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No.31282の一覧
[0] 【ネタ・処女作】ブレイン・バースト・バックドア【アクセル・ワールド・オリ主】[カヱン](2012/01/22 16:43)
[1] [カヱン](2012/01/23 00:45)
[2] [カヱン](2012/01/23 15:30)
[3] [カヱン](2012/01/24 09:21)
[4] [カヱン](2012/01/25 11:25)
[5] [カヱン](2012/01/26 11:57)
[6] [カヱン](2012/02/07 23:36)
[7] [カヱン](2012/02/08 20:33)
[8] [カヱン](2012/02/10 16:28)
[9] 10[カヱン](2012/02/11 19:09)
[10] 11[カヱン](2012/02/12 19:40)
[11] 12[カヱン](2012/02/13 14:20)
[12] 13[カヱン](2012/02/16 11:43)
[13] 14[カヱン](2012/02/17 23:39)
[14] 15[カヱン](2012/02/18 23:29)
[15] 16[カヱン](2012/02/19 21:22)
[16] 17[カヱン](2012/02/21 17:24)
[17] 18[カヱン](2012/02/22 15:45)
[18] 19[カヱン](2012/02/24 02:52)
[19] 20[カヱン](2012/02/24 19:10)
[20] 21[カヱン](2012/02/25 17:45)
[21] 22[カヱン](2012/02/27 01:57)
[22] ブレイン・バースト・バックドア第二部[カヱン](2012/03/11 01:08)
[23] [カヱン](2012/03/11 22:13)
[24] [カヱン](2012/03/12 23:37)
[25] [カヱン](2012/03/15 14:37)
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[31282] 22
Name: カヱン◆bf138b59 ID:1e77003e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/27 01:57
 素っ気ない電子音が脳内に響いた。ニューロリンカーの覚醒アラーム音だ。
 ぼんやりと目を開けると、視界の仮想デスクトップに表示された時計がちょうど午前四時を示していた。相当に早い時間だったが、コウジは起きれた。海外で行われるプログラミング関連のイベントの生中継を見るためにこの時間に起きることもあるからだ。
 体を起こすべく、おもむろに首を動かす。カーテンの隙間から見えた外の様子はまだ暗かった。今日は日の出より早く起きる必要がある。そう自分に言い聞かせ、まだ眠くはあったが起き上がればなんとかなる、という気分で体を持ち上げた。
 パサリと自分にかかっていた毛布がずれ落ちた。同時に寝ていた姿勢もソファーで座りながらではなく、ソファー前の絨毯の上で横になっていたことに気づいた。
 どうせ寝始めてからソファーから落ちて、それに気づいた詩音先輩が毛布を掛けてくれたのだろう。そんな先輩に感謝しつつ、リンカーによる暗闇向けの視覚補正の入った光景を見渡そうとした、が普通に考えれば、先輩は寝室で寝ているはずだ。見渡すのをやめて、一度あくびをした。
 数時間ほどしたら、毛布の感謝と詩音先輩向けの来る時間、なぜなら早く出かける必要があるのは自分だけだからだ、をメールで連絡しないとな、と思った時だった。
 もそっと何かが横で動いた気がした。すぐに顔はそちらに向けられた。
 コウジが起き上がって毛布が引っ張られたせいか、水色のパジャマとそれがめくれ上がった結果が見えていた。そのまま、そこを見ていたい本能的な欲求をこらえつつ、視線を自分の横の方にずらす。小さな寝息を立てている詩音先輩の顔がそこにあった。
 毛布が剥がれて寒かったのか、詩音はすんと鼻を小さく鳴らした。そんな表情にどきりとして、顔から目を逸らす。すると再びパジャマがめくれた方を見てしまった。丸見えになっているおへその下の方のパジャマのズボンから、白いものがはみ出ているのに気づく。暗闇の中でも白色って増幅されて表示されるんだ、なんて思考では脳を埋め尽くすことはできなかった。それ気づいた瞬間、かなり大きな音で咳き込んでしまった。
 その音で目が覚めたのか、お腹がぴくっと動いて、詩音が起き上がった。目を細く開いた、そんな表情でコウジを見てきた。
「あれー? コウジ? おはよー?」
 いつもよりおっとりした詩音の声だったが、どんな顔つきで言ったのかは、その言葉が始まる前にコウジは顔を逸らしたのでわからなかった。
「おはようございます。詩音先輩」
 顔を逸らしたまま発した声は、いつもよりこわばっているのが自分でもわかった。
「朝早いねー」
「今日だけです。先輩はまだ寝てていいですよ」
「ううん。コウジがやるときは一緒にやるよー」
 詩音の声はまだまだ寝ている感じもあったが、はっきりしてきた。なんと答えればいいか困っていると、詩音が言った。
「じゃあ、着替えてくるねー」
「はいどうぞ」
 詩音は立ち上がろうとしつつ、思い出したように聞いてきた。
「あ、毛布持っててもいい?」
「いいです」
 詩音は毛布を掴みつつ、リンカーに命じたのか部屋の電気が付けられた。日がまだ昇っていないため、暗闇なりの明るさだった室内は突然真っ白に明るくなる。リンカーの視覚補正はそれに何とか追随して、コウジの視界をクリアにした。
 詩音先輩が立ったので、水色のパジャマのはだけ具合は直っていた。掴まれていた毛布は妙にファンシーな柄。恐らくそのまま毛布を片付けに自室に向かうであろう先輩の後ろ姿を目で追った。コウジは一つの推論に達した。もしかするとあの毛布は、先輩が普段使っているやつではないだろうか。そう思ったが、それ以上は気にしないことにした。
