部屋のベッドでゴロゴロしながら、鼠の騎士(予定)の日下部太朗は考える。
内容はズバリ将来設計である。
「死なないためには、どうするか。将来のために何をするべきか……」
太朗は、自分の死因を考察する。
何の因果かわからないが、二度目の人生を与えられたのだ。
原因は不明。まあ、“サイキックは割りとなんでもあり”だと誰かが言っていたので、そんな事もあるのだろう。
今度こそ花子と添い遂げる! と彼は意気込んでいる。
その為には、生き残らなくてはならない。
彼の直接の死因は、『九つ目』の泥人形の槍に土手っ腹をぶち抜かれたことだ。
「うー、思い出しても痛え……」
お腹を撫でる。
死に際を思い出して、血の気が失せる。
幻痛がズキズキと太朗を襲うが、めげずに考察を続ける。
――そもそも、指輪の願いで、花子の即死以外は治癒できたのだから、身を張る必要はなかったのでは?
尤もだが、太朗にはその選択肢を選べる自信はなかった。
同じ状況になれば、先ず間違いなく、同じ行動を取るだろう。
そして死ぬ。百回繰り返して、百回とも死ぬだろう。
――もっと体力があれば、掌握領域でさらに加速して、九つ目の槍先から、花子を連れて逃げられたかも知れない。
これは考慮の余地がある。
花子を庇う盾になるのではなく、花子ごと連れて安全圏に一瞬で逃げられるくらいの機動力があれば、生き残れた可能性がある。
「機動力強化ってのは、雨宮さんも考えてたもんなー。成功例があるなら、それに倣うのも必要だよなー」
雨宮夕日(あまみや ゆうひ)。
クールで熱いヒーロー。
魔王の騎士。
アニマの想い人。
惑星を砕く物語の、キーパーソンだ。
今は未だ実家の方にいるはずだから、太朗と花子が暮らすこの地域には来てないと思われる。
何にせよ、身体を鍛えなくてはならないだろう。
これは確定事項だ。
指輪の騎士の掌握領域(サイコキネシスみたいなものだ)の強さや持続力は、その騎士の体力に依存するのだから。
「明日明後日から走りこみでも始めるかな。花子も誘って」
小学生のうちから筋肉をつけすぎるのは良くないだろうから、ジョギングが妥当なところだろう。
それに体力があれば、『戦い』の後の生活でもプラスになるはずだ。
無いよりは、あった方が良い。
「あとやっぱ、武術もかっこいいよなー! 雨宮さんとか三日月さんみたいにさー!」
太朗は、仲が良かったカラスの騎士の事を思い出す。
闘鬼、東雲三日月(しののめみかづき)。時々やたら美味い肉を持ってきたりしていた、謎な人。
古雲流という古武術の家に生まれた、生粋の戦闘狂だ。三日月本人の武術は、我流らしいけれど。
「じゃなきゃ、やっぱり、泥人形を倒せるだけの火力かな?」
泥人形には、現代兵器も効果を現していた。
手榴弾などの破壊力は、『無粋だ』と魔法使いアニムスに言われながらも、泥人形に通用していた。
例えばガソリンか火薬を、太朗の高熱化の掌握領域『荒神』で発火させれば、それなりの威力になるだろう。危険物取扱者免状の乙4種でも取ってみるべきか、などと太朗は考える。
他にも、猫の騎士である『風巻豹(しまき ひょう)』の使っていた、泥人形を造る掌握領域――創造領域『地母神(キュベレイ)』だとか。彼は騎士の願い事を、自分の能力の強化に使っていた。
『十二つ目』を撃破した合体攻撃である、最終領域などは、凄まじい威力だった。
『姫』の身体強化による、あの豪腕も捨てがたい。掌握領域で再現できるか不明だが、泥人形を圧倒するだけの戦闘力というのは魅力だ。
そしてなにより、必殺技っ!
かつての『自分』の技、発火能力『荒神』も、もっと改良の余地があるだろう。
『花子』の必殺技、氷の剣『クサカベ』のように、儀式や暗示を挟むというのも有効そうだ。
犬の騎士『東雲半月(しののめ はんげつ)』の槍状領域『方天戟』は、使い勝手が良さそうで応用も効きそうだ。
「――まあ必殺技は置いといて、一先ずは、花子が『願い事』で人を殺さないよーにするのが先決だよな……」
願い事で他人の不幸を願えば、業を背負い、不幸になる可能性が上がる。
前の『太朗』が死んだのも、そもそもの因果を辿れば、『花子』が願い事で人を(連続強盗殺人の犯罪者とはいえ)殺してしまったことに由来するらしいし。
つまり花子の性格をもっと物騒じゃない方向になるように影響を与えてやれば――?
