ゴゴがそう言うと、ミシディアうさぎ達が一斉に騒ぎ出して、飛び跳ねて、喜んで、持ってる物を光らせて、蟲蔵をクリスマス一色に染め上げる。 クリスマスツリーは無いし、サンタクロースもいない。でも、今の蟲蔵はクリスマスだった。 ほんの少し前まであった蟲蔵の暗いイメージは跡形もなく消し飛んで、右を見ても左を見ても後ろを振り返っても前を向き直しても、どこを見ても『クリスマス』がそこにある。驚いて、驚いて、驚き過ぎて、抱いていたゼロを落としそうになった。 私がぼんやり辺りを眺めていたらゴゴがくるりと一回転しながら何かを上に投げた。思わず目で追うと、それは緑色に輝いているのが見える。 魔石だ。それも三つ。 私から見て、右と左と前の三方向。天井より少し低い位置に放り投げられた魔石の一つを見ていると、そこからハープを持った綺麗な女の人が現れた。 びっくりしていると他の二つの魔石にも変化が起こり、真正面の上に投げられた魔石からは白い羽根を大きく広げた天使が―――、そして最後の一つからは水みたいに透き通った布で体の大事な部分を隠しながら、今まで感じたどんな光よりも強く暖かい光を放つ女の人がいた。この人達も綺麗。 「わぁ・・・・・・」 私は驚いてただ見ている事しか出来なかった。 沢山のミシディアうさぎが作り出す『クリスマス』に驚いて、見る以外に何もできなかった。 腕の中にいるゼロの重さも忘れて、ただあちこちを見て、見て、見て、見続けた。 そのままどれだけ時間が経っただろう。呆気にとられていた私を引き戻してくれたのは、ゴゴの声だった。 「桜ちゃん、間桐のクリスマスにようこそ。では最初の曲は『We Wish You a Merry Christmas』、セイレーンの音色と皆の合唱をお聞き下さい」 「え、あ・・・あ、はい――」 いきなりの言葉に私は頷くしかなかった。 何が始まるの? 尋ねるよりも前に蟲蔵の中に私の声を押し戻す音が生まれる。 「・・・・・・」 音を綺麗だと思ったのは初めてかもしれない、心を奪われたのも初めてかもしれない、他の何も考えられず音にだけ没頭するのも初めてかもしれない。私はその『音』が、『音楽』が聞こえてきた瞬間、何も言えずに音を出している人―――さっき魔石から出てきたハープを持った女の人に釘づけになった。 すごくて、すごくて、ものすごくて。音しか考えられない。 「We wish you a merry Christmas! We wish you a merry Christmas! We wish you a merry Christmas! and a Happy New Year」 耳に届いた歌声が音楽と混じり合って新しい感動を作り出す。 魔石から出てきた他の女の人が歌っているのか、ゴゴが歌っているのか、それともミシディアうさぎが歌っているのか、判らなかった。音楽と歌声が蟲蔵を満たしている事は判ったけど、それ以上が判らない。 あまりにもすごくて、判らない。 でもすごくてすごい。 クリスマスおめでとう! 声にされない思いが伝わってくる。 私が―――遠坂桜が蟲蔵の中に立って、周囲から聞こえてくる様々な音を聞いて、目の前にある『クリスマス』を楽しんでいると自覚した時、離れていた場所に立ってたはずのゴゴが目の前にいた。 意味は判らなかったけど、英語の歌声を聞いていた気もする。ものすごく長い時間、聞こえてくる音に耳を傾けていた気もする。蟲蔵には時計が無いから、どれだけ没頭していたのか判らない。とりあえず正気に戻った私の前にゴゴがいただけは判った。 そしてこう言ってきた。 「さあ、桜ちゃんも一緒に―――」 「え・・・え!?」 よく判らない内に、よく判らない事を言われた。 でも断るよりも前にもう一度歌声が聞こえてきて、止めるタイミングなんてなかった。 「We wish you a merry christmas!」 その言葉がどんな意味か判らない。でも、その言葉は私の心の中にしっかりと刻まれていた。 「うー、うぃっしゅ、うにゃむにゃ、めりーくりすます」 聞くのに没頭して、聴くのに集中して、聞いてばかりいたから耳が覚えてる、頭が覚えてる、体が覚えている、心が覚えてる。 口を開けば音楽に合わせて私の口から歌声が現れる。 「We wish you a merry christmas!!」 「うぃー、うぃっしゅゆあー、メリーくりすます――」 蟲蔵にいる皆が歌っていた、ゴゴが歌っていた、魔石から出てきた女の人が歌っていた、ミシディアうさぎの皆は『むぐむぐ』としか言ってないけど、それでも歌ってた。 皆と一緒に歌う喜びが私を包む。皆と歌で繋がっていく一体感が生まれていく。私は楽しんでる。大声を出すなんて普段はやらないけど、歌声を大きく大きく響かせる。 「「We wish you a merry christmas!!!」」 私の歌声が蟲蔵の中の歌声と一つになり、別の歌声と混じり合って溶けていく。 「and a Happy New Year――」