第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 間桐雁夜 雁夜の目の前は真っ暗になり、そのまま気絶すると思っていた。だがそれはあくまで雁夜の都合であり、他の外的要因を考慮しない雁夜だけの思考である。 この世の中には自分一人だけが存在しているのではなく、多くの物と多くの者と多くのモノが複雑怪奇に絡み合って出来上がっている。 どれほど無関係に見えたとしても、つながりの無い二つが別の要素によって結びつくのもよくある話。たとえば間桐に引き取られた遠坂桜と雁夜の幼馴染である遠坂葵を別々に見れば、全くの他人だが、彼女達の間には『母親と娘』という因子がある。 別々に見れば無関係に見えるかもしれないが、別の要素が絡み合えば別の見方が生まれる。そして雁夜の意識を覚醒へと導いたモノは過程があり結果がある。別の言い方をすれば必然であった。 雁夜の意識は雁夜の都合を無視したあるモノによって強制的に覚醒させられる。 「う、ががががぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 眠りに落ちるように気絶する自分を感じていた雁夜だが、穏やかさとは無縁の絶叫が口から出て蟲蔵の中に響き渡る。 それはあまりにも突然すぎて雁夜自身何故悲鳴を上げているのか判らない。ただ、自分の体の至る所から激痛があがり、気絶する暇の無い痛みが雁夜を蝕んでいた。 擦り傷や軽い捻挫程度ならば気にせずにそのまま気絶しただろう。だが、今、体から湧き上がる痛みは気絶する事を許さない激痛だった。 唐突な痛みが雁夜の神経を燃やし、脳髄を焦がし、骨を抉り、肉を壊し、間桐雁夜を砕いていく。 痛みには耐えられる。苦しみにも耐えられる。 しかし、直感的に死ぬと思える恐怖とは対峙した事はない。これには耐えられない。 雁夜が感じている痛みは、命を持つ生物が直感的に理解する『死』の匂いを放っていた。 その痛烈な衝撃が―――激痛からの解放と言う甘美な死の誘いが、逆に雁夜にほんの少しだけ冷静な思考を与えた。通常の状態からすれば些細な量かもしれないが、雁夜が状況に予測を立てるには十分すぎる量だ。 もっとも、今の雁夜にとっては予測するのが精一杯で、それ以上の対策やら何やらまでには到達できないので、全てが良い訳でもない。 「こあああああ。あぐああああ、れは――ぁぁぁぁぁ」 限りある思考を費やして雁夜は結論に至る。雁夜はこの痛みを知っていたので、思考に費やせる余裕が限りなく少なくとも、何とか答えに辿り着く事が出来た。 雁夜は思った。この痛みは『蟲が肉体を喰らう痛みだ』と。 何故かは判らない。だが何者かがこの蟲蔵に現れる前。臓硯の指示によって雁夜の体を苗床に作り変えようとしていた蟲達が一斉に暴れだし、雁夜の体を貪っていた。 その時の痛みと今味わっている痛みがあまりにも似ていたため、雁夜は体が訴えかける痛みの原因に至れた。しかし、それがどうして起こっているかまでは辿り着けず、ただただ悲鳴を上げ続ける。 蟲の苗床にと臓硯の教育で施される痛みとは比べ物にならない激痛。 雁夜の本能が痛みを飛び越えて死ぬと考えてしまう強烈な捕食。 この時、雁夜は知らなかったが。雁夜の体の中にいる蟲はゴゴの一撃によって消滅した本体の臓硯に変わり、間桐臓硯として雁夜の肉体を乗っ取ろうとしていた。 臓硯の本体はゴゴのオーラキャノンによって消滅させられたが、蟲蔵の床の上で躯を晒さず唯一生き残った蟲がいた。それは雁夜の中にいて難を逃れた蟲である。 パソコンで言うところの本体のバックアップ。だが、完全に一致する訳ではなく、『間桐臓硯』という人外の老魔術師を100とするならば蟲が持つ臓硯の欠片は雁夜の中で10にも満たない本体の残滓。 それでも雁夜の中にいる蟲は間違いなく臓硯の一部であり、蟲は主である臓硯の意思を引き継いで、臓硯の願いを叶える為に行動を起こす。 生きたい。死にたくない。生きていたい。不老不死が欲しい。 おそらく生き物が全て持ち合わせている生の執着だ。特に臓硯が聖杯を用いてまで求める不老不死は最早『間桐臓硯』という存在を形作る意味そのものと言っても過言ではなく、消滅する最後の最後の瞬間まで脳裏に描いていた夢である。 蟲はそれに従い、雁夜の体の主導権を奪い取り、間桐臓硯を作り直そうと雁夜の体の中を喰らう。 もしこの企みが成功したとしても、出来上がるのは臓硯のほんの一部でしかなく、老魔術師、間桐臓硯の全体からすれば残りかすのようなものだ。それでも生き残った蟲達はより強く生を求めて雁夜の体を自分達のモノにしようと喰らい続ける。 苗床にするための『居候』ではなく、人の体そのものを作り変える『改造』。雁夜の肉を喰らい、間桐臓硯を再生させようとする。 「ぐがおあうあおああおうああぁ!!!」 生への渇望が本気を促し、蟲達は雁夜の都合など知らずに間桐臓硯を作り出そうとする。そこには加減なんてモノは存在せず、生きようとする執着が形となって具現化していた。 蟲の侵攻は最後に残っていた雁夜の思考力を容易く奪い、悲鳴を上げさせる以外何も出来ない木偶へと変貌させる。 故に雁夜は何も出来ずに苦しみもがき。蟲蔵の中、数百数千の躯を晒している蟲の残骸の上で自分を掻き毟り、叫び、苦しみ、悲鳴をあげる以上の何も出来ない。 蟲が雁夜を喰らっていく。 (死、ぬ・・・のか?) 雁夜は薄れ行く意識の中で思った。 これは気絶ではない。 失神でもない。 卒倒でもない。 間桐雁夜という存在の消滅―――死だ。と。 自分で自分を掻き毟った結果、体中に爪の痕が幾つも幾つも刻まれていたが、今の雁夜に気にする余裕は無い。 蟲蔵の中で散乱する蟲の残骸の上を転げ回ったので、服を纏わぬ体のあちこちに粘っこいモノがこびり付いていたが、やはり今の雁夜には気にする余裕が無い。 痛みへの反抗と言わんばかりに目は極限まで見開かれ、血管が切れたのか、血走った目からは血涙が出てきたが、雁夜にはどうでもいいことだった。 苦しみながら雁夜は生と死を実感する。他の全ての事象は今の雁夜にとって不純物であり、ただ生きている事と、死のうとしている事のみが今現在の間桐雁夜であった。 だから雁夜は気付かない。 殴りつけるように手を伸ばし、雁夜の体を抑え付けた誰かが居たのを気付けなかった。 「――エスナ」 雁夜はその言葉を聞きながら。同時に、何も聞いていなかった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 間桐鶴野 間桐鶴野は間桐邸の一室で、回転椅子の背もたれに体重を預けた状態で、壁を見たまま固まっていた。 