一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 遠坂桜 桜にとって間桐邸とは決して心地よい場所ではない。 住み慣れた遠坂の家を離れ、間桐へと養子に出されたのを桜は判っている。だから間桐の家が今の桜の家だという事もちゃんと理解しているのだが、そこに安心があるかどうかは別問題だ。 桜が間桐邸を苦手とするその理由、それはこの間桐邸にいる限り、あのおぞましく、醜く、汚らわしく、嫌悪しか思えない間桐の蟲を、そして桜を地獄の底に引きずり込んだ間桐臓硯を思い出してしまうからだ。 ここにいる限り、触れる事も見る事も思い出す事も考える事もしたくない間桐の蟲をどうしても思い出してしまう。 例え、現在の間桐邸には間桐の蟲が一匹もいないとしても、桜の心と体に刻まれた事実は消えずに残り続ける。侵され、汚され、犯され、穢された、その結果は覆らない。 一か月どころか十日にすら届かない短い時間だった。それでも弄られて嬲られて玩ばれた事実は桜の中に今もある。 忘れる事なんて出来ない。 嫌だ―――。 思い出したくない。 嫌だ―――。 無かった事には出来ない。 嫌だ―――。 自閉していようとも感情を表に出せるようになっても、結果は覆らず桜の中に残ったままだ。それを表に出すか自分の中に溜め続けるかの違いがあるだけで、記憶の有無については消えずにあり続けている。 だから桜は間桐邸によい感情が持てない。子供の自分は間桐邸の庇護を受けるしかないと理解しているからこそ、耐えるしかないと悟っていた。 「・・・・・・・・・・・・」 「桜ちゃんはまだ子供だ『世の中にはこんな事がある』と言うのを知るのもまた勉強で、雁夜とは違った意味でたくさんの事を学ばなければならない。これは別段、魔術師の家系に限った事ではなく、人としてこの世界に生を受けた者ならば等しく課せられた使命と言ってもいい」 そんな苦痛しか感じない日常に変化が現れたのは数日前の事。どこからともなく現れて、桜が嫌だと感じる全てのモノをこの間桐邸から消滅させたよく判らない人が出て来た。 どうしてここにいるのか桜には判らない。でも、その人は間違いなく桜が嫌悪する全てのモノを間桐邸から無くしてくれた。間桐の蟲を―――、間桐臓硯を―――、間桐鶴野を―――、この家から追い出してくれた。 だから桜はその人に感謝すべきだと判っていた。けれど桜の中に残り続けている事実がそれを許さない。 その人を前にすると感情が爆発して、間桐邸の中に合った全ての嫌なモノに感じる嫌悪感とは別の感情が蠢いて止まらなくなるのだ。 「こんな言葉があるのを知ってるか? 『無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり』、これはソクラテスと言う偉人の言葉だが、極論すれば『知らなければ何もできない』ってことを言い表してる。食べる為にも知らなきゃならない事があり、誰かと話す場合も会話を知らなきゃいけないし、ただ生活するだけでも知恵が必要になる。そうだろう?」 「・・・・・・・・・はい」 それでも桜にとってこの人は恩人だ。ものまね士ゴゴという名前の恩人なのだ。 雁夜おじさんは知っている人だからどう接すればいいか判る。でも、いきなり現れて間桐邸の当主に成り代わったゴゴとはどう接すればいいか判らなかった。 桜は不意にここにいない姉の事を思う。 姉さんだったらこうする筈。 姉さんだったらこうやる筈。 姉さんだったらこう話す筈。 そんな風にずっと背中を見てきた姉の凛を思えば思うほど、それを出来ない自分が嫌で嫌で仕方なくなり、姉と自分と比べてますますどう接すればいいか判らなくなっていく。 一時、感情に身を任せて殺そうとしたが、今は敵意も殺意もあまりない。それでもゴゴと何を話せばいいのか桜には判らないままだった。 結果的に感情を殺して、極力表に出ないようにしていた時とあまり変わらない接し方になってしまう。 