<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[31538] 第0話 『プロローグ』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:ac86df83 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/20 08:24
  第0話 『プロローグ』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  全てを模倣できるのは、全ての資質を兼ね備えている事実に他ならない。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - FF6





  彼―――、いや、あるいは彼女かもしれないその存在は自分が何者であるかを判らずにいた。
  自分と言う存在を自覚した瞬間、溢れ出る膨大な知識が思考を助ける苗床となったが、あるのは知識のみでそれ以外は何もない。
  自らが存在するこの空間―――。どこかの星でもなければ、どこかの大地の上でもない、宇宙と呼んで良いのかすら定かではない場所にただ在った。
  彼あるいは彼女―――便宜上『彼』と呼ぶ生物は周囲に彼以外にはなく、光どころか闇すらもそこには無かった。
  頭の中を蠢く知識は膨大であり壮大、この知識がどこから現れたかを彼は考えたが、その答えは出ない。
  居るのは自分一人だけ。
  在るのは自分一人だけ。
  何故かある『知識』、それだけが彼の拠り所であった。それでも自覚が存在を促し、確固たる自我が存在し、彼は生物としての自分を認めた。
  『我思う、ゆえに我あり』
  知識の中に合った言葉が彼を『自分』と『それ以外』に区別する。
  その瞬間、彼が思い浮かべたのは自分ただ一人きりと言う事実―――孤独であった。
  それこそが感情の発露であり、何者でもなかった彼が自分自身を感情のある生き物として認めた瞬間なのだが、湧き出た孤独への悲しみは彼に起こった劇的な変化を打ち消していく。
  自分という存在以外は何もない孤独。
  自分だけしか存在しない空間への怒り。
  感情と呼べるものが一つ現れれば、二つ三つと続くのは容易く、彼は次々に知識と感情を擦り合わせて多くの気持ちを呼び起こしていった。
  彼は熟考する。この孤独を消すにはどうすればいいか? と。
  頭の中にある知識を元にして考えて、考えて、考え続けて。彼は答えを探し続けた。
  彼にとって流れゆく時間に意味は無く、ただ答えに辿り着けるのならばどれだけ長い時間考え続けても苦にはならない。ただ、この何もない空間では時間の認識すらあやふやだ、どれだけの時間が経過したかを測れないので、あるのは彼の思考だけである。
  彼は考えて。考えて。考え続ける。
  そして彼は一つの答えに辿り着いた。
  自分と言う存在を認めたうえで『他人』があるからこそ人は孤独から解放される。
  言葉を交わし、存在を認め合い、互いに相手の事を思う。『自分』と『他人』があるからこそ人は人として生きてゆける。
  そう考えた時、彼はもう一つ別の事も考えた。そもそも自分は人なのだろうか? と。
  空気があるのかすら怪しいこの空間の中で、唐突に自己を認識する者が知識の中にある『人間』という存在で括れるのかどうか。彼はそう疑問に思った。
  ただし、彼の内から湧き出る孤独感はその疑問をも容易に押し流し、自分自身が何者であるかの思考を許さない。
  それだけ孤独である事を彼は恐れた。
  彼は思った。自らが人であるという仮定に則り、孤独を埋めてくれる自分以外の『人』が必要だと。
  しかし一つの回答に至れても、何もない空間の中にあるのは彼一人だけ。当然ながら、彼が欲する他人の姿などどこにもない。
  彼は考えた。
  自分ではない他人と出会う為にはどうすればいいか?
  彼は思った。
  無いのならば作れば良いのではないか?
  彼はまた考えた。
  作り方は知識の中にあり、それを使えば自分ではない他人を作れる。
  それは正しく無から有を生み出す『神の所業』そのものであったが、彼にとっては、自分に出来る行動の中から一つを選んだに過ぎない。
  彼は自分の内側から光を作り出す。生命と呼べる存在を作り出す。
  彼自身の分身とも呼べる存在をそのまま三つ生み出し、それぞれに名を与え、知識を与え、形を与え、存在の意義を与えた。何故そんな事が出来るのかを問う者はおらず、彼は自分がどれだけの奇跡を積み重ねているか自覚しないまま作業を進める。
  彼が持つ力の大半を三つの存在に明け渡し、彼に出来る事が激減したとしても、後悔など微塵もなかった。
  何故ならば、彼にとっては孤独ではない事こそが最も重要だからだ。
  彼は三つの『他人』、知識の中を探れば『子供』と呼べる者達と相対し、自分とは異なる他人の存在に歓喜する。
  しかし彼は思った。まだ足りない、と。
  三人の子供たちは彼と同じように手を持ち、足を持ち、頭を持ち、人に似た形をしていた。
  一人は手が六本あって背中からは羽根が生えており、一人は彼の知識の中にある『女』の形を模して作られ、一人は紅い鎧をまとったような格好をしている。
  彼が願うとおり誰もが彼とは異なる姿をしているが、たった三つでは彼の孤独を埋めるには少なすぎた。
  彼は再び考える。
  子供達だけでは足りない、新たに作り出すのではない別の方法は無いものか。と。
  そして彼はこの場から別のどこかに移動する方法を思いついた。
  もし彼が最初に『ここではないどこか』へ移動するのを考えたのならば、彼の子供達は生み出されなかったであろう。
  孤独を癒す術を別の場所に求める考えを起こせなかったからこそ、彼の子供は生まれ出でた。
  しかし起こった事実は覆せない。
  子供達はもうこの世に生まれ出でている。
  彼には創世を選ぶこともできた。別の子供達を更に多く生み落し、多くの他人を作り出すことも出来た。
  三人の子供たちを作る時に力の大半を渡してしまったが、何かを生み出す能力は残っていたし、力を多く渡さなければ生命の想像は容易かった。
  彼には多くの選択肢と、多くの可能性。無限にも匹敵する知識の中から多くの未来を選べる立場があった。
  けれど、彼は三人の子供達とは別の選択を新たに考えてしまう―――。
  決してそれを言葉にはしなかったが、自らが生み出した子供達の存在を心のどこかで失敗と考えつつ、彼はここではないどこかへと移動する。
  三人の子供達は彼の後を追った。
  彼の孤独を癒す為に望まれたからこそ、その役目を果たす為に三人の子供達は彼を追わなければならなかった。
  彼の知識から掘り起こされた神秘の技。『魔法』と呼ばれる現象によって起こされた空間の穴を通り、彼と三人の子供達は何もない空間を離脱する。
  残されるモノは何一つなかった。





  何故、最初に別の場所に移動する事を考えなかったのか? 彼は目の前にある輝きを見ながらそう思った。
  宇宙、そして星。知識によって目の前に広がるものが何であるかを理解したが、記憶の中に存在するモノと彼の目で見る現実とでは大きな違いが合った。
  それこそが記憶と体験の違いだ。
  自分の中にある知識の中から掘り起こすのではなく、目の前から押し寄せて彼の心と体に叩き付けてくる圧倒的な存在感。
  彼は見て、感じて、聞いて、孤独を薄める驚きを覚えていった。
  背後に三人の子供達が控え、彼の背中をジッと見つめているのを感じながら、それでも目の前に広がる光景から目を離せずに前だけを見続ける。
  空気の存在しない宇宙空間の中で死なずに浮遊し続ける異質さを理解していたが、目の前に広がるあまりにも多くのモノを前にしては、全てが霞んでしまう。
  これまで周囲に何もなかったからこそ、星の輝きはあまりにもまぶし過ぎた。
  だから彼は一緒について来た三人の子供たちを置き去りにして、多くの色に輝く星に向かって舞い降りた。そうしなければならないと彼は考えた。
  彼の背中を見つめる三人の子供達の顔が憤怒の表情に彩られていると気付かぬままに―――。
  彼は舞い降りた星に広がる生命の息吹に歓喜し、そこに存在した多くの命と多くの自然に心を奪われた。
  彼は自らが持つ知識と、目の前に広がる新鮮な光景が合致するかを調べる為、喜びと共に全てを模倣し始めた。
  自分は何なのか?
  目の前にいるのは何なのか?
  自分は誰なのか?
  目の前にいるのは誰なのか?
  自分は何故存在するのか?
  目の前にある者は何故存在するのか?
  彼は自らを人と認識しながら、人間では決して到達できない高みから模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣して模倣した。
  自らの知識の正しさを証明し続け、体験と言う驚きによって孤独を埋め尽くし、ただひたすらに全てを模倣し続けた。
  いつしか彼はこう呼ばれるようになる。


  男なのか女なのか、そもそも人間なのかすらも分からない謎の存在―――ものまね士、ゴゴ、と。


  名を持たぬ彼はその瞬間、名を持つ一つの生命となる。
  そして子供達がそんな彼を見て、怒りを露わにするのは当然の流れであった。
  三人の子供達は彼―――降り立った星に住まう者達からゴゴと呼ばれるようになった存在の孤独を埋める為に生み出された生物だ。
  彼の中に合った多くのものが三人の子供に継承され、三人が力を合わせれば天地創造も不可能ではない。しかし三人の子供達の根底にあるのは『親』である『彼』の孤独を癒す渇望だ。
  それなのに彼は三人の子供達から目をそらし、どこかの星に降り立ったかと思えばそこに生きる者の行動を真似し始めた。
  三人の子供達は思った。自分達はいったい、何のために存在しているのか。と。必要とされないのならば何故、親から形と力と知識を与えられて生まれたのか。と。
  彼らの怒りは星に住まう生き物に―――自分に最も近い子供同士に―――ゴゴと呼ばれるようになった彼にすら牙を剥いた。
  それは嫉妬と呼ばれた感情が起こした破壊だった。
  砕いてしまえ。
  潰してしまえ。
  壊してしまえ。
  滅ぼしてしまえ。
  何もかもを無くしてしまえ。
  感情を制御できない子供の激情に身を任せ、三人の子供達は互いに争いを始める。
  普通の人間ならば駄々をこねると言えたかもしれないが。三人の子供達が持つ力はあまりにも大き過ぎた。
  互いに殺し合える強大な力を持った三人の子供達。多くの大地を、一つの世界を、一つの星をも軽く滅ぼせる存在、彼が生み出した三人の子供達。その絶大な力ゆえ、三人の子供達は星に住まう者達から『神』と崇め奉られるようになる。
  彼らの怒りは大地を抉り、海を割り、星を削り、親である彼を大地の奥深くへと叩き込む。
  彼らを生み出した親。ゴゴの名で呼ばれるようになった彼は子供達の手によって傷つき、傷を癒す為に深い眠りにつかなければならなくなった。
  歯止めをかける者はいなくなり、三人の子供達は止まらず争い続ける。神の名で呼ばれながら三人の子供達は争い続ける。
  彼らはいつしかこう呼ばれるようになる。
  鬼神―――。
  魔神―――。
  女神―――。
  戦いの神。三闘神。と。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - Fate/Zero