別に金縛りにあって動けないとか、病気で体を動かせないとか、そういう理由ではない。鶴野はただ自発的に動く事を諦め、ぼんやりと時が流れるのを待っていたのだ。 唯一動くのは口だけだ。 「・・・・・・・・・くそ」 間桐鶴野という人間を取り巻く環境を考慮しなければ、あるいは座禅を組んでいるとか瞑想しているとか思えるかもしれないが、鶴野にってこの部屋は自分の私室であると同時に家畜の檻と大差は無い。 鶴野の容姿は弟である雁夜と似通った部分が多々あり、雁夜と鶴野が並んでみれば大抵の人間は赤の他人ではなく兄弟だと考えるだろう。髪質や体格など、若干雁夜の方が立派に見え、兄弟の見栄えが逆転するかもしれないが、似た二人である事実は変わらない。 けれど鶴野は自分が弟の雁夜とは全く似ていないと考える。 それは顔立ちや立ち振る舞いなどの表向きの話ではない。鶴野という人間を構成する為の思考―――人の目には見えない部分が鶴野と雁夜ではあまりにも違いすぎるのだ。 表向きは間桐の当主となっている鶴野だが、その実態は臓硯の操り人形であり、自己主張などまるで存在しない。そして、鶴野自身その現状を甘んじて受け入れていた。 だってそうだろう。 臓硯が雁夜に語り聞かせたとおり、鶴野にも息子の慎二にも魔術回路は継承されなかった。故に、魔術師として見れば、鶴野も息子の慎二も魔術師としては同じ出来損ないだ。 長男でありながら『二』の漢数字を与えられた息子の名は、そんな間桐家の篭絡をあからさまにする臓硯の思惑が絡んでいるのかもしれない。臓硯に問うた事は無いが、おそらく間違ってはいないだろう。 そんな出来損ないが、数百年の長き時を生きる老魔術師に勝てる筈が無い。 鶴野は昔、人は大体二十歳の後半まで成長を続け、そこから後はひたすら老いていく生き物だと聞いたことを思い出す。けれどそれはあくまで『人間』の範疇の話であり、『魔術師』や『化け物』を説明する話ではないのだ。 そもそも神秘の秘匿に熱心で、表の世界で語られるような延命措置など児戯に思えるろくでもない手法が裏の世界には五万と転がっている。 吸血種。 死徒化。 そして、戸籍上の父である臓硯による、他人の肉を自分に置き換える邪法。 など―――。など―――。 そんな人外の存在を相手にして、間桐の名は継いでも魔術刻印など殆ど継がなかった鶴野が相手になる筈も無い。 逆らってどうなるというのか? 待っているのは弱者の死だけだ。 けれど弟の雁夜はそんな鶴野とほぼ同じ状況にありながら、間桐の刻印虫を自分の体に植えつけて、魔術師になる選択をした。素養と言う点では雁夜の方が鶴野よりも上回っていると聞いたが、地獄に等しい苦難の果てにあるのは寿命を対価にした死の世界である。 鶴野にはそれを選べなかった。選ぼうとする意思すらなかった。 しかし雁夜は選んだ。 「・・・くそ、くそ」 鶴野は恐ろしいのだ。 間桐の蟲が―――。 魔術師が―――。 間桐臓硯が―――。 生家でありながらこの間桐邸そのものが恐ろしくてたまらず、苦痛と死傷を恐れていた。 痛いのは嫌だ、苦しいのは嫌だ、辛いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ。 鶴野は人生経験という観点において、それほど多くの苦しみを味わったわけではないが、決して体験しなかった訳ではない。少ないからこそ、慣れを生じさせる事も無く、出来るだけ苦痛や苦労に関わらぬように生きてきた。 その結果が臓硯の操り人形という立ち位置であり、間桐鶴野が選んだ生き残れる道である。 生き残るための選択なのだから後悔はない。だが、雁夜の姿を見かけると、自分にはもっと別の選択が合ったのではないかと思えてしまうのだ。 同じ間桐の名を持つ兄弟でありながら、雁夜は十年前に間桐と縁を切って外界へと飛び出していった。何のつもりで戻ってきたかは鶴野の知るところではないが、少なくとも雁夜には選択があり、それを選ぶだけの行動力もあった。 選択も行動も鶴野にも与えられたものだったが、鶴野は雁夜のように行動へと移せない。 ただ、悶々と弟に対するコンプレックスを刺激されつつ、それでも臓硯が恐ろしくて間桐の業から抜け出せない我が身の卑小さを愚痴るばかりだ。 「くそ・・・・・・」 同じ間桐邸の中に住んでいるが、鶴野は殆ど雁夜を顔を合わせていない。いや、それどころか息子である慎二とも近頃は殆ど会っておらず、海外へ遊学―――いや、留学させて育児放棄に等しい状態を作り出している。 あるいは鶴野に出来なかった間桐からの離脱を慎二に託しているのかもしれないが、鶴野自身、息子を海外にやってまで何がしたいのかよく判っていない。 まだ慎二は十にも届かない男児なのだから、日本の義務教育を考えるならば親がついていなければいけない年齢だ。しかし鶴野はほぼ自発的に間桐邸から出ない生活を続けている。 世間一般で見れば鶴野はどうしようもない親なのだろう。人間失格だと言われても仕方ない下種なのだろう。 それでも鶴野は死にたくなかったから生き延びえるためならば何でもやった。 遠坂から間桐へと養子に出された子供を蟲蔵へ放り込むのに躊躇いはなく。蟲蔵から聞こえてくる子供の叫び声を聞いても、耳を塞いで見て見ぬ振りをした。 子供を犠牲にして大人が生き残る事に罪の意識を覚えないと言えば嘘になる。出来るならば、こんな事はしたくないが、鶴野は臓硯に逆らえば自分がどんな末路を辿るか嫌になるほど判っていたので、自分の安全の為の遠坂桜を犠牲にした。 逆らえば待ち構えているのが死ならば、逆らってはならないのだ。 今はまだ死にたくないと言う思いによって遠坂桜を蟲蔵へと連れて行く役目を果たしているが。誰かを犠牲にして自分の安全を得ている罪悪感に怯え、酒に逃げる日が訪れるのもそう遠くないだろう。 魔術の素養も超能力もない鶴野には未来を知るなど無理な話だが。この間桐邸で積み上げてきた経験が、極々限られた想像を予見のように映し出す。 その間桐邸と言う狭い世界で完結する自分の姿に嫌気を覚えても、決してそこから逃げられぬ鶴野は愚痴をこぼした。 「・・・・・・くそ」 壊れた玩具のように同じ言葉を何度も何度も繰り返す鶴野だが、不意に部屋の外から足音が聞こえてくるのに気がついて声を潜めた。 何も言わず耳を澄ませば、足音が鶴野の部屋に向かってくるのが判る。 鶴野は思った。 きっと、扉を開けて現れるのは臓硯だ――。当主でありながら、唯々諾々と命令を聞くしかない俺にまた新たな命令をするんだ。と。 ほんの少しだけ鶴野の中に反抗心のようなものが芽生えるが、臓硯の姿を思い浮かべると同時にその心は一瞬で掻き消える。 