ドラえもんが現れて三日経った。
居候出来る様に頼みに行ったドラえもんは、数十分の交渉の後に、無事に居候出来る様になった。
あのマヌケそうなドラえもんが、どうやって交渉をして来たのかは気になったが……まぁ、些細な事か。
三が日の最中、凧を自作して飛ばしたりしつつ、私は暇を潰していた。
固太りで体格のよい、ガキ大将のような立場の少年、剛田タケシ。
金持ちである事を鼻にかけているが、悪い奴ではない骨川スネオ。
彼等と共に凧を誰が一番高く上げられるかを競いつつ、そのドラえもんの事を話していた。
普通なら黙っているものだろうが、ドラえもんは平然と外を歩き回っているので、話すことにしたのだ。
「で、そのドラえもんって奴は未来から来たのか」
「信じるんだな」
「なんかのび太なら、そんな事もあるかなぁ、なんて思えるからな」
それは貶してるのか褒めてるのか……。
「でも、のび太ってウソは言わないだろ。ねぇ、ジャイアン」
「おう。正々堂々とした奴だからな」
そんなスネオとジャイアンの同意の声に、少しばかり気恥ずかしい思いをする。
この年代の子供と言うのは明け透けで、好意を明確に示す。
そう言えば、タケシ……ジャイアンとこれほどに仲良くなったのは、小学生の頃のケンカが原因だった。
乱暴者だったジャイアンを、私が一方的に打ち負かしたのだ。
体格がいいといっても、訓練などをして得た肉体ではない。対する私は明確な目的を持って体を鍛えていたのだ。
喧嘩で勝つのも当然だろう。そもそも、喧嘩に重要なのは頑強な肉体などではなく意思だ。
要するに、相手に絶対に勝つという意思と、相手に絶対に負けないという意思。その二つが重要だ。
気迫負けと言うように、武術の世界でも、気迫や意思で負けるのが、実際の勝負の命運を分けると言うのだ。
例えば薩摩示現流の猿叫と呼ばれる行為。刀を振り下ろすと同時に叫ぶ、猿の絶叫のような声。
その声で相手を気迫負けさせ、同時に渾身の力を込めて剣を振り下ろす為に必要な行為なのだそうだ。
私はそれを利用して、全力で声を張り上げてジャイアンを気迫負けさせて勝ったのだ。
それがジャイアンには正々堂々としているように見えたのだろう。実際は人間心理を利用した、狡い勝ち方なのだが。
「それで、未来から来た、ドラえもんって奴は何してるんだ?」
「特に何もしていないよ。強いて言うなら、餅を美味い美味いと言って食っていたが」
「なんだそりゃ。うちのかーちゃんと一緒じゃねえか」
本当にあのタヌキ型ロボットは何の為に来たのだろうか。もしや我が家の食費を圧迫する為に来たのだろうか?
そんな事を考えつつも、次の風向きを予測して更に凧の糸を伸ばす。そこで、凧の糸が途切れてしまった事に気付く。
「あ」
私の声と同時に、凧糸は私の手から離れて、それを掴みなおす暇も無く凧は空へと舞い上がって行った。
確か50メートルほどはあったはずだから、それくらいは飛ばしていたと言う事になる。
「あーあ、のび太の勝ちかあ」
スネオの声でルールを思い出す。ルールでは、凧糸が一番最初に途切れた者が勝ちということになっている。
私の凧は空高く舞い上がっていき、そのまま遠くへと飛んでいってしまう。確かに私の勝ちだ。
「さて、次は何をしようか」
「僕んちで双六しようよ。パパが凄い大きいのを買ってくれたんだ」
「おう、それじゃあスネオんちに行こうぜ」
「それがいい。いい加減寒くなって来た所だ」
「それじゃあ、しずちゃんも誘おうよ。3人だけだとつまらないしね」
「ならば出来杉くんも呼ぶとしよう。5人なら丁度いいだろう」
「よぉし、んじゃあ、出来杉んちに寄って、その後しずちゃんちだな」
ジャイアンとスネオが凧を引き戻し始める。それを見つつ、私は冷えた手を擦り合わせる。
この時代、少年と言うのは何時の時期だろうが短パンと言うのが常識だ。
しかしながら、私とて二十余年生きた大人だ。そんな格好で一年中過ごせなど堪ったものではない。
なので、私はスラックスとワイシャツと言う格好で一年を通す。季節感がないのは重々承知しているが、それが楽なのだ。