「はっ!? それって何て光源氏と若紫……? 『宙野花子育成計画』……!? な、何という男の夢(ロマン)……っ!!」
うおおおおおおおおおおおおお!? と恥ずかしさで頭を抱えて転げ回る。
「いやいやっ!? 邪念よ去れっ! そうっ、難しく考える必要はねーんだ! ただ、もっと花子と仲良くなって、キルが出てきた時の願い事に注意すれば良いんだ!」
――となれば先ずは早速、明日か明後日からでも花子を誘って早朝ランニングでも……!
おお、何かボルテージが上がってきた。
窓を開けてこのリビドーを叫ぶ!
「いよぉっしっ!! おれはっ、やるぜーーー!!」
「うっせーぞっ、タロー!」 「タロー、ハウスッ」 「タロー静かにしろっ!」
「す、すみませぇぇええん!?」
ご近所さんから怒られた。
◆◇◆
ネズミの騎士の悪足掻き 1.宙野花子(そらの はなこ)
◆◇◆
都合二回目の小学生生活なわけだが、これはこれで太朗は気に入っているし、退屈せずに済んでいる。
何故なら――。
「はい、じゃあ次の問題をー、日下部くん、お願いねー」
「はい!」
勉強が、よく分かるからだ。
さすがに二回目ともなれば、小学校の勉強なんて楽勝である。
それに加え、従者たちの記憶の断片には、それこそ断片的なれども、未来の32世紀までの記憶がある。
未だに全ての記憶を、太朗の中で消化できたわけではないが、その知識量はかなりのものがある……ようだ。
(勉強って、ちゃんと分かると、こんなに楽しいもんだったんだなー)
「はい、ありがとう、日下部くん。正解です」
黒板に回答を書き終え、席に戻る。
隣の席の花子が小声で話しかけてくる。
「太朗くん、なんか最近、頭良くなった?」
「うーん、そうかなー?」
「絶対そうだよー」
まあ二回目(強くてニューゲーム)だし。
「でも花子には負けるよー。また後で、勉強教えてね?」
「うんっ。もちろんだよ」
そう、ここできちんと花子との仲を深めておくことも忘れない。
……幼なじみと一緒にお勉強!
幼なじみと一緒にお勉強!!
幼なじみと! 一緒に! お勉強!!!
『前』は余りに『太朗』がお馬鹿だったから、受験前はともかく、長じるに従って数を減らしていたイベントであるが、『今回』はその回数も増えそうである。
素晴らしい。
「んー、そしたら二人揃ってもっと上のレベルの高校いけるかもなー……」
「高校? 何の話?」
「ん、先の話」
そうそう、花子は勉強ができるから、太朗に合わせなきゃ、もっと上の高校狙えたはずなんだ。
……って、あれ?
――もし、日下部太朗と宙野花子が、別の……例えば県外の高校に進学したとしたら、その時も、『指輪の騎士』に選ばれるのか?
(実家がこの街にある限り、恐らくは『指輪の騎士』に選ばれる、はず。
でも、例えば、全寮制の高校に通ったりしたら? 引っ越したら?
いや、そもそも、この時間軸では、『戦い』は起こるのか?)
根本的な問題に気づく太朗であった。
(なんか引っかかると思ってたんだ……!
俺の中に何故かある『他の従者の記憶』では、既に一度、『惑星を砕く物語』はハッピーエンドになってる……! 俺死んだけど。俺死んだけど!!
じゃあ、もう、『戦い』は起こらない?
いや、それとも、まだ『アニムス』という破壊神は、この時間軸にまで遡って来ていない?
『戦い』は、もっと未来で起きる?
……分っからねーっ! アニマにでも直接聞けりゃ良いんだろうけど……)
教室の窓から空を見て、はあ、と太朗は溜め息をつく。ビスケットハンマーは、見えない。
(空見てビスケットハンマーでも見えれば確定……なんだけど、未だ出来てないだろうし……。
アニマ、というか『姫』は何処に居るか分からないし。
いや、『姫』の実家は分かってるんだよな、『雨宮』さんちのアパートの隣だし。えっと、今は未だ『姫』は入院してるんだっけ、そしたら家族の見舞いに着いて行けば……会えr……
……って、俺はストーカーかよっ!? 花子にバレたらなんて言われるか……)
かと言って、このまま先の見えない状況で数年過ごすというのは、なんとも居心地が悪い。
ビスケットハンマーを巡る戦いがあるかどうかで、大分人生設計が変わってしまう。
他にどうにかして、未来を知る方法は無いだろうか……?
