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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:6a0d9b18 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/22 01:47
  一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐雁夜





  桜ちゃんが間桐の家に養子に出されて一ヶ月。俺が聖杯戦争にマスターとして参加して桜ちゃんを救うと決めてから一ヶ月。間桐邸の中から兄:鶴野の姿が消えて、俺と桜ちゃん、そして奇抜と言うのもおこがましい奇妙奇天烈な格好をしたものまね士ゴゴとの生活が始まってから一ヶ月が経過した。
  間桐邸の広さは核家族化が進んでいる現代の日本の一軒家と比較すれば巨大な部類に入る。たった三人が暮らすにはあまりにも広く、俺にとっては広々とした静けさは子供のころから馴染みのある冷たさだが、子供の桜ちゃんにとっては寂しさしか感じないだろう。
  けれど俺はその静けさが気に入っていた。
  何しろ俺の中で固まった間桐邸は、人の気配が極端に少ない代わりにあちこちで蠢く小さな間桐の蟲がいるイメージなのだ。
  実際に家中にはびこっている訳ではないが、耳を澄ませばあちこちから手の平サイズの蟲が這いずり回る音が聞こえる時もあった。
  蟲の大半は蟲蔵にいたが、臓硯の体を構成する蟲共が部屋のどこかにいる時もあった。
  いまでもたまに夢に見る。あの忌まわしいかつての間桐邸。だからこそ間桐の蟲がいない状況こそが俺の心を落ち着かせる。しかも、そこに桜ちゃんがいるとなれば俺の幸運はうなぎのぼりだ。
  家の広さが桜ちゃんを寂しくさせていると判っているのに、俺は今の間桐邸で安心を感じている。
  それでも桜ちゃんに少しずつ笑ってくれるようになったのは、俺達との生活に慣れが出てきた事と、この間桐邸の中を縦横無尽に動き回るあの獣共のお陰に違いない。
  一時、101匹にまでその数を増やしたミシディアうさぎ。今は十匹にまで落ち着いているが、間桐邸の中を動き回る獣たちは俺の代わりに桜ちゃんの寂しさを埋めてくれる。
  この調子で『間桐邸の徘徊する蟲』が『間桐邸で暴れまわるミシディアうさぎ』で感覚が上書きされれば良い。桜ちゃんもたった数日とは言え、あの間桐の蟲に弄ばれた忌々しい記憶があるのだから、さっさと忘れてしまうに限る。
  そんな一般人とは異なる新しく生まれ変わった間桐邸の日常がこの一ヶ月繰り返されてきた。
  今日は12月24日。世間ではクリスマス・イヴと呼ばれるイエス・キリスト誕生を祝うクリスマス前夜だ。もっとも、今の日本でどれだけの人間が正しくそれを自覚しているかは怪しい。キリスト教圏内ならば、正しくクリスマス・イヴの意味を判った上でお祝いをしているかもしれないが、日本では商業的な意味でクリスマスを利用する者が多いので、生誕祭を意識する者は少ないだろう。
  そして俺はクリスマスに良い思い出が無い。
  何しろ世間一般では『家族で一緒に祝う日』だとか、『サンタクロースが子供にクリスマスプレゼントを運んでくれる日』だとか言われているが、あの自分の魔術にしか興味が無かった蟲爺がそんな祝い事をやる筈がない。
  間桐臓硯に支配された間桐邸の中にはクリスマスなんて存在しなかった。
  俺にとってのクリスマスとは―――、繰り返される日常の中で世間が輝いているからこそ余計に寂しくなる日だった。
  だから桜ちゃんには良い思い出を作ってほしいと願う。これまでに遠坂の家でどんな祝い事をしていたかは知らないが、少なくとも間桐邸のクリスマスでは笑顔でいて欲しいと思う。
  俺の様に、窓から見える外の景色を眺めつつ、楽しげに笑い合う家族連れを羨ましがりつつ、時折見かけるイルミネーションを憎しみで睨みつける、そんなすさんだ子供時代を過ごしてほしくない。
  だが、俺は窮地に陥っていた。
  何かしらのクリスマスの祝い事をして桜ちゃんを喜ばせたいと思いながら、迫り来る聖杯戦争の修行に自分の時間など殆ど取れない状況が続いている。
  朝から晩まで修行修行修行修行。
  体力が尽きて床に倒れ込むなど当たり前で、時には一日の間にゴゴに複数回殺されるのも珍しくない。
  眠っている間にゴゴが強制的に回復させるので、起きたり蘇ったりした後は疲れが残ってないが、まだ修行できるならばとゴゴが隙間なく鍛えてくるのだ。
  確かに一年で熟練の魔術師と対等に戦えるようになる為にはそれなりの無茶をしなければならないと判っているが、この一ヶ月死ななかった日は一日も無い。
  毎度毎度ゴゴに殺されて、空いた時間は回復に費やされてきた。
  それでも自分の時間が無かったわけではないのだが、そこは桜ちゃんと遊ぶ時間につぎ込んでおり、俺個人が自由に出来る時間は皆無となる。
  俺が間桐邸に戻って、ゴゴと修行を始めてから一ヶ月。この生活で俺がやった事はいくつかの単語で言い表せてしまう。『修行』『睡眠』『死亡』『回復』『食事』『蘇生』『遊び』。
  気が付けばクリスマスイブだ―――我ながら度し難いほどに愚かとしか言いようがない。
  何もできずに一ヶ月が過ぎてしまった。
  魔術師としての力は日が経つごとに強力になっていくが、日々の生活の点においては一ヶ月前から進展が無い。桜ちゃんとの時間を作っておきながら、祝い事への準備を怠った愚かな男。それが俺、間桐雁夜だ。
  俺はこの時、異世界を旅してきたゴゴが今の日本が作り出す『季節ごとのお祭り』について疎いと思っていた。たかが一ヶ月、この世界の情勢を知るには少々時間が足りな過ぎる。
  だからゴゴも俺と同じように祝い事に関して何も手を打ってないと思っていた。ゴゴは俺に修行をつけるのに加えて家事全般を請け負っているから、忙しさで言えば俺よりもきついのもその理由だ。