スラックスのお陰で、短パンよりは圧倒的に暖かいのだが、やはり寒いものは寒い。何故彼等は平気なのか不思議で仕方ない。
一応私はコートを着ているのだが、ジャイアンとスネオはいつものようにシャツと短パンだ。流石にシャツは長袖だが。
「んぎぎぎ……お、重い……!」
ジャイアンはその腕力を生かして何とか凧を引き戻していたが、スネオの腕には少々キツかったようだ。
私は仕方ないと思いながら、懐から紙を取り出す。切れ目を入れてあり、真ん中辺りに小さな穴が開いた紙だ。
それをスネオの凧の糸に通していく。すると、風に乗って紙が上へと上っていく。
何枚も登らせるうちに、糸が重くなって、だんだんと高さが下がってくる。
「ふぅ……助かったよ、のび太」
「まぁ、元々は自分で使う為に持って来たのだが、見ての通りだ」
そう言って遥か彼方まで飛んで行った私の凧を指差す。もう豆粒のようにしか見えない。
ちなみに、これは私の父に教えてもらった物だ。凧は知っていたが、あんなものは知らなかった。
さておいて、二人が凧を引き戻した事でようやく歩き出す。時刻は二時前と言うところか。
暫く歩き、私達の友人である出来杉英才の家へと辿り着く。
彼は成績優秀、眉目秀麗、品行方正と完全に優等生の少年だ。
勤勉で努力家で真面目で、それでいてユーモアを解するセンスもあり、さらには運動神経も抜群だ。
まさに完璧を絵に描いたような少年と言える。未来ならばイケメン死ねといわれるような少年だ。
「失礼します。野比のび太と申しますが、出来杉英才くんはご在宅でしょうか」
出迎えてくれた出来杉くんの母親に、彼がいるかを尋ねるとすぐに呼び出してくれた。
「あ、野比くん。あけましておめでとう。それで、どうしたんだい?」
「あぁ、あけましておめでとう。これからスネオの家でスゴロクをするのだが、君も来ないかと誘った次第だ。どうだろうか?」
年賀の挨拶をして来た出来杉くんに、年賀の挨拶を済ませると、早速用件を告げる。
「うん。それじゃあ僕も行くよ。ちょっと待っててね」
そう言って奥に引っ込むと、コートを身につけた出来杉が靴を履いて家から出てくる。
「君達だけでやるのかい?」
「しずちゃんも誘うつもりだよ。他に誘う相手もあんまり居ないしね」
「それに、なーんか、のび太と出来杉だけだけど、俺達がボロ負けするような気がするしなぁ」
「それは完全に誤解だ。双六は運の要素が多分に絡むからな」
本当にやろうと思えばサイコロで狙った目を出せない事もないのだが、簡単にバレるイカサマだ。
「源さんの家だね。それじゃあ、行こうか」
「おっ、そうだ!ならしずちゃんちまで競争しようぜ!」
名案だとばかりにジャイアンが言う。なるほど、幾らか体も温まる。それはいい案かも知れない。
「えーっ!嫌だよ!だっていつものび太と出来杉が勝つじゃないか!」
「うるっせー!今日は俺様が勝ーつ!」
「僕がいやなんだよ!どーせ僕がビリじゃないか!」
そう言ってスネオが怒鳴る。まぁ、彼は余り運動が得意では無いからな。
「ならばハンデをつけるとしよう。私達はスネオが走り始めた10秒後に走り出すという事にしよう」
「おう!それがいいな!バントつけてやるから、真面目に走れよ!」
「ハンデだ、ハンデ。ハンディキャップ」
一応訂正しておく。
「うぅ……分かったよ!やればいいんだろ!やればぁ!」
そう言ってスネオが走り出す。私は腕時計を見ながら秒数をカウントする。
スネオは運動は余り得意ではないが、不得意と言うほどでもない。足の速度からして、丁度いい具合になるだろう。
「あと5秒だ」
極普通に立ったまま構える二人を尻目に、私は地に膝を着けて両手を地面に置いて構える。
ゴール地点は500メートルほど先にある源家だ。そこまでなら短距離走の走り方で問題ない。
私はこの年代にしては手足が長い。恐らく、将来的には180センチほどの長身になるだろう。
だからか私は歩幅を狭くして走るピッチ走法よりも、歩幅を大きくして走るストライド走法の方が速く走れる。
