(まずい、このままじゃ、直撃する……!)
遥か彼方から、高射砲のような、戦車砲のような、恐ろしい『六ツ眼』の弾丸が飛来する瞬間。
『綿津神』によってそれを感知した太朗は、妙に引き伸ばされた時間の中で、必死にもがいていた。
それが悪足掻きに過ぎないとしても、それをせずには居られなかった。
近くには、大好きな花子と、未だ子供の騎士である茜が居る。
死なせるわけにはいかない!
(『六ツ眼』による大威力の精密狙撃――なんとか軌道をずらさないと)
サイコメトリーを介して花子との合成領域『菅家の梓弓』を起動するだけの時間はない。
文字通り瞬きの時間で弾丸はやってくる。
跡に残るのは挽肉になった三人の骸だろう。いや、挽肉すら残らないかも知れない。
(受け止める――不可能!
軌道上に『荒神』の爆発を設置――『綿津神』の出力じゃ火力が足りない!
掌握領域で、逸らし切る! レールのような形状を意識――いや、違う、下面から叩きつけるように、逆上がる驟雨のように――!)
太朗は着弾地点を自分たちの背後に誘導することに決めたようだ。
自分たちより前に着弾したらアウト。
余波で、着弾点の背後に居る人間など根刮ぎ吹っ飛ばされるに決まっている。
故に下方へ軌道修正するのは危険。
左右も危険だ。
正直どの程度逸らせるかわからない。
真横に着弾しても十分死ねる。
だが、頭を飛び越して背後なら――?
幾らか生き残る確率は上がるかも知れない。
(お、おおおおおおおっ!
浮け! 浮き上がれッ! 上に逸れろ!!
こんなところで死ぬわけにゃ、いかねぇえんだよぉぉおおおおお!!)
『綿津神』の密度が変化し、弾丸の軌道を持ち上げるように叩きつけられる。
しかし現実は無情である。
索敵用の薄い掌握領域では、猛烈な速度で動く弾丸に、殆ど(・・)影響を与えられなかった。
太朗の掌握領域を蹴散らして、弾丸が距離を食いつぶして猛進する。
(間に合わな――、せめて二人をま も ら ――――)
――――そして着弾。
運動エネルギーの塊は、完璧にあますことなくそのエネルギーを解放し、道路を抉り、瓦礫を数メートルも宙に噴き上げた。
◆◇◆
ネズミの騎士の悪足掻き 13.カマキリは雌の方が強い
◆◇◆
日下部太朗の悪足掻きは、ほんの少しだけ効果を表した。
本来彼らの目の前に着弾して、衝撃で根刮ぎにするはずだったのだが、着弾点が僅かに後ろにズレた。
そして奇跡的にも、三人の騎士は生き残った。
――――五体満足とはいかなかったが。
太朗の右半身は、高射砲のような威力の弾丸が掠った(・・・)せいで、大きく抉られている。
茜太陽の左腕は、衝撃で持って行かれて、千切れて吹き飛んでいる。
花子も吹き飛ばれたが、何とか五体は無事だ。
その他にも三人は裂傷多数、ボロボロのガタガタだった。
『六ツ眼』の弾丸は、花子太朗太陽の順で並んでいたところを、太朗と太陽の間を通過し、背後に着弾した。
故に、太朗の右半身と、太陽の左半身は甚大な被害を受けたが、花子は太朗の身体がクッションになり、被害が軽減された。
何より、三人とも原型を留めているのが、既に奇跡である。
「花子! 起きろ、花子!」
「ぐ、うぅ、キル……? い、一体、何が――」
「おお、起きたか! だが急いで身を隠せ! 狙撃されている!」
従者のキルに呼びかけられて、花子がよろよろと身体を起こす。
彼女の体の上に載っていた道路の破片がパラパラと落ちる。
そして彼女は動きを止める。
息を呑む。
彼女の眼の前に広がっていたのは、地獄。
耕された(・・・・)道路。水道が破れ、水が噴き出している。
瓦礫が散らばっている。あたりは土煙だ。
夕日で染まったそこは血の海のようで――。
いや、実際に、そこは血の海だ。
瓦礫の山に沈むのは誰だ?