力なき者は強者の言う事を聞いて、事を荒立てないようにしなければ生きていけない。だから鶴野は逆らう意思そのものを自分の中から消して、考えようとする心すらも消していく。 ここにいるのは間桐鶴野という形をした人形だ。存在するだけで生きていない、ただの人形だ。そうやって自分を騙し、偽り、誤魔化し、ただ生きようとする存在に成り果て、鶴野は部屋の戸が開くのを待ち構える。 現在、間桐邸の中には臓硯の他にも弟の雁夜や鶴野が何度か蟲蔵に放り込んだ遠坂桜もいるのだが、鶴野の部屋に来るのは臓硯ただ一人である。 これが雁夜が出て行く十年前の兄と弟だったならば、雁夜が鶴野の部屋を訪れる事もあったかもしれない。しかし、時間経過と共に兄も弟も等しく変わった。互いに面と向かって何を話せばいいか判らないほどに変わりすぎてしまった。 鶴野は雁夜の事を思考の外へと押し出し、臓硯の言いなりになる人形を演じる為、ドアが開くのを待つ。 ギギギギ、と間桐邸の暗さと古さによく似合う軋んだ音が部屋の中に響くと、部屋の扉は呆気なく開かれて部屋と廊下を繋いだ。 そして姿を現す間桐臓硯―――ではなく。そこにいたのは鶴野が全く知らぬ赤の他人であった。 「・・・・・・・・・・・・はっ!?」 臓硯ではない第三者が現れる事態は想定の範疇外だ。たとえ、誰かが来ると知って待ち構えていたとしても、それが見たことの無い誰かであったならば固まるしかない。 それでも鶴野の目は扉を開けた何者かを、サーカスのピエロの格好に似てなくもない、ものまね士ゴゴの姿を捉えていた。 見えたとしても、突然現れた見たことの無い人間に対して鶴野が出来た事は少ない。誰かと問う前に、危険だと感じるよりも前に、何らかの行動を起こすよりも前に、ただ呆けた。 それが鶴野に出来た精一杯の行動だった。 扉を開けた勢いをそのままに一歩一歩部屋の中に張り込み、鶴野めがけてゴゴは歩く。それでも鶴野は近づいてくる人影を見るばかりで、他に何も出来ずにいる。 目の前にいるのが誰か判らず、何が起こっているか判らず、思考が理解に追いつかない。 こいつは誰だ? 何度も何度も同じ言葉を頭の中で繰り返すが、鶴野を襲っている衝撃はそんな事では消えてくれなかった。 これで危機察知能力の高い人間ならば、一目見た瞬間に何らかの行動を起こせたかもしれないが、あいにくと鶴野にそんな事は出来ない。唐突な事態に直面すれば、まず驚いて固まってしまう。 一瞬で答えを導き出せる脅威の思考力も無ければ、瞬間的に何らかの行動を起こす発想力も無い。危険だと感じて、部屋の外に一瞬で飛び出す行動力も無ければ、不審者が家にいるので警察に電話しようとする一般常識も無い。 鶴野は何も出来ず固まった。それはゴゴが鶴野の眼前に迫るまでずっと続けられた。 椅子に腰掛けている鶴野とその前に立つゴゴの間には、見上げる者と見下ろす者の違いが現れ、今だ、何が起こっているか判らない鶴野は見下ろされる圧迫感を感じる。 相手が鶴野よりも貧弱な体格だったならば少しは落ち着けたかもしれないが、あいにくと露出している部分は目だけで、そこ以外は衣装に覆われて全く見えない。 正体不明。これほど鶴野の前に立つ人物を言い表す的確な四字熟語は無い。 人外という意味での怪しさならば、蟲が集まって人の形を成している間桐臓硯ほど怪しい者はいないだろうが。鶴野の目の前にいる人物は着ている衣装が怪しすぎる。 間桐邸は一般的な家庭とは言い難いが、臓硯でも、鶴野でも、雁夜でも、遠坂桜でも、身に着けている衣装は日常生活を過ごすのに支障のない格好だ。 けれど目の前にいる何者かは違う。明らかに場違いな服装であり、鶴野の部屋でありながら、目の前にいる人物が一人いるだけで、全く別な異質な空間へと変わってしまったかのような錯覚を作り出す。 「・・・だ、だ。誰だ、お前は!!」 ここにきてようやく疑問を言葉に出来た鶴野だが、目の前に立つゴゴは鶴野の言葉など全く聞いていなかった。 腰を少し曲げて顔を近づけながら、回答ではない全く別の問いを投げかけてきた。 「『桜ちゃん』とは誰だ? お前か?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」 得体の知れない問い掛けに対し、鶴野は長い長い間を作り出しながら、再び混乱の只中へと放り込まれてしまう。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 遠坂桜 遠坂桜は間桐邸にて、与えられた部屋の床に腰を下ろしながら殆ど身じろぎせずにいる。 部屋の中には子供用の机がある、椅子がある、ベッドもある。けれど桜は床の上に座り込み、そこが自分の居場所だと言わんばかりに動かない。 桜がしているのは正座の状態で両足を外にして、お尻を地面にぺたんと付けたままの座り方。俗に『あひる座り』と呼ばれる座り方だ。床には濃い色のカーペットが敷かれているので体を冷やしたりする事はなさそうだが、幼い子供が一人きりで床の上に座る姿は中々シュールである。 殆ど動かない状況は鶴野と似た部分があるが、決定的に違うところが存在する。それは鶴野は目に恐怖を浮かべて小言を口にしていたが、桜は何の感情も移さない魚か昆虫のような目で部屋の壁を見て無言を貫いている。 もし桜の口が呼吸しておらず、時折思い出したかのように体が揺らさなければ、等身大の人形が床の上に鎮座してあると言われても納得できる無機質さだ。 「・・・・・・・・・」 現在、遠坂桜は間桐臓硯により『間桐寄り』の魔術師として体を作りかえられる『教育』の真っ最中である。 桜が間桐で求められるのは次世代の間桐の魔術師を生むための胎盤としての期待であり、そこに『遠坂桜』は不要だった。 確かに遠坂桜の魔術師としての素養は鶴野はおろか雁夜でさえ手の届かぬ高みにある。 母親である遠坂葵―――正確には禅城葵の家系は『配偶者の血統の能力を最大限引き出した子を成す』という特殊な体質を持っているため、その体質はしっかりと凛にも桜にも継がれた。 だが、それはあくまで『遠坂桜』の素養であり『間桐桜』に求められる素養ではない。 臓硯は桜が間桐の家に引き取られてから、一日も休む事無く臓硯の求める『間桐桜』への処置を、間桐邸の地下の蟲蔵で教育の名を借りた虐待を行い続けてきた。 今はまだ遠坂の家から間桐の家にやって来て日は浅く、桜は遠坂時臣と遠坂葵の娘であり遠坂凛の妹だと言われても納得できる容姿をしている。けれど、蟲による虐待は徐々に遠坂桜の体を間桐桜に作り変えていき、内側から自分の体が変わっていくおぞましさを遠坂桜に与え続けていた。 それでも桜の幼い体が壊れずに蟲の改造に耐えられているのは、やはり遠坂桜の魔術師としての適正が優秀すぎるが故だ。