翌朝、私の目の前には白目を向いて転がっているククルが居た。
「野比くん、ククルくんは一体どうしちゃったんだい?」
どうやら一番に目を覚ましたらしい出来杉くんが尋ねてくる。
「いや、空が白み始めた頃に、一人でギガゾンビのところに行くというから、つい締め落としてしまった」
鋼糸の勉強にもなった。1重にしただけでは締め落とせなかったからな。3重か4重くらいにしないと無理なようだ。
加えて、何かに引っ掛けてからの方がよさそうだ。こっちに引っ張られてしまうからな。相手が武器を持っていると危険だ。
「締め落としたって……ま、まぁいいけど」
出来杉くんも苦笑い。いやすまない、つい試したくなってしまって……。
「私は軽く眠らせてもらう。すまないが、1時間半ほどしたら起こしてくれるか?」
丁度ノンレム睡眠からレム睡眠に切り替わる頃だ。その時間だと心地よく目を覚ます事が出来るのだ。
余談だが、ノンレム睡眠とは日本語にすると眼球運動の無い睡眠。レム睡眠は眼球運動のある睡眠のことだ。
眠っていた所を起こされた私は、少しぼやける頭を振りつつもエントランスホールに入った。
そこでは既に全員が集まっており、何故かドラえもんがアッラーの如くククルに崇められていた。
「ドラえもん、君はアッラーにでもなったのかね」
「まじない師ドラゾンビ様だってさ」
スネオが言うが、なんだそれは。
「骨川くん、ちゃんと説明しないと分からないよ。
ククルくんを納得させる為に、ドラえもんがまじない師だってことにしたんだ。
タケコプターで空を飛ばせてね。風の精霊に頼んだ、なんていってたよ」
「なるほどな。目には目を、歯に歯を、というわけか」
まぁ、ククルを納得させるにはいい手段だな。
「兎角、そろそろ出発するとしよう。時間を無為にすることはなかろう」
「そうだね、のび太くん!早速出発しよう!」
という訳で、私の可愛いペットたちに乗って移動する事となる。
私とがトレミー、源さんがイクシオン、出来杉くんがペトルーシュカ、残りが王小竜に乗ることになった。
「のび太、のび太」
「なんだね」
平行して飛んでいる王小竜の背中に乗っているククルが声をかけてくる。
「のび太、僕を手を使わずに倒した。のび太はドラゾンビ様の弟子なのか?」
「違う」
「そうなのか……」
「私がドラゾンビの主だ」
「!?」
驚愕して口を開くククル。しかし事実だ。ドラえもんは私の部屋の押入れに居候している立場だからな。
「のび太様……!」
「余り崇めてくれるな。対外的には秘密にしていることだからな。それに普通に接してくれて構わない。年齢も同じくらいだろう」
「分かりま……分かった、のび太」
「さて、ドラえもん。和県まではどれくらいの距離があるんだ?」
「ええっと、そうだね。2000キロくらいかな?」
「だとすると……恐らく時速250キロ近く出ているだろうし、夕方にはつけるだろう」
「そうだね」
そう言ったところで、ジャイアンとスネオがうろたえはじめる。何かあったのだろうか。
「な、なぁ、もしも途中でこいつらが疲れちゃったら……」
「そ、そうだよ!海の真ん中でぽちゃん!なんてことになったら!」
ははぁ、なるほど、それでうろたえていたのか。
「あはは、心配要らないよ。前に野比くんが言ってたろ?今は氷期だって。
氷期は寒いから、海が凍るんだ。そうすると、海が低くなる。今は中国大陸と日本は地続きになってるはずだよ」
「その通り!念のため、衛星写真を撮っておいたんだ。そしたら、のび太くんの言うように、中国大陸と地続きになってたよ。
だから、途中で疲れても、降りれるから平気だよ」
「なぁんだ!それなら安心だ!」
納得してくれたようで何より。しかし、問題はこれから数時間、一体何をすればいいかだな……。
「暇になっちゃったな。よし……俺様が歌を歌ってやろう!」
「いやいや待て待て。ここは私に歌わせろ」
「お?のび太も歌うのか?よーし、じゃあ俺様が採点してやろう!」
チッ、ジャイアンを歌わせない為に咄嗟に口から出たでまかせだが、歌わなくてはいけなくなったな……。
一体何を歌えばいいものか……別に何を歌ったって、この過去の時代に某権利会社が出てくるわけは無いと思うが……。
「………………」
「どうした?のび太?」
「ええい!ままよ!」
歌ってやる!歌えばいいんだろう!