ゴゴはその事を全く気にしていないようだが、それが『遠坂桜がこうありたい姿』とは大きくかけ離れているので、話しているだけで自分の醜さが浮き彫りになる気がした。 それも桜がゴゴを苦手とする理由だ。 「そこで今日の桜ちゃんにはあるモノを見てもらう為に来てもらった。悪いが、抱いてるミシディアうさぎをその椅子の上に置いてくれ」 「むぐ~?」 「・・・・・・」 ゴゴが現れた後、何故か一緒にいるようになった『ミシディアうさぎ』。今も桜の腕の中にいるその奇妙な生き物は、ふわふわで、もこもこで、ふにふにで、ふさふさだ。 感情を表に出さないようにしていた時から一緒に居たので、どうにも離れる事に抵抗を覚えてしまう。 けれど、ゴゴとどう接すればいいか判らず、加えてゴゴは桜と違って大人で、内に秘めた膨大な力は桜が呼び出したビスマルク程度では手も足も出なかった怪物だ。 逆らってはならない。かつて桜が間桐臓硯に抱いていた気持ちは、そのままゴゴへと移っている。桜はミシディアうさぎを離したくなかったが、仕方なくゴゴの言う背もたれの無い椅子の上に移動させた。 ただし、遠くに行きたくなかったので、すぐに近くの床に腰を下ろして『一緒にいる』とアピールするのは忘れない。 ほんの少しだがミシディアうさぎを通して変化が起こっているのに、桜当人は気付いていなかった。 「よし。それじゃあ俺の仲間だったリルムの特技『スケッチ』をお見せしよう。どうして起こるかは横に置いて『世の中にはこんな事がある』と見聞きしてくれれば、それでいい」 ゴゴはそう言うと、部屋の中に用意されていたスケッチブックを手に取り、机の上に置かれたパレットに水性アクリル絵の具の中身を幾つも幾つも絞り出した。 そして左手でスケッチブックを支えながら、右手で絵筆を取ってパレットの上に出された絵具をつける。 白と青と黄色を一緒に絵筆につけたらしく、絵筆が持ち上がった時にパレットに残った絵具は互いに混ざり合って別の色に変わり始めていた。 まるで今の桜の感情の様に―――色彩豊かな色が交じり合って、混じり合って、雑じり合って、全く別の色に変わるように―――。 一体、何をするのか? 桜がそう考えた時、ゴゴの右手が動いてスケッチブックの上で踊り始める。 淀みなく動き、回り、流れ、一枚の絵をスケッチブックの上に作り上げていく。 ただ手を動かしているだけなのに、その姿は演舞の様な美しさがあり、舞踏の素晴らしさ等ほとんど知らない桜でも、目を向けずにはいられない何かを魅せた。 綺麗だった。 格好よかった。 一分ほど、ゴゴの流れるような写生を見入っていた桜だが、唐突にスケッチブックの上に起こった変化に別の意味で目を奪われた。 「むぐむぐ?」 「え・・・」 ゴゴの持っているスケッチブックの上にミシディアうさぎがいたのだ。 桜は慌てて視線を横に動かして背もたれの無い椅子の上にいる筈のミシディアうさぎを探す。すると桜が抱きしめていたミシディアうさぎは間違いなくそこにおり、椅子の上とスケッチブックの上に別々のミシディアうさぎがいるのが判った。 「え・・・え? え?」 「これがリルム・アローニィの特技『スケッチ』だ。本当ならば数秒で書き上げるんだが、今回は完成度と持続性を高める為に入念に魔力を注ぎ込んだ。そっちのミシディアうさぎが桜ちゃん専用なら、こっちのミシディアうさぎは『量産型ミシディアうさぎ』とでも名付けようか」 ゴゴがそう言うと、スケッチブックの上にいつの間にか出現していたミシディアうさぎが床に下り、『むぐ?』と鳴きながら桜の元へと近づいてくる。 「あ・・・・・・」 ずっとミシディアうさぎに触れていた桜の目から見ても、この『量産型ミシディアうさぎ』は最初からいたミシディアうさぎは何も変わらないように見えた。 床に座り桜の横について頬を摺り寄せてくる姿も―――被っている帽子がちくちくするのも―――肌に触れるもこもこふわふわした感触も―――何もかもが同じだった。 