「ねぇ、のび太くん」
私に声をかけるドラえもん。
私は本に目を落としたまま返事をする。
「なんだ」
「どうして君の部屋の本棚には漫画が一冊もないんだい?」
「マンガは一度読めば内容を殆ど覚えられるのでな、買って読んだ後は全て古本屋に売る」
買ったばかりなら高く売れるので、節約になるのだ。
「僕の読める本がないよ……」
別にドラえもんに読ませる為に本を買っているわけではない。
「幾らでもあるだろう。私のオススメは緋色の研究だ」
「ヒイロの研究?ええっと、ロボットアニメだっけ?ツンデレデデンの」
「君は何を言っている。アーサー・コナン・ドイル著、シャーロック・ホームズシリーズの第一作だ」
「難しいよ。もっと簡単なのないかな?」
「物置に絵本があるからそれでも読むといい」
というかそれ以外に言いようがない。
「むっ!幾らなんでも僕をバカにしすぎだよ!」
「それはすまなかったな。ならば、トム・ソーヤーの冒険がある。それでも読むといい」
小学校に入学した時に父がくれた本だ。中々の長編作で読み応えがある。
「えーっと、これ?う~ん……やっぱり難しいよ」
「もう手の施しようがないな」
「酷いよ、のび太くん……」
さめざめと泣き始めるドラえもん。私は立ち上がり、ドラえもんの肩に手を置く。
すると、ドラえもんが此方に振り向いて、何かを期待するような目線を向けてくる。
「うるさいから他所で泣いてくれ」
「のび太くんのバカーッ!」
率直な物言いが気に入らなかったのか、涙を撒き散らしながらドラえもんは何処かへと走り去っていった。
私はそれを見送り、読書に戻った。
暫く読書を進めていたのだが、唐突に母が来客だと私に告げてきた。
出迎えてみれば、そこに居たのはジャイアン、スネオ、源さんと、出来杉を除いた私の友人が全員来ていた。
「のび太!探したぞ!なぁ!心の友よ!」
「ほんとだよ!探したんだぞのび太!」
「もうほんとに何処にいるのかと思ったんだから!」
なぜか全員実に嬉しそうに言う。
「私は行方不明になった覚えもなければ、君達と数ヶ月離れていた覚えもないのだが。
まぁ、取り敢えず上がるといい。その大荷物を担いで立ち話もなんだろう」
そう言って私は三人を招く。
三人を部屋まで招き、取り敢えず事情を聞くことにした。
「もう草むしりから配達から店番から、俺はかーちゃんの奴隷じゃないっつーの!」
まぁ、確かにジャイアンの母親は少々ジャイアンを働かせすぎに思うが、家業を継ぐなら必要なことだろう。
「家庭教師を全部の科目につけるって言うんだよ!朝から晩まで勉強!勉強!もう勉強は嫌だよ!」
将来エリートになるなら必要な事だ。私だとて高等教育の予習は毎日欠かしていない。
「もうお稽古が嫌になっちゃったの……ママは私の事をピアニストにするのが夢なの。
私はバイオリンの方が好きなのに……暫く、ひとりになって考えてみたいの」
君の殺人的なバイオリンの音色が原因で君の母は君をバイオリニストにするのを諦めたのではなかろうか。
「つまり、総評すると君たちは家出をしたいということでいいのかね」
源さんの方は少々違うような気もするが、まぁ、概ね間違ってはいないだろう。
「そうそう、その通り!流石は心の友だ!」
「そうなんだよ!なんとかしてくれのび太!」
「どうにかならないかしら、のび太さん」
頼られるのは別に嫌ではないのだが、幾らなんでも私に出来る範疇を超えすぎているぞ、それは。
そんな事を考えていると、なぜかドラえもんが窓から入ってくる。
「ただいま、のび太くん」
「お帰り。ドラえもん、衣食住を完全に確保出来る道具はあるかね?」
「え?どうしたのいきなり?」
「家出をするのだそうだ。私としては頼られるのは嫌ではないのだが、流石に私の出来る範疇を超えている。
未来の秘密道具とか言うのがあっただろう。それに、そんな都合のいい道具はないかね?」
「あるよ」
「あるのか……」
未来道具って凄い。
「グルメテーブルかけ、キャンピングカプセル、着せ替えカメラ」
ドラえもんが三つの道具を取り出す。赤のタータンチェックの小さなテーブルかけ。
球体に杭を取り付けたような奇妙な道具、そしてカメラを取り出す。
「このグルメテーブルかけは注文すると、どんな料理でも出てくるんだ。
こっちのキャンピングカプセルは地面に突き刺すと大きくなるんだ。シャワーなんかもついてる。
そして最後に着せ替えカメラ。これに絵を描いて中に入れて、相手に向かって写真を撮ると、絵の写真に着せ替える事ができるんだ」
未来の科学は予想以上だった。一体どんな技術を使えばそんなものが作れるのか。
グルメテーブルかけと着せ替えカメラは原子配列変換技術が使われているのだろうか?