  叶うならば、一生涯この家には近づきたくは無かった。けれど間桐雁夜にはそうしなければならない理由がある。
  だから雁夜はここにいる。だから雁夜は目の前の老人と相対する。
  「その面、もう二度とワシの前に晒すでないと、たしかに申しつけた筈だがな」
  「聞き捨てならない噂を聞いた。間桐の家がとんでもなく恥さらしな真似をしている、とな」
  もし雁夜が完全にこの生家である間桐家と縁を切り、魔術にも金輪際関わらぬように生きて来たならば、そもそも『戻る』という選択すら浮かべなかっただろう。
  しかし雁夜は魔術に関わらずとも、間接的に間桐に関する情報を手に入れられる付き合いを今も残してしまった。その結果、雁夜は聞いてしまったのだ。
  「遠坂の次女を向かい入れたそうだな。そんなにまでして間桐の血筋に魔術師の因子を残したいのか?」
  遠坂桜が間桐に養子に出された―――という話を。
  「それをなじるか? 他でもない貴様が? いったい誰のせいでここまで間桐が零落したと思っておる」
  「茶番はやめろよ吸血鬼。あんたが今更、間桐一族の存続なんどに拘ってるとでも言うつもりか? 笑わせるな。新しい代の間桐が生まれなくても、あんたには何の不都合もあるまい。二百年なり千年なりと、あんた自身が生き続ければ済む話だろうが」
  雁夜は自分が魔術と金輪際関わらない様にするためには、間桐として生きてきた間に培った全ての繋がりを断ち切る事が必要だと判っていた。
  家族も、友も、愛した人も、人生も、何もかもを捨て去って全く関わらないようにする。それこそが真に『縁を切る』という事になる。
  しかし雁夜は禅城葵―――今は遠坂の家に嫁いだので遠坂葵となっているが、あの幼馴染であり今も恋い焦がれている女性との付き合いを断絶出来なかった。
  彼女の娘であり、雁夜とも何度か顔を突き合わせている姉の凛と妹の桜と接する時間は、冬木の地に戻り理由だった。
  故に雁夜は遠坂桜が養子に出された話を知ってしまい。それが自分の生み出した業であり罪だと判ってしまった。
  「相変わらず、可愛げのない奴よのう。身も蓋もない物言いをしおって」
  「それもこれもあんたの仕込みだ。くだらない御託で誤魔化される俺じゃない」
  もし雁夜が十年前に間桐から逃げなければ。遠坂桜がこの目の前にいる老人に養子に出されるなんて事態は起こらなかった。
  雁夜が間桐を捨てたから、今日の結果が起こってしまった。ならばそれは雁夜が生み出した罪科だ。
  「左様、お主や鶴野の息子よりも、なおワシは後々の世まで生きながらえることじゃろうて。だが、それも、日ごとに崩れ落ちる体をどう保つかが問題でな。間桐の跡継ぎは不要でも間桐の魔術師は必要でのう。この手に聖杯を勝ち取る為には、な」
  「・・・・・・結局それが魂胆か」
  雁夜は目の前の老人―――間桐臓硯の話を聞きながら、怒りと納得を同時に考えていた。
  間桐臓硯は戸籍上の雁夜の父であり、当然ながら兄鶴野の父となっている人物だ。しかしその本性は雁夜の毛嫌いする間桐の魔術の体現者であり、実年齢は数百歳。
  人の血肉を啜り、喰らい、我が者とする人外の怪物だ。
  「六十年の周期が来年には巡り来る。だが四度目の聖杯戦争には間桐から出せる駒が無い。鶴野程度の魔力ではサーヴァントを御しきれぬ。現にいまだ令呪すら宿らぬ有様だ」
  しかし、臓硯の語る『聖杯戦争』の賞品である『聖杯』を勝ち取るのは、あくまで人間の魔術師であり、人の肉体を捨て去った怪物には出場資格すら与えられない。今のままでは臓硯が聖杯を得て、不老不死を手にいれるのは夢でしかない。
  だから臓硯は間桐から出せる駒を欲している。
  だから本来ならば間桐の魔術に何も関係ない筈の少女を何の躊躇いもなく巻き込める。
  だから雁夜は臓硯に怒りを覚える。
  だが、そこに突破口があるのもまた事実であった。
  「・・・・・・そういう事なら、聖杯さえ手に入るなら遠坂桜には用は無い訳だな?」
  「お主、何をたくらんでいる?」
  「取引だ、間桐臓硯」
  臓硯が探る様にこちらに問いかけてくるが、雁夜はそれに返答せずに一気に告げた。
  それが俺がここにいる理由だ、と力を込めて。
  「俺は次の聖杯戦争で間桐に聖杯を持ち帰る。それと引き換えに遠坂桜を解放しろ」
  「――馬鹿を言え雁夜。今日の今日まで何の修行もしてこなかった落伍者が僅か一年でサーヴァントのマスターになろうだと?」
  「それを可能にする秘術があんたにはあるだろう? 爺さん、あんたお得意の蟲使いの技が」
  臓硯にしては珍しく、動揺を顔に出しながら言ってくるが、雁夜はそれも無視して一気に言い放つ。
  これは切り札であると同時に、十年間魔術と関わらずに生きてきた自分の頼みの綱だ。懸命にこれ以外の手が無いと悟られぬよう、臓硯の目を真っ向から睨みつけて続ける。
  「俺に『刻印虫』を植え付けろ。この身体は薄汚い間桐の血肉で出来ている。他家の娘よりはよほど馴染みがいい筈だ」
  刻印虫――。それは蟲を扱う間桐の魔術の中でも秘奥と言っても過言ではない蟲の名前であり、魔術回路を持たない人間に擬似的な魔術回路を植え付けて魔術師とする効果を持つ。
  ただの人間を魔術師に作り変える外法だ。今回のような事態が起こらなければ、関わるのはおろか口にするのもおぞましい。
  けれど、それこそが遠坂桜を救うために雁夜に残された手段だ。
  まともに戦ったところで、既に本体が蟲となった臓硯を殺すことは叶わない。一年間、修行したところで、真っ当な方法ではマスターになる事も出来ずに終わる。
  だが刻印虫を使えば話が変わる。
  「雁夜――、死ぬ気か?」
  「まさか心配だとは言うまいな、お父さん」
  少しだけ目を見開きながら臓硯がそう言ってくるのも当然だ。刻印虫には確かに魔術師を作り上げる結果があるが、その道中は常に死と隣り合わせの危険を孕んでいる。
  一匹や二匹ではなく、数十匹の蟲が体の中を這いずり回り、宿主となる人間の肉を、骨を、魔力を喰らうのだ。素養のない人間ならば一晩で発狂するのは間違いなく、内側から蟲に肉体を捕食させる痛みに耐えられたとしても、魔術師になれなければ何の意味もない。
  それでも他の人間ではなく、間桐の血族である自分ならばその可能性は上がる筈。
  雁夜が再び臓硯を強く睨むと、臓硯は少しだけ間を置いてから言って来た。
  「確かにお主の素養であれば鶴野よりも望みはある。刻印虫で魔術回路を拡張し、一年間みっちりと鍛え抜けば、あるいは聖杯に選ばれるだけの使い手に仕上がるやも知れぬ。じゃが解せぬな、何故小娘一人にそうまでして拘る?」
  「間桐の執念は間桐の手で果たせばいい。無関係の他人を巻き込んでたまるか」
  「それはまた殊勝な心がけじゃのう」
  臓硯がそう言うと、これまで見せなかった醜悪な笑みを口元に浮かべた。
  自分以外の何もかもを嘲笑っているような人外の怪物が見せる笑み。人を単なる食料としか見ていない、化生だけが作り出せる黒い嗤い。
  このタイミングで笑う意図が読めず、雁夜はつい問いてしまう。
  「・・・・・・何が可笑しい?」
  「何――、巻き込まずに済ますのが目的ならばいささか遅すぎたと思っただけじゃ。遠坂の娘が当家に来て今日で何日目になるか、お主知っておるのか?」
  「爺、まさか!!」
  聞きたくは無かった言葉だからこそ、雁夜は即座に答えへとたどり着く。それが虚言である事を強く願ったが、臓硯は笑みを深くして笑うばかりだ。
  その底なしの邪悪を思わせる顔が雄弁に雁夜の絶望を呼び起こす。
  「初めの三日はそりゃあもう散々な泣き叫びようだったがのう。四日目からは声も出さなくなったわ。今日などは明け方から蟲蔵に放り込んで、どれだけ保つか試しておるのだが――、ホホ、半日も蟲どもに嬲られ続けてまだ息がある。なかなかどうして、遠坂の素材も捨てたものではない」
  すでに遠坂桜が間桐の魔術に嬲られている。それを耳にしてしまった時、雁夜の中にはこれまでにない激情が荒れ狂った。
  憎しみを越えた殺意が体を震わせ、今すぐにでも目の前の外道に掴みかかって首を絞めて、捩じ切って、肉片一つ残らずに焼き尽くしたい衝動に駆られる。
  しかし雁夜は判っている。間桐臓硯は間桐の魔術を体現する者であり、その力は雁夜程度では遠く及ばない。もし今、臓硯の首を絞めようとしても、呆気なく返り討ちに合って殺されるだけだ。
  雁夜が作り出してしまった罪を償う為には―――遠坂桜を救おうと思うなら―――交渉しか手段はない。
  必死で怒りを抑える雁夜に対し、その全てを見透かすように薄く笑う臓硯が言う。
  「さて、どうする? すでに頭から爪先まで蟲共に犯されぬいた壊れかけの小娘一匹。それでもなお救いたいと申すなら、まあ、考えてやらんでもない」
  その嗤いが雁夜の怒りを刺激するが、間桐の家に戻った時から選択など決まっている。
  「異存はない。やってやろうじゃないか」
  「善哉、善哉。まあ、せいぜい気張るがいい。だがな雁夜、きさまが結果を出すまでは、引き続き小娘の教育は続行するぞ」
  笑いながら臓硯は続ける。
  「ひとたび我らを裏切った出戻りの落伍者なぞよりも、アレの産み落とすであろう子供の方が、はるかに勝算は高いからな。ワシの本命はあくまで次々回の機会じゃ。今度の聖杯戦争は負け戦と思って、最初から勝負を捨ててかかる。だがな、それでも万が一、貴様が聖杯を手にするようならば――、応とも。そのときは無論、遠坂の娘は用済みじゃ。アレの教育は一年限りで切り上げることになろうな」
  何度か公園で見かけた少女の姿を思い浮かべ、姉の後ろで引っ込み思案に雁夜の顔を眺めていた遠坂桜の姿が思い出せる。その少女を『アレ』呼ばわりする臓硯が憎くて憎くてたまらない。
  それでも今は堪えるしかない。
  この確約が果たされるものと信じて進むしかない。
  言質を取る為に雁夜は言う。
  「二言はないな? 間桐臓硯」
  「雁夜よ、ワシに向かって五分の口を利こうと思うなら、まずは刻印虫の苦痛に耐えて見せよ。そうさな、まずは一週間、蟲どもの苗床になってみるが良い。それで狂い死にせずにおったなら、おぬしの本気を認めてやろうではないか」
  臓硯はソファの横に置いてあった杖を取り、大儀そうに腰を上げながら言う。雁夜はそんな臓硯に対して首肯で応じ、両手を強く握りしめて間桐の魔術への怒りを自分の犯した罪の重さで拮抗させた。
  部屋を出ていく臓硯の背を見送らず、頭の中で思うのはこれからの事。
  間桐の秘術、刻印虫。生きた蟲を身体の中に植え付けて、『間桐の魔術を行いやすい様に身体を改造する』。その技は例え間桐の血を引く雁夜であっても死に匹敵する苦行となるのは間違いない。
  そして一度体内に刻印虫が入れば、刻印虫の生みの親である臓硯の傀儡となるのは判っていた。最早、その瞬間、臓硯への反逆は叶わなくなる。
  しかし、刻印虫の改造によって魔術師の資格を得れば、今代で最も間桐の血を色濃く継ぐ雁夜に令呪が宿る公算は高い。どれほど零落したとしても、自分は聖杯戦争を作り出した始まりの御三家の一つである間桐家の血を継ぐ人間なのだ。
  一年後に行われる聖杯戦争。その賞品『聖杯』を勝ち得て、臓硯に持ち替える事こそが遠坂桜を救う唯一のチャンスだ。
  生身のままでは決して届かない。
  ただ、刻印虫を植え付けて聖杯戦争への参加資格を得る代償として、雁夜の寿命は極端に削られ、他のマスターと争う以前に蟲に改造され、喰われ、侵された雁夜の肉体はほんの数年の寿命しか残らないだろう。
  だが雁夜はそれでも構わなかった。
  もし十年前―――今と同じ覚悟を、間桐の魔術に目を背けずに真正面から相対していたならば、遠坂桜が間桐家に養子に出されるなんて自体は起こらなかった。母の遠坂葵の元で今も無事に暮らしていた筈だ。
  その安寧を崩したのはかつて雁夜が拒んだ運命そのものだ。贖罪の為にこの身が必要ならば、いくらでも捧げる覚悟が雁夜にはある。
  そして聖杯戦争に参加して聖杯を獲得すると言う事は、他の六人のマスターを皆殺しにするという事でもある。
  聖杯戦争には当然、御三家は全員参加するのが判っているので、桜を間桐という地獄に叩き落とした当事者と直接対面し、殺し合う機会に恵まれるのだ。
  遠坂時臣。
  遠坂の当主にして桜の父親、古き盟友たる間桐の要請と言う名の『呪い』によって桜を陥れ、そして雁夜の幼馴染である女性を愛しながらも苦しめて悲しませた男。
  そいつを自分の手で殺せるかと思うと、臓硯に向けた殺意とは異なる、別種の情念が胸の奥から湧き上がるのを止められない。
  「遠坂、時臣・・・」
  桜を間桐という地獄から解放する為。雁夜は真の意味で間桐の魔術師に『間桐雁夜』へとなっていく。





