あらすじ。
日下部太朗は逆行者である!
生き延びて宙野花子といちゃラブするために時間を遡ってきたのだ(と彼は信じている)。
なんだかんだで惑星を砕く物語は半ばを超え、いよいよ佳境である。
逆行前より強化されてるっぽい泥人形、助けられなかったカジキマグロの騎士、生き残ったイヌの騎士……未来は誰にも分からない。精霊にも魔法使いにも。
そんな中で、日下部太朗は果たして生き延びられるのか!?
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獣の騎士団に転機が訪れたのは、彼らが鄙びた海辺で夏合宿を開いている最中のことだった。
合宿中盤の、雨がしとしとと降る朝方のこと、騎士たちは精霊(プリンセス)アニマに異空間に招かれた。
そこで驚嘆すべき出来事が起こり、騎士団の面々は戦いが新しい局面に入ったことを知る。
転機の象徴たるは、『霊獣(ユニコーン)』の騎士の登場。
以前よりほのめかされていた幻獣の三騎士のうちの一つが、ついにようやく、現れたのだ。
精霊アニマの力を与えられて、あのイヌの騎士が、真白き一角獣たる『霊獣』の力を宿したのだった。
「って、イヌかよ! ユニコーンはウマじゃねーのかよ!」という全員のツッコミとともに。
まあ、さておき。
他にもヘビの騎士たる白道に魔王主従の野望がバレたり、それをネズミとカマキリがフォローしたり色々ありつつ――。
そして、その記念すべき日の午後には雨も上がって、うだるような蒸し暑さが日差しと共にやってきて。
同時に『ソレ』も唐突にやって来た。
いや、いつもソレは唐突にやってくるのだ。
――ゾグンッ
と身体に刃を突き立てられるような、
あるいはまるで大斧で真っ二つにされるような、
冷たく凍るような『殺気』の気配もまた、やって来たのだ。
もはや慣れ親しむほどに繰り返されて、しかし決して慣れることはできない殺気(ソレ)。
すなわち、泥人形の出現の、ソレ。
「……ッ!!」
「これは――」
誰もが息を呑み、手に汗を握る。
騎士たちは、このおぞましくも恐ろしい気配に覚えがあった。
以前に『遭った』覚えがあった。
「直ぐに『綿津海(ワダツミ)』で策敵するッス!」
「いや――必要はあるまい……。これだけハッキリしていれば、嫌でもわかる」
索敵に特化した拡散型の掌握領域――索敵海域『綿津海』を展開しようとした太朗を、南雲が止めた。
索敵の必要はない。この『大斧のような殺気』は、間違いない。忘れるものか。
これは、先日“七ツ眼”の半分を食らって強大に進化した“八ツ眼”の泥人形に相違ない。
離れていても分かるこの凶悪さ。かつてない強敵だ。厳しい、厳しい戦いになるだろう。
だが海に特訓合宿に来ていた騎士団の面々に、緊張はあっても、動揺はない。
彼らは戦士だ。
誰も彼も、既に戦う覚悟はできている。
「いくぞ」
「はい」「ええ」「もちろん」
凛とした表情で、彼ら騎士団は旅館の部屋から表へと向かう。
◆◇◆
確かに不安要素はある。
――最大戦力たるさみだれの一時戦線離脱だ。
精霊(プリンセス)アニマを宿す朝日奈さみだれは、イヌの騎士に『霊獣(ユニコーン)』の力を与えたが、そのために力を使いすぎたのか、今は、宿の部屋でグロッキーになっている。
「うう~、力が出ぇへん……」
「姫……」
「こんな時に、ゴメンなぁ、ゆーくん」
トカゲの騎士・雨宮夕日が甲斐甲斐しく世話を焼いている。
体調が悪いせいか、姫は不安げだ。
強大な敵との戦いを前にして、騎士団の誰かが欠けやしないかと、嫌な予感が拭えない。
だが姫の不在でも勝機は十分以上にあるだろうと、雨宮は考えている。
それはある種楽観的な思いとも言える。だがそれは、ただの楽観ではなく、根拠ある楽観だ。
最大戦力の不在を埋める、新たなる最大戦力の存在が、雨宮の楽観――あるいは勝利への自信――に根拠を与えていた。
「ゆーくん、行くぞー。みんなもう外で待ってるぜ」
宿の部屋の襖を開けたのは、イヌの騎士・東雲半月だった。
