前回までのあらすじ! (語り部:ネズミの従者・ランス=リュミエール)
日下部太朗は逆行者だぜ! ここならぬ平行世界で惑星を砕く物語を俯瞰した経験を、太朗は何の因果かこっちの世界に持ち込んだんだ。
んで、太朗は花子とイチャつきつつ、仙人・秋谷の手引きでサイコメトリーに目覚めたり、願い事で超能力を強化したりして、早期に騎士団全員を集めることに成功したんだぜ。
戦いは今んとこは騎士団優勢で、現在六ツ眼の泥人形まで倒してるけど、カジキマグロ(ザン=アマル)の騎士・秋谷稲近の死を避ける事は出来なかった……。
そのあと二身合体しやがる七ツ眼を追い詰めたところで、なんと八ツ眼が現れて、瀕死の七ツ眼を吸収してパワーアップ! 魔法使いアニムスも登場し、物語はいよいよ佳境だ。そして強敵に備えるために騎士団は夏合宿で海にやってきていた!
強化された八ツ眼に、騎士団は勝てるのか!? そして、九ツ眼との戦いで立っている『前世』の死亡フラグを、太朗は克服できるのか!?
――んじゃ本編、季節外れの夏合宿、始まるぜ。
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「日下部くん、これ捌けるかい?」
「あ、風巻さん。何ですか?」
騎士団夏合宿一日目。
懇親のための海水浴のあと砂浜から帰ってきた太朗をそう言って呼び止めたのは、クーラーボックスを脇に抱えたネコの騎士・風巻豹だ。海水浴に加わらず、風巻と南雲は防波堤で釣りをしていたのだ。
風巻は太朗を手招きしてクーラーボックスの中身を見せる。
その中には刺々しい背びれが目立つ、まだら模様をした30cmくらいの魚が何匹か入っていた。
「あ、『バリ』ッスね」
「バリ?」
「えっと、『アイゴ』の別名ッス。前に見た料理番組のシェフが西日本の人らしくて、そんなふうに呼んでたんスよ。でもよくこんなに大きいの釣れましたね」
「ああ、今日は結構釣れてね。他にもいろんな魚が釣れたんだけど、そっちはここの板さんに捌いてもらってるんだ」
それでこのアイゴも旅館の板さんに調理してもらおうとしたのだが、断られたのだという。
まあ地方によってはアイゴは全く食えない魚として捨てられるというから、この辺りではアイゴを食べる習慣はないのかもしれない。
つくづく食とは地域に根ざした文化であると思い知らされる、先人からの継承が大事なのだ。
アイゴという魚は、その独特の磯臭い匂いから、地方によっては忌避される。
また一方で美味として珍重される地域もあり、アイゴ専門の釣り師もいるという。
背中に毒針が有るため、扱う際には注意が必要だ。刺されると数週間は痛みが続くとか。
「でも折角釣ったんだし、もうシメちゃったから、リリースって訳にもいかないし、どうにか料理できないかと思ってさ。日下部くんは、捌けるかい?」
「う~ん、俺も初めて捌くんですけど、まあ多分大丈夫だと思います。やり方は分かります」
「そう? 良かった」
「薄造りがいいッスかね? 内臓取って皮を剥げば、臭いも大分マシらしいんで」
「任せるよー」
風巻はクーラーボックスを太朗に渡して去っていく。
「……でも、これ全部捌いたら結構な量になるような。まあ人数多いし食べきれるだろ」
旅館の夕飯も合わせるとかなりの分量になりそうではあるが……。
「掌握領域のせいで、騎士の必要カロリーは多いしな。最悪でも風巻さんと姫がいれば全部食べきれる、はず」
「あの二人、よく食うもんなー」とネズミのランスが太朗の頭の上から声をかける。
安定と信頼の大食漢コンビである。数品メニューが増えても問題なく食べつくすだろう。
町内大食いメニュー全制覇コンビは伊達じゃないのだ。
「さて、じゃあちょっと厨房貸してもらえるか聞いてみるかな。あ、これを機にここにいる間に厨房手伝わせてもらってもいいかも?」
サイコメトリー使って、板長さんの経験盗んだりしても良いかもしれないし。
部屋に置いているマイ庖丁を取りに戻りつつ、太朗はそんなことを考えていると――
見慣れぬような、見たことあるような女性が廊下に……浮いていた(・・・・・)。
「あ」
「あ」
「ん?」
太朗とランスは、大きな輪っかを上に浮かべた銀色がかった淡い若草色の髪の女性と目が合った。美人だ。
その三人は揃って声を上げる。
「アニマさま~!?」
「え、精霊(プリンセス)!」
ネズミの主従は驚きの声。
そして浮いている女性は、眠たげな感じで――
「む? 丁度いい、ネズミの。――メシ」
食料を要求した。
◆◇◆
ネズミの騎士の悪足掻き 20.精霊(プリンセス)アニマ顕現! そして登場、霊馬(ユニコーン)の騎士!