食品となるものは、全て炭素から作られている。旨み成分となるアミノ酸などは酵素を用いれば精製可能だろう。
はっきり言ってどれだけの工程を経て食品が作られるのかは定かではないが、かなり高度な技術が使われているのだろう。
着せ替えカメラはグルメテーブルかけよりは難度が低いだろうか。結局のところ、原子配列変換なんてとんでもない技術ではあるが。
キャンピングカプセルは形状記憶合金だと思えばいい。地面に設置すると同時に地熱によって巨大化する、とか……無茶だな。
どう考えても既存の物理法則を無視しているとしか思えない。それほどまでに凄まじい技術が使われている。
「おお!それさえあれば!」
「家出しても暮らしていけるよ!ドラえもんって凄いんだね!」
大喜びするジャイアンとスネオ。
「だが、問題がある」
水を差すようで悪いが、言っておかなくてはならない。
「そのキャンピングカプセルを何処に使うか、が問題だ。
いつもの空き地は近々売却されるだろうな。東京都の練馬区など、将来的に発展する場所だろう。
それに今はバブルの絶頂期だ。恐らく数年後には弾けるだろうが、東京の地価はかなり上昇している。
空いている土地があろうが、近々売却されるだろうな」
まぁ、一ヶ月や二ヶ月程度ならば問題はないと思うが。
しかしながら、世の中なんてそんな甘いもんじゃないのだ。大人しく家に帰ってもらおう。
「裏山もそうだ。あそこは学校も近く、駅も近く、商店街も近い。住宅地を作るにはもってこいの場所だろう。
あそこの所有者は既に売るつもりだという噂話も聞いている。すぐにでも工事が始まるだろうな」
「つまり……どゆこと?」
「家出するにしても、土地が無くてはどうにもならんということだ」
「うぅ……だからってそんなのおかしいよ!地球が生まれた時にはそんなものなかったのに!
後から出てきた人間が勝手に切り分けたりして!そんなの絶対おかしい!」
「そうだな。国境や身分の差など、人間が勝手に線引きをしたに過ぎない。
地球には国境などない。冷戦、資本主義、社会主義、共産主義、全て愚かなものだ。
世界のあるべき姿とは何なのかと問われれば私には分からないがな。地球を切り分けるのは愚かな事だと分かる」
「そんな小難しい事言ってないでさ!どうにかならないのかよ!のび太!心の友だろ!?俺達!」
「例え心の友だろうがホモダチだろうが無理なものは無理……いや、出来ない事もない……か?」
「おお!流石は心の友よ~!で、どんな方法なんだ?」
この方法はかなりの反則技だし、彼等を家に帰させる為には、はっきり言ってやりたくはないのだが……。
まぁ、たまには彼等の羽を伸ばさせてやるのもいいだろう、冬休みの小旅行のようなものだとしてな。
「ドラえもん、過去の世界に行く事は可能か?」
「それは出来るけど……どうして?」
「過去の世界ならば、未来、つまりは現在のしがらみには縛られないからな。
加えて言えば、他に人間は居ない時代に行く事も出来る。恐竜などの居る時代は危険だが……。
まぁ、数万年程度の過去ならば、危険な動物もそれほど多くは無く、人類も少ない時代だ」
「なるほど!タイムマシンで家出するんだね!冴えてるぅ!」
「そうだ。可能か?」
「うん!大丈夫だよのび太くん!」
「では、君達は家出の準備を整えておくといい。私は出来杉くんの家に行って来る」
そう言って私は立ち上がる。
「のび太は家出しないのか?」
「いや?ついていくつもりだ。だが、移動する年代の決定が重要となるのでな。
君達は過去の時代についての知識は余りないだろう。彼ならば多少は知ってそうだ。一応、めぼしはつけているのだがな」
「何時なの?」
「凡そ6万から7万年前だ。アフリカ大陸から、イヴの子孫達が拡散し始めたのは凡そ6万年ほど前だからな。
無論、旧人類のネアンデルタール人などは別の地域にも居ただろうが、現在の人類であるホモ・サピエンスの先祖ではない。
ホモ・サピエンス・イダルトゥについては分からないが、彼等は恐らくアフリカ大陸の方に居るはずだ。
であるからして、6~7万年前の日本ならば丁度いい時期といえる。まぁ、問題点はあるのだが……」
「え、あるかなぁ?」
「6万から7万年前といえば、丁度時期的にウィスコンシン氷期が始まったあたりだぞ」