ただし、体は臓硯の虐待に耐えられても、遠坂桜の心はそうはいかない。 元々、雁夜が知る桜がそうであるように、傍から見た遠坂桜と言う少女と彼女の内面はそれほど食い違ってはいない。幼い子供では、まだ自分の内心を隠せないので、姉の背中に隠れる引っ込み思案な少女の姿は正しく遠坂桜なのだ。 父に、母に、姉に、あまりにも多くのモノに守られてきた遠坂桜と言う少女は、周囲の人間の我の強さもあってどんな状況であっても、それを甘んじて受け入れる傾向が強い。 大抵の子供に固い信念は無く、悲嘆を怒りに変える力も少なく、大人たちに都合に振り回されたりするのを始めから諦める場合が多い。桜の場合はそれが特に顕著であった。 家系だからという理由もあるが、姉である遠坂凛が既に魔術師としての道を歩みだそうとしているのに対し、桜はまだ遠坂が魔術師の家系だと知っていても、それが自分の将来の選択の一つだと考えていなかった。 そして父親が間桐との約定により桜を養子に出すと決めて、そう聞かされた時も、桜は悲しかったがそれを受け入れた。 その結果が今だ。 遠坂桜が間桐桜に作りかえられていく現実であり、一人の少女が心を無くそうとしていた。 「・・・・・・・・・」 黒髪に碧眼、勝気な遠坂凛とは対照的に引っ込み思案な様子が見えるのがかつての桜であったが、今の桜にはその引っ込み思案さすら無い。 希望や尊厳といった精神がまだ充分には培われていない子供が、襲い来る現実から自分の身を守るため、遠坂桜は心を閉ざして表に出さないようにした。 自分の心に鍵をかけて封殺し。目は喜怒哀楽の光を宿さず。現実を諦め、大人よりも容易く未来に絶望し、そこに在るだけの人型の物体に自らを変えていく。 頭から爪先まで蟲共に犯されぬいた壊れかけの小娘一匹―――。なるほど蟲使いである臓硯にしてみれば、桜がどのような状況に陥っているかなど蟲と意識を繋げれば容易に会得できる。臓硯が言ったとおり。『壊れかけ』が今の桜を表す最も適切な言葉であった。 だが、遠坂桜は『壊れかけ』ではあったが、まだ壊れてはいなかった。 幼少期に培われた経験は遠坂桜の中から消えた訳ではなく。たとえ十年も経過していない人生でも、積み重なった感情は嘘ではない。 遠坂桜が生きてきた、遠坂桜だけの人生は確かに彼女の中に存在し、遠坂桜と言う一人の人間をまだそこに存在させている。 父親がいて、母親がいて、姉がいて、時々母親の実家である禅城の家に行って積み上げてきた、遠坂桜としての記憶。たとえ間桐の蟲蔵で絶望を覚えようと、心に刻まれた記憶はなくならない。 遠坂桜には感情がある。 思い出がある。 希望がある。 そして心の中に積み重ねていった様々なモノと今との繋がりを示すように、桜の髪には養子へ出された時に凜から貰ったリボンが括りつけられていた。 遠坂桜に残った心は微々たるものかもしれない。間桐臓硯の教育により遠坂桜の存在はどんどんと希薄になっていたが、それでも遠坂桜は間違いなくそこにいる。 ここにいるのは間桐家に養子に出された遠坂桜だ。臓硯によって間桐の魔術に染め上げられた間桐桜ではない。 聖杯戦争が始まるまでの一年間、ずっと虐待され続けたら心も体もぼろぼろになり、遠坂桜は消えて間桐桜が生まれたかもしれないが。間桐の水の魔術に遠坂桜の体はまだ染まっておらず、幼い身体が無残な凌辱の攻めを負って傷ついても、心も体も遠坂桜として残っている。 もちろん行われた責め苦で失ったものが無い筈はない。そうでなければ感情を宿さぬ目で部屋の中で身動きせずにい続けるなんて苦行を、いとも容易く出来る筈がないのだから。 桜は知らぬ事だが、間桐の蟲の中で『淫虫』と呼ばれる、男性の生殖器を模して作られたかのような形をする蟲がおり、それが幼い桜の処女を奪った。 奪われた精気は最早戻らず、年頃の女の子が好いた男性に上げるかもしれなかった『初めて』は間桐の蟲に奪われた。あまりにも多くのモノが桜の手から滑り落ち、臓硯の手によって奪われた。 だから間桐桜は感情を殺した心でここにいる。 けれど遠坂桜は決していなくならずここにいる。 「・・・・・・・・・」 感情の宿らぬ目でただ時間が過ぎるのを待っていた桜は、扉が開いた時にそちらに目を向けたが、それは開閉された扉や音に対して反応しただけで、生き物が持つ本能に従ったに過ぎない。 自分から声をかけたり、大きな音に大げさに驚いたり、訪問者に駆け寄ったり、そう言った子供が見せる態度は一切見せなかった。 床に座ったままそちらを見る以上の行動を起こさない。 あまりにも空虚だ。 そして桜は開かれた扉へと目を向けながら、内心で、そこに立っているであろう二人の人物の姿を思い描く。 間桐の実質的な当主にして桜に教育と言う名の虐待を与える間桐臓硯か、あるいは桜を蟲蔵に連れて行く役目を負った間桐鶴野か。桜にとっては現れたのがどちらでもよく、ただ誰かが部屋に現れた、と認めるだけだった。 桜の感情に揺れはない。もしかしたら、心の奥底深くで揺れ動いたかもしれないが、表に見える限り桜は訪問者に目を向ける以上の反応を示さない。 扉を開けたのは臓硯でも鶴野でもなく、雁夜ですらなかった。それでも桜は驚かずにジッと開かれた扉とそこにいる誰かを見つめていた。 「お前が『桜ちゃん』か?」 「・・・・・・・・・はい」 その人物は冬木の地において魔窟と言っても過言ではない間桐邸の中にあって異色な格好をしていたが、桜の心を揺さぶるほどではなかった。 桜はただ突然現れた見たことの無い他人の問い掛けに返答した。ほんの少しだけ回答までに間があったのは桜自身も気付かない動揺が形となったからだろうか。 その返答が気に食わなかったのか、納得したのか、単なる確認だったのか。あるいは最初から返答など考慮するつもりが無かったのか。現れた人物は部屋の中央に居る桜のところまでずかずかと乗り込んでくる。 他人の部屋に入る時の断りは無く、我が物顔で進み来る誰か。桜はその人物を見るが、頭頂部から足元まで奇抜な衣装で身を固めているので、誰であるかは判らない。 間桐邸にいる人間ならば桜とて全員知っており、その中で赤やら青やら黄色やらの色彩豊かな衣装で身を包む人間は存在しないので、やはり見たことの無い他人という答えにたどり着く。 これは一体誰なのか? 感情は表に出ないが、それでも軽い混乱を味わっていると、その人物は部屋の中央に座る桜の元にたどり着き、膝を曲げて視線を合わせてくる。 子供の桜が床のカーペットの上に座っているので、大人からすれば屈んでも、まだ桜の視点の方が低い。その人物は屈むと言うより平伏に近い姿勢の低さを作り出し、強引に桜と視線を合わせて、複数のマントに隠された腕を伸ばしてきた。 