一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 服飾フロアのアルバイター 彼は自分が平凡な人間だと自覚している。 学校と言う閉鎖された一つの空間の中でも周囲を見渡せば自分と同じような人間はたくさんいる。 父母がいて、弟が一人。どこにでもある家庭環境だ。 特に生活に困った事は無いし、大きな事件に遭遇した事もない。親と死に別れた訳でもないし、たまに会う親戚や祖父母も健在だ。 ただ少しだけ服に気を遣い、少しだけ深く関わり持ちたくなって、たまたま百貨店の服飾フロアのアルバイトを募集していたので、そこに配属されるように自分を売り込んだ。近頃の変化と言えばその程度である。 別に被服の仕事に就きたいとか思った訳ではなく、どうせ小遣い稼ぎをするならば自分が興味のある仕事に就きたかった。それだけだ。 アルバイトの志望動機にしても別段珍しくもなく、周囲を見渡して探せば自分と同じように考える者は大勢いる。中には将来も見据えてアルバイトをする者もいるだろうが、彼はそこまで自分の状況を重く見ていなかった。 飛びぬけて成績が良い訳でもないし、飛びぬけて成績が悪い訳でもない。卓越した運動の才能がある訳でもないし、愚鈍と言う訳でもない。 あえて言うならば『周囲に溶け込みやすく明るい人間』を自認できるかもしれないが、それも決して珍しい才能ではない。 平々凡々な人間だ。 そして彼の勤務する服飾フロアも『平凡』という枠から逸脱せず、日常の中から飛び出さないモノばかりであった。 信頼できる先輩や馬が合わずに常に喧嘩一歩手前の接し方をする上司。客の中には着こなし上手の人がいたり、好みだからと明らかに似合っていない服を買っていく人もいる。 別のフロアに売っている品物の事を聞いてくる客。一見の客。何故か、毎週同じ時間に見かける客など。繰り返される日々の中で同じ事は一度もないが、似たような事の繰り返しばかりであった。 百貨店が爆弾テロに巻き込まれるような事は起こらず、外国の様に銃撃戦に巻き込まれるような非日常は存在しない。時折、帰りが遅くなって親に色々小言を言われるのを鬱陶しく感じながらも、大きな諍いに発展した事は無い。 彼にとってはこの冬木でアルバイト店員として働くことは何の変哲もない日常だ。 『俺はいつかビックな事をしてやるぜ!』、何て事は考えても現実になると思わない。 『将来の夢? 会社の社長になって悠々自適な生活なんていいな』、何て事を考えても絶対に無理だと思っている。 『宝くじを当てて一生働かずに生きるぞ』、何て事は夢であり、叶うとは思わない。 そんな彼が思い描く『日常、あるいは平凡な人生』から逸脱する出来事が突然発生する―――。 日が暮れ、閉店時間が近づき、彼のアルバイトとしての終業時間も近づいてきた頃。これまでに見た事のない異常な風体の人物が服飾フロアにやってきた。 「・・・・・・・・・・・・」 彼がその人物を最初に見た時、真っ先に思い浮かべたのは疑問だった。 何だこいつは――? 秋を通り過ぎて冬の寒さが辺りに立ち込める十一月、中には上から下まで完全武装で暖気を逃がさないようにする者もいるが。百貨店内は暖房が効いているので、野外ならばまだしも彼の職場である服飾フロアにまでマフラーやらコートを着けたまま来る客は少ない。 もちろん完全なゼロと言う訳ではないが、それでも少数派だ。 作業現場でよく見るつなぎを着て来店するお客さんを見た事はある。 会社帰りに寄ったのか、しっかりスーツを着込んでネクタイもきっちり締めたお客さんを見た事もある。コートを羽織って暑そうだったのを覚えている。 何処からやって来たのか、ズボンが迷彩服だった金髪の外人を見た事もある。 だがこんな人物は一度も見なかった。 一言でまとめれば不審者だった。怪しくて仕方ない。 