夕飯のあと、いつもの様に太朗と花子は一緒に勉強している。
今日は太朗の部屋で勉強会だ。
今やっているのは、中学生一年生相当の参考書である。分からないところがあれば、師匠に聞くことになっている。
「なー、花子ー」
「何ー、太朗くん?」
「え、えーっと……」
意を決して、太朗は花子に話しかける。
「手、繋いでも良いか?」
「……良いけど、急にどしたの?」
「――手を繋げば、分かる」
「変な太朗くん」
二人はそっと手を握り合った。
◆◇◆
公園の四阿(あずまや)で、秋谷の講義を聞く太朗。
珍しいことに、姉弟子たちは今日は居ないようだ。
「いい機会だし、ちょっと神通力について教えてあげよう」
「はい、師匠」
――神通力、あるいは六神通。
神足通、テレポートや飛行。阻むもの無し。
天眼通、霊視や千里眼や未来視。見えぬもの無し。
天耳通、神の声を聞き遠くの音を聞く。聞けぬこと無し。
他心通、人の心を読み取る。心を完全に理解すること。
宿命通、自分や他人の前世を知る過去知能力。魂の来歴を知る。
漏尽通、解脱し神仏と等しくなること。悟りの境地。
「色々あるんスねー」
「まあ、これは仏教の定義だけどね。実際は、もっと適当で出鱈目なものだよ」
「掌握領域も、その一つッスか?」
アニマから与えられる(目覚めさせられる)超能力だ。
「そうだね。巷で言われているPK能力やESP能力も、その一つと言って良いだろう。古来から言う仙術や呪術、魔術だってそうだ」
「なるほど……。じゃあ、『願い事』でそういった能力を覚醒させるってのも出来るんスかね?」
「出来るだろうね。掌握領域を与えるのと同じようなものだろうから。この世界にも、私のように、そういった天然の能力者は居るし」
さて、前置きはこの辺で終わりで、いよいよ本題である。
――太朗の能力とは?
「ま、コレに関しては、実際に体験してみるのが早いかな。……太朗、手を出して」
「? はい」
「じゃあ、目を瞑って、手の感触とそこから流れてくるモノ、脳髄と魂の奥に働きかけるチカラを意識するんだ。
難しいようなら、掌握領域を使う感覚を思い出すといい。アレも神通力の一種だからね」
「はい、やってみるッス」
太朗は目を瞑り、集中する。
秋谷が、太朗の手を握る。
「じゃあ、行くよ? ちゃんと覚えるんだよ――」
そして太朗の意識は、光に呑まれた。
◆◇◆
ネズミの騎士の悪足掻き 5.神通力覚醒!?
◆◇◆
白。
いや、黒?
何かの奔流に呑まれ、太朗の意識は流されていた。
何か。
それは未来。
それは過去。
それは現在。
その奔流は、何処から来るでもなく、太朗を中心に溢れ出していた。
それは慟哭。
それは無念。
それは悲哀。
それは歓喜。
それは感謝。
出会い。
別れ。
従者たちの記憶。
生まれ変わった彼に根付いた、記憶の奔流。
だがそれだけではない。
彼が輪廻の輪で触れた全ての情報が、蓋を外されたかのように溢れ出して彼の魂を呑み込む。
――“やばい。”
『相対性理論』 『大統一理論』
『相克渦動励振原理』
『形而上生物学』 『生命の樹』 『神への階梯』
『ブレーン』 『超弦理論』 『量子重力』
『28次元重力立面理論』
『黄金の夜明け』 『薔薇十字』 『テンプル騎士団』
『ヘルメス・トリスメギストス』 『ジョン・タイター』 『ジェームズ・フレイザー』
『アカシックレコード』 『輪廻の輪』 『宇宙大帝』 『多世界量子重算炉』
――“あ、あ、あ、ああああああああああああっ!?”
流れ出す圧倒的な情報に呑まれ、彼自身が消えてしまうかとも思われたその直前――
「おっと、大丈夫かい?」
呼びかける師匠の声によって、留められた。
――“し、師匠?! ど、どこッスか?”
「直接交信しているから、姿は見えないよ。それにしても、驚かせて済まなかったね」
――“いえ、ところでこれ、というか、ここ、何なんです? さっきのはっ、一体――”
「それは後で説明しよう。この感覚を忘れないようにね。魂が交わる感覚を――」
――“し、師匠ーー!?”
唐突な浮遊感、いや、落下しているのか?