 何分か経って戻ってきた詩音先輩は制服に着替えてきていた。もちろん、自分は昨日から制服のままだ。「おまたせ」と言った口調はもういつもの詩音先輩だった。その先輩に緊張の様子はなく、自分だけが心臓の動きを加速しかけたことが恥ずかしくなって、また、心拍数が上がった。先輩は今日は学校に向かうことを覚えていて、ちゃんと制服を着てきたんだ、とどうでもいいことを気にすることにして、さっきまでの出来事を頭から追い出した。
 なんとか平常通りと自称できる程度の脳内に戻していると、対面式の台所に立っていた詩音先輩の声が聞こえた。
「朝ごはん、おにぎりでいいかな?」
「はい」
 相当に生活力が高いことに気づく余裕もなく返事をしてしまう。
「あ、もしかして、急ぐ?」
「えーっと」
 と、言葉を止めて、頭の中を完全に平常に切り替えていく。
「はい。できれば、早い方がいいですが……」
「じゃあ、持って行って学校で食べよ?」
 台所から微笑みかける詩音の提案をコウジは断れなかった。

 空が朝焼けに染まる中、コウジたちは中学校に着いた。コウジが先導する形で裏門へと向かった。
「鍵掛かっているよね?」
「開きますから大丈夫です」
 門の直前で言われた詩音からの疑問にコウジは軽く答えた。アイツらのリアルを割るため生徒会のネットワークに侵入した時、飼育委員の学校インスタンスキーなら二十四時間三百六十五日いつでも自由に学校に入れることを知った。コウジはリンカーセキュリティーの観点だけから、動物の世話のためとはいえ杜撰すぎるのではないかと思った。が、そんなことは学校に指摘したりせずに、そのキーのコピーを入手していた。
 裏門の金属製の門のノブをひねると、リンカーに通信が飛び、キーが認識されて、カチャンと錠が落ちる音がした。
「あのさ、これ怒られないの?」
 扉が開くと同時に詩音が聞いてきた。内容の割には不安さを感じなかったので、コウジは気楽に答えた。
「バレたら怒られますよ。まあ、バレるのも早くて月曜日です。今日じゃなきゃ十分。だから、先輩は後でいいって言ったんですけどね」
「ううん、一緒にいくよ」
 詩音は小さく首を振って、先に校内に入った。コウジもそれに続いた。
 普段は来ないような時間帯に普段は使わない校舎の通用門を使っているせいか、詩音先輩は少し楽しそうだった。そんな先輩を落ち着かせつつ、リンカー部部室に向かうことを伝えた。そうして、一緒に向かっていると詩音がおもむろに聞いてきた。
「で、何するの?」
「昨日の実験と同じです。まずは詩音先輩ん家のローカルネットにやったことをします」
 そう言うと詩音は今日の本番に置き換えて言ってきた。
「学内ローカルネットのハッキングだ!」
「それです。今日の学内の全通信を監視・操作可能にします」
 コウジが軽々言ってのけたことに詩音は楽しそうに笑った。
「五島君、やっぱりすごいね」
「僕の力じゃなくて、汎用のクラックツールの力ですけどね」
 コウジは苦笑いしながら答えた。通常レベルのセキュリティ、もちろん普通の学校レベルが含まれる、のネットワークをハッキングする、生徒会ネットワークに侵入したときもお世話になったツールを今日も使うつもりである。
 リンカー部の部室は詩音が開けた。部屋は立ち並ぶマンションの隙間から昇ってきた太陽が眩しいぐらいに照らされていた。
「あ、綺麗……」
「そうですね……」
 十秒ぐらいその光景を見て、コウジは太陽を背に座った。そんな実務的なコウジを詩音は面白そうに見て、隣に椅子を持ってきて座った。
 詩音の作ったおにぎりは程よい塩加減でおいしかった。具はスーパーの化学調味料の旨みが効いた梅干しだったが、それで十分だった。
 二つおにぎりを頬張るとコウジは作業を本格化させた。ハッキングツールとは言え、アイコンを叩けば、簡単スタートというわけにはいかないからだ。いくつもの現状のネットワーク状態を確認し、自動解析するのに最適なパラメータを設定していった。
「ハッキングでどうするの?」
 コウジは詩音の疑問の粒度を適当に判断して、作業しながら説明した。
「全接続情報をそこのサーバーに一度通します。それだけです」
 コウジは視線だけで部室に置いてあるサーバーを指した。去年、残念先輩が部長の時、どうして引っ張ってこれたのかよくわからない額の部費でコウジが買ったものだ。
「学校ある日は八百人接続するのでパンク間違いなしですが、今日の練習試合なら多くて百人です。このマシンで持ちます」
「ふーん。バレないの?」
「平日、というか、ネット管理の高木がいたら、こんな大掛かりなのは即バレですね」
 コウジは情報の授業を担当する教員の名前をあげて言った。
 この教員のレベルも大体わかっている。生徒会経由のデータベース覗き見には気づかない程度だ。コウジの宿題コピーロック外しに対抗しようとし、コウジ以外の生徒による低レベルなネットワーク侵入ですぐに呼び出しする様子からも、気づいているが野放しにする人物ではなさそう、ということから技術力はその程度なのだろう。
 とはいえ、今回は通信内容を書き換えるレベルでの侵入を行う。それはさすがに気付かれる。だからこそ、高木が来ない日曜日しかできないことだった。
 それをバレないように行うことはコウジはできない。だから、それは素直に言った。
「ぶっちゃけ、ネットワークはそこまで詳しくないんです」
「意外だなあ」
 詩音は本当に楽しそうに言った。コウジはそれを聞きながらも、ホロキーボードの入力の手を休めなかった。
「ツールに頼るのが前提なので、こんな時間から作業しているんです。作業が終わる前に僕ら以外に接続されたらまずいんで」
「そうなんだ」
 詩音は空中を叩くコウジの手をじっと見つめていた。

 設定に一時間、実行に一時間。基本的に汎用クラックツールが頑張ってくれました、ということで二時間ほどでネットワークの乗っ取りが完了した。太陽はもう随分と高くまで昇っていた。
 それから三十分ほどして、リンカー部のサーバーがコウジのリンカーの情報ウインドウに一件目の接続ログを吐き出してきた。
 お、とコウジが声を漏らしたのに詩音は気づいた。
「どうしたの?」
「誰か繋げてきた」
「誰? 誰?」
 コウジはログに表示された素っ気ないリンカーの識別アドレスから、学内データベースに該当するものを調べた。該当した一件の名前をコウジは読んだ。
「大塚俊己――ってサッカー部の顧問だっけ」
 昨日の呼び出しの時にその苗字を聞いた覚えがあった気がした。
「そだよ。体育の大塚先生。一番目?」
「そう」