姫を看病する雨宮を戦場へと誘いに来たのだ。
「東雲さん、ごめん、あたし……」
東雲半月は、臥せっているさみだれの顔に弱気の虫を見出すと、にやりと不敵に笑ってみせた。頼もしい、ヒーローの笑みだ。
「さみちゃん、心配すんなって。今日はこのかっちょいいお兄さんに任せとけって!」
「東雲さん……。うん、お願いします」
彼、東雲半月に宿ったのは、新たな力。
幻獣の三騎士のひとつ、『霊獣(ユニコーン)』。
圧倒的なサイキックの力を姫から分け与えられた、最強の一角。
しかもその力を操るのは、“風神”と綽名される古武術の達人――イヌの騎士、東雲半月なのだ。
あるいはユニコーンの力を揮う半月は、攻撃力という面だけならば、さみだれを上回るかもしれなかった。
「行こうか、ゆーくん」
「はい。行きましょう、東雲さん。――姫、では行ってまいります」
イヌの騎士とトカゲの騎士は、姫を残して戦場へと向かう。
最強の騎士と、魔王の騎士。
その背中は頼もしかった。
でもさみだれは何故だか無性に悲しくなった。
それは、この二人がやがて決裂する定めにあるからだろうか。
◆◇◆
「来たか、東雲、雨宮。これで全員揃ったようだな」
二人の騎士が雨上がりの旅館の前へと出てくる。他の面々は既にそこで待っていた。
林から聞こえるはずの蝉しぐれは“八ツ眼・改”の大斧のような殺気に当てられてか、ぴたりと止んでしまっている。
耳鳴りさえしそうなくらいの不自然な静寂と夏の日の熱気の中、騎士団の面々は、体調を崩しているさみだれ姫を除いて勢揃いした。
「よし、獣の騎士団、出陣だ!」
ウマの騎士である南雲が号令をかける。
『応!』、と気合を充実させて騎士団の皆は答えた。
向かう先は、海からほど近い里山の麓だ。
敵はそこで待っている。
◆◇◆
ネズミの騎士の悪足掻き 21.対決! メタゲイトニオン・改!
◆◇◆
泥人形とは絶望のカケラである。
奴らは空に浮かぶ、絶望の象徴たる星砕きの『ビスケットハンマー』の兄弟たちなのだ。
それこそが魔法使いアニムスの泥人形。
アニムスの、全知への渇望の化身でもあるそれらが、太朗たち獣の騎士団の敵である。
旅館からほど近い山の麓の、中でも雑木林が開けた天然の広場のような場所。
殺気の源をたどって、獣の騎士団が警戒しながらやってきたそこで待ち構えていたのは、やはり予想通りの相手だった。
確かに、以前に垣間見た相手だった。
“七ツ眼”の半分を喰らって強化された、“八ツ眼”の泥人形。
異貌の化け物巨人。
見上げても足りないほどの土色の巨躯。
まるで、ワニ頭のエジプト神・セベクの上半身を、巨大なワニの身体に載せたような。
あるいは恐竜をケンタウロス型にしたような。いや、ケンタウロスを竜種にしたような。
それが、“七ツ眼”の上半分を食らって融合した“八ツ眼”――メタゲイトニオン・改の姿。
「はっ、カッチョイーじゃねーの」
戦闘狂の三日月が、牙をむき出しにして笑った。それは虚勢か、あるいは強敵を前にした歓喜か。
いや、案外単純に、メタゲイトニオン・改の姿が三日月の趣味に合っただけなのかもしれない。
「まあ、今までの泥人形よりは、分かりやすく『バケモノ』ッスよね」
太朗は注意深くメタゲイトニオンの全身を見る。
記憶を持ち越している彼にとっても、この『八ツ眼・改』は未知の相手だ。
まず目を惹いたのは、メタゲイトニオン・改の長い尾だ。無数に剣を生やした恐ろしい尾。胴体と同じ程に長い尾は、剣を束ねたような外見に違わぬ脅威を備えているのだろう。
尾の先から根本へと視線を動かしていけば、次に見えるのはダンプカーのような大きさの胴体と、それを支える四肢だ。その四肢のそれぞれの付け根には感情を感じさせない眼玉が一つづつ開き、ぎょろぎょろと周囲を見回している。
さらに視線を動かせば、巨大な胴体の先からは首の代わりに隆々たる上半身が立ち上がり、それは両肩から巨木の幹よりも太い腕を生やしていると知れる。こいつは体を支える四肢に加えて、ゴリラを思わせるような両腕まで持っている六肢の異形なのだ。
