━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
作者から、重要なお知らせです。
この作品は"ワンピース"と言う漫画作品の二次創作ですが、
原作の方でプロットを崩壊させかねない設定が出現しましたのでこれ以上進められなくなりました。
しばらくは様子見と言う事で、更新を停止させていただきます。
更新があるとすれば、当たり障りの無い外伝などと言う形になります。
ご容赦ください。(2/12)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アンドロイドは一繋ぎの財宝の夢をみるか?
作者:ゴロイジョン
プロローグ
とある寂れた路地裏にある酒場。
酒とタバコと男の匂いの立ちこめる、暗い空気が停滞していた。
未だ昼間だと言うのに開けっ放しの扉からすら光が漏れる事は無く、
協調性の無い荒くれ共が各々ポーカーやダーツに興じている。
ここは未知と狂気と暴力の海、グランドラインの裏世界。
世界のありとあらゆる情報が此処に集う。
金さえ積めば知れない事等、精々「空白の100年」に関すること位だろう。
タバコのヤニで黒ずんだ木組みの店内は、その辿ってきた歴史の長さを思わせる。
実際、この酒場兼情報屋は業界でも誠実で堅実な仕事で知られており、所属する連中一人にしても中々優秀である。
と言っても実の所ここらの情報屋などは悪辣さで言えば序の序の口であり、言わば表の業界と裏の業界の境界線と言った所か。
テンガロンハットで決め込んでいる親父も、テーブルに足を投げて気取っているグラサンも。
腕っ節だけは立つようだが、海賊業や暗殺業の世界に置いてはまだまだお行儀のいい坊ちゃんに過ぎなかった。
いや、別の言い方をするならここに集う海賊や山賊は殺しをあまり是としない連中であると言う事だろうか。
髑髏の旗を揚げて海に出たと言うのに、虐殺や略奪は何処かためらわれるような奴等。
悪ぶっていても人のよさが隠しきれないような甘ったれの連中が、何でかこの酒場には集ってくるのだった。
「ジェフラン。ゾオン系の悪魔の実の在り処はまだわからないか?」
「そう急かないで下さいよ、コナユキの旦那。探し物はじっくり時間をかけなきゃぁ。」
「そうは言ってもな。1億ベリーを前金で渡したのはもう6ヶ月も前の話じゃあないか。そろそろ結果を出してもらわなきゃ、ちょいと困る。」
マスター・ジェフランにコナユキと呼ばれた人物もその類である。
と言っても、コナユキはこんな所でたむろしている連中の中でも変り種で別に犯罪人というわけでも無い。
いわゆる冒険家と言われる人種で、副業として賞金稼ぎなんかをやっている。
ただ、その目立ち具合は犯罪人の中に一人カタギが紛れているなんて物ではない。
この酒場の常連は皆既に慣れてしまっているようだが、今日始めて来たルーキーなぞは目を丸くさせて驚きし切りだ。
グランドラインの癖の強い住人たちは、たった一つの狭い島の中でさえ各々固有の文化を持ち、独特の個性的な衣装や容姿を多く持つ。
その中でもさらに灰汁の濃い海賊連中が集うこんな所では、その混迷の具合も一塩。
どこの万国博覧会だといいたくなるような民族衣装や、すわコスプレかと見まがうばかりの個性派揃いである。
だがその中でもこの酒場のマスターであるジェフランにコナユキと呼ばれた男は格が違った。
一言で言うなら、───鎧。
二言で言うなら、───服を着た鎧。
頭のてっぺんからつま先の爪の先まで鋼色の鎧に身を包んだ2m超の大男である。
つまりは、この酒場にいるメンツの中でも一番の変態野郎であった。
「条件が厳しすぎるんですよ、旦那。前から言ってるじゃないですか。草食の普通のヤツなら腐るほどあるし、
超人系のも幾つかありますぜって。それを肉食系か幻獣に限るってんじゃあ、普通捜査も難航するってなもんじゃないですかい?」
「そりゃあそうだがよ。俺は強さを求めてこんな体にまでなったんだぜ?
