第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 間桐雁夜 雁夜は告げる。 「俺が聖杯戦争で他のマスターに勝つ為に――、俺を鍛えてくれ。俺に、お前の技を教えてくれ」 床に腰を落とし、頭を下げながら告げる。 「俺は今のままじゃ何もできないただの人間だ。桜ちゃんを救えないし、時臣を殺す事も出来ない。もちろん、俺の願いがお前の『ものまね』を邪魔しているのは重々承知している。だから俺はお前の『ものまね』が終わるまで、お前の邪魔は絶対にしない。邪魔したなら殺してくれたって構わない。それで桜ちゃんが救われるなら、俺はそれで構わない」 ゴゴに向かって土下座をする事になり、雪山の中で一緒に震えていた桜は横へと追いやられる。 ただ、たとえ土下座をしようとも、雁夜は告げた言葉が、非常に都合のいい話だと理解していた。別の言い方をすれば『雁夜にとって虫のいい話』だ。臓硯に持ちかけた交渉とは異なり、ゴゴにとって有益となる条件など何一つ存在しない。 臓硯をあっけなく滅ぼして、雁夜では到底到達できない強大な力を行使できるゴゴだ。雁夜が邪魔をしたところで、力任せにやりたい事をやろうとすれば、雁夜程度の障害など軽く吹き飛ばせるだろう。敵対することすら出来ず、雁夜が殺される可能性はむしろ高い。 ゴゴは言った。『聖杯戦争を破壊する』と。雁夜の頼みはゴゴの行動を妨げる可能性を含んでいるので、今この瞬間にもゴゴの力が雁夜に牙をむいてもおかしくない。 それを判っていながら、雁夜は言わずにはいられなかった。 「俺は聖杯なんぞに興味はない。それでも『間桐』の名を持つ俺はどうあっても聖杯戦争に関わりが出てくる。だから力がいるんだ」 あまりにもゴゴという存在が強大すぎるが故に、雁夜は祈り、縋るしか出来ない。臓硯のように交渉を持ちかけるという前提すら浮かばないほど、圧倒的な力に前にして頭を下げるしかなかった。 ただし、雁夜はものまね士ゴゴの力を恐れていたが。同時にゴゴという存在が話の通じる相手だとも考えていた。 もしゴゴが強大な力を有するだけの話の通じない相手だったならば、そもそも雁夜と桜がこの場に居合わせることすら不可能だった。 蟲蔵に行こうと言い出したのは雁夜で、ゴゴが来る理由は無かった。臓硯が生きている可能性を考慮して矢面に立たせたが、それだってゴゴが断ればそれで済む話だった。 実際にその状況を覚えてはいないが、雁夜の体の中に潜り込んでいた蟲を除去したのはゴゴらしい。雁夜の命を救い、話をするために場所を移したのもゴゴだ。 それらは全て『桜ちゃんを救う』という理由の為に行われた行動だとすれば、雁夜が桜を救おうとする望みはそのまま、ものまね士ゴゴの行動理由でもある。 話せている、話が通じている、言葉を投げあえる。ならば、友好関係を築き上げるべきだ。敵対したところで雁夜が得られるモノは何もないのだから。 力なき者に未来はない。何者も守れはしない。 雁夜がそうだった。 桜がそうだった。 弱者は常に強者に虐げられる。力が無ければ選ぶ自由すら掴み取れず、ただ選択肢の無い道を進み続けるしかない。 だから雁夜は力を欲した。 その中にゴゴに告げた遠坂時臣への怒りが―――桜を間桐という地獄に叩き落した男への報復が無いと言えば嘘になるが、とにかく雁夜は力を得ようと一歩前に踏み出す必要があった。 聖杯戦争に勝ち残り、臓硯に聖杯を持ち帰って桜を解放しようとした。その時に欲した力と似ていたが、何かが決定的に違う力への渇望。その『何か』が何であるかは、雁夜にもよく判っていなかったが、臓硯への取引とゴゴへの懇願が違うと確信している。 「頼む」 あるいはこの瞬間、全てが破綻してゴゴの怒りを買って殺されてしまう可能性もあったが。雁夜はそれでも構わないと潔い気持ちを抱いていた。 元より雁夜が間桐に戻ったのは桜を救うためだ。ものまね士ゴゴがそれを成し遂げてくれるならば、そこに雁夜がいる必要はない。 死にたい訳ではない。ただ救いたいのだ。遠坂桜という少女を。 遠坂桜が救われれば、それでよかった。自分が間桐を逃げ出した事で作り出してしまった負の遺産を消し去れればそれでよかった。 生きたい気持ちと死にたくない気持ち。力への恐れと力への羨望。桜を救おうとしながら、それを邪魔する雁夜の行動。矛盾する現実を自覚しながら、雁夜は額を床に擦りつける。 「頼む――」 桜は既に間桐の家に存在を組み込まれてしまった。 ゴゴの言った『聖杯戦争を破壊する』という目標の一つに対しては懐疑的ではあったが、始まりの御三家である間桐の名はどうしても聖杯戦争に関わりを持ってしまう。雁夜が告げた言葉はそのまま桜へも通用してしまう。 臓硯はもういない。 だから、間桐臓硯という後ろ盾を失った桜個人を守る術が今の間桐家にはない。臓硯が消えた事で、『桜に手を出せば間桐臓硯が黙っていない』という状況もまた消えてしまったのだ。 これまでの雁夜は臓硯から解放されれば遠坂家が桜を守ると無条件に信じていた。だが、ゴゴの追及により遠坂家すら桜の地獄になる可能性を考えてしまう。 遠坂桜を救うのならば、何よりもまず彼女の身を守らなければならない。その為には力が要る。 間桐臓硯が作り上げてきた、間桐という魔術師が持つ力。それに替わる別の力が雁夜には必要だ。 そして桜を救うと決めた覚悟が、ゴゴという強大な力によって呆気なく終わってしまったことへの悔しさもあった。 ゴゴを見てしまった後では自分の力だけで桜を救えるなんて大それたことは考えられない。それでも全てをなげうった決断をした雁夜は何かをしたいと思った。 おそらくゴゴと出会う前ならばこんな事は考えなかっただろう。雁夜は自分の変わり様が少し不気味に思えたが。それでも、成すべき事を成すために―――遠坂桜を救うために―――。 「俺を・・・、俺を鍛えてくれ」 土下座をしているので、ゴゴに向かって言葉を投げながらも、放たれた言葉は床に反響して周囲に散らばっていく。 一秒が一時間のように長く感じる。 二秒が一日のように長く感じる。 三秒が一週間のように長く感じる。 過ぎ去ってしまえばどれも等しく『過去』なのだが、沈黙によって作り出される時間は雁夜にとって永遠に匹敵した。 今更ながら、断られたらどうしよう、と雁夜は考え出す。頭を下げた時は死ですら選択の内だと覚悟を決めた雁夜だったが、時間が流れるたびに恐れが顔をのぞかせる。 どれだけ覚悟を決めようと、どれだけ立派な言葉を語ろうと、間桐雁夜という人間は死に恐れを抱いてしまう。それがたまらなく嫌になり、自分が醜い人間であるのを思い返させる。 恐れるな、と。 成し遂げろ、と。 意地を見せろ、と。 雁夜は自分に言い聞かせた。 そしてほんの少しだけ気持ちが落ち着くと、ゴゴの技は間桐の刻印虫のように伝授が可能なのか否か? という基本的な疑問にたどり着く。 先に確かめるべきはそこだったのかもしれないが、力を欲した雁夜はそれを考えられなかった。 しかしここで『そう言えばお前は人に技を教えられるのか?』等と言えば、間が抜けている。 求めるならばむしろゴゴに伝授の方法すら願うべきかもしれないと、都合のいいことが雁夜の頭の中を駆け巡った。 雁夜は自分の思慮の浅さを考えながらも、頭は上げない。お願いするにしても順番がぐちゃぐちゃだ、そう判っていながら、一度口にしてしまった言葉は覆せない。 すると黙って雁夜の言葉を聞いていたゴゴが足音を響かせながら近づいてきた。雁夜は耳でその音を聞きながら、土下座の体勢を維持し続ける。 見えていない雁夜の耳がすぐ近くだと感じられる近距離。おそらく雁夜の頭一つ分位の距離までつめたであろうゴゴから衣擦れの音がする。 屈んだようだ。 膝を曲げて頭を床につける雁夜に合わせ、ゴゴが腰を落とした。雁夜は音からそう状況を察する。 「雁夜。お前の願いは『桜ちゃんを救う』ためか?」 耳元で囁かれたのかと錯覚しそうな、とても近い位置からゴゴの声が聞こえた。 雁夜自身の認識によるものだが。雁夜はこの時、初めて、ゴゴとの物理的な距離が縮まったのを感じた。 腕の一振りで雁夜の体など軽々と消し飛ばす超常の力。数百年、間桐の当主として君臨し続けてきた臓硯すらものともしない莫大な力。それを有する者が、腕を伸ばせば雁夜に触れられるぐらい近くに居るのだ。 恐ろしかった。 心臓が止まるかと思った。 呼吸が出来ないかと思った。 それでも雁夜は自分を奮い立たせ、顔を上げながらゴゴに告げる。 「・・・そうだ」 回答ではなく新たな問いかけがゴゴの口から出てきたので、雁夜は僅かに逡巡を必要とした。それでも、続けられた言葉は誰にも覆せない肯定の言葉で、雁夜が真に願う雁夜の気持ちだ。 顔を上げればやはりゴゴは雁夜のすぐ目の前におり。床についている両手を伸ばせばゴゴの後頭部にすら届きそうな近距離だった。 