(未来を知るなんて、予知能力じゃあるまいし……。
いや、ある。あるぞ! そうだ、予知能力だ!)
今回の戦いに参加予定の騎士に、とびきりの超能力者が一人居る。
アカシックレコードの掌握者。
500年前から生きる仙人。
カジキマグロの騎士。
その名を人呼んで――
(『師匠』! 『師匠』なら、知ってるはずだ!)
そうと決まれば、早速師匠を探そう、と決める太朗であった。
花子はそんな太朗の横顔を訝しげに眺めていた。
◆◇◆
――最近、太朗くんの様子が変だ。
今も少し離れた所で、友達たちに変なことを聞いてる。
「なー、最近不審者見なかったー?」
「ふしんしゃって何だよ、タロー」
「不審者ってのは怪しい人のことだっ。一年生くらいの女の子二人といつも一緒に居る、帽子被ったヒゲのおじいさん、見たこと無いかー?」
「タローのくせに難しー単語知ってんのな」 「タローのくせに生意気だ」
「うっせー」
不謹慎ながら、花子も同じ事を感じた。
(何か、変なの。太朗くんらしく無いって言うか)
太朗たちは、わはは、と談笑している。
「で、一年の女子? うちの学校の?」
「んー、いや、多分隣町かどっかだと思う。団地があって、その近くのやたら広い公園で、良くその怪しい爺さんと一緒にいる、はず」
「……それだけじゃわっかんねーって」 「“はず”、って何だよ、“はず”って」 「せめて団地の名前とか、小学校の名前とか……」
「んー、何ていったんだったかなー、今、『思い出す』から……」
同じ質問を、花子もさっきの休み時間にされた。
勿論、花子はそんな怪しいおじいさんの居場所なんて知らないから、『知らない』としか答えようはなかったのだが。
(急に『一緒にランニングしよう』とか言い出すし、なんか頭良くなったような感じするし、それに料理も前より上手くなってるし、さっきも私と一緒に先生の手伝いしてくれたし、授業中にいきなり高校の話とかし出すし……)
奇妙な違和感が、ここ最近の太朗には、まとわりついて離れない。
(何だろう、急に変わったっていうか、でもたろくんは、相変わらずたろくんだし……)
うーん、と、花子は悩む。
悩んで、そして、ぽん、と手の平を打つ。
「あ、そっか、なるほど。そうだ、大人になったんだ、太朗くん。独り立ちっていうのかな? うん、そうだ、きっとそうだ」
分かってみれば、なるほど、という感じである。
背伸びしてるだけだか、カッコつけてるのか分からないが、太朗は成長したのだ。もう、守られるだけの弟のような存在ではないのだ。
そう考えれば、しっくり来る。
(『男子三日会わざればカツ丼を見せよ』だっけ? 太朗くんに何があったか分からないけど、私も頑張らないとなー)
弟には負けていられない。
姉のコケンにかけて。
(ジョギングも『明日から始めるぞー!』とか言ってたけど、絶対朝起きられないよね、太朗くん。……まだまだ私がしっかりしないと!)
今日は早めに寝ないと、と考える花子であった。
ちなみに、今日の太朗のTシャツには『カツ丼』と大きくプリントされていた。
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花子はタロちゃんとは呼ばないんだった。たろくん、だね。そのうち第0話の呼び方の部分は修正するかも。
【覚書】
当SS1話時点で、花子と太朗は小学校三年生。原作時間軸の8年前くらい?
月代・星川は一年生、じゃない、小学校入学前、か? 師匠と会うか会わないかといったところ。
雨宮は五年生、三日月は六年生、半月は大学生、のはず。姫は相変わらず病院。姫の所にアニマが顕現したのは、さらに二年くらい前。太朗が悪夢を見始めたのも、そのくらいから、という設定。完全に思い出したのは最近だけど。
南雲さんは刑事課に配属されたばかりくらいかな? 多分息子はもう生まれてる。
そのうち年表でも整理しなくてはいけないか……。
あと空見ればブルースドライブモンスターが見えるはずなんで、わざわざ『師匠』に会わなくても将来戦いがあるかどうかは分かったりする。
まあ、タロちゃんはどっか抜けてるんで気付かなかったということで。それか、アニマが気合入れて隠蔽してるから気づかなかったか。(まあ実際は作劇上の都合ですが)
という訳で、次回、「『師匠』登場!」。
皆さん感想有難う御座います!
うまく原作の雰囲気を出せるように精進します。
初投稿 2011.12.29