歌った……歌ってやったぞ……ハッ、公開羞恥プレイなんて、私にやってどうする……ハハッ……。
「うん……80点!」
意外と好評価だった。
「聞いたこと無い歌だったけど、誰の歌?」
「JAMPro」
「ジャムプロ?何か甘そうだな」
「でも、カッコイイ歌だったわよね」
未来の歌は意外と好評だった。
羞恥プレイをやれやれとうるさいので、私は考える事をやめて事なきを得た。
「事無くなっていない気がするのは気のせいだろうか」
何十曲も歌わされたが、ジャイアンが歌うのは阻止できた。評点するのが気に入ったらしい。
「そろそろ降りて休憩にしようか?」
「そうだな!それがいい!トレミー!君も疲れただろう!そうだろう!?」
休憩を取る事にした私達は、丁度いい場所を見つけてそこに降り立った。
そして、相変わらずのダイコンの形をした食料を開く。出てきたのはハンバーガーにポテト、コーラのセットだった。
「ドラえもん、グルメンを出してくれたまえ」
「うん。用意して来てるよ」
ドラえもんが出したグルメン。それをトレミーたちの前に出してやる。
そして、近くの岩場に腰掛けると、早速食事を始めるのだった。
「そうか!分かったぞ!」
食事中、唐突にスネオが声を上げる。
「日本人の先祖って氷河期にここを通って中国から引っ越して来たんだ!」
「えっ?ほんとかよ、スネオ」
あぁ、なるほど。今日本には人がいないのに、何故未来の日本には人が住んでいるかが気になっていたのか。
「その通りだよ、骨川くん。他にも朝鮮やシベリアからも移住して来てたらしいよ。何万年もかけてね。
丁度、日本に人類の痕跡が現れ始めるのが4万年位前だからね」
「はー、そうなのか……じゃあ、もしかしてククルは俺達のおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんの……」
「よしてよ!おじいちゃんなんて!」
そう言って笑うククルだが、私はセワシにおじいさんなんていわれたからなぁ……本当に言われるとしゃれにならんものがある。
「でも、先祖を辿れば、世界中の人たちが親戚になるのね」
「その通りだ、源さん。人類の祖先は遡ると、アフリカ大陸の辺りということになる。
私達ホモ・サピエンスの持つ細胞内小器官、ミトコンドリア。
これは母系からしか遺伝しないものなのだが、これを辿っていくと、一人の女性に行き着く。
おおよそ16万から20万年前のアフリカに存在した女性。これをミトコンドリアイヴと称する。
即ち、現生人類の母系の祖先は、そのミトコンドリアイヴが発祥となるのだよ」
「そうなのかい?野比くん?」
「あぁ、そうだが……」
って、しまった。ミトコンドリアイヴ説は、今の時代には存在しない……。
い、いや、だが10年後くらいには発表されるはずだし、今の時点でも調べてはいるだろう……きっと……。
「まぁ、確実、といえるほどではないが、ほぼ確定している話だからな。それと知っている人間は殆ど居ないだろうから、話さない方がいいだろう」
「そうかい?でも、アフリカ単一起源説がこれでまた一つ有力になったってことだよね」
「そうなるな」
いかんな、要らん知識を公開してしまった。
「どうしたの?のび太くん」
「いやなに、君を見ていたら全てがバカらしくなっただけだ」
そうだな、堂々と未来道具でこんな真似をしているドラえもんに比べたら遥かにマシだ。
タコケプターで飛び続けて数時間が経過した。既に辺りは暗くなり始めている。
「日が暮れ始めたな……ドラえもん、今どの辺りだ?」
「もう和県に入ってるはずだよ。そろそろだと思うんだけど……ククル、ここらへんに見覚えのある場所は無い?」
「う~ん……あ!」
と、ククルが唐突に声を張り上げる。
「あそこ!僕が魚を取っていた川だ!」
「ならば村は近いということになるな」
それから数分もしないうちに、ククルの住んでいただろう村の残骸があった。
周囲に人の気配はしない。しん、と静まり返り、静寂のみが周囲を支配している。
「僕の村……!僕の家、父さんと、母さんと……!」
ククルが猛然と走り出し、私達もそれを追う。
そして、村の中心でククルは失意のままに項垂れていた。
「気を落とすな。私達が何の為にここに来たと思っている。
責任は最後まで持つ。君の村の人たちも助ける。安心しろ。ここにいるのを誰だと心得る。
畏れ多くも未来の世界からやって来た、ネコ型ロボットのドファえもんだぞ」
「僕は音階記号じゃないやい。
とにかく、僕達はスタートラインにようやくついたんだ。
クラヤミ族との戦いは、世があけてからにしよう」