彼は咄嗟にアルバイトの緊急マニュアルに従って警備に通報しようかと思ったが、その人物は別段何か悪さをしている訳でもないので一時様子を見ることに決める。 挙動不審ではない。ただ見た目が不審なのだ。足取りはしっかりとしており、何か目的をもって進んでいるのがよく判る。 彼はその不審者が一直線に彼のいる服飾フロアに向かっていると気付いた時、居るかどうか判らないが、とにかく神を呪った。 ふざけんな畜生、何でこんな面倒な客が来るんだ。と。 通路を歩いて近づいてくると、その人物のおかしな服装が更によく見える。 赤色のストールと黄色いマフラー。 幾重にも重ね合わせて体格を隠す蒼と黒色のマント。 足の甲まで伸びたコートにサーカスのピエロを思わせる靴。 加えて頭頂部には鳥の尾羽らしき物体。左側頭部からは角があって。『私、怪しいです』と全身で語っている。 目出し帽、フェイスマスク、バラクラバ。呼び方は色々あるが、とにかく目だけを見せる防寒具は世の中に幾つもあるが、彼は服飾フロアまでそんな恰好でやって来る人間にこれまで会った事が無い。 彼は思った。来る場所を間違えてないか? と。 もう一つ思った。警備員は何してるんだ、百貨店に入った時に連行しなかったのか? と。 サーカスのテントの中で巨大なボールに乗っている方が似合っているので、来店するには場違いな服装である。 それでも彼は何とかアルバイト店員としての根性を発揮して、出来るだけ表情が表に出ないように薄笑いを浮かべながら挨拶をした。 「い・・・いらっしゃいませ」 彼は最初こそつまったが、一気に挨拶できた自分を褒めた。 学校の試験で平均点を大きく上回った時の様に『やった、やったぞ自分!』と内心で称賛する。 これでよく判らない人物が素通りしてくれるか、あるいは警備員によって退去させられれば何も問題は無いのだが、今日の運勢はとんでもなく悪いらしい。 「そこの店員さん、ちょっといいかの」 「あ、はい、何でしょう」 無視するなどアルバイト店員としてやってはならない事なので、話しかけられたら応じなければならない。 彼は言葉にこそしなかったが、変な客とは話すのも避けたかったので、心の中だけで憎しみを込めてもう一度神を呪った。 「ここに女の子用の子供服は売っておるか? 体長は100センチから120センチじゃゾイ」 「あ・・・それでしたらあちらのコーナーに――」 「あっちじゃったか。感謝するゾイ」 「え、あ、いえ・・・」 普通だった。 見た目の異質さとは対照的に『店を訪れる客』という観点で見ると、ものすごく普通だった。 彼は指で示した場所にゆっくり歩いていく背中を見送りながら、あまりの普通さに呆然としてしまう。 口調と歩みの遅さから老人を彷彿させて、隙間から見える目もそんな風に見えた。だが、同行者はおろか子供の姿も全く見えないのだ。それなのに女児用の売り場を探しているのはどういう訳だろう? 彼はこれまで一度も見た事のなかった奇妙な客に興味を覚えるが、触らぬ神に祟りなし―――と即座に自分を戒める。 余計な事に関わって事件にでも巻き込まれてはたまらない。自分は単なるアルバイトであり、映画に出てくる肉体派のヒーローではないのだ。 既に閉店近くなので店の中には人気が少ない。だから視線を動かせば、あの色彩豊かすぎる変な恰好の客が彼の視界の中に常に納まってしまうのだが、彼はそれを無視した。 無視して、無視して、無視しまくって、脳裏に湧き上がる疑問やら興味やら関心やら好奇心やらを全て無視した。 自分だけではなく、同じ店の中にいる仲間もその客の事を気にしており、女児用のコーナーで売り物を見て時々触って感触を確かめている、その一挙一動を注視している者もいる。 客として来たのだったら間違いなく服を買いに来たのだろうが、彼は衣装の奇抜さゆえにそうとは思えなかった。 何をするのか? 何をしに来たのか? どうするのか? 