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No.31004の一覧
[0] 【惑星のさみだれ】ネズミの騎士の悪足掻き(日下部太朗逆行強化)[へびさんマン](2015/01/25 16:30)
[1] 1.宙野花子(そらの はなこ)[へびさんマン](2013/03/02 15:07)
[2] 2.師匠、登場![へびさんマン](2013/03/02 15:07)
[3] 3.山篭りと子鬼[へびさんマン](2013/03/02 15:07)
[4] 4.しゅぎょー!![へびさんマン](2013/03/02 15:08)
[5] 5.神通力覚醒!?[へびさんマン](2013/03/02 15:08)
[6] 6.東雲家にて[へびさんマン](2013/03/02 15:08)
[7] 7.ちゅー学生日記[へびさんマン](2013/03/02 15:09)
[8] 8.再会、ランス=リュミエール[へびさんマン](2013/03/02 15:09)
[9] 9.初陣[へびさんマン](2013/03/02 15:09)
[10] 10.結成、獣の騎士団![へびさんマン](2013/03/02 15:09)
[11] 11.『五ツ眼』と合成能力[へびさんマン](2013/03/02 15:10)
[12] 12.ランディングギア、アイゼンロック[へびさんマン](2013/03/02 15:02)
[13] 13.カマキリは雌の方が強い[へびさんマン](2012/02/26 23:57)
[14] 14.VS『六ツ眼』[へびさんマン](2013/03/02 15:03)
[15] 15.受け継がれるもの[へびさんマン](2013/03/02 15:03)
[16] 16.束の間の平穏[へびさんマン](2013/03/02 15:04)
[17] 17.不穏の影・戦いは後半戦へ[へびさんマン](2012/05/28 21:45)
[18] 18.魔法使い(アニムス)登場[へびさんマン](2012/05/28 18:26)
[19] 19.夏、そして合宿へ[へびさんマン](2014/01/26 21:06)
[20] 20.精霊(プリンセス)アニマと霊馬(ユニコーン)の騎士[へびさんマン](2013/03/02 23:50)
[21] 21.対決! メタゲイトニオン・改![へびさんマン](2015/01/14 22:26)
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[31004] 17.不穏の影・戦いは後半戦へ
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/28 21:45
相対する二人。振りぬかれる脚。
蹴撃を受けて崩折れる青年。
ギャラリーの歓声とも嘆息とも付かない「あー」という気の抜けた声。

「……ゆーくん、なんか前より弱くなってねえ?」
「ぐ、姫の前でなんという無様――こんな筈では……」

早朝の公園。朝露に濡れた新緑、梅雨が目前に迫った生命に溢れるころ。
青々とした芝生の上でダメージを負って蹲る夕日と、つまらなそうな顔の三日月。
少し離れた場所には、人払いの結界を張っている太朗たちや、姫のさみだれも居る。彼らも困惑顔だ。

夕日と三日月は騎士たち恒例の早朝模擬戦を行なっていたのだが……。

「えっと、雨宮さんは、確かに師匠からいろいろ継承したんだよね? たろくん」
「そのはずなんだけど……」

花子の疑問に、自信なさげに太朗が答える。こんなはずじゃないんだけど、と。
三日月も不思議そうな顔で夕日に尋ねる。

「なんかさっきから時々不自然に身体が硬直するしさー、どしたん?」
「むう、未だ慣れてないんだろ、多分。……それに取れる選択肢が急に増えすぎたんだよ、それをボクの脳が処理しきれてないんだ」

夕日が弁解するには――

例えば三日月が殴りかかるとする。
その拳を夕日がどうするか――受ける、いなす、避ける、掴む、カウンター、サイキック……。
そしてその後どうするか、どうするのが一番勝率が高いか。
無数の選択肢がある、しかし夕日の頭脳はその中から適切なものを瞬時に選べるほど経験を積んでいない。
戦いに慣れていない。
提示される無数の未来を前に、呆然と立ち尽くすしか出来ない。
故に硬直し、その間に三日月の攻撃を受けてしまう。