転がっている左腕は誰のものだ? 茜くんの?
花子を庇うように覆いかぶさっている、血だらけの妙に右側が欠けたシルエットは――――
「あ、あ、ああ、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
◆◇◆
錯乱しかけた花子を、キルが留める。
「落ち着け、花子!!」
「あ、ああ、たろくん、たろくんたろくん、あ、ああああ――」
「しっかりしろ! 動けるのは花子だけだぞ! 二人を助けるためには、先ず、冷静になるんだ!」
キルが必死に声をかけるが、震える花子は、取り乱したままだ。
「ああ、でもたろくんが――」
「太朗を死なせたくないのなら、落ち着け! まだ太朗は死んでいない、応急措置をすればあるいは――」
太朗は死んでない。ランスは、まだ現界している。ランスが太朗に必死に呼びかけている。
身体を吹き飛ばされて、血もあんなに出ているのに。太朗くん、太朗くん、太朗くん――。
ああ、そうだ、血を止めないと。
「花子、頼む、太朗を助けてくれ!」
ランスだ。
ランスがまだ顕現しているということは、太朗は死んでないということだ。
でも、このままじゃ、死ぬ。
血を止めないと。
花子は掌握領域を発動させる。
太朗に倣って技の名前をつけた、低温特化の掌握領域『氷柩儀(コキュートス)』。
傷口を凍らせて、血を止める。
「血を、血を止めないと……。こ、凍って! 『氷柩儀(コキュートス)』!」
「そうだ、先ずは止血だ!」
「カマキリの騎士、太陽の傷も止血してくれんか!?」
太朗の右半身が氷に覆われる。血は止まった。
そこにフクロウのロキの声がかかる。
そうだ、ここに居るのは、太朗だけではない。
太陽も、左腕を吹き飛ばされている。
「頼む、早く」
「あ、うん。――凍れ! 『氷柩儀(コキュートス)』!」
花子が太陽の方にも手を向けて、傷口を凍らせる。
茜太陽。
フクロウの騎士。
時空操作能力の持ち主。
(時空操作――そうだ、茜くんの能力なら――)
太陽の能力である、混沌領域『因果乱流(パンドラ)』なら、時空を掻き混ぜて――。
(傷を癒すことも、出来るはず!)
だが、今は太陽も意識を失っている。
腕を失くすような大怪我を負い、その上で普段しないような特殊で繊細な能力の使い方をさせることは出来ないだろう。
しかし、時間が経てば、『因果乱流(パンドラ)』による因果巻き戻しの治療は不可能になる。巻き戻す時間が長すぎると、巻き戻しきれなくなるのだ。
そもそも、太陽が意識を取り戻すまで、太朗が生きている保障もない。
それどころか、太陽が意識を取り戻す保障すら、無い。
二人の生命を救うには一刻の猶予もなく、そしてまだ、敵の脅威は去っていない。
今のところ『六ツ眼』からの追加狙撃はないが、いつまた攻撃が再開されるかわからない。
迷っている時間は、一分一秒もない。
二人を助けられるのは、花子しか居ない。
どうすればいい?
二人を助けるには、一体どうすれば良い?
(生半可な手段じゃ、太朗くんはもう、助からない……)
半身を吹き飛ばされて、血も失いすぎている。
助かる道理はない。通常ならば。
今も生命があるのが奇跡だ。
心の中で確認するように呟くと、それだけで血の気が引く。
死んじゃやだ。
死んじゃやだ。
死んじゃやだ。
(やっぱり、『因果乱流(パンドラ)』を使わないと――)
因果を巻き戻して、傷を『無かったこと』にするしか、無い。
だが茜太陽を起こしている時間はない。
となると、残された手段は。
(他人の掌握領域の、強制起動)
だが、そんな事が出来るのか?
(出来る出来ないじゃ、ない。『やる』のよ……ッ!!)
