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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:ac86df83 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/14 00:33
  第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐鶴野





  ここ数日間で鶴野の予想通りに事が進んだことなんて一度もなかった。いや、正確に言えば、臓硯が生きていた時はある程度は今後の展開が予測できたのだが、それが叶わなくなったのだ。
  例えそれが鶴野の望むモノでなかったとしても、これまでは未来に待ち構えているモノが何であるかを少しは知れていた。今のように見通しの全くない暗闇の中を歩かされているような恐怖はほとんどなかった。
  鶴野が望まぬ事をやらされる。それでも。先がある程度判っている道があった。けれど今はその道の代わりに恐怖だけが鶴野の前にある。
  何故こんな事になったのだろう?
  何故、こうなってしまったのだろう?
  考えても答えは出ず、鶴野はどちらであっても結局は苦難しかないのだと半ば諦める。そうしなければ今この瞬間にも発狂しそうだからだ。
  「そして俺は目の前に現れた人間にこう言った。『そうか。世界を救おうとしているのか。では、俺も世界を救うと言うものまねをしてみるとしよう』と。それから仲間達のものまねをしながら、世界を渡り歩いて、星に生きるすべての生命を根絶させようとしている悪と戦う事になった」
  「・・・・・・」
  何故こいつは俺の部屋にいるのだろう?
  何がどうなって、こんな状況が出来上がってしまったのだろう?
  鶴野はもう一度現実の理不尽さを考えてみるが、やはり答えは出なかった。
  当たり前だ。現実に起こる理不尽さの大半は自分のあずかり知らぬところで発生する不幸の連鎖の積み重ねであり、そこに個人の意思が介在する余地など無い。
  だからこそ世の中には『理不尽』という言葉が存在するのだ。誰もが自分の思い通りに事を進められる訳ではない。出来の良い兄や偉大な父など、とんでもない比較対象が側に居れば自分と言う存在は薄れ、自分で何かしようとする意志が薄い者には明るい未来など与えられる訳がない。もっとも鶴野の場合は怪物の父と自分の醜さを思わせられる弟だったが。
  鶴野は自分から何かをしようとはしなかった。そして、人知を超えた力は文字通り『降って湧いた』。これで理不尽な状況が生まれなかったら、それはそれで奇跡だろう。
  理由が合って結果がある。鶴野にはどうしようもない真理に基づき、鶴野の恐怖が目の前の現実として具現化している。
  「本来の三闘神の力は人間に納まるほど小さくは無い。元々の器の大きさが三闘神に匹敵するほど強大か、あるいは力を受け止める人間が『人』を辞めれば、あるいは三闘神の全ての力を手に入れる事も不可能ではなかったかもしれない。しかし、ケフカ・パラッツォは自分の持つ器を全て三闘神の力で満たして満足してしまった。力に取りつかれたが故に本質を見失った哀れな男だ――」
  同じ部屋の中にいるので、聞きたくなくても、相手の声はしっかりと聞こえてしまう。
  両手で耳を塞げば声を聴かずに済むかもしれないが、『聴かない』という行為そのものが相手の機嫌を損ねるんじゃないかと思うと、恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
  猛獣と同じ部屋の中にいる恐ろしさを何倍にも何十倍にも引き上げたのが今の鶴野の心境だ。実際に体感した事は無いが、それが一番近い気がする。
  「結果はさっき聞かせた通り。人の肉体を捨てたケフカ・パラッツォは同じ三闘神の力を持つ俺の仲間によって滅ぼされた。素養は奴の方が上だったかもしれないが、十二人を一度に相手にして勝てると思ったのが奴の敗因だ。そして瓦礫の塔は崩れ去り、三闘神と言う魔法を世界に留める楔が失われて俺の元へと還ってきた。この力があの世界に存在すればまた同じことを繰り返す、だから俺は次元を超えてここに辿り着いた」
  雁夜から事情を聞いて、臓硯がいなくなったのを知って、鶴野はこれからをどうするか考えていた。
  それなのに、乱入者は鶴野の都合などお構いなしに部屋に入り込んでただただ言葉を放ち続ける。鶴野が人生の岐路に立っていると言うのにそんな事はどうでも良いと言わんばかりだ。
  鶴野は悔しかった。
  そして恐ろしかった。
  「お前が俺に怯えているのは判る。『ものまね士ゴゴ』の本質は人とかけ離れた超常の存在、膨大な力がただ人の形を取っているだけで、この体は決して人ではない。人は別格を嫌い、差異を恐れ、異端を排斥して心を平穏を得ようとする。だからこそ『ものまね士ゴゴ』をお前は恐れ、こうして話をしに来ても常に警戒して心を許したりなんかしない」
  このものまね士ゴゴと名乗った人ではありえない何者かが、怖くて怖くて仕方なかった。
  ただ、恐ろしさゆえに鶴野はゴゴが語り聞かせた内容の多くを理解してしまう。
  普通ならば一度話を聞いただけで全てを覚えるなんて出来ない筈、復習が存在するのは一度限りでは身に付かないからだ。しかし今の鶴野は違った。今までの人生の中でこんなにも集中した事は無いんじゃないかと―――片時も目を離せず、一瞬も気が抜けず、聞こえる音は全て洩らさず、ゴゴと言う存在を注視し続ける。
  結果、雁夜が聞いた内容とほぼ同じことを耳にしながら、鶴野は雁夜以上にゴゴの過去や武勇伝や歴史を自分の中に取り込んでいく。そうしなければならなかった。
  相手は部屋の壁に背を預けながら佇み、鶴野は部屋にある椅子に腰かけて対面している。ほぼ真向いの位置にそれぞれ陣取っているので距離はある、けれど同じ部屋の中にいる事実は変わらず、鶴野はどこか叱責されているような気分を味わわなければならなかった。
  有無を言わさずに部屋に入って勝手に話を始めた。聞く気など最初から無かったのに、恐ろしいから聞くしかなかった。それが強制された集中だとしても、鶴野はゴゴの歩んできた時間を知る。
  そしてゴゴが続けた言葉もしっかりと聞いた。
  「いいか鶴野。お前は正しいんだ」
  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
  「お前はどうしようもなく『人間』なのさ。恐れ、喜び、苦しみ、笑い、嘆き、楽しんで、悲しむ、そんなどこにでもいる『人間』だ。人ではない俺を恐れるのは正しい反応で、恐れない方がどうかしている。たとえ間桐の魔術を知ろうとも、未知と自分の力が及ばぬ現象に恐怖するのは決して間違いじゃない」
  「・・・・・・・・・」
  「もう一度言うぞ。鶴野、お前の恐怖は――俺を怖いと感じる心は正しい」
  恐ろしさ故に鶴野はゴゴの言葉に返答できなかった。
  慣れ親しんだ相手ならば何の気負いもなく色々と言えるかもしれないが、鶴野にとってゴゴは天災に匹敵する疫病神だ。そこにいるだけで鶴野に恐怖を植え付けるろくでもない存在だ。
  臓硯をあっという間に殺した殺人鬼で。いつ鶴野の首を掻っ切るんじゃないかと不安で不安でたまらない。だから、ゴゴの口からそんな言葉が出てくるとは思ってもなかったので、驚きも鶴野の言葉を詰まらせる原因となった。
  ずっと言葉を聞いても、すぐに返事は出来なかった。
  何を言えば良いか判らなくなった。
  「お前が雁夜の話を聞いて、俺の話を聞いて、今の状況を考えて、どんな選択をするかはお前にしか判らない。俺はお前がどんな選択をしようと、それが『桜ちゃんを救う』邪魔にならなければ構わない。俺が恐ろしいなら『人間』として、恐怖から遠ざかればいい。何を選ぼうと誰もお前を責めたりしない」
  こいつは何を言っているのだろう?
  いつから自分史が鶴野への会話に変わったのだろう?
