出る気は無いらしい。奴が出てくるまでは持久戦の構えか、バーサーカー以外のサーヴァントを全て潰して、出てくるしかない状況を作るのが妥当だ。楽なのは後者なんだが、そうなると他の英霊の宝具が見れなくなるからな」
  雁夜はミシディアうさぎ越しとは言え、あの航空爆撃機に匹敵しそうなアーチャーの攻撃を見ている。
  だからこそ敵わないと素直に認めるしかないのだが、ゴゴは容易く『英霊など敵ではない』と言ってのけた。
  そんなゴゴを羨ましく思いながらも、積極的に聖杯戦争に関わってくれそうな状況には頼もしさを感じてしまう。
  「雁夜の言うとおり、今後はマスターの情報収集が最優先。遠坂時臣が出てくるまでは、殺されないのを第一に考えて行動すべきだな。他のマスターとサーヴァントと戦うのは雁夜の勝手だが、俺が側にいない時に殺されるなよ? あまり時間が経ちすぎると蘇られなくなるからな」
  「この年になって保護者付の子供みたいな気分を味わうとは思わなかったぞ・・・」
  「仕方ないだろう。恨むなら、まだ『リレイズ』が習得できなかった自分自身を恨め」
  淡々と言ってのけるゴゴに対し、これまで何度も蘇生させてもらっている立場として何も言えなくなってしまう。
  ゴゴが聖杯戦争に関わる様になり『自分には何が出来る?』というのを強く思う様になった。協力体制は嬉しいのだが、これでは雁夜の方が一方的にゴゴに頼ってばかりである。
  当人はそれでも全く気にしてないようだが、雁夜が気にするのだ。
  けれど自分の力不足は自分が一番よく判っており、サーヴァントはおろか、他のマスターとも戦えるかどうか怪しい。鍛錬で戦う力を身につけたのは判っているが、比較対象が巨大すぎて判断できないのだ。
  さすがにセイバーの後ろにいたマスターと見せかけていた女性と戦えば勝てると思うが、マスターでないならば戦う選択がそもそも無い。
  ゴゴの言った『狙撃』が本当ならば、本当のセイバーのマスターが魔術師らしからぬ拳銃を持ち出した事になる。
  武力で叶わないのならばそれ以外の力で圧倒するしかない。幸いか不幸か、バーサーカーという手札もあるので、自分に無い力を補う術はあるのだ。
  状況が判らないまま動くのは自殺行為。敵と戦う時に最も大切なのは『観察』だ。ゴゴと修行する時に嫌になるほど実感したそれを聖杯戦争に当てはめるしかない。単なる人間で、魔術師半人前以下の雁夜に出来る事など限定されているのだから。
  「ところで、ゴゴ」
  「何だ?」
  「アサシンから情報収集したって言ってたな」
  「言ったな」
  「何が判ったんだ? お前の事だから、色々と掴んだんだろう?」
  「そうだな――真名とか、俺の魔法がサーヴァントにも効果があるとか、アサシンのスキルやら色々判ったが。面白かった事から説明しよう」
  ゴゴはそう言うと、三歩ほど下がって距離を取った。
  蟲蔵で鍛錬する時に何度か見た光景だ。これは『ゴゴが何かする』時の合図であり、大抵の場合は物騒な状況に陥る。
  おもむろに距離を取り、結果、ゴゴに殺されたのが何度合っただろう? 死なずとも重傷を負って回復魔法で治っていく自分の体を何度見ただろう? 注意して、観察して、警戒して、身構えても、予想外の攻撃で何度も殺された。
  自然と雁夜はゴゴの動きを注視してしまう。だがゴゴは雁夜の警戒などどうでもいいようで、距離を取りながら自然と語るだけだ。
 「雁夜とバーサーカーのおかげで特殊能力としての宝具を『ものまね』出来る事が判った。アサシンのまた同じように特殊能力としての宝具を持っていてな、それを物真似できたのが己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリーに続く大きな収穫だ」
  「アサシンの宝具?」
 「自我を肉体を与えてその数だけ自分を現界させる宝具、『妄想幻像ザバーニーヤ』だ。他にもこんな事も出来るようなったぞ」
  ゴゴはそう言いながら右腕を掲げて人差し指を立てた。紅い小手の下を白い手袋で覆っている指が向かう先は間桐邸の天井。
  そこには天井が広がるだけで、目新しい物など何もない。
  一体、何をしているのか?