桜は自分に向かってくる手の動き―――マントに隠されているのでおそらく二本の手であろうと予測するしかないが―――とにかく、それの動きを目で追いつつ、突然の行動に驚いたり、怯えたり、問い掛けたり、目をつぶったり、手でガードしたりしない。 何をされるのか? 桜が表向きは何の反応も示さず、ただ内側でそう思うと、その人物の両手が桜の顔の両側に移動する。 そして桜の両頬が指で摘まれ、そのまま横に引っ張られた。 ふにっ、と音がした。 「・・・・・・・・・・・・・・・あん、でふか?」 桜は『何ですか?』と言いたかったのだが、軽く引き伸ばされた口から出てくるのは間の抜けた言葉だった。 固まり閉ざされた心でも予測できない事態に対して疑問に思うぐらいの動きはあったようだ。桜は突然現れた見ず知らずの他人の、突然の奇行に戸惑いを覚えるしかなく。封殺された心がほんの少しだけ軋むのを感じながらその人物の目を見る。 スカーフで何重にもぐるぐる巻きにしているのか、顔全体は見えないが、それでも隙間から見える目はしっかりと桜の目を見つめている。 その人物は桜の問い掛けに答えず、しばらく桜の頬を摘んだまま引っ張っていたが。三回ほど引っ張った辺りでようやく言葉を口にしてくれた。 「よく伸びるな。子供らしい、つやのある肌だ。あの蟲爺とは全然違う」 くぐもった声は聞き取りづらく、男の声にも聞こえるし、男勝りな女の声にも聞こえる。ただし、桜にとって目の前の人物が男であろうが女であろうがそんな事はどうでもよかった。 感情と言うものを忘れてしまった少女にとって、目の前の人物が誰であるかは驚くに値しない。しかし、語られた言葉の中で桜が疑問を覚える単語が出てきたので、頬を引っ張られながらも桜は声を出そうとする。 「おじひ・・・はまの?」 桜は間桐臓硯ことお爺さまと言いたかった、ついでに言えば『知り合いですか?』と続けたかったのだが、頬を引っ張られた状態では上手く言葉が出ない。 そして桜が問い掛けるよりも前に、頬を引っ張っている人物が桜の言葉を遮って喋りだしてしまう。 「お爺さま? ああ、あの蟲だらけの醜悪なモンスターの事か? それだったら、グランドトラインとオーラキャノンの連続攻撃で跡形も無く焼き尽くしたやった。攻撃されたのならば攻撃し返すのが俺、ものまね士ゴゴだ。有無を言わさず攻撃してきたから、こちらも手加減せず全力で消滅させた」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」 一気に語られた言葉の中には桜に判らない言葉があった。しかし判る言葉も存在し、最後に語られた『消滅』が『死』と同義であることを桜は知っている。 けれど、桜は相手の言葉を聞きながら、『そんな事は無い』と考えた。 桜はまだ遠坂の生粋の魔術師ではなかったし、知識についても見習いレベルにすら到達していない素人にすぎない。確かに魔術師としての素質は桁外れに大きいが、逆に言えばそれだけしかない。 それでも間桐臓硯という魔術師が持つ力の大きさは間桐邸に連れてこられてから嫌と言うほどに理解した。何しろ桜は蟲蔵の中で臓硯の蟲に嬲られた当人である。あのおぞましい虐待が逆らえぬ力に押さえつけられた結果だとよく理解している。 魔術の基礎すら知らぬ子供では到底太刀打ちできず、単なる一般人であったならば大人でも叶う筈が無い。 間桐臓硯には叶わない。そう思うからこそ、桜は絶望によって諦観し、心を閉ざして自分を守っている。 加えて、間桐臓硯は基本的に間桐邸を拠点としており、蟲蔵の中にいる場合が多い。だから、臓硯を完全に滅ぼすのならば、蟲蔵すべてを破壊するぐらいのとてつもなく大きな攻撃が必要になるのだ。 桜の知識で言えば、大国が持っているミサイルや、数十年前に使用され日本と言う国を敗戦へと落とし込んだ原爆などが必要になる。 大きな地震が起これば人は気付く、近くで事故があれば人は気付く。それと同じように、間桐邸の蟲蔵で何か騒ぎがあったら桜の部屋に間違いなく伝わっている筈だ。 さすがに蟲蔵の中を蠢く虫程度の振動は伝わってこないが、それでも全ての蟲を殺すような大きな大きな力の余波―――剣戟だったり、業火だったり、氷結だったり、雄叫びだったり、振動だったり、爆発だったり―――そんな破壊があれば、桜の感覚が捉える筈だ。 でもそんな事はなかった。 桜は語られた言葉に僅かばかりの驚きを感じたが、即座にそれを『嘘』と決め付ける。 そう思ってしまうほど、間桐臓硯という魔術師は圧倒的であり、逆らえぬ怪物なのだ。 桜の心の中だけで始まって終わった問答。それは外に伝わらず。桜の頬を引っ張る誰かは桜の頬を引っ張り続けていた。 感情を宿さぬ目で見返されるのに飽きたのか。奇抜な衣装で全身を隠す誰かはようやく桜の頬から手を離した。 数えられるだけでも十回は引っ張られていた。 「『桜ちゃん』は口数の少ない子供だな、こうなると事情を説明させるのは無理か。救うべき相手が誰か確かめる為に上がってきたが、判らない事が多すぎる。よし! とりあえず地下で寝てる男から事情を聞くとしよう、おい、『桜ちゃん』、地下で寝てる雁夜とか言う男の部屋はどこにある? この家は広くてどこに何があるかまだ判らんから案内しろ。アウザーの屋敷を思い出す」 桜は目の前にいる男が言っている内容を殆ど理解していなかった。ただ、この家の中で雁夜のみが使う呼び方を聞き、目をほんの少しだけ大きく開く。 桜に自覚は無かったが、間桐に連れてこられた桜は臓硯と鶴野には感情を殆ど出さないように接してきたが。唯一雁夜だけはさほど警戒せず、顔を合わせれば二言三言、他愛も無い言葉をかけている。 どうして雁夜だけが特別なのかは桜にもよく判っていない。臓硯も鶴野も桜にとっては等しく『教育者』であるが、雁夜はそうではないからだろうか。 そんな雁夜と同じ呼び方で桜を呼ぶ誰かは、立ち上がりながらも桜に手を伸ばして、案内するよう促してきた。 知らない人間の言う事を聞くのは危険だ。けれど閉ざされた桜の心は断らない理由も断る理由も作り出せず、唯々諾々と床から立ち上がる。 遠坂桜が間桐臓硯の消滅を正しく認識するのはもう少し先の話である。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ゴゴ ものまね士ゴゴは目の前で眠る雁夜という名前の人間を見ていた。 ベッドの上で横になり、全く動かない様子だけ見れば、死体のように見えなくもない。けれど、肌つやは良く、耳を澄ませば小さいながらも呼吸音が聞こえるので、間違いなく生きている。 