 サッカー部の顧問がコウジたち以外で一人目の接続者となっていた。ログも無事出力され、多分問題はないだろう。コウジは小さくガッツポーズを作った。
 詩音は少しだけ首を傾げた。
「あれ? 結局、何ができるようになったの?」
「通信内容を偽装し放題。ブレイン・バーストは不正な通信データも画面に反映されるっぽいから、昨日の実験みたいになった感じ」
「ほー」
 詩音はわかっているのかわかっていないのかよくわからない返事をしたが、表情は興味を持っていそうだった。
「ネットワークを乗っ取れば、このくらい簡単です。だから、こんな罠ネットワークに繋げさえさせれば、ブレイン・バーストなんていくらでもかき回せます」
 もちろん、かき回せるのは今コウジが解析できている範囲だけだが。
「ほへー」
「まあ、さすがにここまでヤバイのは、ブレイン・バーストもすぐに修正入ると思いますけど」
 コウジは分析を伝えた上で、さらに付け加えた。
「まあ、一番難しいのはネットワークの乗っ取りです。僕はゼロからじゃできないです。クラックツールに頼らないと無理ですよ」
 そう言いながら、過去の多くのセキュリティホールを分析して、これを創り上げたハンガリー人のハッカーにコウジは心の中で毎度のようにお礼した。
「私にもできるかな」
 詩音の言葉では、何が、というのがよくわからなかったが、コウジは適当に返した。
「無理だと思います」
 コウジは笑顔で言うと、詩音が軽くむくれた。からかわれている時の表情だったので、コウジは小さく声を出して笑った。

 残りのおにぎりを頬張って、さらにだいぶ時間が経って、サッカー部員たちが集まり始めた。そして、練習時間開始の一時間ほど前には、ぞろぞろと相手チームが現れた。
 三階のリンカー部部室からちょんと顔を覗かせ、校庭を見ていた詩音が言った。
「相手のほうが少ないね」
「遠征だからじゃないんですか? 一応、ウチ、春優勝ですよね」
 コウジは《加速》の力の結果だろうと思ったので、「一応」を強調して言った。
「うん」
「だから、一軍と補欠ぐらいなんじゃないの?」
「そっか」
 やけに詩音先輩のテンションが高いことに気になった。普段、こんなに色々なことに興味を持つ感じではなかったはずだ。
 それを指摘しようとした瞬間、詩音がさっきよりも大きな声を出した。
「あれ? あの兄弟来てないよ?」
「マジで?」
 コウジも慌てて窓辺に向かった。詩音の隣で中腰になって校庭を見渡す。冷静に考えれば、接続ログを調べても良かったが、ざっと探す分には目視でも大差無いので、そのまま見た。レギュラーにそれっぽい人影はない。
「クソッ、アイツがいないと始まんねーんだよ」
 コウジは悪態を吐いた。アイツとは《オスミウム・ストレイト》、あの四人組のレギオンマスターだと思われるプレイヤーのことだ。
 今日の戦いには既にリアル情報はいらない。だから、《加速》してマッチングリストをチェックするでもいいのだが、ポイントが心許ないので、それをするつもりはなかった。
 コウジは来ない理由を探り始めた。尻尾巻いて逃げたとするなら、この作戦が漏れているとなる。だとすれば、残念先輩か詩音先輩が黒幕となる。色々なおかしさはあるが、コウジは真っ先にそういう疑いを掛けた。が、頭を落ち着けた。出来事よりも人を遥かに疑い過ぎるのは自分の悪い癖だ。何事にも限度がある。
 コウジが顔を下げて少し長く息を吐くと、詩音が言った。
「もう少し待ってみようよ。遅刻とかじゃない?」
「そう……ですね」
 コウジはそう言って、再び一緒に校庭の方を見た。パス練習をしている光景が目に入った。何度かボールが行き来しているのを見ていると、隣で一緒に外を覗いていた詩音がおもむろに聞いてきた。
「ねえ、五島君。学校の戦いをこれで終わらせるんだよね?」
 今更な質問であるとは思ったが、コウジはきっぱりと言った。
「終わらせます」
「うん。そうだよね」
 詩音は納得するように頷いていた。どうしてそんなことを聞いたのか、コウジは考えようとした。だけど、その検討は詩音が窓をコンコンと指で叩く音で止めさせられた。
「来た来た。単に遅刻だったみたい」
 同時に二人分の接続ログが表示された。
「じゃあ、全員揃ったのかな」
 詩音が校庭のメンバーを数え始めたので、コウジは目的の四人が接続状態にあることを念を入れて確認した。全員いた。
「よし、じゃあ、はじめましょう」
「うん」
 コウジは自分の鞄の中から、XSBケーブルをゴソゴソと探しながら言った。
「詩音先輩は僕と直結したまま、学内ローカルネットに接続して、《オスミウム・ストレイト》に対戦を挑んで下さい」
「この人がレギオンマスターだからだよね」
 詩音は昨日の実験を思い出しながら言ったようだった。
「はい。可能性が高い、というのが正確ですけど。で、詩音先輩にやってもらうことは――」
「なるべく長い時間戦う、だよね」
 直結ケーブルを見つけたコウジは自分の照り返しのない灰色のリンカーのコネクタに差し込んだ。
「そうです。で、僕が昨日のプログラムの実行が成功したら、観戦に入ると思います」
「そしたら、五島君にバトンタッチだね」
 詩音先輩はハキハキと答えてきた。
「はい。失敗などトラブルの場合は――」
「大丈夫、うまくいくよ」
 詩音先輩はそう話を打ち切ってきた。
 コウジは詩音の方にコネクタを向けたまま、その反応の理由を考えた。なんで詩音先輩はこんなテンポで進めようとするんだろうか。何か僕をはめようとしているのか。いや、そう疑うのはやめよう。そうじゃない場合を考えろ。
 コウジが押し黙ったのを見て、詩音はコウジが握っていたXSBケーブルを取ろうと伸ばしていた手を止めて、首を可愛らしく傾げた。
 詩音先輩は一週間前に手助けを求めてきた。参加はその一週間前だと言っていた。計算の苦手な先輩に珍しく、PKとの遭遇時の残り対戦数の即答していた。昨日ポイントをあげたとき、突き返して来なかった。コウジは目に力を入れて詩音を見て尋ねた。
「先輩、残りポイントいくつですか?」
 詩音はいつもより穏やかな表情で言った。
「五島君、足りるから大丈夫だよ」
「いくつですか?」
「大丈夫だって」
「いくつですか?」
 コウジは一切怯むこと無く、一つの質問の答えを求め続けた。詩音は静かに聞いてきた。
「少なかったらどうするの?」