◆◇◆
「ん、旨かった」
「はあ、お粗末さまです。あ、お茶どうぞッス」
腹を擦るアニマと、その向かいに座る太朗。
太朗は風巻から預かったアイゴをサクッと捌いて薄造りにすると、そのまま直ぐにアニマへと提供したのだった。
(風巻さん、ごめんなさいッス。頂いた魚は食べられてしまいましたッス)
心中で風巻に詫びつつ、自分にもお茶を出し、ほっと一息。
「って、飲んどる場合かー!」
「どうしたランス」
「いやいや、アニマさまが出てきたってんなら一大事だろ! 他の騎士にも知らせないと!」
のんびりしてる太朗にランスが突っ込んだ。
それに構わずマイペースで、アニマが呟く。
「他のはもう知ってる」
「ええ!?」
「ん」
アニマは視線を窓の外――砂浜の方に向ける。どうやらそこで他の騎士に会ったと言いたいらしい。アニマは口数が少ない、というよりは、喋るのがめんどくさいという印象だ。
おそらく太朗が砂浜から戻った後に、アニマは顕現したのだろう。
どうやら太朗だけ入れ違いになったようだ。
「でも他の騎士が居ないのはどうしてッスか? 風巻さんなんかはさっきすれ違ったあと、てっきり部屋に戻ったんだと思ってたんスけど」
「先に行かせた」
“先に行かせた”?
太朗は疑問に思ったが、直ぐに『思い出した』。
『前回』もアニマ顕現後には、騎士一同はアニマによって集められたのだった。
今回も同様にして、風巻は何処とも分からない塔の上へ――恐らくはアニマが作ったサイキック異空間へ――飛ばされているのだろう。
その他の騎士はまだ海岸に居るのだろうか? それとも既にアニマの空間へと送られているのか。
(あれ? でもなんで俺だけ別枠扱い?)
太朗が『憶えて』いるアニマなら、太朗の都合関係なしに問答無用で異空間へテレポートさせるだろうに。
太朗はそこについて、ふと疑問を覚えた。
それとも、二人きり(サシ)で話したいことでもあるとでもいうのだろうか。
(……。心当たりはある、けど……)
主に平行世界の記憶を持ってることとか。
……いや案外ただ単にお腹が空いてただけか?