  音は全て鶴野の耳から入り込んで頭の中に染みわたっていくが、その言葉がどんな意味を持っているかを咄嗟に理解できない。
  けれど強いられた集中が何とかゴゴの言葉を理解しようと動いてゆく。
  「鶴野、お前は頑張ってるんだ。誰にも理解されないかもしれないが、今だってお前は現実と戦って俺の前にいる。これまでだって臓硯から強いられた多くの事に従ってきたかもしれないが、嫌だったんだろう? この苦境から逃げ出したいと、今もそう思ってるんだろう? それは間違いじゃない、むしろ『人』として正しい反応だ」
  頭はゴゴの言葉を受け止め、口はオウム返しの様な言葉しか言えない。
  「よく我慢して今まで耐えてきたな。もう嫌な事をしなくてもいいんだ、間桐鶴野。お前は自由だ――」
  「自由・・・・・・」
  「そうだ、お前は自由だ。何をするのも、どんな選択をするのも、『自分に由る』、『自由』だ。誰かに従うんじゃない、お前の主人は間桐鶴野自身だ」
  「俺の・・・・・・」
  気が付けば、恐怖こそなくなっていないがゴゴの言葉に対して少しだけ返答をしている状況が出来上がっていた。
  明確な言葉を返してないし、歩み寄ろうなんて気は全く起こっていない。それでも、相手の言葉を聞いて、それに対して何かしようと言う気持ちが鶴野の中に合った。
  ただ唯々諾々と従っていた状況とは何かが違う。
  不快ではない、愉快でもない、心地よくもない。ただこれまでと違う感覚が鶴野の中から広がっていく。
  「悪しき臓硯はもうこの世のどこにもいない。間桐鶴野の道を邪魔するモノは何もなく、大きく開かれたんだ。これまでが大変だったなら、これから取り返せばいい。先の判らない未来に不安を覚えるかもしれないが、お前なら大丈夫だ」
  ゴゴの言葉が一つ語られる事に鶴野の中から何かが生まれていく。
  これまでは恐怖しか感じなかった筈の言葉、今は切っ掛けを生み出すモノとなり鶴野の中に入ってくる。
  鶴野にはこれが何なのか判らなかった。
  説法のようであり、説得のようであり、ただの会話のようであり、叱咤のようでもある。その言葉が何なのか判らなかった。
  「これまでずっとずっと耐えてきたお前なら何だって出来る。間桐鶴野が積み重ねてきた『自分』は誰にも怪我される事のないお前だけのモノ。どうやってそんな風に『間桐鶴野』を築き上げてきたんだ? その答えがあれば何でも出来る」
  「俺・・・は・・・」
  「存分に悩め、どんな結論も俺は否定しない――。それこそが間桐鶴野だ」
  「・・・・・・・・・」
  ゴゴが言うとおり鶴野思い悩んでいると、言いたい事を全て言い終えたのか現れた時と同じようにゴゴは何の断りもなく部屋を出て行ってしまった。
  部屋からいなくなるなら止める気は初めから無いが、それでも止める気を起こす暇もない素早さだ。残されるのは部屋の中にいる鶴野一人。
  頭の中に刻まれた言葉が思考を呼び、強いられた集中は途切れることなく鶴野に色々な事を考えさせ続ける。
  そして鶴野は思った。誰も本気で相手にしてくれない、そんな存在には戻りたくはない。と。
  間桐邸の中で臓硯の指示に従っていた時はとにかく楽だった。やりたくない事を何度も何度もやらされて苦難を味わっていたとしても、自分を消し去れば何も考えずに生き延びることが出来た。
  けれど、そこに『間桐鶴野』はいない。臓硯の事情を知るからこそ生かされていたし、できそこないでも間桐の名を継ぐ者だったから生きていけた。だがそれは鶴野が思い描く『自分』ではなく、臓硯にとって都合のいい部品だ、『間桐鶴野』という名の生きた機械でしかない。
  鶴野はゴゴの言葉をすべて認めた訳ではない。むしろ思い返せば、鶴野の事を全て知っているような口ぶりには怒りすら覚える。それでも臓硯の死亡が鶴野が失ってしまった『間桐鶴野』を取り戻せる機会なのだと判れた。
  鶴野は酔いたかった。
  理不尽な境遇に追い込まれた自分を知り、思い返し、我に返って自分で自分が嫌になるのを判りたくなかった。酔って何もかもを忘れたかった。
  普段の自分など思い出したくもない。
  間桐臓硯がいた―――、だからこそ、それは叶わぬ夢として鶴野の中に常にあり続け、自責の念となって鶴野自身を押し潰していた。
  その臓硯はもういない。
  「俺は・・・・・・」
  どうすればいい? どうしたい? どうありたい?
  これまで繰り返してきた誰かへの問いかけ―――主に臓硯にしたかった疑問が、徐々に自分への反芻へと作り変えられていく。
  繰り返せば繰り返すほどに間桐臓硯がいなくなった事実が膨らんでいき、鶴野の問いかけは自分自身への問いかけになっていった。
  何がしたい?
  何をやりたい?
  どんな自分になりたい?
  不意に息子の慎二の姿が鶴野の脳裏に浮かんでくる。
  「・・・・・・・・・・・・慎二」
  親としての自覚など殆ど無いに等しかった歪な関係。何故かは判らないが、鶴野は無性に慎二に会いたくなった。
  自分を縛り付けている間桐邸は苦痛でしかない。
  臓硯の延長で魔術なんてモノに関わって、幸せなど一度も感じなかった。
  鶴野は魔術師としての才能など無いできそこないだ。しかし鶴野は間違いなく一人の人間だ。ただの人間だ。
  間桐鶴野はどんな自分でいたいのか? 少なくともそれは間桐の当主などではない。
  疑問が頭の中を駆け巡り、鶴野は一つの結論へと到達する。
  それは―――。





  「家を・・・出る?」
  「ああ。お前に言われてじっくり考えてみた。お前はまだ魔術に関わっていくのかもしれないが、俺はもう金輪際、聖杯戦争にも魔術にも関わりたくない。だから俺はこの家を出ていく。誰が何と言おうと、俺はもうこの家には近付かない」
  そうやって言葉にして雁夜に聞かせると、雁夜は真意を探る様に鶴野の目を見返してきた。
  雁夜が何を考えているかなんて鶴野には判らない。十年以上離れていた兄と弟が分かり合える筈は無く、二人にはテレパシーでの意思の疎通なんて便利な能力もない。
  だから鶴野はただ自分の言葉を雁夜に聞かせるだけだ。叶うならば、そこに至るまでの経緯も過程も苦痛も全ても言葉にして雁夜にぶつけたかったが、今は一秒でも早く間桐邸から出たくて仕方がない。
  朝食の席には雁夜と桜、そして鶴野が座る場所がちゃんと確保されており、朝食の用意こそまだされていないが、席はしっかりと作られている。昨日と一緒だ。
  それは間桐鶴野を招き入れる一つの形。けれど、鶴野はそこに入る気は無く、彼らと歩み寄ろうとは思えなかった。
  何故なら、魔術の世界にまだ関わろうとする雁夜も―――鶴野の罪の意識を強烈に呼び起こす桜も―――、今の鶴野にとっては関わり合いにはなりたくない筆頭だからだ。とりあえず彼らの足もとにいる妙な恰好をした兎は見なかった事にする。
  「間桐の魔術を存続させる気が無いならお前にとっても不都合はないだろ? 雁夜と一緒で俺にも間桐の魔術を存続させる力なんて無いんだからな」
  「・・・・・・・・・」
  昨日までの鶴野では到底考えられないほど強い物言いで雁夜に言葉をぶつける。だからなのか、雁夜は投げつけられた言葉に窮し、どう言えばいいか判らずに困惑しているようだ。
  これは本来ならば昨日の内に済ませておくべき事だった。
  しかし話をしようと部屋を出て雁夜を探してみれば、雁夜も遠坂桜も等しく眠りの世界に旅立っており、話を出来るような状態ではなかった。何が合ったのか多くを聞く気は無く、確かめる気もないが、魔術絡みで二人とも眠らなければならない状況に陥ってしまったのだろう。
  だから鶴野は雁夜が目覚めるのを待ち、その間に間桐邸を出ていく準備を進めた。
  もう既に間桐邸を出ていく準備は整っており、臓硯から渡されて鶴野が自由に使える金もしっかり確保されている。雁夜が残った間桐邸をどう扱うかは知らないが、雁夜がいなかったこの十年、鶴野が味わってきた苦難を考えれば正当な報酬と言える。
  人が一生を過ごす金額には足りないかもしれないが、それでも新しい生活基盤を築いたり、息子の慎二に会いに行って今後の事をじっくり話し合う時間が十分に作れる金額だ。散財せずに慎ましく暮らすならば生涯事足りるかもしれない。
  間桐邸から持ち出す私物は少ないが貰える物はしっかりと確保している。
  鶴野が間桐邸で過ごし、そして雁夜が寄り付かなかった十年。過ぎ去ってしまった時の流れを思い出し、鶴野はそれを言葉にする。
  「雁夜。十年前のお前と同じだな」
  「・・・・・・そうだな」
  先日雁夜は色々と鶴野に対して強く言ったが、雁夜にも負い目はある。それは『間桐から逃げた』という事実だ。既に十年間も寄り付かなかった実績があるので、それを追及されると言葉につまる。
  少し意地が悪かったか? 鶴野はそうやって自分の言葉を思い返すが、万が一にでも間桐邸に残ってほしいなんて言われるない様に釘は指しておくべきだ。
  雁夜は十年前に間桐を捨てた。ならば今、鶴野が同じ事をやったとして誰が責められるだろうか?