「今日のはやめます。別の機会に別の手段を講じます」
 手段ならまだいくらでも考えられた。むしろ、ブレイン・バーストの一発退場だけは、どうにもならないから回避しないといけなかった。
「それは正しいの?」
「詩音先輩を助けるためです。正しいです」
 コウジは即答したが、詩音はそれよりも早く言い返してきた。
「違うよ。さっき言ったじゃん。終わらせるって」
 それは詩音先輩を助けるという前提条件が飛んでいる。優先順位がおかしいのは詩音先輩の方だ。そう思った瞬間、コウジの口から言葉が発された。
「違います」
 でも、詩音は無視した。
「違わないもん。筋が通っていないもん。私はコウジに戦って欲しい」
「違います」
「ヤダ!」
「詩音!」
 そう叫んだ詩音は今日はコウジの方をまっすぐ見ていた。言い返すようにコウジは名前を叫んでいた。
 そのまま、沈黙が流れた。コウジは自分の中の優先順位を整理し始めた。すぐに順位の誤りに気づいた。詩音先輩の生死は自分が握っていた。だから、理屈の上では詩音の方向で正しかった。でも、もっと上の感情があった。
 それに気づいた時、コウジはケーブルを握っていない左手で目を隠しながら、息を飲んだ。
 もう一度、自分の心を再確認した。やっぱり、これは、と思った時、少女が自分の名前を呼んだ。
「五島君?」
 その声で自分の口は動き始めた。
「詩音……詩音先輩が、好きです」
 先輩の表情は見ずに言葉を続けた。
「もう今までの全部を整理したら、そうなったんです。わけわかんないときもあるけど、冷静になるほど一気に頭が回るし、自分を慕ってくれる。そして、自分と一緒に突き進んでくれる。それは先輩しかいないんです」
 指の隙間から詩音先輩の顔の輪郭が見えそうになって、とっさに俯いた。
「だから、ブレイン・バーストごときで、先輩には無茶させたくない」
 ブレイン・バースト――それは自分の求める可能性が詰まっている。だけど、それだけの価値しかない。それは今の自分の思いを超えない。「ごとき」に過ぎないデータ列だ。
 コウジは残りの言葉を搾り出すように言い捨てた。
「あんな糞下らない世界に片足突っ込んで憂鬱になる。そんな未来は僕はいらない。それに、《親》と《子》の関係? それも僕はいらない。僕は先輩ともっと違う関係になりたい」
 そこまで言って、コウジは左手が自分の表情を隠すために上がったものだと気づいた。コウジは手をゆっくりと下ろして、顔を上げた。
 頬の赤い先輩の顔があった。コウジは言い切った。
「好きな人が記憶の消えるリスクを取って欲しくない」
 詩音先輩ははっきりとこっちを見てきた。顔が紅潮する感じがした。詩音はゆっくりと言葉を紡いだ。
「ありがとう。でもね、私は……強く自分で道を切り開いて掴み取る……そこにずっと憧れていたんだ」
 そして、詩音はコウジの顔から視線をすっと逸らした。
「だから、その邪魔を私はしたくない」
 そう言うと詩音はコウジの手からXSBケーブルを奪い取った。握っていたはずなのに、するりと抜け落ちた。
 そのまま、詩音は頬のような桃色のリンカーにそれを挿した。数週間前、いや、それ以前からずっとあった、自分のリンカーに挿すのにあたふたする、そんな事態は今の瞬間に限って起きなかった。きちんと挿し込まれた時のカチャという接触音が妙に大きく聞こえた。
 詩音はそっと笑みを作った。その瞬間、目元がキラリと光っているのに気づいた。
「バースト・リンク」
「詩音ッ!」
 叫んでいたが、コウジの眼球は、XSBケーブルが刺さった瞬間実行されるようになっていた、チートアプリの表示する素っ気無い対戦相手リンカーの通信解析結果情報の画面を追っていた。
 この緊張下でも、リンカーの変化に関しては冷静に対応できる自分を、呪わしくも頼もしくも思った。
 黒画面に白文字の通信解析の状況が上から下へと流れていく。目にも留まらぬ速さであるはずなのに、かなりの情報を読み取れていた。僅か一秒程度の解析時間が無限の時間のように感じられた。
 直後、画面の流れが止まった。次の瞬間、自動でマッチングリスト隠しが無効化され、BBコンソールの自動操作で観戦者登録が行われた。
 その一瞬、画面の最後一行に表示された結果が見えた。
【1.278sec : cryptanalyzed】
 加速時間で二十分近く経っていたことを示していた。
「間に合えッー!」
 その言葉を現実なのか加速中なのかそれ以外なのか、どういう状況で叫んでいたのか、コウジは知覚できなかった。

 どういう風に世界が切り替わっていたのか、今日の自分は全く意識できていなかった。
 ただ、気づけば、体はコペン・ミリタントのものになっていて、場所は机の代わりに謎の機械群が配置されたものとなっていた。
 視界で炎が弾けた。観戦であることを通知する文字列だったのだろうが、認知できなかった。
 コウジはすぐにガイドカーソルの向きを知覚した。示す方向には大きな開口部があった。その方向は校庭であり、三階の高さがある。観戦者なのでダメージと受ける心配はない、という情報は意識していなかった。ただ、最短距離を進むためにそっちに走り始めた。ガンガンと金属製の床との接地音が響く。そして、何も考えずに三階の高さから飛び出した。
 昨日のマンションからの飛び降りのせいか、恐怖感は無かった。ただ、一つの目的のためだけに、先輩のためだけに体は動いていた。コペン・ミリタントは膝に大きな負担をかけながらも、校庭に着地した。
 着地のときに金属床は反響した。その瞬間、その場の全員の視線を感じた。
 コウジの視界には、三人の観戦者に《オスミウム・ストレイト》即ち「比重最大の拘束具」とそれに抑えつけられるオペラ・プロテーゼの姿が入った。
 誰よりも先にオスミウム・ストレイトが余裕の全くなさそうなイラついた声を上げた。
「おい、テメェ何した」
「答えるつもりはない」
 コウジは短く答えて、一歩前に進んだ。そんな様子にストレイトはさらにイラついた。
「おかしなことになってんのはわかってんだ。ヘキサゴナル・ラティスのレギマスがテメェになってんだからな」
 コウジが詩音と直結し、さらにネットワークに侵入してやりたかったこと。その一つがこれだった。
 ネットワークの解析データを使い、直結しているプレイヤーを通じて、対象プレイヤーのリンカーに異常なデータを送り込む。それで相手が加速している間、レギオンマスターを移動させることができる。その移動先が例え、マスタークエストを攻略しておらず、レベルさえ達していないプレイヤーであってもだ。