実際に時間を遡っているアニマからすれば、太朗の持つ記憶なんて大して価値の無いものかもしれないし。
「あの、腹ごしらえも済んだなら、俺もさっさと行ったほうがいいんじゃ?」
「ん」
アニマは頷くと、つい、と軽く指を振った。
「うわ!?」
「おわぁ!!」
と、同時に太朗とランスの姿が消える。強制転移だ。
残されたのアニマだけ。
彼女は銀色がかった若草色の髪を揺らがせながら、宙へと浮かび上がる。
「……ようやく終わりにできるか。いや、必ず終わりにするんだ。――だから待ってて、お兄ちゃん……」
アニマは、ビスケットハンマーに座る兄を想い、瞑目して己の内の覚悟を確かめる。
そうだ、覚悟を決めなくてはいけない。兄を殺す覚悟を。
己の半身たる双子の兄を殺すに足るだけの理由(モチベーション)が、彼女には必要なのだ。
例えば『惚れた男のため』というような、ありがちだがそれ故に強力なモチベーションが。
生半可なモチベーションでは、肉親を殺すことなど出来はしない。
だから、アニマは己の想いを託しうる者を――トカゲの騎士・雨宮夕日を――瞼の裏に浮かべる。
そしてまた別に思い浮かべるのは、『戟がアニムスを貫いた光景』。
それは、この世界ではない、どこかの世界で紡がれた終着の光景。
アニマが見たことのないはずの光景だが、その光景は、彼女の脳裏にありありと、まざまざと再生される。
アニマは先ほど太朗を転送する一瞬の内に、彼の持つ記憶を読んだのだ。この光景は、その中の一場面だった。
「まあ、ネズミの騎士の『前世』の記憶を読んだからと言って、別に何かするつもりはないが」
太朗が何かを『知っている』風だったから、興味を惹かれて記憶を覗き見てみたが、まあそれは正解だったのだろう。
彼女が『太朗の記憶』から読み取ったのは、自分の(正確には平行世界のアニマの)男を見初める目に間違いはなかったという証明の光景であった。
太朗の『前世の記憶』の中の『雨宮夕日』は、惚れ惚れするいい男に成長しており、立派にその役目を果たしていた。
それを知れただけで充分であるし、もとからアニマは騎士たちの行動に干渉する気持ちは無いのだった(雨宮は例外として)。だからこれまでの戦いでも、騎士の裏切りなどを承知の上で放置してきた。
アニマが太朗の記憶を覗いたのは単なる興味からだったが、結果的に覗いておいて正解だろう。
「あの『記憶』をアニムスに知られるのは厄介そうだから、プロテクトは掛けさせてもらったがな」
太朗が持つ『記憶』は、アニマにとっては害にならないが、アニムスにとってはそうではない。
あれは、アニムスにとっては、あってはならない敗北への道筋を記録したものなのだ。
だから彼女は、兄にだけは太朗の記憶を見られないようにと、太朗の記憶に対して、先ほどの一瞬で厳重に精神防壁を施していた。
「さて、行こうか」
騎士たちを余り待たせるわけにもいかないだろう。
アニマの超能力が発現する。
――すぐに彼女も虚空に消えた。
◆◇◆
「おー、タロー! 遅かったじゃないか! って、どしたん?」
「ぬぐぐっ、なんか頭がガンガンする……。ナニカされたような……?」
「おい! タロー! 手どけてくれ! 潰れるっ、てか、潰れてるぅッ!」
「ぬあっ!? すまん、ランス!」
慌ててランスの小さな身体の上から手をどける太朗。
というか、従者って潰れるのだろうか? 物理的実体は無さげなのに。
「うー、頭痛ぇ……」
「死ぬかと思ったぜ」
太朗はコメカミに手をやって頭を振るう。
まるで初めて秋谷師匠にサイコメトリーを目覚めさせられた時みたいな頭の痛みだ。
ランスは太朗の腕の下敷きから開放されると、素早く太朗の身体を駆け上り、彼の頭の上でふぅと一息ついた。