  とりあえず横目でちらちらと鶴野を盗み見ている桜の事は横に置き、鶴野は決定的なひと言を口にする。
  「もう一度言うぞ雁夜、俺はこの家を出る。聖杯戦争とか、間桐の魔術とか、そういうややこしい事は全部お前に任せるぞ。いいな?」
  「――判った」
  本来であれば、このやり取りは臓硯が消えたのだと判った時点で行われなければならなかった。しかし、鶴野が色々と引き延ばしたせいで一日も経ってしまったのだ。その分だけ恐怖の権化と同じ家の中にいた鶴野の心労が増えたのだが、即断即決できなかった鶴野にも原因があるのでそれはいい。
  とにかく今日で鶴野は間桐と縁を切る。
  十年前は雁夜も似たような事をしたが、今回は追っ手となる臓硯がいないので、完全に縁を切るのも難しくは無いだろう。
  後は任せた。俺にはもう関係ない。金輪際、関わらない。お前たちはお前たちで好きにやってくれ。魔術なんて物騒な世界から俺は逃げる。
  そんな無言の圧力が伝わったのか、それとも十年前に今の鶴野と同じように間桐から逃げた罪悪感が合ったのか、雁夜は承諾の言葉以上は何も言わなかった。
  隣に座る桜の姿も目に入り、つい先日見た感情の宿さぬ目ではなく、怯えた様子で鶴野の事を見ているのが判った。いつの間にか間桐邸に来た時のように戻ってしまったのかが気になったが、最早鶴野には関係のない事なので、それ以上考えるのを辞める。
  ああ、なんて清々しい気分なんだ――。関わらなくなっただけで心が軽くなる。鶴野はそう思った。
  「何だ、鶴野は間桐の家から出ていくのか。なら、この食事が三人でとる最後の食事だな」
  そう思っていた時、鶴野が見ている食卓とは別の方向から声が飛んできた。
  鶴野は心の中に刻まれた恐怖から即座にそちらに視線をやり、三人分の食事をトレイに乗せたものまね士ゴゴの姿を見つけてしまう。
  食事の用意をする為にエプロンを身に着け、黄色やら赤やら青やら黒やらの色彩の豊かさを更に膨らませているので、一見コミカルな印象を受けるかもしれないが。鶴野はその見た目を裏切る強大な力が人の形を取っているだけだと知っている。
  ゴゴの姿を見れば恐怖で足がすくみ、後ろに跳躍して距離を取りたくてたまらなかった。
  視界に入れる事も恐ろしく、後ろを振り返って脇目も振らずに走り去りたかった。
  恐怖が鶴野の足を縛り付ける。弟の雁夜には強く言えたが、ゴゴを前にすれば虚勢は軽く吹き飛んでしまう。口は接着剤で固められたように動かなくなり、立ちながら指一つ動かなくなった。
  「これが最後の晩餐か」
  「不吉な事を言うな!」
  目の前でゴゴがトレイに乗った食事を並べても動けない、雁夜と言い合いをしている姿を見ても全く動けない。
  別の料理を持って来るために視界から消えてくれなければ、鶴野はずっとそこに佇んでいただろう。
  「・・・・・・・・・」
  これで終わりだ。何もかもが終わりだ。そうやって鶴野は自分に言い聞かせ、間桐邸の最後の食事をとる為に一歩踏み出して食事の席に付く。
  同席するつもりは無かったが、ここでゴゴの機嫌を損なえば出ていくのも難しくなるかもしれないからだ。感傷など全く無いが、生き残る為に強者に逆らう愚かさは身に染みている。
  「兄貴・・・」
  「この家でとる最後の食事なんだ、俺がいても構わないだろ」
  「ああ――」
  そしてゴゴが二度ほど台所と食卓を往復して朝食の準備が完全に整った後、鶴野にとって間桐邸での最後の食事が始まった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐雁夜





  「じゃあな雁夜」
  「じゃあな――、兄貴」
  兄弟の離別。言葉にすれば短い単語の組み合わせで表現してしまう別れ。雁夜は鶴野とのそれを体験しながら、別段悲しいとは思えない自分に納得していた。
  それもその筈。鶴野とは既に十年と言う月日を隔ててしまった者同士であり、雁夜には雁夜の十年があり、鶴野には鶴野の十年がある。
  十年―――言葉にすれば短いが、さほど仲の良くなかった兄弟が赤の他人に変わってしまうには長すぎる時間だ。
  あるいは雁夜と鶴野がとても仲の良い兄弟だったならば別れに悲しみがあったかもしれないが、雁夜が覚えている鶴野との仲はそれほど良いモノではなかった。むしろ十年以上前から臓硯の手先としての自分を受け入れていた鶴野を嫌悪すらしており、兄弟仲は険悪といってもよい。
  十年前。鶴野を理由にして間桐邸に残るほどの強い気持ちは無かった。十年もの月日、間桐の魔術から逃げ続けていた雁夜が行動で鶴野との仲の希薄さを証明したのだ。
  むしろ、憎しみ合ったり、恨みあったり、殺し合ったりせず、こうして何の愁いもなく思える別れで終わってよかったのだ。雁夜は悲しまない自分への落胆ではなく、そんな前向きな気持ちを自分の中に作り出していく。
  もっとも雁夜がさほど気にしなくても、兄:鶴野の方は大いに気にしているかもしれないが、言葉にされなかった心の所作を読み取る術など持ち合わせていないので、『そういう事』として納得するしかない。
  「行ったな・・・」
  「これで少なくとも聖杯戦争絡みで鶴野が冬木に近づく事はなくなるだろう。聖杯戦争の他の参加者が間桐への人質として鶴野を使ってくる可能性や落ち着いた先で魔術師の問題に巻き込まれる可能性はあるが、起こってない事を今言っても仕方あるまい」
  「そうだな。聖杯戦争の問題が解決したら、魔術師でもないただの兄弟として話せるかもしれないし・・・・・・、兄貴にはこれで良かったんだ」
  雁夜は玄関口でゴゴと並び立ち、鶴野が立ち去って行った方向を見つめて、そこから完全に人影が消えてしまった事を確認した。大きめのトランクを引きずってゆく姿はもうそこには無い。
  言葉にしても、やはり胸に宿る感情は別離への悲しみではなく、だからと言って喜びでもなかった。
  あえて言葉にするならば『無感動』が最も近いだろう。心は何の反応も示さず完全に間桐邸からいなくなってしまった兄を見送っても何も思えないのだ。
  だから雁夜はすぐさま意識を別の事に切り替えられた。感傷とか、余韻とか、そう言った類のモノが何一つなかったから、それが出来た。
  「なあ、ものまね士」
  「何だ?」
  「あの兄貴がお前が現れた後で進んで俺たちと食事をとるなんてただ事じゃない。俺が寝てた間に、兄貴になんて言ったんだ?」
  「大したことじゃない。人は誰だって自分のしてきた事を認められたい気持ちがある。普段恵まれぬ人生を歩んでいる人間ほどその気持ちは強い。それを言葉にして聞かせただけだ」
  ゴゴはそう言うと、小さく一歩前に出て雁夜の斜め前に位置を変えた。
  「間桐鶴野はそう望んでいた。こうありたいと――、こうしたいと――、こうなってほしいと――。俺はそれを言葉にしただけだ。間桐鶴野を『ものまね』して、鶴野自身に返したと思えばいい」
  「そうか・・・」
