03
―――New!!《リトルネペントの胚珠》×12
アイテム欄を眺めながら思わず頬がゆるむ。
あれから三日がたった。
ホルンカの村を拠点に睡眠時間を極限まで削りながら《花つき》狩りを続けた結果、俺のアイテム欄はちょっとあり得ないことになっていた。
(捨て値で売っても十万コルはかたいな)
たった三日、しかも第一層での稼ぎとしてはあり得ないぐらいの効率だろう。
この調子でまだまだ集めておきたいところだが、さすがにそこまで都合よくはいってくれない。
一日目はほぼ独占状態だったが、二日目の日が昇る頃にはβテスターと思われるプレイヤー達が狩りを始め、昼ごろにはそこに一般のプレイヤー達も混じり始める。
そして三日目。
アニブレを求めるβテスターはもちろん、《ホルンカの村》がもともとの攻略ルートということもあって一般プレイヤーが大量に流入し、現在この小さな村には許容量をはるかに超える数のプレイヤーがひしめき合う状態になっている。
もちろん宿はとっくにパンクしており、酒場や民家で寝ているやつらはいい方で、軒下や馬小屋で一夜を過ごすプレイヤーも少なからず出てきている。
さすがにここまでくると《花つき》狩りも効率が悪いだけなので、そろそろこの村ともおさらばしようと思っていたところだ。
とりあえずの目的は果たしたし、一度《はじまりの街》に戻って、手つかずだったクエストを消化して金とアイテムを回収していこう。
なにせ第一層攻略まで一カ月もあるからな。
本格的なレベリングは迷宮区が解放されてからで十分だろう。
そんなことを考えながら宿を後にすると、村の出口付近で知った顔を見つけた。
「ちっス、エギルさん」
「……だからなんで俺の名前を知ってやがる」
未来の雑貨屋兼斧戦士のエギルは、半眼でこちらを睨みながらムクレ声でそう唸る。
あいかわらず存在感のあるおっさんだ、遠目からでもすぐに分かった。
どうも戦闘をこなしてきた後のようでHPが若干減少しており、手には最初会った時にはなかった初期装備の《スモールソード》が握られている。
(……ん? スモールソード?)
確かエギルのメインは両手用戦斧で、熟練度もマスタークラスだったはずだが――これから変更することになるのか?
「しかしまぁ生きてたんだな兄ちゃん。フラッとどっか行ったきりそのまま見かけないんで死んじまったんじゃないかと思ったが、まさかこんなところで会うとはな」
どうやら心配してくれてたらしい。
相変わらず人のいいおっさんだ。
「なんか外からの助けは期待しない方がよさげなんで自分なりに頑張ってみよかと……その様子だとエギルさんも攻略を目指すことにしたみたいスね」
「まぁな。そもそも助けが来るまでじっと待つってのは俺の趣味じゃないし、それに外にはツレがいるんだ。いつまでも待たせるわけにはいかないからな」
そう言っておっさんはニヒルな笑みを浮かべる。
ていうかこの人既婚者だったんだな。
「それで、この村でいい剣が手に入るって噂を聞いて来たんだが………なんというか、すごい人だな。これ全部プレイヤーか?」
エギルは村の中央を見ながら、若干呆れた声を出す。
無理もない、ここからでもはっきりとわかるぐらい村の中には人があふれているからな。
「時期が悪いっス。狩り場もクエモンスターの奪い合いで収集つかなくなってきてるし、そろそろ順番待ちができそうな雰囲気っス。今からソロだと一週間ぐらい待たされるんじゃないっスかね? ついでに宿もいっぱいっスよ」
「―――そいつは……きびしいな。あきらめてブロンズに買い換えて次を目指すべきか……」
確かにスモールソードの次はこの村で買えるブロンズソードが順当だが、このおっさんあまり細かい動きは得意そうじゃないのになんで片手剣なんだ?