  しかし俺はゴゴを侮っていた。判っていなかった。非常識の塊がこの世界の常識を考えてないと、そう思い込んでいた
  ゴゴは人間が普通にやる『睡眠』の時間も普通に活動している異常者だ。休む必要が無い力の塊だ。だからその時間を使って色々画策してたなんて―――考えもしなかった。





  俺の修行は基本的に魔剣ラグナロクを使って剣士の修行が行われる。時にこれに魔石を使った魔法の修行が加わるのだが、やはり魔剣ラグナロクを使っての修行が本流だ。
  ゴゴから渡された異世界の魔剣。とてつもなく重く、正確な重さは測った事はないが俺自身の感覚では100キロを超えている気がする。それを使えるようになるのに精一杯で、使い始めてから一ヶ月経った今でも『使う』ではなく『振り回される』という印象が強い。
  この一ヶ月で見た目には変化が無くても筋力は大幅に増えた。それでもまだ足りない。
  だから俺はゴゴから何か新しい道具を与えられると言う考えそのものが浮かばなかった。
  魔剣ラグナロク。
  魔石。
  魔法。
  すでにこの時点で修行の材料として十分すぎる物が与えられている。聖杯戦争に関する戦力を与えられすぎている。多すぎて今の俺には扱いきれないほどに。
  故に新しい何かを求める事それ自体が考え付かなかった。もし新しい何かをゴゴに求める時が来るとするならば、それは今与えられているモノを全て自分のものにした後の話だ。
  「今日は雁夜に新しいアイテムを渡す」
  「め・・・ずら・・・しい、な、そん――な、事。言うなんて・・・よ」
  深呼吸を繰り返す中で俺は驚いていた。
  今はゴゴとの一対一の修行の休憩を取っている時で、時刻は日が変わる時間に限りなく近くなっている。
  食事の前に体力が尽きるまで修行を行い、俺が回復するまでの間に午後は夕食の準備を済ませる。近頃は夕食の準備が整うよりも俺が呼吸を落ちつける方が早くなったので、その場合は桜ちゃんの所に行って夕食までの時間をつぶすのが通例になってきた。
  そして眠る前にまた修行。文字通り血反吐を吐くまで鍛えられて、溢れた汗とか血を洗い流して俺の一日は終わる。なお、翌日まで疲れが残る場合はゴゴが強制的に癒すので、何も気にせず修行が続けられるのだ。
  強くなる為にはかなり恵まれた環境と言える。
  ついさっき、ゴゴの脳天を叩き割るイメージを持って魔剣ラグナロクで上段から思いっきり振り下ろしたのだが、ゴゴは受け止めもせず避けもせず拳で魔剣ラグナロクの刃の部分ごと俺を殴り飛ばしやがった。
  何でもゴゴの仲間の一人『マッシュ・レネ・フィガロ』が得意とした技で、単体に必中かつ防御力無視の物理ダメージを与える『爆裂拳』という奥義らしいのだが、大抵のモノはすっぱりと斬れる剣を拳ではじき返すとは何の冗談だろう?
  少しは鍛えられたのだから、一撃入れられると思っていた俺が甘かったようだ。
  蟲蔵の壁まで吹き飛ばされ、背中からぶつかって数秒息が止まった。追撃の代わりに飛んできたのが今のゴゴの言葉だった。
  いつもだったらここで投石の『石つぶて』で俺の頭が叩き割られるか、『ファイラ』で燃やされるか、『ブリザラ』で凍らされるのだが、それが一つもない。殺されて蘇らせてくれるのがいつものパターンなのだが、今日はいつもと違った。
  修行の最中に話しかけてきた事にも驚いたし、ゴゴが何かを新しくくれると言う事にも驚いた。もしかしたら魔剣ラグナロクを授かって以来初めてかもしれない。
  俺は息も絶え絶えになりながら、こっそり小声で『ケアル』と呟いて体の怪我を癒す。修行中、蟲蔵の中はバトルフィールドが常に展開されているので、俺の体はボロボロなのに激突した後ろの壁がヒビ一つ無いのが無性に悔しかった。
  「勘違いするなよ雁夜。まだ魔剣ラグナロクを満足に扱えず、初級魔法を数回使うだけで魔力切れを起こす。お前の修行に使う新しいアイテムはまだ早い」
  「ぐ・・・」
  「このアイテムは雁夜の修行に使うアイテムじゃない。『桜ちゃんを救う』為の一環として必要だから渡すだけだ」
  未熟者とは言われなかったが似た言葉に反抗する心に火が灯る。けれど、ゴゴが口にした『桜ちゃんを救う』の言葉が耳から入って頭の中に浸透した時、その火はすぐに鎮火された。
  代わりに出てくるのは、どういう意味だ? と疑問のみ。
  平時ならすぐに問いかけられるのだが、今は背中の痛みが酷くて声を出すのも億劫だ。回復までもう少し時間がかかるので、ゴゴの話を聞く状況を崩せない。
  「俺がこの世界に渡る時にアイテムの大半は仲間達に渡したままだった。物真似に道具は不要だったし、必要だと思えるアイテムもほとんどなかったから持ってくる必要性を感じなかった。この国でいう『着の身着のまま』に近いが、全く無いわけじゃなかった」
  俺は今にも気絶しそうなのにゴゴは魔剣ラグナロクを拳ではじき返した状況など感じさせない穏やかな雰囲気を纏いながら話す。
  さっきまで修行で殺し合っていたのが嘘のようだった。もっとも、殺す気だったのは俺だけで、ゴゴは片手で俺をあしらえる強さの持ち主だから、雰囲気が軽いのは当たり前だ。
  「あいつらが飛空艇を手にいれてからはあそこが活動拠点になったからな、大半のアイテムはファルコン号―――ブラックジャック号の後の飛空艇だが、そこに置いて、敵の所に行く時や町に出かける時は最低限の装備とアイテムだけ持った。それでもあいつらがそれぞれに持ってた個人的なアイテムもあってな、それぞれが肌身離さず持ってたアイテムが幾つかある」
  言葉を続けるゴゴに郷愁を感じるのは、たかが一ヶ月とはいえ多くの時間を接してきたからだろう。目元しか見えない格好で、表向きは何も変わってないように見えるのだが、何となく感覚で判る。
  ああ。こいつは今、昔を懐かしんでるな、と。
