つい最近、太朗と花子は早朝ジョギングを始めた。
太朗の提案であり、花子の方は『気が済むまで付き合ってやろう』というお姉さん的な心持ちでそれに付き合っている。
……勿論、太朗を起こすのは、花子の役目である。幼馴染の少女が窓から入ってきて起こしてくれるとかっ……、何というリア充、何てラヴい設定っ……!
ともかく、今はジョギング(という名のデート)中である。
「おはよーございまーすっ!!」 「おはようございます」
「おー、おはよう、花子ちゃんにタロー。今日も早いねー」
「ウッス! 勿論っス!」
太朗は持ち前の明るさで、道行き交う人々や、その他出勤中だったり犬の散歩をしている人たちに挨拶をしている。
既に一週間ほど経過(三日坊主にはならなかった)しているが、その間に大抵の人とは顔見知りになってしまっている。
……元から結構、太朗たちは有名だったというのもあるけれど。
いつもだったら、このまま二十分ばかり走って近所を一周し、その後、家の近くの公園で軽く整理運動をして、太朗が作ったおにぎりでも食べるのだが、その日は違っていた。
とっとっとっと、とジョギングを続ける二人に声をかける、コートの老人が一人。
「やあ、君が日下部太朗くんで、そちらが宙野花子ちゃんかな?」
「あの、どちら様で――」
尋ね返そうとした花子を遮り、太朗が叫ぶ。
「あ、あなたはもしかしてっ……!!」
「そう、私は『秋谷稲近(あきたに いなちか)』。……人呼んで、師匠っ!!」
「師匠っ! 師匠だっ! 凄えっ、生師匠だ!!」
「……え、太朗くん、知り合い?」
◆◇◆
ネズミの騎士の悪足掻き 2.師匠、登場!
◆◇◆
「で、師匠はどうしてここに?」
「勿論、君たちに会うためだよ。特に太朗くんにね」
公園で整理運動をしながら、はて、こんな展開は『前回』は無かったはず、と太朗は首を傾げる。
まあ、実際のところ、『前回』なんてあてにならないのだが。
――むしろ当てにして、なぞっていたら、きっと太朗はまた死ぬハメになる。それは許容できない。
「ねー、太朗くん、秋谷さんとは知り合いなの? 『師匠』って言ってるけど、料理の師匠か何か?」
「ん?」
同じく整理運動しながら花子が問いかける。
「師匠は師匠だよ!」
「いや、だから……」
「でも確かに良いこと言った。師匠は何でもできるからな、きっと料理も上手いはずだ。教えてもらおうかな」
「ちょっと、話を……」
「いやあ、やっぱり花子は頭いいなあ!」
「……はあ、やっぱりたろくんは、たろくん(お馬鹿)だ」
少しは成長したような気がしていたが、人間そう簡単には変わらないらしい。
「で、師匠! どうしてここに? あと料理教えてください」
「ここに来たのは、君が私のことを探していたからだよ、日下部太朗くん。
……放って置くと、PTAから不審者注意の回状が回りそうだったのでね、直接来たんだよ」
もっとも、隠行の仙術を身につけている秋谷からすれば、その程度はどうってことはないのだが。
とはいえこのまま野放しにしていれば、太朗発の『女の子二人と一緒にいる帽子のおじいさん』という不審者の噂は際限なく広がっていくはずだ。
何せいくら噂をばらまいて探そうとも、隠行の術をかけている秋谷は決して見つからないからだ。太朗が諦めない限り、噂は消えない。
だから秋谷は直接火消しにやってきた。
結果的に『どうせ近所だろうし、とりあえずいろんな人に聞いてみる』という太朗の作戦(というか何も考えてないだけだが)は功を奏し、見事に秋谷を釣り上げた事になる。
「え、秋谷さんが、太朗くんが言ってた『怪しい人』……?」
「ハハハ、確かに私は怪しいかも知れないなあ」
昨今太朗が口に出していた『不審者』から太朗を守ろうと、花子が太朗を庇うように前に出る。
「いや、確かに一見怪しい人だけど、凄い人なんだよ! なんたって師匠だし」
当然太朗は、庇われるより庇いたいので、花子の更に前に出る。
「……太朗くん、最近なんか、背伸びしてない?」
「……してるかも。花子を守れるようになりたいし……」
「え、何? よく聞こえなかった」
「何でもないっ!」
秋谷は微笑ましげに二人のじゃれ合いを眺めていたが、このままでは埒が明かないと思ったのか、声をかける。
「それで太朗くん、君は私を探して、聞きたいことがあったんじゃないかな?」
「あ、そうでした!」
太朗が秋谷に向き直る。
単刀直入に、疑問を聞く。
「教えてください、師匠。……魔法使いとの『戦い』は起きるんですか?」
「魔法使い? なに、太朗くん、アニメか何かの話?」
核心に迫る質問である。