――どうやら纏めてみるとそういう事らしい。

三択のクイズがいきなり、自由記述の論文になったようなものだ。しかも回答時間制限変わらずに。


だがそれを聞いた太朗と三日月が首をひねる。

「……それって大した問題じゃ無いんじゃないッスか」
「だよなー?」

二人して頷き合って夕日に向き直る。

「な、なんだよ二人とも」
「雨宮さん、そんなの最初から方針というか戦略を決めてりゃ問題ないんスよ。例えば“防御し通して相手の隙を待つ”とか」
「あー、太朗はそういう感じだよな、んで隙ありゃ逃げるって感じか。俺の場合なら、“速攻、撹乱、カウンター、楽しい駆け引き”みたいな感じだ」
「確かに三日月さんはそんな感じっスね」
「……ボクにはよくわからん」
「受け身じゃダメってことッスよ」
「攻めの姿勢が大事ってことよ。……つーかタローは典型的な待ちタイプじゃん! ゆーくんのこと言えねー!」
「まあ俺もそんな経験積んだわけじゃないッスからね……」
「うーむ……、いろんな人に相談してみるべきか。いやでもこの二人みたいに聞いても大して参考にならない可能性も……」

うむうむと自分にあった戦略の重要性について頷き合う(どちらかと言えば)脳筋の二人を前に、しかし夕日は余り共感できないようで疑問符を浮かべる。
背後では姫も頷いている。姫の場合なら“常時マキシマムアタック!!”という戦略だろうか。
だが花子は首をひねっている。夕日と同じくどちらかと言えば頭脳派だからだろう。それを見て少し安心する夕日。良かった同志が居た。

「まあ、要するに、だ」

未だ倒れ伏す夕日に手を差し出しながら、三日月が声をかける。

「大事なのは“ゆーくんが何したいかって”ことだな。それさえ決めとけば、取るべき選択肢なんて自ずと決まってくるもんだ」
「なにを、したいのか――」

呟き拳を握る夕日。秋谷の遺言がリフレインする。
力を託された意味。
その答えは、夕日が自分自身の魂に問い、心に語らせるもの。夕日の意思こそが重要なのだと、そのように秋谷からも言われたのだった。

「そうッス。あ、受け継いだ記憶の整理も重要ッスよ。瞑想とかして内面整理とかイメージトレーニングすれば、自分の戦術も固まると思いますよ」

得体のしれない(前世の)記憶を受け継いだ太朗の言葉。だからか不思議と説得力がある。

「瞑想か……」
「いかにも超能力戦士って感じだなー」
「大事ッスよ?」

マジな話。

「今度一緒にやりましょうよ。サイコメトリー併用して脳内思考をハウリングさせると捗るッスよ」
「へえ、じゃあ手伝ってもらおうかな。それも師匠直伝なのかい?」
「そうッス。…………一歩間違うと廃人になるッスけど」
「廃人!?」

あん時はヤバかったッスね~、と遠い目をして語る太朗。周囲はどん引きである。

ともあれ太朗は引かれようが何されようが瞑想レッスンは施してやるつもりである。
師匠の命懸けの遺産は、きちんと継承させなくてはならない。そうでなければ師匠が浮かばれないではないか。

もちろん夕日の意思が大事というのには太朗も大いに同意するところだ。
意思なき力など、何の意味もない。意思こそが力に意味を与えるのだ。
そして夕日の意思こそが、この惑星を砕く物語の焦点であることは、間違いない。

「…………」
「どうしたの? さみちゃん」

賑やかそうにする夕日たちの様子を、さみだれは複雑な気持ちで見ていた。

そしてその姫の様子は花子だけが見ていた。

姫の表情は――――今にも泣き出しそうな、そんな表情だった。
まるで手の届かない宝物を見ているような、大事な人が遠くに行ってしまう――いや自分が取り残されるような、迷子の幼子のような、そんな切ない表情。
“アニマが憑依していなければ姫は余命幾許もない”、それを花子は知っている、太朗の持ち越した“前世”の記憶を通じて。
誰からも取り残されたくなくて、地球を丸ごと自分のモノにしたくて、それゆえにさみだれは地球を砕くのだと花子は知っている。