「どうした、大丈夫か。頭でも打ったか?」
「あ、平気っス、南雲さん」
痛みを堪えて周囲を見回せば、そこはどこかで見たことのあるような塔の上だった。広さは直径20mほどだろうか、古代の神殿跡地のような、廃墟めいた雰囲気を感じさせる場所だ。
恐らくはこの空間へと、アニマによってテレポートさせられたのだろう。
では先程から太朗の頭を苛む鈍痛は、テレポート酔いか何かだろうか? 『前回』の時はこんなことはなかったのだが。
「たろくんが最後だよ、何してたの? 私たちが来てから結構時間経ってるけど」
「あー、アニマにメシねだられて……刺身作ってた。あ、そうだ、風巻さん、もらったアイゴは全部アニマに食べられちゃったッス」
「あ、そうなんだ。まあ仕方ないね」
「すみません」
「いいっていいって。ていうか、アニマってご飯食べるんだ、他の従者は食べないのに」
見れば、他の騎士たちは既に揃っているようだ。
……海からそのまま拉致られてきたようで、ほとんどは水着姿である。
あとギリシャかローマの神殿じみた場所で水着姿だと、何かのグラビアの撮影みたいでちょっとエロい。
「眼福。シチュエーションが変わると途端にエロくなるよね」
なので花子にそう囁いてみた。
「私なんか見ても面白くもないでしょう、どうせ見るなら白道さんみたいな方が――」
「俺は花子がいいの」
「……もう、何いってるのよ」
冷ややかな反応が帰ってきたが、これはこれでよし。
微妙に耳が赤くなってるのを隠せていないので更に良し。
他の騎士から呆れのような羨みのような視線が来るが、キニシナーイ。
「ん。全員揃っているな」
「遅なってゴメンなー」
散歩のついでのような気安さで、何もない所から、アニマと姫が現れた。
アニマは裾の長い不思議な服装をしており、その頭上には月と地球を象ったシンボルが公転するリングを浮かべている。
姫の方はビキニ水着の上からパーカーを羽織った格好だ。少し前まで海水浴をしていたため、湿り気を帯びている。
『はぁ~~……』
そして現れたアニマの方を見て、従者の獣たちは一斉に、深くため息を吐いた。
……従者たちの溜息に、騎士たちも苦笑を隠せない。
まあ、いきなりろくな説明もなしにこんな所に飛ばされれば、アニマのその破天荒な傍若無人さにため息を吐きたくなる気持ちも分かる。
(あの輪っか何だろう?)
(騎士を集めて何をするつもりなんだ)
(美人さんー)
(大っきい……)
騎士たちが思い思いに感想を抱いていると、アニマはぐるりと騎士たちを見回した。
プイ、と従者の獣たちが目を逸らした。
従者たちが目を合わせないように顔をそらす中、アニマはイヌの騎士・半月のところで視線を止めた。
正確にはその傍らのイヌの従者・ルド=シュバリエを見た。
ルドはどうやら目を逸らし損ねたらしかった。
じーっとアニマに見つめられ、ルドは蛇に睨まれた蛙のように固まった。不思議と冷や汗をかいているのが目に見えるようだ。
「犬」
「っ!」
ビクッとルドの体が震える。
「こっち来い、犬」
「……はぁ……」
「ほら。早く」
手招きするアニマ。彼女のフレア状の長い袖がパタパタと揺れる。
ルドは器用にため息をつくと、とぼとぼと歩き出した。
「ん」
アニマは近寄ったルドの脇を抱えて持ち上げる。
そしてそのまま地面から引っこ抜くように投げ上げた!
「――っ!!」 「ルドー!?」
「いくぞ、犬」
ルドが悲鳴を飲み込んだのは、武士の意地だろうか。半月の驚愕の声が後を追う。
まるでボールのように縮こまって、空中でくるくる回るルドに合わせて、アニマも跳んだ。
全身をエビ反りにして片手を振りかぶった彼女の姿は、まるでベテランのバレーボール選手のようで。
「ふっ!」
「むぎゅっ!?」
スパイク!