隙間から見えるゴゴの目がまっすぐ雁夜を見つめており、少しでも気を抜けばそのまま呑まれて卒倒してしまいそうだ。 とてつもなく恐ろしい。強大な力を行使する存在だと知らなければ、こんな気持ちは抱かなかっただろうが、今はとてもとても恐ろしい。 ただし、決意を一度言葉にすれば、思いは更に強まっていった。 雁夜は前にいるゴゴに向かって自分の思いを言葉にする。まっすぐ目を見つめ、これが俺の信念だ、と言わんばかりに言葉に力を込める。 「お前の言葉で――、聖杯戦争があろうとなかろうと桜ちゃんを救うには力がいると気付かされた。だから頼む、俺は力が欲しい。桜ちゃんを救う力が欲しいんだ!!」 その言葉が雁夜の中から死への恐怖を吹き飛ばす。 死から逃げようとする心は雁夜の中から決してなくならないが、今だけ一時的に忘れ去る強さを持てた。『生きて成す結果』を求め、雁夜は言う。 「俺に、桜ちゃんを救わせてくれ・・・」 唾がかかりそうな近距離で目と目を合わせながら懇願する雁夜。その状態で再び沈黙が二人の間を行き来した。 そして沈黙はゴゴが膝を伸ばした瞬間に終わる。 「『桜ちゃんを救う』、ものまね・・・」 ゴゴから放たれた言葉は雁夜に聞かせる類のものではなく、独り言としてゴゴがゴゴ自身に語り聞かせる言葉だった。 もちろん近距離だから雁夜にもその言葉は届く。 どんな意図をもってその言葉を呟いたのかはゴゴにしか判らない。雁夜には判らない。 雁夜はただひたすらにゴゴの返事を待つ為、沈黙を続ける。すると独り言を呟いてから十秒ほど経過した後、ゴゴの口からようやく返答があった。 「雁夜が桜ちゃんを救うために力を求めるなら、雁夜を鍛えるのも『桜ちゃんを救う』ものまねだ。教えられる技ならば存分に教えてやる、鍛えてもらいたいなら存分に鍛えてやる。お前が力を得る手助けをしてやろう」 「ぇ・・・・・・」 自分から言い出しておきながら、雁夜はゴゴの返答を聞いた途端、呆気にとられてしまう。 そもそも魔術とは魔術師の家に伝わる門外不出の技術であり、基本的に誰かに教える類のものではない。 雁夜にとっての魔術とは表に出さぬよう秘匿されるであり、各魔術師の家系は魔術刻印を継承して一族の悲願を達成する為に子々孫々に語り継いで行くものだ。 だからこそ表で発達する科学の様に、万人に知られる事無く裏の世界で粛々と存在し続けてゆく。科学技術ほど高成長しないのは、表沙汰にならぬよう常に隠し続けているからこそだ。 実際にお目にかかった事は無いが、イギリスのロンドンには時計塔と呼ばれるものが存在するらしい。拠点は大英博物館。魔術協会の三大部門の一角らしく、講師と生徒が存在する。 だがそこでも、魔術師は己の研究を公表することはなく、魔術師同士の研究の交流は無いと耳にした。 魔術とは教わるモノでも教えるモノでもない。独自に研究し、発展させていくのが雁夜の知る魔術の世界であり、頼み込んで教えてもらえるような代物ではないのだ。 聖杯戦争において『始まりの御三家』として括られる、間桐、遠坂、アインツベルンとて、それぞれが担当する魔術の詳しい内容については別の家に教えていないのが実情だ。 臓硯が雁夜に刻印虫を植え付けるのを承諾したのも、雁夜が間桐の魔術に精通する人間であり、間桐の血を引く人間だからこそだ。それなのにゴゴは自分の技を伝授してくれると言う。 自分から言い出しておきながら、雁夜自身、本当にゴゴの魔術を教えてくれるとは思ってなかった。 現実はあまりにも雁夜にとって都合が良過ぎる展開へと転ぶ。だからこそ、雁夜は自分の耳を疑う。 「本当か? 本当に俺を鍛えてくれるのか!? 俺にお前の魔術を教えてくれるのか?」 「いい加減、疑り深いな雁夜」 雁夜はゴゴの言葉を聞きながら、臓硯という人外の化け物が近くにいたから疑り深くなってしまったのだと自分を思う。 ただ、疑り深い性格は雁夜の性根と言っても過言ではないので、直す直さないの問題ではないのだ。疑り深いのが間桐雁夜なのだから、どうしようもない。 頼む立場でありながらも、雁夜は自らをそう定め、そのままゴゴに向かって言葉を続ける。 「いや・・・・・・、教えてくれるなら、これほど嬉しい事は無い。ただ、お前の『ものまね』と真っ向から対立するお願いだから・・・。正直、断られるとばかり」 「俺は『誰かを鍛える』ものまねをした事がない。俺は楽しみだ、ものすごく楽しみだぞ」 「そ、そうか――」 顔が見えないので声音から判断するしかないが。雁夜が聞く限り、ゴゴの言葉からは楽しそうな雰囲気が微かに伝わってくる。 そこには神秘を広める嫌悪感は無く、魔術師たちが絶対の不文律としている『神秘の秘匿』を考える気配はない。 そこで雁夜は気付く。この世界の魔術に少しだけ足を踏み入れた雁夜と、語られた言葉を仮に全て信じるとするならば、別世界から訪れた自称ものまね士との考えは根本的に異なる、という事実に。 ゴゴと言う存在は雁夜の考える『一般人』や『表の世界』とは異なる生き方をしており、また『魔術師』や『裏の世界』とも思想や理念が異なる。 ものまね士ゴゴにあるのは物真似だけだ。 人殺しは忌避すべき事だと雁夜は考える。裏の世界に生きる魔術師は表の世界に魔術の隠匿さえ行われれば人殺しであろうと容認する。だが雁夜の目の前に立つものまね士ゴゴにとっては、そのどちらも等しく関係が無いとしたら? まだ、ゴゴの行動理念を把握した訳ではないが。ものまねの為ならばゴゴはきっと人を殺するだろう。雁夜に淡々と告げた『お前を殺す』と言ってのけたあの言葉を偽らず、簡単に人を殺すだろう。 また、ものまねの為なら、人を生かして救うだろう。 その両方を体現するのが雁夜であり桜だ。ものまねの邪魔をするならばゴゴは雁夜を殺すと明言し、ものまねの為にゴゴは桜を救うと言った。おそらく、ゴゴという存在は嘘偽りなく、口にした事をやってのけるに違いない。 故にゴゴは雁夜の願いを受け入れたのだ。それが物真似の範疇に納まるからこそ、断らなかったのだ。あくまで雁夜の勝手な想像だが、大きく間違ってはいないと思われる。 まだ出会って一日も経過していない。ゴゴがどんな存在かなど把握しきれる訳もない。だが『ものまね士ゴゴ』が『物真似』にどれだけ心血を注いでいるかは理解させられた。 「とにかく――。引き受けてくれてありがとう」 今度は土下座にはならなかったが、それでも雁夜は感謝の念を胸に宿しながらゴゴに向かって小さく頭を下げる。 雁夜の目の前に世界は大きく広がり。これまで見えてこなかった多くの選択肢が雁夜の前に開けたのを感じた。 これは臓硯に聖杯を持ち帰り桜を間桐から解放する道筋よりも幅広く、正しい道も間違った道も増えた困難な未来だ。 ある意味で、間桐の蟲が作り出す苦行よりも難しい。そして力の会得とは、増えた選択肢の中から選べるものを自らの力で選べるという事。 これまでは単純に間桐臓硯から、遠坂桜を解放すれば全てが終わると思っていたが。そうならないかもしれない、と、雁夜は考えられるようになった。 ゴゴの言った『聖杯戦争を破壊する』が、桜を救わない可能性もあると雁夜は考える。本当に遠坂桜を救うのならば力が必要だ。 ゴゴの技を教えてくれる嬉しさと開かれた道の険しさへの葛藤。雁夜は臓硯と言う障害が無くなったことで開かれた未来の大きさに、ほんの少しだけ身震いする。 再び頭を上げてゴゴを見ると、ゴゴは雁夜の目をまっすぐ見下ろしながらこう告げた。 「が、まあ。今日はもう遅い。夜は更けすぎた。まだまだ話す事は山ほどあるから、続きは夜が明けてからにして雁夜も桜ちゃんも休むといい」 「んなっ!?」 これから先を意気込んだ所でいきなりの中止である。 雁夜は床に付けていた手の片方が横滑りするのを感じ取り、気が付いた時には頬から床に激突していた。 膝をついているので痛みは殆ど無いが。ゴゴの自分勝手さと言うか、マイペースな進め方に調子を狂わされっ放しだ。 今の所、雁夜にとって不都合な状況にはなっていないが、ここ数時間で積み重ねた心労は、間桐の蟲から受けた痛みに匹敵するかもしれない。 大体、雁夜の中にはゴゴに対する警戒心がまだ大きく芽吹いており、技の伝授をお願いしても、異質な存在が自分の家の中にいる状態に変わりは無い。 もしゴゴの言うとおり一旦話を止めて休むにしても、ゴゴと言う非常識な存在が一緒の家の中に居て、そのまま眠れるほど雁夜は豪胆な性格ではない。 お願いする立場に自らを置いた雁夜だったが、まだゴゴに対して信用も信頼もしていない。桜の安全の為にも、ゴゴから目を離すつもりは無かった。 「おい、ものまね士!!」 こんな衝撃的な事が起こりすぎたんだ、気が昂ぶって寝られるか! と続けて言おうとした雁夜だが、その前にゴゴの口から言葉が放たれる。 「スリプル」 その言葉がどんな意味を持っているのかを考えるよりも前に、雁夜の意識は夢の中に引きずり込まれていく。 