  雁夜を部屋に置き去りにした臓硯は、扉を閉めて廊下に出た後に更に笑みを深くして口元から淀んだ笑い声を撒き散らした。
  「カカカカカ――」
  この時点の雁夜はまだ知らぬ事なのだが、臓硯は雁夜がもし刻印虫の改造に耐え、一年足らずでサーヴァントを御するマスターの資格を得たとしても、次回の聖杯戦争では勝利できぬと確信していた。
  そもそも臓硯は英霊をマスターのサーヴァントとして成立させるシステムを構築し。第二次聖杯戦争からは令呪を考案して『人が英霊に絶対命令権を持つ』と言うとてつもない偉業を成し遂げた人物なのだ。
  たとえ呼ばれた英霊が聖杯によって招かれる本物のコピーに過ぎないとしても、英霊の形を取った途方も無い力をほぼ完全に制御できるシステムの発案者と、知識としか知らず原理に至っては欠片も理解していない人間が同じ土俵に立って対立しても、叶う訳がない。
  魔術師としての経験にしても、臓硯が生き抜いてきた数百年と雁夜が知る数年の間には絶対に越えられない壁が存在する。
  これまで三度繰り返されてきた聖杯戦争を見続けてきた臓硯。その経験が、雁夜程度の人間が起こす奇跡では聖杯には到底辿り着けぬないと確信していた。
  もし万が一、いや億が一にでも雁夜が聖杯を得るチャンスがあるとするならば、それは雁夜がマスターとなり雁夜以外の六人のマスターが雁夜より格下で、呼ばれたサーヴァントが全てできそこないの場合に限る。
  だが、そんな事は決して起こらない。起こらないからこその聖杯戦争なのだ。
  二百年前に聖杯戦争を構築した一人として、間桐臓硯―――いやマキリ・ゾオルケンはそんな事が決して起こらないと知っている。
  加えて、臓硯は五十九年前に起こった第三次聖杯戦争で、アインツベルンがある反則を行い、そこから聖杯戦争そのものに異常が起こっていることも見抜いていた。
  今回の聖杯戦争で異常を見極める。そして間桐の魔術を捨てた裏切り者の雁夜が苦しむ様子を見る。雁夜が得ようとしている未来など決して届かないと知っていたからこそ、臓硯は持ちかけられた交渉に応じたのだ。
  片やそれこそが自身の贖罪であり桜を救うための唯一の手段と信じ。片やそれが決して叶わぬ事だと知りながら。二人は取引を成立させた。
  無知は罪だ。
  「カカカカカ――」
  間桐臓硯は笑う、雁夜を嘲笑う。
  雁夜には確かに間桐の魔術を継承する素養はあるが、歴代の間桐に比べれば少なく、しかも聖杯戦争までに時間が無い。
  雁夜にあるのは一度捨て去った魔術という力を手段として、叶わぬ望みを掴もうとする愚鈍な思いだけだ。
  願い、努力し、死に等しい苦痛に耐えるだけで人の身では叶わぬ奇跡が手に入るのならば、誰も苦労はしない。もしそんな事で奇跡が実現するのならば、この世の中には奇跡で溢れかえっているだろう。
  ほんの一握りの人間しか掴めないからこそ奇跡は奇跡として存在する。余人には決して手に入らないからこそ奇跡は奇跡なのだ。
  「カカカカカカカカカ」
  延命に延命を重ね既に人外の者となった魔術師は嗤う。
  身体を人のモノから蟲のモノへと置き換え、数百年の時を生き抜いてきた妖怪が嗤う。
  哂う。
  笑う。
  嗤う。
  ワラウ。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - FF6





  子供を顧みなかった親は、子供の手によって瀕死に追いやられると言う代償を味わい、休息に費やした時間は伝説に語り継がれるほどの長い時となった。
  あるいはゴゴが三人の子供たちに力の大半を渡さなければ、傷つけられた体は一瞬で完治したかもしれない。だが、元々持っていた力の大半が三人の子供たちに移されており、体を大きく損傷したゴゴが、完全に元の体を取り戻すには長い長い時を必要とする。
  自業自得とも言う。
  そう―――激情によって争い始めた三人の子供達が三闘神と呼ばれ、世界を破壊尽くしている間もゴゴは何もできずにただ体を癒し続けていた。
  長きにわたる戦いによって彼らにも自己が芽生えていき、心は成長して自らの起こした所業を罪と自覚して、破壊の過ちに気付いて、自分達が親であるゴゴにしてしまった事を後悔しても、ゴゴはずっと大地の奥で眠り続けていた。
  ゴゴは知らない。
  三人の子供達はかつて自分達の戦力を増やす為に星にいた生物を作り変え、後に幻獣と呼ばれた彼らに自分達を復活させないように命じて、元々この星に合った魔力が抑えられる神秘の場所:封魔壁の奥で自らを石化させたのを―――ゴゴは知らない。
  封印する際に、幻獣の中でも特に強大な力を持つ者達を一緒に封じ、石化後も互いに視線を向けて力を中和して、世界がまた破壊されないようにしている配慮を―――ゴゴは知らない。
  三人の子供達が長い年月をかけ、悔いを覚える大人へと成長したのを―――ゴゴは知らない。
  ゴゴは人が伝説に語り継がれるほどの時間。千年もの間、地下奥深くでただ眠り続けた。
  そして千年の時を超え、ゴゴは何者かの訴えによって目を覚ます。
  眠りにつく前、こんな人間はいなかった。
  かつて見た命の輝きを、もっともっと大きくした人間がゴゴを見ていた。
  生きる事に貪欲で、成し遂げようとする意志の強さは強大で、精一杯に今を生きて、三人の子供たちに渡した力の一角をその身に宿した人間たち。
  ゴゴは彼らに向けて告げる。
  「俺は、ゴゴ。ずっとものまねをして生きてきた」
  かつてこの星に降り立ってから、何度も何度も何度も何度も繰り返し告げてきた言葉をまた繰り返す。
  他称を自称へと置き換えながら、自らの名乗りに組み込んでゴゴは言う。
  「お前達は、久しぶりの来客だ。そうだ。お前達のものまねをしてやろう。お前達は、今何をしているんだ?」
  そしてゴゴは目の前に立つ人間の言葉に耳を傾け、自分が成すべき事を言葉にする。
  「そうか。世界を救おうとしているのか。では、俺も世界を救うと言うものまねをしてみるとしよう」
  そしてゴゴは世界を救う為、知識では知っていたが体験した事の無かった『仲間』と出会い、半ば強引に彼らと行動を共にする。
  地上に出て眼前に広がるのは荒廃した大地。それを作り出したのが三人の子供だと聞いても驚きはなく、ああそうなのか、と納得して終わった。
  ゴゴは人の認識で考えればどうしようもない育児放棄をしながら、悪びれもせずに自分の為だけに模倣を再開する。
  孤独を埋める為に―――。
  自分勝手に―――。
  独善的に―――。
  ひたすらに模倣し続ける。
  世界が滅びに向かっていようが、星が一度砕かれようが、青い海が穢されようが、多くの人の命が奪われようが、嘆きと悲しみが世界を埋め尽くそうが、ゴゴはただ模倣するだけだ。
  それこそがゴゴ。ものまね士、ゴゴだ。