アニマの振りかぶった腕が、綺麗にルドの額を捉えた。
「うお、眩しっ!」
その瞬間、凄まじい音と光が打点を中心に発生し、ルドを打ち下ろした。
そしてルドは猛スピードで墜落する。
再び轟音、ルドの落下地点にはもうもうと土煙が広がった。
「る、ルドー! おい、大丈……夫……か……?」
慌てて駆け寄ろうとした半月が、しかし途中で立ち止まる。
土煙の中に、巨大な影が見えたのだ。
「な、なんだ? ルドか?」
「む……、どうした、半月。……? 小さくなったか、半月?」
「いや――」
半月は、土煙が晴れたそこにいた巨獣と、真正面(・・・)から視線を合わせた。
「――お前がでかくなったんだよ、ルド」
「うん?」
そこに居たのは、馬ほどの大きさのある白い巨狼だった。
巨狼の額からは立派な一本のツノが生えており、純白の体毛と合わさって神聖さを醸し出している。
さっきスパイクされた衝撃で、ホコリまみれの涙目でなければもっと格好がついただろうに。
「おーおーおー! いや、立派になったもんだ! はっはっは!」
「こらやめろ、叩くな」
「おいおい、このツノって本物? あ、後でブラッシングしてやるよ。南雲さ~ん、大っきなブラシ持ってないですかー?」
「ツノを引っ張るな、地味にこそばゆい!」
「あとで鞍も準備しようなー! もの○け姫ごっこしようぜ!」
「ウゥ~、バウガウッ!!」
「怒んなよ~、ルド~、あっははははははは!」
半月がルドのもっふもふでふっさふさの毛皮に顔を埋める。
モフり、そしてモフる。モフる。モフる。モフる…………。
ふかふかだ。
「半月さんずるいー、あたしもー」
「おお、さみちゃんもモフれ!」
「わーい!」
「ちょ、姫、やめっ――!? クゥ~ン」
さみだれがルドを急襲する。
「うむ」
じゃれ合うさみだれを見て、アニマが頷く。
「では帰還させるぞ。励めよ、犬――いや霊馬(ユニコーン)」
『!?』
霊馬(ユニコーン)? あれが!? 馬じゃねーじゃん!
――という驚愕の感情を騎士たちに残し、彼らは再び強制的に転移させられた。
◆◇◆
翌日。
合宿二日目は雨だった。
しとしとと降る雨は、しかし午後には上がるだろうと思われた。
この空模様だ、外での特訓は中止となった。
昨日、アニマから力を与えられて巨狼と化したルドだったが、今は元のサイズに戻って他の従者たちと何かと話し込んでいるようだ。
どうやらちゃんと、柴犬サイズと巨狼サイズで切り替えができるらしい。
「でさでさ、ルド、その、どうなの? 幻獣化ってさ」
「まあ悪くない。見下されることはないからな」
「あー、確かにそれはあるかもー」
「しかしのぉ、自分で歩くのも大変ではないか?」
「ロンは亀さんだからねー、雪待ちゃんについてこうとしたら大変だよねー」
黒猫のクーや陸亀のロンたちが、幻獣化を経験したルドにその感想を訊いている。
騎士たちも従者たちと同じく、思い思いに過ごしている。
戦術論議をするものや、カードゲームに興じる者達。
だが、この場には居ない者たちもいる。
「朝日奈の体調は戻らんか」
「みたいですね」
南雲と風巻が話題にしているのは、東雲半月の幻獣騎士化の反動で寝込んでいる姫――朝日奈さみだれのことだ。
「いま泥人形に来られるとマズイかもしれませんね」
「いや、そうとも限らんだろう」
「そうですよ、さみちゃんが抜けた穴は、俺が埋めますんで」
南雲の言葉を引き継いだのは、件の半月であった。
「それはもちろん、頼りにさせてもらうよ」
「朝日奈を前に出さずに済むなら、それに越したことはないだろう。そもそも子供を前に出すのは好かん」
「まあでもそうも言っていられないでしょ。そんな甘い戦いじゃなさそうだ。っていうか、さみちゃんはもう高校生ですよ? あんなナリですけど」
大人組としては、子ども組を戦わせることに内心忸怩たる思いがあるのだが、そこは折り合いを付けねばならないのだろう。
もちろん、子どもたちが戦いたくないというなら決して戦わせることはないが、彼ら自身の意志で戦いに参加するなら、止めることは出来ない。