起こした顔は床に逆戻りして、瞼は重くなり、一瞬で視界が黒く染まった。 眠りの魔法によって強制的に眠らされたと知るのは目覚めた後の話である。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 間桐鶴野 鶴野は間桐邸の中で何が起こっているのかを把握していなかった。 雁夜と桜はゴゴが明言した『桜ちゃんを救う』ものまねの中心人物なので、必然としてゴゴの周囲に常に陣取る羽目になり、ゴゴと話さなければならない状況へと追いやられた。たとえそれが彼らの望まぬ形であったとしても、事情を知るという一点においては雁夜と桜は鶴野より抜きんでたのだ。 いや、知らされる羽目になる。と言った方が正しいか。 それを幸せと感じるか不幸と感じるか、理不尽と感じるか不都合と感じるかは人それぞれだが、とにかく雁夜と桜はゴゴの事情を少しだけ知り、鶴野はほとんど知らぬ状況が生まれてしまった。 この間桐邸の中で、まともに話が通じる相手という限定でゴゴに最初に出会ったのは鶴野だ。 臓硯は侵入者へ殺す殺されるの対処しかしなかったし、雁夜は蟲蔵の中にいた蟲に蹂躙されて話せる状況ではなかった。桜はそもそも自主的に事情を話すと状況ではない。だから鶴野はゴゴの事情を知る最初のチャンスに恵まれたのだが、鶴野はそれを自ら放棄した。 当たり前だ。 普段からあまり出歩かぬ間桐邸、遠坂桜を蟲蔵の中に放り込んだり食事やトイレ、風呂などの最低限の生活を送る以外はほとんど使わない場所ではあるが。それでも鶴野にとって間桐邸は生家であり住んでいる家なのだ。 そこにゴゴと名乗った異分子が現れ、状況を一変させた。 ゴゴは桜を救おうとしている―――。正確には救うものまねの為に『桜ちゃん』こと間桐桜を探しており、その道中で鶴野と出会った。交わした言葉は少なく、鶴野はゴゴが何者であるかなどさっぱり判っていない。 けれど、鶴野は聞いてしまった。 ゴゴと名乗った何者かは『間桐臓硯を殺した』と言った、それを鶴野はしっかり聞いてしまったのだ。 表向きは間桐の当主という事になっている鶴野はその真偽を確かめる責任があり、一人の人間としても間桐という家を外敵から守らなければならないと思った。けれど、鶴野にはそれが出来ない。 臓硯を殺したと告げ、早々と間桐桜を探しに行こうとするゴゴを止められない。 もしゴゴの言った事が嘘ならば、あの間桐邸に侵入してきた愚か者は間桐臓硯の手によって滅ぼされる。数百年の時を生きた人外の魔術師の力は強大で、間桐に入り込んだ侵入者を黙って見逃すほどお人よしではないのだ。きっと、捕まって、弄られて、いじくられて、必要な情報を全て吐かされて、殺される。 下手に関われば臓硯の怒りを買う可能性があり、そのまま鶴野自身が殺されてしまう可能性があった。だから鶴野はゴゴの言葉が嘘だった場合、関わり合いにならないのが得策だと考えた。 そしてゴゴの言った事が本当ならば、今、この間桐邸の中には間桐臓硯を超える正体不明の何者かが闊歩している事になる。間桐臓硯に手も足も出ないただの人間が、それを上回る正体不明の怪物に叶う道理はない。 立ち向かってどうなるというのか? 臓硯にすら刃向かえぬ男が、より強い存在に立ち向かえる筈はない。 最初の邂逅は聞きたい事を聞いて、言いたい事だけを言ってさっさと居なくなってくれたのだが、あのゴゴが味方である保証はないし敵である保証もない。 ようするに判らないから鶴野は何の行動も取れずに、自室の布団で自分を覆い隠しながらベットの上で周囲を警戒しているのだ。 はたから見れば掛け布団が球状になって、その中央にいる鶴野が見れるだろう。 あれが何かは判らない。それでも鶴野は、味方をしてくれる何て事は絶対にありえない、九割九分九厘、間桐に敵対する明確な『外敵』だ。と、そう考える。間桐臓硯が招き入れた外部の魔術師という可能性もあったが、それならば鶴野に一言ぐらいは説明がある筈。 実質的な当主が臓硯の方であり、鶴野はお飾りの当主でしかない。詳しくは聞かされないとしても、『今日は来客があるぞ』ぐらいは聞かされる筈。そうでなければ、間桐臓硯が思い描く間桐のあり方に支障をきたす。臓硯の客と鶴野が諍いを起こしても臓硯には何の益もない。 鶴野は敵でも味方でもなく賓客であるという想像を即座に打ち消し、再び周囲の警戒に当たった。 一般人と大して変わらない鶴野程度の警戒がどれだけ役に立つかは疑問であったが。鶴野は恐ろしさのあまり、そうしなければ平静を保てなかった。 敵か味方か判らないが、鶴野の日常を脅かす何かがいる。 間桐臓硯という魔術師は、その性質と在り方と強大な力を知った上で恐ろしいと感じていたが、今の状況は判らないからこそ余計に恐ろしい。どちらも等しく恐怖だが、鶴野の心を削る力の強さは、今この瞬間こそが最も大きいだろう。 もし仮に鶴野がゴゴとの対話を長引かせ、『ものまね士ゴゴ』という存在が何故間桐邸にいるかを少しでも知れたならば、鶴野の心労はいくらか軽減されたに違いない。 しかし、鶴野はそのありえたかもしれない『もし』の可能性を自ら放棄して、嵐が過ぎ去るのを自分の部屋の中で待ち続ける選択をした。 嫌だ、嫌だ、もう嫌だ。 恐れが自分自身を摩耗させていき、鶴野は自分を包み込む掛け布団をギュッと握りしめる。 そのままの状態で一分ほど経過した後だろうか。時計の秒針が作り出すカチッ、カチッ、カチッ、カチッ、という小さな音だけが聞こえる鶴野の部屋の外から、時計とは異なる足音が聞こえて来た。 「ひぃっ!」 コッ、コッ、コッ、と間桐邸の廊下に響く足音がしっかり鶴野の耳に届く。 本来であれば、その足音は鶴野の知る誰か―――間桐邸の中で最も可能性が高いのは臓硯だが―――鶴野の知る誰かが部屋を訪れる時に響かせる音だった筈。 けれど今の間桐邸の中には鶴野の知らぬ何者かがおり、もしそいつの足音だったならば、間桐臓硯を上回る力の持ち主が間桐邸を徘徊しているという予想が的中してしまう。 何もかもが恐ろしかった。 世界全てが鶴野の敵になってしまったかのように、この部屋を一歩出れば地獄が広がっているような恐ろしさが鶴野を包み込んでいた。 「・・・う・・・、く」 湧き出るうめき声は、鶴野の恐怖心を声という形にする以上の意味は無く、何の効力も持たずにただ消えていく。 そして鶴野の恐れをそのままに、現実は新たな展開を見せてしまった。 ギィィ、と普段なら気にもしない扉が軋む音が大きく響き、鶴野の部屋の扉を開けた者がそこに立っていた。 そこにいたのは三時間ほど前に鶴野の部屋にやってきたゴゴと名乗った人物だ。 色彩豊かな衣装は何も変わらず、汚れ一つ無い姿は数時間前と何も変わっていない。あるいは細部まで見れば、何かが違って見えるかもしれないが、鶴野の目には全く同じ格好でそこに立っているようにしか見えなかった。 薄暗い間桐邸の中にあってゴゴの姿そのものが判りやすい目印になっているが、それは鶴野にとっては何の慰めにもなっていない。むしろ、目に見える判りやすい格好をしているから、『そこにいる』と見せつけられてしまい、鶴野の恐怖心を更に膨らませていく。 未知。故に鶴野は恐れる。 逆らおうとか、逃げようとか、行動を起こす為の意思は作り出せず。ただ縮こまって相手を見た。鶴野にはそれしか出来なかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 鶴野の口は接着剤で固められたのではないかと思えるほどに、全く動かない。鼻が空気を欲するように呼吸しなければ、あっという間に呼吸困難に陥ってしまうのではなかろうか。 息をするのも忘れそうな圧倒的な恐怖が鶴野を縛り付ける。 冷静になれば目の前の人物はただそこにいるだけで、鶴野に対して何か威圧感を放っていたり、攻撃の意思を見せたり、鶴野を傷つけようとしていないと判ったかもしれないが。今の鶴野にはその判断は出来ない。 間桐という魔術師の家に生まれながらも、鶴野の力は一般人と大差がない。だから、ただ知っているだけの一般人として、鶴野は間桐邸の中にいる侵入者を恐ろしいと感じた。 平和を謳歌していた一般人が強盗になって硬直するかのように。 路上を歩いていたらいきなり喧嘩が始まって恐ろしさを感じるように。 突如発生した大地震にパニックになってしまうように。 刃物を構えられて心拍数が普段では考えられないほど跳ね上がる様に。 裏の世界の事情を知りながらも一般人と大差ない鶴野は恐ろしさに身を凍らせる。 「間桐鶴野」 「は、はい!」 鶴野の口から出て来たのは震えた返事だったが、それが出来たのは同じような状況が前に一度あったからだ。これが最初だったならば、鶴野が返答するまで数十秒は要していたに違いない。 その言葉を聞いたゴゴは初めて鶴野と邂逅した時と同じように、事情を知らなければ全く意味が判らない言葉を放つ。 