横で花子は頭に疑問符を浮かべているが、太朗は真剣そのもので、ちょっとその横顔に見とれてしまったりする。
この答え如何で、彼の人生設計は変わってくるのだから、真剣にもなろうというものだ。
「起きるよ、ネズミの騎士殿」
やはり。
「それはいつですか?」
「8年後かな」
時間軸も変わりはないらしい。
妙に早まったりなどしていなくて、太朗はひと安心する。
さて、ここから本当の本題だ。
「――師匠、俺を弟子にして下さいっ!」
ある意味一世一代の大博打である。
「うん、良いよ」
「本当ですか!? ありがとうございます! ほら、花子も!」
「え、何で私も?」
素で疑問に思う花子。
「え、一緒に弟子入りしないの?」
「えー? なんか最近そういうの多くない? 勝手に決めちゃってさー」
「う、ごめん」
それを見ていた秋谷は、温和に笑うと、片膝を付き視線を太朗と花子に合わせて、諭す。
「太朗くん……いや、弟子入りするなら、太朗、と呼ばせてもらうよ。
太朗、『親しき仲にも礼儀あり』と言うように、どれだけ仲が良くても、言葉を省いてはいけないよ。
きちんと言葉にしないと、伝わらないこともある。
伝えたい事があるときは、手を握って、相手の目を見て、真摯に話すんだ」
「……はい、師匠」
「さ、やってごらん」
太朗は花子の手を取る、秋谷に言われたように。
「え、ちょ、たろくん?」
「花子」
そして目を真っ直ぐ見つめて、話しかける。
花子はどぎまぎしている。
(なんか最近、こういうこと多くない? 急にかっこよくなったっていうか、なんか、ズルい……!)
一方太朗も、不思議な気持ちになっていた。
『前』の太朗なら、こんな状況になれば、赤面して全く言葉が出て来なくなっただろうに。
師匠が付いているからだろうか、それとも、握った手の平から伝わる熱が、愛おしいからだろうか。
言葉が止まらない。
「花子、ごめん、何も話さずに決めて。
秋谷師匠は、凄い人なんだ。
初対面の人のことが何で分かるんだって思うかも知れないけど、俺には『分かる』んだ。
……そのことも、いつか話せたらいいなと思う。ううん、いつか、必ず話す。
俺は、師匠に弟子入りしたいと思う。
そして、花子にも付いて来て欲しい。
花子と一緒に頑張りたいんだ。
この通り、お願いします」
太朗は頭を下げる。
花子は暫くフリーズしていたが、やがて再起動する。
顔は相変わらず赤くなっているが。
「はぁ~。結局、何の説明にもなってないじゃないの」
「う、ごめん」
「……いいよ、付き合ってあげる」
「ほんとっ!?」
「たろくんだけじゃ、秋谷さんに迷惑掛けそうだからね、やっぱり私が付いてないとっ」
「ありがとっ、花子!」
話がまとまったのを見て、秋谷が近づいて、二人の頭を撫でる。
「太朗、よく出来ました。花子ちゃんも、ありがとう」
「いえ、秋谷さん。やっぱり太朗くんだけじゃ、しんぱいだし。でも、ご迷惑じゃないですか?」
「心配いらないよ。それと、私のことは、師匠と呼びなさい。花子ちゃん」
「じゃあ、私のことも花子って呼んで下さい。弟子は呼び捨てにするんですよね?」
太朗を諭した秋谷を見て、花子も秋谷のことを信用することにしたようだ。
「そうだね、じゃあ、これからよろしくね、太朗、花子」
「よろしくおねがいしますっ!」 「よろしくおねがいします!」
というわけで、ネズミの騎士(予定)と、カマキリの騎士(予定)は、カジキマグロの騎士(予定)に弟子入りすることになったのだ。
「じゃあ、基本的には毎朝君たちがジョギングした後に、この公園に居るようにするよ。
放課後は、この地図の公園に居る筈だから、来ると良い。雪待と昴もそこに居るし、今度紹介しよう」
「はいっ、師匠!」
そう言って何処からか取り出した地図を渡す秋谷。
虚空からモノを取り出すなど、まるで魔法のようだ。
『雪待と昴』というのは、少し前に秋谷が弟子にした幼い少女たちである。
亀の騎士・月代雪待(つきしろ ゆきまち)と、鶏の騎士・星川昴(ほしかわ すばる)。
おっとりしているが強い雪待と、それを支える思慮深い昴。
将来、魔法使いアニムスとの戦いで重要な役割を演じることになる二人である。
一応、太朗と花子の姉弟子にあたるだろうか。
「では、さらばだ、太朗、花子。また会おう!」
しゅん、と奇妙な音とともに、秋谷の姿が掻き消える。
「おおっ! 凄え! 瞬間移動だ!」
「え? ええ~!? そんな馬鹿な……」
「さっすが師匠! 稀代の超能力者!」
「えー……」
思わず頬をつねったり、眉に唾つけてみる花子。
どうやら夢でも化かされたのでもないらしい。
(何か、思ったよりも大変なことに巻き込まれたんじゃ……?)