「で、半月、実際のところどうなのだ? 霊馬(ユニコーン)になった影響というのは」
「んー、それを今日試そうと思ったんですけどね」
「この雨じゃあねえ」
外はしとしと涙雨。
「まあ、昨日少しだけやってみた感じだと、これまでの掌握領域とは全く別物ですね。百人力とまではいきませんが、十人力はある感じです」
「そうか、そうなると連携も考え直さないとな」
「ええ」
それだけ出力に違いがあれば、全く別の兵科と言って過言ではあるまい。
十全な連携を行うには、充分な訓練が必要になるだろう。
しばらくは朝日奈と同じく、大火力の遊撃として扱うしかないだろう。
「でも十人力か……。かなり期待しても良いってことかな?」
「ええ、それはもちろん」
「頼りにしてるぞ、“風神”」
とその時。
「おい兄貴っ!」
スパーン! と旅館のふすまが開かれた。
「何だ三日月? 水着なんか着て」
「兄貴も着替えろ! 修行だ!」
そこに立っていたのは、水着に着替えた東雲三日月だ。
どうやら『水着なら濡れてもオーケー』→『雨でも模擬戦できる!』という思考回路らしい。
「霊馬(ユニコーン)の騎士様の実力を確かめてやらあ!」
「ほうほう、いい度胸だ、三日月。ちょうどその話をしてたとこなんだよ、よし待ってろ着替えてくる」
半月も三日月の挑発に乗って出て行く。
東雲兄弟を南雲たちは見送る。
「ふむ、そうか程々にな。身体を冷やしすぎるなよ」
「怪我しないようにね」
すぐに半月は着替えて、三日月とともにドタドタと廊下を走る。
「おいルド! 行くぞ!」
「はあ、雨に濡れるのは嫌なのだが……」
「ムーも濡れるの嫌か? 嫌なら浜辺のビーチパラソルんとこにいていいぜ」
「…………」
東雲兄弟は、それぞれの従者を連れて外へと飛び出した。
「さて。朝日奈には今、雨宮が付いてるんだったか?」
「あとアニマも一緒に居ますよ」
「アニマか……。アニマとは、一体何なのだろうな」
「アニマとアニムス……。心理学用語ではメジャーですけどね、偽名でしょうか?」
「どうだか。確か女性元型(アーキタイプ)と男性元型のことだったか……、アニマと魔法使い(アニムス)は、やはり関係あるのだろうな……」
「髪の色とか同じでしたもんね」
風巻は、夏合宿の少し前に見た夢を思い出す。
夢の中で、あの宇宙に浮かぶ『ビスケットハンマー』の上でアニムスと対峙したのだ。
たしかにそこで見たアニムスは、アニマと同じ不思議な風合いの若草色の髪をしていた。
(そう、夢の中、ビスケットハンマーの上で、アニムスに勧誘されたんだ。『仲間にならないか』って。実はアニムスって名前も本名だって聞いたし、本当かどうかわからないけど、未来から地球を破壊しながら時間を遡ってるのも聞いた。
そして、一緒に全ての根源『アカシック・レコード』を目指さないかって誘われて――――まあ、その提案は蹴ったんだけど。僕が目指すのは、全知全能の知識そのものではなくて、それを使っていかに人類を幸せにするかってことだし。
で、決裂ついでに、折角のチャンスだからって、まだモンターク(二ツ眼・月曜日)も壊れてないのに、少し無理してディンスターク(三ツ眼・火曜日)を出して――
直後に“八ツ眼・改”に襲われたんだよね。あれはアニムスを守ってたのかな、ディンスタークは頑張って少しは手傷を与えてくれたけど……、結局は、“八ツ眼・改”の剣の尾で薙ぎ払われて……)
風巻は、無意識に自分の腹に手をやる。
(そう、僕ごと真っ二つにされたんだ)
夢の世界で、確かに風巻は、アニムスが操るメタゲイトニオン・改に、致命傷を負わされたのだった。
「どうした、風巻? 顔が青いぞ」
「なんでもありませんよ、ええ、大丈夫です」
「それなら良いが。これ以上騎士が倒れるのはマズイからな」
腹を擦る風巻だが、そこには何の傷もない。
(そう、あの後、すぐに治してくれたんだ――――茜くんが)
風巻は部屋の隅で昴や雪待とカードゲームに興じる茜太陽――フクロウの騎士を見る。