  「セリスはロックのバンダナを肌身離さず持ってたし、モグは装備しなくても『モルルのお守り』を持ってた。カイエンは家族の肖像が入った懐中時計を持ってたな・・・」
  そう言いながらゴゴは蟲蔵の壁にある小さな窪みへと近づいた。かつては間桐の蟲を飼育する為に使われていた場所で、蟲の住処そのものだった凹みだ。今は使い道が無くなったので、修行の為の道具置き場として使われているが、九割は使い道が無くただそこにあるだけの小さな洞窟でしかない。
  その内の一つに近づいてゴゴは光の届かない闇の中に手を突っ込んだ。
  「そこに、何か、あったか?」
  少しだけ呼吸が落ち着いたので、問いかける。
  俺が覚えている限り、そこには何も入っていなかった筈だが、ゴゴは何も言い返さずにそこを探っていた。
  三秒ほど手を動かして中にあったであろう何かを握りしめる。それを引き抜きつつ、俺に背中を向けたままゴゴが言う。
  「結果、あの世界から移動する時も俺が持っていたアイテムも幾つかこの世界に持ち込んでしまった。雁夜に渡した魔剣ラグナロクや魔石みたいに、ここで新たに生成したアイテムじゃない。正真正銘、別の世界のアイテムだ」
  「まさか・・・。それを――俺に?」
  「そうだ」
  驚きを隠せず、疑問を浮かべながらゆっくり言うと、間を置かずにゴゴの回答が戻って来た。
  魔剣ラグナロクと魔石、そしてものまね士ゴゴの存在そのものがこの世界における奇跡であり、十分すぎるほどに俺は恩恵を受けている。この世界では魔術と呼ばれ、別世界では魔法と呼ばれる奇跡の技を見た時に言葉に出来ない衝撃を味わった。その一端を伝授してもらっているだけでも、ありがたいと言うのに更に新しい何かをくれるらしい。
  それが『桜ちゃんを救う』為に費やされるならば、むしろ望む所だ。断る理由など欠片もない。
  ただ、そうなると『雁夜の修行に使うアイテムじゃない』の一言が気になってくる。別世界のアイテムと言うだけで価値は計り知れず、けれど修行には関係のないアイテムとは一体何を示しているのか?
  別世界のアイテムへの不安と期待。そして喉の奥に魚の骨が引っかかったような、拭いきれない違和感を考えていると、ゴゴが振り返る。
  「ストラゴスは自分のアイテムの大半は誰にも触らせずに大事にしてたんだが、これはいらないから譲ってもらった。持たなくてもよかったんだが、貰い物を粗末に扱うのは失礼だから、結果、こっちの世界にまで持ってきてしまった」
  そう言いながら手のひらに収まる小さなモノを掲げ、そして一気に広げた。
  最初、畳まれた状態から広げられたので、風呂敷のような布製の何かかと考えた。大きな風呂敷でも、限界までたためばかなりの小ささになるので、そう思ったのだ。
  しかしゴゴが手にしたモノが広げられ、俺の頭がその正体に辿り着いた時。真っ先に考えたのはまた疑問だった。
  何だ、それは? と。
  この一ヶ月で異常事態に対する耐性はかなり鍛えられた。雷雲など全くない場所から雷が降ってくるのは当たり前。一瞬前まで単なる棒だったモノが俺を貫く槍に変化するのは普通。四肢をもった人間に見えるゴゴが野獣の牙で攻撃してくる事もあった。
  だから目の前で意表を突く何かが発生したとしても、体の動きや思考を止めたりしないように努めてきた。戦いの場での制止は死に直結するからだ。
  そうやって修行を積み重ねて来た筈なのに、目の前にあるモノは俺の鍛錬の成果を木っ端みじんに打ち砕いて呆けさせた。
  見間違いであってほしい。俺はそう願いながら一度目を瞑ってから、もう一度それをじっくり見る。だが、やはりそのアイテムはゴゴが広げた状態から全く変化していなかった。
  「まさか・・・。『それ』を俺に?」
  「そうだ」
  俺は一語一句違わずに同じ言葉で問いかけると、ゴゴもまたもう一度同じ言葉で返してきた。たが、俺の心は見る前と後とで大きく変化している。
  取り乱してはいない。
  恐ろしい訳でもない。
  ただ、意外過ぎて呆気にとられている。
  同じ言葉を繰り返してしまったのも、あまりの意外さ故に頭が理解に追いつかなかったからに違いない。
  「さあ、これを雁夜にくれてやる。ありがたく身につけろ」
  ゴゴはそう言いながらそれを広げたままゆっくりと近づいてきた。
  あれを俺が身につける? 着る? 着飾る? 同じ意味の言葉が頭の中でぐるぐると渦巻いて止まらない。
  俺は魔剣ラグナロクを構えるのも忘れ、気付かないうちに後ずさっていた。しかし、ゴゴが迫る早さは俺の速度を呆気なく上回り、すぐに壁際に追い詰められてしまう。
  弾かれた場所が階段の近くだったならば階上へと逃げられたかもしれないが、場所が悪くて階段には遠い。いっそ、壁際に幾つもある小さな穴を足場にして逃げるか?
  修行では逃げる選択肢など最初からなかった上に、呆気にとられて『逃げる為の手順』を忘れていた。その方法に辿り着くと同時に俺は魔剣ラグナロクを握りしめたまま後ろを向いて壁に手をかける。
  魔剣ラグナロクを収める為のアジャスタケースは離れた場所に置いてあるので取ってくる時間はない。
  とにかく今は逃げろ―――。自分に言い聞かせながら床を踏み出そうとした。だが、俺の体が持ちあがるよりも早く、ゴゴの手が俺の肩に置かれる。
  「雁夜、どこに行く?」
  「う・・・腕の鍛錬に、ちょっと上まで・・・」
  「その前にこれを着ろ」
  肩に置かれたゴゴの手は万力のように俺の体を蟲蔵の床に縛り付ける。引き離そうとしても、五本の指ががっちり肩に食い込んで離れない。
  そしてもう片方の手に握られたそれが俺に近づいてきた。
  ゆっくりと。
  ゆっくりと。
  ゆっくりと―――。


  「や・・・、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


  叫んでもそれは俺に迫る。
  離れようとしてもゴゴが俺を逃がさない。
  逃げられない!