  ゴゴは強引に同行した仲間達と一緒に旅を進めるにつれ、世界を救い強く生きようとする意志の輝きを見た。そして、長きに渡って洗練されてきた多くの技に羨望を感じた。
  それらをものまね士ゴゴは模倣する。
  機械の使い方を模倣した。
  刀の使い方を模倣した。
  飛空艇の操縦を模倣した。
  武道の技を模倣した。
  投擲を模倣した。
  踊りを模倣した。
  盗みを模倣した。
  人が伝える魔法を模倣した。
  魔法を封じる剣を模倣した。
  絵画を模倣した。
  幻獣の召喚を模倣した。
  ギャンブルを模倣した。
  敵を殺す術を模倣した。
  誰かを治す技術を模倣した。
  ゴゴの頭の中にある知識と現実との差異を埋めながら、ものまね士は模倣して模倣して模倣して模倣して模倣し続けた。
  その中でゴゴに努力の必要がなかったのは、魔法と幻獣召喚の模倣であった。
  そもそも魔法の力はゴゴの三人の子供達である三闘神に引き継がれ、その力が幻獣を生み出す元になったようだが、それは元々ゴゴの中に合ったモノだ。
  魔法の取得などに費やす時間は無く、幻獣の召喚に至っては意識する必要すらなく行えてしまう。
  時に落胆し、時に感動し、時に戦闘を行い、時に仲間に救われ、時に仲間を助けて、旅を続けるものまね士ゴゴ。
  そしてゴゴはかつて自分が生み出した三人の子供達と再会し、かつての面影を残しながら全く違うものになってしまった三闘神と殺し合う。
  鬼神と殺し合いながらゴゴは考える。
  魔神と殺し合いながらゴゴは考える。
  女神と殺し合いながらゴゴは考える。
  三人の子供達が持っていた力はこんなモノではなく、正しく『世界を滅ぼす力』だ。今、ゴゴの前に立ち、親を殺そうとしているのは、三人の子供達の姿そのものだが、中身は全くの別物である。
  星の表面を撫でて大地を隆起させ、海を荒らし、多くの生物を死に追いやったとしても、それは子供達の力のほんの一端に過ぎない。
  やろうと思えばこの大地―――つまりは星そのものを破壊出来るのが三闘神の力なのだ。
  人が語りついだ三闘神の伝説を聞いたゴゴは考える。
  争う愚かさに気付いた子供達は石化する時に自分の心すらも封じ込め、力の大半を表に出さないようにしているのではないか? あるいは既に三人の子供達の命は失われており、ゴゴの前にいるのはかつての三闘神の残り滓ではないか? と。
  無限に等しい知識でも、千年先に起こる出来事までは存在しない。だからゴゴは想像で起こった事実を埋め合わせながら子供達に止めを刺した。
  感慨も躊躇いもなく。
  世界を救う模倣を完遂する為にものまね士ゴゴは三闘神を破壊する。親としてではなくものまね士として三闘神を殺す。
  そしてゴゴは仲間達と一緒に、世界を破壊した敵と対峙する。
  三闘神の力を吸収し、自らを神と名乗って君臨する、この世界の王―――人工魔導士、ケフカ・パラッツォ。
  瓦礫の塔の頂上に立つ、三闘神の力のほんの一角だけを手に入れて、全てを手中に収めたと錯覚している哀れな男。
  ゴゴは自分の手で屠った三人の子供達を想い、誰にも気付かれぬ涙を流す。
  自分に悲しむ心が合ったの事に、ゴゴは驚きを覚えた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - Fate/Zero





  「うぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
  間桐邸の地下、蟲蔵と呼ばれる場所で間桐雁夜の絶叫が響き渡った。
  数時間前に臓硯と対峙していた雁夜はその夜、臓硯との契約に則って『一週間、蟲どもの苗床になる』を達成する為に蟲に体を食わせていた。
  現代の日本では必要不可欠な衣類は全て取り払われており、雁夜は正しく身一つで蟲蔵の中にいる。
  だが彼を覆い尽くす蟲の大軍が雁夜の腕を手を足を腿を腹を胸を顔を首を、間桐雁夜と言う人間そのものを埋め尽くしており、雁夜がそこに居ると判らなければ誰であるかを判別する事すら難しい。
  その光景におぞましさや恐ろしさを感じる者はいるとしても、そこに美を見いだせる人間がいるとするならば、よほど特殊な人間だけだろう。
  例えば醜悪な笑みを浮かべながら雁夜の苦しむ様子を眺める間桐臓硯などがそれに当る。
  「どうした雁夜? まだ修行は始まったばかりではないか。一日と経たずに狂い死ぬがお主の本気ならば、それは笑い話にもならぬ愚かさの極みよのう」
  中二階とでも言えばいいのだろうか。臓硯は雁夜のいる蟲蔵の最も低い位置から階段で少し上った位置から雁夜の苦しむ様子を眺め、そして嘲笑っていた。
  地上部分に出ている間桐邸がそのまま逆転して地下に埋められたような広大な空間がそこにあり、全く日の差し込まぬ四角形の構造が間桐邸の蟲蔵だ。
  コンクリートで四方を固めた直方体を思わせる構造に一階へと通じる階段。手すりも何もないただ階段としての機能のみを作り出すそれは、機能性や美しさと言った類のものを全て排除しており、ただただ間桐の蟲を存在させる為だけの空間である。
  中でも目を引くのは壁一面に開けられた幾つもの穴だ。一つ一つがアーチ形をしており、少し小さめの犬小屋の出入り口の様にも見える。
  それが四方の壁全てに開けられており。何十か、何百か、数えるのも億劫な数の穴が並んでいる。
  その穴の奥にいるのが間桐の蟲である事を雁夜は知っていた。蟲蔵の名が示す通り、そこが蟲の住処なのだと間桐雁夜は知っていた。
  「ぐが・・・、うがあああああああ!!」
  「この程度で悲鳴を上げるならばやはりお主の素養はたかが知れる。蟲蔵をお主の修行に明け渡し、遠坂の娘の教育を後に回したのは失敗であったな」
  「爺――!」
  雁夜の望みを無に喫するような言葉を聴いた瞬間。雁夜の悲鳴は怒りへと置き換わり、臓硯の名を呼ぶ。
  だが、雁夜の体を喰らう蟲の侵攻は止まらず、それどころか雁夜がまだまだ耐えられそうだと感じたのか、より一層雁夜の体の中へと潜り込んでいく始末。
  蟲が雁夜の体を喰らっていく。
  体の中を這いずり回っていく。
  雁夜の体が蟲の住処へと作り変えられていく。
  臓器を貪り、血管を舐め回し、間桐雁夜を犯していく。
  裂けた肉の隙間から血が滴り落ちているが、それすらも蟲の餌となってゆく。
  自分を笑いながら見下ろす老魔術師に向けた怒りは、あっという間に痛みに置き換えられ、雁夜はまた悲鳴をあげた。
  「あああああああああああああ!!!」
  体の痛みが反射となって雁夜の口から声を上げさせるが、内に宿る決意は欠片も揺るがず、止めようなどとは全く考えなかった。
  半人前にもなれていない雁夜が満足の魔術を行使できる筈も無く、聖杯戦争に勝利するどころかサーヴァントを召喚するマスターになる事すらも叶わない。
  雁夜には少ないが魔術師としての素質がある、だが今の雁夜は魔術師ではない。
  だから強く嫌悪していた間桐独自の魔術―――蟲を使役する間桐の秘術『刻印虫』を自分の体に埋め込ませる必要が合った。
  刻印虫はその名の通り生きた蟲そのものであるが、魔術師が魔術を行使するために使用する魔術回路と呼ばれるモノの代わりをこなす。だが代償として、刻印虫は寄生した人間の魔力と一緒に肉を喰らうので、その激痛に耐えなければならない。
  刻印虫は自らの寿命を通貨に魔力を得る禁断の魔術だ。
  苗床になる雁夜の骨を喰らい、血管を喰らい、臓器を喰らい、皮を喰らい、神経を喰らい、血を啜る。
  そもそも寄生虫などの極小の生き物ならばいざ知らず、雁夜の指よりも太い生き物が自分の体を切り裂き、めり込み、蠢き、這いずり回るのだ。悲鳴を上げずにそんな事が出来る人間がいるならば、それは痛覚が麻痺している人間だけだろう。
  刻印虫を身に宿す事すら困難であり、成功したとしても待ち構えているのは縮まった寿命と確実に押し寄せてくる死だけ。
  それでも雁夜は止めようなんて考えない。
  聖杯戦争に参加する為。
  十年前に自分が犯した罪を償う為。
  聖杯を臓硯に持ち帰り、遠坂桜を桜を救う為。
  魔術師、間桐雁夜となる為。
  雁夜は蟲に自分の体を食わせていた。
  「こ・・・の、てい、ど――!!」
  「善哉、善哉。せいぜい死なぬよう気張るがいい。どれ、ワシは二時間ほど家を留守にするぞ、その間に死んでくれるなよ、雁夜」
  臓硯の言葉が雁夜の耳に届いた瞬間、雁夜の顔の上に覆いかぶさっていた蟲の隙間からほんの少しだけ臓硯の顔が見えた。
  喜悦に歪んだその顔は『この程度の事も耐えられぬのか?』と言っている様で、雁夜の中にあった怒りの炎を再びたぎらせる。
  痛みと怒り。拮抗する精神と肉体が雁夜の命をつなぎ留め、拷問の様な間桐の修行を行わせ続けていく。
  耐えて、耐えて、ただ耐えて。
  体の中を別の生き物が這いずり回り、人の体を構成する肉が喰われてゆく痛みが雁夜の口から悲鳴を上げさせた。
  「ぐが・・・ががががががががが」
  それでも雁夜は耐え続ける。
  それこそが償いの道だと信じて―――。