  雁夜は疑問を抱えたが。一瞬の後、巻き起こった変化に疑問は動揺へと変わった。
  「これは!!」
  この一年で大抵の事は驚かなくなった雁夜だったが、ゴゴが指さした先に浮かぶモノには目を見開いて凝視するしかなかった。
  天井とゴゴの指の間に出来上がったモノ。いや、ゴゴの背後にある壁も巻き込んで部屋の中に浮かび上がったモノは雁夜も見た事のあるモノだった。
  それは空中に浮かぶ黄金の輝き。水面に出来た波紋の様に円を描くそれは、間違いなく倉庫街で見たアーチャーの宝具だった。
  その数五つ。部屋の中を照らしていた証明の明るさよりも、なお強力な輝きが虚空に出来上がっている。
  「お前、これ・・・」
  「宝具の名は判らず、全力を見た訳でもない。これはまだ完全にものまねしきれてない見た目だけの仮初めだ。それでも似た結果を作り出す『出来そこない』なら、あれを見ただけで十分作れる」
  ゴゴが右手人差し指を下ろして、雁夜に向けて指さすと。円の輝きの中から一目で武器と判る品物が現れた。
  刃を前に突き出して、撃ち出される時を待つかのような待機状態も、アーチャーの宝具と同じように見える。
  刃の大きさが雁夜の腕よりも太い槍と、突き刺すに特化した先が尖った白い槍が一本ずつで計二本。銀色の刀身から紫色の魔力を漂わせる日本刀に、柄の部分に紅い宝石が埋め込まれた両刃の剣があった。これだけならば倉庫街で見たアーチャーの宝具にそっくりと思えるのだが、最後の一つが、何故かチェーンソーで、そこだけ現代風であるが故に不調和を作り出している。
  五つの輝きから撃ち出されそうな五つの武器、矛先は自分だ。
 「パルチザンにホーリーランス、斬魔刀とファルシオン、おまけで回転のこぎりだ。軽く撃っても雁夜ごと間桐邸の半分を消し飛ばすだろう。バーサーカーの己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリーのおかげで『魔力で何かを作る感覚』が判ってきた。楽しいなぁ」
  相変わらずゴゴの衣装は目元しか見えないので、表情の大部分は隠されたままだ。それでも声音と言葉から、ゴゴが楽しんでいる様子が伝わってくる。
  雁夜がここ一年接してきたゴゴとの会話の中で、こんな楽しそうに話すのは片手で数えられる程度だった。
  雁夜は遠坂時臣の真意を聞き出して、桜ちゃんを遠坂の家に戻す為に力を尽くし、他のマスターたちは聖杯を得て願いを叶えるために必死で戦っていると言うのに、ゴゴは享楽に耽っている様にも見えるので不謹慎ではないかと思えてくる。
  もっとも、ゴゴがそれを出来るのは雁夜も他のマスターも持ち合わせていない『強さ』を持ち合わせているからこそだ。強いからこそ余裕が出来る。強いからこそ、誰かに優しく出来る。強いからこそ、自らの選択の幅を広げ、雁夜を鍛え。無関係である筈の桜ちゃんを救うものまねが出来る。
  超常の高みにいるからこそ可能な絶対的自己中心。雁夜には出来ないそれを出来るのがものまね士ゴゴだ。
 「この調子でランサーとセイバーの宝具を観察し続ければ、あの槍も剣も『ものまね』できるかもしれん。ライダーの戦車チャリオットを『ものまね』出来たら、あれで空を駆けるか」
  雁夜は今更ながら、ゴゴがバーサーカーの宝具で『マッシュ』になった時、衣装の変化とは別の両手に鉤爪をはめていたのを思い出す。
  大体、聖杯戦争に呼び出されるサーヴァントとて現界する為に貯えられた魔力を元にして作り上げられたコピーであり、宝具もまた貯えられた魔力を元にして作られているのだ。
  そう考えれば、生きてきた世界こそ違えども、けた違いの魔力を内包しているゴゴがやり方を学んでしまえば同じ事が出来ても不思議はない。