  ゴゴがどのような言葉で鶴野を説得したのかは定かではなく、そこで言葉を区切ったゴゴはそれ以上話す気が無いようだ。
  だから雁夜はゴゴの言葉を反芻しながら、自分だったらどんな言葉を聞けば間桐邸を出ていく気になるか考える。
  きっと自分は誰かに理解されてほしいのだろう。雁夜はそう思った。
  十年前はただ間桐から逃げたくて逃げたくて仕方なかったからこそ、間桐を捨てたのだが。鶴野のあれは雁夜の『逃亡』ではなく、自発的な『出発』だ。前提が大きく異なる。
  桜を救うのは間桐を逃げ出した雁夜自身の責任であり、本来であれば遠坂桜が間桐に来る必要など微塵もなかった。どんな理由で遠坂時臣が桜を間桐に養子に出したのかはまだ判らないが、桜は臓硯の手で地獄に引きずり込まれたのだ。
  今はまだ手を掴んで掬いだしている真っ最中。まだ桜の心は絶望に片足を突っ込んでいる状態で、完全に『掬い』、そして『救う』為にはまだまだやるべき事が多い。
  これは雁夜が生み出した業だ。誰かに認められるような事ではない。
  しかし誰かがそれを称賛したらどうだろうか? 桜を救おうとする雁夜の意思を肯定してくれたらだろうだろう? きっと雁夜は嬉しくて嬉しくてたまらない。
  桜ちゃんを救おうとしている間桐雁夜。その姿に酔って酔って酔いしれて、そして達成し、納得され、称賛された時、雁夜は何の愁いもなく間桐邸を出ていけるだろう。
  鶴野がそうであるように―――。
  この『全肯定』と似たような事が鶴野に起こったとしたら、きっと兄は晴れ晴れと間桐から出ていける。兄が聞きたかった言葉、けれど今の今まで決して誰からも言葉にされなかったモノをゴゴは言葉にしたに違いない。
  「肩の荷が下りた・・・って事か」
  「さて、邪魔者がいなくなった所で今日の修行に入るとしよう。魔石の使い方は既に判った筈、よって今日からは実戦訓練だ」
  雁夜の独り言に何も返さず、ゴゴは躰を半回転させて間桐邸へと戻って行った。
  鶴野がいなくなろうがどうなろうが知った事ではないと言わんばかりだ。切り替えが早すぎると言うべきか、それとも最初から鶴野に何の思いも抱いていなかったのか。おそらく後者だと予測しながら、雁夜はゴゴの後を追う。
  鶴野は間桐を捨てた。雁夜が十年前にした事を繰り返した。
  ならば、本当に間桐の魔術をこの世から消し去る為に―――遠坂桜を救う為に―――彼女が笑って行ける世界を作る為に―――力を手に入れよう。
  間桐の最後の魔術師、間桐雁夜として。
  「ああ。そうそう、この屋敷の周囲を取り囲んでた防護結界が合ったから、『ものまね』して俺が自由に扱えるように作り変えておいたぞ。蟲爺が張ったみたいだが、術者が消えて消滅寸前だったから『ものまね』するのは楽だった」
  「害がないなら好きにしろ。ちゃんと起こした事を教えてくれればそれでいい」
  「図太くなったな」
  「お前と話してれば、嫌でそうなる」
  ゴゴが前を行き、雁夜がその斜め後ろに付く。二人は話しながら間桐邸に戻り、雁夜は蟲蔵で鍛錬を行う為に意識を切り替えてゆく。
  玄関を潜る時、ふと周囲に目を向けて見れば、これまで見ていた間桐邸の姿がほんの少しだけ明るくなった気がした。
  間桐邸と言えば十年前から、近付く者のいない不気味な屋敷としての悪評を欲しいままにしてきた。
  間違いなく蟲の成育を目的として臓硯の趣味なのだろうが、外観や雰囲気が年中鬱蒼としており、不吉な様相はほとんど幽霊屋敷だ。大きさがそれなりにある上に、冬木でも珍しい作りの家なので尚更だった。
  それがほんの少しだが、以前と違って見えるのは。ゴゴが言った『防護結界の張り直し』が魔術師の半人前でもない雁夜でも判る変化になって表れているのかもしれない。
  少しずつ色々な事が変わっていく。
  時間の流れと一緒に変わっていく。
  ならば、それを少しでもより良い方向へと導くため邁進するのみだ。
  「おいものまね士。そろそろ俺はお前のやる事に驚かなくなってきたぞ」
  「それは何よりだ」
  雁夜は臓硯に取引を持ちかける為に間桐邸に戻った時と比べ、別人のような気持ちになりながら間桐邸に足を踏み入れる。
  もう鶴野が去った道は振り返らなかった。





  蟲蔵へと移動した雁夜は一日前と同じような状況に頭を抱えていた。頭痛になりそうな原因は壁際にいる桜である。
  当然のように、彼女の腕の中にはミシディアうさぎが陣取っており、『ここは俺の場所だ』『手前らは修行でも好きにやってくれ』と言わんばかりの視線を蟲蔵の中央に立つゴゴと雁夜に向けている。
  桜の目は一日前と同じようにゴゴと雁夜を見ているが、それは感情を宿さぬ無機質な目ではなく、今だ敵と見定めている節のあるゴゴを警戒しながら、その近くに居る雁夜を心配そうに見つめていた。この違いは大きく、今から修行が始まると言うのに雁夜の中には嬉しさが宿る。
  そのまま浸っていたい暖かさが胸の奥から湧き上がるが、ゴゴの修行が命がけになるのは胸の暖かさを生み出している桜当人から嫌になるほど教わったので、気を引き締め直す。
  人の命は本来ならば一度限りの尊いモノだ、何度も死んでは堪らない。しかしゴゴはその根底を覆す。だが、今日もまた昨日と同じである保証は無いのだ。ゴゴが直してくれるとは限らない。
  「さて、昨日は魔石の使い方が判ったので、今日から魔石を使った実戦訓練に入る」
  「いきなりだな」
  「強くなるには実戦あるのみ、聖杯戦争まで一年もないなら無駄に出来る時間は無い。そうだろう?」
  「判った・・・、始めてくれ」
  「では今日も雁夜と桜ちゃんにそれぞれ魔石を渡そう」
  ゴゴがそう言うと、左右両方の手の平を上にして、昨日と同じようにどこから出てくるのか判らない魔石を出現させた。
  雁夜は昨日と同じようにゴゴの手の動きをジッと見つめていたが、やはりゴゴの手の平から盛り上がっている様にしか見えない。
  幻想的と見るか生々しくて気持ち悪いと受け取るかは人それぞれだが、とりあえず雁夜は『ゴゴが魔石を出現させられる』と起こっている現象の原因追求ではなく結果のみを注視する。
  いちいち色々な事に驚いていたら先に進まないのはもう判っているからだ。
  「右の魔石は『ビスマルク』、これは雁夜にだ」
  「おっと」
  間違いなく同じサイズの黄金よりも価値がある魔石。神秘の結晶と言い換えてもよいそれを無造作に投げてくるので、雁夜はまた両手で飛んでくるそれをキャッチしなければならなかった。
  扱いの粗雑さは絶対に壊れないと言う確信か、それともものまね士にとっては魔石の価値など、どうでもいいのか。おそらく両方だと思いながら、雁夜は両手でしっかり魔石を掴み取る。
  緑色に光る結晶体、中にオレンジ色の六芒星が輝いているのも昨日と全く変わっていない。
  「左の方は何だ? それは桜ちゃん用だろう」
  「そうだ。こちらの魔石は『ゾーナ・シーカー』、物理的攻撃を伴わない魔力によって引き起こされるた現象を弱小化させる幻獣を呼び出す魔石だ。補助や回復には効果は無いが、敵からの攻撃ならば底上げされた防御力で大抵は効かない」