人の体にもたらされる状態異常の殆どを直す神秘の魔法エスナによって、雁夜を苦しめていた蟲は消滅した。結果、体の内側から蟲に喰われるという地獄の苦しみは既に無く、穏やかに眠る姿からは何の異常も見当たらない。 おまけとして体力回復の魔法ケアルをかけたので、今はまだ眠ってはいるが、遠からず目覚めるだろう。 ゴゴは雁夜の寝顔を見ながら、回復魔法の欠点について考える。そもそも状態異常を直す魔法と体力を回復させる魔法には、普通に生きる人間が持つ抗体の力を高める効果と内側に救う害に対して外側から力を注ぎ込む効果がある。 本来、人が治癒に費やす時間を魔法で短縮する。治癒力の促進と言えば聞こえはいいが、寿命を対価にしているとも言える。まだ年若く見える雁夜がいきなり寿命で亡くなるなんて事態にはならないと思うが、万が一の危険はどこにでも誰にでも付きまとう。 間桐雁夜には、ここで死んでもらっては困る。それはゴゴの真摯な願いだ。 何しろ雁夜が死んでしまっては、同じ部屋の中、大人用の椅子の上に腰掛けてゴゴの背中を見ている『桜ちゃん』を救う方向性が判らなくなってしまう。 ものまねは身振りや仕草や声音など元にするモノがあって始めて成立する。 かつて仲間達がやっていた世界を救うものまねは、世界を滅ぼそうとしている判りやすい敵が―――正しく『世界の敵』がいたから、それを倒す事がそのまま世界の救済に繋がったのだが、これが個人を相手にした救いとなると中々難しい。 規模の大きさは世界を救うほうがとてつもなく大きいだろうが、個人には嗜好があり、十人十色の思惑と、千差万別の答えがある。 人によっては忌避すべき事も、誰かにとっては喜びかもしれない。 多くの人間が正しいと信じている事も。少数の人間にとっては間違っているかもしれない。 例えば仲間の一人であり、崩れ行く瓦礫の塔の中で自殺したシャドウなど、自らの命を絶つことを目的としてそこに『救い』を見出していた。けれど、同じ仲間で格闘家のマッシュ・レネ・フィガロはフィガロ王国国王である兄の手助けを行動の基本原理としており、生きる事に自らの立ち位置を定めていた。 全く同じ考えに基いて行動できる者など、同一人物でなければ不可能だ。同じ物を見ながら、同じ答えにたどり着くとも限らない。そして、ものまね士ゴゴにとっての『救い』が、今回のものまねの大元になっている雁夜がやろうとしている『救い』と合致する確証がなかった。 だからゴゴは雁夜と話さなければならない。どんな形の『救い』かは判らないが、まずは聞かねば始まらない。 「・・・・・・・・・」 眠っているで、雁夜は一言も喋らない。 ゴゴはそんな雁夜から視線を移動させると、大人用の椅子に腰掛ける『桜ちゃん』をもう一度見た。 出会ってから今に至るまで話した言葉は少なく、ゴゴは『桜ちゃん』と会話をしたつもりは無いと考えている。 博愛精神にあふれる人間ならば、感情を表に出さない今の『桜ちゃん』を見て何か思うところがあるかもしれないが。ゴゴは『桜ちゃん』という人物に興味がある訳ではない。感情を表に出さない子供など、三闘神によって一度滅ぼされかけた世界では珍しくも無く、ゴゴにとっては普通の子供の範疇で納まる。 それでもゴゴが『桜ちゃん』を見て、彼女を知ろうとするのは、彼女が今回のものまねの中心人物であり、ゴゴがものまね士であるために欠かせない重要な存在だからだ。 はっきり言ってしまえばゴゴの行動原理は全て自分の為である。かつて一つの世界を救った救世主の一人かもしれないが、ゴゴには世界を救おうとする理念も決意も正義も情熱も存在しない。 世界を救うものまねをゴゴがすると決めたから、ゴゴは世界を救うために行動した。 かつて孤独を癒すためにゴゴは名前無き存在からものまね士になった。そして何度も何度も物真似を繰り返すうちに自分と言う存在が希薄になり、物真似をするものまね士こそがゴゴと言う存在を表す指標になっていた。 ゴゴにとってものまねとは遊楽であり、憤怒であり、哲学であり、喜悦であり、悲哀であり、存在そのものだ。ゴゴの基準では世界を救うために強大な敵を相手にするのも、『桜ちゃん』を救うのも等しく、そこに優劣は存在しない。 ゴゴがものまね士ゴゴとして在り続けるために必要だ物真似する。 ゴゴが自分を認識した瞬間に頭の中にあった膨大な知識。あるいはその中には人の心を読む技術もあるのかもしれないが、今のゴゴは誰かが起こした行動を物真似する事で自分が出来る制限を広げている状態だ。 本気を出せば、三闘神の親であるゴゴに出来ない事は殆ど無いのに、どうして出来る事と出来ない事が存在するのか? いつの間にか自分で自分にかけた枷を感じ取り、それにわずらわしさを感じつつも、これもまたものまね士ゴゴとしての一部だと思い返す。 物真似と言う形で自分が持つ知識を現実のものにした瞬間。それはゴゴがものまねで得たゴゴだけの技術となる、それは本来のゴゴならば楽に出来ることだろうが、同時にものまね士ゴゴが名前の無かった何者かに戻る危険も含んでいた。 つまりゴゴが自分をものまね士と定めた時点で、ゴゴは自分自身の形を『ものまね士』に固定し、ものまねで世界を感じ、ものまねで自分を作り、ものまねで元々の自分すらも超える存在になりえるかもしれない可能性を持った。 ゴゴがものまね士ならば、自らに課したものまね士という形も受け入れなければならない。力の行使に多少の制限はかけられるとしても、受け入れる事こそがものまね士としての本懐だ。 改めてゴゴは自分の事をものまね士だと自覚していると、まるでそれを待っていたかのようにベッドの上で眠る雁夜の眉間にしわがよる。 「・・・う・・・むぁ」 そして口からは寝言とは異なる意思を持った言葉が囁かれた。 あるいは夢の中から完全に目覚めきってない戯言の一部の可能性もあったが、それは大きく目を開いた当人の行動によって否定される。 彼が目覚めたのだ。 雁夜にとって間桐邸は生家でありながらも、十年ほど寄り付かなかった赤の他人の家と言っても過言ではない部屋。雁夜の部屋だと認めていてもあるから使う、それだけの部屋。そんな部屋の中に、ものまね士ゴゴと『桜ちゃん』がいる状態で、ようやく雁夜が目を覚ました。 ゴゴは、きょろきょろと周囲に目をやる雁夜に向けて言葉を放つ。きっと自分が今どこにいるのか確かめているのだろう。 「目覚めたか」 「・・・・・・・・・・・・お前は!? 蟲蔵の中にいた!!」 「俺はゴゴ。ものまね士、ゴゴだ」 雁夜はベッドの横にいたゴゴの存在にようやく気付き、蟲蔵の中であった圧倒的な破壊―――ゴゴにしてみれば手の一振りと対して変わらない出来事を思い出したのか、掛け布団を弾き飛ばしながらゴゴから距離をとろうとした。 