だから。

「え、ちょ、花子さん? 急に何を」
「ちょっと急に抱きしめたくなっちゃって。さみちゃんが可愛いから」
「ちょ、ちょぉ、恥ずかし……やめ……」

後ろからそっと抱きしめた。
それで何か解決するわけではないけれど。
何かが伝わるとは限らないけれど。

だけれども。

そうせずにはいられない。

それに、何も伝わらないってこともないはずだ。








「女子高生同士の抱擁か……うむうむ」
「眼福ッスね~。つぅかあれは花子じゃなくて雨宮さんの役目じゃねッスか? どっちかというと」
「いや待てよ、ゆーくんがOKなら俺が行って抱きしめてもいいよな? 今なら二人ともOKか? おお素晴らしい、というわけで行くゼッ!!」
「――見様見真似『方天戟』!」
「『荒神』(弱火)!」
「うおぃ!? やんのか、てめえら! 望むところじゃぁー!」
「穿つ!」
「炙るッス!」
「上等――かかってこいやぁ!!」

それを鑑賞していた男性陣はいつの間にかバトルに突入していた。


◆◇◆


 ネズミの騎士の悪足掻き 17.不穏の影・戦いは後半戦へ


◆◇◆


所変わってその後、朝日奈家の食卓にて。
ちなみに並んでいる美味しそうな朝食は、朝日奈氷雨と東雲半月の共同制作である。
今日は人数が多いので半月も手伝ったのだ。付き合い始めて数ヶ月のハズだが、二人はまるで夫婦のようだ(もう結婚しちまえよ)。

朝食の席では急遽、天才物理学者である朝日奈氷雨の宇宙論講座が開講されていた。
彼女の口調も、講義向けの口調である。

「――つまりこの宇宙というのは、折り畳まれた反物のようなものだと言われているんだよ。ただ延々と広がった空間、というのは所詮三次元での認識にすぎないというわけだ。
 三次元空間としては広大な宇宙だけれど、じつはそれ以上の次元という視点を加えてやれば、一枚のっぺり広がってる訳じゃなくって、複雑にちぢれて捻れているんだ」
「なるほど……」

氷雨が朝食を摂りつつ講義する。味噌汁が美味い、これは半月が作ってくれたものだろう。氷雨の顔がほころぶ。
ちなみに雰囲気を出すために白衣を着ようとしたのだが、大学に置いてきてしまっていたので、氷雨は仕方なくエプロン姿である。

講義を聴くのはネズミの騎士、仙人の弟子にして逆行者、日下部太朗。その眼差しは真剣だ。彼が請うて、稀代の天才物理学者直々の手ほどきをお願いしたのだ。自分の心に絡みつくもやもやを解消するために、そして次なるサイキックのステージに足を掛けるために。彼にはここで何かを掴めれば新しい道が拓けるというような、未来予知じみた奇妙な確信があった。

「そして、宇宙の所々は、高次元から見下ろせば非常に接近している部分と、そうではない部分がある」
「乱雑に畳んだ布や、くしゃくしゃに丸めた紙みたいなもんですかね。“宇宙の織物”とか“宇宙の布”というわけッスね」
「うん、そういうイメージでいいだろう」

星空を織り込んだ漆黒の反物。
それが幾重にも折り畳まれている。
そんなイメージ。

「じゃあ、たとえばアニメとかで宇宙をワープ出来たりとか、っていうのは、その折り畳まれて重なった部分を飛び移ってショートカットしているみたいな感じなんですか?」
「そういうことだね。まあ仮にワープができたとしたら、だけど。普通はいくら“宇宙の布”同士が近づいていても、飛び移ることは出来ないだろうから」
「通常は、あくまで布の上しか動けない。布の上から飛び出すことは出来ない……」
「そう」