そう言ってドラえもんがキャンピングカプセルを人数分取り出す。
それを地に突き立てると。ドラえもんがあの時言っていた様に大きくなった。
そしてその根元にあるボタンを押すと昇降機が下りてきて、その中へと私達を迎え入れた。
「シャワーもあるのか。それ以外は照明とベッドだけ。まぁ、十分だろう」
今日は殆ど眠れなかったからな、さっさと眠って英気を養うとしよう。
翌朝、私達は朝食を取ると、早速クラヤミ族を追跡する為に旅立つ事とした。
「尋ね人ステッキ~!これを倒した方向に探し人がいるんだ」
「また変な使い方をする道具だな……」
とにもかくにも、それをドラえもんが倒すと、北の方向へと倒れる。
「進路は北北西。早速行こう!」
「そうだな、全員さっさとトレミーたちに乗って……」
「いや、待って、のび太くん」
「なんだ?」
「トレミーたちは目立ちすぎるよ。ここから先はタケコプターにしよう」
「……それもそうだな。仕方ない……。トレミー、君達はここで待っていてくれ。すぐに迎えに来る。
君達を連れて行きたいのは山々なのだが……連れて行けないのだ。分かってくれるな?レディ」
そう言ってトレミーたちの頭を撫でる。
一応、グルメンを置いていってやることにする。
泣く泣くトレミーたちと別れた私達はタケコプターで移動を始めていた。
「襲われたのが4日前。クラヤミ族は当然徒歩だろう。加えてかなりの大人数。となると、それほどの距離ではないはずだ。
精々が時速5キロ程度だ。歩ける時間は一日に多くとも10時間。長くても180キロ程度しか移動していまい」
「そうだね。でも、一応周囲に気を払って」
「分かっている」
私達は木陰や山陰に気を配りつつ飛び続ける。夜営の後でも見つけられるといいんだが……。
「……!」
「どうしたの?」
ククルが何かに気付いたらしく、唐突に方向転換をして移動を始める。
私達もそれについていくと、そこには動物の骨と毛皮。そして血液が飛び散っていた。
「これ、クラヤミ族のヤリだよ。ここで狩りをして獲物を食べたらしい。
そして、こっちには焚き火の跡がある。夜営したんだよ」
「私達の進路は正しかったようだな。ドラえもん、一応ここでもう一度尋ね人ステッキを」
「うん」
ドラえもんがステッキを倒すと、先程まで私達が進んでいた方向に倒れる。
どうやらだが進路は北北西のままらしい。私達は再び飛び立って移動を開始する。
暫く移動をし続ける木々が増え始め、見通しが利かなくなり始めた。
「森林地帯か……厄介だな」
「仕方ないよ。森の中を進もう。逸れない程度に間隔を上げて、周囲を探りながら移動するしかないよ。
感覚の鋭いククルくんが一番前がいいね」
「そうしよう。みんな、木にぶつからないよう気をつけて」
見通しの効かない森林での索敵は疲れる。だが、目印を見落としては本末転倒だ。
周囲に気を配り続けながら、私達は移動を続ける。
「あだっ!」
「気をつけろといった本人がぶつかってどうするのだバカ者」
「あはははは!バッカでー!ちゃんと気をつけろよドラえもん!」
そう言ったジャイアンが木に激突する。
「君が先程言った言葉をそっくりそのまま返してやるとしよう」
「うぐぐぐ……」
さておき、それから暫く移動を続けると、2つ目の夜営の後を発見する。
しかし、どうでもいい話なのだが、こういう牛の丸焼きとかはやたらと美味そうな気がする。
そして、それから暫くして再び夜営の後を発見する。3つ目、という事は、昨日のだということだ。
「諸君、近いぞ。見落とさないように注意するんだ」
「おう!任せろのび太!」
「余り高く飛びすぎちゃダメだよ。クラヤミ族に見つかったら大変だ。物陰に隠れながら飛ぶんだ」
山間の細い道。そこを数十人の人々が通っている。
さらには、黒い毛皮を纏った人間と、ククルと同じような色合いの毛皮を纏った人間が争っている。
ククルと同じ色合いの毛皮を纏った人間は、腕を縛られている。彼等がヒカリ族だろう。
「ドラえもん、急ぐぞ」
「うん!準備オッケーだよ!」
それっぽく見えるようにと、半ば悪乗りの勢いでドラえもんは飾り立てられていた。
箒みたいな髪のウィッグに、でかい宝珠のようなものの首飾り、そして鼻輪。確かにまじない師っぽく見える気がする。
さらにはくもの作成セットとやらで、人間が乗れる雲を作ってそれに乗っている。
ヒカリ族の人間に迫り、今凶刃を振り下ろそうとしているクラヤミ族へと、ドラえもんのショックスティックの稲光が走った。
「我こそは精霊王ドラゾンビなるぞ!ただちに捕らえた人々を放すが良い!