太朗の意識は、今度は闇に呑まれる。
溢れていた情報という光も途切れて消える。
◆◇◆
「とまあ、さっきのが君の能力な訳だ」
「……」
「おーい、太朗、起きてるかー?」
「……う、うぅ……師匠、さっきの何なんスか、頭ン中ぐちゃぐちゃになって千切れて破裂して無くなるかと思ったッス……」
秋谷は心配そうに、四阿(あずまや)のテーブルに突っ伏している太朗を覗き込む。
太朗はジト目で睨み返す。
「済まん済まん、思っていた以上に太朗の能力が強力でな」
「……結局、さっきのアレ、何だったんスか?」
「ん、接触感応だよ」
接触感応。
サイコメトリー。
触れることで、物体の情報を呼び出したり、人の考えを読み取る力。
「へー、サイコメトリー……ッスか……。これって、使う度に、さっきみたいなことになるんスか? 精神が持たねーと思うんスけど」
「いや、さっきみたいにはならないだろう。
さっきのは、『私が太朗から読み取った太朗の魂の記憶』を、さらに太朗がサイコメトリーで読み取ったせいだね。
私が間に入ることで、魂の情報がクリアになって、普通以上に色々と読み込んでしまったんだろう。私もさっきはサイコメトリーを使ってたからね」
秋谷の並外れた神通力が、太朗と秋谷の間で作用し、アンプになったのだ。
それだけでなく、ひょっとすれば、秋谷を通じて、太朗もアカシックレコードの末端にでも触れたのかも知れない。
ぎりぎりで秋谷のフォローが間に合ったが、そうでなければ、どうなっていたことか。
「能力覚醒のために、私の方からも積極的に思念を流していたしね。
普通はそんな風に思念がハウリングするみたいに増幅深化することはないはずだよ。
読み取れるのも、最初のうちは表面的と断片的な呟きのような思念だけだろう。その内通信速度も向上するがね」
「はあ、そうッスか。で、これ、何に使えるんスか?」
そこんとこ重要である。役に立つのかどうか。
「それは自分で考えるんだ。教えてしまっては、それが枷になる。そこが限界になってしまうからね。超能力は、想像力が左右する」
「えー、せめてヒント下さいよー」
「まあ、少なくとも言葉を使わずに他人と心を通じ合わせることくらいは、簡単に出来るだろう。
最初は、相性が良い人間との間だけ、だろうけれどね。それ以上は、修練次第だ」
つまり、『手を合わせて見つめる だけで、愛し合えるし話もできる』と。
「実は君は、無意識に少しはこの力を使っていたんだよ?」
「え? そうなんスか?」
「初めて私と会った時、花子の手を握って目を見て話すように言っただろう?」
「……あれにそんな意味が」
確かに、自分が何を語るべきなのかが、『心』で理解できたと感じたのを、太朗は思い出す。
花子の心が分かったような気がしたし、こちらの伝えたいことも、ほんの短い言葉で言葉以上に伝えられたような気もする。
それも、未熟ながら発動していたサイコメトリーが力を貸していたのか。
「ということは、花子に対してはこの能力が使えるんスね?」
「そうだね、魂の相性が良いんだろう」
「……そっか、相性いいのかー……。にへへ」
思わずニヤける太朗。
花子が自分にとっての特別だということを再確認出来て嬉しいのだ。
「よく以心伝心と言うだろう? そういったチカラは、誰しも多少は持っている持っているものなんだ。太朗は、それが少しだけ人より強いんだ」
「なるほど……。でも師匠、『前の戦い』の時は、こんなチカラ、持ってませんでしたよ、俺」
「まあ、そうだろうね。これは、今の君だからこそ目覚めた力だ」
前世で太朗は、ビスケットハンマーを巡る超常の戦いに身を投じた。
転生の輪で従者たちの魂とふれあい、その記憶を写し取った。
そして今生では、終わってしまった人生の記憶を思い出した。
そんな太朗だからこそ。
二回目の人生だからこそ。
彼はこの能力に目覚めたのだ。
すべての変化は不可逆。
似たものには戻れても、同じものには戻れない。
『前の太朗』と、今の太朗は、同じではない。
「なるほど、つまりこれはいわば、神様からのプレゼント……。神は俺に生きろと言っている、という訳ッスね!」
「まあ、君の生への執念が報われたということだね」
「これも、掌握領域と同じように、使えば使うほどに強力になるんスか?」
と言っても、サイコメトリー能力を使いまくるって、いまいちやり方が分からないのだが。
「うん、そうだね。さっきの情報を取り込む感覚を忘れずに、色々試してみると良い」
「……例えば、古い庖丁から、料理人の経験を読み取ったり出来るッスかね?」
「出来るとも。太朗が望めば、ね。……望み確信すれば、能力は応える」
それは素晴らしい。
サイコメトリーを通じて、料理人としての経験値を積むことも出来そうだ。
8年後の戦いが、ハッピーエンドになった暁には、おそらくこのサイコメトリーもアニマが『持って行って』しまうだろうから、それまでが勝負だ。
「おおおおっ、モチベーション上がってきたっ」
「まあ、暫くは私相手か、花子相手に練習すると良いだろう。それ以外では中々発動するまい」
「……、花子相手にってことは、やっぱり、手を握って集中するってことッスか?」
それは、嬉し恥ずかしな修行方法である。
師匠は笑顔で頷く。その通りらしい。
「しかもただ考えを読み取るだけではない、太朗の考えも花子に伝わるはずだ。双方向だ」
「お、おぉう……」
「頑張れ若人」
兎に角、太朗は、【接触感応能力(サイコメトリー)・弱】に開眼した!