チンケな実じゃあこの鋼の体を手に入れるために捨てた、肉の体が草葉の影で泣いちまうってなもんだ。
ブタだのロバだのヤギだの、弱っちそうな悪魔の実じゃ全然満足できねえよ。」
「いっそロギア系なら、在り処に心当たりが一つ無いでもないんですがね・・・。
幻獣どころか肉食のまでみつからねぇってなると、旦那は運が悪いですな。そういう時期ってのがあるもんなんですわ。
今まさに捜し求めてるものが見つからないっていうのはね。・・・・こればっかりは気長に待ってもらうほか無いですねぇ。」
「そうか・・・・。」
「個人的には、旦那の実力なら過不足無くナミナミの実を取ってこれると思うんですがね。なんでゾオン系にこだわるんですかい?」
ふと疑問に思ったように尋ねる情報屋。
確かにどうせ食べるなら強力な悪魔の実を喰らいたいと言う気持ちは解るが、
最強の系統とされるロギア系の情報を蹴ってまでゾオン系を求める気持ちが、今ひとつジェフランには解りかねた。
ロギア系ナミナミの実と言えば、ゴロゴロの実やヤミヤミの実ほど知名度が高いわけではないが、
肉体を波動と化し、音波を自在に操る波動人間になれる強力な実である。
あえてそれを避ける理由がわからない。
そして、あえてゾオン系にこだわる理由も。
「ジェフランよ。俺が脳みそまで取り替えた完全サイボーグだってのは知ってるよな?」
「ええ知ってますとも。旦那の今の脳みそに使われてる魂魄貝(ソウルダイアル)はあたしが見つけてきたもんですからね。」
魂魄貝とは、過去その危険性故に絶滅させられたと言われる記憶貝(メモリーダイアル)。
それをさらに加工する事によって得られる、文字通り魂を貯蔵する事の出来る貝(ダイアル)である。
死してから白骨と化した体でさえ蘇る事の出来るヨミヨミの実。
影や死者を操るカゲカゲの実。
あまつさえ霊体を操るというホロホロの実。
霊魂の存在を示唆する悪魔の実やアイテム、実例はこのグランドラインでは枚挙に暇が無い。
一部では眉唾物とされていた魂魄貝であるが、そういう物は得てしてこの海では実在するものだ。
と言うか実際に入手して、貝からかつて蓄えられていた魂が放出される所を目撃した者であれば、
霊の実在を疑う方が馬鹿馬鹿しいといえるだろう。
また、誰にも言った事は無いがコナユキ自身がある意味霊魂の存在を証明する生き証人でもある。
「あたしゃ今でも信じられませんよ。今目の前で口を利いてる旦那が血の一滴も通わない、鉄と貝の塊だなんて。
かのDrベガバンクさえ、そんな事を実行するイカレポンチじゃあ無いでしょうに。」
「ま、そう誉めるなジェフラン。魂魄貝を使って人形を動かした実例はあったわけだしな。
それにある意味、武器に悪魔の実を食わせるのと、非常識具合で言えばどっこいどっこいだ。」
「・・・・で、なんで旦那は急に悪魔の実が欲しいなんて言い出したんですかい?それもゾオン系に限って。
いつも悪魔の実の能力者なんぞ能力頼みの軟弱者だって言ってたじゃないですか。」
まずそこが疑問のジェフランだった。
この男、過去に何かしらの蟠りでもあったのか能力者を毛嫌いする傾向があった。
肉の体を使っていた頃は覇気を習得しようと躍起になっていた筈だ。
結局習得する事は出来ず、サイボーグ路線に切り替えたのだが。
だが、強くなるために手っ取り早い悪魔の実ではなくサイボーグ化を選ぶような男だ。
それが、どんな理由があって心変わりしたというのか。