  老魔術師、間桐臓硯。
  彼は魂を切り離して蟲に宿らせ、他人の肉や霊体を喰らって奪い形作る、おぞましい魔術の使い手であり、自分の操る蟲が人間にどんな影響を及ぼすかを熟していた。
  蟲がどれだけ人の肉を喰らえば絶命するか臓硯は知っている。
  どの箇所に蟲が潜り込めば人がより苦しむか臓硯は知っている。
  蟲に食わせる箇所を限定すれば、人は呆気なく絶命すると臓硯は知っている。
  それは繰り返し行われてきた延命の成果であり、蟲使いとして育まれてきた卓越した技術の結晶でもある。
  だから臓硯は雁夜が狂い死ぬであろう一歩手前で蟲の侵食を止めようと考えた。
  別に遠坂桜を救おうとしている雁夜の意思を汲み取った訳ではない。存分に雁夜が苦しむ姿を長く見続けるにはそれが最適だと考えたからだ。
  雁夜に言って聞かせた通り、臓硯は一年後に周期を迎える、第四次聖杯戦争に間桐から人を出すつもりはない。本命はあくまで遠坂桜が生むであろう子か孫であり、次々代の聖杯戦争だ。
  それでも雁夜の取引に応じたのは雁夜への誅罰と、打てる手は出来るだけ多く打つと言う打算に過ぎない。
  絶対に雁夜では聖杯戦争で勝てぬと確信しながら、サーヴァントのマスターになれるかどうかすら怪しんでも、可能性はゼロではない。
  だから、無茶をして雁夜を殺してしまえば、そこで楽しみが一つなくなってしまう。
  それはよくない。面白くない。望ましくない展開だ。
  加えて臓硯は遠坂桜が半日も蟲に嬲られ続けても、まだ息がある事実に驚きと喜びを感じていた。
  普通の人間に同じ処置を施せば一時間と経たずに狂い死ぬ。蟲が自分の体を犯す現実に耐え切れず、自ら命を絶つ者もいる。
  だが遠坂桜はその上を行った。
  蟲が喰らう魔力の多さ、蟲に犯されながらも壊れぬ体の頑丈さ。心の方は最早取り返しのつかぬところまで壊れているようだが、臓硯に必要なのはあくまで次代の魔術師を生み出す胎盤であり、遠坂桜としての自己は必要ない。
  あれでまだ十にも届かぬ小娘なのだから、成長すれば臓硯が望む間桐の魔術を継承する子を生み落すだろう。
  臓硯は背後から聞こえてくる雁夜の悲鳴に笑みを浮かべ、新たに手に入った遠坂桜と言う名の道具の出来の良さに、笑みをより深くする。
  人外の化け物、数百年を生きた妖怪、間桐家の実質的な当主、老魔術師マキリ・ゾオルケンは笑う。
  翌日。誰も想像していなかった事件が起きる事などつゆ知らず、間桐臓硯は笑い続けた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - FF6





  三闘神の力のほんの一画しか手に入れていない人間が同じ力を手にした人間に敗れ去る。
  数の利が作り出す避けようのない事実がゴゴの目の前に合った。
  ケフカが敗れ去り、崩れ行く瓦礫の塔と一緒に次々と幻獣の力を封じ込めた魔石が砕け散っていく。仲間達は三闘神の力が失われた事により、世界から魔法が消失していると考えているようだが、三闘神が自分の子供だと知っているゴゴの認識は少し違った。
  元々この星の生き物に力を与え、幻獣と名を改めさせたのは三闘神だ。
  そして、その三闘神の力の消失は世界に存在する幻獣が元々あった場所へ戻っていく現象だけの話だ。
  傍から見れば消えていくようにしか見えない。だが本当は違う。
  彼らは還っているのだ。
  三闘神という楔が消え、魔法と言う力の生みの親であるゴゴの中へと還って行くのだ。


  ティナ・ブランフォードがトランス状態になるのをゴゴは見ていた。
  「私について来て。残された最後の力を使って皆を導く!!」


  カイエン・ガラモンドが笑うのをゴゴは見ていた。
  「機械オンチも何とかなるでゴザルな!」


  セッツァー・ギャッビアーニが正解を引き当てるのをゴゴは見ていた。
  「今考えてることの逆が正解だ、しかしそれは大きなミステイク。お前の口癖だったな。ダリルよ!」


  マッシュ・レネ・フィガロが鉄骨を投げ飛ばすのをゴゴは見ていた。
  「俺は、兄貴に国を押しつけた訳じゃないぜ。兄貴は国を支える。俺は、その兄貴を支える。だから俺は強くなろうとしたんだ!」


  モグがクレーンで助けられるのをゴゴは見ていた。
  「ぬいぐるみじゃないクポー!」


  ウーマロが暴れるのをゴゴは見ていた。
  「ウガー!」


  ガウが道なき道を転げる様に進むのをゴゴは見ていた。
  「ガウ! ちかみち、ちかみち」


  ロック・コールが愛する人を助けるのをゴゴは見ていた。
  「絶対に離さないぞ! 絶対に!」


  リルム・アローニィが血の繋がらぬ祖父に話すのをゴゴは見ていた。
  「でもね・・・。本当の似顔絵をおじいちゃんに一度はかいてあげたいの」


  ストラゴス・マゴスが涙するのをゴゴは見ていた。
  「リムル・・・・・・よせい、こんな時に。かすんで前が見えんゾイ」


  シャドウが全てを清算する為に命を捨てるのをゴゴは見ていた。
  「ビリーよ。もう逃げずにすみそうだ。暖かく迎えてくれよ!!」


  エドガー・ロニ・フィガロが驚くのをゴゴは見ていた。
  「最後の魔石が!」


  セリス・シェールが仲間を思うのをゴゴは見ていた。
  「ティナ! もういいわ! あなたの力はもう・・・」


  ゴゴは見ていた。
  飛空艇で脱出する間も、ずっと彼らの姿を見ていた。
  仲間の一人、ティナが体に宿らせる魔法の力が―――三闘神の力が―――父親である幻獣マディンから引き継がれた力が―――ゴゴへと還っていく様子をずっと見ていた。
  そして世界最速の船を操るセッツァーが魔法の力を失ったティナを救いだし、一人の人間として生まれ変わったのティナを仲間たちが祝福するのをずっと見ていた。
  自らの行いを悔いて、自害を選んだが為に一人欠けた仲間たちの姿がゴゴの眼前に広がっている。
  飛空艇の風を受け、戦いを生き延びた仲間たちの姿がそこにある。
  彼らの目的は世界の救済。破壊の根源であり、世界の敵でもあったケフカが彼らの手によって滅ぼされ、ゴゴが同行する理由にした『俺も世界を救う』は達成された。
  厳密に言えば『救い』をどこまでの尺度に置くかによって『世界を救う』は大きく変容するのだが、ゴゴにとってはケフカの死亡と争いの神である三闘神が自分の元に還ってきた時点で、救済はほぼ完了したと言える。
  後は世界に生きる者が自分達で新しい世界を構築すべきだ。そこに魔法の力は必要ない。
  ゴゴは自分の中に還ってきた三人の子供達の力を感じながら、今後の為にもこの世界に留まるのは得策ではないと考える。
  ゴゴは別れを選んだ。
  新たなものまねを探すという理由もあったので、これまで居なかった『仲間』という存在に名残惜しさはあったが、それでもゴゴは彼らとの離別を選ぶ。
  ものまねと言う演技を終えた役者は舞台から退場するのが筋だ。ゴゴはこの世界にあるオペラ劇場とそこで戦った八竜が一匹、アースドラゴンの事を思い出しながら、飛空艇の船尾へと移動した。
  誰もがケフカを倒した後にあるであろう明るい未来を想像しているのか、風を切って突き進む飛空艇の上で前だけを向いており、後ろに移動するゴゴに意識をむける者はいない。
  シャドウの事を余所に置いた喜びは少し不謹慎かとも思ったが、それを言ったらゴゴのやろうとしている別れもまた仲間の意思を全く考えない行動なので、五十歩百歩である。
  まだこの星に魔法と呼ばれる力が存在しなかった時。三人の子供達を生み出してからこの星へと移動するためにゴゴはある魔法使った。それが再び行使される。
  次元に裂け目を作り『ここではないどこか』へと敵を放逐、あるいは移動する、成功率が極端に低い魔法。
  しかしこの世界に居た全ての幻獣の力と、三闘神の力が戻ったゴゴに失敗はありえない。力の強大さはそのまま確信へと変わる。
  誰にも気付かれず、ゴゴは右手を上げて横に振った。
  さようなら―――、皆。
  「デジョン」
  夜の星を思わせる次元の裂け目が飛空艇の船尾に開き、そこに飛び込んだゴゴは姿を消す。
  一瞬後。飛空艇ファルコン号の船尾にゴゴの姿は無かった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - Fate/Zero and FF6