  聖杯戦争が始まる以前から、単身で星一つ壊せる位の強大な力を持った存在が、聖杯戦争を経て更に強くなっていく。
  もう、羨むとか妬むとかそういう次元を超越しており、雁夜は黄金の輝きを見せられながら色々な事を諦めた。考えても仕方ないとも言える。
  ただし、強気な態度で挑むのは忘れない。
  「蟲蔵でもなく、バトルフィールとも張ってない部屋の中だぞ。こんな危ない武器はとっとと引込めろ」
  「それもそうだな」
  ゴゴは雁夜の言い分をあっさり呑み込むと、腕を下ろしながら空中に浮かぶ黄金の輝きを消していった。撃ち出されるのを待っていた武器は円の中に吸い込まれ、円は中央に向けて光を収束させていく。
  一秒も経たずに五つの光は完全に姿をけし、元の部屋の風景が戻ってくる。
  今のゴゴは新しく手にいれた玩具を見せびらかす子供のように見えたので、すぐに引込めるのは少々意外だった。が、このお披露目が本命の前のほんの前哨戦に過ぎず、楽しそうなゴゴがまだ続いていると気付けなかった。
  続くゴゴの言葉に雁夜は戸惑いを更に強くする。ゴゴのおかげで驚きに対する耐性は出来たつもりになっていたが、未知と言うのはいつまでたっても驚きに値するようだ。
  「さて次はアサシンの宝具だ」
  「何っ!?」
  「アサシンが複数に存在するサーヴァントとして活動している時点で宝具を展開し続けている。これは諜報活動にはもってこいの宝具だが、分割された分だけ力が弱まる。あの状態のアサシンならば雁夜でも倒せる見立ては正しいな――。そして、アサシンの宝具がこれだ」
  そしてゴゴはその名を口にした。


 「妄想幻像ザバーニーヤ


  そこから巻き起こった変化は非常に説明しがたいモノであった。何しろアサシンの宝具らしき名を呼んだゴゴ当人には何一つ変化が無かったのだ。
  剣のサーヴァントや槍のサーヴァントの様に神秘的な武具を手にする訳でもなく、バーサーカーの様に黒い魔力の霧を生み出して吠える訳でもない。
  だからと言ってアーチャーの宝具の様に、空に生まれた輝きは無く。魔石を用いての幻獣召喚の様に、何か別の生き物が現れる訳でもなかった。
  正しく『何も起こってない』ので、説明できない。
  雁夜はゴゴがどうやってアサシンの宝具を手にいれたか判らない。雁夜にとってゴゴの『ものまね』は理解の範疇外だからだ。それでもバーサーカーの宝具をしっかりとものまねして自分のモノにしてしまっている。
  宝具とは人間の幻想を骨子に作り上げられた武装であり、魔術と言う神秘の結晶と言ってもいい。魔術師の中には宝具を代々伝える家が存在するが、ここまで簡単に『作り出す』のは世界でも一握りに違いない。
  もしこんな存在が他にもいて、裏の世界の魔術師どもに見つかれば。一生追われるか、一生幽閉されるかのどちらかだろう。もっとも、ゴゴならばその全てを撃退しそうな気はするが。
  何も起こらないからこそ拍子抜けした。そう言えればよかったのだが、変化は間違いなく起こっている。
  「中々面白い。アサシンの別人格程はっきり別れてないが。同じ自分でありながらも、別の自分だと認められる」
  そう告げたのはゴゴだった。
 ただし、妄想幻像ザバーニーヤと唱えたゴゴではない。その隣に立つ、もう一人のゴゴが雁夜に向けてそう言ったのだ。
  赤色のストール、黄色いマフラー、蒼と黒色のマント、頭頂部にある緑色の鳥の尾羽らしき物体、左側頭部から伸びた角、足の甲まで伸びたコートらしき物、つま先の部分だけが跳ね上がった靴。何もかもが『ものまね士ゴゴ』であり、写真を見ながら当人と比較する様な見た目だが、現実に同じ存在が二つ並ぶとただただ無気味であった。
  双子ではない。
