6話 伝説の英雄の伝説 だがもげろ
「ん~、ちゅ……ぷはっ!…えへへ」
正面から抱きつくように口づけをしてきたウィル子は、照れたように笑う。
それから額をヒデオの胸元に押しつけるようにしがみ付いて、幼子のように甘えた。
「あ、は。マスターの匂いがします、……ちょっと汗臭いのですよー」
「……夏だから、汗をかいているんだ」
「本当にそれだけですかぁ?」
上目遣いで悪戯っぽく見上げてくるウィル子に、顔が熱くなるのを自覚する。
「にはは、本当にかわいいんですから」
「っと」
どん、と敷きっぱなしにしている布団に押し倒される。
「ウィル子……!」
「かっこいいマスターも好きですけど、……こういうマスターもそそられるのですよ」
ヒデオの上に馬乗りになって、舌舐めずりをするウィル子。
その年齢に見合わない淫蕩な表情と、押し付けられたウィル子の下腹部の感触が堪らなく欲情を駆り立てる。
「ウィル子、もう……」
「分かってますよ。マスター、ウィル子を愛して……」
瞳を潤ませたウィル子が、衣服を肌蹴ながら顔を近づける。
どん!!!!!!
「あら、居たの?電子の神。全く気が付かなかったわ」
轟音とともに、玄関のドアがくり抜かれたかのように消滅した。
そのむこうには無表情だが心なしか苛立っているような雰囲気のエルシアが『獣の書』を開いて立っていた。
「ちっ、エルシアですか。今は取り込み中ですから出直してくるのですよー」
「何も問題ないわ。私が用があるのは旦那様であって、おまえではないから」
「……旦那、様ぁ?」
スッ、と先程まで愛欲に蕩けていたとは思えないような無表情になるウィル子。
ヒデオの上から浮き上がり、衣服が一瞬で正された。
ハイライトが消えた瞳でエルシアを睨みつけるウィル子。
エルシアも負けずに温度の無い視線をウィル子に向ける。
「下賤な魔族風情が、誰が誰の旦那様ですかー?」
「……成り上がりの分際で、この私を下賤呼ばわりかしら?下等の考えることは、これだから嫌なのよ」
「ちょ、2人とも落ちつ……!!」
あたふたと仲裁しようとするヒデオだが、2人はまるで聞いていない。
膨大な魔導力に当てられ、エルシアの持つ魔導書が薄らと光を放つ。
ウィル子の体の周りで0と1が乱舞し、現世の法則を書き換える。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!
かたや魔王フィエルの娘にして、単純魔力量ならばアウター最高クラスの純粋魔族。
魔人などという混ざり者たちとは一線を画すその魔力は天上の神々にすら劣らない。
かたや最新最高の神にして、暗黒神をも退けた電神。
『億千万の電脳』と称するその能力はαからΩまで、あらゆるものを創造し破壊する。
(日本が危険で危ない!)
そんな風にヒデオが考えてしまったのも仕方がない。
というか天界の属するウィル子と魔界の姫であるエルシアが衝突したら、天界と魔界の戦争にすらなりかねず、世界が危険で危ない。
「落ち着け!2人とも!!」
珍しく大声を上げたヒデオの行動に2人は辛うじて矛を収めた。
……忌々しげにお互いを睨みつけ、舌打ちをしつつではあるが。
「マスター?まさかパートナーであるウィル子よりも、エルシアの味方をするのですかー?」
「……旦那様は当然、私の味方よね」
2人から「信じてる、裏切ったらコロス」という主旨の視線がヒデオに送られる。
な、何なんだ!この状況はっ。
川村ヒデオという男はこのような状況とは最も程遠い男ではなかったのか!!
……これでは、まるでリア充っ!!全国3千万の同胞たちに対する裏切りっ!!