「ん、ああ。・・・・俺もこの体になって長いんだがな。
こう、酒の味も人肌の温もりも解らないような身の上じゃちょいとストレスが溜まっちまってな。
チンポコも取っ払っちまったもんだから女も抱けやしない。いい加減肉の感覚が恋しいんだ。」
「あれだ。全身サイボーグって言ってもチンコは残しとくべきだった。
機械の体になれば性欲も無くなっちまうと思ったんだが、こりゃ痛恨のミスだったぜ。」
冗談めかして言うコナユキであったが、事情を知る人間からすればかなりグロテスクなジョークであった。
「────ははぁ、なるほど。それでゾオン系、と。こりゃ完全に自業自得ですな。」
しかしジェフランは納得顔で頷いた。
確かにこの男、鉄の体になる以前から親交があったが大した好色家だった。
いや、どちらかと言えば食い意地に飲み意地の方が張っていたが、そちらのほうも随分とお盛んのようだった。
残念ながら浮いた噂は無く、相手は皆商売女だったようだが。
それが突然禁欲生活を強いられれば、ストレスも溜まるだろう。
それ故に、剣だの大砲だのにまで命を吹き込むゾオン系の実を欲しがったのだ。
あるいは、ゾオン系の実の正しい使い方とはそちらにあるのかもしれない。
ゾオン系の連中の体が馬鹿みたいに頑丈なのは命を二個持っているからかもしれなかった。
「うっせ、やってみて初めて解る事ってのがあるんだよ。・・・・で、ともかく。
どうせ悪魔の実を喰うんなら強い実がいい。これはあんたの言ったとおりだ。何とかならねえのか?」
「うーん。そうですな・・・・・草食動物系も、弱いわけでは無いんですがね・・・・。」
「そりゃ解ってる。だが犬とか猫とかでいいから無いのかい?いや、牛や象でもいい。単に強力なのが欲しいんだ。
幻獣ってのは吹っかけすぎだが、この際ダックスフンドだのチワワだのじゃなければ目を瞑る。
確実性の低い情報でもいいからなんかないのか。・・・そろそろ限界なんだよ。」
実際、男にとっては切実な問題である。
飯の味も解らず酒で酔う事も出来ず、女に溺れる事も出来ない事がこれほど辛いとは思いもしなかった。
22の頃から脳まで捨て去って軽く3年になるが、海賊狩りで憂さを晴らすのもそろそろ限界である。
軽い口調で言っているが、内心コナユキはかなり追い詰められていた。
そんな様子を見て取ったか、めまぐるしく記憶を探っていたジェフランが口を開いた。
「そうですな、本当に伝説程度でいいなら無いでもないです。」
「本当か!?」
コナユキは声を荒らげた。
「ええ、旦那が脳みそまで取っ払ってるって言うんで思いだしたんですがね。
どっかの遺跡の最深部にヒトヒトの実の幻獣種が奉納されてるとか。
ただ、酸だの毒ガスだの毒矢だの。剣呑な仕掛けが満載で生きて帰ってきたヤツも軒並み脳をやられる始末だって話です。」
「その上誰一人実物を確認してるわけじゃ無いし何十年も前の話しですし、眉唾っちゃ眉唾なんですよ。
ただ、旦那なら呼吸してないでやんしょ?毒ガスとか効かないし、毒矢も効果ないでしょう。酸にだけ気をつければ楽勝じゃないですかね?」
「ほほう、ヒトヒトの実で幻獣種って言ったら、仏のセンゴクみたいなヤツか。」
「でしょうね。詳しいわけじゃ無いですが、なんでも傷の治りがえらい早くなって空まで飛べるとか。」
「そりゃ不死鳥マルコみたいだな。モデルは何かわからんのかい?」
「そこまではちょっとね・・・・。飛行タイプは五種しか見つかってないって話でしょ?