  似ているのでもない。
  全く同じなのだ。
  もしかしたら細部が違うのかもしれないが、雁夜の目には同じゴゴが二人並んでいる風にしか見えなかった。
 「「体が別の場所にあるのも中々面白い。聖杯戦争もそれ以外も、一人じゃ出来なかった事が色々出来る。これに己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリーを重ねれば、もっと楽しくなる」」
  二人が一斉に同じ言葉を喋った。
  そう思うと、今度は互いが同じ存在であることを証明するように別々に話し出す。
  「若干、力が落ちたな」「それでも『ものまね』には支障が無い」
  同一人物が別の場所に移動しながら話しているようだ。
  「鍛錬で色々な技を見せられて奇怪な奴だとは思ってたが・・・。本当にお前って出鱈目だな」
  「褒め言葉として受け取っておこう」「俺は『ものまね士ゴゴ』、例え宝具であろうとも、この世界に存在する理なら物真似してみせる」
  こちらは一人、けれど相手は二人。しかし相手が一人であるかのようなおかしさが合って、頭が変になりそうだった。
  それでも自分の中に刻み込んだ諦観によって『そういうモノだ』と状況を諦めながら把握し、強制的に納得させて話を進める。
  「なあ、ゴゴ」
  「なんだ?」
  「『ものまね士ゴゴ』が増えた事については宝具だからって納得したんだが。何をするつもりなんだ? 正直、お前が本気出せば出来ない事なんて何もないと思ってるぞ」
  「肉体が一つじゃ別々の事を同時には出来ないな」
  「それは、まあ・・・そうだけど」
  若干、声のトーンが落ちてしまうのは、納得はしても驚きがまだ頭の中をかき乱しているからだろう。
  そうやって自己分析できる余裕はあるが、頭の中に刻み込まれた驚きは簡単には消えてなくならない。
  滅茶苦茶で、不可解で、奇妙で、奇怪で、摩訶不思議な怪物。それがものまね士ゴゴ。この間桐邸に彼が現れてから何度考えたか判らない、存在の大きさを何度も何度も考える。
  少しだけ間を置いた後、右に立つゴゴと左に立つゴゴが交互に言ってきた。
  「雁夜、覚えてるか?」
  「ん?」
  「俺は――『桜ちゃんを救う』ために、二度と聖杯戦争を起こせないよう跡形もなく消し去ろう――、そう言った。覚えてるか?」
  「ああ・・・、忘れようとしても忘れられない衝撃的な言葉だったからな。今もたまに聞いてるから、覚えてる」
  話すたびに両方のゴゴに顔を向けるのが面倒だった。
  左のゴゴへの返答は左を向き、次は右、その次はまた左とわざわざ顔を動かすのだ。五回ほど首を動かした所で首に鈍痛が走ったので、雁夜は二人のゴゴの中心に視点を置いて、両方のゴゴを一緒に見ながら話をする。
  「聖杯戦争は間桐と遠坂とアインツベルンの御三家が編み出したシステムであり、蟲爺がいない今、聖杯戦争のシステムが破壊すれば、もう聖杯戦争は起こせない。それでも、残りの二つの家が、間桐の代わりを果たす可能性はあるだろう? それどころか、誰かが今起こってる、聖杯戦争のシステムを理解したら、そもそも御三家すら不要になる」
  「理屈の上ではそうだな」
  ゴゴの言葉に返しながらもその可能性は低いと雁夜は思っていた。何しろ今回の第四次聖杯戦争に至るまで既に聖杯戦争は三回繰り返され、時間で見れば200年は経過している。
  それでも似たような事態が起こらないのは、それだけ魔術が隠匿され、御三家が聖杯戦争の仕組みを外部に漏らさぬよう細心の注意を払って来たからだ。
  聖杯戦争の表向きの形は裏の魔術の世界に知れ渡っているようだが、元々御三家が考えた『根源に至る』という真の目的は知られずに秘匿され続けた。