はしゃぐ太朗をよそに、ちょっぴりこれからのことが心配になる花子であった。
その時、タイミングよく、ぐー、と二人同時にお腹が鳴った。
とりあえず、太朗謹製の美味しいおにぎりを食べよう。
◆◇◆
秋谷稲近。
偽名である。
本名はもはや誰も覚えていない。
アカシックレコードに接続した者。
すべてを識る超能力者。
500年生きた仙人。
そしてカジキマグロの騎士。
津波に巻き込まれつつ、九死に一生を得た彼は、神通力に目覚めた。
その噂を聞きつけた仙人が彼を弟子にと求め、修業を続け、そして。
そして彼は『全てを知る者』とつながった。
それは全てに答えてくれた。
明日の天気、山の木々の数から、過去現在未来、――彼の最期。
神にも等しい力を手に入れたのだと、神の座に登ったのだと感じた。思い上がった。
だが、それは思い上がりに過ぎなかった。
その後、彼は幾人もの弟子を取り、そして、その全てが先に逝った。
弟子たちに教えたことよりも、弟子たちから教わったことのほうが多かった。
喜び、悲しみ、強さ、弱さ。
全知から学んだことなど、取るに足らなかった。
彼は500年かけて、自分が全知の神なのではなく、無知なただの人間なのだと学んだのだ。
「日下部太朗――死んで、生まれ変わった騎士、か」
何処からか、恐らくは並行世界と呼ばれる場所から流れこんできた、ネズミの騎士の魂。
魔法使いアニムスとの『戦い』のあとで、精霊姫アニマが、何かの慈悲を働かせたのだろうか。
それとも果たして妙なる偶然か。
転生の輪の中で、指輪の従者たちの魂と触れ合った『太朗』の魂は、それらの情報を持って、この世界の太朗に宿った。
「思えば、仙人の素養を持つ弟子というのは、随分と久しぶりだな。しかも3人も同時にとは」
元から常識のタガが外れやすい人間が選ばれがちな、『獣の騎士団』。ならば、そういう事もあるのかも知れない。
中でも特に、雪待と昴は、才気あふれる子供たちだ。
そして日下部太朗――死んで生まれ変わった勇者……ある意味九死に一生を得たといえる彼にもまた、神通力の素養が芽生えていた。
「まあ、彼は、神通力の修行よりも、料理人としての修行をしてやったほうが喜ぶだろうな」
秋谷稲近。
未来を信じる彼は、ただ単に8年後の『戦い』を生き抜くだけの修行をつけるつもりはなかった。
もっと子供たちの人生が豊かになるように、戦いの後を見据えて、『大人』として教え導くつもりなのだ。
=====================
タロちゃん強化フラグ?
多分、師匠が教えるのは、心意気とか心得とかそんな感じのものだと思われ。
武術は教えないんじゃないかなー、タロちゃん才能なさそうだし、武術教えるくらいなら料理教えそうな気がします。
次回、「山篭りと子鬼」。
タロちゃんが舎弟系主人公に開眼します?
初投稿 2011.12.30