「俺にこの世界の事を教えろ」 「・・・・・・・・・・・・はぁ?」 再び行われた長い間を置いてからの呟き。これもまた鶴野の中にある慣れがそう言わせたのだろう。 鶴野は言った。 「この・・・世界?」 ゴゴは返した。 「そうだ、何でもいいからこの世界の事を教えろ」 鶴野は続けた。 「何故・・・・・・」 ゴゴも続けた。 「必要だからだ」 その後、鶴野は『おっかなびっくり』という言葉がよく似合う言葉の応酬を何度か繰り返し、ゴゴが文字通り『この世界』に関する様々な事を欲していると理解する。 表だとか裏だとかそういう括りではなく、広い意味においての『この世界』だ。 たとえば、国、文化、地形、習慣、法律、宗教、食事、信仰、言語、礼儀、科学、風習、戒律、軽蔑、色彩、階級、自然、人種、星座、婚姻、差別、規則、嘲笑、人権、歴史。などなど。 当然ながら、鶴野が知る世界は限られた一部であり、この世界の全てを説明できるほどの知識量は無い。だから鶴野はゴゴの言い分を理解すると同時に、部屋の中にあった一台のノートパソコンを使ってこの世界を説明しようと試みる。 ゴゴの言葉に逆らおうなんて意思は微塵もなかった。 ノートパソコン。それは始まりの御三家として冬木の地に住んでいる間桐の家において、何とも魔術師らしからぬ道具だ。けれど鶴野は苗字こそ間桐だが、魔術師ではない。 これは臓硯が鶴野に買い与えた玩具だ。ただし、『遠坂桜を次代の間桐の胎盤とする為』という枕詞がつく―――。そしてこのノートパソコンは、間桐邸と表の世界とを細々と繋げる役目を果たしている。 一般人と何ら変わらぬ鶴野であろうと、魔術師の素養が桁外れに大きい遠坂桜だろうと、人外の化け物の臓硯であろうと、生きればそれだけで消費と補給を繰り返さなければならない。 臓硯には『生きた人間の肉体を乗っ取る』などと、魔術の中でも邪法になりそうな極悪な魔術を使う存在だが、奪い取った肉体を維持するためには定期的な食事が必須になる。そして鶴野も生きた人間であり、間桐の胎盤として教育するための桜も生きた人間だ。当然、食事をしなければ生きていけない。 そこで鶴野は部屋の中に設置されたノートパソコンを使い、食料を注文して業者の人間に品物を持って来させていた。 時折、鶴野自らが外に出て生活必需品や食料品を買ってくる場合もあるが、大抵の場合はインターネットを使うのが主流となっている。理由の大半が、臓硯のそぐわぬ事をしないように間桐の家に縛り付けられている鶴野本人の恐怖にある。 明確にこうしろと臓硯から命令されている訳ではなく、鶴野は自主的に間桐邸の外との接点を絞っている。それは臓硯の望まぬ事をして、自分の命が危機に瀕するのが怖かったからだ。 もし間桐邸から出て外に買い物に行った時、何かしらの理由で帰宅が遅れたりして臓硯の怒りに触れたらどうなるか? あるいは間桐邸の外に出て、臓硯の目の届かぬところで酒や女遊びなどの羽目を外し、桜の教育など、臓硯が鶴野に課している義務を怠ったらどうなるのか? 考えるだけで恐ろしい。 鶴野の部屋に、外界との接点となっているノートパソコンがあるのは、そうやって臓硯を恐れるが故だ。 昨今の情報化社会により、インターネットには昔とは比べ物にならないほど、かなりの情報があふれている。時間経過と共にもっと増えていくのが予想されるが、現段階でも、鶴野が間桐邸を一歩も出なかったとしても幾らかの欲求は満たされる条件が揃っている。 加えて、臓硯は冬木市以外に持っている霊地を他の魔術師に貸して土地収入を得ているので、間桐の中でも鶴野が使える金はかなり多い。 あくまで鶴野が余計な事をしなければ、ノートパソコンと言う文明の利器は鶴野自身を生かす道具となっている。同時に、それが臓硯の望む『間桐鶴野』の姿であると理解しながらも、そこから僅かでもずれるのを恐れていた。 だから鶴野は必要最低限以外に、与えられたノートパソコンを使った事がない。ちなみに鶴野の息子である慎二の海外留学の手続きなどを行ったのもこのノートパソコンである。 「何が・・・知りたいので?」 「出せるならまず世界地図を出せ。この星の形、この大地の大きさ、海の規模、ここがどこかを知りたい」 鶴野は机の上に置かれたノートパソコンとそこに繋がったマウスを操作するために椅子に座る。ゴゴはその斜め後ろに立ち指示を出しており、鶴野からすればいつ後ろから攻撃されるか判らない恐怖そのものであった。 語られる言葉は鶴野の判る日本語だが、話の通じる相手だと落ち着ける余裕は無い。ノートパソコンを開いて電源を入れる指が震え、話す言葉の一つ一つが弱弱しくなる。 背の高さでいえばゴゴよりも鶴野の方が高いのだが、鶴野など軽く殺せてしまうであろう相手を前にして、抗う意思は鶴野の中から完全に消えてしまっている。 後ろを振り向いた瞬間に自分を殺す何らかの攻撃が来るかと思うが気が狂いそうだ。 前を向いたまま、後ろから聞こえてくる声に従うしかほかにやれる事が何もない。 普段ならば何でもなく行えるブラインドタッチを行うのに数倍の時間を要し、マウスのスイッチに手を置くだけでも十秒はかかってしまった。 何故こんな事をしなければならないのか、という疑問を考える余裕はなく。恐怖だけが、思考を埋め尽くしていく。 震える体と聞こえてくる言葉を聞きわける為の耳、ノートパソコンに向けられたまま微動だにしない視線と鶴野の頭の中を埋め尽くす恐怖。それぞれが絡み合い、鶴野の意識を目の前のノートパソコンへと集中させる。そうしなければ狂ってしまいそうだ。 鶴野は知らぬ事なのだが、雁夜も同じように正体不明の奇人であるゴゴを前にして恐怖を覚えていたが、雁夜の場合は『桜ちゃんを守る』という決意が心の中にあったので、その分が鶴野との対応の違いとなって現れていた。 今だ、ゴゴが何の目的で間桐邸の中を徘徊しているかすらも知らぬ鶴野にとって、相手の言い分を撥ね退けるなどと言う選択肢は存在しない。 臓硯を相手にした時がそうであったように、自らが生き延びるために自分より強い相手の事に唯々諾々と従うだけだ。それこそが間桐鶴野の処世術であり、自分自身を貶めて傷つける業だった。 だから鶴野は気付かない。 斜め後ろに立つゴゴのマントの奥から二本の腕が前に伸び、鶴野の動きを物真似して正確なブラインドタッチを行っている事を―――鶴野の恐怖が生み出す振動すらも完璧に物真似している『ものまね士ゴゴ』が、すぐ近くにいる事を鶴野は気付いていなかった。 「こ・・・、これが。この世界の、地図です」 「ほう。この世界はこんな形をしているのか」 感心する言葉すら鶴野にとっては恐怖でしかない。 恐怖が鶴野の心を埋め尽くし、体を束縛し、意識を乗っ取り、精神を犯していく。 そして恐怖はついに鶴野の限界を超え、鶴野の意識を簡単に途切れさせる。 心の平静を保つための失神だ。 何が起こったか理解するよりも前に、鶴野の意識は黒一色の闇に染められた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ゴゴ ゴゴは雁夜と桜を魔法によって寝かした後、『桜ちゃんを救う』為に新たな情報を求めた。 雁夜からある程度の事情を聴いたが、遠坂桜を救うために必要な情報はまだまだある。特に、ゴゴにとっての常識と桜にとっての常識―――この場合は雁夜の常識も含まれるが、とにかく日々の生活一つにしても違いすぎる事が多すぎる。 魔法によって強制的に眠りの世界に落とすのは良識ある人間のする事ではないかもしれないが、ものまね士ゴゴには関係がない。だが、その『ゴゴにとっての常識』と『桜と雁夜の常識』に食い違いがあっては大問題だ。 故にゴゴは多くの事を知らなければならなかった。ゴゴが良かれと思ってやった事が雁夜と桜にとって害悪になっては救いにはならない。『桜ちゃんを救う』ものまねの為にものまね士ゴゴは情報を必要とする。 そこで情報源として目を付けたのが間桐鶴野だ。 ゴゴは『桜ちゃん』こと遠坂桜を探す間に、間桐邸の中は大体回ってしまったので、間桐邸の中にいる人間が三人しかいないのは判っていた。 そして雁夜と桜は眠りの魔法によって寝てしまい、今は雁夜の部屋にあるベッドの上に二人並べて寝かせた所だ。少々手狭で、眠りに落ちても解放されなかったミシディアうさぎが苦しそうにしていたが、数時間の辛抱なので我慢してもらう事にする。 桜はゴゴが救わなければならない相手だし、雁夜はゴゴが物真似をする為の大本だ。寝かせてしまったので、今更起こす訳にもいかず、聞くべき相手は鶴野となる。 そんな風に鶴野が選ばれたのは消去法だが。ゴゴにとっては間桐邸の中にいる人間の中では最も手軽に利用できる人間でもあるので、お願いする立場ではあるが命令に近い態度でも問題ないと考えた。 結果。ものまねの為に必要だからという理由でゴゴにとっては至極当然な状況が出来上がったのだ。