 BBコンソールの通信のほつれからコウジが見つけた、現在のブレイン・バーストのゲームが抱える最大のバグだった。
「そっちの操作ミスでは?」
 コウジはそこまで言われても事実を隠した。ただ、詩音の状態を確認しようとした。
 金属色のアバターは通常時と異なり、細い多脚を持っており、それがオペラ・プロテーゼの機械の腕を貫通していた。それが床の金属にも貫通していることに気づくのに時間はかからなかった。先輩は自分のチートが使えない状況にある。それにコウジは気づいた。
「しらばっくれんのか。コイツがどうなってもいいのか」
 詩音のHPは残り一割ほどだった。コウジは最小の手の動きで《ブレイン・バースト・ブリッジ》、即ちリンカー操作のコンソールを呼び出した。
「彼女が前言っただろ。まだ余裕はあるってな」
 口の中が乾きそうになりながら、言葉を吐きつつ、この事態を準備しておくべきだったと後悔した。だから、時間を稼ぎつつ、気づかれぬようコマンドを入力していった。
 その反論は詩音をPKした青い野人のアバターがした。
「ふん。何がだ。昨日、二週間の対戦結果を洗い出したんだよ。そしたら、昨日のあの時、ポイントは10あったかどうかだ」
「で、さっき、尋問したら残り四ポイントだとよ。つまりコイツはジ・エンドだ」
 そう言いながら、オスミウム・ストレイトはオペラ・プロテーゼに刺さっていた針のような足を一本引き抜き、指に刺した。HPが僅かに削られた。
 詩音が悲鳴を堪えた様子がコウジに伝わってきた。だけど、コウジはそれを気にせず、ただいつもより長いコマンドを打ち込むだけだった。
 青い奴はコウジに自分たちの優位を誇るかのように言ってきた。
「テメェのチートにジェスチャーが必要なのはわかってる。ストレイトの能力で女は動けない。わかるだろ。お前のチートは使えねーんだ」
「助けてぇなら、レギマスを返せ」
 コウジは彼らの言葉をほとんど聞いていなかった。最後の言葉だけ聞こえたから言い返した。
「断る」
「断っていいのか?」
 ギシッという音と共にプロテーゼのHPが少し削れた。そんな詩音が最後の力と言わんばかりに言った。
「私の……ことは……いいから……」
 コウジはアバター越しに力強い目で見つめた。自分のためだけにこの加速時間の二十分を稼いでくれたボロボロの詩音先輩がいた。
 コマンドを入力し終わり、ホロキーボードのEnterを叩いて、言った。
「それも断る」
 その直後、拘束されていたオペラ・プロテーゼはこの仮想フィールドから消えた。
 自分含めた全員の視界に【DISCONNECTION】という赤いシステム文字列が表示された。
「直結しているリンカーの出来事を俺が指加えて見ていると思ったか」
 コウジは静かに言葉を放った。
 詩音の安全は確保した。コウジは両手で一気にコマンドを入力する。
 残念先輩ならば、カッコつけて「さあ、カーニバルの始まりだ」とでも言うのだろう。だけど、僕はそんなことは言わない。そんな楽しいことでもない。ただ、自分の阻害をする奴らを倒す。それだけだ。
 コウジがEnterを叩き込んだ。その瞬間、このステージに存在する全プレイヤーの画面にバトルロイヤルモードの選択を問い合わせるウインドウが表示された。だが、その表示はプレイヤーに問いかけなどしていなかった。プレイヤーの意志とは関係なく即座にイエスが選択された。
 コウジは乗っ取ったレギオンマスターとして、四人のレギオンメンバーを、チートの力で容赦無い戦場へ叩き込んだ。

 一番近くにいた、という理由でコウジはカーマイン・アーテラリに走って近づいた。突然の事態にソイツはただ呆然と立っていただけだった。コウジは右拳を引いて、冷たくコマンドを唱えた。
「《断罪の一撃(ジャッジメント・ブロー)》」
 それはレギオンマスターだけが使える、メンバーに対する粛清の技。それを奪うことが自分よりも強い彼らに勝つ方法だった。その技が乗ったパンチを受けた赤いアバターは、無数の輝く帯に分解した。それが《最終消滅現象》と呼ばれることの始まりだとはコウジは知らなかった。
 その光景が終わるのを見届けるまでもなく、次に距離が近かったエンパイア・スタッフに近づいた。奴はコウジの後ろの加速世界の空に溶けていくアバターの光を見て震えていた。コウジが右拳を引くと、とっさにガードの姿勢を作った。だけども、コウジはそれを無視してコマンドを唱える。
「《断罪の一撃(ジャッジメント・ブロー)》」
 腕の装甲の上からであったが、拳で叩かれると、そこからアバターは光を出して分解された。
 あと二人。オスミウム・ストレイトが途中で落ちたら、乗っ取ったこの権限がどうなるかわからない。だから、ストレイトは最後と決めていた。
 残りの一方、セルリアン・ボーアは背を向けて逃げようとしているのが見えた。
 コウジは一気に追いかけた。チートを使わなくともこんなに早く走れる。その理由が心が煮えたぎっていたコウジには、その状態こそが理由であるとは気づけなかった。いや、気づく必要はない。今はただ追いつけば良かった。
 セルリアン・ボーアの素早さは元からそこまで早くない。力で押すタイプだからだ。立場は逆となった、あのリアルの追いかけっこなんて比べ物にならないぐらいに早く追いつきそうだった。
 青い野人は足を止めて振り返った。ミリタントを弾き返して、攻撃から逃れようと、たくましい腕でパンチが繰り出される。コウジはそれを避けようとするが、拳は肩に当たった。構造物は簡単にはじけ飛び、肩には関節が外れたかのような痛みが走った。だけども、吹き飛ばされることだけは避けるべく、両足に力を入れた。普通に打撃を食らう以上にHPはがりっと減ったが、コペン・ミリタントの位置は動かなかった。
 当然のごとく、コウジの横にパンチを打ち出した姿があった。アバターだから表情はお互いにわからない。それで良かった。
「《断罪の一撃(ジャッジメント・ブロー)》」
 そう唱えて、軽いパンチを腕に入れると、ヤツもまた同じように分解され始めた。
 振り向くと、詩音の拘束のため刺さっていた細い足を元に戻していたオスミウム・ストレイトがいた。奴は四人の中でもっとも遅い。それはもっとも密度が高いゆえの重さがあり、他人を拘束することに特化したアバターの性能にあるのだろう。