◆◇◆
そして冒頭に戻る。
『色々あって、師匠のお陰で、サイコメトリーに目覚めた』
『……』
『もしもし? 花子、【聞こえて】る?』
『……は? え、何コレ、頭の中に太朗くんの声が響いて、……幻聴?』
『幻聴じゃないから。接触感応って言うらしいよ』
……花子は太朗の顔と、手を交互に見比べる。
唖然として、言葉は出ないが、思念はグルグルと回っている。
それが太朗にも伝わる。
『うわぁん、たろくんが人間辞めたぁー!?』
『失礼なっ』
『私は、たろくんをっ、そんな風に育てた覚えはありませんっ、うわぁん!』
太朗は焦る。
『前の戦い』で指輪の従者が現れたときには、『花子』は割と簡単に受け入れていた。
だから、今回のサイコメトリーカミングアウトも、すんなり行くと思っていたのだ。
『うう、でもでも、まだほんの少ししか使えないしっ! こんな風に念話出来るのは、花子との間だけだしっ!』
『私だけ……?』
『そうそうっ! 花子だけにしか使えないから――』
“だからこれからもこうやって、練習させて”という言葉を続けようとして、それは花子の口から出た言葉に遮られる。
「私だけ……。――うん、なら、良いかなっ」
恐慌していた花子の精神が落ち着いたのを、太朗は、手の平から伝わる思念から感じ取った。
見れば、花子の顔も嬉しそうに見える。
花子が嬉しいと、太朗も嬉しい。手の平を通じて、お互いの心に、温かい何かが巡る。
二人はどちらともなく微笑みあった。
「それで、相談なんだけど――、時々、こうしても良いかな」
「うん、良いよ」
「ありがとっ。――あ、このサイコメトリーのことは、秘密にしといてね」
『二人だけの秘密』というやつである。
危ないような、心躍るような響きである。
太朗が、自分が抱えている全ての秘密――前世の知識、8年後の戦い、師匠の死の運命、その他色々――を、花子に話せる日も、あるいはそう遠くないかも知れない。
◆◇◆
後日。いつもの公園にて。
昴は、師匠との空手(?)の訓練を終えた雪待に、用意していたタオルと、麦茶を注いだコップを渡す。
「ユキ、おつかれー」
「おー、ありがとー。気が利くねー、いーお嫁さんになるよー」
「はいはい」
よく冷えた麦茶を飲んで、汗を拭きながら、雪待は隣のベンチを見る。
そこにはさっきまで一緒に組手をやっていた(というか、育成方針の違いがあるため、実際は一方的に雪待が攻撃していただけなのだが)年上の弟弟子が座っていた。日下部太朗だ。
その隣では、彼の幼なじみである宙野花子が色々と世話を焼いている。
「タローさんと花子さん、仲いーよねー」
「そーだね」
付き合いが短い二人から見ても、太朗と花子の仲は良いというのは、すぐに分かる。
今だってお互いに手を握って、時々微笑み合いつつ、花子は太朗の汗を拭いてやったりしている。
そこには言葉はないが、お互いの言いたいことは分かっているようだった。
昴と雪待が、もう少し男女の仲について何かしらの知識を得れば、太朗と花子の仲の良さを見て何かしら男女の仲を勘ぐったかも知れない。
だが、二人の少女は、まだ小学校に上がるかどうかという歳なのだ。
そんな二人が弟弟子コンビに抱く感想は、恋人とかそういう事ではなく――
「まるで、お父さんとお母さんみたいだねー」
「だねー」
――それを一足飛びにした『夫婦』というものであった。
身近にいる男女の組のサンプルが、そのくらいしか無いから仕方ないと言えば、仕方ないことである。
だが、それはかなり的確に、太朗と花子の仲を表しているかも知れなかった。
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という訳で、タロちゃんが開眼したのは、サイコメトリー(花子限定)でした。そのうち成長するかも知れませんけども。
タロちゃん強化というより、スキンシップ促進のためのギミックですね。前の話で挙げた幾つかの能力を実現するための布石でもあります。
花子を守って死んだんだから、このくらいの役得があっても良いはずだー、と思います。もっともっと、二人でいちゃつけー。
次回は、『東雲家にて』というところでしょうか。東雲半月登場予定。
初投稿 2011.01.02