何を仕出かすのか? そんな風に疑問と緊張が入り乱れたまま十分ほど経過して、閉店時間を知らせる放送と音楽が百貨店内に流れる。 するとその客は一度天井を見上げた。そのまま十秒ほど固まっていたが、何を思ったのかそこで歩き出して販売コーナーに背を向けると、来店した時の逆回しをするかのように悠然と立ち去って行ったのだ。 足取りは一定だったが、歩みの遅さと歩幅の小ささから老人に特有の体力の無さを思わせる。 彼とその場に居合わせていた同じ店の仲間は、他の客の事などそっちのけで遠ざかる背中を見入っていた。 遠くなる。 消えていく。 見えなくなる。 一分ほどかかって奇抜でおかしな衣装に身を包んだ客は姿を消し、彼も含めた誰もがホッと一息つく。 あちこちから溜息が聞こえてきたが。もしかしたらその中には店にいた客の溜息も交じっていたかもしれない。 「何だったんだ・・・?」 「さぁ?」 レジ係だった同僚が声をかけてきたが、彼に明確な答えが出せる訳がない。着ている服のおかしさを除けば、お客が来て帰った、それだけの話だ。 彼はそう自分に言い聞かせ、今見た事を繰り返される日常に埋もれさせようと仕事を再開する。 あんな客の応対は二度としたくない。彼はそう願ったが、数日後にその願いは木端微塵に打ち砕かれる。 「おお、兄ちゃん。この前も会ったのう」 「・・・またご来店頂き、ありがとうございます」 彼は忘れようとしても忘れられない奇抜な衣装に身を包んだ客を見た瞬間、『また来たのか!?』と軽い混乱を味わった。出来れば、二度と会いたくなかった客なのだが、どんな格好であれお客はお客なので、声をかけられれば店員として対処しなければならない。 今更ながら、前回声をかけられて覚えられてしまった事を悔やまずにはいられない。どう考えても、あれが原因で自分が接客しなければならなくなったのだ。 何故、俺だったのか? 何故、アルバイトの曜日に来てしまうのか? 彼は再びいるか判らない神を呪った。 「――本日はどのようなご要件でしょうか」 「そうじゃそうじゃ。おーい、桜ちゃん、こっちじゃこっち」 声がでかかった。こういう輩は自分の声が大きいという自覚はあっても、それが他人の迷惑になるなんて欠片も考えていない場合が多い。耳が遠くなっている可能性もある。 彼は一人のアルバイトとして何とか応対するが、正直言えば、何もかもを放り出してここから逃げ出したくて仕方がなかった。 衣装の奇抜さ故に、そのお客を見てしまった者は等しく『何だあれは?』と思いながらその客を見ている。そして声の大きさに誘導され、更に多くの視線が集まって、誰も彼もがこの奇妙奇天烈な不審人物を凝視するのだ。 結果として、応対する彼も見られる羽目になった。 前回は閉店間際だったので、客の数もそれほど多くは無かったが、今は昼間だ。平日だから休日に比べれば客は少ないが、それでも前回に比べれば数倍多い。 ものすごく見られていた。 気のせいでなければあちこちから陰口が聞こえてくる。肩身がものすごく狭かった。 しかも今回は、前回持っていなかった黒地の傘を手荷物として持っており、雨が全く降っていない今日の天気には不釣り合いな品を携えている。これでは怪しさ倍増だ。 「何、あの人?」「変態だ、うわぁ・・・」「警備員に連絡した方がいいかな?」とか聞こえてくるが、勘弁してほしい。どうなっても巻き込まれる未来しか想像できない。 だが、このお客は周囲の喧騒など知った事ではないらしく。むしろ知っていながらそれを面白がるように声音を弾ませて話す。 「雁夜。そんなに縮こまってどうしたんじゃ?」 「判ってて言ってるだろ、この野郎・・・少しは周囲の目を気にしやがれ」 「どうじゃ? この娘の服を探しとるんじゃが、似合うのを幾つか見繕ってくれんかのう。