  俺の頭の中で絶望を告げる言葉が浮かんだ。
  俺は桜ちゃんと暮らし始めてから初めて迎えるクリスマス・イヴを忘れない。クリスマスを忘れない。多分、死ぬまでずっと―――忘れないだろう。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 遠坂桜





  目を覚ました私の隣に使い魔になったゼロがいた。ミシディアうさぎの皆がいた。間桐邸の私の部屋の天井が見えた、壁が見えた、いつもと変わらない景色が見えた。
  今日はクリスマス。
  でも雁夜おじさんとゴゴを困らせちゃいけないと思って、一言も口にしないで今日を迎えた。
  雁夜おじさんとゴゴは私の事を気にかけてくれる、優しくしてくれる、怖い事をしない。二人は私の為に一生懸命頑張って、強くなろうとしてる。
  だからわがままを言っては駄目。怒らせて見捨てられるのが怖い。二人を困らせちゃ駄目。
  だから駄目―――。
  「・・・・・・・・・」
  我慢は慣れてる。でも、私は淋しいと思ってる。もっと雁夜おじさんと遊びたい、もっと二人にかまってほしい、もっと一緒にお話がしたい。もっと―――もっと―――。
  でも私は我慢する。
  我慢しなくちゃいけない。
  覚えていないけど、きっと嫌な夢を見て、それが嫌な気持ちを呼んでるんだ。
  私は枕元にいるゼロに手を伸ばした。
  「むぐぅ!?」
  ゼロが目を開けて私の目を見つめる。
  私はいつものようにゼロを両手で抱き締める。強く、ギュッと、暖かさを確かめるように抱きしめる。
  そうしたら他のミシディアうさぎの皆が寄り添ってきた。布団から出て少し肌寒かったけど、皆の毛が暖かくてすぐに寒くなくなる。でも、帽子がちょっとちくちくして痛かった。
  「あったかい・・・」
  「むぐっ」
  小さく呟くとゼロが力強く鳴いた。
  なんて言ってるかは判らなかったけど、何となく『当然だ』と言ってる気がする。ゼロが使い魔になってから、他のミシディアうさぎの皆より言ってる事が判る気がする。
  私はもう一度ゼロを抱きしめた。
  ちょっと苦しそうなのが伝わってくる。





  私は寝間着から部屋着に着替えて部屋の外に出た。間桐邸は広いけど人が少ない、だから廊下から感じる静けさが私はあまり好きじゃない。
  遠坂の家はお手伝いさんやお姉―――。ちょっと悲しくなるからそれ以上考えるのは辞めた。
  とにかく広い家に人が少ないからどうしても寂しくなる。
  「むぐっ!」
  私が両手で抱き上げてるゼロがそう鳴くと、他のミシディアうさぎの皆が部屋から出てきてぞろぞろと付いてくる。
  きっと私が淋しくないようにゼロが気を利かせてくれてるんだと思う。後ろから『むぐむぐ』と小さく鳴き声が聞こえてきて、沢山の足音が聞こえてくる。
  ミシディアうさぎは人じゃない。でも私と一緒にいてくれる。
  少しだけ淋しくなくなった。
  廊下を歩いていると、前からゴゴがやってくるのが見えた。赤と黄色と蒼と黒、左に角があるのもいつもと一緒。昨日も一昨日もその前も見たゴゴがそこにいた。
  私が起きるとゴゴはいつもどこかで出迎えて朝の挨拶をしてくれる。廊下だったり、食堂だったり、部屋の前だったり、階段だったりするけど、いつも起きてる。
  「おはよう、桜ちゃん」
  「おはよう――ござい、ます」
  「いつまで経っても他人行儀だな。その礼儀正しさが桜ちゃんらしい」
  私は起きてるゴゴしか見た事が無い。いつ寝てるんだろう?
  私はいつも同じ格好のゴゴしか見た事が無い。別の着替えは持ってるのかな?
  この頃、そのなぞなぞを聞こうと思うけど、何だか聞いたら困らせてしまう気がして聞けてない。
  「今日は朝ご飯の前にやる事がある。ちょっと蟲蔵に来てくれ」
  「・・・・・・はい」
  蟲蔵って聞いて、私はゼロを抱く力を少しだけ強めた。あの場所は嫌い、あそこで起こった事が嫌。近づきたくない。雁夜おじさんもゴゴも酷い事をしないって判るけど、あそこが嫌い。
  そう言えば雁夜おじさんはどこかな? また寝坊してるのかな?
  いつもだったら雁夜おじさんと一緒に蟲蔵に行くけど、今日は何があるんだろう?
  私は少しだけ『クリスマス』を思いだしたけど、そんな筈はないと思い直す。だって、雁夜おじさんもゴゴもそんな事一言も言わなかったし、間桐邸は昨日まで繰り返されてきた日常と何も変わらない。
  雰囲気もいつも通りで、特別な何かが起こる気配なんて何にもない。人気のない間桐邸はいつもと一緒。
  だから違う、クリスマスなんて関係ない。じゃあ、蟲蔵には何があるの?
  ゼロを抱きしめてゴゴの後をついていく。ずっとずっと考えていたらすぐに蟲蔵についてしまい、足を踏み入ると嫌な思い出が出てきそうになるから、思いださないように我慢する。
  我慢して、考えないようにして、ただ歩く。
  痛い事をしたあの人はもういない。
  私をここに連れてきた嫌な人はもういない。
  雁夜おじさんもゴゴも痛い事も辛い事も苦しい事もしない、私が嫌がる事をしない。だから大丈夫。
  私は自分で自分にそう言い聞かせた。
  階段を降りて何もない床の上に到着する。後ろからぞろぞろとミシディアうさぎの皆が付いて来る音が聞こえた。
  「桜ちゃん」
  「はい――」
  「今日は何の日か知ってるか?」
  「え・・・?」
  ゴゴが何を言ってるのか判らなかったので、小さく返す。そうしたらゴゴは私の方を振り返りながら、もう一度同じ事を言った。
  「桜ちゃんは今日が何の日か知ってるか?」
  「・・・・・・・・・クリスマス?」
  さっきまで『そんな筈はない』と考えていたから答えるまで少し時間がかかった。他に何かあるかも考えてみたけど、やっぱりクリスマス以外に思いつかない。
  本当にこれでいいのか判らなかった。自身が無かった。どうしてゴゴがそんな事を聞いてくるのかも判らなかった。
  「その通り。12月25日――今日はクリスマスだ」
  でもゴゴは私の事なんて全く気にしないで、こっちを振り返りながら片手を上にあげた。右手をあげる格好は何だか『自由の女神』みたい。
  何をするんだろう? そう思ったら、ゴゴが魔法を唱えた。
  「ファイア」
  ゴゴの右手から小さな炎が現れて、蟲蔵の天井に向けて登っていく。ゆっくりゆっくり登って行くから、私は思わずそれを目で追う。
  ゆらゆらと揺れて炎が登る。
  ゆらゆらと動いて炎が昇る。
  ゆっくりと炎は天井の近くまで上がった。
  そして、パンッ! と小さな音を立てて散ってしまった。ずっと見ていた私は炎が破裂した時にビクッ! と震えて、ギュっとゼロを抱きしめる。
  今のは何だったんだろう? まるで何かの合図みたい。そう思ったら、蟲蔵の壁にある穴から一匹のミシディアうさぎが現れた。
  「むぐ」
  「――あれ?」
  ゼロは私が抱いてるし、他の『1』のアンから『9』のノインまで、九匹のミシディアうさぎは私の後ろにいる。じゃあ、あのミシディアうさぎは何?