氷雨が頷く。
(他の面々は彼らの講義を半ば聞き流しながら、邪魔にならないように黙々とそして粛々と朝御飯を食べている)

「じゃあ、ワームホールはどうなんですか?」
「おお、目の付け所がいいね。そう、ブラックホールの事象の地平面の中にあると言われるワームホールは空間を捻じ曲げて宇宙の別の場所と繋げていると言われている。そこならあるいは通れるかもしれない。
 それはさっきの“宇宙の織物”のイメージで言えば、重力が強いところ同士が引きよせ合ってついに繋がった、みたいなものだ。まるで布をマチ針で止めるみたいに、あるいはボタンで留めるみたいにね」

折り重ねられた布(宇宙)を貫くマチ針(ワームホール)。

「なるほど。……というか重力って“宇宙の織物”を捻じ曲げて貫くんですね」
「そう、それだよ、重要な部分は。“宇宙の織物”の壁を超えて、重力は影響する。
 そして“宇宙の織物”の襞や皺を保つのにも、それ相応のエネルギーが要るはずなんだ。その宇宙の形を保っている力の一つが、重力だ。重力の干渉によって、宇宙は皺くちゃになっている。
 ……そうだ、日下部くんは、“ダークエネルギー”というものを聞いたことがあるかい?」
「えっと、理論上は予言されているけれど、観測されていないエネルギー、でしたっけ?」

――ダークエネルギー。
宇宙開闢から続く宇宙の膨張を説明するための反発エネルギー。
負の重力とも言われる。
理論上宇宙に存在するはずのエネルギーのうち、観測できていない部分である。

しかしそのダークエネルギーが、“宇宙の織物”と、そして重力とどのような関係があるのだろうか。

「“宇宙の織物”の形を保つには、エネルギーが要ると言ったね? ダークエネルギーというのは、その“宇宙の織物”の間を結びつけている――蓄えられていると言い換えても良いな――そういう重力エネルギーなんじゃあないか、という仮説がある」
「え、でもダークエネルギーって“負の重力”――反発力なんですよね? それが重力とイコールだと、変な話じゃないですか?」
「いや、そうでもない。ダークエネルギーが宇宙の内側にあるならばそれは反発力じゃなきゃ話が合わないが、“宇宙の織物”の隙間や襞に――つまり宇宙の外に――あるのだとすれば、ダークエネルギーが反発力である必要はない。中から膨らませるか、外から引っ張るかの違いだが、力のベクトルは変わらない」

風船を考えて欲しい。
それに空気を入れて膨らませることも出来る――これは内側からの力、つまり反発力“負の重力”である。
だが、邪道ではあるが外側から風船の膜を引っ張ってやっても、風船を膨らませることが出来る。この外からの力というのが、氷雨が語る“外からの重力”――宇宙の隙間にある力だ。
内側にあると考えれば反発力だが、それが外側から引っ張ると考えれば、それは引力でも問題無いのだ。

「え、いや、でも、宇宙の外にある力なら、そもそも、宇宙の中に居る人間には観測できないんじゃ?」
「系が違うから、ということかい? よく勉強してるね、日下部くんは」
「あ、はい、恐縮です……」
「まあ実際、そこがネックなんだよな。私たちの宇宙の外――というのを考えると、そもそも“私たちの宇宙に含まれるはずのエネルギー”というダークエネルギーの計算の前提から狂ってくるからね。前提を変えた全く新しい理論を構築しないと……。でも仮に理論が出来て、宇宙の外から好き勝手にエネルギーが流入したり流出したりしてたとしても、観測できないんじゃ意味ないし」
「宇宙の外から、エネルギーが流入……」