太い腕を支えるイカリ肩から胸にかけて、まるで博物誌の首無し人種『ブレムミュアエ』かのごとく不気味な双眸が開き、騎士たちを見据えている。
しかしコイツは首無し人種ではない。双眸を宿す肩の上には、ワニを模したような、あるいは肉食恐竜のような頭部が載っている。大きく裂けた口の中からは、ナイフのような無数の鋭牙が覗く。その口は人一人くらい簡単に飲み込めるほど大きく、牙は容易に騎士の身体を引き裂くだろう。
身体のあちこちに瞳を埋めた巨大なドラゴケンタウロス。
暴力の化身と称するにふさわしい威容であった。
四肢と肩の6ツの眼と、そして竜の顔に開く9ツの瞳――合計15の瞳がゆっくりと動いて騎士たちを睥睨する。
ごくり。
緊張に唾を飲んだのは騎士たちのうちの誰だったか。
張り詰めた糸のような気配が場に満ちる。
しかし。
「やあ」
そんな緊張などお構いなしに、聞きようによっては脳天気にもとれる声が掛かる。
声の出処は、騎士たちの遥か頭上。天からだ。
そんなところに居られる者は、ヤツしかいない。常識を覆す超能力者たる、敵の首魁しか。
いつの間にか虚空に、そいつの気配は現れていた。
いや、それも当然か。
「あれ。今日は、アニマは居ないのかな」
瞬間移動も、空中浮遊も、彼にとっては児戯に等しい。
彼――魔法使いアニムス――にとっては。
32世紀からやってきた、超越的サイキッカー。
破壊神を名乗る者にして、ビスケットハンマーの製作者。
そして、騎士団の敵。そんな彼を端的に表すとするなら、要は『ラスボス』だ。
そんな恐ろしい魔法使いの言葉に答える者が――応えられる者が居た。
怜悧な声が、主人の敵へと言葉を返す。
「コイツ程度なら姫が居なくとも充分、ということだよ。魔法使い」
魔王の騎士でもあるトカゲの騎士・雨宮が、異形のドラゴケンタウルスに手を向け、冷然と答える。
既にその手には臨戦状態に引き絞られた掌握領域『方天戟』があった。
捻じられたそれは、今までも泥人形を穿ってきた、そして次もまた――。
冷めた声音とは裏腹に、雨宮の闘志は熱くたぎっているのだ。
今しも放たれんと方天戟が引き絞られた瞬間、しかし雨宮を押しとどめる声が続いた。
「おっと、ゆーくん。今ばかりは俺に任せてもらおうか!」
「……東雲さん」
押しとどめて前に出たのは、イヌの騎士・東雲半月。
いや、もはや彼はただのイヌの騎士ではない。
「ルド!」
「アォオーン!!」
半月の掛け声に応えて、彼の相棒であるルドが遠吠えをする。
次の瞬間、ざわりと不可視不可触の、しかしそれでも風としか言えないものがルドを中心に吹き抜けた。
超常の力、サイキックの余波を魂が風として感じとったのだった。
見よ!
「行くぞ! ルド!」
「無論だ、半月!」
刹那の後、そこには東雲半月の背丈ほどもある巨大な狼が現れていた。
見よ、美しい白銀の毛並みを。
見よ、力強い四肢を。
そして何より目を惹くのは、その額から伸びる神々しい一本角。
神話の森にでも生きていそうな、強き獣がそこに居た。
霊獣(ユニコーン)の位階は伊達ではないのだ!
半月が巨狼となったルドの背にひらりと飛び乗る。
その手からは、馬上槍(ランス)を象るように凝縮された掌握領域が伸び、ギュンギュンと唸りをあげている。
「へぇ」
僅かにアニムスが口の端を上げた。
時間をすりつぶして遡上する彼にとって、パートナーにまたがる騎士の相手など今更珍しくもない。
だが、そういう悪足掻きが、アニムスは嫌いではないのだ。
「じゃあ、やってみるかい? メタゲイトニオンとさ」
『GUUURRRROOOOOOOOOOO!!!!』
主命を受けて、メタゲイトニオン・改が雄叫びを上げた。
その存在意義を果たすために――絶望を振りまくために。
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あけましておめでとうございました。
次はいよいよ「ギガドリルブレイクゥゥゥウウウ!!」の予定。
2015.01.14 初投稿