  「そいつはすごいな。魔術師相手なら天敵だ」
  「術者の魔力に比例してゾーナ・シーカーの『マジックシールド』は強力になるから、もし雁夜が使ったとしても薄いベニヤ板ぐらいの魔法防御力しか出ないな」
  「・・・・・・俺が使っても意味が無い魔石だな、それは」
  「力は等しくそういうモノだ。使いどころを見極めれば強大な武器となり、誤れば自分の身すら滅ぼしてしまう」
  ゴゴは雁夜にそう言い聞かせると、左手に魔石『ゾーナ・シーカー』を浮かばせたまま桜の元へと歩いていった。
  近付いてくる敵―――どれだけ強い感情が桜の中に渦巻いているかは知らないが、とりあえず近づいてくるだけで警戒しているのは間違いない。ゴゴは睨まれているのを判っていながら、そんな事は全く気にせずに桜に近づいていく。
  「これが桜ちゃんの分だ。落とすなよ」
  「あ・・・」
  そして桜が何かする前に、ゴゴは左手に浮かんでいた魔石を桜の腕とミシディアうさぎの体の間に出来た隙間に突っ込んでしまった。
  どうすればいいのか? いきなり渡された魔石を見つめている桜がそう言っている様に思える。
  「桜ちゃんの方が優遇されてる気がするんだが、気のせいか?」
  「雁夜と桜ちゃんの魔力量は数倍も差があるからな、桜ちゃんには桜ちゃんに合った魔石を使う方が効率がいい。昨日のビスマルクは予想外だったが、今の桜ちゃんに渡す魔石は全て補助や回復、それに防御の魔石だ、出てくる幻獣も攻撃用じゃない。昨日みたいに奪われるなよ」
  「・・・ならいいか」
  雁夜はふとゴゴが用意できる全ての魔石の名前と効果を知りたくなった。だが、魔石一つでも四苦八苦している現状で、本格的な修行に至ってはまだ始まってないのである。
  だから知りたいとは思っても、今はまだその時ではないと意識を改める。
  いつか聞く日も来るだろう。そう思いながら、腕の中で輝く魔石『ビスマルク』に視線を落とした。
  「桜ちゃん、俺と雁夜との修行が始まったらゾーナ・シーカーを呼び出せ。雁夜の放った魔法の流れ弾が飛んできても『マジックシールド』が弾き返すから、そこにいても安全だ」
  「危険だと思うなら最初から蟲蔵に呼ばなければいいだろうが」
  「若いうちから魔術の世界がどういうモノか知るのは大切だろう。危険から遠ざける為に全く教えない場合もあるが、桜ちゃんが危険を危険だと感じる為には知る方がいい。魔術に関わった者が知らずに生きていける程、甘い世界ではない」
  「俺は気が進まない」
  「だったら、お前が桜ちゃんを守れるように強くなるんだな」
  そこまで言ったところでゴゴは桜の所から雁夜の前に戻ってきた。
  雁夜はゴゴに向けて言った通り桜がここにいるのを由とはしない。しかし、ゴゴの言う事に納得できる部分がある事は確かだし、そもそも鍛えてくれとお願いしている立場なのであまり強く言えないのもまた事実であった。
  更に加えると、一度決めた事については雁夜がどう言おうと、結局は力技で押し切るのがものまね士ゴゴだ。『桜ちゃんを救う』というものまねの為、色々と理由をつけても思い通りに事を進めてしまうのは目に見えている。そして雁夜はそれに逆らえない。
  ゴゴと関わる様になって雁夜が学んだ諦観が今回もまた発揮され、雁夜はそれ以上の追及を止めた。
  「それじゃあ戦闘開始だ。魔石『ビスマルク』を使って、俺を倒せ――」
  「えっ?」
  雁夜はゴゴの言う事を一つも漏らさずに聞いており、その内容がどんなモノであっても驚かないように心構えをしていた。これまで何か新しい事が出てくるたびに驚きっぱなしだったので、いい加減慣れが生じて来たのだ。
  それなのにゴゴから聞こえてきた言葉を雁夜は理解出来なかった。
  今、なんと言った? その言葉が雁夜の口から放たれるよりも前にゴゴが次の言葉を放つ。


  「あばれる。『帝国兵』」


  その時起こった変化は劇的だった。見た目には何も変わっていない、しかし確実に目の前に立つゴゴが別の何かに変わってしまった。その結果だけが雁夜に伝わってくる。
  二本の足で立っている姿は何も変わらず、魔石を手の平から出現させた時の様な目に見える変化は何もない。それなのに何かに取りつかれたような『変わった』と判るのだ。
  何が起こったのか? 雁夜は咄嗟に話そうとした疑問を喉の奥に戻してしまう。それは何かを言おうとする意志さえ封じ込める強烈な変化だった。
  「何が・・・」
  起こった。そう続けるより早く、ゴゴが右手を雁夜へ向け、そしてある言葉を放ち―――。
  「ファイア」
  火を生んだ。
  「うおっ!!」
  雁夜はいきなり足元に生まれた炎を見て、次の瞬間横に跳んで直撃を避けた。ゴゴの変化に何かがおかしいと思っていなければ反応すら出来なかっただろう。
  しかし、直撃こそ避けられたものの、横に跳ぶ場合に最後の残る足が炎に炙られた。横に跳んで床に転がりながら、火に熱せられた強烈な痛みが足を痛めつける。
  「ぐっ」
  間桐の蟲に弄られた時とは異なる痛みは雁夜の口から苦悶の声を強制的に引き出させる。
  雁夜は床に手をついて転がる体を止めて痛む足を見た。そこにはズボンの一部が焼け焦げた結果と、その下にある自分の足の皮が裂けて、赤く腫れた肉があった。
  親指と人差し指で輪を作った大きさ位の怪我。軽傷と言ってもいい火傷がそこにある。
  雁夜は思った以上に小さかった怪我に安堵するが、それ以上に『ゴゴが攻撃してきた』という事実に混乱しそうになった。
  鍛えてくれる筈じゃなかったのか? 修行をつけてくれる筈じゃなかったのか? そんな疑問が頭の中でぐるぐると渦巻いてしまう。その疑問に突き動かされ、雁夜が顔を上げてゴゴの方を見る。
  握り拳が眼前に迫っていた。
  「お」
  ドゴンッ! と音が聞こえたと思った。しかしそれは自分の顔が殴られた音だと判った。
  雁夜は横に跳んだ勢いよりも更に強い威力で吹き飛ばされ、桜がいる場所とは正反対の壁に激突する。顔の骨が全て砕けたんじゃないかと思える痛みがジンジンと広がる。
  口の中が切れて鼻血と一緒に紅い液体を撒き散らす。壁に当った背中も骨が砕けたんじゃないかと思ってしまう。
  体のあちこちが痛かった。全てが痛かった。痛くない場所を探す方が大変だった。
  「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
  雁夜はあまりの痛みに気絶してしまいそうになるが、この痛みは間桐の蟲に受けた痛みに比べればまだ弱い。あくまで、唐突だったからこそ驚いて何の対処も出来なかったのだ。
  何が起こってるかは判らない。だが、敵が雁夜を叩きのめそうとしているのは理解するしかなかった。
  敵はゴゴだ―――。
  何がどうしてこうなっているかは判らないが、ゴゴは雁夜を敵とみなして攻撃している。ならば雁夜は敵を倒す為に行動しなければならない。何故なら、敵に勝たなければ桜を守れないからだ。