「あ、そっか。ううん、確かに……でも、それ以外に候補があるのかい?」
「一応ある。凡そ20万年ほど前だ。その頃は温暖期の真っ只中でピークの時代にある。
しかし、酸素濃度などを考えると、余り私達の体によいとは言えない。
30万から40万も一応候補ではあるのだが、その時代に何の原人が居たのか現代では判明していない。
不用意に分からない時代に行くのは危険だ。更に遡って50万年ほど前となると北京原人の居る時代も候補だが辞めたほうがいいだろう」
「なんでだ?」
「北京原人には食人の風習があったと思われている。要らん危険を冒すのはバカのやることだ。
更に遡り70万年ごろとなると、この時代は気候変動が激しく、どんな生物が居たのか、状況がよく分からん。
極度の飢餓状態にある動物が襲ってこないとも限らない。さらには地磁気の逆転が起きている。
これが人体にどんな影響を及ぼすのかが分からない。不用意に危険を冒すのはやめた方がいいだろう」
「つまり、殆ど6万年から7万年前に決定してるんだね?」
「そうだ。だが、一応出来杉くんに判断を仰いだ方がいいだろう。それに、彼を誘うのもいいだろう」
「そうね。それじゃあ、私達はドラちゃんと家出した後の事を話しておくから」
「あぁ、頼んだ。行く場所、そして何をするのかなど決めておくといい」
私は部屋から出ると、出来杉くんの家に電話をかける。
彼の部屋には彼専用の電話があるので、彼以外が取る心配がないらしい。
『はい。もしもし。出来杉です』
「野比だ。出来杉英才くんで間違いないだろうか」
『あぁ、野比くん。間違いないよ。どうしたんだい?』
「この間話しただろう?ドラえもんのタイムマシンで過去の時代に行く事になったのだが、君も来ないかね?
予定では6万から7万年ほど過去の時代に行く事になるのだが、本決まりになっていない。そこで君の意見も仰ぎたいのだが」
『過去に行くのかい!?いくいく!絶対行くよ!すぐ行くから待ってて!』
彼にしては珍しく興奮した声音だ。すぐさま電話が切れてしまう。
そう言えば、彼は学術的好奇心が旺盛な少年だったな。過去に行くと聞いて私も興奮しているのだ、無理もない。
そんな事を考えながら、玄関先で本を読みながら待っていると、チャイムが鳴り響く。
予想通り走って来たのだろうな、などと思いながらもドアを開くと、そこには息を切らしている出来杉くんが居た。
「やぁ、野比くん!つい走って来ちゃったよ!」
「まぁ、取り敢えず上がるといい」
先程の三人と同様に部屋に招き入れる。
「早かったな、のび太」
「出来杉くんが来てくれたのでね。さて、話は纏まったかね」
取り敢えず、先程まで座っていた場所に座る。
「おう!取り敢えず、俺達の楽園を作る事にしたんだ!」
「ゲームセンターやマンガ図書館!」
「レストランに、ケーキ屋!モチロンどっちもタダ!」
「湖のほとりを一面お花畑にするの。昼は虹がかかり、夜はオーロラが照らす……そんな場所を作りたいわ」
「ネズミが居なくて、ドラ焼きとお餅が食べ放題なとこ!」
四人の意見を聞いて頭を抱える。
「余りにも俗物的過ぎるぞ君達……折角過去の世界に行くのだから、過去の世界でしか出来ない事があるだろう。
地質調査だとか、原生動物の調査だとか……まぁ、そんなもの私以外にやりたがるのは少ないだろうが……。
源さんの願いはらしくていいな。私も賛成しよう。幻想的な空間は私も作りたいと思っていたところだ」
「のび太さんも?」
「あぁ。一面の鈴蘭が咲き乱れる丘など作りたい所だ。そうなるとヴァルキリーでも作りたい所だ。人間なんぞ作れるものではないが」
「できるよ?」
「出来るのかね!?未来の人道は一体どうなっている!?」
クローン技術がそう簡単にできるとはどうなっている?しかも、出来るということは、今まさにその技術が使える道具があると言う事だ。
作るなら名前はプラチナかレナスにして……でなくてだな、人間を作るのは人としてどうかと思うし……。
「まぁ、取り敢えずは、向かう年代についての考察を重ねなくてはならない。
君達は作るに当たって、どんなデザインにするのか、どんな場所に作るのか、そう言うイメージでも妄想しておくといい。
さて、出来杉くん。先程話したとおり、行くのは6万から7万年ほど過去に行く事にしたのだが、意見はあるかね?」