斧に変更するなら早い方がいいと思うんだが。
「確かエギルさんって筋力極振りっスよね」
「あぁ、火力こそ男のロマン……ってだからなんで知ってやがる!?」
「見た目っス」
エギルの抗議を軽く流して俺は続ける。
「なら、両手剣とかの《ツーハンド系》に持ち替えた方がいいっスよ。筋力値を一番活かせるっス」
「俺だってそうしたい。前のMMOでも斧使いだったし。けどなぁ……」
「……けど?」
「―――――ツーハンドは……たかいんだよ」
「世知辛いっスねぇ」
どこか遠い目をするエギルに俺はそう答えるしかなかった。
確かに両手武器は片手武器に比べると値段設定は高い。
ましてやスタートして間もないうえ、デスゲームという異常事態の中狩りがうまくいくはずもなく、NPC売りにもなかなか手が届かない状況なんだろう。
確かアニールブレードクラスの両手斧はもう三つ先の村のクエだったか。
そこまで片手剣だとだいぶ効率が悪いな。
そういうことなら、ここはひとつ投資でもしておくか。
俺はエギル相手にトレードウインドウを開き、そこにアイテムを移動させる。
「ならこれを使うといいッス」
「……は?」
わけがわからないというような顔で目の前に現れたトレードウインドウを眺めているエギルに、俺は再度繰り返した。
「だから、それ余ってるんであげるっス」
俺が提示したのはドロップ品の《両手斧》で、ランクとしては店売りより多少上のプチレアといったところだろうか。装飾もほとんどなく、本当に普通の両手斧って感じだ。
「こ、これ、もらっていいのか?」
「さっきからそう言ってるっス」
「……マジに?」
「マジっス」
「マジってことはホントってことで嘘じゃないってことなんだよな?」
「ホントで嘘じゃないっス」
「……か、金ならないぞ」
「そのなり見ればわかるっスよ」
「………というかどういうつもりだ。なんでこんな親切にする……兄ちゃんになんか特でもあるのか?」
さすがに警戒心がわいたのか、どことなく不審そうに眉間を寄せはじめた。
未来のぼったくり商人だけあって、こういったやり取りにはなかなかに慎重だ。
だがそれ以上にこのおっさんが《いい人》であることを俺は知っている。
俺は顔を正面に向け、一点の曇りもない澄んだ眼でエギルを見つめる。
「やだなぁエギルさん」
風がふわぁ、と優しく髪を撫でるのを感じながら俺はさわやかに言い放った。
「こんな状況なんだし、プレイヤー同士助け合うのは当たり前じゃないっスか」
自分で言ってて思わず砂糖を吐き出したくなる。
あ、鳥肌立った―――SAOは相変わらず感情表現の芸が細かいな。
「お…おお……」
一方エギルはというと、なんか目をキラキラさせながら口をパクパク開け閉めしている。
どうやらストライクだったようで、感動のあまり声も出ないようだ。
筋肉の塊がプルプルと震えている姿はちょっと気持ち悪い。
「な、な、なんていいヤツなんだ!! 俺はいま猛烈に感動しているぞ! そうだよな、人間やっぱり助け合うべきなんだよな! なのにこっちに来てから会うやつみんな薄情なのばっかでよぉ。くぅ~……」
なんか涙目だぞこいつ。
これまでよっぽどひどい目にあったんだろうな。
「人の世にまだ情けはあった。ありがとうッ。ありがとうッ!」
うんうんと嬉しそうに頷きながら、俺の両手をがっしりとにぎりこむと、そのままぶんぶん上下に激しく振りまわしはじめた。
ちかっ、くさっ、キモッ! てか顔が近付けんな!暑苦しいんだよ!!
「……どうだ?」
やっと落ち着きを取り戻したエギルは、さっそく手に入れた斧を装備し、手に持って構えてみせる。
オブジェクト化された無骨な両手斧は、まるであつらえたかのようにこの男にぴったりだった。
いかつい顔に筋肉と脂肪の堅牢な鎧、そのうえ180cmを超えるスキンヘッドの大男。
これでボロ皮でもまとっていれば、立派な蛮族系モンスターのできあがりだ。
ダンジョンで遭遇したら俺は迷わずソードスキルを叩きこむ自信があるね。
「……………よくお似合いっス」
顔が引きつっていないことを祈る。
「そうかそうか。やっぱり男は黙ってツーハンドアックスだよなぁ。この機能美に満ちたフォルムと重量感。ようやくしっくりきた感じだぜ」
数回素振りをしたあと、斧を背中に吊り下げながらエギルは満足そうにそう言う。
体格のせいか、巨大な金属製の斧が実に軽そうに見えた。
「サンキュな兄ちゃん。この借りは利子付けて必ず返す。楽しみに待っててくれよ」
当たり前だ、そのためにくれやったんだから。
せいぜい稼いでくれよ――――主に俺のために。