未だかつて遭遇したことのない事態に対して、混乱するヒデオ。
「い、いや。どちらの味方ではなく、2人の……!!」
「……はぁ。相変わらずこういうところはヘタレなのですよ。ウィル子としては他の女に手を出していても構わないんですよー、ウィル子のことを一番愛してくれるなら……」
「残念だったわね、電子の神。旦那様は私のことを一番愛していると言ってくれたわ」
そんなことを言った覚えは無い。
「ほ、ほぉー。それは、本当なのですか……マスター?」
「い、いや。そんなことは…!」
底冷えするウィル子の視線に思わず否定の言葉を発しそうになるヒデオであったが、悲しそうに自分を見つめるエルシアの視線に気づいて言葉が詰まる。
「そ、そんなことは………」
「だーーーー!!!もうまどろっこしいわ!!脱いでください!マスター!!」
「はぁ!?な、なにをっ!!」
優柔不断なヒデオの態度にウィル子が、遂に爆発。
突然、ヒデオに飛びかかると服を剥ぎ取り始めた。
「そう。そういうこと」
何故か納得したような表情をしたエルシアまでもが、ヒデオを剥くのに参加し始める。
「にひひ、にほほほ、にははははは!!口で答えてくれないなら、体に直接聞くまでなのですよー!!!」
「大丈夫よ、旦那様。痛くしないから……むしろ凄く気持ちよくして差し上げますわ」
「」
先程まで殺し合いになりかねないほど険悪だったのに、絶妙なコンビネーションでヒデオを裸にする2人。
やがて全裸に剥かれ、布団の上で恐怖に身を縮こまらせるヒデオ。
「じゅるり……こ、こんな風に怯えているマスターも新鮮かも!!」
「そ、そうね、思わず食べてしまいたい……って私は何をっ!?」
完全に男女の立場が逆……というか、微妙にキャラが崩壊気味の2人。
そのままじりじりと間合いを詰める2人。……ヒデオは完全に涙目である。
「や、やめ……!!」
暗黒神タイムスキップ!!
ロソ・ノアレ様は爆笑しております。
「……はぁ、素敵な熱でしたわ。旦那様」
「あう、というか。2対1でこれ程とは……。いっそ聖魔王じゃなくて性魔王とでも名乗ったらどうですか?」
「…………」
ウィル子の戯言に反論する気力も無いヒデオ。
仰向けで横たわるヒデオを挟むように、裸のウィル子とエルシアが腕を抱きしめている。
昨日、追い詰められすぎて魔眼王モードに突入したヒデオは、見事2人を返り討ちにすることができた。
しかし、いくら勝利したといっても、正真正銘の人外である2人の体力は正に底なしと言って良いものだった。
……おそらく、エロゲで磨いたテクニックが無かったなら討ち死にしていたのは自分だっただろう。
しかし……
なんだか、2人との関係についての話はうやむやになってしまったが、これで良いのだろうか?
「えへへ、マスタ~」
「んっ、旦那さま……」
まぁ、良いか。
幸せそうに抱きついてくる2人を見て、自然にそう思うヒデオだった。
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ピンポーン
チャイムが鳴る音にヒデオは玄関のドア(3代目)に向かう。
外を覗くと買い物袋をぶら下げた睡蓮の姿があった。
「1人暮らしをしているお前のことだから、どうせ碌な物を食べていないでしょう。そこで、特別にわたくしが手料理を振る舞ってやりましょう」
そう言って割烹着姿の睡蓮は腕まくりをした。
エプロンではなく割烹着というチョイスの彼女らしさを感じて微笑ましく思うと同時に、女子の手料理と言う伝説の物体に心躍るヒデオ。
……葉多恵さん?メイツは手料理とは言わない!!
トントントントントントン
座布団に座りながら、テンポよく包丁を動かす睡蓮に見惚れるヒデオ。
後ろ姿であるが、淀みない動きから察するにかなり手慣れているようだ。
「睡蓮、君は料理が得意なのか……?」
「ふふん、誰に向かってモノを言っているのです。わたくしは名護屋河44代当代名護屋河睡蓮、炊事洗濯家事神殺し、一通りのことは表に出て恥ずかしくない程度にこなせます」
姉とは違うのです、姉とは。
そう言って、後ろ姿からでも得意げな顔が見て取れるほどご機嫌な睡蓮。
ヒデオに手料理を振る舞えるのがかなり、嬉しいようだ。
「……ちなみに、何を」
「肉じゃがと味噌汁です。あと家で漬けてきた漬物も持ってきました」
おぉ、家庭的だ。
何気に自分の知っている女性の中で一番家庭的なのではないだろうか。
他の女性陣が聞いたら袋叩きにされそうなことを考えるヒデオ。
まぁ、他に料理ができそうなのは美奈子とレナ、花果菜……大穴でエリーゼくらいだろうから仕方ないと言えば仕方ない。
やがて白ご飯も炊きあがり、睡蓮がご飯を茶碗のよそう。
ちゃぶ台の上には出来たての食事が湯気を立てている。
女の子が自分の家でご飯を作ってくれる。
衝撃のリア充イベントにヒデオの心は感動に包まれていた。
「できましたよ。さぁ、どうぞ」
「では。いただきます」
わくわくしながらこちらを見つめてくる睡蓮の視線を感じながら、肉じゃがに箸を伸ばす。
「……おいしい」
「そ、そうですか!まぁ、当たり前ですね。このわたくしがわざわざ後輩であるお前の為に作ったのですから、美味なのは当然ですっ」
「……ありがとう、睡蓮。人の手料理を食べたのは久しぶりだ。…ほんとうにおいしい」
顔を赤くして嬉しそうに照れている睡蓮。
「こちらの漬物も食べてみなさい、お婆様直伝の漬物です!」
「あ、あぁ」
テンションが上がった睡蓮にやや押されながらも、楽しい食事の時間は過ぎていった。
その頃、名護屋河家にて
「ねぇ、鈴蘭。あなたは良い人とか居ないのかしら?」
「い、いきなり何を!?」
特に用事も無いため自宅でTVを見ながら、ぐんにゃりと溶けていた鈴蘭は母親である名護屋河すみれの唐突な質問に驚いた。
「どうやら睡蓮にも良い人ができたようなので、姉であるあなたはどうかと思いまして」
「ぐっ、ぬぬ!」
「はぁ、その反応では居ないようですね。全く…睡蓮は今日、その殿方の家に食事を作りに行っているというのに、貴方ときたら……」
「えっ!なにそれ、なにそのリア充イベント!?」
私は独り身なのに、なんだこの格差はぁぁあああ!!!!