  「おおおおおおお!!!」
  痛みへの悲鳴が徐々に自らを鼓舞する為の叫びへと切り替わっていく。
  雁夜は視界を紅く染める血の味を舌で味わいながら、体を起こして敵の姿を見た。
  敵は道化師のような奇抜であり色彩豊かな恰好をしている。そして今、右手を後ろに引いて雁夜めがけて二回目の拳を放とうとしている。
  「桜ちゃん、魔石を使うんだ!!」
  「う――、うん!」
  雁夜が今ここにいる行動の起点とでもいうべき『桜ちゃんを救う』に従い、雁夜は敵を攻撃するよりも前に桜を安全な場所に避難させる。
  ゴゴが言った事が嘘である可能性が脳裏を掠めるが、少なくとも今まで口にした言葉で嘘は無かった。だから雁夜は桜がミシディアうさぎと一緒に抱えている魔石に魔力を注ぎ込み、彼女の頭上に現れた人に見えなくもない何かが桜を絶対に守ってくれると願い、そして確信する。
  腕はあるが足は無く、雁夜と同じ位の大きさの上半身だけの人形がそこに浮かんだ。あれがゴゴの言っていた『ゾーナ・シーカー』なのだろう。
  長い顎と二本の巻き角を持つ顔は黄色一色で染められており、僅かに見える腕と尻尾の様なモノは骨で出来ているのではないかと思えるほど細い。
  下に紅いマント、その上に黒いマントの二重のマントで首から下を隠しており、空中に浮遊する姿は人形劇で使われるマリオネットの様だ。もしかしたら尻尾に見えるのは『ゾーナ・シーカー』の背骨かもしれない。
  雁夜は桜が魔石から幻獣を呼び出したのを見届けた後、空いてしまった時間で攻撃への溜めを終えて迫り来るゴゴの拳を見た。
  「喰らうかこの野郎!!」
  体は痛み、足は焦げ、時間が経つごとに全身が悲鳴を上げる。それでも雁夜は間近に迫った攻撃をぎりぎりで避ける。生まれてから誰かと殴り合いの喧嘩などした事が無かったくせに、不思議と雁夜の体は『戦闘』に向いており、普通ならば突然の戦いに混乱したり脅えたりするのに、その様子は全くない。
  あるいは気付かぬ内に戦闘に特化した意識にさせられてしまうのが、ゴゴが蟲蔵に張っているバトルフィールドの真骨頂なのかもしれない。
  そこは殺し合う者同士が、決着をつけるまで終わらない場所―――。
  思考が横に反れそうになるが、その意識すら即座に消えて、雁夜の心は戦いへと戻っていく。
  「出てこい、ビスマルク!!」
  考えるよりも前にゴゴが豹変してからもずっと離さなかった魔石に魔力を注ぎ込んでいた。敵は思いっきり拳を雁夜に当てようとしていた為、勢い余って前に進んでいる。今を逃せば攻撃の機会を作り出すのは難しい。
  敵がそこに居る。気絶するのは躯を晒すのと同じ事。
  雁夜は急激に失われていく何か―――体力だとか、魔力だとか、精神力だとか―――、とにかく色々なモノが身体から吸われていくのを感じながら、それでも敵の姿を視界から外さぬよう必死で体を支え続けた。
  今にも足の力が抜けて体が床に落ちそうだ。一秒後には卒倒してしまいそうだ。そうしない為に、雁夜は歯を食いしばって敵を見る。
  今だけは、体を蝕む痛みのお陰で気絶出来ないのがありがたかった。
  倒す―――。
  砕く―――。
  殺す―――。
  敵に対する怒りとかそういうモノを感情に乗せず、結果だけを求めて魔石に力を注いでいく。
  背後から現れているであろう白い鯨の巨体を恐れる気持ちは微塵もなかった。最初に見た時は恐ろしくて驚いて絶叫して、どうしようもなく慌てふためいたのに、今はそこにいる力の発露に頼もしさすら感じている。
  魔石を通じて大きな鯨の存在感が雁夜の中に伝わってくる。逆に雁夜の手足のように白い鯨を操れている実感もある。雁夜は自分が操れているビスマルクに、そしてビスマルクの周囲に浮かぶ大量の泡を意識しながら、敵の姿を見据え続けた。
  「いけっ!!」
  次の瞬間。桜の時のように黒く染まっていない、青い海をそのまま球体にしたような泡であり水の塊でもあるバブルブロウが、ゴゴに向かって殺到した。
  「ファイア」
  再びゴゴが呪文を唱えて炎を生み出すが、火が雁夜に到達するよりも前に青い塊がゴゴも炎も一緒に埋め尽くしていった。
  蟲蔵の中を全て埋め尽くすと思えるほどの膨大な量の泡がゴゴに殺到していく。ぶつかって、ぶつかって、ぶつかって、ぶつかっていく。
  泡は衝突と同時に衝撃を生み出し、次の瞬間には雁夜の目の前から消えていく。それでも息もつかせぬ連続攻撃が、ドドドドドドドド、と破壊の音を撒き散らしていた。
  何回当てただろう? 何十回当てただろう? 昨日、桜の攻撃によって雁夜が受けた痛みをゴゴが受けている。
  泡の破裂の余韻が収まり、周囲の視界が開けると、そこには間桐の蟲蔵にゴゴが現れてから一度として見た事の無かった床に屈するゴゴの姿があった。神すら生み出す超常の存在が雁夜の前で倒れたまま動かない。
  その奇跡の様な光景は本来ならばありえない筈だが、確かな現実となって雁夜の視界に飛び込んでくる。
  少し視線を動かして別の場所を見ると、蟲蔵の壁際で傷一つ無く事態を見守っている桜の姿が見えた。どうやら、ビスマルクのバブルブロウはほとんどそちらにはいかず、行ったとしても桜の頭上に浮かぶゾーナ・シーカーが守ったようだ。
  敵がいた、救うべき少女がいた、味方はいなかった。殴り殺されても、焼き殺されてもおかしくなかった。それでも雁夜は生きている。
  「か・・・。か・・・勝った、のか・・・」
  雁夜は荒々しい呼吸を何度も何度も繰り返し、ビスマルク召喚によって失った体力を取り戻すように空気を体へと取り込んでいく。その途中、何か温かいモノが―――ビスマルク召喚によって失われたモノのような、似ているけど違う様な何かが体の中に入ってくるのを感じた。
  気を落ち着かせる為に持っていた魔石を床の上に置く。すると雁夜の頭上に浮かんで居た巨大な鯨は姿を消し、蟲蔵は雁夜の荒々しい呼気だけが聞こえる場所に変わる。
  魔石と言う力を使い、誰かを傷つけた事実に足の力が抜けそうになるが。二本の足でしっかりと床に立ち、今も、これからも、決して屈服しない自分を証明するように立ち続ける。
  前を見ろ、前に進め、前に向かえ、前へ―――。そう心の中で自分に言い聞かせなければ、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
  息を整える為に30秒ほどそうしていた。そして、雁夜の決意を一切合財吹き飛ばすような軽い声が聞えてきたのその30秒が経過した後だった。
  「やったな雁夜。帝国兵、撃破だ」
  「うおっ!!」
  雁夜は何が起こったのか判らなかった。
  間違いなく雁夜の目は床に倒れていたゴゴを視界に捉えており、全く動かない状況を見ていて死体の様だと思っていた。
  動く気配はなく、立ち上がる所作も無かった。その筈なのに、今、目の前に立ち雁夜の顔を見ているゴゴはいったい何なのか?