「よっしゃー、それじゃさっそく試し切りにいってくるぜ!」
「は? ちょ、スキル変更……」
雄叫びを上げながら村の外に走っていくエギルに俺の声が届くことはなかった。
ま、今は人も多いし死にはしないだろう。
あの斧は要求筋力値が高くて俺じゃ扱えないうえ、クソ重くてアイテム所持容量をひどく圧迫していた。かといって一応のレアを店売りじゃもったいないしで扱いに困っていたものだ。
そんなもんで未来の一級商人に恩が売れるなら安いもんだろう。
全ては俺のためにだ。
『よぉ兄ちゃん。ウチの店は初めてか?』
『兄ちゃんのレベルだとこんなもんだろ――――おいおいそっちは最前線ドロップだぞ。兄ちゃんじゃ扱えねぇよ』
『よっしゃもってけ泥棒毎度ありぃ!! ……は?こんなに安くていいのかだと? 若いやつがそんなもん気にすんな。ついでにコレとコレも持ってけ』
『お礼? そんなもんある時払いの出世払いでいいんだよ。さっさと強くなってオレたちのところに来い。茅場のクソヤローにガツンとかましてやろうぜ』
………関係ないない。
デスゲームが始まってから三日ぶりに訪れる《はじまりの街》。
記憶通りまだ街で暴動といったようなことは起こっておらず、すれ違うプレイヤー達の顔にもそれほどの悲壮感はただよっていなかった。
運営の悪口を言ったり補償がどうだとか取りとめない話ばかりしている。
「「「王様だ~れだ!」」」
「あ、わったし~! じゃあね~……」
驚くべきことに、途中昼食に立ち寄った飲食店では、男女数人のグループが合コンらしきものまで開いていた。
ここまでのんきだと呆れを通りこしていっそ尊敬すらしたくなってくる。
もう三日目―――いやまだ三日なのだろうか。
そろそろ理解し始めてもいい頃だと思うが、こいつらはまだそのうちなんとかなると甘いことを考えているのだろうか
中には先行組ほどじゃなくても、危機感を抱いているプレイヤーは少なからずいるはずだ。
しかし何かしなければと思っても実際に行動するとなると、「そのうちなんとかなるんじゃないか」という淡い期待が邪魔をする。
実際俺も一度目は外からの助けを信じ、十日の間《はじまりの街》じっと待ち続けた。
――しかし、助けは訪れなかった。
あの時の絶望感はすさまじかったな。
ここの住人もあと数日すればイヤでも理解することになるだろう―――助けなどないと。
その結果――泣き、わめき、暴れまわる。
記憶にある二年前の集団ヒステリーを思い出して少しだけ鬱になった。
しばらくこの街には近づかない方がいいかもしれない。
さっさとクエをこなして出て行くとするか。
「……四十六……四十七……四十八……」
《始まりの街》第11区はNPCの住宅地帯となっておりプレイヤーが好んで踏み入れることは少ない。
「百九……百十……百十一と―――コイツだったな」
そこで俺が探していたのは第11区北口から道なりに歩いて百十一番目の街路樹。
他の木と変わらないように見えるが、よ~く目を凝らすとその木の一番高い枝に小さな赤い実がなっているのが見える。
「よし、まだ残ってる」
街路樹は《破壊不能オブジェクト》なので通常なら実はもちろん、葉っぱ一枚さえちぎることはできないがコイツだけは別だ。
《ベア・ラズベリー》
食べるだけで最大筋力値が+2も上昇する激レアアイテムだ。
この木がひと月ごとにステータス最大値を上昇させる果実を実らせるというのは、前の世界ではかなり有名な話だった。
リスクゼロのうえ、簡単に入手可能で味の方も高ランク食材に匹敵―――そして手に入れられるのは一月にたった一人だけ。
プレイヤー同士の醜い争いに発展するのは当然の流れだった。
ここにも芽場晶彦の悪意が透けて見える。
前の俺も一度争奪戦に参加したことがあるが、まさに地獄だった。
圏内で戦闘が行えない分、通常では思いつかないようなえげつない手が横行したものだ。
もっとも今ならライバルもいないので簡単にゲットすることができるが。
(そう、ライバルはいない)
実を言えばこの果実、初日にでも手に入れることはできたんだが、あえてこの三日間放置してみることにした。
というのもこのアイテム、俺以外に二度目のやつがいるかどうかの確認に使えるからだ。
この木についての情報が聞けるのは俺の知る限り11層のNPCが初なので、もし今日見に来た時、木の実がなくなっているようであれば、俺と同類のプレイヤーが存在するということになる。
そのへんは早めに確認しておきたかった。
(ま、そんなプレイヤーはいなかったみたいだけどな)
小石を拾い上げるとセカンドスキルを《投剣》に入れ替え、実を撃ち落とすべく狙いを定める。