鶴野にとっては恐怖と困惑に満ちた不本意な状況かもしれないが、ゴゴには鶴野の都合は関係がない。 「別名、『水の惑星』か」 かつてゴゴがものまね士となる以前、三人の子供たちと一緒に宇宙空間から見下ろした星の姿を思い出しつつ、ぽつりと呟く。 大陸も海の地形も大きさも何もかもが異なるが、それでも『青い星』という括りでみればどちらも巨大な星として似通った部分が見えてきた。 ただ見るだけでは孤独は消えないので、壮大さこそ感じながらも即座へと降り立った星を再び外から見る感慨。体感時間ではそれほど昔ではないが、過ぎ去った時間は千年以上が経過してしまっている。実感は薄いが、昔を懐かしんだのかもしれない。 そしてゴゴは鶴野の動きを物真似しながら、ノートパソコンと呼ばれた道具に関心を抱いた。 さすがにノートパソコンはゴゴの知る世界には存在しなかったが、機械とは『人が活動を優位にする為に作り上げた、人工の道具』であり『求める結果を一定に作り出す道具』だ、と再認識する。 かつての世界を隅から隅まで駆け抜けた飛空艇ファルコン号も、ゴゴが目覚めた時には存在しなかったガストラ帝国が魔法の力と科学を融合させて作り上げたという魔導アーマーも、今現在ゴゴの視界の中にあるノートパソコンも、それぞれがある目的の為に作られた機械で、もたらす結果は全く異なるが、それらが人の使う道具である事実に変わりは無い。 ゴゴの子供たちである三闘神が伝えた技術ではなく、人が自分たちの為に作り出した人の技だ。 それはものまね士ゴゴにとって物真似のし甲斐がある未知の技術の一つである。 故にゴゴは鶴野の動きを物真似しながら、ノートパソコンと呼ばれる道具がどのようにして使われる物なのかを学び、自分の頭の中にある知識とすり合わせて機械の意味を理解していく。 一を聞いて十を知るどころではなく。一を聞いて百を理解する。この世界でもかつての世界でも常識外れの理解力だが、ものまね士ゴゴにとってはそれこそが普通だ。 ゴゴは目の前にある全ての情報を収集し、観察し、考察し、模倣する。 ノートパソコンと言う機械の役目。 間桐鶴野の動きがどんな結果をもたらすか。 画面に映し出された検索エンジンと言うモノはどんなモノか。 押されたボタンが作り出す結果とそこから推測される別のボタンの用途。 それらを模倣して、模倣して、模倣する。 そしてゴゴはその変化に気付いた。 ノートパソコンの画面は宇宙から見た地球の姿を映し出しているが、操作して画面に出した鶴野の動きが止まっているのだ。ノートパソコンの右側に置かれたマウスの上に置かれた鶴野の右手は全く動いておらず、合わせて画面に存在するマウスのポインタも微動だにしない。 緊張からか背筋をまっすぐ伸ばした鶴野の姿勢は変わっていないのだが、彼は小刻みに震えていたのだが、その振動がなくなっていた。 ゴゴの体は震えの消失もしっかり物真似していたが、頭は震えが消えた意味について考える。 人形のように固まってしまった鶴野と、それを見ながら同じ体勢で固まるものまね士ゴゴ。座っている者と立っている者違いはあるが、腕を前に出して固まる上半身の姿勢はなぞったかの様にそっくりだ。 その状態で『どうした?』と、ゴゴが問いかけようとすると、椅子の肘かけに手を置いた鶴野が上半身を回転させてゴゴの方に振り返ってきた。 ゴゴは物真似を一旦中断し、鶴野の顔を見る。そして、小さく笑みを浮かべながら不敵な面構えでこちらを見る鶴野の姿を見て、鶴野は気が狂ってしまったのではないかと考えた。 マウスとノートパソコンのキーボードから手を離した鶴野の姿はただ振り返った様に見えなくもない。けれど、これまで二度ほど相対した鶴野は、笑みを浮かべてゴゴの目を見返したりはしなかった。 慣れがあれば対人関係に変化が起こるのは判るのだが、そんな慣れはゴゴと鶴野の間には存在しない。 何か変化を起こす劇的な要因がなければ、人は早々には変われない。けれど、ゴゴを見る鶴野の姿はこれまでにないふてぶてしさを見せており、通説を裏切っている。 あるいはこれまでゴゴの前で見せて来た『間桐鶴野』という人間が全て演技だった可能性もある。それはそれで物真似のし甲斐があるとゴゴが考えていると、振り返った鶴野の口からある言葉が出た。 「ゴゴ・・・・・・。ものまね士、ゴゴ。それがお前の名前か――」 それは鶴野の声だったが、今まで聞いてきた鶴野の言葉ではなかった。正確に言えば、声の中に含まれていた恐怖が綺麗に消えていた。 そしてゴゴはその言葉を聴いた瞬間、椅子に座ってノートパソコンを操作していた筈の『間桐鶴野』が消えている事に感づく。 何故こうなったかは判らない。だが、間桐臓硯と蟲蔵で会った時の様に、瞬きの時間よりもさらに短い一瞬後には殺し合いに突入してもおかしくない状況がいつの間にか生まれている。 ものまね士ゴゴと間桐鶴野、少なくとも十秒前には両者の間に行き来していた雰囲気はここまで緊迫したものではなかった。なのに今は、かつての世界で体験したモンスターと対峙している時の緊張に似た、敵を前にした時の状況に変わっている。 ゴゴは思った。こいつは『何だ』。と。 姿形こそ、ゴゴがものまねの元にしていた間桐鶴野なのだが。目に見えない部分―――、精神とか心か人格とか、鶴野を間桐鶴野たらしめている本質そのものが綺麗さっぱり消えているのだ。 言葉では見えないから、説明するのは非常に難しい。けれど、ゴゴは目の前にいる何者かが鶴野ではあり得ないと確信していた。 僅かな驚きとそれを上回る未知への探求。ものまね士ゴゴが新たな物真似を見つけた時に感じる喜びを抱きながら、ゴゴは鶴野でありながら鶴野ではない何者かに向けて問いを投げる。 「お前は誰だ? 間桐鶴野ではないな」 「さっすが。気付くのが早い。説明が短くなって助かるよ本当」 ゴゴと言う存在に委縮してしまっていた鶴野の姿はそこになく、かつて共に旅をした仲間たちが見せるような気安さを見せる誰かがそこにいる。 姿形は間違いなく間桐鶴野なのだが、そこに居るのは鶴野ではない何者かだ。 どうして違うと判るのか? それを言葉で説明するのは非常に難しいが、とにかくゴゴには判る。だからこそゴゴは問いを投げられて、相手も間桐鶴野ではないからこそ肯定して返したのだ。 「間桐鶴野じゃないなら名前はあるのか? 俺はものまね士ゴゴだ」 「知ってるよものまね士。俺の名前か――。『抑止力』なんて呼ばれてるが好きに呼べ、どんな言葉でも俺を指し示す正しい言葉で間違ってる言葉だ」 「全てを指し示す言葉ではない、という事か」 「いや、本当。理解が早いっていいな、さすがは『ものまね士』。そっちの事情を大半は知ってるからわざわざ説明しなくていいぞ」 椅子に座って尊大に話すその姿はゴゴがこれまで話していた間桐鶴野ではない。 相手は正体不明の何者か。これでまともな感性の持ち主であったならば、恐れたり、敵意を抱いたり、警戒したり、困惑したりするかもしれないが、ゴゴの常識はそのどれにも当たらない。 物真似できるだろうか? 未知と遭遇し、真っ先にゴゴが思い浮かべたのはその疑問だった。 ものまね士ゴゴはあくまでものまね士として考え、とことんものまね士として行動する。ゴゴは間桐鶴野に見える何者かの動きを観察し、見聞し、肯定し、模倣する。 話をしながらも、ゴゴは常に物真似を意識しながら、相手の全てを探り出そうと言葉を交わす。 「こうして俺が出て来たのは特例中の特例さ、もしかしたら人類に歴史の中で前も次も無いかもしれない異常事態だ。俺がここにいる理由はお前に警告に来たんだよ」 「警告?」 「ああ。俺はお前がこの世界に現れた時から観察していた。お前が蟲蔵の中に現れた、あの時、あの瞬間。あのタイミングから俺はお前の事をずっと見ていたよ、ものまね士ゴゴ」 ゴゴはその言葉を聴いて、相手は鶴野の意識を乗っ取って別の場所から話しかけている訳ではなく、言葉通り、あの瞬間にものまね士ゴゴの存在を認め、ゴゴの知覚出来る外から覗いていたのだと知る。 疑り深い人間ならばその言葉を嘘だと決めて否定するかもしれない。だが、ゴゴには判る。言葉で説明するのは非常に難しく、あえて言うならば直感としか言いようがないのだが、とにかくゴゴには相手が嘘を言っていないのが判るのだ。 いや、嘘で自らを偽る必要が無い。と言うべきだろうか。 神の名を冠した子供達を生み出した自分と同類だ、すなわち『人知を超えた何者か』という事。 相手は椅子に座る鶴野の体で話しているので、ゴゴを見上げる構図だが。嘘で相手を陥れる必要を全く感じない絶対的高位からの宣言を行っている。 その予想がもし当たっていたとしても、ゴゴには敬服したり畏怖しようとは欠片も思わない。ただ、ものまね士は相手を物真似できるかどうか考えるだけだ。 「この間桐邸だけじゃなく、ずいぶんと広い範囲を見れる目を持ってるんだな。