今年、アニメ化する「織田信奈の野望」と「ドリフターズ」のクロス物です。そういったものに嫌悪感を示される方はブラウザの戻るを推奨します。それでもOKという方は宜しければ読んでいって下さい。※にじファンにも同様のものが掲載されています。
敵は本能寺に在り。この言葉より始まった明智光秀の謀反は、終焉の時を迎えつつあった。寺内の織田兵の多くは既に討死し、明智の軍勢が寺の周囲をぐるりと囲まれたとあっては中からの脱出は困難である。その上、火矢により炎上した本能寺は本来の姿が判らないほどに燃え盛っていた。
しかし未だ織田信長の首級はあがらず、馬上から光秀は苛立たしげに本能寺を見やる。火の手は衰えるところを見せず、いま光秀が居る場所すらその熱気が頬を焦がし兵は寺内へと入ることが出来ないでいた。しかし、信長は未だその火中に身を潜めたまま。
よもや。光秀は想う。
「(既に自刃為されたか)」
まさに第六天魔王と称し、称された漢の最期。その死を公には決して晒さず。業火でその身を焼きつくし、ゆらゆらと立ち昇る陽炎と共に此の世を去ったのだろう。
それが信長の最期かと想うと光秀は夜天を仰いだ。いつしか曇天模様の空が本能寺の上だけポッカリと雲の穴が開いており、そこから真丸の月が顔を覗かせていた。
「(天上へ往く路を邪魔する雲すら退かす、か……)」
天晴なりと、光秀は何時までも舞い上がる陽炎と燐を観ていたのだった。
* * *
一方その頃、本能寺寺内。
「死んでたまるかクソボケェ!!」
ぼうぼうと炎が燃え盛り、四方が火という火で照らされるさなか。二つの影が寺内を駆け廻っていた。ひとりは先程、光秀が自刃したと思いきっていた男「織田信長」。もうひとりは、その信長の家臣である「森 蘭丸」であった。
―――― グシャッ!
行く手を阻む障子を蹴倒し奥へと進む。
信長は心底 諦めてはいなかった。必ず生き延びる、生き延びてこのふざけたマネを仕出かした金柑頭(光秀のこと)に眼にモノ見せてやると信長は必死だった。切腹? 武士の誉れ? 何それおいしいの? と云わんばかりの生存本能は、まさに執念ともとれる。
「お館様! 既に火の手は寺全域に広がっておりまする。恐らく寺の外にも明智の軍勢が!」
「うるぜぇ! こちとら謀反慣れしとんじゃい!! んな事ぁ百も承知よ!」
後方で蘭丸が叫ぶが、信長はそれを一蹴する。というか、炎が燃え盛る音で何を云っているのか半分も聴きとれていない。とりあえず信長は本能寺を正面から脱出、敵の不意を突いて強行突破し、勝利を確信して弛みきっている金柑頭から馬を奪取し一気に戦線を離脱してやろうと考えていた。無論、勝算が薄いことは明白なことは信長が一番よく判っていた。
―――― バチッ!
「チィッ!」
柱が熱で弾け跳び、木片と火の粉が信長の右眼をかすめた。幸いにも失明こそしなかったものの、視界がかすみ遠近感を狂わせる。
「(こいつぁ、いよいよ)」
マズイかもしれない、と信長は感じた。残存兵力2名 対 ハゲ頭の軍勢がたっぷり。しかもこちらは満身創痍とくれば、然しもの信長も冷や汗を流さずにはいられない。しかし、どの道ここで踏み止まっていても焼けおちる寺に潰されるのが関の山。
信長が賭けるのは『己の命』、配当で信長が得るのもまた『己の命』。勝っても得られるものは同じ、おまけに賭けねば死ぬとあっては、ならず者の賭場より性質が悪い。
「ヒヒヒヒ……」
しかし信長は、そんな自身の現状を笑う。
「面白ぇ、往くぞ蘭丸!」
「はっ!」
傲岸に不遜に笑みを浮かべたまま、信長は雨戸を蹴破り縁側を跳び越え、惣門へと続く場へと踊り出る。ツボ振りが賽を振り、誰しもが賽の目に注目する大一番、まさに命を賭けた大勝負に信長はありったけの木札を場に賭けたのだ。
しかし、ツボは伏せられたまま。賽の目も同様に決して明かされることは無かった。
* * *