加えて、柔軟性を重視して体を鍛えて来たからかバネが強く、最初は遅いが、後半は爆発的といえるほどの加速が出せる。
「2、1、0!」
言葉と同時、私は地を蹴って走り出した。二人を軽く追い抜き、更にそのまま加速を続ける。
だが、加速が乗って来たのか、出来杉くんが私を追い越す。少し遅れて、ジャイアンが私を追い抜く。
しかし、地を一歩踏みしめるごとに、私は二人よりも加速していく。
100メートルほど走った所で、順位は再び逆転し、私が二人を追い抜いていた。
そのまま加速を続けていき、途中でスネオを追い抜き、ゴール地点である源家の玄関先へと到達した。
荒くなった息を整えていると、出来杉が到着し、少し遅れてジャイアンが辿り着く。それとほぼ同着でスネオがゴールする。
「私が一位。出来杉くんが二位。ジャイアンが三位。スネオが四位のようだな」
「はぁ、はぁ……さすが野比くん。速いね」
「ちっきしょー!また負けたぜ!」
「僕もうやだよ……疲れた……」
それぞれの反応を見つつも、私はチャイムを鳴らす。
暫く待つと、本人が扉を開いて此方に顔を出す。
「あら、のび太さん!それに出来杉さんも!」
「あけましておめでとう、源さん」
私は簡潔に挨拶を告げる。
「はい、あけましておめでとう、のび太さん。それで、どうしたの?」
「これからスネオの家で双六をするのだが、君もどうだろうかと尋ねに来た」
「ええ、行くわ。ママに言って来るから少し待っててね」
そう言って奥に引っ込んで行った源さんを見送り、軽く体を解して置く。
「やっぱり、あんなに足が速いのは何か秘密があるのかい?」
「カール・ルイスのストライド走法を参考にさせてもらっただけの事だ。
彼の走りは実に参考になったよ。ピッチ走法よりもストライド走法がむいていると気付かせてくれたからね」
オリンピック放送で彼の動きは幾らでも見れた。後はそれを真似て体に染み付けるだけだ。
今では小学生ながら100メートルで15秒ほどが出せる。ちなみに前世では中学校の頃にようやくこの速度が出せた。
「何いってんのか全然わかんねぇ……」
「要するに、思いっきり足を前に出すのか、素早く足を引っ込めて走るかの違いだ。
出来杉くんがピッチ走法、ジャイアンがストライド走法に近いものだったな」
「なるほど……つまり、野比くんは自分にあった走り方を練習してるから早いんだね。真面目なんだね」
「真面目というべきかは分からんが、まぁ、それなりに苦労して身につけたからな」
必要に駆られて身につけただけだとも言うのだが。
私が将来どうなるかわからない以上、身につけられるものは身につけていたのだ。
特に走る速度など、逃げるにも追いかけるにも必ず必要なものとなる。だからこそ、練習を重ねている。
「のび太さん、お待たせ」
セーターの上にコートを着て現れた源さんが現れる。
これでようやく揃えるべきメンバーがそろったわけだ。
「それじゃあ、さっそく僕の家に行こうよ」
「おう!そんじゃもう一回競争を……」
「余り体力を使うべきではないと思うのだがね、それに源さんにまで競争を強制するのはよくない」
「それもそうか。んじゃ、仕方ねぇ、歩いていくか」
私達は一塊になって歩き出す。前世では厳格な家庭に生まれた私には、こんな経験は無かった。
だからか、こんな事がとても楽しい。失った青春を取り戻すとでも言うのだろうか?
そんな事を考えながら歩き続け、私達はスネオの家へと向かうのだった。
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今回は繋ぎの話です。しかしなんだか筆が乗ります。
さくせん
からだだいじに
ニア ガンガンかこうぜ
いろいろかこうぜ
こんな感じの勢いです。
今話でのび太の友人との接し方や距離感などを掴んでいただけると嬉しいです。
ちなみにですが、劇場版には全くと言っていいほど出てこない出来杉くんですが、本作ではよく出てきます。交友関係の違いですね。