今は俺と話す為に鶴野の体を使って、存在を固定しているのか」 「言う前に判られると中々気恥ずかしいな、まあ、間違ってないけどよ」 ゴゴは観察する。 相手を見る。 言葉を一語一句漏らさずに全て聞き入れる。 「警告の前に説明しておくと、人は俺の存在を『集合無意識によって作られた祈り』や『星自身が思う生命延長の祈り』と説明している。今回、間桐鶴野がそうなりたいと願った形が今の俺を作ってるから、集合無意識の方だろうが。以前出て来た事があるかもしれないし無いかもしれない。ただし、前回や次回があったとしても、それは『間桐鶴野としての俺』とは同じだけど、全くの別人だ。そして、俺の役目は『抑止力』の名の通り、世界を滅ぼす要因が発生したらそいつを抹消する事。目的は世界を破滅から救い延長させることだな」 「大層な役目を持った存在がこの世界にはいるんだな。あの世界でもお前の同類が居ればケフカに世界を壊される事なんて無かったろうに。で、俺の前に現れた理由はその世界を滅ぼす要因が俺だから、か?」 「そうだ。その身一つで世界を滅ぼしかねない存在が外の世界からこの世界に舞い降りた。お前の事だよ、ものまね士ゴゴ。別の呼び方をするなら『かつて神を生み出した超常現象』か? お前という存在が発生してしまったから、俺の役目が果たされようとしているのさ。だから俺はここにいる、間桐鶴野の意識しない状況でありながらも、間桐鶴野としてここにいる」 これでもし雁夜が同じ状況に放り込まれれば、自分を抹消すると言ってのけた相手に恐れおののくだろう。 例え姿形が見知った相手だからと言って、いや、見知った相手だからこそ目に見えぬ形での変質は恐怖を呼び起こすのに十分だ。たとえ、気が触れた、と起こった状況への納得が出来たとしても、戸惑いまでは隠せない。 ゴゴだからこそ、何も気にせずに話を続けられる。 感情はあれど、この程度の事ならば驚くに値しないと先を促す。 「ならば何故、俺を抹消しようとしない? 何故俺に話しかける? 『間桐鶴野』よ」 「違うと判ってるくせにまだ鶴野の名で俺を呼ぶか? まあ、便宜上この体の持ち主だし、鶴野に同化して理想を体現してるようなものだからそれほど間違っては無いが、どうにもむず痒い」 「好きに呼べと言ったのはお前だろう? 名前は大切だ、それがどんな名前であろうとも、存在の証明をする一つの指針だからな」 「俺にとっては名前なんぞどうでもいいがな。そうそう、お前を抹消しない理由だったな。簡単だ、今のお前なら問題ないからだ。力を限りなく抑えてるお前は、俺の敵にはならない。あの蟲爺を殺せるだけの全力程度、お前にとっては指先を軽く振ったのと大差はないだろ? この状態なら、今のままのものまね士ゴゴなら『世界を滅ぼす要因』にはならないのさ」 「気付いてたか。まあその広く見える目なら納得だ」 鶴野に見えるけれど決して違う何者か。抑止力と名乗った者の口から語られた言葉は、ゴゴに驚きを与えた。 今までこの世界でゴゴに出会った者達は、等しくゴゴの力の一端に触れれば、それを強大な力だと考え、全力だと誤解した。 確かに間違ってはいない。だが合ってもいない。 「お前の本来の力を言葉通りに『全力』で『本気』に『全開』すれば、この星が滅ぶ。今は手加減してるなんて、俺からすれば当たり前すぎて判る必要のない必然だ、説明されるまでもない」 確かに目の前にいて間桐鶴野の体を使っている抑止力の言うとおり、ゴゴが間桐臓硯を殺した時に出した力は『全力』ではあったが、『相手を殺すものまねに必要な力』で制限した力だ。 雁夜はその力ですら人知の及ばぬ途方もない力と判断してるようだが、ゴゴにとっては極限まで力を抑えた状態での破壊である。 星の表面を撫でて、一つの世界を崩壊寸前まで追い込んだのが三闘神の力であり、今はゴゴの中に還っている。 雁夜にはゴゴが間桐邸の蟲蔵に来るまでの話をしたので、少し考えれば、ゴゴが本気ではない事は判る筈なのだが。まだ沢山の出来事が起こり過ぎてそこまで理解出来ていないのだろう。 ゴゴが物真似を行う為に相手を観察している様に、相手もまたゴゴを観察している。ゴゴが目の前にいる存在を『人知を超えた何者か』だと認めている様に、相手もまたものまね士ゴゴを強大な敵として認めており、今の状態を手加減した状態だと見切っていた。 まずゴゴに確認するのではなく、いきなり断言するのがそう思ってる証拠だ。そしてゴゴはそれを否定できる材料を持っておらず、全てが正しいと認めている。 そこには人の力が及ばぬ人知を越せた世界に生きる者同士でしか分かり合えない共感があり、ゴゴは鶴野の後押しをしている抑止力が自分を殺す敵だと認めながら、それでも人が言う『親しみ』を感じていた。 世界を救うものまねを行う為に強引に同行した仲間達にはあまり感じなかった気持ち。仲間意識はあったが、同類だとは思えなかった彼らには抱けなかった気持ち。 間桐雁夜が願い、遠坂桜を救うと言うものまねの為にも抱かなかった気持ち。教えを乞う為に自らをゴゴの下に位置づけた雁夜にも、そもそもゴゴを知ろうともしない桜にも思えない気持ち。 ゴゴは目の前にいる存在を敵と見定め警戒しながらも、ずっと話していたい衝動に駆られた。 「このまま無作為に力を使い続ければ、いつか俺とお前は戦う事になりそうだからな。あるいはその余波でこの世界が壊れる可能性もある。だから、『あまり好き勝手にやるな』と注意しに来たんだよ。俺は戦闘狂じゃないし、好んで戦いたくもない。必要なら誰であろうと抹消するが、お前だってものまねする為にはこの世界が必要だろう? 戦えばもちろん俺が勝つが、俺たちが戦ってこの星が滅んだら何の意味もない、だからそうならないようにしたいのさ。その時、俺はきっと星が思う祈りとしてお前を殺すことになる」 「大した自信だな、戦いになって俺が真に本気を出せば、お前が勝てると思うのか? まあ、俺も俺の為のものまねを邪魔されるのは本意じゃない。今の状態が警告で済むのなら、今の状態での『全力』を行い続けるだけだ。本気の全力全開とは程遠いが、それならそれで物真似のし甲斐がある」 ゴゴも抑止力も自分が負けるとは微塵も思っておらず、どちらもが戦えば必ず相手に勝てると確信していた。 ただ、それはどちらの力も強大過ぎるが故に相手と自分との強さを推し量れないと言うジレンマもある。 圧倒的に力の差があればわかりやすい。しかしゴゴには相手の力が自分同様に大き過ぎて把握しきれないのだ、自分と同等かそれ以上。戦い方によってどんな強敵だろうと殺せる自信はあるが、必ず勝てると思いながらも、それが出来ないかもしれないと考えている。 ただし、出てくる言葉は絶対的強者のみが持つ高みからの宣言だ。そして、ものまね士ゴゴにとっては物真似こそが第一なので、勝つか負けるかなんてのはどうでもよかった。 「いいだろう。お前の口車にとって、とりあえず制限のかかった今の状態でしばらく物真似をするとしよう。必要ならばどんな敵だろうと滅ぼしてやるが、まだ『桜ちゃんを救う』ものまねは始まったばかりだから、世界が壊れるのは少し困る」 「そうこなくちゃ。で、それはそれとして、もしかしたらお前が救おうとしている遠坂桜が俺の後押しを受け、お前という滅びの要因を排除して英雄と呼ばれるようになるかもしれないぞ。それはものまね士ゴゴにとっての『救い』になるのか?」 「誰の体でも扱えるのは便利だな。まだ判らないが、桜ちゃんがそう願うならそれも考慮しよう、『桜ちゃんを救う』ものまねがそうなるならば、俺は嬉しい」 「そうか。まあ、俺も必要があればお前を殺す為に規模を膨らませてもう一度出てくるだけだ。こうしてお前と話しが出来ている時点で『抑止力』は既に働き始めているから、今では無いにしても、それほど遠くない未来にお前を殺す時が来るかもしれない。無いなら無い方がいいんだが、必要があれば俺はお前の前に立ちふさがってお前の存在を消し去るだけだ」 「そうか、お前は俺を消そうとしているのか。ならその時、俺は『お前を消す』ものまねをするとしよう」 「その前に間桐鶴野じゃない俺がお前を消すさ。今の内に覚悟しておくんだな、ものまね士ゴゴ」 二人とも決して自分が負けるとは思っていない自信に満ち溢れた言葉で話し続ける。 ただし、一応この場での戦いが起こらないと言う暗黙の了解が両者の間に生まれたので、ゴゴは抑止力に向けた警戒心を解いていった。 敵を前にした状況で気を抜くのは暴挙に思えるが、ゴゴは相手の言葉が嘘ではないと信じている。 親しみが作り出す信用とでも言えばいいのだろうか? ゴゴ自身、うまく自分の感情を説明は出来ないが、それでもこの場は戦わないと自らを戒めた。 そして武力による殺し合いが無いのならば、後は物真似の為に言葉による舌戦を行うのみだ。 「ところで鶴野。街一つ滅ぼす力の行使はお前と戦う事になるのか?」 「ならない。多くて、一万人が死ぬ程度ならば、大規模な自然災害で死ぬのと大差はない。