一応、前に太朗と雑談で思考実験をしたことがある。
『サイコメトリーを介して、他の騎士の掌握領域を管制できないか?』という、最終領域『流れ星の矢(ネガイカナウヒカリ)』のエミュレート計画。
それが可能なら、花子がフクロウの騎士の時空系能力をハッキングし、二人の傷を治すことも、あるいは――。
(たろくん……)
太朗は気絶している。
今にも死にそうだ。こうしている間にも、生命の砂時計の砂は落ち続けている。無茶はさせたくない。
だが、彼を助けるためには、彼の異能『サイコメトリー』が必要だ。
(お願い、力を貸して……!)
花子は、半身が凍りついた太朗を抱きしめる。
(大丈夫、大丈夫! 何度も、合成領域は練習した、先ずは、たろくんの『綿津神』と同調して――)
今は太朗の意識はないが、花子と太朗は何度も合成領域の練習をしてきた。
意識を失っているとはいえ、太朗の能力を借り受けることは、それほど分が悪い賭けでは、無いはずだ。
(お願い……!)
ざ、ざざ――
(お願い!!)
ざざざざざざざ――
花子の祈りが通じたのだろう。
太朗の指輪を中心に、薄く広く、掌握領域が広がる。
太朗の制御下にないためか、掌握領域は常よりも茫洋として、蜃気楼のように揺らいでいるように見える。
花子は、太朗の『サイコメトリー』を介して、太朗の掌握領域の強制起動に成功した!
(第一段階、クリア――! 次は、茜くんの能力の制御を、奪う……!)
速やかに。
可及的速やかに。
速攻で、掌握しないと。
(……! ――い、けぇーー!!)
ざわり、と周囲に漏れ出していた掌握領域が収束し、形を変える。
そしてまるで針金のように細い形に収束する。
太朗に触れた花子の腕から伸びるソレは、ヘビの騎士・白道八宵の操る掌握領域をもっと細く、硬くしたような領域だ。
ぎりぎりと震えるようにその身を燻らせ(くゆらせ)る花子の掌握領域が、太陽へと伸びる。
太陽は青い顔で気を失っている。左腕が千切れ飛んだのだから当然だ。
太陽に迫る、その不吉な気配を孕む掌握領域を目にして、彼の従者であるロキが慌てる。
「な、なんじゃそれはーー!? 何をするつもりじゃッ、カマキリの!?」
「う、るさい、黙ってなさいよ、こっちは集中してんのよ……!!」
「いや、それ、明らか太陽をに助けるんじゃなくて――トドメ刺すつもりじゃろう!?」
「だ ま っ て、 み て ろ」
花子がドスの利いた声でロキを黙らせると同時に、『綿津神』を無理やり凝縮させた針金のように細く硬質な掌握領域が、
――――ズドッ
と、太陽に突き刺さる。
それに反応してか、太陽の体がビクンと跳ねる。
ロキが慌てる。
「な、何を――?!」
「ぶっつけ本番だけど、ヤルしかないッッ!!」
花子が歯を食いしばる。
覚悟を決める。
そうだ、こういう時は――
(『必殺技には、名前を』、だよね、太朗くん)
別に必殺(・・)技ではないが、自分を鼓舞するのに、技名を叫ぶのは、効果的だ。
故に、花子は叫ぶ。
宣言する。言霊を。
太朗のサイコメトリーを攻性に改造した、この領域の名前を。
他の騎士の認識に潜り込む、カマキリの騎士の新たな掌握領域の名前を。
それを、宣言する。
「領域収奪――『ハリガネムシ』!!」
太陽に突き刺さった花子の掌握領域『ハリガネムシ』が、脈動する。
太朗のサイコメトリーを凝縮した『ハリガネムシ』の触手が、太陽の認識を蹂躙する。
花子の意識が、太陽の精神の中から、掌握領域の起動トリガーを探しまくる。
「あ、あがががががががががが――」
「た、太陽ーーー!?」
「つ か ん だぁーー……!! 混沌領域『因果乱流(パンドラ)』、強! 制! 発、動ぉぉぉおおお!!」
白目を剥いて痙攣する太陽。
ガビーン、という擬音が似合う感じで慌てるフクロウ。
そして吼えるカマキリの騎士。
(今やらないで、いつやるのよ……? 気合入れなさい、私! 戦士でしょう!!)