どうしてこうなったのかは判らない。けれど、間違いなく二匹目のミシディアうさぎが現れて桜の元にやってきたのだ。 この時桜は新しく現れたミシディアうさぎに視線をやってたので気付いていなかったが、椅子の上に陣取っていたミシディアうさぎが『量産型ミシディアうさぎ』を目を細めて睨みつけていたりする。 その目が『ワシの主人に何さらすんじゃ、ボケ!』と言っている様であり、『新参者の分際で、随分とデカい態度やないか』と言っている様でもあった。 「さて、もう一匹いってみよう」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 間桐雁夜 聖杯戦争まで一年と言う限られた時間しかないので、雁夜としても一日も欠かさず修行を続けたいと思っている。しかしゴゴ曰く、休まずに戦い続けたら身に付くものも身に付かないらしい。 休む事もまた修行の一環だとゴゴは言葉を続けたが、雁夜としては鍛えれば鍛えた分だけ体に身に付くと思っているので、休む事そのものを悪や怠惰だと考える。 だが、鍛錬の主体である魔石はゴゴが管理しているので、魔術に関しては初心者の雁夜が魔術師として鍛錬できる事はほとんどない。時に魔石を貸与されたままの時もあるが、魔術師として結界など晴れない雁夜が魔石のコントロールに失敗すれば裏の世界の絶対的順守とも言える『神秘の秘匿』を犯してしまうかもしれない。たとえ間桐が始まりの御三家の一つであろうと、そうなれば聖杯戦争への参加どころではなくなる。 だから雁夜は満足に構えられない魔剣ラグナロクを十全に扱えるようになる為、体力向上の為にランニングと筋トレをする。 「ふぅ・・・・・・」 意識して体を鍛えようと思った事は無いし、既に十代の若者が持ち合わせている溢れんばかりの体力など雁夜の中には無い。 だから間桐邸を出発地点にしたランニングも、四キロほど走った所で根を上げてしまった。ここ数日の間に魔石やら魔剣やらものまね士やら、色々と常識外れの出来事に遭遇したが、やはり自分のひ弱さは変わらずにそのままだ。 雁夜は息を整えながら間桐邸に戻り、体にへばりつく汗の気持ち悪さを拭い去る為に風呂場へと向かう。 シャワーでざっと汗を流し、用意しておいた服に着替えて呼吸を整える。明日は筋肉痛になりそうだと想像しながら、雁夜は間桐邸の中にいる筈のゴゴと桜の姿を探し始めた。 腹立たしい事だが、ゴゴがいるからこそ、雁夜と桜の生活は成り立っている。 日常生活において必要な事。買い物や風呂の用意や食事や洗濯や掃除やらをゴゴがいつの間にかやってくれているからこそ、雁夜はこうして聖杯戦争に向けた修行に集中できるのだ。 そしてあのものまね士が『桜ちゃんを救う』と高言している限り、この間桐邸での桜の安全は確実に保証されている。雁夜では到底叶わない鉄壁の守りだ。 それが悔しい。自分の無力さを思い出してしまうので、余計に雁夜の意識は桜へと向いてしまう。逃避と言っても良かった。 間桐邸に戻る前はフリーライターを生業に生計を立てて来たので、一人ならばそれなりに時間を潰せる。しかし、雁夜が間桐邸にいる理由の根幹はあくまで『桜ちゃんを救う』為であり、全ての事象は彼女を優先させて考えなければならない。 フリーライター時代の事など忘却の彼方においやって雁夜は思った。桜ちゃんと遊ぼう。と 何をして遊ぶかどうかはさておいて、とりあえず雁夜は桜を探す。 もちろん同じ家の中にいるのだから、会おうと思えばいつでも会える。しかし、共に遊ぼうと意識して出向くのは初めてかもしれない。 「・・・・・・・・・どうするかな」 これまで雁夜が桜と会っていたのは公園であり、遊具があったし、間を取り持つ姉の凛や母の葵がいた。けれど、今現在、間桐邸の中にいるのは雁夜とゴゴのみ、遊ぶならば真正面から桜と接しなければならない。 