今の世の中で起こってる紛争地帯での死人を数えれば、街一つぐらいは軽く吹き飛んでるのが実情だ。ただし、力の行使の方法によっては戦う事になるかもしれないから、そこは注意すべきだろう」 「国一つ滅ぼす力の行使はお前と戦う事になるのか?」 「国の規模にもよるが、かなり高い確率で戦う事になるだろう。さすがにそれは『やり過ぎ』になる。たとえ、どんな方法であったとしても、それだけ大きな力ならば人目を引いて、世界の破滅を引き起こす引き金になりかねない。その場合は事を起こした瞬間に俺が現れて、秘密裏に存在を抹殺するかもな」 そこまで言い切った鶴野でもあり抑止力でもある存在は、これまで腰かけていた椅子から立ち上がってゴゴに相対した。 鶴野の身長はゴゴよりも若干高いので、ゴゴからは見下ろされる状況だ。 何故立ち上がったのか? そんな疑問が少しだけ頭をよぎるが、そこから警戒や闘争の意思が芽吹く事は無い。 ただ相手の目を見て話を続けるだけだ。 「ようはやり方の問題だ、既に間桐雁夜の口から少し聞いてるが、裏の世界に跋扈する魔術の世界は表の世界に出来るだけ関わらないように組み立てられている。どれだけ表にとって非常識な状況になろうとも『納得できる理由』を用意できれば、それは単なる表の世界の出来事になる。現在の世界を延長させることこそが俺の目的だから、やり方さえ違えなければ、国が一つ滅び数百万人の人間が死のうとも俺は出てこない場合もある。時間とともに発展した表の世界にもそれが可能な兵器はあるからな、近頃は破滅の線引きが昔に比べてかなり緩くなった」 ゴゴは相手の話に耳を傾けながら、警告と言う割にずいぶんと色々と話してくれるな、と考える。 「それに延長させるべき『現在の世界』とは常に流転するあやふやで、形があるように見えて、形のないモノだ。確たる証として『こうするべきだ』なんてものは最初から存在しないのさ。こうしてお前と話している『間桐鶴野の体を借りた俺』も、次にお前と会ったときは別の何かに変わっている。だからお前が俺と戦いたいなら、お前の望むとおり動き回り、俺が抹殺すべき対象になればその瞬間から殺し合いの始まりだ」 もしかしたらゴゴが相手に親しみを感じている様に、抑止力と名乗った相手もまたゴゴに対して友好の様な何かを想っているのかもしれない。 もちろんそれはゴゴの勝手な想像だ。彼が言った通り警告の為だからこそ懇切丁寧に説明している可能性だってある。 三闘神と言う神の名を冠する者達を生み出し、強大な力でもって大抵の事は出来るものまね士ゴゴだが、今現在相手の心の奥底までを見通すような技術は無い。 あるいはそう言った技を物真似すれば出来るようになるかもしれないが、今はまだ出来ない。 ゴゴは想像し、観察し、相手の全てを知ろうと思い、目の前に立つ者を物真似しようとする。 「間桐臓硯を殺す時――、いや、蟲をけしかけられて戦い始めた時。お前は蟲蔵の中を覆う結界を張ったな?」 「前の世界で、モンスターと戦える者なら、誰でも等しく使えた力だ。俺の仲間は全員使えたぞ。そんなに珍しいものじゃない」 「ここの世界にとってはそれだけでもとんでもない力さ。結界内で敵と味方に区別された者以外は攻撃しても破壊できないなんて、物理法則を完全に超越している。あれを破壊するとなると対人兵器じゃ不可能だ、それこそ町一つ呑み込むぐらいの破壊じゃないと難しい」 「その言い方からすれば、あの中で戦う限りは特に制限はないらしいな?」 「そうだな。あそこはこの世界とは別の空間を完全に切り分けて作られた『異界』のような場所だ。隔離された空間で行使され、そこで消滅する力なら、世界に与える影響は限りなくゼロに近い。だからお前が間桐臓硯と戦っている時に、奴は俺の後押しを受けられず消えていった。そうでなければ、間桐臓硯は英雄になれたかもしれない。惜しい事だ」 ゴゴはその言葉を聴きながら、これまでに語られた内容と照らし合わせ、鶴野の体を使う抑止力と名乗った誰かは誰であっても何であっても、世界を滅ぼす存在を消滅させられるのならば、何にでも力を貸すのだと知る。 つまり逆に考えれば、誰かか何かに力を貸さなければ世界を滅ぼす要因を排除出来ない、という事。抑止力という存在するのか今だ判らない不確かなモノだけでは敵の前には現れられず、何かを介する必要がある。 それがどんな意図をもって行われ、どんな法則によって培われ、どんなやり方で実現されているのか見当もつかず、今だ物真似する事が出来ない。 何らかの媒介が必要だと判ったのは収穫だが、それでも相手の強大さも一緒に再認識させられたので、先行きに暗さを思い知らされるばかりだ。 もっとも、それすらもゴゴにとっては物真似の対象なので、ゴゴの口は出てくるのは心の中に浮かんだ一抹の恐れを完全に無視する言葉ばかりである。 「バトルフィールドを展開すれば力に制限はない、か。それはいい事を聞いた。もしかしたら、バトルフィールドはあの世界の抑止力だったのかもしれないな」 「判ってると思うが、剣術、武術、暗殺術のような『人の力でたどり着ける領域』の行使は問題ない。オドと呼ばれている生物が生成できる魔力とは違い、オーラキャノンは気を集めて放つ技だ、あれは魔術と違って超能力に近い。あの程度の出力ならば結界の外、お前の言葉なら『バトルフィールド』か? そこ以外でも問題ないぞ」 「だろうな。あの程度で『世界を滅ぼす力』何て言われたら、マッシュと奴の師匠のダンカンへの侮辱だ」 相手と殺し合いを行う事に対して臆している訳ではない。ただ、ものまね士ゴゴとして物真似を行えなくなるのが困るからこそ、こうして話をして情報を入手している。 舌戦の中で情報を得ながらゴゴは考える。 自分が前の世界で仲間達から物真似で得た技術の中で、世界を滅ぼす要因になりそうなモノとそうでないモノを振り分けていった。 そして大半はバトルフィールドの外であろうとも人の目に付かない様に行使して、しかも今の手加減した状態での全力ならば、特に問題ないだろうと結論付ける。 もし炎の初期魔法『ファイア』だとしても、三闘神の力が戻った今のゴゴが真に本気で全力で全開で使えば、間桐邸どころか家の五十戸ぐらいは楽に包める大火災を生み出してしまう。おそらくそれこそが今は鶴野の体を使っている抑止力との戦いの引き金になるのだろう。 ゴゴは新しい遊びを見つけた時に似た嬉しい気分を味わい、喜びを含みながら相手に向けて言った。 「今は『桜ちゃんを救う』ものまねをしているが、それが終わったらお前のものまねをするのも楽しそうだ。こうして話してる間に相手の力量を測り切れないなんて、初めてだ」 「抑止力を真似るか。お前にはそれが出来る力もあるし、御同類が増えるのも中々面白そうだ。お前を消滅させる時がその時だろうが、もし残れたら好きにすればいいさ」 「好きにしない時なんて今まで一度も無かったよ」 「それはそれは――。さて、楽しくて面白い話はそろそろ終わりの時間だな、この体の本来の持ち主に限界が来る」 鶴野の体を使い、けれど決して鶴野ではありえない抑止力はそう言うと、ゴゴの真正面に立っていた場所を動いて壁際にあるベットへと向かった。 間桐鶴野の体を使ってゴゴと話す時間はもう終わってしまう。ゴゴの中の直感がそう事実を受け止め、理解へと到達する。 まだ聞き足りないと思ったが、必要最低限の情報は得られたので、引き留めるような事は言わなかった。 そもそもゴゴがそうであるように、相手もまた自分が言った言葉を覆すような事は絶対にしない。そう確信できる実感がゴゴの中にはある。 何を言っても決めた事を覆させることは出来ない。それが出来るとしたら、力で相手を屈服させた時だけだろう。『そろそろ終わり』と言ったなら、その通りになるだけだ。 「制限時間付きで意外と短い。拍子抜けだぞ『抑止力』」 「間桐鶴野は知識を持ってるだけで魔術回路もないただの人間だぞ? お前と殺し合うなら、それにふさわしい誰かの背中を押して殺してやるよ」 「そうなったら全身全霊、全力全開でこの星ごと殺してやろう。お前を理由にして、星の表面を撫でて数億の人間が死に絶えるのも楽しいかもしれん」 「その前にお前を消すから不可能だ、『ゴゴ』」 ゴゴも相手も互いを敵と認め、出てくる言葉は一触即発の状況ばかりを作り上げていく。それでも決して武力を使っての殺し合いにはならず、今この瞬間だけは言葉だけがそれぞれの武器であった。 「またな。ものまね士」 「ああ、またな――。次会う時にどちらかが居なくなるのが残念だ」 淡々と言ってのけた言葉に余韻は無く、感情のこもらぬ言葉は別れの挨拶には到底聞こえぬモノだった。 それでも鶴野の口から告げられた言葉とゴゴの口から放たれた言葉は一つの区切りをつけてしまう。 ベットへと移動した鶴野は別れの言葉をきっかけとし、開かれていた目が閉ざされ、四肢は力を無くし、体は布団の上へと倒れ込む。 