そうだ、花子はカマキリの騎士。
そして、カマキリは、雌の方が強いのだ。
花子の願いに応えるために、太陽に突き刺さっていた掌握領域『ハリガネムシ』が弾ける。
「な、これは――太陽の能力を!?」
「治れ、治れ、治れ、治って、治ってよ! お願い……ッ!!」
顔中に脂汗をびっしりと吹き出させながら、花子は祈る。
そして必死の願いは届く。
“望み、確信すれば、サイキックは応える”という、超能力の極意通りに。
花子が制御を乗っ取った、太朗と太陽の掌握領域が、強制的に融合され、広範囲を覆う時空作用が発現する。
「お、おお……! タローの身体が――!!」
「太陽の腕も……!」
「治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ……、治れぇーーー!!」
散らばった血肉が、テープを巻き戻すように二人の体に戻っていく。
太陽の左腕が元の通りに繋がる。
血煙になった太朗の右半身が復元させる。
抉られた道路の瓦礫が浮かんで飛び、穴は埋まり、罅が消える。
そして、飛来した弾丸すらも――
「戻れッ!! 戻って、撃ち砕け!!」
花子が一喝すると共に、弾丸に込められたエネルギーすら、時空逆流作用で巻き戻される。
着弾した速度で、射出される。
即ち、『六ツ眼』に向かって。
「ぐっ、うぅ……?!」
「花子? 大丈夫か、しっかりしろ、我が戦士!!」
弾丸の行く末を確かめることなく、花子は崩れ落ちる。
他人の掌握領域の強制使用、並びに、強制合成は、彼女の意識に多大な負荷をかけていた。
最早、意識を保つことはできない。
だが、目的は達した。
彼女の目の前には、五体満足な、日下部太朗と茜太陽。
口元に笑みを浮かべて、腕の中に太朗を抱きしめ、花子は倒れ伏す。
「よかっ、た……、たすけ られ、たよぉ……」
「花子? 花子!? いかん、このままでは、『六ツ眼』に狙い撃ちにされるぞ!!」
「ぅ、そうだ、最後に、『綿津神』を、展開……して、皆に、し らせない、と……」
最後の力を振り絞って、花子が掌握領域をもう一度弾けさせる。
そして細波のように広がる掌握領域に乗せて、全ての騎士団の騎士に、現在位置とメッセージを伝達。
『ネズミ、カマキリ、フクロウ。狙撃された、至急救援求む』
そして花子は意識を失う。
「う、うぅ、もう無理ぃ……」
「花子!?」
「キル、あと、お願ぁい……、……」
その時、巻き戻された『六ツ眼』の戦車砲のような弾丸が、空中を逆走して疾駆して、はるか遠くの山肌に着弾した。
遠雷のような音。
『六ツ眼』に命中したのか、それとも外れたのか。
その轟音は鎮魂の鐘のように。
あるいは祝福の鐘のように。
夕闇の黄昏に長く響いた。
◆◇◆
「日下部と宙野の容態は?」
『二人とも、今のところ意識不明です……。はなちゃんは、一瞬意識を取り戻したんですけど、精神の衰弱が激しいみたいで、直ぐに眠っちゃいました。
南雲さん、茜くんの方はどうですか?』
「茜も未だ意識を取り戻さない。……まあ、彼らの従者の話によると、相当な無茶をしたらしいからな。致し方ない、か」
ウマの騎士・南雲と、ヘビの騎士・白道が、電話で会話している。
さすがにこの会話ばかりは、白道も間延びした口調ではないようだ。
それも当然か。
一度に三人もの騎士が死ぬところだったのだ。
花子の機転で、彼らの死は回避されたものの、騎士団の心胆を寒からしめるのには、充分過ぎる衝撃情報であった。
『五ツ眼』を楽々と撃破したことで、騎士たち本人も知らぬ間に戦いについて楽観していたことは、否定出来ない。
だが、『一歩間違えば全滅する』というのが、魔法使いと泥人形相手の戦いの本質だ。