 コウジと向き合った瞬間、奴は後退りしながらのたまった。
「俺はもう攻撃しない。お前ら二人とも距離を取る。来年卒業する。俺から加速の力を――」
「別にお前から加速の力を取り上げたいわけじゃない。詩音をあそこまで殺った、お前らが許せない。どうしてあんなことができるんだ」
 詩音はたった一人で怖がっていた。その情景がありありと思い出された。
「ゲームのルールに則ってやっていただけだ! お前の方が先にルールを破っただろ!」
 的はずれな回答な気もしたがどうでも良かった。回答を採点する奴は誰もいない。自分も採点するつもりはない。
「は? リンカーでできることは全部やっただけだ」
「クソ、ズリーだろ! おい! エージェント! 助けろ!」
 ピカピカした金属のアバターは意味不明なことを喚き始めた。コウジは一歩ずつ近づきながら言った。
「なんだ? 護衛官でもいるのか? ふざけんじゃねーぞ! 守りが必要なのはどっちだ!」
「俺は加速の力を使いたかっただけだ。お前のようなチーターなんかに言われたくねーよ。おい、エージェント! 聞いてんだろ!」
「加速もチートも大差ねーよ! どっちもバックドアだ。同類にケチ付けられたくねーよ!」
 そう言うとコウジは最後の一人に向かって駆け出した。金属の床がガンガンと響いた。オスミウム・ストレイトは構造上動けないようだった。
「クソ! エージェント! テメェのことを聞いたせいで――」
「《断罪の一撃(ジャッジメント・ブロー)》」
 偽りのマスターによる言葉通りの必殺技が金属の腹に当たった。金属のリボンに分解された。それはするりと別れて空へ舞い、さらに細くなって、天へ吸い込まれていった。どんなプレイヤーであろうと最後に訪れる事態。コウジは初めてそれをぼんやりと理解した。
 ――終わった。
 そのとき、ようやく視界の正面に大きく輝く通知があったことに気づいた。一人目からずっと表示されていたであろうが、この数分間、目には入っていなかった。
 四人のプレイヤーを全損に追い込んだ。その残ポイントが全て加算されて、レベル4までへの上昇が可能なメッセージが続いていた。コウジはジェスチャーでその表示を閉じた。
 終わった。全て終わったのだ。
 コウジはたった一人で校庭の真ん中に取り残されていた。こんなものは僕のゴールではない。単なる通過点だ。それを邪魔したから蹴散らした。それだけだった。でもそれすらも、正直、どうでも良くなりつつあった。
 詩音先輩――詩音。
 口の中でその名前を呼んだ。自分を信じてくれた。戦うことを願ってくれた。会いたい。わずか数分なのにそう思っていた。
 だから、この世界から去るコマンドを唱えようとした。その時だった。

「いやいや。お見事でした」
 突然、声が聞こえた。聞こえた方を向くと、校庭の角の方に小さな二頭身の忍者のキャラクターのようなアバターが座っていた。
 コウジが振り向いたのを確認すると、ソイツはその場でペコリとお辞儀を返してきた。頭に二つちょんまげ上のものがついているのに気づいた。
「いきなり、バトルロイヤルモードに変わってビックリしました。それ以上に操作せずに許諾になったことにビックリしましたけどね」
 ククッ、と笑う声を聞いて、コウジの頭は再び冷静なものへと切り替わりつつあった。
「他のプレイヤーがいたことの方がビックリです」
 そう言い返すと、再び、ククッと笑い声が聞こえた。直後、ぬいぐるみはポンと小さな爆発を立てると、そこから同じ青紫色の男性型のアバター、恐らく対戦用で良いはずだ、が現れた。コペン・ミリタントよりも少し背が低い、観戦アバターとはまた違う種類の忍者を連想させるものだった。
「申し遅れました。初めまして、ビザンティウム・エージェントです」
 バトルロワイヤルモードに切り替わってから、初めて視界上部を見た。そこには自分とそのアバターの名前とレベルだけがあった。《ビザンティウム・エージェント Lv7》。オスミウム・ストレイトが散り際に叫んだ、エージェントとはヤツのことだと瞬間的に理解した。
「あ、敵対する者じゃないですよ」
 そんな言葉を発したが、コウジは落ち着いて一歩引きつつ睨み続けた。忍者と言ってもよさそうなアバターは困ったような声を出した。
「うーん。すっごく警戒されていますね。では、名刺替わりにポイントを渡します。攻撃じゃないですよ」
 畳み掛けるようにいうとカードを二枚出した。初めて見るが、アイテムカードだろう。先週の残念先輩との食事のときに、おおまかな形状は聞いていた。
「この形状だと受け渡しできるんですよ。お二人に100ポイントずつ。君と彼女の損失分は埋まりますよね」
 そう言いながら、カードを持って近づいてきた。奇襲攻撃だったところで、レベル7にレベル1の自分が負けたところで損失は数ポイントだと割り切り、コウジは黙ってそれを受け取った。
「本来、こんなゲームじゃないのに、この度、私どもの配下がご迷惑を掛けてしまったようで」
「どういうことだ」
 コウジは努めて冷たく言った。一言が返ってきただけで十分と言わんばかりに、エージェントの口調は滑らかになった。
「この辺りがレギオン空白地帯なのはご存知ですか?」
「ああ」
「このたび、我々はここに新たなレギオンを作ることを計画したのです。私の方で支援したのですが、残念ながらこういう状況になってしまいまして」
 エージェントはやれやれというポーズを一瞬作って、言葉を続けた。
「本日はリアルで会うことになったので。あ、リアルの結びつきは同校もありますが、運動部というのもありますからね。で、どうもトラブルが発生しているということなので、その調査と是正に来まして」
 そのアバターはため息を小さく入れた。
「いやはや、あそこまで横暴な方々だとは」
「あんたが入れ知恵したんだろ」
 コウジが言い放つと、エージェントは即座に否定してきた。
「とんでもない! 誤解ですよ。こちらに入ってきた情報が酷かったんです。敗戦直前の強制切断にマッチングリストから隠れる、そんな不正プレイヤーが妨害してくるとね」
 コウジは一瞬たじろいだ。マッチングリストの方も外部のプレイヤーで知っているのがいることがわかったからだ。
「ですが、先ほどの彼女が戦いながら、色々叫んでいましてね。それへの彼らの反論を聞いたら、本当に目も当てられない。彼女が本性を暴いてくれましたよ」