  次元の隙間を移動する行為そのものが、人にとっては死に等しい。空気が無い場合もあるし、重力が無い場合もあるし、逆に魔力とか自然の猛威とか人にとっては危険すぎるものが溢れている場合もある。
  だが三闘神の力が還ってきて、元々持っていた全ての力を取り戻した存在に多少の猛威は問題にならない。体が切り刻まれようと、空気が無かろうと、それを覆せるだけの力が存在するのだ。
  星が一つ自分の体の中にあり、足りない分を内側から生み出していると考えればよい。
  力を三人の子供達に渡した状態でさえ、宇宙空間から生身で大気圏突入をやってのけた実績がある。かつての経験を積み重ねた、ものまね士ゴゴにとっては次元の裂け目など単なる通り道でしかない。
  今のゴゴにとって大切なのはものまね士として自分の知らぬことを物真似する事だ。
  人生の指針となる目標など存在せず、『こうしなければならない』という固定観念も無い。
  三闘神の力を手に入れたケフカが世界を壊し、その力以上の破壊をゴゴは手にしてしまった。知られれば確実に騒動の種になると知っていたからゴゴは仲間達と離れたのだ。
  今のゴゴには破壊に使える力の制限が存在しないと言い換えても良い。
  かつて過ごした大地と全く異なるであろう未知の場所に対する喜びがある。
  どんな場所に出るのだろう?
  人が地獄と呼ぶ場所だろうか?
  あるいはヴァルハラと呼ぶ場所だろうか?
  何の変哲も無い民家だろうか?
  壮大な自然が広がるどこかだろうか?
  生命の根付かぬ深海の底だろうか?
  あまりにも多くの知識を有するゴゴにとって未知とは歓喜だ。
  異次元へ通じるであろう呪文がどこに通じているのか判らない。それでもゴゴは『ここではないどこか』へ通じていると確信を持っていた。
  それがゴゴに戻った三闘神の力なのか、あるいは魔法を唱えた術者であるゴゴがそうなるように設定したからかは定かではないが。とにかくゴゴはどこかへ向かっている実感を持っていた。
  どこにいくのか? どこに出るのか? 目だけを外界に晒し、全身を覆い隠す衣装の中でゴゴはその時を待つ。
  程なく、宇宙を思わせる星の輝きしかなかった場所に光が差し、『切れ目』とでも呼ぶのが適切な出入り口がゴゴの目の前に現れた。
  空間を切り裂いて強引にそこに入り口を作ったかのような不可思議な光景。ゴゴはそれこそが次元移動の魔法『デジョン』の出口だと確信を持ち、躊躇いなくそこに飛び込む。
  常人ならば辿り着く事すら叶わない別の次元の出入り口。そこに飛び込んだゴゴの視界に写ったのは―――閉鎖された空間の中を埋め尽くす膨大な蟲の群れだった。
  まともな人間ならば、一目見た瞬間に恐れるか逃げるか立ち竦むであろう、おぞましい光景である。
  しかしゴゴの中にあったのは未知に対する新たな喜びだった。





  臓硯は雁夜との契約に則り。雁夜を蟲の苗床にする為、翌日もまた雁夜を蟲蔵へと放り込んだ。たとえ一日限りであろうと、雁夜に慣れが生じたのか、相変わらず蟲に体を嬲られて苦悶の表情を浮かべやかましい悲鳴を上げ続けているが、蟲に体を喰わせながらも気絶するまでの時間は確実に延びている。
  それは間桐の魔術を行使するための素養を感じさせる結果であり、雁夜への罰を与える時間が延びていく証明でもある。
  臓硯にとってはどちらでも喜ばしい事に変わりは無い。
  雁夜の痛みが、苦しみが、忍耐が、闘志が、後悔が、蟲を通して臓硯に伝わってくる。
  蟲蔵の中二階―――場所が地下で通路しかないからむしろキャットウォークやギャラリーと呼ぶべきかもしれないが、そこから蟲蔵の床の上に横たわる雁夜を見て、臓硯は口元に笑みを浮かべる。
  「雁夜。この調子ならばお主の望みも叶うやもしれぬぞ」
  聞かせるつもりなのかそれとも独り言なのか、臓硯自身にも意図の判らぬ呟きが言葉となって蟲蔵の中を満たす。ただ、どんな意味があるにせよ、言葉の中に喜びが混じっているのは紛れもない事実だ。
  雁夜に聞かせると言うよりも、むしろ自分の喜びを言葉にする事で再確認する。そんな呟きだ。
  その言葉が途切れた正にその瞬間、一秒前にはいなかった筈の人間が突如蟲蔵の中に降り立った。
  「ぬっ!?」
  変化はあまりにも唐突であり、前置きや予兆などと言った類のものは何一つ無かった。臓硯の工房でもあるこの蟲蔵では、臓硯こそが世界の中心といっても過言ではないので、判らない事など何一つ無い。なのに、その人間はそこにいた。
  「貴様、どこから入った」
  臓硯が声をかけると、その人間は顔だけを動かして上にいる臓硯を見た。すぐ足元に雁夜がいるのだが、現在雁夜は全身を蟲に覆い尽くされているので、予めそこに人がいると知らなければ判別出来ない。
  その人間の周囲にはおびただしい数の蟲が蠢いているのだが、そちらには見向きもせず声をかけてきた臓硯を見上げている。
  蟲などどうでも良いと言わんばかりのその反応で、余人が作り上げた常識に捕らわれる表の人間では無い事が予測できた。
  臓硯は眼を凝らしてその人間を見つめ、同時に蟲蔵の中を這いずり回る蟲の感覚も総動員してその人影の正体を探るため観察する。
  身長は160センチ程度。
  見目鮮やかな赤色のストールと目を引く黄色いマフラー、そしてと蒼と黒色の複数のマントを幾重にも重ね合わせて体格を隠しており。頭頂部には先を赤く染めた緑色の鳥の尾羽らしき物体が揺れて、左側頭部からは腕から指先までの長さに匹敵しそうな角がある。
  足の甲まで伸びたコートらしき物も相手の姿を覆い隠す役目を引き受けているが、足を覆う靴はつま先の部分だけが跳ね上がった作りで、どこかサーカスのピエロを思わせる道化染みた格好に纏め上げている。
  どこかのサーカスに登場する道化だったならば特に違和感は無いが、この人物が現れたのは間桐の蟲蔵なのだ。
  何の前触れも無くここに現れた時点で『普通』で括れる筈は無い。間違いなく、世間一般に流れるような常識とは一線を介する存在で、魔術や神秘があふれる裏の世界の住人なのは間違いない。
  故に臓硯は警戒する。
  この間桐家は聖杯戦争を作り上げた『始まりの御三家』と呼ばれる一角であり、常人の目には見えずとも魔術における防壁を幾重にも張り巡らせている。傍から見れば薄気味の悪い一軒家に見えるかもしれないが、魔術師の視点で見れば堅牢な要塞そのものだ。
  だと言うのに侵入者はその守りを素通りして蟲蔵にいた。
  蟲使いとして名高い臓硯には扱えないが、魔術の中には力の流動・転移、すなわち何かを他のものに移すことに特化した魔術がある。これは始まりの御三家の一つでもあるアインツベルンに伝わる特性だ。
  ホムンクルスの製造などで精神のコピーや物体の生成に使われる技法だが、物体をA地点からB地点まで移動させる術となると更に高度な魔術の力量が必要となる。
  魔法や大魔術とはいかないが、それでも未熟な魔術師が行えるものではない。
  忌々しい事だが、数百年の時を生きた臓硯でも場所を移動する意味での『転移』の魔術は使えない。蟲を一つの端末として操って多くの場所の情報を一度に手に入れたり、あたかもその場所に臓硯がいるような実体を持った偽者を作り出す事は可能だが、臓硯の本体がそこに移動する訳ではない。
  臓硯は警戒する。しかし、侵入者がいる場所が蟲蔵であるという事実にほくそ笑む。
  間桐の蟲蔵は臓硯の腹の中と言っても過言ではなく、そこに存在する蟲は間桐の魔術そのものと言ってもよい。
  間桐の秘術であり、魔術師が魔術を行使する場合に用いる魔術回路の代わりを成す刻印虫。
  ひとたび牙を立てれば、猛牛の骨をも砕く肉食虫である翅刃虫。
  そして桜の教育と言う名の虐待に用いている淫虫。
  その他にも蟲の種類は数多く存在し、総数に至っては間桐の当主である臓硯自身ですら把握しきれぬ量である。
  その中に紛れ込んだ人間一人。いや、相手が高位の魔術師だったとしても、蟲を総動員すれば負ける道理は無い。
  それでも延命に延命を重ねてきた老魔術師は、絶対的優位の中で微かに残る警戒心を働かせた。
  『自分に気付かれずに蟲蔵の中に入ってきた』、この事実を臓硯は重く見て、脳裏に現代において真に魔法を行使でいる使い手―――魔術師ではなく魔法使いである五人の存在を思い浮かべる。
  名をキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。そいつが操る第二魔法は平行世界の運営であり、平行世界の行き来が可能な魔法だ。
  臓硯は一瞬、蟲蔵の中に現れた結果を平行世界の移動と結びつけて考えるが、目の前に立つ人物が放った言葉により思考は否定された。
  「俺は、ゴゴ。ずっとものまねをして生きてきた」
  「何?」
  「そうだ。お前のものまねをしてやろう。お前は、今何をしているんだ?」
  突如語られる自己紹介に臓硯は間を置かずに問うが、出てきた言葉は臓硯の求める言葉ではなく問いかけだった。そこから臓硯は相手の言葉を待つために言葉を置くが、続く言葉は無い。
  男の声にも女の声にも聞こえる不思議な声音はそれ以上続かなかった。
  再び両者の間に睨み合いと沈黙が降り立ってしまう。
  この時、臓硯は知らぬことだったが、ゴゴと名乗った人物はかつてここではない別の場所、三角島と呼ばれた島の地下で、世界を救おうとしていた者達と対峙した時と同じ言葉を喋っていた。
  それは誰でもなかった者がものまね士ゴゴとして名と形を与えられてから、ものまえをする場合に必ず最初に行って来た事だ。
  ものまね士ゴゴの生誕の儀式とも言える。
  しかし、臓硯には見も知らぬ他人に起こった過去など知りようが無い。そしてその時話した言葉も、ゴゴがどんな結論を出したのかも臓硯は知らない。
  続く言葉が無かったので、臓硯は事態を動かすために蟲による攻撃を決める。いつまで睨み合っても事態は好転せず、事態のイニシアチブを取るのならば蟲による攻撃こそが有効な一打であろう。
  知らないのなれば知ればいい。
  敵であるならば屠ればいい。
  喋らぬならば喋るように差し向ければいい。
  何の益にもならぬ愚鈍な輩ならば新たな体の苗床とすればいい。
  蟲蔵という自陣が臓硯の気を大きくし、相手が何らかの動きに出る前に拘束しようと老魔術師の頭は思考する。
  「何者かは知らぬが、この間桐の蟲蔵に潜り込んだのが運の尽きよ。どんな魔術を用いてここまでやってきたかは知らぬが、全て洗いざらい吐いてもらおう」
  絶対的優位に立つ魔術師として、臓硯はゴゴと名乗った人物に命令する。
  命乞いがあろうと、臓硯を止めようとする言葉が出てこようと、全方位を囲まれた状況で戦う意思を見せようと、最早臓硯の中には相手を無力化する未来しか存在しない。
  反論の余地は無く、蟲蔵の主である臓硯がそうと決めたのならば、それは最早覆る事のない摂理なのだ。
  自分の工房を大切にする魔術師ならば、侵入された時点で罠が発動して殺されても文句は言えない。だから臓硯は、言葉を挟むだけ自分の対処が優しいものだとすら考えていた。先にあるのが数百、数千の蟲に嬲られる未来だろうと、対処そのものは穏やかだと考えていた。
  故に臓硯は自分の優しさに笑みを浮かべながら虫達に指示を出す。四肢を食い千切り動きを止めよ―――と。
  間桐臓硯は自らが持つ魔力を全て蟲の使役に注ぎ込んでおり、炎を放ったり、水を生み出したりと行った、万人が抱く目に見える形での『魔術』の行使は行えない。
  その代わり、操れる蟲の数は膨大であり、自分の体を構成する蟲に様々な条件を負荷して用途を使いこなすなど、使い勝手は幅広い。
  臓硯本体の魂を収めた蟲を破壊されない限り、何度でも他人の肉を取り込んで再生する事も可能であり、数百の蟲を犠牲にして自分を生かすという離れ業もやってのける怪物だ。
  そんな人外の者が発した命令に従い、蟲蔵にいる蟲全てがゴゴに向かって蠢いた。
  雁夜の上に乗って這いずり回っている蟲も、臓硯の足元で共に蟲蔵の中を眺めていた蟲も、壁にある穴の奥深くで眠っていた蟲も、ありとあらゆる蟲がゴゴに向けて殺到する。
  飛び上がる蟲、羽を羽ばたかせる蟲、足元から這い上がる蟲、壁の高い位置から落ちてくる蟲。蟲―――、蟲―――、蟲―――蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。
  ここで臓硯に過ちがあったとするならば、それは敵の力量をあまりにも低く見積もっていた事だろう。
  間桐の魔術を行う者にとっては聖域とも呼べる蟲蔵への侵入者で視野が狭くなってしまったのか。雁夜と桜へ向けた喜悦が臓硯の目を曇らせたのか。自陣であるが故の油断か。自分を含めた大勢の仲間―――蟲の数があまりにも多すぎたからか。
  何にせよ、臓硯は蟲に下した命令が完遂され、地に伏す不届き者が雁夜の他にもう一体出来上がると確信する。それがそもそもの間違いだったのだのだ。
  臓硯は蟲に命令を下す時に気が付くべきだった。
  淀んだ水の臭いとすえた蟲の臭いが篭る間桐の蟲蔵を包み込むように得体の知れない何かが結界のごとく間桐邸を包んだ事実に―――。