だからこれまで繰り返されてきた『戦い』(@未来時間軸、アニムスによって破砕済み)で、騎士団が勝利を収めることはなかったのだ。
魔法使いの『絶望』と、騎士団の『希望』との戦いは、今のところ(太朗の『前世』を除いて)、『希望』側の全戦全敗。
それを覆すべく、騎士たちは日々己を磨いている。
さて、花子からの最後の連絡を受けた騎士たちは、襲撃された彼ら三人を回収し、それぞれの家に運んでいった。
白道は、たまたま狙撃地点の比較的近くに居た雨宮と一緒に、花子と太朗を連れて、彼らの家に運び込んだ。家までの道順は、獣の従者たちが教えてくれたので迷わなかった。
南雲は太陽を連れていった(ウマの従者ダンスは『男は乗せない主義』なので、太陽は南雲に背負われての帰宅となった)。
『それでどうしましょう、南雲さん、『六ツ眼』との戦いは?』
「……」
白道が気にして問うているのは、『三人の回復を待って仕掛けるか』、それとも『今動けるメンバーで仕掛けるか』ということである。
「――明日、仕掛けるぞ」
『……はなちゃんたちの回復は、待たないんですね?』
「確かに日下部の探索能力と、宙野の火力と連射拘束能力、今回明らかになった茜の回復能力は、魅力的だ。
だが、それ以上に遠距離から狙撃してくる泥人形を放置できん。それに彼らも二三日で復帰できはしないだろう、文字通り死線を彷徨ったのだからな」
騎士団が選んだのは、短期決戦。
下手したら、今回太朗たちが狙撃されたように、姿も見えない遠距離から各個撃破される危険もある。
そして、いつ狙撃されるか分からないという緊張感に曝されながら日々を過ごすのは、精神的に辛いものがある。
長期化すれば、下手をしたら、ストレス過多で仲間割れする危険すらある。
『確かに、常に狙われている状況じゃ、安心して暮らせませんよね~』
「ああ、そういうことだ。今なら、他のメンツも、日下部たちがやられたことに対する復讐で、戦意が上がっている。彼ら抜きでも何とかなるだろう」
『そうですね……。待っててもジリ貧ですし、打って出ないと……』
無事だった騎士団の中でも特に、太朗らの姉弟子である昴と雪待のニワトリ・カメのコンビが気炎を上げている。
南雲としては、中学生コンビがあまり感情で突っ走るのではないかと危惧しているが、
(まあ、秋谷氏が付いている。星川と月代については、彼が手綱を握ってくれるだろう)
と、思い直す。
『南雲さん、でも、何で『六ツ眼』は追加攻撃しなかったんでしょう~?』
「……分からん」
南雲や白道たちが、太朗たちを助けだしている間、『六ツ眼』からの攻撃は無かった。
そのお陰で、彼らは全滅はしなかったのだが……。
「……確か、宙野から最後にサイコメトリーを介して送られてきていた情報(イメージ)によれば、『六ツ眼』の攻撃は、日下部の『綿津神』を展開した直後にやってきていた。
恐らく、日下部の領域を逆探知して攻撃したのであって、『六ツ眼』自体には遠方を見通すような能力はないのだろう。
あるいは、宙野が弾丸を『巻戻し』た反撃で、『六ツ眼』に痛打を与えられたのかも知れん」
花子が意識を失う直前に、掌握領域を介して送った情報には、花子たちが襲われた時のおおまかな事のあらましのイメージも込められていた。
楽観的に考えれば、『六ツ眼』は通常では狙撃を可能にするような遠視能力は無く、アクティブソナーである太朗の『綿津神』の逆探知に頼ってのみだと推測される。つまり『綿津神』を使わない限りは、狙撃は無いと考えられる。
さらには花子の逆撃によって、ある程度の損傷を負っている可能性もある。
『楽観的な憶測は危険ですよぅ』
「……分かっている。