 コウジは警戒しているつもりだったが、不意に詩音が褒められたように思え、不思議と少し嬉しくなった。そして、青紫の忍者は頭を下げてきた。
「ホント、失礼しました」
「いえ、まあ、なんとかなりましたから」
 コウジの口調からは先程よりも冷たさが消えていた。それに気づいたように顔を上げたエージェントは聞いてきた。
「ところで、コペン・ミリタントさん。バトルロワイヤルモードへの移行や彼女の離脱。それに先ほどの対戦。あなたプログラマーですよね?」
「違います」
 コウジは即座に否定していた。
「嘘は結構です。あなたみたいな方は敵対するよりは仲間、もしくは同盟関係にあった方が良いですから。特にGMのいないこのゲームでは」
 コウジが返事をしないでいると、ククッと笑って、忍者は話題を変えてきた。
「そういえば、先ほどの対戦で入ったポイントですが、レベル4まで上げれるのでは?」
「上げませんけどね。今の僕にレベル4は不要なので」
「懸命な判断ですね。低レベルに抑えることでポイントを多く稼ぐのも正しい選択です。ところで、先ほどの戦いはどのように実現したんですか?」
「偶然そうなっただけだ」
 コウジはとりあえずまだ否定した。
 だが、コウジは悩んでいた。昨日、詩音先輩と残念先輩を信用した。それが今日をもたらした。だから、今から自分はまた新しい一歩を踏み出すべきではないのかと思っていた。
「うーん、困ったなあ」
 エージェントに徐々に人間らしさが出てきていた。
「私はこれでもこのGMのいないゲームの中で良い方向を作りたい。そう思って、こういう結末になってしまいましたがレギオンを作ろうとしたりしているのです。だから、良い方向に使えるのであれば譲って頂きたいのです」
 この人は自分がプログラマーでチートを作っているとわかっている。それを踏まえた上で、良い何かを目指そうとしている。
 自分の目標とは違うだろう。でも、彼の目標を嫌いになれなかった。
 そして、詩音先輩が現実で最後に言ったことを思い出した。――強く自分で道を切り開いて掴み取る。
 だから、コウジはその一歩目を踏み出すべく、相手を試す質問をしようとした。
「強制切断が実現してもいいことはないですよね?」
「そうですねー。封印していただくのが懸命かと」
 マサミの使い方もあるが、通常の対戦だとこれが流通するデメリットの方が多い。無理に欲しがらなかったことでコウジは少し信用する気になった。
 コウジの次の質問を待たずに、忍者の方が言ってきた。
「まあ、マッチングリストに隠れる方も何とも言えないんですよね。どちらかというとアプリよりもあなたの協力が欲しいということになりますかね」
 単なるアプリ目的ではない。コウジはそう思って、信用してみようと思った。
 それにこの戦いに限っては切断も可能だ。瞬間的にEnterを叩くだけだ。間に合わずに負けたところでダメージも少ない。
 なら、あとは突き進むしか無いじゃないか。コウジは伝えることを選んだ。
「あれは隠れているわけではないです。接続先を変えているだけなんです」
 彼はたったそれだけで理解してくれた。
「つまり、それは北海道にいるプレイヤーが東京で戦えるという、やつですか?」
 コウジはその状況を一瞬考えてから答えた。
「そうですね」
「それは我々もやろうとしていることです! それはぜひ譲っていただきたい!」
 彼はそんな喜びの爆発を見せると、我に返ったかのように一度咳をした。
「今、プレイヤーは都内にしかいないのです。親の都合などで、引っ越すと詰んでしまいます。そんな彼らを助けるためにぜひ譲っていただきたい」
 コウジは最後の揺さぶりを掛けた。少しだけ間をおいて、落ち着き払って言った。
「十万ポイント用意して下さい」
 忍者はあごを手で触れながら沈黙したが、それを真面目に検討しているようだった。そして、あごから手を離すと、コウジをしっかり見て言った。
「用意しましょう。来週お会い出来ますか? もちろん、加速世界で」
 コウジはその目標のために走る忍者を気に入りつつあった。自分の同類だと思ったからかも知れない。そして、小さく頭を下げた。
「冗談です。すみません」
「我々は用意しますよ?」
「いえ、本気かどうかを見ようと思っただけです。このプログラムが良い使われ方をするのには異論はありませんし」
「で、ポイントはいくらいりますか?」
 エージェントの声は楽しそうだった。
「では、ポイント以外のものでお願いします」
「そうですね……我々との信頼関係とかどうでしょう」
 コウジは信頼関係という単語に苦笑いしてしまった。
「ビジネスライクですね」
「ここも世界の一つですからね。我々としてはこういう人材とはつながっておきたいものですから」
 忍者は何かを考えるかのように首を一瞬傾げてから言った。
「というわけで情報を一つ。さきほどのレギマスの強奪は恐らくすぐに塞がるでしょう」
「でしょうね」
「まさかレベル1なのにレギオンマスターになるとは思いませんでした」
 観客として色々と観察されていたようだった。
「乗っ取りの基本です。単純なチェック漏れを突いただけです。レギオンマスターになるときはチェックが走っても、普通じゃない挙動で権限移譲を起こしてやれば、ノーチェックでマスターになれます」
 その話を聞きながらの忍者のアバターの動きから、コウジは忍者がそれなりにプログラムの動きを知っていそうだと感じ取った。
「なるほど。で、バトルロワイヤルモードの強制移行は?」
 立て続けに聞いてきたので、コウジはちょっと考えつつも、自分からカードを見せることを選んだ。
「自分が介入できるネットワークでの対戦だからです。さすがにこれも修正が入るでしょうね。もしまたやるなら解析が必要ですね」
 もちろん、今よりも厳重になるから時間は相当かかることになるだろう。そう思いながら、コウジは言った。
「さすがですね。こんなに聞かせて貰えれば、100ポイントずつじゃ足りないですね。もう100ポイントずつ渡しますよ」
 コウジの出したカードに、忍者は答えてきた。コウジの返事は待たずに、エージェントはアイテム化されたカードをシュッシュと投げてきた。ミリタントは何とかそれをキャッチした。
「何だかんだ言って助かります」
「エージェントですからね。クライアントの要望には答えれるんですよ」