ワシには『今時のオシャレ』何ぞ、判らんゾイ」 「あ・・・、わ、判りました」 その奇抜な衣装のお客に呼ばれて、同行者らしい人が近づいてきた。大人が一人に女の子が一人。どちらも、観衆の目など集めたくなかったらしく、姿勢を低く肩を細めて歩いてくる。堂々としているのは彼の目の前に居る奇抜な衣装の客ただ一人だ。 そして『桜ちゃん』と呼ばれた少女が彼の眼前にやってきて、その少女の後ろにもう一人の同行者が立った。 今はまだ『可愛らしい』という言葉が似合うが、十年後には『美人』という言葉が似合うようになるだろう。既に美しさの片鱗が見えているので、着飾る素材としては素晴らしいと思わずにはいられない。 少女は普通だった。 ピエロを思わせる変な格好の関係者とは思えないほど普通だった。 後ろに立つ大人―――『雁夜』と呼ばれていた大人も、訪れる客の中では普通の範疇に入る。 一刻も早く目の前に居る不審人物から離れたかった理由もあり、彼は『桜ちゃん』と呼ばれた少女を誘導すべく、女児用の服があるコーナーに彼女を促す。 「ではこちらにどうぞ」 「ほれほれ雁夜、何をしておる。さっさと一緒に行かんか。桜ちゃんの為にきりきり働くんじゃゾイ」 雁夜と呼ばれた人に声がかかると、彼は不承不承という言葉がよく似合う苦々しい顔を向けたが、異論は無いらしく付いてきた。どうやら主導権はあっちの不審者の方が握っているようだ。 何となく、三人の関係が祖父と父と娘に思えたが、一秒でも早く離れる方を優先させて、それ以上考えるのを辞める。 彼と『桜ちゃん』と呼ばれた少女と『雁夜』と呼ばれた大人は一緒になって距離をとる。言葉にはならなかったし、視線を合わせた訳ではないが、『近くに居たくない』という心を通わせられた気がした。 ただし、こんな事で見知らぬ他人と共感できても嬉しくなかった。 彼はまたいれば殴りたくなる神を呪った。 彼はその後、『桜ちゃん』と呼ばれた少女と『雁夜』と呼ばれた大人に向けて『あんなのが近くに居て大変だな』と同情の視線を向けながらも、離れられたのを好機とみてアルバイト店員として接客を行った。 あんな変な格好をしている人物が近くに居るとは思えない程、二人は普通の範疇に収まる人達だった。あえて言えば、自己主張が乏しく、服を買いに来ている筈なのにこちらが色々な服を進めても『こんなのが欲しい』と求めてこない点がおかしいぐらいか。 「雁夜おじさんはどれがいい?」 「桜ちゃんが好きなのを選べばいいんじゃないかな?」 「じゃあ・・・・・・・・・それ」 借りてきた猫のように恐る恐る喋る様子が彼を苛立たせるが、あのお客に接客するよりは数倍マシだと思って自制する。 大人と子供が一緒にいたとしても、両者の関係が親子ではない場合はそう珍しくは無い。 近所付き合いをしている親同士の縁で知り合った仲かもしれない。 年の差は合っても同じ趣味を共有する仲間かもしれない。 叔父と姪の組み合わせかもしれない。 子連れの親が再婚して、新しい家族関係を構築している所なのかもしれない。 それは普通なのだ。 あんな傍にいたくもない奇抜な恰好の客に比べれば、親子には見えない大人と子供の組み合わせは普通なのだ。 どう接すればいいか困っているような、距離感を計りかねているような様子は少し珍しいかもしれないが、普通なのだ。 誰がどう言おうと、彼にとって『桜ちゃん』と『雁夜』の組み合わせは普通なのだ。 少なくとも彼にとって二人に対する接客はこれまで何度も繰り返してきたアルバイト店員としての責務から何ら外れる事は無く、店側から進める品と客が求めている品を調整しながら服を買ってもらう様に仕向けるだけだった。 一つの店の中に奇妙奇天烈で不可思議な人物が立っていたとしても、今の彼には関係が無い。そう自分に言い聞かせ接客を進める。 結果、下着も含めた女児用の上着やらスカートやらの上下セットを三つほど購入させることに成功し、アルバイトとして売り上げに貢献出来た。 