  答えを探すべく体をずらして床に倒れていた筈のゴゴを探すと、一瞬前まで確かにそこにいた筈のゴゴはいなかった。だから立っているゴゴが、一瞬前まで倒れていたゴゴだと認めるしかない。
  「・・・・・・・・・何をやったんだ。お前はそこに倒れてた筈――、それなのに・・・」
  「普通に立って歩いただけだ」
  「嘘つけっ! 全然、見えなかったぞ!!」
  「まあ、わしが本気を出せば、ヒドゥン程度のモンスターなぞ敵ではない、ということじゃゾイ。・・・・・・・・・っと、違った違った。少し早く動いただけだから、声を荒げるなよ雁夜」
  いきなりの爺口調に面食らったが、やはり突然目の前に現れた驚きしか無い。
  息を整えて目の前に立つゴゴをもう一度ゆっくり見てみると、雁夜を殴り殺そうとしていた雰囲気は欠片も感じられず、それどころか数えきれないほどの泡をぶつけたにも関わらず傷はおろか汚れすらも見当たらなかった。
  当たり前だ―――。雁夜の呼び出したビスマルクより桜の呼び出したビスマルクは数倍強力だった。その『遠坂桜のビスマルク』の攻撃でさえゴゴには全く効かなかったのだから。雁夜が呼び出したビスマルク程度で勝てる道理はない。
  倒れたのは不可解だったが、とにかく今起こった事はゴゴにとって戦闘にすらなっていない児戯なのだろう。
  「さて、雁夜、動くなよ」
  「何をするんだ?」
  「治すのさ――。ケアルガ!!」
  ゴゴが右手を雁夜に向けてそう呟くと、淡く輝く光が雁夜を包み込んだ。
  青の様な赤の様な白の様な紫の様な緑の様な光だ。その光が雁夜の全身を覆ったかと思うと、次の瞬間には火傷した足と殴られた顔の痛みが引いていくのが判る。
  前回は桜の元に辿り着こうとしているので気に知る余裕は無かったが、今は、これがゴゴの使う回復魔法なのだと知れた。
  「回復・・・してるのか。昨日は落ち着いて見るチャンスなんて無かったから・・・、こうして見ると何とも不気味だな」
  顔の部分はどうなっているか見えないので判らないが、足の火傷は患部の焦げ目が浮かび上がったかと思うと新しいピンク色の肉が見えて皮が形成されて一気に元の状態を取り戻していくのだ。
  怪我が治っていく様子を早送りして見せられている様で、自分の体だからこそ、不思議な光景である。
  火傷は一生残ってもおかしくない傷なのに、二秒もすれば完全に消えて、焼けて炭化した服だけが燃やされた事実を伝えていた。治癒だけでも十分奇跡と言えた。
  「・・・・・・・・・ところで、さっきの豹変は何だったんだ? 帝国兵とか言ってたな」
  治療、いや復元とでも言うべき神秘を見せられたが、治ったのならば深くを追求する意味は無い。それを気にしたところで、ゴゴは『出来るからやれる』存在なので、むしろその技を学ぼうとする方が雁夜にとっては有意義だ。
  雁夜はゴゴの仕出かした全てを暴き、技術を自分のモノにする為に言葉とする。ゴゴは雁夜に向けていた手を下ろしながら告げた。
  「あれは俺の仲間だった一人ガウの得意技でな。敵だった魔物の行動を真似て、魔物に成り代われるのさ。俺の『ものまね』に近い」
  「・・・・・・で。今は『帝国兵』ってのを真似てたのか」
  「そうだ。だが、最弱と言っていい、『帝国兵』相手にこんなに時間がかかっては道のりは遠く険しいぞ。『帝国兵』は単なる人間、攻撃にせよ防御にせよ回避にせよ逃亡にせよ、相手が攻撃してくる前に行動を起こさないと取り返しがつかなくなる」
  「ああ――。骨身にしみたよ」
  雁夜はゴゴの言葉を聞きながら、既に傷の消えた自分の足に視線を移した。ゴゴの力によって傷は消えたが、焦げたズボンが変わらずそこにあって殺し合いの証をしっかりと教えている。
  もう少し避けるのが早かったならこうならなかった。
  ゴゴの豹変ぶりに驚かなかったらこうならなかった。
  魔術に関わった時点で命がけなのは間桐臓硯を見て知っていた筈なのに、それを失念していた。
  後悔が雁夜の中に蠢き、自分への落胆となって胸を締め付ける。いきなり攻撃してきたゴゴへの怒りは合ったが、自責の念の方がもっともっと強い。
  傷の消えた箇所を三回ほど撫でた後、視線をゴゴに戻す。するとゴゴはそれを待っていたのか、話しを再開する。
  「これで雁夜はどれだけ自分がひ弱で貧弱で力不足か判ったな。俺に勝てば幻獣が使う魔法を早く修得出来るようになるが、勝たないと何もしないのとほとんど変わらない。瞑想や魔力の流れに耳を傾けて、魔石の声を聞ければ魔法を学べるが。それは時間がかかりすぎるし、魔石の中にいる幻獣の意識と同調する才能がいる」
  「・・・・・・・・・」
  「聖杯戦争でどんな相手が出てくるか判らないが、雁夜の言っていた遠坂時臣とかいう男は間違いなく出てくる。そして、直接戦う機会は無いかもしれないが、敵対する英霊なんてのも出てくる。これは関わった時点で確定事項だ。よって、雁夜には魔法――魔術の鍛錬を行うと同時にこれも扱えるようになってもらう」
  「これ?」
  「そう、『これ』だ」
  ゴゴはそう言うと、下げた右腕を斜め下に伸ばした。
  「『ラグナロック』と呼ばれる、剣によく似た幻獣がいた」
  そして何も持っていなかった筈の右手が一瞬だけ燐光を放ったかと思うと、魔石を出現させた時のように何も持っていなかった右手の奥から何かが出てくる。
  それがゴゴのいう『これ』なのだろう。雁夜はゴゴが何もない場所から魔石を取り出すのを見ているので、『これ』が出てくること自体には驚かなかった。
  その代わり、さっき言われた異常に対する行動を誤らぬよう、何が出て来ても対処できるように深呼吸して心を落ち着かせる。
  何が出てくるのか? これ、とは何を指しているのか?
  「炭鉱都市ナルシェと呼ばれる場所、武器屋の爺さんがその魔石を持っていた、そしてこう言ったんだ。『武器屋をやっていて70年。この石からは不思議な力を感じる。多分この石を削り、剣を作れば素晴らしいものになるじゃろう・・・。どうじゃ? この石を剣に変えてみないかね?』、とな」
  「それで、なんて答えたんだ?」
  「仲間の一人、ロックが言った。剣『ラグナロク』にしてくれ。と。その結果がこの剣だ」
  ゴゴが『剣だ』と言うのと、手の中に『これ』が現れたのはほぼ同時だった。
  魔石を作り出した時と同じように、間違いなくゴゴの体の中から浮き上がって来た。人一人分しかない体のどこに魔石やら剣やらがつまっているのか非常に気になったが、最初の魔石が出てきた時点で既に諦めている、『そういうものだ』と納得するしかない。
  だから装飾が少なく、実用性のみを求めて作られたような無骨な剣がゴゴの手に握られていても驚かなかった。納得しながら、ビスマルクの時のようにゴゴが語った言葉と自分の記憶との差異を埋め合わせるだけだ。
  「北欧神話の世界における終末の日・・・か」
  ビスマルクがそうだったように、ゴゴが過ごした世界と雁夜のいるこの世界との間に何かしらの繋がりがあるのは確かだ。会話が何の問題もなく行えているのもその辺りが理由だろう。
  ゴゴだけが特別で、雁夜の話す日本語を物真似している可能性もあるが、今はその予想は横に置く。
  ただし、関連性は合っても全てが正しく繋がっている訳ではない。
  ゴゴの右手に握られた剣は明らかに魔石の大きさよりも数倍の長さを誇っている。それなのに『魔石を削って作った剣』とは矛盾している気がするが、そういうモノだと納得しておく。
  「剣か。俺に使えるのか?」
  「違うぞ雁夜。使うんだ――この剣を自由自在に扱えるようになって『ルーンナイト』間桐雁夜として生まれ変われ。この魔剣『ラグナロク』を自由に扱えるようになる。それを雁夜の求める力の到達地点の一つにする。魔力増強の修行も一緒に行えば聖杯戦争の為の令呪も宿る。一石二鳥にしろ」
  ゴゴはそう言うと、右手に握った剣―――銘は『ラグナロク』という、その敵を殺す武器を横にして雁夜の前に突き付けた。
  飾り気のない白い刀身。雁夜は白銀に輝くその光に吸い込まれそうになるが、懸命に起こっている事実を受け入れようと自分を制する。