俺は舌なめずりしながらスキルを発動させた。
先着一名までという激レアなお使いクエストをこなしているといつの間にかアインクラッド最南端の展望テラスまで来てしまっていた。
そこでこの街の広場以外で初めて他のプレイヤーの集団に遭遇する。
数は百を超えるか超えないかといったところだろうか。
何事かと近づいてみると大勢のプレイヤーの中から一人の男がテラスの柵を越えアインクラッドの外周部の外へと身を乗り出すのが見えた。
「ナーヴギアの構造上、ゲームシステムから切り離されたものは自動的に意識を回復するはずだ」と大真面目の語るその男はどうやらこのまま外周の外へと飛び降りるつもりらしい。
「なんだ自殺か」
話にはよく聞いたが生で見るのは初めてだ。
一応止めるべきか迷ったが、その男の持論を否定するだけの材料を俺は持ち合わせていない。
この世界で死んだ後のことは俺にもわからないからだ。
ほんとに死ぬかもしれないし、もしかしたら現実世界に戻れるのかもしれない。あるいは俺のように二度目が……。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」
そんなことを考えているといつの間にか紐なしバンジーが決行されてしまったようだ。
身も凍るような絶叫を上げながら男は仮想の重力に従って、すさまじい早さで暗い雲の海へと落ちていく。
やがて男の姿は雲間に消えていった。
テラスに残った他のプレイヤーはみな真っ青な顔で立ちつくしている。
どうやら彼のあとに続こうという勇気あるプレイヤーはこの場にいないようだ。
たぶんそれが正解なんだろう。
さて、なかなか珍しいものを見れたな。
気を取り直してクエストクエスト。
この仮想の世界でも夜はやってくる。
長ったらしいお使いクエストをこなして手に入れた敏捷力に高い補正が付く指輪を手のひらの上で転がしながら俺は宿へと向かっていた。
このSAOには最上階を目指すというグランド・クエスト以外にも《森の秘薬クエ》やこういったお使いクエストといった遊びの要素が無数に用意されてある。
長い時間試行錯誤を重ね、時には運に助けられながら探し当てられてきたこれらのクエストの内容を、俺だけが事前に知っているというのは考えるまでもなく途方もないアドバンテージだ。
(といっても俺が把握している数なんて、全体からすればたかが知れてけどな)
このお使いクエストにしても以前酒場でこの指輪を見せびらかしながら、聞いてもいないクエスト内容を自慢げに語っていた男の話を覚えていたからだ。
今度見かけたら酒でもおごってやるか。
俺がこの街での拠点にしたのは、中央の一角にあるボロちい安宿だ。
基本稼いだコルは、今後相場が上がるであろうアイテムにつぎ込んでいるので、現在それほど手持ちに余裕があるわけではない。
とりあえず金がたまるまでは贅沢は敵だ。
「…ぅぅ………」
下の食堂で腹を膨らませ、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、どこからかすすり泣きのような声が聞こえてきた。
耳を澄ませてみると、どうやら一番奥の部屋から漏れてきているようだ。
基本金を払って借りた部屋はプレイヤーの完全なプライベート空間となり、外に物音が漏れることは一切ない。
《聞き耳》スキルが高いとその限りではないが、この場合はただのドアの閉め忘れだ。
遠くからだと気付かなかったが、近づいてよく見てみるとドアにわずかに隙間ができているのがわかる。
(物騒だな。睡眠PKされても文句言えんぞ)
どんな馬鹿だとこっそり覗き込むと、真っ暗な部屋の中ベッドにうずくまる女性らしきプレイヤーが見えた。
「うぅ…数学…課題がまだ……怒られちゃう…」
なんか小さな声でブツブツ言ってるが、この角度だと人相までは確認できない。
暗闇の中、腰まで伸びる長い髪がベッドの上に広がっており、さながらホラー映画のワンシーンのようだ。
(なんか壊れる一歩手前って感じだな)
三日でこれならどの道長生きできないだろう。
俺は気付かれないようにそっとドアを閉めると、自分の部屋へと足を向けた。
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またまた時間かかりましたが三話目です。
後半は一話の改定前の話しをほぼそのままくっつけただけなんで、改定前を読んで下さった方には退屈だったかもしれません。その辺はご容赦を。
情報は小説のみなので矛盾点とか多そうです。
そのへんも含めて、読んだ感想をぜひ聞かせてください。