  「バニシュ」


  蟲蔵の中にいた虫の中で最初の一匹がゴゴの体に到達する直前、ゴゴは小さく呟いてシングルアクションと呼ばれる一工程のみで起動する魔法を、臓硯や雁夜にとっては魔術に分類される神秘を実現させた。
  ゴゴは体を押し潰さんと押し寄せてくる虫の壁を、波を、雨を、大群を見ながら、その向こう側にいてこちらを見下ろす臓硯を見据える。
  観察し模倣する。
  見聞し模倣する。
  想像し模倣する。
  かつて切り離した三闘神の力を取り戻しても、ものまね士はものまね士のままなのだ。
  故にゴゴはものまね士として言葉を放つ。自分を害する者に向かい、ものまね士として自らの決定を告げる。
  「そうか。俺を殺そうとしているのか。では、俺もお前を殺すものまねをしてみるとしよう」
  臓硯は奇抜な衣装など完全に見えなくなった虫の塊―――すなわち数百を超える蟲によって覆われている中から聞こえる声を聞く。
  本来であればそれはありえぬ事象だ。
  臓硯が指示を出した蟲の中には人の肉を好物にする虫もいるし、一噛みするだけで神経に入り込んだ毒が人体の動きを止める蟲もいる。かまれたら最後、痛みで苦しみもがき、落ち着いて喋るなど、絶対に出来なくなる筈なのだ。
  教義に存在しない異端を力ずくで排除する戦闘信徒、すなわち聖堂教会の代行者と言えど、一人ならば間桐の数百の蟲を前にしては一般市民と何ら変わりがない。
  今ある未来は存在しない。いや、してはならない。
  加えて、臓硯は声が聞こえてきた事実に驚きつつ、操る蟲から伝わってくるおかしな状況に疑問を抱いていた。
  臓硯の目の前で、蟲が侵入者の体を壊している。その筈なのに、蟲から伝わってくる情報には服をすり抜け、皮を裂き、肉に喰らい、骨をかじり、血をすすり、命を捕食する感触が何一つ無かった。
  何かがおかしい。
  疑問を覚えてからそう思うまでの数秒間。ものまね士ゴゴと敵対したならば決して許してはいけない時間を作り出してしまう。
  臓硯が別の策を講じるよりも早く、蠢く蟲で形成された塊の中から呪文が響いた。


  「グランドトライン――」


 再び、一工程シングルアクションの魔術が行使され、蟲蔵の中に劇的な変化をもたらした。
  臓硯は声が聞こえた一瞬後、思考に費やそうとした時間を強制的に奪われる羽目になる。
  臓硯は蟲使いだが、それは数ある魔術を知らぬと同義ではない。むしろ数百年の長きを生きる老魔術師が積み重ねた知識と経験は一介の魔術師程度の生涯では追いつけない蓄積だ。
  だが、その知識を持ってしても目の前で巻き起こっている変化の正体を即座に看過するには至らなかった。
  臓硯の眼には光としか言えない白い三角形と闇としか言えない三角形の二種類を捕捉した。
  それは薄暗い蟲蔵の中でも見違えようの無い正三角形を形作り、空中に浮かんで回転を続ける。
  重さも厚みも感じない幻影のような三角形が膨れ上がり、不規則な渦のように蟲蔵の中を隙間無く撫で回す。
  二つの三角形が蟲を通り抜けても何も起こらず、本当に目に見えるモノが存在するのかすら怪しくなる何かが蟲蔵の中にあった。そして二つの三角形も互いに接触したり、蟲蔵の中央にある蟲の塊にも触れるが何も起こらなかった。
  これは何なのか?
  何が起こっているのか?
  未知ゆえに臓硯が疑問を覚えてしまうのは無理は無く、目の前で起こる現象に眼を奪われる。その時間は三秒にも満たぬ短い時間だったが、二つの三角形は蟲も、身動き一つできぬ雁夜も、臓硯すらも通り抜ける。
  それでも起こる変化はなく、臓硯の指示によって敵を無力化しようとする蟲が敵に向けて殺到し続けていた。
  「・・・見せ掛けだけの児戯ならば無駄であったな」
  臓硯は自分を通り抜けた三角形に落胆を隠し切れず、胸の奥から湧き上がる喜悦を抑えられない。
  臓硯は人々が抱く『善』よりも『悪』を好み、他者の苦痛に愉悦を感じる破綻者だ。蟲の攻撃が実を結んでいない現状におかしさを覚えずに入られなかったが、それ以上に間桐の蟲蔵まで察知されずに侵入してきた魔術師を屈服させる姿を思い描くと喜びばかりが湧き出てくる。
  行使された魔術が見た目だけの幻ならば意味は無い。存分に弄って、嬲って、なぶって、なぶり尽そう、そう考えた次の瞬間。蟲蔵の中を埋め尽くすほどに大きくなった二つの三角形が消え―――。


  ブチッ
  、ブチ
  ブチブチ
  ブチブチ、ブチブチ
  ブチ、ブチ
  ブチ、ブチ、ブチ
  ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチ


  蟲蔵の中にいた蟲の全てが弾けた。
  「なっ!?」
  臓硯は起こった事実に驚愕を抑えられず、初めて神秘を目の当たりにした表の住人のように、驚きを顔に貼り付けて蟲蔵の中を見下ろしてしまう。
  敵全員に向け三角形のエネルギー体を放出。魔術に対する抵抗力を無視した無属性大ダメージを必ず与える攻撃など、臓硯にとっては理解の範疇外であり、起こった事実には驚き以外の何の感情も挟めない。
  驚きしかない。それでも臓硯は目の前で起こっている事実について思考していた。
  そして二度目の驚愕を味わう事になる。
  臓硯と蟲蔵の中にいる全ての蟲は臓硯自身の魔術回路を介して繋がっており、虫の全てが臓硯だと言っても過言ではない。もっとも提供している魔力と扱いの粗雑さを合わせれば精々が使い魔と同等なのだが、それでも蟲の状態は全て臓硯の知るところである。
  その反応が何一つ無いのだ。
 信じがたいことだが、一工程シングルアクションの魔術であるにも関わらず、蟲蔵の中にいた虫全てが死に絶えたと認めるしかない。
  更に、臓硯を驚かせているのは臓硯自身と床で寝転がっている雁夜が傷一つ負っていない事実だ。相手からの攻撃は蟲蔵の中にいる蟲に限定され、壁をくり貫いて作られた暗闇の中にいる蟲の全ても葬り去られている。
  それはどんな神業だろう。あるいはどんな魔技だろう。
  とてつもない威力と精度の高い攻撃を一瞬でやってのけた事実。時間をかければ並みの魔術師でも可能だし、化学兵器を持つ普通の人間でもやろうと思えば不可能ではない。だが、数秒にも満たない限られた時間ともなれば話が別だ。
  それは数百年の時を生き、様々な魔術を目にしてきた臓硯にしても初見の精密さだ。それこそ伝説で語り継がれるような英雄でもなければ不可能な所業である。
  そして蟲蔵の中央で侵入者の動きを拘束し塊となった虫たちが一斉に零れ落ちた後―――そこにいる筈の道化染みた格好の侵入者の姿が無かった時、臓硯は三度目の驚愕を味わう。
  蟲の塊の中から声を出したのは聞き違いではない、故にそこには侵入者がいなければならない。
  だが現実は臓硯の予想を大幅に裏切り、全ての蟲が死滅した蟲蔵の虚しい光景だけを写し出している。