あの夢の場になど居るはずのない太陽の能力――時空巻き戻しの治癒復元能力――によって、風巻は救われたのだった。
(アニムスは、茜くんのことを『神の騎士』だと言っていた。まあ、茜くんにも事情がありそうだったし、助けられたんだから僕から何かするつもりはないんだけど)
そこで風巻は思考を切る。
(――――あの夢の場で見た“八ツ眼・改”には、前の戦いで半月くんと雨宮くんの『方天戟』が付けた足の傷は無かった。
それを元に泥人形の回復ペースを考えると、僕のディンスタークが付けた傷も、そろそろ直っているはず。
アニムスの襲撃は、今日明日でもおかしくはない)
備えだけはしとかないと、と風巻は考える。
「そろそろ泥人形の襲撃があるかもしれませんね……」
「ああ、まあな。とはいえここで襲われても、騎士団が全員揃っているのだから、普通の平日よりはマシだろう。バラバラに居るところを、援軍も間に合わず各個撃破されるなどゾッとせん」
「まあ確かに」
「朝日奈に戦線復帰してもらうに越したことはないがな。アニマが言うにはよく食べて休めば治るということだが……」
「確か、日下部くんが板前さんを手伝って色々ご飯を作ってるんですっけ」
「ああ、白道と宙野にも運ぶのを手伝わせてるようだが、それでも足りないらしい」
先程から白道(ヘビの騎士)と宙野(カマキリの騎士)が何度も忙しなく隣の部屋へと食事を運び、空の食器を下げている。
ちなみにこの旅館の女将は板場で皿洗いを手伝ったり、車を出して買い物に行ったりしてくれているらしい。(あとで追加料金を弾まねばな……)と南雲は思った。
今も、東雲兄弟が開けっ放しにしたままのふすまから、白道が食事を運んでいったのが見えた。
「よく食べますよね…………
……アニマは」
そう、食べているのはさみだれではなく、アニマなのだった。
「ああ。実際あれは、朝日奈の体調不良を出汁にして自分が食べたいだけだろうな」
「アニマが食べたエネルギーも、朝日奈さんに吸収されるんでしょうか?」
「アニマはそう言っているが……」
本当のところはどうなのだろうか?
◆◇◆
「よく食べるわよね~、ほんと。アニマって前の戦いからそうだったの、シア?」
「んー、どうだったかなー。あんまり憶えてないんだよねー、脱落早かったし」
「ええっと、トカゲのノイを庇ったとか言ってたっけ」
「そうそう、ノイもその後直ぐやられちゃったみたいだけどー」
白道八宵は肩に載せたシア=ムーンと話しながら、さみだれが寝ている部屋へと食事を運んでいる。
話している内に、さみだれが寝ている部屋の前に到着した。
「うぅん……」
「姫……」
と、そのふすまの向こうから、さみだれがうなされる声が聞こえてくる。
その傍で雨宮も付きっきりで看病している。アニマも同じ部屋に居るのだろうが、黙々と食事を摂っているのだろうか声は聞こえない。
「さみちゃん、辛そうねー……」
「だねー」
「うぅー……、地球は――――」
寝言だろうか。いや、うわ言というのが正しいか。
さみだれが何事かを口に出す。
思わず耳を欹てる(そばだてる)ヘビの主従。
「地球を砕くのは、あたし、砕いて、あたしのものにする」
「はい、姫。お伴いたします、我が主――我が魔王陛下」
「ぇ?」
そして固まるヘビの主従。
「……いま、何て? 魔王?」
「地球を――砕く? 誰が……、姫が?」
「そんな――」
白道は、姫の言葉よりも、それに相槌を打った雨宮の言葉に衝撃を受けていた。
この数ヶ月何度も連携訓練をしている仲間だ、言葉に含まれた本気を感じ取れるくらいの中ではあると自負している。(白道は個人的に、雨宮を目で追うことも多かったし)
その雨宮の言葉は、明らかに、本気の色を帯びていた。冗談ではない響きだった。
乱れる心の整理がつかず、白道は思わず廊下を後退った。
聞かれたことを、さみだれたちに悟られてはならないと考えたからだ。
「どう……しよう……?」
「他の人には、言えないよねー。言ったら…………消されちゃうかも」
「いやそんっ、な、ことは――!」
そんなことは無いと言えるのだろうか?