多分、過去に出現した事はあるんでしょうが、あると認められるほど明確なデータは無いんでしょう。ま、幻獣種なんて大概そんなものですが。」
そういって、カウンターから悪魔の実辞典を引き出しパラパラとめくるジェフラン。
そのページの中にあるヒトヒトの実の索引の中には該当する能力を持った実は無かった。
この海で発行される悪魔の実辞典は、ある意味で情報屋や政府機関にとっても絶対である。
ここに載っていない実は存在しないか、未発見のものだ。
となれば、子飼いを動かしてこの実の実在を調べるなど無意味に過ぎた。
「で、行きますかい?こっちとしても伝説の正否を確かめてくれるって言うなら有難いんですがね。
こんな商売してると、猫だって死んじまうのに好奇心ばっかり強くなっていけねぇ。
もし新種の実があったら、大発見も大発見ですよ旦那。」
「───当然、行く。ヒトヒトの実で幻獣種ともなれば願っても無い話だ。」
「そうこなくちゃ!さっそく目的の島のログポースを仕入れてきますよ。遺跡の地図もあったら仕入れときます。」
ウキウキ顔で電電虫を耳に当てるジェフラン。
子飼いの連中に指示を送るつもりなのだろう。
「ちょっとまて、眉唾とは言ったがおまえ自身はどれくらいの精度だと思ってるんだ?目安でいい。」
「そうですな。個人的な意見ですと、7割程度の確立で実在すると思いますぜ。勘ですが。」
「そうか、お前の勘は良く当たるからな。・・・よし、俺も戦支度をしてくるとしよう。ありがとうな。」
「いえいえ。あっしもこれが商売ですから。これからもご贔屓に頼みますぜ。」
「応!こっちこそな。」
ジェフランとコナユキはからりと笑って別れた。
これからこの鉄の若者の生き死にはジェフランの情報の精度にもかかっているし、
今度の冒険が伝説の一ページになる事が出来るかはコナユキ次第だ。
ただ、薄暗い路地はコナユキの行く末を暗示するかのごとく、この時ばかりは日が差して明るかった。
丁度、正午の事である。
「三日もあれば準備が整います。体のメンテナンスと武器、燃料のウィスキーの準備を万端にしといてくだせえ。」
「了解った。」
*
ガシャガシャと静けさの澄み渡る遺跡に響く音。
それは鎧の蹄が打ち鳴らす、遺跡を守らんとする先人への冒涜。
それは前人未到の地に踏み入る尖兵の歌声だった。
「なんだこりゃ、トラップ満載ってレベルじゃねえぞ。毒ガスで服が融けるってどんな毒ガスだよオイ!」
そうひとり呟くは鋼の大男、コナユキである。
腰に二本の業物を刺した鎧武者風の機械人は、恐るべき暗がりの中で松明も持たずに狭い通路を突き進んでいた。
「ちっ。とっくに前に入った奴等が入った所は通り過ぎたしな・・・・・。一体どうやってこんな物騒な遺跡作ったんだ。」
ぶちぶちと文句を言う。
何十年か前に遺跡の調査に臨んだ調査団の作った地図は、
隊員は大体脳をやられていたと言うだけあってあまり正確ではなかったがそれなりに役立った。
それにしても、と思う。これほどの毒ガスと酸。それに毒矢の洗礼を受けては、
自分のような完全機械人かドクドクの実の能力者くらいしかこの遺跡を踏破する事は出来ないのではないか、と。
どうにも地下の火山活動から生成される天然の毒ガスも用いてこの遺跡は作られているようで、
この遺跡の酷いトラップを形作る酸度の高い液体の滝なんかもそれが由来のようである。
温度も深層に近づくにつれて上昇し、まるでインペルダウンの焦熱地獄の如し有様だ。
正直、この高温と毒ガスの濃度では装甲内部が腐食し故障してしまいかねない。
「あせっちゃ駄目だが、いそがなきゃ退路がヤバイ。そろそろ本殿が見えてきてもいいはずなんだが。」
そうこうしている内、長く続いた通路は終わりを告げ下方からぼんやりと紅い光の差すエリアに突入した。
この調子で深層へ潜ればいつかは、と思っていたがなんと嫌な予感が当たってしまったようだ。