  新しい謎を考えていたら、別の穴からまたミシディアうさぎが出てきた。
  「むぐむぐ?」
  「え・・・? え、ええ?」
  そっちを向いたら、別の穴からまたまたミシディアうさぎが出てきた。
  「むぐ~」
  「むぐ」
  「むぐむぐ」
  「むぐむっぐ」
  「むぐ!?」
  「むぐ~、むぐ~」
  他の穴からも沢山出てきて、気が付いたら蟲蔵の壁にある穴の全部にミシディアうさぎがいた。
  体と同じ大きさ位の金色の星を持っているミシディアうさぎがいた。
  リンゴの形をしたガラスを穴の淵に並べているミシディアうさぎがいた。
  ゴゴが撃った『ファイア』の炎をろうそくで受け止めて点すミシディアうさぎがいた。
  雪みたいに白い綿を上から垂らして床まで伸ばすミシディアうさぎがいた。
  左の壁から右の壁に縄みたいな何かを放り投げるミシディアうさぎがいた。その縄がピカピカ光っていて、電飾だって気付いたのは少し後。
  ミシディアうさぎがいた。沢山いた。どこを見てもミシディアうさぎばっかりだった。
  呆然としていたら、いつのまにか蟲蔵の中がピカピカ光っていて、にぎやかで、騒がしくて、見てるだけで楽しい場所に変わってた。
  これは何? そう思ったら、ゴゴの楽しそうな声が蟲蔵に響き渡った。


  「メリィィィィィー!! クリスマス!!!!」


  ゴゴがそう言うと、ミシディアうさぎ達が一斉に騒ぎ出して、飛び跳ねて、喜んで、持ってる物を光らせて、蟲蔵をクリスマス一色に染め上げる。
  クリスマスツリーは無いし、サンタクロースもいない。でも、今の蟲蔵はクリスマスだった。
  ほんの少し前まであった蟲蔵の暗いイメージは跡形もなく消し飛んで、右を見ても左を見ても後ろを振り返っても前を向き直しても、どこを見ても『クリスマス』がそこにある。驚いて、驚いて、驚き過ぎて、抱いていたゼロを落としそうになった。
  私がぼんやり辺りを眺めていたらゴゴがくるりと一回転しながら何かを上に投げた。思わず目で追うと、それは緑色に輝いているのが見える。
  魔石だ。それも三つ。
  私から見て、右と左と前の三方向。天井より少し低い位置に放り投げられた魔石の一つを見ていると、そこからハープを持った綺麗な女の人が現れた。
  びっくりしていると他の二つの魔石にも変化が起こり、真正面の上に投げられた魔石からは白い羽根を大きく広げた天使が―――、そして最後の一つからは水みたいに透き通った布で体の大事な部分を隠しながら、今まで感じたどんな光よりも強く暖かい光を放つ女の人がいた。この人達も綺麗。
  「わぁ・・・・・・」
  私は驚いてただ見ている事しか出来なかった。
  沢山のミシディアうさぎが作り出す『クリスマス』に驚いて、見る以外に何もできなかった。
  腕の中にいるゼロの重さも忘れて、ただあちこちを見て、見て、見て、見続けた。
  そのままどれだけ時間が経っただろう。呆気にとられていた私を引き戻してくれたのは、ゴゴの声だった。
  「桜ちゃん、間桐のクリスマスにようこそ。では最初の曲は『We Wish You a Merry Christmas』、セイレーンの音色と皆の合唱をお聞き下さい」
  「え、あ・・・あ、はい――」
  いきなりの言葉に私は頷くしかなかった。
  何が始まるの?
  尋ねるよりも前に蟲蔵の中に私の声を押し戻す音が生まれる。
  「・・・・・・」
  音を綺麗だと思ったのは初めてかもしれない、心を奪われたのも初めてかもしれない、他の何も考えられず音にだけ没頭するのも初めてかもしれない。私はその『音』が、『音楽』が聞こえてきた瞬間、何も言えずに音を出している人―――さっき魔石から出てきたハープを持った女の人に釘づけになった。
  すごくて、すごくて、ものすごくて。音しか考えられない。
  「We wish you a merry Christmas! We wish you a merry Christmas! We wish you a merry Christmas! and a Happy New Year」
  耳に届いた歌声が音楽と混じり合って新しい感動を作り出す。
  魔石から出てきた他の女の人が歌っているのか、ゴゴが歌っているのか、それともミシディアうさぎが歌っているのか、判らなかった。音楽と歌声が蟲蔵を満たしている事は判ったけど、それ以上が判らない。
  あまりにもすごくて、判らない。
  でもすごくてすごい。
  クリスマスおめでとう! 声にされない思いが伝わってくる。
  私が―――遠坂桜が蟲蔵の中に立って、周囲から聞こえてくる様々な音を聞いて、目の前にある『クリスマス』を楽しんでいると自覚した時、離れていた場所に立ってたはずのゴゴが目の前にいた。
  意味は判らなかったけど、英語の歌声を聞いていた気もする。ものすごく長い時間、聞こえてくる音に耳を傾けていた気もする。蟲蔵には時計が無いから、どれだけ没頭していたのか判らない。とりあえず正気に戻った私の前にゴゴがいただけは判った。
  そしてこう言ってきた。
  「さあ、桜ちゃんも一緒に―――」
  「え・・・え!?」
  よく判らない内に、よく判らない事を言われた。
  でも断るよりも前にもう一度歌声が聞こえてきて、止めるタイミングなんてなかった。
  「We wish you a merry christmas!」
  その言葉がどんな意味か判らない。でも、その言葉は私の心の中にしっかりと刻まれていた。
  「うー、うぃっしゅ、うにゃむにゃ、めりーくりすます」
  聞くのに没頭して、聴くのに集中して、聞いてばかりいたから耳が覚えてる、頭が覚えてる、体が覚えている、心が覚えてる。
  口を開けば音楽に合わせて私の口から歌声が現れる。
  「We wish you a merry christmas!!」
  「うぃー、うぃっしゅゆあー、メリーくりすます――」
  蟲蔵にいる皆が歌っていた、ゴゴが歌っていた、魔石から出てきた女の人が歌っていた、ミシディアうさぎの皆は『むぐむぐ』としか言ってないけど、それでも歌ってた。
  皆と一緒に歌う喜びが私を包む。皆と歌で繋がっていく一体感が生まれていく。私は楽しんでる。大声を出すなんて普段はやらないけど、歌声を大きく大きく響かせる。
  「「We wish you a merry christmas!!!」」
  私の歌声が蟲蔵の中の歌声と一つになり、別の歌声と混じり合って溶けていく。
  「and a Happy New Year――」





  何度も同じ歌を口ずさみ。くるくる回りながら歌い。時に魔石から出てきた女の人の声に耳を傾けて、音楽と楽しい雰囲気に没頭した。
  クリスマスおめでとう! おめでとう! おめでとう!