危険と認識した後の反応は素晴らしく、ゴゴの仲間だった者達がモンスターからのバックアタックを受けた時に匹敵する素早さである。 ただし、そこがベッドの上でなければ、の話だ。 雁夜はゴゴから距離を取ろうと力強く後ろに跳ぶが、大人一人用のベッドは雁夜の跳躍を受け止められるほど広くは無い。後ろに跳んだ雁夜を待ち構えていたのは足場の無くなった空中だ。30センチほど下に床があるが、それでも足場が消えた事実は覆せない。 雁夜は急に無くなった足場と実際の床の高さとの調整を上手くできず、跳んだ勢いをそのままに床に転倒し、ベッドの端に腕を取られ、転げ周り、そのまま壁に激突した。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・大丈夫か?」 「うおぉぉぉぉ、痛い! 頭がすごく痛い!!」 ドゴッ! と小気味の良い音を立ててぶつかった後頭部を抑えながら、床の上を転げ回る間桐雁夜。ゴゴは雁夜に対して聞こうとした色々な事をさておいて、無事を確認しようと声をかける。 すると呻き声と一緒に痛みに耐えかねて反射的に返事があった。 雁夜当人は答えている自覚は無く、自分の身に起こっていることを言葉にしているだけかもしれないが、とりあえず言葉が喋られるならば重傷ではないだろう。 ゴゴはもう一度回復魔法をかけるべきか迷ったが、とりあえず状況が落ち着くまで見守る事にする。シリアスを漂わせた筈の雰囲気は完全に霧散してしまった。 雁夜と話が出来るようになったのは、跳んだ拍子に頭をぶつけてから三分以上後の事である。 「それじゃあ改めて自己紹介だ。俺はゴゴ、ものまね士ゴゴだ」 「・・・・・・間桐雁夜だ」 ゴゴは今のところ、雁夜も背後にいる『桜ちゃん』も、この場にはいない鶴野も、誰も傷つけるつもりは無い。ゴゴが臓硯を消滅させたのは、あくまでものまねの結果であり、臓硯がゴゴを殺そうとしたからだ。 もし臓硯が対話を行おうとしたならば、ゴゴはものまね士の矜持に則って対話をものまねしただろう。だが、臓硯はゴゴを殺すつもりで攻撃を仕掛けた。ゴゴは鏡であり、自分の行いがそのまま自分に振り返った。それだけの話である。 よって何もしていない相手に対して攻撃する気は欠片も無く、それどころか『桜ちゃんを救う』というものまねを行うためには雁夜から色々と聞かなければならない事が多いので、話すために何かを頼もうとすら考えている。 万が一に雁夜の方から攻撃してきても、今はものまねの理念から外れるので、反撃するつもりはない。あくまで、今は、だが。 だが攻撃しないゴゴの意思に反して、雁夜の方はゴゴの圧倒的な攻撃力の前に怯えてしまっているようだ。 雁夜は後頭部を打ち付けた壁に背中を預け、しっかりゴゴから距離を取りながら、警戒心を隠さぬ声で言ってきた。 「それで? お前は何者だ? 何故、間桐邸の中に現れた。臓硯はどうした? 一体何が目的で桜ちゃんをそこに置いてる。包み隠さず答えてもらうぞ!!」 力の差で言えば雁夜はゴゴの足元にも及ばない。雁夜自身、力で抗っても決して叶わないと知っているのか、喋りながらも手足が小刻みに震えているのがその証拠だ。 それでもまっすぐゴゴを睨みつけてくる目は力強く、生気に溢れた視線がゴゴを貫かんばかりに見つめてくる。 ゴゴはその目を見ながら、かつて同じような目をした仲間達の姿を思い出す。 その目に宿っているのは信念だ。 かつての仲間達にはそれぞれの理由があり、確固たる意思を持ち、自らの選択に従って世界を救おうとしていた。ゴゴにとってそれは眩し過ぎる光である、ものまね士として尊敬に値する人間のあり方でもある。 その目に引きずられ、ゴゴは気分良く質問に答える。 「俺はものまね士ゴゴ。この屋敷の中に現れたのは時空魔法『デジョン』でどこかに移動しようとして、たまたま出口がここの地下だったから。臓硯とか言うのがあの蟲爺だったなら、お前の体の中にあった蟲も含めて全部殺した。『桜ちゃん』がここにいるのは、俺がお前のものまねをして『桜ちゃんを救う』ためにいて欲しかったからだ」 「・・・・・・・・・何?」 「一度に答えると判りづらいか? だったら一つずつ質問すると良い、俺は何でも答えるぞ。その代わり俺もお前から色々と教えてもらう」 「・・・判った」 ゴゴがいきなり全部の質問に対して回答すると思ってなかったのか、雁夜はゴゴの言葉に耳を傾けていても、話の内容については理解できないようだった。 首をかしげてゴゴを見てくるので、仕方なくゴゴが妥協案を提示すると、自分の文章読解力を恥じるように短く肯定した。 「仕切りなおしだ――。ゴゴとか言ったな、お前は何の目的があって間桐邸にやって来たんだ?」 「言えるほどの理由はない」 「無い、だと?」 「そうだ。ここに来る前にやっていたものまねが終わったから、俺は新しいものまねを求めて別の場所に行くつもりだった。デジョンがどこに通じているか全然判らなかったから、この屋敷の地下に通じてるなんて知る筈もない。あえて理由をつけるなら『偶然やってきた』としか言いようがない」 「・・・・・・・・・」 雁夜がゴゴに対して警戒と敵意を抱いているのは見ただけで判るが、それでも会話の出来る相手だと判断したのだろう。 ジッとゴゴを睨みつけながら、虚勢に見える強気を見せ、口から言葉を放ち続ける。 「次の質問だ。さっきからお前が言っている『ものまね』とはどういう意味だ? お前がものまね士だと言った理由も聞かせろ」 「俺はものまね士だ。ものまね士は何かを物真似しなくちゃいけない。お前が『桜ちゃん』を救おうとしている。だから俺も『桜ちゃん』を救うものまねをする」 「桜ちゃんを?」 「俺は『桜ちゃん』を救う、物真似をする。それがものまね士だ」 誰かの物真似をする事はゴゴがゴゴであり続けるために必要な行為だ。しかし雁夜にとって誰かの物真似をするというのは理解しがたい理由だったらしく、答えを探るように視線はゴゴの後ろにいる『桜ちゃん』の方に視線に向けていた。 ただし、椅子の上でジッとしている少女から戻る声はない。 放置しておくといつまでも話が進みそうに無かったので、今度はゴゴが雁夜に問い掛ける。 「雁夜とか言ったな。お前はどうやって『桜ちゃん』を救うつもりなんだ? そもそも『桜ちゃん』が救われなければならない理由は何だ? 何が『桜ちゃん』の敵で、何から救おうとしている?」 「・・・・・・・・・時臣だ」 「ときおみ? 誰かの名前か?」 「話す前に俺の質問に答えろ・・・。爺は――、間桐臓硯はどうした? お前が蟲爺とか言ってる、あの怪物をどうした?」 「滅ぼしたと言っただろう。信じられないなら蟲蔵とか呼ばれてる地下に行って見て来ればいい。