「あの年頃の子が喜ぶ事って・・・何だ?」 今更ながら、雁夜は『遠坂桜』という少女が何に喜びを感じ、何を楽しく思い、何を趣味にしているのか全然知らない事に気が付いた。 公園で会う時はいつもお土産を渡すばかりで、桜から何が欲しいとか言われた事が無い。悪い言い方をすれば雁夜が押し付けて桜が受け取っていたのがこれまでの図式である。 これでは駄目だ。 雁夜は桜を救うと決めたのだから、救う桜当人の事をもっとよく知らなければならない。 ならば桜を知る事から始めよう―――。そう心に決めて桜を探し始め、間桐邸から出て行った鶴野の部屋の方から、何か物音がする事に気が付く。 既に部屋の主である鶴野は家にいないので、物音がするとすればゴゴか桜のどちらかしかない。そう思って近づいてみると、聞こえてくる音が徐々に大きくなり、一人や二人の人間程度では出せない騒音へと変化していった。 「む・・・」 一体、部屋の中で何が起こっているのか? 元鶴野の部屋の前に辿り着き、閉ざされた扉を見ながら雁夜は考える。 可能ならばこのまま引き返して何も無かった事にしたいのだが、部屋の中に桜がいる可能性がある以上無視してはいけない。部屋の中に桜がいないと確証が得られない以上は確認するのが雁夜の義務だ。 それでもいきなり開けるのは失礼なので、鶴野がいた時は決してしなかったノックをする。 コンコン、と音を響かせて中にいる誰かへと存在を示す。すると部屋の中から聞こえてきた物音は更に激しさを増し、大量に居る何かを伝えていた。 部屋の中で何か沢山のモノが蠢いている。 「・・・・・・何なんだ、一体」 「雁夜か、入ってこい」 ポツリと呟いた独り言が結果的に部屋の中にいる誰かへの問いかけとなり、返答が雁夜の耳に入ってきた。 ゴゴの声だ。 何をしているか判らないが、出会ってから雁夜の予想外の事しかしていないゴゴが人の常識で測れる普通の事をしている筈がない。 またろくでもない事をやっているのだろう。もしかしたら別の魔石を使って、新たな幻獣を呼び出して同席しているのかもしれない。雁夜はとりあえずありえそうな予想を作り出しながら、どんな光景が広がっていても咄嗟に動けるよう心構えを作り出す。 「失礼するぞ」 どうにもゴゴに対しての言葉が無礼になってしまうのだが、最初からこうだったのでどうしようもない。師匠と弟子と言う間柄だが、言葉遣いを直せを言われた事もないし、ゴゴが全く気にしてないので今も口調はそのままだ。 雁夜は少し軋むドアを開く。 そこには―――。 「むぐむぐ?」 「むぐ~」 「むぐっ」 「むぐむぐ」 「むぐ、むぐ~」 「むぐむぐむぐむぐ?」 「こ・・・れは・・・」 部屋の床を埋め尽くし、足りない分は机の上やベットの上も占領する大量のミシディアうさぎがいた。 ゴゴが呼び出す恐ろしい幻獣がいても驚かない自信はあった。物音の予想に反して何もない光景が広がっていても驚かない自信はあった。けれど、どこか間桐の蟲を思い出してしまう『大量の生き物』には足を止めて絶句するしかない。 人の住む家という条件の中に合って、絶対に普段ならば見られない大量の動物の姿。しかも半数近くが部屋のドアを開けた雁夜の事を見上げており、『おう、誰かが来たぞ』『雁夜だ、雁夜が来たぞ』『何しに来たんじゃこいつ』『何立ち止まってんだコイツ』『へたれだ、へたれがいるぞ』と言っている気がする。 実際にはむぐむぐしか言ってないのだが―――。 一匹や二匹程度ならば小動物に見つめられても何も感じないが、それが数十匹ともなれば話は別だ。 部屋の床を埋め尽くす膨大な量で、可愛いとか、柔らかいとかそう思うより前に、数の多さに圧倒されて恐ろしさが先に来る。 さっきも考えたが、『床を埋め尽くす生き物』というのはどうしても間桐の蟲を思い出してしまうのだ。既に間桐邸の中には一匹もいないと判っているが、恐怖は納得を容易く吹き飛ばした。 「『101匹わんちゃん』に倣って作り上げた『101匹ミシディアうさぎ』だ。