白昼夢にでも中てられたのだろうか、呆けてしまったように信長は突っ立っていた。髷を結わいていた紐が切れ、身体に纏わりつく煤けた匂いを払うかのように清涼な風が吹き荒び髪をはためかせる。
「なんじゃあ、此処は?」
先程まで確かに本能寺にいた筈が、今信長が立っているのは平野の合戦場が良く見える小高い丘の上。あのムカツク金柑頭の軍勢は居らず。信長は辺りを見回すと眼下で繰り広げられている合戦の様子に目がいった。
「……―― 蘭丸は居らんか。しっかし、あの紋は」
多勢無勢で戦局を有利に進めている軍勢が高々と掲げられている陣の家紋『今川赤鳥』。駿河を治める今川義元の家紋であった。それに対し、若干 今川勢よりも小規模で立ち向かっている軍には織田家の木瓜紋。
「オカシイのう、今川の野郎はブッ殺した筈なんだけどにゃ~? もしかして儂、実はもう死んでいて過去の夢を視ているとか?」
ひとりブツブツと呟く信長。本能寺ではないどこかに立っていること、織田と今川が合戦をしていること。そのどちらも信長には信じ難く、夢ではないかと思うのは必然とも云えた。
「ってことは、俺は幽霊か? あ、でも足ある」
「おっさんひとりで、なに喋っとるんだみゃあ?」
見知らぬ足軽が背後から声をかけてきた。姿が見えるということは、どうやら自分はまだ幽霊ではないらしい。
足軽は信長の荷物を包んでいた風呂敷に織田家の家紋を見付けると、嬉しそうに云った。
「おお、おっさん織田方かみゃあ!? ワシは織田家に仕官しようとこの戦に加わったんじゃ! おっさ……いや、貴方様は織田家の名のある家老様かみゃあ?」
みゃあ、みゃあと五月蠅い男だが、今の信長よりは現状に詳しいのは間違いない。こういうときの信長の頭の回転は速く、この男から二~三 聞き出す為にひとつ芝居をうつことにした
「うむ、俺はその昔 織田のお館様にたいへん世話になった者でな。今は西国に向かっていたが、織田の戦と聴き馳せ参じたのよ」
「ほぅ~、そうなのけ!」
嘘は云っていない……多分。先代(信長の父)には育ててもらい世話になったし、毛利のいる西国にも向かっていた。うむ、嘘ではない。
それにしてもと、信長はこの足軽を見る。戦場に居るというのに具足一つ付けていない男をこうもあっさりと信じるとは、この足軽は相当のうつけか、はたまた器のデカイ男かどちらかであろうと感じた。
「して、織田家の本陣はいずこにある?」
「なら、ワシが案内してさしあげるみゃあ! そんかわし、ワシの仕官の口利きを頼むみゃあ」
あい解かった、と云うや否や駆け出す足軽、信長もその後に続いて戦場の外れを駆ける。
「急ぐみゃあ! 遅いみゃあ!」
「クソッ みゃあ、みゃあ、うるせえな! こちとら五十路 近ぇんだ! おい、少しはこの荷物持て!!」
「そんな大荷物持ったら、槍が振れないみゃあ!」
丘を下り、平野を駆け、林へと分入る。木の根が走りを妨げ、背負った荷物が余計に重たく感じられるさなか、突然 前を走っていた足軽が膝から崩れ落ちた。
「ぐふっ?!」
「……流れ弾か」
「そうみたいだみゃあ……―― 運がなかったみゃあ」
足軽の胴丸には穴が空き、その穴から鮮血が滴り落ち地面へと染みこんでいく。
助からない、と信長は傷口から察した。多くの戦場で多くの兵子たちの死を観てきた信長にとって、それは最早 確信の域であった。
仮にも織田家に仕官しようとした人物。今際の際を看取ってやろうと信長は足軽の名を尋ねる。
「主、名は?」
「……ワシの名は『木下 藤吉郎』。一国一城の主が夢だった男だみゃあ」
「は? ……―― はぁぁぁあああ!?」
信長は横になっている足軽、もとい木下藤吉郎の襟首を掴むと無理矢理、起き上がらせる。
「おい! ちょいコラ、待ていっ!! おまえ本当にサル、いや木下藤吉郎か?!」
「そ、そうだみゃあ。そ、それより、そんな揺らさないでみゃあ」
ブンブンと揺らされ息絶え絶えに木下は応える。
――――ガクッ!