出会いが突然ならば決別もあっさりとしており、言葉の渦が蠢いていた鶴野の私室は一瞬で静寂を取り戻した。 ゴゴは動かなくなった鶴野への興味を無くし、天井へ―――何もない虚空へと視線をやる。 最初は判らず、今もゴゴの認識できる中にはいないが、間違いなく『抑止力』と名乗ったモノはここにいる。見えないだけで確実にこの世界のどこにでも存在するのだ。 「本当に・・・、物真似のし甲斐がある。この世界は宝の山だ」 ゴゴは喜びを噛みしめながらそう呟いた。 そしていつまで何もない場所を見つめていても事態は進行しないので、数秒ほど天井を見つめるが、それ以上は何もせずにこの世界を知る為の行動を再開した。 鶴野はベットの上で横たわっているので新たに何かの情報を聞き出すことはできない。そこでゴゴは少し前まで鶴野が座っていた椅子に腰かけると、鶴野がやっていたノートパソコンの操作を物真似して、指をキーボードの上において片手をマウスに伸ばす。体格の違いと姿形の違いは合っても動きそのものは鶴野を完全に模倣していた。 二十分も必要とせず、ノートパソコンを道具として扱う意味を理解したゴゴは、いくつかのアプリケーションの使い方こそ判らずとも、検索エンジンを起点にして多くの情報を仕入れられるようになった。 ページにある振り仮名の書かれた漢字を見て、模倣する。 料理の動画を配信しているページを見て、模倣する。 観光名所を説明したページに書かれた世界各地の名所を見て、模倣する。 文字だけしかない六法が書かれたページを見て、模倣する。 ものまね士ゴゴは目から取り込む情報の全てを模倣する。 一台のノートパソコンが生み出す多くの情報を物真似して、物真似して、物真似して、ものまね士ゴゴはその全てを自分の中へと取り込んでいった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 間桐雁夜 「ん・・・・・・む・・・・・・」 眠りから目覚めた雁夜は窓から差し込む太陽の光から、朝が来たのだと理解する。 夜の暗さを消し飛ばす人工の光ではない。間桐と言う名を意識した後の雁夜には『心地よい朝』なんてのは無縁であり、太陽が差し込む光は所詮時間経過を伝える為の一つの指針でしかない。 自ら生きる楽しさを一つ放棄していると判っていたが、それでも雁夜は太陽の暖かさに心地よさを覚えられなかった。 もしかしたら、雁夜の幼馴染である禅城葵が遠坂葵となった瞬間に、世界が色あせて見えるようになったのかもしれないが、今の雁夜にはどうでもよかった。 「あさ・・・か・・・」 目覚めと同時に声を出しても、雁夜の感情は決して揺るがない。むしろ普通の人間ならば差し込む光の暖かさに心地よさの一つでも思えるかもしれないが、揺るがぬ自分の感情の希薄さに嫌気がさすだけだ。 今いるのが間桐邸の中にある自室のベッドの上だと認め、雁夜は掛け布団をどけて体を起こそうとする。けれど、その道中、自分の身体に普段とは異なる加重がかかっているのに気が付いて動きを止めた。 何かが腕を掴み、横腹を軽く突いている。 寝起きで満足に動かない頭が何とか状況を理解して、そのまま重みがある場所へと視線を向けた。 どうやら掛け布団に包まれた部分にそれはあるようで、雁夜は荷重がかかっていない方の手で布団を剥ぎ、そこにある何かを見た。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桜、ちゃん?」 そこには目を瞑り、雁夜の腕に手を伸ばしている桜がいた。 ついでに言えば、現れてからずっと桜の腕に抱かれ、今もまた桜の手と雁夜の腕に挟まれて身動き取れないミシディアうさぎの姿もあったりする。 腕にかかる加重は桜のもので、横腹にぶつかっているのはミシディアうさぎの帽子だ。 目視での状況確認は出来たが、何故こうなっているのかが判らずに雁夜は混乱へと追い込まれていった。寝起きの頭ならなおさらだ。 桜の名を呼びながら、片手はそのままに空いた手は掛け布団を剥いでいる。その状態で硬直してしまい、長い長い沈黙を作り出しながら、視線は桜とミシディアうさぎに固定されてしまった。 何が起こってこうなったのか? 何がどうしてこんな状況になったのか? そもそもどうして自分は布団で横になっているのか? 数ある疑問が雁夜の中を駆け巡り、ようやく蟲蔵でものまね士ゴゴに頭を下げた事実が雁夜の中に戻ってくる。 わざわざ蟲蔵から移動させて部屋のベットに寝かせるなんて親切な事をしてくれる人間が、間桐邸の中にいない事は知っている。ならば、今の状況はものまね士ゴゴの仕業だと考えるべきだ。 硬直したのは一分か、二分か、それとも五分か、十分か。 納得できる答えに雁夜が辿り着くと、それに合わせて部屋の戸が開いてものまね士ゴゴが姿を見せた。 もしかしたら、ゴゴが姿を見せるのが先で、姿を認めた途端に『こいつの仕業だ』と理由が後からやってきたかもしれない。 とにかく雁夜は桜とミシディアうさぎと一緒に同じ布団の中で眠り、そこから目覚めてゴゴと相対する機会に恵まれた。 「起きたようじゃな雁夜。もう昼近いゾイ、早く起きねばせっかく作った朝食が覚めてしまうゾイ」 「・・・・・・・・・何だ、その喋り方は?」 「俺の仲間に『ストラゴス』という爺さんがいてな、あいつの喋り方の物真似だ」 雁夜の言葉を挟んで放たれたゴゴの口調は前と後ろとで全く異なっていた。 もちろん同じゴゴの口から放たれているのだから、聞こえてくる方向は一ヶ所だ。それでもあまりにも自然に、それでいて違いすぎる話し方をされたので、聞いていた雁夜はそれぞれが別人の声だと言われても納得してしまいそうになった。 出てくる場所は一緒にくせに、声の音域が、口調が、話す時にその人間が持ち合わせる雰囲気が、何もかもが違い過ぎるのだ。 こいつはどれだけ多芸なのか。 いや、そもそもゴゴが行える『ものまね』の範疇は、雁夜の考える『物真似』とは一線を介しており。人や動物の声や仕草、様々な音、様々な様子や状態を真似するのではなく、別の何かに変わっている様に思えてならない。それは物真似という言葉で括れない、あまりにも異質な変化だった。 それこそがものまね士ゴゴ。 寝起きの頭ながらも、頭痛がしそうな様子を見せられ、雁夜は布団を剥いだ空いた手で頭を抱える。 「・・・・・・何で、ここに桜ちゃんがいて、俺と一緒の布団の中に入ってるんだ?」 「大きなベットだから一人眠るも二人眠るも同じ事。そして子供は親と一緒の布団で寝るそうじゃ。この家で雁夜が親代わりのようなもんなら、大した違いは無かろう?」 「そういうのはもっと小さい子供までだ。桜ちゃんの年齢で親と同じ布団で寝るのは珍しいんだよ! それから俺みたいなのが親代わりになれる訳がないんだ!!」 「なんと、そうじゃったか。ならば今度からはこの部屋にベッドを二つ並べて寝かせる事にするゾイ」 「人の話を聞けっ!!」 全身を衣装で覆い隠しているからこそ、口調と纏う雰囲気が一致するならばそれほどおかしくは無い。それでも雁夜にとってゴゴは若い男の印象が強かったので、今の老人を思わせるゴゴには違和感しか感じなかった。 何をとち狂っていきなり老人の物真似をし始めたのかは判らないが、ろくでもない事を考えているのは間違いない。 二人の間を喧騒が行ったり来たりしているのだが、雁夜のすぐ横にいる桜が起きる気配はなかった。どうやら昨日の出来事で反応こそ少なかったが、見た目とは裏腹に、長い休養が必要になるくらいすり減らされたようだ。 反対に、雁夜の横っ腹を帽子で小突く形になっていたミシディアうさぎは、ゴゴが登場したとたんに目を開いて雁夜の顔を見つめている。 言葉も鳴き声もなかったが、何となくその顔が『うるさい』あるいは『雁夜と桜に挟まれて苦しい』と言っている様に思えた。 「で? ストラゴスって爺さんの物真似をしてる理由は何だ? なんでいきなりそんな事をし始めた」 雁夜は一瞬、昨日頼んだ鍛錬の一環なのかと思ったが、そんな筈はないと自分を戒める。 「この国には戸籍と言うのがあってな、それが本人を証明する一つの指針になっておるんじゃゾイ」 「言われるまでもなく俺にとっては常識だ。で? それがどうした?」 「当然じゃがわしにはその戸籍が無い。じゃが、都合よく戸籍をもって、いなくなった老人が一人おる。これを利用しない手はなかろう」 「・・・・・・・・・・・・・・・おい、まさかお前」 「俺はものまね士ゴゴ。じゃが、これから外を出歩く時、わしは『間桐臓硯』を名乗る事にするゾイ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・冗談だろ?」 まだ正常に動いているとは言い難い寝起きの頭の雁夜。 考えるのは不向きな状況で聞いてしまった衝撃的な言葉に対して、そう呟くしかなかった。