壮観だろう」 「・・・・・・いや、ただ不気味なだけだ」 雁夜は壁際で絵筆とスケッチブックを手に持つゴゴに向かってそう言った。 足は部屋にそれ以上踏み込もうとも後ずさろうともせずその場に釘付けになってしまう。だから雁夜は動かぬ足を無視して―――本当は一歩も動けなかったので、部屋の中を見渡した。 そして背もたれの無い椅子の近くで横になっている桜の姿を発見する。 「桜ちゃん!」 「寝てるだけだ、騒ぐと起きるぞ」 桜の姿を認めた瞬間に足の硬直は解け、床を埋め尽くすミシディアうさぎを足で軽く蹴って押し退け始める。 一歩前に出ただけでミシディアうさぎにぶつかるので、踏まないように慎重に慎重に部屋の中へと入っていく。 そして桜の元に辿り着くと、腕の中に一匹のミシディアうさぎを抱きしめたままの寝息を立てている状態を確認出来たので、安堵のため息を吐く。 自分以外の何かに埋め尽くされると言う状況は間桐の蟲蔵とそう変わりないのに桜は何故平気なのだろう? 見ると、桜の手はギュッとミシディアうさぎを掴んでおり、体毛の感触を確かめるように強く握られていた。 更に視点を広げて見れば、桜の周囲を取り巻くミシディアうさぎは、他のミシディアうさぎと違って桜に寄り添っており、羽毛布団の様に桜を包み込んで動かないのに気が付いた。 間桐の蟲とは異なる、柔らかく、暖かく、自分を包んでくれるミシディアうさぎの心地よさに昼寝してしまったのかもしれない。もしかしたら、間桐の蟲とは異なるからこそ安心して眠れているのかもしれない。 雁夜はとりあえず危険が無い事を確信し、桜の頭に手を伸ばしてそっと撫でた。 「むぐっ、むぐっ」 「むぐむぐ」 「むぐむぐ?」 「むぐ」 「むぐむぐ? むぐむぐ? むぐ~」 大きく鳴いている訳ではないのだが、小さな鳴き声も数が揃えばそれだけで十分喧しい。雁夜はこの音の中で眠れる桜の豪胆さに感心しながらゴゴに視線を向ける。 「で? これは何の騒ぎだ?」 「広い間桐邸で人が少ないと桜ちゃんが寂しがると思ってな、ついでに『魔術にはこういう事も出来る』って教える為にやった」 「・・・・・・・・・もう少し減らせないのか」 「出来るぞ」 ゴゴはそう言うと、机の上にいたミシディアうさぎをどけて、持っていた絵筆とスケッチブックを置く。 そして部屋の中にいる全てのミシディアうさぎに向けて手を一振りすると、ポンッポンッポンッポンッポンッポンッポンッポンッポンッポンッ、と軽い音を立ててミシディアうさぎが白煙となり姿を消していった。 一匹が消え、二匹が消え、十匹が消え、二十匹が消えてゆく。 部屋の中に煙が充満して視界が悪くなっていくと、それに合わせてミシディアうさぎの数がどんどんと減っていった。 雁夜は慌てて窓辺に移動すると、白煙を外に出す為に窓を開く。もちろん移動する場合も床のミシディアうさぎを踏まないように細心の注意を払ってだが。 窓を開け放つと白煙は出口を求めて外へと排出されていった。 目を瞑って煙から身を護った後、もう一度目を開いて部屋の中を見る。そこには桜が抱きしめるミシディアうさぎと彼女を取り囲む数匹のミシディアうさぎだけが残っていた。 抱かれた一匹と周囲の九匹、床を完全に埋め尽くす膨大な量のミシディアうさぎは消え失せ、今や十匹だけのミシディアうさぎが部屋にいる。 「減らせるならあんなに増やすな!!」 「桜ちゃんが喜んでいたから問題は無い」 雁夜はゴゴの言葉を聞きながら、変わらず床の上で眠り続けている桜へと視線をやる。そして、とりあえず桜はもこもこふわふわしたモノが嫌いじゃないと脳裏に刻みこんだ。 これも収穫だ、そう思わなければ色々とやってられなかった。 後ほど。スケッチで再召喚された『101匹ミシディアうさぎ』が冬木の地に放たれ、聖杯戦争のスパイとして大いに役立つことになるのだが―――。この時の雁夜はそんな事を全く考えていなかった。