  どれだけ時間が経ったか判らないけど、不意にゴゴが手を振って、魔石で呼び出した女の人の音楽を止めた。
  「では次の曲『ジングルベル』を――。そして特別ゲストから桜ちゃんへのプレゼントをどうぞ」
  ゴゴはそう言うと、私たちが降りてきた蟲蔵の階段の方に手を向ける。そう言えばゴゴの話し方がいつもと違って聞こえる。何だか、別人みたい。
  私はゴゴの手に導かれてそっちを見ると、両手を前に出して何か持っている人影がいた。
  違った、人影じゃなかった。
  目を凝らしてよく見ると、それは大きな猫さんだった。
  二本足で立ってる猫が階段を降りてる。私よりも大きな大きな猫さんが両手に四角い箱を持って近づいて来てる。
  「ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る――。鈴のリズムに光の輪が舞う」
  音は聞こえてたけど聞こえていなかった。そこにいる大きな猫さんに目を奪われて、私はずっと見続けた。
  大きな猫さんは両手に箱を持っていた。白い紙に包まれて赤いリボンでラッピングされたプレゼントが二つあった。
  私は見ていた。
  ずっと見ていた。
  「ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る――。森に林に響きながら」
  歌声が途切れるのと大きな猫さんが私の前に立ったのはほぼ同時。九匹のミシディアうさぎの皆が道を空けて私と猫さんの間に道を作っていた。
  声は無くなったけど、まだ蟲蔵には音楽が鳴っている。その中で私は大きな猫さんを見上げた。
  見上げなきゃ頭が見えない。
  大きくてちょっと怖い。
  でも見られて恥ずかしいのか、猫さんが少し顔を横に背けた。その仕草がある人と重なる。
  「もしかして・・・。雁夜、おじさん?」
  それはただの思い付きだった。確証なんてない、ただそう思っただけ。
  そうしたら大きな猫さんは顔を横に背けたまま人の言葉を喋った。
  「うう。こんな姿の俺を見ないでくれ、桜ちゃん・・・」
  大きな猫さんが喋った。雁夜おじさんの言葉で喋った。私の思いつきは間違っていなかった。目の前にいるこの大きな大きな猫さんは雁夜おじさんだ。
  「どうしたの? それ・・・」
  「ゴゴに、こんな着ぐるみを――、ううう・・・」
  そう言うと、大きな猫の格好をした雁夜おじさんはうずくまってしまった。手に持っていたプレゼントを床に置きながら、膝を抱えて小さくなる。
  何だかその落ち込んでる姿がすごく可愛くって、私はゼロを抱えたまま雁夜おじさんに抱きついた。
  ただ抱き着きたくてしょうがなかった
  きっと、いつもの雁夜おじさんじゃなくて、大きな猫さんの格好をしてるからだと思う。
  「さ、桜ちゃん!?」
  うずくまる雁夜おじさんの背中に回り込んでゼロと一緒に乗っかる。
  ゼロや他のミシディアうさぎ達とはふっかふかな感触が帰って来た。ものすごくふわふわして気持ちいい。
  私は大きな猫の格好をした雁夜おじさんに向けて言う。
  「ありがとう、雁夜おじさん」
  そして顔をあげて、こっちを見ているゴゴにも言う。
  「ゴゴ。ありがとう」
  もう一度言う。
  「ありがとう」
  楽しくって、嬉しくって、気持ちよくって、面白くって、幸せ。
  私は笑った。
  心の底から笑った。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐雁夜





  蟲蔵は普段の薄暗い様子とは打って変わってクリスマス一色に染め上げられている。雰囲気だけでここが『間桐邸の地下にある蟲蔵』と判断出来る奴はおそらくいない。普段、ゴゴとの修行に使ってる俺でさえあまりの変わりように『ここはどこだ?』と疑ってしまったのだから。
  そもそも蟲が一匹もいない。
  今の俺はゴゴから渡された―――、いや、強制的に着せられた『ゴロネコスーツ』で、二本足で立つ大きな猫の姿になっている。
  単に猫を巨大化させただけなら不気味なのだが、この『ゴロネコスーツ』は不気味さと可愛さの微妙なラインの上を立っており、『ゴロネコスーツ』を着た後に鏡を見た俺は『誰だっ!?』と思わず叫んでしまった。
  大きくなっても猫が持つ可愛らしさを保ち、加えて毛深い動物特有のふかふかした感触もちゃんと備えている。
  正直、こんな猫の着ぐるみを持っているゴゴの仲間の正気を疑ったが、かなりの完成度の高さで、一目で着ぐるみだと看破出来る奴はいないだろう。これ一つだけでも一財産築けるんじゃないかと思えてくる。
  「お前はゴロネコスーツを着てるだけだ、本当に装備出来る奴ならどんな毒でも無効にして、決して中身が人であるのを悟らせない。お前の未熟さが浮き彫りになったな、雁夜」
  と、ゴゴは言っていたが、俺は正直でかいだけの猫はただ不気味だと思う。
  中に人が入っていると思わせる着ぐるみ程度の印象であればそれでいいんだ。猫は人よりも小さいから可愛く思えるので、大きければそれは肉食獣で同じネコ科の虎、ヒョウ、ジャガーと変わらない。
  しかし桜ちゃんが喜んでくれるならそれでいい。装備出来ずにただ着てるだけでも構わない。
  そう自分で納得しなければ今の状況に押しつぶされそうだった。
  とにかく『クリスマス。サンタの代わりに猫がプレゼントを運ぶ』というサプライズイベントに強制的に巻き込まれた俺は、ゴゴが用意したプレゼントを桜ちゃんに手渡した。
  いきなり現れた大きな猫に泣き叫ぶんじゃないかと心配になったが、桜ちゃんはすぐにこの猫が俺だと気付いてくれた。嬉しくもあり、猫の姿をやらされている俺は複雑な心境である。
  俺とゴゴ、大量のミシディアうさぎ、そしてゴゴがクリスマスの為だけに魔石から呼び出して合唱隊に仕立て上げている幻獣達に見守られる中、桜ちゃんは二つのプレゼントを開けた。
  箱から出てきたのは二つのアイテム。これもゴゴが『ゴロネコスーツ』と同じように別世界からこの世界に持ち込んだアイテムらしいのだが、正直、俺はそれを見た時に『これをお前が持ってたのか?』と強い疑問を抱いた。