一瞬考えこむ太朗。
次の瞬間、太朗に電流が走る――!
脳髄を駆け巡るイメージ、今まで澱のように沈殿していた消化不良の知識たちが、連鎖的にほどけて太朗の認識に溶けていく。世界が広がる快感が、太朗を襲う。



二十八次元に折り畳まれた宇宙。

宇宙の膜(ブレーン)に囲まれた、二十八次元重力立面。

その間を飛び交う震動する重力の超紐。

宇宙の七割を構成する、見えない力。

宇宙の外の力。

そしてそこに意思の力で穿たれる穴。

ブレーンを貫通する穴。呼び水。そんなイメージ。

穴から溢れ精神を通って発現する力。
宇宙を繋ぐ力。宇宙を壊す力。時空(三次元と時間軸)を磨り潰す、より上位の力。二十八次元に満ちるエネルギー。
圧倒的な、万能の、物理法則の外にあるように見える、そんな力。

つまりサイキックの根源は――――!!」


「急にぶつぶつと、どうしたんだ? 日下部くん。二十八次元重力立面? ――――ううん、何か閃きそうなフレーズだな」
「――――朝日奈氷雨先生! ありがとうございました! 申し訳ありませんが、急用を思い出したので、ここでお暇します」
「あ、ああ。そうだな、私もちょっと考えを纏めたくなったところだ。こちらこそ、いい刺激になったよ」
「はい、それでは失礼しまっす!」

行くぞ花子、待ってよ太朗くんありがとうございましたごちそうさまですお邪魔しました、なんてやり取りしつつ慌ただしく去っていく太朗と花子。

氷雨の方はそんな二人を見送るでもなく、なんだか考え込むような上の空のような感じで黙々とご飯を口に運んでいた。さみだれたちが話しかけても反応がない。



「……こういうとこ見ると、やっぱおねーちゃんは天才なんやなーって思うわ」
「一度考え出すと周りが見えなくなるとこあるよねー、氷雨さん」

さみだれの感想に、半月が相槌を打つ。仲良さ気である、まるで家族のように。

「ゆーくん、さっきのタローと氷雨ちゃんの話、分かった? 俺さっぱり」
「……ニュアンスくらいしか。多分、秋谷師匠からの知識を完全に自分のモノに出来れば、もっといろいろ分かるんだろうけどさ」
「すげーな、ゆーくん。俺は全然分かんなかったぜ。つーかさ、タローってあんな頭良かったっけ。昔からそれなりに勉強できたけどよ」
「日下部くんも宙野さんも、結構な進学校だったはず。成績も良いらしいよ」
「何気にスペック高えのな、タローもハナコちゃんも」

ちょっといつもとは変わった朝日奈家の食卓の時間は、それでもつつがなく過ぎていった。

「それより兄貴がかなり自然に朝日奈家に入り込んでる件について」
「姫と半月さんがまるで昔からの兄妹のようだ……」

お前ら二人も割とそうだぞ、と半月がそれを聞いていれば突っ込んだことだろう。


◆◇◆


それから数日。

遂に平穏な日常は終焉を迎える。
戦局は再び動き出す。


――“七ツ眼”が現れたのだ。


「つっても“三ツ眼”と“四ツ眼”が同時に現れてその後合体するんだけど」

太朗が高校の教室の窓から外を睨みつつ呟く。

改良してステルス性を上げた索敵海域『綿津神』によっていち早く敵の現在位置を察知した太朗。
いつも通りに掌握領域を介したサイコメトリーで、騎士たちに敵の情報を伝える。
敵が恐らく合体するだろうという予測(実際は“二回目”の経験である)も添えて。

十二体の泥人形も半分を撃破した。
ここから騎士の戦いは後半戦。
泥人形の知能も技量も耐久力も段違いになる。
それまでに太朗の新技取得の見通しができたのは幸いだ。氷雨先生さま様である。