明々と高熱の溶岩が何処とも知れず流れては消えて行く。
本当に一体どうやってこんな遺跡を作ったのか。古代人の考える事は本当に理解しかねる。
溶岩流の上にかかる石のアーチなど、如何にもな感じのおどろおどろしさだ。
なるほど、幻獣種の実のありかが解っていながら、誰も取って帰れないわけである。
「・・・・・こいつはやべぇ。いくら俺でも溶岩に落ちたらひとたまりも無いぜ。」
こうなると、体重の重いサイボーグは不利である。
作られて何年たった遺跡かは知らないが、この高熱とガスによる腐食であちこちボロボロであった。
下手をすると、目の前のアーチなど踏み壊しながら渡る羽目になりかねない。
この辺りには既に白骨死体も見かけないレベルで、おそらくは此処まできたのはこの遺跡を作ったキチガイ共を除けばコナユキが始めてだろう。
「引くか、行くか。それが問題だな。」
そういいながらも、鋼の貌の裏で笑いながら一歩を踏み出すコナユキ。
遺跡の途中途中でかき集めてきた金銀財宝の類を、軽量化のため泣く泣くその場に下ろした。
なにも意外なことではないが、この遺跡も元々墳墓の類だったようでそこかしこに石棺とミイラがあった。
財宝の類はその副葬物である。
「引くは、論外だな。こんだけヤバイ遺跡を作ったんだ。絶対お宝は、ある!」
さらに一歩を踏み出し、走り出す。
ズシャズシャと見た目どおりの鈍い足音を響き渡せながら。
しかして、見た目からは想像もつかないほどしなやかに動くコナユキは八丁跳びよろしく僅かな足場を崩しながら走る。
帰りのことなど微塵も考えていない。もしもお宝があったのなら、飛んで帰れる。無かったのなら、それまでだ。
──ようは、賭けである。だが勝つ目のある賭けだ。
なにせヤツ曰く7割の勝算のある話。七割も勝てる勝負に、無頼が賭けずしてどうする。
無謀、愚か、大いに結構。哂いたい者がいれば哂えばいい。
前世では小さくなって社会の歯車としてしか生きられなかった弱虫な自分は最早居ない。
ここに居るのは、自分の人生を好きに生きられる冒険家「コナユキ」である。
鋼の目が、莞爾と笑った。
ワイヤの筋肉がギチギチと音を立てて駆動し、熱を持つ。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!本殿は、あれかァ!?」
コナユキが足を踏み鳴らすたび、ボロボロと崩れてゆく遺跡。
足場を崩しながら走る中、お堂のような岩の建築物が目に止まる。
溶岩の流れる川のを越えた先に、どこか清浄な空気が流れるように見える一郭があった。
そこかしこに硫黄がこびりついた薄汚い遺跡の中にあって、不自然に小奇麗な場所。
コナユキは直感で悟った。
小さなアジア風の寺院の立つそこに、目的の宝───悪魔の実が存在すると!
「ほっ、よっ、うらっ!!」
目的地が見えれば後は早い。一直線に跳ねてゆく。石渡りを終えズシャリと着地する鎧武者。
高熱の岩石を踏んで歩いてきたためか、装甲の一部が僅かに溶けて曲がっていた。
──だが、届いた。
どういった理屈か、古代の空調理論のなせる業か。
お堂の周囲は何故か清涼で清浄な空気に溢れ、硫黄と石灰の侵食が酷かったこれまでの道と違い綺麗な形を保ったままであった。
「遂にたどり着いたか・・・・・!!」
肺も心臓も無いゆえ、息切れはしないが強い疲労を覚えた。
だが興奮冷めやらぬまま、コナユキは本殿の戸を開けた。
ギィと鳴き、開かれる扉。その中には、おぞましい模様の走る奇怪な植物が一つ鎮座している。
いつからそこにあったものか、痛みも腐敗もせずにそこで主を待っていた一つの木の実。
名を、ヒトヒトの実と言う。
「お、おおお。これは、確かに・・・・・悪魔の実。」
コナユキはハンドサイズに押し込まれた悪魔の実辞典を開き、その種類を調べる。
精密に描かれたスケッチは、確かに目の前の悪魔の実と相似のものであった。