  落ち着け、落ち着け、落ち着け、と何度も何度も自分に言い聞かせた。
  「ラグナロク――」
  「抜き身で持ち歩けとは言わないが、聖杯戦争で殺し合いをするなら魔石から学ぶ魔法だけじゃ雁夜の力は絶対的に足りない。勝ちたいのなら、力を得たいのなら、桜ちゃんを救いたいのなら、白兵戦も出来るようになれ」
  「・・・・・・・・・・・・判った」
  いきなり武器を渡される状況に色々と言いたい事はあるのだが、雁夜自身無手で魔術師相手に勝てるとは思ってないので、何かしらの攻撃手段が欲しいとは思っていた。
  ビスマルクを使ってみた実感したが、ゴゴのように攻撃が効かない相手が敵だったならば、別の手段が必要になる。
  逃げるにしても戦い続けるにしても、選択肢の幅は多ければ多い方がいい。大は小を兼ねるがその逆はありえないのだから。
  ただし、色々と手を出して何も身につかなかったら意味がないだろうとは思う。
  雁夜はゴゴの手に握られた魔剣ラグナロクに手を伸ばし、唯一装飾が施された唾の部分と柄頭に近い位置にそれぞれ手を伸ばす。
  「受け取れ雁夜。世界を救った剣だ――」
  「世界を・・・・・・」
  雁夜の手がラグナロクに触れ、ゴゴが手を離す。
  そして―――。
  「ぐぬぬおおおおおおおおお!!!」
  あまりの剣の重さに床に落としそうになった。
  箸より重いものを持ったことがない、なんて言うつもりはないが。同じ位の大きさの木刀と比べて、途方もない重さが手の中にある。
  一体どんな金属で出来ているのだろうか? 持ち上げるだけで精一杯で、この剣を武器として扱えるかどうかすら怪しくなってしまう。
  雁夜は元々何かしらの武器を持って戦うなんて事はやった事が無いし、刃物と言えば包丁かナイフ位しか扱った事が無い。
  いきなり刃渡りが一メートル近くある凶器を渡されて自由自在に扱える筈がない。そんな事がいきなりできる奴は刃物の扱いに長けた狂人か、刃物を扱える才能に特化した者だけだ。
  雁夜にはそんな才能は無い。だからこそ、これを扱えるようになる事も修行の一つなのだ。もしかしたら雁夜が知らなかっただけで、金属の武器は皆等しくこの重さなのかもしれない。
  咄嗟に両手で思いっきり握りしめるが、そうしても支えるだけで精一杯だ。
  「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
  一瞬でも気を抜けば、手が剣を離して床に落してしまいそうだ。だから雁夜は歯を食いしばって自分に気合を込め続ける。落すな、持ちこたえろ、構えろ。そう自分に言い聞かせる。
  ゴゴとの殺し合いを展開して疲労したのを気にする余裕はない。手も足も腰も胸も、体の全ての力を使って、そこでようやく何とか落とさずに持てる。
  雁夜は少しずつ少しずつ手の位置を変えて、剣を持った時の構えを作り出していく。桜が見ている目の前で、何もできずに剣を落すなんて真似は出来ない。大人としてそれは格好悪すぎる。
  結果、剣道でいう『正眼の構え』にまで何とか剣を持ち上げる事に成功したが、剣の重さにバランスを崩され、今にも前のめりに倒れそうだ。
  重さゆえにゆっくりと上に持ち上げる事しか出来ず、上段まで持って行くなど今の雁夜の筋力では不可能だ。何とか剣を振ろうとするが、それは剣の重さで落としたと言った方が正しく、技術など何一つない。
  満足に構えられず、剣を武器として扱う事も出来ない。それでも雁夜は何とかラグナロクを武器として振るい、ゴゴのバトルフィールドが展開されているが故に傷一つ付かない床へと剣の切っ先をぶつけた。
  すると床が爆発した。
  「おひょぉぉぉぉぉ!!」
  変な叫び声が出て、雁夜は咄嗟にラグナロクから手を離してしまう。
  爆発の規模で言えば爆竹を少し強力にした程度の規模だったが、刀身の先がいきなり爆発するなんてのは雁夜の想定範囲外の話で、驚くなと言う方が無理だ。
  ガランと固い音を立てながら床に落ちる魔剣ラグナロク。
  ゴゴはそんなラグナロクを見つめ、雁夜を見て、もう一度ラグナロクを見ながら言った。
  「ああ、言い忘れてたが、この剣は振るって攻撃すると魔力を変換して無属性ダメージの魔法を相手にぶつける特殊効果がある。今の爆発がそれだ。ただ握ってるだけなら問題ないが、振るえば魔力を吸われるから気をつけろ」
  「そういう大事な事は先に言えっ!!」
  「だったらいきなり振る様な軽はずみな行動は慎めよ雁夜。何事も注意深く、けれど時に大胆に――、状況を見極める目を養わずに手に入る力なら、いつか自分の身を滅ぼすぞ。構えるのに精一杯のくせに出来もしない事をいきなりやろうとするからこうなるんだ」
  「ぐぬっ!」
  「爆発の規模はラグナロクを使う者の技量と魔力の高さに比例すると思えばいい。今の雁夜は全く駄目だからあの程度で済んだ。セリスが振るった時は、一撃で間桐邸の半分が吹き飛ぶ威力を出せたぞ」
  「・・・・・・・・・・・・そういう大事な事は先に言ってくれ」
  ゴゴに対して雁夜の言葉がどこまで通じるか判らなかったが、とても大事な事なので雁夜はもう一度同じ言葉を繰り返した。
  ただし、自分が突っ走ったからこそ、ラグナロクを床に落としてしまった後ろめたさがあるので、一度目に比べて語尾に力が無い。
  気を取り直して床に落ちているラグナロクに手を伸ばし、握りの部分をしっかりと両手で掴んで持ち上げていく。やはり両手にかかる加重はとてつもなく大きく、肩が抜けるんじゃないかと思った。
  あるいは雁夜が貧弱すぎるのか。
  「それじゃあ気を取り直してもう一回いくぞ。さあ雁夜、ラグナロクを持ち上げて構えろ、戦闘再開だ」
  「ちょ、待てっ!」
  「待たない。敵に待ってくれと縋る気かお前は?」


  「あばれる。『帝国兵』――」


  再び、ゴゴの声が豹変する雰囲気が伝わって来たので、雁夜はラグナロクから手を離して、傍に置いた魔石『ビスマルク』に手を伸ばす。
  そして殺し合いがもう一度始まった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ





  はっきり言えば、ゴゴの求める『この世界』についての情報は現在の段階では全く足りていない。
  ノートパソコンを用いての情報収集はかつて旅した世界に比べれば容易く、正しい情報と誤った情報が入り乱れるインターネットは中々有意義な場所であった。
  しかし、情報にあふれているからこそ、一点に絞って調べるには少し不向きな場所なのだ。時が経てば経つほどに流出する情報は更に大きく幅広く多岐にわたる様になるかもしれないが、今はまだ足りない情報の方が多いと思われる。
  そしてものまね士ゴゴとしては、ノートパソコンを使うよりは『誰かの物真似をする』の情報収集の方がやり易い。これまでは短時間しか作業を見なかった鶴野のノートパソコン操作を物真似して、この世界について学んでいる真っ最中だが、他のやり方で物真似するのも視野に入れなければならない。
  そもそも、ものまね士ゴゴの存在理由は『ものまね』にある。ただ調べるだけならば、それはものまね士とは言えないだろう。
  砂漠国家フィガロの王城には図書室があり、あそこで本を読んでいた誰かを物真似して、ケフカに壊される以前の世界の事を学んだことがある。
  あれをもう一度やろう。冬木と呼ばれるこの場所で誰かの物真似をして、情報を集めよう。ゴゴはそう考える。
  目の前で床に突っ伏して満足に動けない雁夜を見ながらそう考える。ラグナロクの重さに振り回された雁夜を見ながらそう考える。帝国兵と二回戦っただけで瀕死になった雁夜を見ながらそう考える。
  とりあえず息はしているので死んではいない。
  「雁夜、お前は『桜ちゃん』を救おうとしている。俺は『桜ちゃん』を救うものまねをしている。『桜ちゃんを救う』為に聖杯戦争を破壊しよう。二度と聖杯戦争を起こせないよう跡形もなく消し去ろう」
  聞えていないかもしれないがゴゴはそう告げた。


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