レジに行くのにわざわざ付き添う必要は無く、彼は女児用の服があるコーナーから動かずに彼ら二人を見送る。そうしなければ、またあの変な人物に話しかけられそうだったので緊急避難と言えた。 物が売れたならば在庫から補充して見栄えを整える必要がある。 本来であれば後に回しても問題ない作業なのだが、別に今やっても問題ない作業なので、そんな風にアルバイトの仕事を自ら作り出して店の奥に引っ込んでいった。 あれに関わり合いにはなりたくない。 普通から逸脱する出来事なんて真っ平だ。 お願いですから、とっとと帰ってください。 心の中で呪詛を繰り返しながら、彼は逃げるようにその場を立ち去った。 すると休憩でもないのに店の奥に同じアルバイト仲間の人影が一つあった。年は五つほど上で、アルバイト経験も彼に比べれば多く『先輩』と呼ぶに相応しい男だ。 「先輩、こんな所でどうしたんですか?」 「いや・・・・・・ちょっと変なのに絡まれたから逃げてきた」 「もしかして――、店の中にいた変な恰好の・・・」 「判るか? 何なんだ、あれは!!」 「もういないと思いますよ、一緒に来た客、服買って帰ったとも思いますし」 「今日一番うれしい知らせだぞ、それ」 店の奥は客が立ち入れない関係者以外立ち入り禁止の区画なので、自然と雑談をする状況へと進んでしまう。まだ客足が遠のいていないので、本来ならばいけない事なのだが、彼も先輩も『変な客』という共通の話題を持ってしまったので話は止まらない。 そして『桜ちゃん』と『雁夜』の相手をしていた彼の代わりに、あの変な客に捕まって話を聞かされる羽目になった先輩から愚痴を聞かされた。 曰く―――。 「あの変な客は『間桐臓硯』とかいう名前の老人で、何でも『色素性乾皮症』とかいう病気を患ってるらしい」 「『色素性乾皮症』ってのは日光に当ると皮膚がんになる病気で、体中の他の免疫力も低下してるから雑菌とかウィルスとか感染しやすくなるんだと。んで、死亡率が高くて、若いうちに死亡する可能性が高くって、年寄りまで生きられるのは相当珍しいんだとよ」 「指先まで完全に覆い隠してるのは陽の光を遮断して雑菌とかに極力触れないようにするための防御手段らしい。見た目は変だけと宇宙服並みの性能を誇るとか自信満々に言ってたぞ。目元が開いてるじゃん、って突っ込んだら別の話に跳びそうだったから言わなかったけどよ」 「カラフルにしたのと角生やしてるのは趣味だって言い切られた。これまでずっと家に閉じこもった生活で、昼間出歩くなんて事してこなかったから、皮膚を隠すにしても出来るだけ派手な衣装にしたかったとも言ってたな。少しは年考えて自重しろよ!」 そして手に持っていた黒地の傘は日傘として目元に入る太陽の光を遮断しているらしい。 とか、なんとか―――。 「『もう十分生きたから残りの余生は好きなように生きる』だとさ。あれで遊んでる気になってんだぜ? 信じられるか?」 「先輩。何で病気とかそんなに詳しいんですか?」 「いや、お前が接客してる間に世間話と一緒に色々聞かされて、知りたくもないのに知っちまったんだよ。店長にフロアで長話するなって怒られちまった」 「フロアチーフっすよ」 彼は先輩の話を聞いて、あの恰好はそういう事か、と納得したが。あの奇抜な衣装で店に来るのを勘弁してほしいと思った。 日光を遮る衣装にしても、もう少し周囲の景観に溶け込めるモノが世の中には幾らでもあるだろう。そう考えたが、そこからはお客の領分なのでただのアルバイトが踏み込める領域ではない。 関わり合いにならなければそれでいい。もうそれ以外は望まない。しかし、彼の願いは再び裏切られる。 「また来るって言ってたぞ。その時は、接客よろしくな」 「マジっすか」 「マジだ」 彼は先輩の言葉を聞いて、また神を呪う。 入念に、執拗に、丹念に、粘り強く、強く強く強く神を呪った。