彼女たちが本当に地球を砕くつもりなら、アニムスを倒した後に、獣の騎士団とも敵対する覚悟があるはずだ。
彼女らは、敵、なのだろうか? 彼女らと――雨宮と――戦わなければならないのだろうか?
「あ、白道さん、どうしたんですか? 入らないんですか?」
「白道さん、もう食事は打ち止めッス。昼食の準備するからって板さんが――――って、どうしたんスか? 顔青いッスよ」
「あ、はなちゃん、日下部くん……」
動揺と戦慄で固まる白道の後ろから、花子と太朗が声を掛けた。
その手にはお盆いっぱいの料理皿が。
白道の蒼い顔色を見た花子が、素早く太朗に目配せした。太朗はそれに軽く頷き、バレないように掌握領域を展開。白道と花子に一瞬だけ触れさせ、すぐに領域を引っ込める。
それを合図にか、花子が白道に話しかけた。
「あ、ひょっとして、白道さんも聞いたんですか?」
「き、聞いたって、何を……かしら?」
「姫の寝言ッスよ。魔王がどうとか」
「――っ! 日下部くんも、聞いたの? でもどうしてそんなに落ち着いて――」
白道は問答から、花子と太朗も先ほどのさみだれと雨宮のやり取りに近いものを聞いたのだと察する。
だというのに、太朗と花子の様子には、まるで動揺した所が見られない。
――気にしていない、本気だとは思っていない、ということだろうか。
「いやだって、あの二人がそんなことするわけ無いじゃないッスか」
「でも――」
「まあまあ、白道さん。そういうのは後で考えましょうよ。先ずは目の前の泥人形を倒して、アニムスを倒して、そうしたらハッピーエンドなんですから」
「もしかしたら、ラスボス(魔法使い)の後に隠しボス(魔王)が居るかもしれないッスけど、それでも俺らのやることって変わりませんし」
「強くなって、惑星を砕く敵を打倒するのには、変わりありません。だから、今は、さっき聞いたことは幻聴か冗談だと思ってたほうがいいですよ」
「う、うん」
「変に他のことに気を取られて、途中で死んだら元も子もないッスからね」
「そう、ね……」
二人の言い分に、白道は完全に納得したわけではない。
だが、今気にしすぎても意味のないことであるのも確かだ。
それに、雨宮とさみだれが、白道にとっての仲間であり、戦友であるのもまた、間違いのないことなのだ。
「今は、信じるしか、ない……のね」
「そういうことです」
「それより早く料理持ってかないと、アニマからなんかされるッスよ?」
雨は上がりつつあり、午後には晴れそうだった。
「どちらにしても、今は強くなるしかない、のね」
泥人形に勝つにも、アニムスに勝つにも、あるいは雨宮たちを止めるにも――力が必要だった。
「幻獣の騎士に成れれば――」と白道八宵は心のなかで呟いた。
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ご無沙汰してます。
ということでアニマ登場&半月さん幻獣騎士化。ルドでもののけ姫ごっこが出来るよ! 「獣の騎士団」なのに騎兵が居ないって名前詐欺が解消されるよ!(いやここでの「騎士」=「騎士爵位」=「姫を守る近衛」的な意味ってのは分かってますが)
風巻さんは前話末時点でアニムスと邂逅済み(アニムスが『風巻の三ツ眼』と発言してるのはソレです)。太陽くんもその場に居た。太陽くんの治癒能力は、必死の訓練ですでに実戦レベルになってます。真っ二つにされても死ななきゃ安い、って言えるレベル(やっぱり実際に死にかけたのが堪えたらしい)。
んで白道さんには魔王バレ。原作との違いは、太朗と花子も、姫と雨宮の企みを知っていること(太朗と花子は姫のうわ言を聞いたのではなく、前世知識のおかげで既に知っていた。んで白道の様子から察して、サイコメトリーで軽く白道の意識を読んで話を合わせただけ)。白道さん的には、秘密共有の相手がいる分、原作より少しは気が楽になるかもしれない。
次回、VSメタゲイトニオン・改。さて、姫はダウンしたままだけど、大丈夫か?
2013.03.02 初投稿