「よし、そんじゃ行きますか」

花子に会いに。
授業をサボって。
場所は――屋上が良いだろうか。封鎖されてるが人払いの結界でも張って掌握領域踏んで登れば良いだろう。


え、現場に行かないのかって?
何のための広範囲索敵海域『綿津神』と遠隔攻撃用合成能力『菅家の梓弓』なのだか。
遠くからボコり倒すために十年掛けて考えられた能力だ、わざわざ前線に出たりはしない。
……前線職は沢山居るし、最近は花子との合わせ技の連弾も遠くからも細かな制御ができるようになったし。

新技?
ああうんアレは切り札の更に奥の伏せ札というわけだ、そんな簡単に手の内は晒せない。
想定している威力が出せれば、山くらい削れそうだけれども。故にむしろ軽々しく使えない。
というか実際、制御が甘くて上手く敵を誘導しないと味方を巻き添えにするからもっと熟練しないと危なっかしくてしょうが無いのだ。
だからよっぽどのことがない限りは、お披露目する羽目にはならない、はず。そう、そのはずだ。


――よっぽどのことがなければ。


◆◇◆


泥人形が現れたのは何でも無い日の昼下がりだった。平日の日中ゆえに騎士で戦闘に参加できる人数が少ない。
それでも泥人形が山の中にでも引きこもっていてくれれば、学生騎士たちの放課後に全員集結することも可能だっただろう。
しかし今回は遭遇戦、気づいたら泥人形は騎士の直ぐ側に居た。まるでそこで生まれたか、転送されてきたかのように……。

泥人形側が騎士を各個撃破して潰そうとしているのは完全に明らかだった。

他の騎士が増援に来るまでは、狙われた騎士は独りで逃げ切らなくてはいけない。
まあ、既に他の騎士たちにも太朗の『綿津神』でリアルタイムに泥人形の場所は中継されているから、程なく助けは来るだろうが……。
それでも危険には違いない。泥人形に一人で対抗できるのは、騎士の中でも東雲半月くらいのものだろう。他の騎士では常に生命の危険がつきまとう。
本当に太朗の探索能力があって良かった。近代戦でのオペレーター(オペ子)の存在は必須なのだ。

そして狙われた騎士は――
ヘビの騎士・白道八宵と、そしてウマの騎士・南雲宗一郎だった。


◆◇◆


「やーこ、やーこ! 何処まで逃げるの!?」
「取り敢えず、人の居ないところまでよ!」

街中を走って逃げる白道。ロングスカートが絡みついて走りづらい。
首に巻き付くヘビの従者・シア=ムーンがわたわたと問いかけるのに、白道は汗を振り払いながら言い切った。
そして彼女は虚空に問いかける。

「日下部くん!」
『はい、把握してます』

薄く展開されている『綿津神』を通じて、管制官(オペレーター)である太朗へと。
打てば響くように思念の波が返る。

『白道さん、河川敷まで、人気の少ない道を誘導します。次の次の角を左です、あと40メートル』
「はあっ、はあっ、分かったわ。他の騎士は?」
『今、雨宮さんに向かってもらってます、雨宮さんは文字通り飛んで行ってるのでこのペースだと河川敷で合流できるかと。こっちも花子と合流できたので、今からでも遠距離攻撃で援護可能です』
「早速お願い!」
『了解ッス、『菅家の梓弓』弱装連弾、三秒後に着弾します。3、2、弾着、今――』

直後、追ってきていた“四ツ眼”の脚力強化型で腕の小さい泥人形へと、シャワーのように掌握領域の弾幕が降り注ぐ。
思わずその様子を確認しようと振り向き掛けた白道に、太朗が注意を促す。

『振り返ってる暇はありません、河川敷へお願いします』
「っ、分かったわ」
『敵はかなり堅いですね、でもあと三十秒は足止め出来ます。泥人形の足も速いので本格的な援護狙撃は、そっちで動きを止めて貰えないと難しそうッス。南雲さんの方の援護もありますし』
「そう……。でも充分よ」