小型のモンスターの死骸が山になってるぞ」 「そうか――」 雁夜がゴゴの言葉をどこまで信じているか、どこまで本気で受け止めているかは判らないが。間桐臓硯がいなくなった事を喜んでいるようで、ほんの少しだけ表情を和らげた。 ゴゴはそんな雁夜の顔を見て両者の間に何らかの確執があったと予想するが。それよりも前に聞くべきことが語られるようなので、余計な言葉を挟めない。今はただ、雁夜の話す内容に耳を傾けるだけだ。 「・・・・・・・・・桜ちゃんは今は間桐の家に引き取られているが、本当の名前は遠坂桜と言って、遠坂の当主である時臣と葵さん――、俺の幼馴染である女性との間に出来た娘なんだ。姉が一人いて、その子は凛ちゃんって名前だ」 「ほぅ――」 「俺の家『間桐』と、桜ちゃんと凛ちゃんの家『遠坂』は聖杯戦争において始まりの御三家と呼ばれ、両家の間には古くからの約定が幾つも存在する。で、お前が滅ぼしたらしい臓硯はこの間桐の当主でな、俺や兄貴が間桐の魔術師としてあまりにも落ちぶれているから、外からの血を取り込んで、間桐の因子を色濃く残した子孫を作りたくて桜ちゃんを養子にしたんだ。もっとも、あいつの狙いは聖杯で得られる不老不死であって、魔術師としての桜ちゃんには期待してなかったがな」 「ふむ」 「古くからの約定だかなんだか知らないが、時臣は魔術師として桜ちゃんを臓硯に差し出した。あの性根の腐った時臣は桜ちゃんの親でありながら、桜ちゃんを守らなかったんだ。そして俺が十年前に間桐から逃げ出さなければ桜ちゃんが間桐という地獄に引き取られる事はなかった!! これは間桐を捨てた俺の責任だ・・・・・・、だから俺は桜ちゃんを救わなくちゃいけない・・・。それが、俺の、義務なんだ!!」 ゴゴに聞かせるというより独白するような叫びが部屋の中に響き渡り、壁際から放たれた大音響が辺りを揺らした。 もしかしたら、雁夜の叫びはこれまで溜まっていて誰にも言えなかった鬱屈な気持ちそのものなのかもしれない。 ゴゴは雁夜の言葉を聞きながら、時臣というのが『桜ちゃん』の父親で。その時臣が全ての原因を作り出した現況であり。落ちぶれているという言葉から、何らかの血統主義が存在する事を知る。 けれど、聞いた内容の中には判らない事もあったので、ゴゴは言葉を吐き出して息を荒くしている雁夜に向けて問いを投げた。 「聞きたい事があるんだが、こっちが聞いていいか?」 「何だ?」 「聖杯戦争とは何だ?」 「はっ!? ちょ、おま。そんな当たり前のことも知らずに、間桐に――!?」 雁夜にとっては聖杯戦争などいまさら説明されるまでも無い当たり前の事かもしれないが、事故のような移動で間桐邸の蟲蔵に出たゴゴが聖杯戦争を知る筈が無い。 驚きのあまり壁際に預けていた背中がずるずると横に滑ってこけそうになったが、雁夜は何とか体勢を保った。彼は自分自身の怒りを静めるように、大きく大きく息を吐き出し、呆れるような目でゴゴを見る。 そして聖杯戦争について説明を始めてくれた。 聖杯戦争。それは万物の願いをかなえる『聖杯』を奪い合う争い。聖杯を求める七人のマスターと、彼らと契約した七騎のサーヴァントがその覇権を競い、最後に残ったマスターがどんな願いでも叶える聖杯を得る。そんな、殺し合いだ。 だがその実態はサーヴァントとして召喚した英霊の魂が『座』に戻る際に生じる孔を固定して、そこからマスターである魔術師が世界の外へ出て『根源』に至る事。もちろん不老不死を叶える副次的な使い道もある―――。 ゴゴは雁夜の口から聞かされた聖杯戦争の内容を聞きながら、つど、サーヴァントとは何か? とか、英霊とは何か? とか、座とか根源とは何なのか? と質問を繰り返しながら、大まかな状況を把握した。 そして頭の中で聞いた内容を反芻する。 「なるほど・・・。つまり始まりの御三家とか言う『間桐』『遠坂』、そして『アインツベルン』の三つが力を合わせて、聖杯戦争を作り出し、互いに聖杯を求めて争ってるんだけど、60年周期でこれまで三回も戦っているのに今だに決着がつかずに争い続けてる。と」 「――そうだ」 「聖杯を求めるのは、それぞれに叶えたい願いがあるからだけど。誰も彼もが聖杯こそ唯一の手段にして、他の方法を試さずにただ家を継がせる事に躍起になってる。特にそれが顕著なのが間桐臓硯だ。と」 「ああ。そうだ!! そうだよ、畜生。言われるまでも無く判ってるんだよ! こんなくだらない魔術師の都合に桜ちゃんが巻き込まれていい筈が無い! 本当に臓硯が死んだんなら、桜ちゃんは遠坂の家に帰るべきだ。そして間桐の魔術がどんなものか判ってない、あの遠坂時臣を殺す。俺がこの手で、時臣をぶっ殺してやる!!」 話をする上で必要最低限の知識を持ってなかったゴゴへの怒りもあるのだろう。雁夜は怒気を超える殺意を滲ませながら、再び吼えて部屋を大音響で揺らした。 普通の人間ならば雁夜の変わりように驚いたり怯えたりしたかもしれないが、あいにくと部屋の中に入るゴゴも『桜ちゃん』こと遠坂桜も普通ではない。ゴゴは、雁夜の声を聞きながら冷静に別の事を考え、椅子の上に腰掛けて二人の会話をずっと聞いている遠坂桜は感情を露にせずにそこに居続ける。 同じ部屋の中にいながら温度差のある二人と一人。 雁夜が何度か呼吸をして落ち着いたころ、ゴゴはすかさず自分の考えを言葉にする。 「その遠坂時臣が何を思って『桜ちゃん』を養子に出したかは本人しか判らないが、間桐との約定がその理由の一つになったんだな?」 「あ・・・ああ、その通りだ。魔術師としての約定だから、たとえそれが子供であっても渡さなきゃいけないと思ったんだろう。くそったれ」 雁夜一人が怒りに燃え滾る中、全く感情の起伏を見せないゴゴの言葉が雁夜にとって冷水のような効果を発揮する。 もしかしたら自分一人だけ盛り上がっているのに気付いて恥ずかしかったのかもしれない。雁夜は急速に怒りを冷ましていき、ゴゴの言葉に答えた。 「そして『間桐』と『遠坂』が争ってる原因は聖杯戦争であり、聖杯戦争がなくなれば約定そのものが不要になる」 「それは・・・、まあ・・・・・・。そう、なのかもしれない」 「じゃあ決まりだ」 そしてゴゴは雁夜が聖杯戦争のシステムを考案した始まりの御三家の一人であると知りながら、とんでもない内容を語り聞かせた。 「『桜ちゃん』を救うために聖杯戦争を破壊しよう。二度と聖杯戦争を起こせないよう跡形もなく消し去ろう。それが『桜ちゃん』を救う第一歩だ」 「・・・・・・・・・んなにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」 間桐邸に雁夜の絶叫が轟いた。