「若干違う所はあるって事は、ヒトヒトの実の亜種で間違いないな。
ま、ただのヒトヒトの実は今頃チョッパーがもう喰ってる筈だから当然か。」
一人ごちるコナユキ。
時々彼はこのように余人にはまったく良く解らないことをのたまう事がある。
この時点では青鼻のチョッパー等はまったくの無名であり、この男以外にその重要性に目をつけるものはいない。
情報屋のジェフランもこの男の時折見せる謎の先見性には一目置いていたが、大概に置いて単なる戯言か気でも狂ったかと放置される。
そしてコナユキはそういいながらも、悪魔の実の精密なスケッチを取ってから、恐る恐るヒトヒトの実に手を伸ばした。
「では・・・・・」
────いただきます。
そう言って、鋼の巨人は悪魔の実を食した。
その瞬間、味など解らぬ鋼の身であるはずが、確かに舌を刺す不快な不味さを知覚する。
染み渡る不浄の力が、鋼の体に根を張ってゆく。
駆動する刃金を肉に。兜の内に収められた貝を脳髄に。
おぞましき変態を遂げてゆく体、それはかつて肉の体を捨てたときの焼きまわしのように。
「あ、あああああああ・・・・・。」
コナユキは新たなる力を、歓喜とともに受け入れた。
空気の味が、風の温度が解る。
グニュリと鉄のヒトガタが歪んだかと思うと、一瞬後にはそこに確かに生きた人間が佇んでいた。
「すげ・・・空気ってこんなに美味かったんだな。いや、一寸先は毒ガスだけどさ。」
そういいながら、コナユキは両の手を眺めた。
見まごう事なき、人の手だ。
若干色白にすぎ、また細く繊細に見えるのが難点だが確かに自分は機械人間ならぬ「人間機械」に成った様だ。
「飛べるって言ってよな・・・あらよっと。」
コナユキはその場でジャンプしたり念じたりしてみる。
タン、タンと。悪魔の実を喰らったことで体重まで変化しているのか、うって変わって軽やかな足音。
しばらくすると、そうこうする内にコツを掴んだのか自在に宙を飛べる様になっていた。
自在に宙を舞うことを楽しむコナユキ。
スピードはさほどでもないようだが、重力を完全に無視したかのような理不尽な旋回性能は非常に強力な武器になるだろう。
「すっげぇな。流石は幻獣種。で、お次は・・・・・。」
スッと地に降り立つ。
そしておもむろにコナユキはボロボロになったズボンを広げて、そっと広げて股間を覗き込んでみた。
それこそが今回の危険を冒した最も大きな理由の一つであり、
男の象徴がその身に蘇っているかは実に死活問題である。
このために地獄のような遺跡を踏破してきたのだ。
じっと見る。
無論、そこに目的のブツが存在することをこの時点では疑いもしないコナユキである。
だが、
「────アレ?」
コナユキは目を丸くした。
何か信じられないものを見たような顔で、目をグシグシと擦るコナユキ。
よく目を揉み解した所で、ハイもう一度。
「・・・・・・無い。」
目を皿のようにして念入りに股間を凝視するも、現実は変わらない。
呆然とした顔で呟くのは、ボロボロの衣装を纏った一人の『少女』。
完全変身形態で、鋼の男が変じたのはまさしく16かそこらの少女であった。
「どういうことだ・・・なんで・・・・こんなことが・・・・!?」
ドサリ、と。その場に膝を突いたコナユキ。
呆然とした顔が、お堂の奥に据え付けられていた鏡に映っていた。
さらりと流れる黒髪に、赤茶色の目。美しく整った造詣とほっそりとした首。
そして抜けるように白い皮膚はかつての面影の欠片も無い。
────コナユキが喰った悪魔の実は、ヒトヒトの実幻獣種 モデル:天女。
能力は、通常のヒトヒトの実の能力に加え、空を飛ぶ事。そして自分や他人の怪我をある程度治癒できるようになる事。
そして、───絶世の美少女になること。
「なんでだああああああああああああああああああ!?」
コナユキ。二度目の生にて、初めて絶望を知る。
つづく。