妹のリア充ぶりに心の中で絶叫する鈴蘭。
「ば、馬鹿な……!あの眼つきの悪い妹よりも、明らかに私の方が可愛いはず!!なのにどうしてっ」
ちなみに仲間内での睡蓮の評価は「可愛い鈴蘭」である。……つまり本物の鈴蘭は「可愛くない鈴蘭」と婉曲的に言われているようなものである。
人間的な魅力は高いけど、女性としては微妙と言われていることに本人だけが気付いていない。
「あなたがそんなのだから、いつまで経っても独り身なのですよ。……どうやら孫は睡蓮の方が先に見せてくれそうですね」
「まご!MAGO!?孫ぉお!!!」
くっ、これもそれも全て長谷部先輩が奥手すぎるせいだ!
そもそも、私がこんなにもアピールしているのにいつまでも手を出して来ないなんて!!
別に翔希は奥手などではないのだが、鈴蘭の中ではそういう認識らしい。
「くっ、でも!私が一声かければ男なんていくらでも寄って来るんだから!!」
……覆面タイツであるが。
………しかも、嫌々で脅されてであるが。
「そうですか。なら、今度の日曜日に鈴蘭の良い人を連れてきて貰おうかしら?」
「っよーし!ばっちこーい!!」
連れてくる当てなど無いのに、姉としての意地から見栄を張ってしまう鈴蘭。
「うふふ。では、期待してますよ」
「舐めんなよ!男の100人や200人、軽く連れてくるからなぁ!!」
うわーん。
捨て台詞を吐いて走り去っていく鈴蘭。
その鈴蘭を見て、すみれは楽しそうに笑っていた。
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「リア充爆殺する」
そんな物騒な発言をしたのは魔殺商会社員、『哀・殺す団』のリーダーを務める男だった。
彼は魔殺商会の一室に同志たちを集め、演説していた。
「近年リア充共の勢力は拡大を続け、我ら非モテの肩身は狭くなる一方だ」
そこで一端溜めるように区切る。
同志たちは固唾を飲んで聞き入っている。
「あの、元同士・川村ヒデオですらリア充ロードを突っ走っていると聞く」
そんな団長の言葉に団員からは、「そんな!嘘だ!!」「あんな殺し屋がモテて、どうして私は独り身なの!?」「神は死んだ!!」という悲痛な叫びがあがる。
「もはや、生ぬるいのだ。リア充爆発しろ、などという消極的な姿勢では現状を打破できん!!リア充は率先して爆殺せねばならんのだ!!!」
「「「「うおおおおおお!!!そうだ!!そうだ!!」」」」
凄まじい熱気に包まれる室内。
ここにエルシア様がいらっしゃれば「これが、人の子の熱……!」と驚いた後、鬱陶しいから魔法で薙ぎ払うであろう光景である。
かつてヒデオの一言で解散したかに見えた『哀・殺す団』であるが、そうはならなかった。
『哀・殺す団』内で合コンをした結果、あぶれた者達が居た。
悲しいことではあるが、いつの世もあぶれる者達は居るのだ
ヒデオの助言で舞い上がっていた彼らは、だからこそ地獄に突き落とされた。
彼らこそ非モテのエリート中のエリート。
いわば『ネオ・哀・殺す団』である!!!
ちなみに、このあと永久名誉団長として名護屋河鈴蘭を勧誘しに行った彼らであるが、謎の銃撃音と爆発音が響き渡って行方不明となった。
……その後の彼らの消息を知る者は居ない。
『ネオ・哀・殺す団』壊滅。
無茶しやがって……
つづく
ヒデオマジでもげろ
あと私は総帥のことが大好きですよ。だからこの扱いは愛なのです。