  何だか、昨日から謎に振り回されてばかりだ。
  一つは長さが三十センチほどで先端に白い球が付いた杖だった。後で知る事になるのだが、それは『ヒールロッド』という武器で、攻撃した相手の体力を回復する効果がある。
  桜ちゃんが振り回して誰かにぶつかったとしても、その相手を傷つけずに逆に癒してしまう。何ともおかしな道具だ。
  そしてもう一つは白一色のマントを短くした物―――桜ちゃんの体型に合わせると足まで隠れてしまうので、大人から見るとそれは『ケープ』なのだが、桜ちゃんにとっては『クローク』になる。
  楽しげにそれを着たままくるくる回る姿は見ているだけでも嬉しさがこみ上げてきたが、白さからてるてる坊主みたいだと思ったのは絶対に秘密だ。桜ちゃんに知られれば怒りを買うのは間違いない。
  そのもう一つのアイテムは『ホワイトケープ』と呼ばれ、特定のステータス異常を緩和して防御力や魔術による耐性を高める効果があるらしい。
  使い魔のゼロ、魔法使いの杖、そして白いマント。何だか桜ちゃんが着々と魔法少女への道を突き進んでいる気がするのは気のせいだろうか? 見た目だけの遊びならば問題ないんだが、桜ちゃんには魔術師としての才能が十分あり、しかも身につけているのは魔術的なアイテムだ。
  子供のおもちゃにしてはあまりにも上等過ぎる。
  喜んでいる桜ちゃんに水を差すのは悪いので口にしないが、桜ちゃんには魔術と関わってほしくないと願っている俺としては、あまり喜ばしい状況ではない。
  今日は見逃して、明日以降の桜ちゃんとの接し方を考えなければならない。そう思いつつ別の事に意識を割いて、プレゼントを用意したゴゴの事を考える。
  お前にはこのアイテムいらないだろ! それが俺の抱いたゴゴへの疑問だった。
  圧倒的な魔術で回復どころか蘇生も行えるゴゴには『ヒールロッド』は不必要。そして『ホワイトケープ』もサーカスのピエロを思わせるゴゴがつけても着膨れして不格好なだけだ。むしろ今着ている色彩豊かな衣装こそがケープだと思う。
  何でお前はこんなアイテムを持ち歩いてたんだ? そう思いながら、俺は更に考え続ける。
  そう言えば――そもそもゴゴはこれらアイテムをどこに持っていた?
  俺が最初にゴゴに出会った時、持ち運ぶような手荷物は何一つ持っていなかった。持ち運べるなら精々ポケットに入る位の小さい物に限られる。
  俺が今着ている『ゴロネコスーツ』も謎だ。最初は手のひらに収まる位の小さな塊だったのに、広げてみれば俺の全身を包めるぐらいの巨大な着ぐるみになった。物理的におかしくないか?
  羽毛が痛むから絶対にやってはいけない手法だが、羽毛布団を圧縮袋にいれて圧縮すればかなりの小ささになる。
  しかしそれでも『かなり』であって、手のひらサイズまで小さくなる訳じゃない。広げられた『ゴロネコスーツ』の毛並みは丸めていたのが嘘のようにふかふかだったし、縮めていたら絶対に付く筈の折り目もなかった。
  おかしい・・・。何かがおかしい。
  それを尋ねたい強烈な衝動に駆られたが、桜ちゃんが喜んでくれるならばそれでもいいかと思って、意識から外す。
  もし聞いて『異空間に圧縮して物理接点のみこっちの世界に置いている。必要に応じて異空間から取り出して使う』なんて言われたら、またゴゴの不条理さに驚かされて屈服してしまいそうだ。
  何度も何度も驚かされ続けるのは勘弁してもらいたい。知りたい気持ちはあるが、望んで驚かされるつもりはない。
  だから俺は聞かない。聞けるとしたら、驚きに耐性が出来てからだ。魔剣ラグナロクを自由に扱えるようになって、どんな異常事態でも対処できるぐらいになったらその時に改めて訊くとしよう。
  「どうした雁夜、気力がなえてるぞ」
  「・・・・・・こんな格好にもなれば、やる気も無くなる」
  色々考えているとゴゴが話しかけてきた。俺は内心の葛藤と疑惑を力ずくで押し戻して応対する。
  事実、いきなり着せられた猫に精神的な疲れを感じていたのも確かなので、口から出まかせでもない。
  ここでゴゴから気遣う言葉が出てこないのはいつもの事。そして驚きの耐性をつけようとしている俺に対して、突拍子もない事を言い出すのもいつもの事だ。
  「しばらく騒いで昼食を終えたら雪山に遊びに行く予定だ。既に上にはクリスマスケーキと七面鳥を準備済み。誰も邪魔がいない雪山に『雪だるまロンド』で移動するぞ。桜ちゃんの防寒具は準備してあるが、そこで雁夜は寒さに耐える訓練をするからそのまま猫の格好で行くぞ」
  「はぁ!?」
  「クリスマスをただ祝って終わらせる筈がないだろう。凍死したくなかったら不慣れな『ファイア』を唱え続けて暖を取れ、これも修行だ。子供用のそり以外にもスキー板とスノーボードを用意してある、余裕が出来たら凍りつかない程度に遊べ」
  そう矢継ぎ早に言うと、ゴゴは桜ちゃん所へと移動した。
  桜ちゃんの足元にいるミシディアうさぎの最初は蟲蔵の変わりように面食らっていたようだが、今は壁の穴から現れた同類―――ゴゴがまた呼び出した101匹ミシディアうさぎと一緒になってむぐむぐ言いながら歌ったり踊ったりしている。
  桜ちゃんはホワイトケープを翻し、ヒールロッドを振り回しながら一緒に踊ってる。
  次の曲は『もろびとこぞりて』だった。ゴゴが腕を振るうと曲が変わって歌が蟲蔵の中を満たしていく。
  耳を澄ますと、どう聞いてもゴゴの肉声とは違う別人の声が聞こえてきたので、ゴゴがテレビかラジオで仕入れた声を物真似してるのだろう。今更、声帯模写程度では驚かないので、それ以外の事に目を向ける。
  歌の一節、『主は来ませり』。訳すと『神様はおいでになりました』になるが、別世界で三闘神を生み出した神と言ってもおかしくないゴゴが歌うのはおかしくないか? 自分が来たと歌ってるようなものだぞ。
  『桜ちゃんを救う』俺の願いを物真似してる、ものまね士ゴゴ。俺はお前の事を判っていなかった。
  救うと豪語したお前が祝い事に無関心の筈が無かった。むしろ、これ幸いとばかりに騒ぐんだな、今の状況を見れば嫌になるほどよく判るよ。
  でも。これはちょっとやりすぎじゃないか?