 コウジは一瞬忘れかかっていたことを聞いた。
「都内接続アプリはどう渡せばいいですか?」
 コウジはとっさに新しい名前をつけた。それが何かわからなかったのか彼は一瞬固まったが、すぐに答えた。
「メールに送ってもらえます?」
「わかりました。あと、接続先をリンカーにするのは注意してくださいね。そのリンカーのプライベートメモリから視聴覚まで全部見ることができるので、無断で入れたら、不正アクセス禁止法で捕まります」
 コウジは半世紀近く使われている法律を上げて、利用の注意を言っておいた。無論、学内ローカルネットをクラックしている最中の自分が言うなという話ではあったが。
「ええ、注意します。いやいや、それにしてもあなたがいい人で良かった」
「そんな褒められる人間じゃないですよ」
 コウジは素っ気なさそうに言った。
「そんなことないですよ。我々のサークルは歓迎しますよ」
「レギオン、ですよね。あいにく、今の僕には興味が無いんです」
 忍者は指を振るジェスチャーをした。
「いえいえ、二つ加入しているもので。あ、それは内密に。スパイ的なロールプレイングだと思っていただければ」
 最後には口の前に一本指を立てていた。コウジは小さく笑って言った。
「なら、僕はその協力者ってところですね」
「まさにその通りですね」
「それではまた何かあれば、お会いしましょう」
 忍者はメールアドレスを残して、ドロー申請をしてきた。
 コウジは小さくお辞儀をしながら、許諾した。

 《加速》が解けて、現実に戻ってきた。先に離脱させた詩音よりもコンマ数秒遅くコウジは戻ってきた。それは普通ほぼ同時というのだろう。
 それでもその差はリンカー部の部長にとっては十分だった。ほんの僅かコウジよりも先に戻ってきた詩音が口を開いた。
「コウジ!」
 自分の名前が呼ばれたのに嫌な気分は全くなかった。詩音先輩に自分はそっと笑いかけようとした。
 少女は自分の返事も待たずに飛びついてきた。衝撃でXSBケーブルが外れた。
「勝った?」
「ああ」
 その返事だけで彼女は違和感を読み取った。
「なんかあったね」
「鋭いな」
 詩音はへへっと笑った。残念先輩からブレイン・バーストを受け取った鋭さだった。
「忍者に会った。ポイント貰った。詩音の分も200ポイント。あと、プログラムあげることになった」
 簡潔に言葉を切ってコウジは言った。
 プログラムをあげるのは問題が無いわけじゃない。でも、それは使い方の問題のような気もしていた。
 残念先輩は強制切断をゲーマー的に使いたいと言った。忍者はマッチングリストから隠れる、ではなく遠隔地からの参戦に使いたいと言った。
 なら、使わしていいんじゃないか、とコウジは思った。問題があれば、ブレイン・バーストの開発が止めるだろう。止めてこなくて、問題があるなら、自分が何か行動を起こせばいい。
 火は人類の進化に必要だった。火事を起こそうとなければならないものだ。使い方の問題だ。
 加速も。リンカーも。そして、時間も。
 今の時間の使い方――コウジは自分を抱きついてる詩音をしっかり見て言った。
「先輩」
「うん」
「僕はもっと向こうに行きたいんです」
「うん」
「ついてきてくれませんか?」
 その返事の代わりに、唇が暖かさに包まれた。そのとき、コウジは自分を縛っていた拘束を捨てた。自分にしがみついた、その暖かな存在を強く抱きしめた。



 その直後のサッカーの練習試合の結果は知らない。芳しくないものだったことは予想できた。
 ひき続いて、サッカー部の夏の大会は一回戦で春の優勝校とは思えないほど、がっかりするような試合しかできなかったと伝え聞いた。
 さらにその数カ月後、今度は加速世界にシルバークロウという飛行アバターが登場したらしかった。出現はごく近所らしい。
 その直後ぐらいに、《ブレイン・バースト・バロウ》はパッチが当たって使えなくなった。それがシルバー・クロウと関係する事件がきっかけだったことは知る由もなかった。

   (第一部完)

 ― ― ― ― ―

カヱンです。第一部を読んでいただきありがとうございます。
原作読み込み不足、特にSAOと関連している部分の弱さ、内容のまとまりのなさ、文章力の低さ、執筆速度の遅さ等々、やっているうちにめげそうなことも多かったですが、初めてだから仕方ないと割りきって、なんかここまで来てしまいました。
自分の中では、バックドア・プログラムの原型を作った人の話って無いんだろうか、というのが始まりでした。SAOもAWもちゃんとしたプレイヤー視点で反チートですから、プログラマの存在は基本的に希薄です。そこで性格などを完全に逆転させてキャラ作り、話作りをしてみました。
結末を決めて、最初のキャラにそれを実現するための能力を与えた後は、道筋は勝手気ままに書いていったので、基本的に無理矢理な進行となりましたが、これ以上長くする(もっと短くあるつもりでしたので…)のもどうかと思ったので、こういう形で第一部をまとめました。
というわけで、楽しく読めていただければ幸いです。そうじゃなかったという方は……見なかったことにしてあげて下さい。
それで、当初予定では本当にここで終わりのつもりでしたが、なんかチート駆動書きたくなったし、それで原作キャラと戦ってみたいと思ったり、あと、本当の裏口からの物語を紡いでみたいと思い始めたりしたので、まだ続けようと思います。
はてなアンテナに登録してくれた方、twitterに、2chのArcadiaスレに、自分のサイトに、そして、ここの掲示板に感想を書いてくれた方、そして、感想を残さずとも読んでくれた方、さらにここの掲示板を用意してくれた管理者さん、本当にありがとうございます。ついでにその探索に役立ってくれたGoogleもありがとうございます。そして何より、こういう世界観を作り出し、僕に初めて小説を書くきっかけを作ってくれた原作作者の川原礫さん、ありがとうございます。小説書くの面白いお^ω^。
では、第一部の校正しつつ、第二部を書いていこうと思います。プログラマー成分が足りないので二人目投入です(ぉ。もしかすると第一部のキャラは一回お休みするかもしれません(ぇ。早めに始まることを願って下さい。


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