――とはいえ、戦車砲並みの狙撃を阻止する手段は、はっきり言って用意できん。
敵は遠距離狙撃能力を持ち、万全の状態であるという前提で、しかし速攻でカタをつけるしかあるまい」
『ですね……』
電話口の白道の声が憂鬱げに沈む。
いつ狙撃されるか分からないというのは、やはりかなりのストレスである。
しかも、花子からのイメージ伝達で、抉れた道路や血塗れの太朗たちなどの情景も、断片的にだが見えてしまったから、尚更だ。
その威力と脅威と恐怖は、騎士団たち全てが知るところとなった。
「とにかく明日だ。残りの騎士全員で、『六ツ眼』を倒す」
『仇討ち、ですね』
「日下部たちは死んでないがな。明日の集合時間などについて、他の騎士には私からメールで連絡しておく」
『了解です、ではまた明日~』
◆◇◆
「明日、か」
「……」
市内のホテルの一室。
初老に見える男が、携帯電話の画面を確認して呟く。
その部屋は長期間借りられている部屋で、その宿泊者名は『秋谷稲近』であった。
ホテルの一室に、カジキマグロの巨体が浮遊しているのは、たいそうシュールな光景だ。
「本当に、明日死ぬつもりですか? 死ぬのは、怖くないんですか?」
「死ぬのは怖いよ、ザンくん。ほら、今も震えが止まらない。五百年生きた全知の男なんてとんでもない、一皮剥けばこんなものだ。死を恐れる、只の人間だよ」
「……」
そう、『六ツ眼』と対峙する『明日』は、秋谷が自分の死を予見した『明日』なのだ。
五百年生きた彼の未来視の終着点。
秋谷稲近は、『六ツ眼』との戦いの中で命を落とす。
おそらくそれは、確定事項。
これまで予知を覆せた試しはなく、今後もそれは変わらない。
「……まさか、進んで死ぬつもりではないですよね?」
「まさか。私は最後の最後まで足掻くよ。
――そうでなければ、あんなに頑張った花子に、申し訳が立たない」
花子が如何にして太朗と太陽を死の運命から救ったのか、秋谷は十二分に把握していた。
太郎のサイコメトリーを開花させたのは、秋谷だ。他の騎士よりも、秋谷は太朗の異能に親和性が高い。
ゆえに花子がハックした『綿津神』を介して、秋谷はほぼ全ての成り行きを知れた。
花子がどれだけの無茶をしたのか。
どれほどの想いを以って、超常の力を振るったのか。
――その想いのなんと美しく、貴かったことか!
「弟子である花子が、太朗の生命を諦めなかったように、私も、私の生命を諦めないよ」
「……はい、この戦い、生き残りましょう!」
「ああ、勿論だよ、ザンくん」
――――全く、弟子たちには教えられるばっかりだ。
五百年生きた仙人は決意する。
予知を覆せるかは、分からない。
しかし弟子たちに、無様な生き様も、無様な死に様も、見せられない。
さて。
――本当に、未来は変わらないのか?
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たろちゃん生存ッ!!
いつも感想有難う御座います!
薦めたMAD見てくれた方がいて感激です。
えと、騎士の選定基準については、水上先生のつぶやき通りということで。
一定の地域内で、血縁とか素質によって、常人よりも頭のネジが外れやすい人たちが選ばれると認識してます。
魔法使いの素質~とか言うと、人間みんなアニムスに至る可能性はあるのかな、と。アニムスも人間ですしね。
その辺りの『惑星のさみだれ』の根底を流れるテーマ(?)についても、上手くSS中で言及、再現していきたい所存です。
……結局『六ツ眼』戦には入れなかった……。
師匠は、生き残ることができるのか?
五ツ眼戦を生き残った半月の活躍は?
次回もお付き合い下さい。
初投稿 2012.02.26