  間桐の零落が証明するように時間の流れは時として衰退を招くが、遠坂とアインツベルンが聖杯戦争の情報を外部に漏らす可能性は限りなくゼロに近い。
  それでもゴゴと言う前例を―――『世の中何が起こるか判らない』の実体験を雁夜自身が味わっているので、ゴゴの言葉を完全に否定できないのもまた事実だ。
  200年前に魔術師達が結託して聖杯戦争を作り上げたのならば、今代の魔術師たちが結託して新しい聖杯戦争を作り上げないとどうして言える? 雁夜はそれほど魔術師の世界に詳しくないので、知らないからこそ可能性は無限に広がっていく。
  そもそも、ここにいるゴゴ一人でも聖杯戦争を『ものまね』できるだろう。確証など一つも無く、言葉にして聞いた事もないが、おそらくゴゴはやってのける。
  「遠坂時臣にはまだ聞きたいことがあるから、生きてもらわないと困る。アインツベルンは聖杯戦争に関する情報を数多く持ってる。そして聖杯戦争に協力する『ものまね士ゴゴ』と、自由に動ける『ものまね士ゴゴ』ができた。ほら、結論は一つだ」
  「まさか・・・・・・」
  ゴゴの言葉を頭の中で吟味していくと、ある一つの可能性が浮かび上がってきた。
  雁夜に協力して聖杯戦争に関わるゴゴと聖杯戦争に関わらずに動き回れるゴゴがいる。前者が遠坂時臣に対して行動すると言うのならば、もう一人は話しに出て来たアインツベルンをどうにかする。
  そしてゴゴは言った。『聖杯戦争を消す』と。
  それらを全て結ぶとある答えに辿り着く。
  雁夜は脳裏にその可能性を浮かべながら、それを意味ある単語にして頭の中で反芻した。すると左に立つゴゴが、それと全く同じ内容を言葉にした。


  「俺はアインツベルンを消す」


  やはり、と思ったか? それとも、まさか、と思ったか? 雁夜には咄嗟に判断できなかった。
  ただ、そう言うだろうと納得はしていたので驚きは少なく。かつて聖杯戦争を消すと宣言された時の様に絶叫を轟かせたりはしない。
  今回の聖杯戦争を壊す為には今いる全ての参加者と聖杯そのものを破壊すればいい。そして次回の聖杯戦争を起こさなくするためには、システムそのものとそれを復旧できる全ての魔術師を滅ぼせばいい。
  御三家としての遠坂をどうするかが非常に気になったが、それとは別にアインツベルンを潰せば、既に聖杯戦争のシステム復旧など絶対に出来ない間桐と合わせて復活はありえないだろう。
  何もかもを消せば聖杯戦争自体は起こせなくなる。直す者が全ていなくなれば全て消える。消滅に至る簡単な理屈だ。
  有るから無くす。単純な引き算の果てにある根絶である。
  「元々、聖杯戦争の後で聖杯と一緒に消えてもらう算段だったからな。アインツベルンが何代続いた魔導の名家か知らないが――、『他のマスターの襲撃』によって跡形もなく消えてもらおう」
  堂々と他の魔術師の家に喧嘩を売ると宣言し、何の躊躇いもなく『消す』と言える強さがゴゴにはある。その在り方が雁夜には眩しく見えた。
  二人に増えた異常事態だからこそ、ものまね士ゴゴの胡散臭さと強大さを同時に思う。
  「殺すんだな」
  「ああ。殺す」
  ゴゴは言った。
  「聖杯戦争は殺し合い。命を奪うならば、奪われる危険を常に意識しないとな。殺生を忌み嫌うのは勝手だが、200年前から続けてるのなら、殺される覚悟もあって当然だろう。その覚悟、叶えてあげようじゃないか」
  まるで雁夜に言い聞かせるようにゴゴは言った。
  それが雁夜には『必要なら躊躇わず人を殺せ――』と言っている様に思えた。


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