というか南雲さんの方も援護してるのか。
マルチタスク? まあ仙人の弟子だし、そのくらいは余裕、なのか?
ちなみに弱装弾ではない本気の『菅家の梓弓』は、周囲に散らした『綿津神』の掌握領域を巻き込んで喰い潰して猛進する弾丸がメインである。つまり本気発動すると一時的に『綿津神』が消滅して管制網が麻痺してしまう。現状の二正面作戦でそれは致命的なので、弱装弾による足止めが限界となっている。そのように言い訳じみた思念の情報が飛んできた。

『こいつらは合体してからが本番だと思うんで、ある程度ダメージ与えたら、泥人形同士で合流しようとするんじゃないかと思います。多分』
「合体……?(何その浪漫) じゃあ、何とか退けられるように頑張るわ……っ」
『すみません、お願いします。あ、雨宮さんは、もうすぐ河川敷に着きます』
「私ももうすぐ、はぁっ、着くわ」
『こっちで息を整えられるくらいの時間は稼ぎます。雨宮さんと協力して撃退して下さい。援護狙撃する時は事前に連絡します』
「了ー解っ!」

白道の背後で打撃音と破裂音が連続する。
硬いなあ、という太朗の微かなボヤキの思念が『綿津神』を伝う。
その間にも白道は走り続け、遂に視界が開ける。河に着いたのだ。

「白道さん!」
「雨宮くん!」

そこには先に着いていた夕日が居た。
荒い息を吐いて屈み込む白道をかばうように、夕日は前に出る。まるでヒーローみたいに。

「ごめん、すぐ、いき、ととのえるから……」
「いえ、ゆっくりどうぞ、あと一分は平気でしょうから。それに敵が来る時は日下部くんから連絡があるはずですし」
「そう、ね……すぅーーー、はぁーーーー――」

深く呼吸をして、白道は息を整える。
その辺りは剣術を学んでいるからだろうか、白道は直ぐにコンディションを立て直した。
そこに太朗からの連絡(念話)が入る。念話特有の脳がざわつく感覚。夕日と白道は掌握領域を展開し、身構える。

「白道さん」
「ええ、分かってるわ、雨宮くん」

直後。
太郎からの念話が脳に響く。


『――――あの



 すみません、逃げられました……』

「え?」
「はあ?」

済まなさそうな感じの太朗の思念が小波のように空間を渡った。

「ええ? 逃げちゃったの? あの泥人形?」
『そうッス。ダメージが蓄積したら、尻尾を巻いてものすごい勢いで跳躍して逃げられました。すみません』
「いや、それは良いよ。それで泥人形の行方は? 南雲さんの方に向かったなら、ぼくらも直ぐに向かわないと」
『それが行方は追えていません。途中で、まるで急に消えたみたいに、反応が無くなってしまって……。あと、南雲さんの方の泥人形も、撤退して行きました』
「……え? じゃあ、戦闘終わり?」
『はい、多分。泥人形もダメージが回復するまで出てこないと思いますし。……お疲れ様でした』

街を覆うように展開していた『綿津神』が消えて、念話が途切れる。
夕日と白道は、はぁ~~~と長い溜息をついて座り込んだ。

「まあ、何事も無くて良かったわ……」
「そうですね……」

しかし手応えがないのが、かえって不気味だった。


=====================

話が進んでいない……。

今回の宇宙論というか似非SFは、どっかで読んだ超ひも理論とかを曖昧に混ぜあわせてます。説得力があればいいなあ、この辺もあとでいろいろ書き直すかも。すごいパワーでパワーアップしたぜ、にしといても良かったかも。ただ、二十八次元重力立面理論(アニムスが子供の頃読んでた奴)の発見フラグを氷雨さんに立てたかっただけとも言う。

水上悟志先生の短編集第三弾「宇宙大帝ギンガサンダーの冒険」と「新装版・エンジェルお悩み相談所」が今月末発売ー。買わねば!

2012.05.21 初投稿
2012.05.22 誤字修正など
2012.05.23 誤字修正など


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