さもなくば、雷の精霊をけしかけて……バ、バーベキューにするぞよ!」
バーベキューって……。
「そら!そら!」
ドラえもんへと石器を投げつけようとしたクラヤミ族に、ドラえもんのショックスティックが炸裂する。
それにクラヤミ族は驚き戸惑い、逃げ惑い始める。
「私達も行くとしよう」
「おう!」
「行こう!」
私達は颯爽と飛び出すと、ショックスティックのスイッチを押して稲光を放った。
それを受けてクラヤミ族は更に混乱して逃げ惑う。
数分の後にはクラヤミ族は殆ど逃げ出していた。直撃を食らって昏倒していたのは仲間が連れて行った。
「一人残らず逃げて行ったな」
「勝った勝った~!」
「余りにあっけなくて拍子抜けしちゃったね」
勝ち鬨を上げる。これでヒカリ族の面々も大丈夫だろう。
そう思ったところで、唸るような声が聞こえた。その声の出所には、クラヤミ族が担いでいた籠があった。
周囲を獣の皮で覆ったもので、入れるとしても赤子が入れるくらいのサイズだろう。そこから声が響いている。
「ギ~ガ~!」
その唸り声と同時、その籠が内側から弾け飛んだ!
そして、その籠から遮光器土偶のようなものが飛び出した!
「遮光器土偶!?」
「遮光器土偶デハナイ!ワレコソハつちだま!!ぎがぞんびサマノシモベデアル」
その言葉と同時、そのツチダマとやらの目が輝いた!
その瞬間、私達は体を打ち付けられるような衝撃を受けて吹っ飛ばされていた。
「くっ……!衝撃波だと!?一体何がどうなっている!?」
「分からない!でも今は戦わないと!」
私達はショックスティックを手に立ち上がり、一斉にそのボタンを押す。
ショックスティックから放たれた稲光はツチダマに直撃するが、ツチダマは小揺るぎもしない。
「オロカモノメ!マダワシノオソロシサガワカラナイヨウダナ」
再びツチダマの目が輝き、衝撃波が私達を襲う。
私達は咄嗟に岩陰に隠れるが、岩がどんどん崩れていく!
「ドラえもん!未来の世界の理不尽道具でなんとかならんのか!?」
「ひみつ道具だよ!これでもない!これでもない!」
「ポケットは整理しておけバカ者!」
全く関係の無い道具を取り出してはあちこちに放り捨てるドラえもん。
なんとかしてくれ、このままでは私はともかく、スネオや源さんのような力の無い者から脱落していくぞ。
「源さん、私にシッカリと捕まっておけ。顔に傷でも残ったらいかん」
「うん。のび太さん」
そう言って源さんが私の背中にしがみつく。クソッ、ドラえもんは何をやっている!
「あったぞ!」
そう言って、ドラえもんが黒いマントを手に飛び出す。
「ヒラリマント!」
言葉と同時にそのマントを振りかぶる。その直後、ツチダマが大きく吹っ飛んだ。
その勢いで地面へと激突すると、粉々に砕け散った。再生したりしないだろうな……。
「一体あの土の塊がどうやって動いていたんだ……?
というかそのヒラリマントとかいう未来の世界の理不尽道具はなんなんだ?」
「こっちに飛んで来たものを跳ね返せる道具だよ」
ほう、それで服を作れば、一方通行ごっこが出来るな。
そんなくだらないことを考えていると、ククルが走り出す。
その先には、二人の男女が居た。年齢は20代半ばくらいだろうか。
「父さあん!母さあん!」
「ククル!」
ククルの両親だったようだ。感動の再開、というわけだ。
「よかったなぁ……」
「家族が無事に再開出来たのね……」
「俺、こんな場面に弱いんだよ……」
「ハハハ、鬼の目にも涙か」
かく言う私もこういうものには弱いのだ。ほんとに無事に再開できてよかった。
7話
2011/12/02 02:12 投稿
8話
2011/12/02 03:41 投稿