「あ、やべ」
そして、ある意味 信長の手の中で『木下 藤吉郎』は若き生涯の最期の時を迎えたのであった。
「(こいつが“サル”だと? しかも、木下と名乗りおった。ということは、ここは『過去の世界』ということか、確かに今川が存在している時点でおかしいとは思っていたが、まさか……)」
本当にそんなことが有り得るのだろうか。もし本当なら、この先の織田の陣に居るのは若い頃の自分であろう。しかし、引っ掛かる処があった。この木下と名乗ったこの足軽は、確かにかつての『サル』に似通っているが、やはりどこかが違う。自分の記憶違いかもしれないが、やはり何かが違う気がして堪らなかった。
「……いってみっか」
きっと答えはこの先にある。自分の眼で見れば納得がいくだろうと、信長は歩き出そうとした。その時、無人だった筈の背後から声が届いた。
「そうか、木下氏が死んだか……、南無阿弥陀仏、でござる」
「なんじゃあ、主? 乱波か」
全身黒尽くめに髑髏印の付いた頭巾、腰に小刀を差し腿の部分には苦無が取り付けられている。乱波に見えなくもないが、その声の主はあまりに小柄な“少女”であった。
「拙者、木下氏と共に出世を果た“ちょう”と、約束交わ“ち”た。名を『蜂須賀 五右衛門』でごじゃる」
「豪く舌っ足らずだな、おい…… てか、待て! 蜂須賀だと?! おまえ、正勝の娘か親戚か!?」
「はい? 拙者の親と親戚にはそのような名前の者は居らんでごじゃる。それと、拙者 長文は苦手故、ご勘弁願いたい」
ますます訳が判らなくなってきた。木下と名乗った『サル』と微妙に似た男と、蜂須賀と名乗ったこの舌足らずの少女。信長は困惑を通りこして、何処からか沸々と怒りが込み上げてきた。
「(何が何でも、この現状を確かめてやる)おい、おまえ織田の陣に案内しろ」
「それよりもご主君、名をなんと申す」
「儂はのぶ……」
名を問われ、途中で信長は押し黙った。もしここが過去だとしたら、ここで信長が『織田信長』名乗ってしまったら信長は二人いることになってしまう。無論、信長は織田主君の名を騙る狼藉者として手討ちにされてしまうだろう。故に押し黙ったのだ。
「儂は『ノブ』じゃ」
「のぶ? 随分と変わった名でござるなぁ。それに、織田のお殿様と似てるでごじゃる」
「偶々だ」
「たまたま?」
「うむ。タマタマ」
若干、下品に聴こえなくもない会話であったが、五右衛門はたいして気にも留めず、信長の髪の毛を一本引っこ抜いた。
「痛っ!? 何しやがる!」
「契約でござるよ。これからは、ノブ氏を主君にこの蜂須賀五右衛門は“川並衆”を率いておちゅかえする所存でごじゃる」
「なぜぞ? それに俺は今は無一文だぞ」
「織田家にお戻りになるのでござろう? 木下氏の口利きもしてくれる約束もちてたではごじゃらんか。先程も云った通り、せっちゃと木下氏は出世を約束した仲でござる。その木下氏が頼った人物となれば、ノブ氏は使えるに値するちゅくんにごじゃる」
ほう、と信長は呟く。この五右衛門は小さいながらも有能であることが今の会話から察せられたからである。
「(この、俺に気取られずに会話を盗み聞きしてるたぁ……)」
「さぁ、こっちでござるよ。ノブ氏」
「うむ! 案内致せぃ!!」
一進一退の攻防が繰り広げられる戦場を信長と五右衛門が駆け抜ける。織田勢の足軽部隊は手柄欲しさに前線へと伸し上がり、本陣の傍は空に近い状態にあった。
「視えたでござるよ、ノブ氏! あれが本陣でごじゃる!!」
「うむ! ……んっ?!」
本陣の横合いから突如として現れる鎧武者。今川の決死隊である。
決死隊は呆気にとられる本陣守護の部隊を急襲すると、そのまま一気に総大将の周りを囲んだ。
「(影になって視えねぇが、恐らく奴がこの世界の俺だろう)」
「ノブ氏! マズイでござるよ!」
「わぁってんよ!!」
―――― チャッ! ……ボッ!!
このまま放っておいたら、『信長』は殺されてしまう。信長は腰から一丁の火縄銃を取り出すと、今まさに織田の総大将に斬り掛らんとしていた槍兵の頭部に狙いを澄まして鉛玉を放った。
―――― バシャアッ!
割と近距離からの発砲のため槍兵は兜ごと頭に大穴を開けて倒れ伏した。尋常ではない血飛沫に今川の決死隊は一瞬 呆気にとられる。しかし、信長にはその一瞬で事は足りた。
「ほい」
―――― ヒュ!
懐から竹製の発破を取り出し、火縄の残り火で着火。決死隊の足元へ放り投げる。ボンッ! と、音を立てて発破が爆発し、ある者は脚を吹き飛ばされ、ある者は火達磨になって地面をのたうち回った後に息絶えて決死隊は全滅した。
当然、決死隊の傍に居たこの世界の『信長』も十二分に危険であったが、「仮にも儂ならこれくらい大丈夫なんじゃね?」くらいの軽い気持ちで信長は発破を投げていた。そして、信長の想像通り、この世界の信長もまた中々にやるようで、最初に火縄で仕留められた敵兵の骸を盾にして発破の衝撃からその身を防いでいたのだ。
「ふぅ、さて御怪我は御座いませんか、『信長公』? 拙者は織田家に仕官したく馳せ参じた……、なん、だと?!」
盾に使った敵兵を除けて立ち上がる、『信長』に口上を述べようとした信長の口があんぐりと開かれた。
「あいたたた……、あんたほんとメチャクチャしてくれたわね。お陰で死ぬかと思ったわよ! それに、誰よ信長って?」
二度有ることは三度ある。三度目の正直。信長は“此処”に来てから最大級の困惑と衝撃を受けていた。
「わたしの名前は『織田 信奈』よ。の・ぶ・な! これから仕えようとしている大将の名前を間違えるだなんて、あんたバカじゃないの?」
何故なら、織田の総大将が『女』だったのだから……――。