  「お前を殺すものまねをしてみるとしよう」


  誰もいないはずの場所から、何も見えない場所から、何故か虫達の死骸で落ちない床の上から。その声は聞こえた。
  言葉が示す意味は侵入者が語った言葉をもう一度繰り返しただけに過ぎない。しかし、そこから臓硯が受ける印象は天と地ほどに変わっており、『喜悦』は一瞬で『恐怖』に切り替わってしまう。
  見えないが間違いなくそこにいる。
  魔力の欠片も感じないが蟲蔵の床に立ち、臓硯を見上げている。
  侵入者はそこに立ち、敵意を持って対している。
  臓硯も知識では不可視の魔術が存在する事を知っているが、それは人の眼から存在を消す人払いの結界を強力にしたようなもので、魔力の残滓どころか物理的な攻撃が全く効かなくなる魔術ではない。
  魔法ではないが、ただの魔術である筈も無い。そうやって、相手が行使している魔術を意識した瞬間、臓硯は自分の失策を呪った。
  「貴様!」
  大切な蟲を皆殺しにされた事実が臓硯の意識を沸騰させるが、同時に老魔術師としての思考が目の前の敵を脅威と捉えていく。
  蟲蔵に難なく侵入できた者ならば、蟲蔵の中身ごと破壊できる手段を持っているかもしれない。そう考えるべきだった。理解の範疇の外側ではあるが、数百、数千の蟲を全て破壊できる手段を持つ者かもしれないと考えるべきだった。
  聖杯戦争を作り上げた一人だからこそ、大聖杯が英霊を呼ぶ以外の手段もあると―――見えないが眼前で相対する侵入者が英霊である可能性も考慮すべきだった。
  しかし全ては遅すぎた。
  臓硯は怒りを一瞬で沈め、自分が生き残る事のみを最優先にする。そうしなければならないと思考よりも前に本能が訴えた。
  逃げなければならない。生き延びなければならない。不老不死を手に入れなければならない。もっともっともっともっと生き永らえなければならない。
  臓硯の本体の魂を収めた蟲は今現在、人の形をした臓硯の心臓の位置にあるのだ。もし蟲蔵の中の蟲に紛れ込ませていれば一撃で殺されていたので、幸運と言えば幸運だが、二度目の幸運は臓硯自身が作り出さなければならないのだ。
  逃げろ。
  逃げろ。
  逃げろ―――。


  「オーラキャノン」


  間桐臓硯と言う人間を形作る蟲の群れ、特に心臓の位置にある本体を逃がすため、人の形を捨て去った臓硯は本体を囮に紛れ込ませて、四方八方に蟲を散らばせようとした。
  だがその前に見えない場所から離れた言葉が―――次の瞬間そこから生まれた白い閃光が間桐臓硯を形作っていた全ての蟲を飲み込む。もちろん本体の魂を収めた蟲もろともだ。
  光に呑まれた瞬間、臓硯は見た。
  腰まで伸ばされた銀の髪。宝石に似た光を帯びた紅の瞳。けれど上から下までを眺めればどうしても『白色』を思わずにはいられない女性。冬の聖女と呼ばれ、今も冬木の地で大聖杯形成する魔術回路として存在し続ける魔術師ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンを。
  死に際の幻かもしれないが、臓硯は確かにかつて相対した彼女の姿を眼に焼き付けた。
  その一瞬後。白い光は臓硯が声を出すよりも早く、臓硯の本体を収めた蟲も、他の蟲も一緒に焼き尽くす。
  殺されたと認識するよりも早く、邪悪を滅する聖なる波動が臓硯のいた場所を通り過ぎた。
  光が消えた時、臓硯の立っていた場所に残るモノは何一つ存在しなかった。





  雁夜には何が起こったのかさっぱり判らなかった。
  死んでもおかしくなかった激痛と消耗、そして薄れ行く意識。
  気絶しなかったのは二日目だからと言う慣れかもしれないが、雁夜は気絶一歩手前の希薄な意識の中で虫が這いずり回る音ではない別の音を耳にした。
  一時中断した虫の侵食の中、彼を覚醒へと導いたのは蟲蔵の中とは思えない蟲の徘徊とは異なる振動であり耳に届く声だ。
  本来であれば、蟲蔵の中には臓硯の蟲と自分しかいない筈。故に雁夜は真っ先にここにいてもおかしくない、もう一人の人物を思い浮かべる。
  (まさか・・・桜ちゃんが・・・?)
  臓硯は雁夜が虫に馴染むまで一時的に桜への教育―――雁夜にとっては拷問か虐待にしか思えないが―――それを一旦止めると口にしていた。だが同時に、雁夜が聖杯を持ち帰るまでに教育を続行するとも言っていた。
  臓硯は桜がどれほどまで耐えられるかを実験した過去がある。
  ならば雁夜と桜が同時に苦しむ姿を見るために、二人を一緒に蟲蔵の中に放り込む可能性はゼロではない。
  雁夜はありえる可能性を脳裏に思い浮かべながら意識を保ち、殆ど動かぬ体で首だけを動かして眼を見開いた。そうやって見た蟲蔵の中には、雁夜の想像を根本から裏切る、訳の判らない光景が広がっていた。
  自分のすぐ近くに立っているこいつは一体誰なのか?
  何か言っているようだが蟲に遮られて聞こえない。何と言っているのか?
  薄暗い蟲蔵の中に別の光が見えたがこれは何なのか?
  状況の変化に理解が追いつかない。そもそも殆ど動かない体と、か細い意識で起こっている事態に追いつけと言う方が無理だ。
  だから雁夜は起こっている事態をただ見続けた。
  いつ途切れてもおかしくない意識の中に見えるのは戸籍上の父の姿。おぞましい間桐の魔術を今に伝え続ける妖怪、その間桐臓硯が指示を出したのか、雁夜の上で蠢いていた蟲が一斉に動き出す。
  雁夜の嫌悪する魔術師という人間は、自分の工房に許可した者以外が立ち入る事を極端に嫌い、秘匿すべき魔術が外に出ると判断した場合は人の命すら容易に奪う。
  傲慢であり独善的であり、自分こそが正しいと信じ込んでいるどうしようもない生き物、それが雁夜の思う魔術師だ。
  もちろん雁夜がそうであるように、中には一般的な良識や正義感を持ち合わせた魔術師もいるだろうが、それは少数に当たる。臓硯は雁夜が忌み嫌う魔術師そのものであり、外道と言い切っても間違いない性根の持ち主なのだ。
  故に突如として現れた何者かに攻撃を加えるのは魔術師しては当然の選択だ。雁夜自身、臓硯ならば蟲を使って攻撃しようとするなど、息をする位に当たり前にやってのけると確信を持っている。
  単なる一般人と同程度の力しか持っていない雁夜だが、使い魔に造詣深い家系である間桐の魔術、その中で頂点に位置するであろう臓硯の力量の高さはよく知っている。
  見た目は年老いたひ弱な人間にしか見えないが、臓硯が本気を出せば雁夜など足元にも及ばない力を行使できる。だからこそ雁夜は武力ではなく交渉で桜を救おうと考えたのだ。
  数十か数百かに分裂した間桐臓硯を形作る蟲の集合体。それら全てを滅ぼすよりも聖杯戦争に勝利して聖杯を得る方が可能性が高いと考えたからこそ雁夜は今、蟲蔵にいる。
  人の力では臓硯を滅ぼせない。
  卓越した魔術師であっても臓硯は滅ぼせない。
  聖杯戦争で呼び出す特殊能力を有した英霊でもなければ、物量で補われた全ての蟲を滅ぼすなど不可能である。
  それが雁夜の出した結論だった。
  だが雁夜にとって越えられぬ壁と思っていた間桐臓硯が―――蟲蔵の中にいた数えきれない蟲の大群が、等しくその命を散らした。
  臓硯に至っては極太の白いレーザーらしきものが放たれたと思った次の瞬間には消滅していたのだ、全てを見ていなければ魔術で逃げたと思ってもおかしくない呆気なさである。
  雁夜には何が起こったのか判らなかった。何故こんな光景が目の前に広がっているのか判らなかった。
  冷静に考えられるならば、『臓硯が死んだ』と『桜ちゃんはもう間桐の魔術に染まらずに済む』が歓喜と共に湧き上がるかもしれないが、今の雁夜にはそこまで考えられる余裕がない。
  ただ、蟲をあっという間に駆逐して、間桐臓硯をあっという間に無力化した存在が床に倒れる雁夜の前に立っている事実は嫌でも理解できる。そいつは躯となった虫を払いのけ、埋もれていた雁夜の頭を掘り出すと、眼と眼を合わせて言ってきた。
  つい先ほどまで透明に見えていたのは雁夜の錯覚だろうか?
  「俺は、ゴゴ。ずっとものまねをして生きてきた」
  相手の声が伏した雁夜の耳に届いた。
  人の命などなんとも思わない魔術師の同類が雁夜を見下ろしている。
  蟲蔵の中に充満する鼻が曲がりそうな強烈な臭いの中で、言葉だけが響いている。
  「お前のものまねをしてやろう。お前は、今、何をしているんだ?」
  とてつもない力を持つ何者かに恐怖して、雁夜から余計な思考はすり減らされた。
  痛みによって多くを考える余裕はなくされた。
  言わなければ、殺されるという危機感もあった。
  間桐の虫達に食われた体が疲労の極限に合った。まだ死んでいないのが不思議なくらいである。
  だから雁夜は自分の中にある決意―――捨てたかった間桐の魔術をもう一度手にしてまで、救いたい存在の事だけを思い浮かべる。いや、それ以外の事を考えられなかったと言う方が正しい。
  雁夜は好いた幼馴染よりも。今、現在。近くに居る少女の事だけを思う。
  結果、問いに対する答えにもならない不鮮明な言葉の羅列が紡がれた。事情を知らなければ意味すら判らぬ戯言である。
  「俺、は・・・・・・。桜・・・ちゃん、を――・・・。救・・・・・・う・・・・・・」
  魔術の修行により磨り減った体力。突如現れた侵入者への緊張。臓硯の消失が生み出した形容しがたい衝撃。幾つもの条件が重なり合って、雁夜の言葉はところどころが掠れてしまい、口から出てきたのは耳を澄ましてようやく聞き取れる弱弱しい声だった。
  そうやって意思を言葉にした時点で遂に雁夜の体に限界が訪れ、雁夜の目の前は真っ暗になっていく。
  あまりにも衝撃的な事が多く起こりすぎて、無意識に体が無理をするのと嫌ったのか、または脳が強制的に休息を欲したのかもしれない。
  薄れ行く意識の中で雁夜は聞いた。


  「そうか。お前は『桜ちゃん』を救おうとしているのか。では、俺も『桜ちゃん』を救うものまねをしてみるとしよう」


  ゴゴと名乗った何者かの言葉をしっかりと聞いた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.030439138412476