  桜ちゃんは楽しそうに笑って嬉しそうにしてるからいいと思うが、この蟲蔵の様子を俺たち以外の魔術師が―――いや、一般人が見たとしても卒倒するかもしれない。
  お前が、歌を歌って場をにぎわせる為に伴奏を呼んだな。魔石を使って幻獣を呼んだな。あれは確か『セイレーン』だな、修行で二回ほど見掛けたから覚えてるぞ。
  今は音楽を鳴らすのに忙しくてそれしかやってないが、あのハープから奏でられる音色が敵対する術者の魔術を全て封じる効果があるのを俺は知ってるぞ。
  蟲蔵が薄暗い上に、電源を引っ張ってきて準備する時間が少ないから、これまた魔石を使って幻獣を呼んだな。天井の辺りに浮遊して光を生み出してるのは『セラフィム』だったな。
  天使だぞ天使―――。背中に作り物の羽根をつけた紛い物じゃない、本物の天使だ。
  蟲蔵の中を騒がしくも清らかな場にする為に別の魔石で幻獣を呼んだな。壁際で神々しく輝いてる幻獣は『ラクシュミ』だったな。
  セラフィムと同じように魔石を使った術者の味方の体力を回復する効果が合った筈だ。
  セラフィムで十分すぎる程回復されているから、俺も桜ちゃんも回復できる上限まで到達してる。むしろ回復過多でちょっと気分が悪いぞ。
  桜ちゃん、知らないってことは時に幸せなんだね。
  俺の拙い知識でも判る、判ってしまう。ゴゴが呼び出せる幻獣に限定されるけど、伝聞で残る知識だけなら俺でも色々と判ってしまう。
  俺は思った。ここは普通の人間が立ち入っていい場所じゃない―――、と。
  ギリシア神話に出てくる伝説の生き物。キリスト教やユダヤ教の熾天使。その上に、ヒンドゥー教の女神だと!?
  世界の至る所から引っ張って来たごちゃ混ぜは何だ。この混沌をどう説明したらいい。ゴゴが呼びだした幻獣だって判っていても、目の前に降臨した奇跡の数々は何だ!?
  もしここに敬虔な信徒がいたら、奇跡の大安売りに卒倒するかショック死してもおかしくないぞ。
  違うぞ桜ちゃん。断じてこれは『普通の家庭の楽しいクリスマス』なんかじゃない、魔術師の家系だってここまでやる奴はいない。嬉しそうに笑ってくれるのはいい、喜んでくれるのはいい。
  ホワイトケープはてるてる坊主みたいだけど似合ってるよ。ヒールロッドを楽しそうに振り回す姿は可愛いね。
  でも、これが普通だと思うのはやめてくれ。
  こんな、世界の大富豪でも味わえないような奇跡の連発を『普通』の尺度だと思わないでくれ。これが普通のレベルだと思って成長したら、確実に不幸になるぞ、桜ちゃん。
  普通のクリスマスはもっと小規模だよ。
  天使もいないし、神様もいないし、家族で楽しんだり仲間内で楽しむのが普通なんだよ。
  そりゃあ仮装して天使の格好する奴はいるかもしれない。けど、天使も神も本物なんて出てこないんだよ。空想だよ、幻だよ。
  今のところは予定だけど雪山に旅行に行く場合は普通にある。だけど、わざわざ固有結界を使って貸切の雪山に行くなんて普通じゃないんだよ。
  判ってくれ桜ちゃん。これは普通じゃない、普通じゃない!!
  ゴゴが現れて俺たちは色々な意味で救われた。ゴゴはまだ『桜ちゃんを救う』ために色々とやって、ゴゴなりの『救い』を完遂しようとしているが、今の状態でも色々な事が救われたと思ってる、少なくとも俺はそう考える。臓硯がいなくなって桜ちゃんが笑ってくれているのは俺にとっての救いだ。
  でもこれはやり過ぎだ。下手をすると、今の桜ちゃんは救われ過ぎて不幸になりかねない。そこいらの魔術師より一般常識から離れて育つのは決して良いとは思えない。魔術師の家と、表の世界に生きる普通の人間の家の両方を知ってる俺だから判る。
  これからも俺は桜ちゃんと一緒にゴゴに驚かされるだろう。だから俺は桜ちゃんに『普通』を教えよう―――、そう硬く心に誓う。
  だが、余所から見ると今の俺は二足歩行する人間大のネコにしか見えないのでシリアスが似合わない。
  桜ちゃんを喜ばせる為にクリスマスの準備なんて何もできなかったし、俺、格好悪いな。
  「にゃあ・・・」
  何となく鳴いた。


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