「う~ん……その頃だと、丁度氷河期が始まったあたりだよね?寒くないかな?」
「一概にどうとは言えない。しかし氷河期であるのは事実だ。
それ以外の年代は不確定要素が多く、余り移動に適さないと判断したのだが」
「僕もそう思うよ。過去に行き過ぎると、原生動物が多くて危険だろうし。
最初の人類が発生した、300万から500万年前はどうかな?」
「その間に別種の人類が生まれていないとは限らない。不用意に過去に影響を与えるのは危険だ。
加えて言うと、その人類がどれほど範囲を広げているのかなど、今はまだ詳しく分かっていないからな。
無用な混乱を招き、人類を絶滅させたなどと言うことがあっては、今の私達が消える可能性もある」
「う~ん……じゃあ、いっそのこと、生物なんか殆ど居なかった古代に行っちゃうとか?」
「酸素濃度が高すぎて酸素中毒になりかねない。却下だ。6550万年前の隕石落下後に気候が現代に近づいた時代はどうだろうか」
「その後に生まれた生物を一匹でも減らしちゃうと、後に何か大きな影響を与える可能性が高いよ。
かなり生物が減った頃だろうし、地球全体に塩害が広がってるんじゃないかな」
「それもそうだな。馬鹿な事を言った。すまない。やはり、6万から7万年前が丁度いい時期ではないだろうか」
「そうだね。僕としては7万年くらい前を押すよ」
「私もだな。……はっきり言ってこの議論は必要なかった気がする」
「僕もそんな気がするよ」
私と出来杉くんは笑いあうと、目を閉じて空想をしていた四人へと目線を向ける。
ジャイアンの口元からよだれが垂れている……汚い……。
私は手を叩き、四人を空想の世界から引き戻す。
「向かう時代が決定した。7万年前だ。気候については、ドラえもん、何とかしてくれたまえ」
「あはは。分かったよのび太くん」
「それでは、早速7万年前に向かう事としよう。準備はいいか?」
「おう!」
「速く行こうよ!」
「大丈夫よ」
「よろしい。ならば諸君、派手に行こう」
言いつつ、私は机の引き出しを開くと、そのままタイムマシンへと飛び乗る。
私に続いてドラえもんたちがタイムマシンに乗り込む。
「時代設定、7万年前!」
タイムマシンが動き出す。ああ、これから、私達は過去の時代に行くのだ。
胸の高鳴りが抑えきれない。ドラえもんは確かに役立たずも同然だが、私達にこんな素晴らしい夢を与えてくれる。
そんな事を考えた直後、唐突にタイムマシンが揺れる。
「な、なんだ!?何が起きた!?」
ジャイアンが騒ぎ立てる。もしかして、私がドラえもんが夢をくれる、などと考えたからだろうか?
失礼な事を考えていると、タイムマシンが合成音声で私達に、時空乱流とやら発生した事を告げる。
【引キ込マレタラ、二度ト戻レマセン。全速力デ突ッ切リマス。シッカリ捕マッテ居テ下サイ】
合成音声が終わると同時に、タイムマシンが凄まじい速度で加速を始める。
そして、数秒ほどの加速の後にタイムマシンが平時の速度に戻る。
【逃ゲキレマシタ。デスガ、マダ時空間ガ不安定ノヨウデス。時代設定ヲシ、移動ヲ開始シテクダサイ】
「う、うん!7万年前の日本!急いで!」
タイムマシンが再び動き出す。数秒もしないうちにタイムマシンの動きが止まり、私達の目の前に、真っ白い円が現れる。
その先には、何処までも広がる草原と、木々の生い茂る山々。人など何処にも居ない世界。
「ワ~イ!」
「やった!家出だ家出だ!史上最大の家出だ!」
「素敵!緑が凄い鮮やか!空気が美味しいわ!」
「広い日本!僕達の日本だ!さあ!ここに僕達だけのパラダイスを作ろう!」
私達は過去の日本へと降り立った。これは、ユーリ・ガガーリンの言葉でも引用したくなるところだな。
言ってみるならば、過去の日本は若草色のドレスを纏った淑女のようであった……かね。
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どうしよう、書くのが楽しく止まらないぞ。テンソン上がってきた。
とりあえず、物語の根幹となるのは劇場版作品です。
どれほどの数の劇場版作品をやるのかは分かりません。
手元にあるのは、日本誕生、恐竜、鉄人兵団、創生日記だけです。
ですので、少なくともその四つはやると思います。
11/30 07:51投降
11/30 13:41修正