私は戦っている。銃を手に、戦っている。敵の砲火を潜り抜け、戦っている。
耳に取り付けてあるヘッドセットタイプの通信機から、仲間達の断末魔、悲鳴が聞こえてくる。
息が荒い。呼吸を整えなくてはならない。息が乱れては、正確な狙いがつけられない。
『機密通信です。世界各地で、一斉に戦闘が始まりました。
世界中、至る所EDFの旗が掲げられているとの事です』
ヘッドセットに本部のオペレーターの通信が流れ込む。
一体、どういうことだ。残っているEDF隊員は、ここに居る私達だけだ。
疲労で朦朧とし始めた頭。乱れた息を整えながらも、通信に疑問を抱く。
『どういうことだ?各地のEDFは既に全滅したはずだ』
本部司令官の疑問の声が響く。そうだ、私達の疑問の代弁をしてくれ。
一体、どういうことだ。EDFはまだ生き残っているのか。まだ、戦えるのか。希望は……まだ残っているのか。
『旗を掲げているのは市民たちです!生き残った市民たちが、EDFの旗を掲げ、世界中で戦闘を開始したようです。
恐らく、マザーシップを孤立させる為の陽動作戦と思われます』
その言葉に、私は深い感動を覚えた。今、世界は一致団結して戦っている。
つい数ヶ月前まで、世界中の国々は争い続けていたと言うのに。
目の前に現れた、絶対的な悪。人類滅亡の危機。それに抗う為に、人類は団結している。
『我々を……助ける為……?』
本部司令官の感動に打ち震えたような言葉が耳に届いた。
『各地から続々と通信が入っています。すべて内容は同じ……“幸運を祈る”以上です』
そうだ、私達は世界の希望を背負って戦っている。ここで諦められるわけがない。
体に力が漲ってくる。私達は負けられないのだ。神でも、悪魔でもいい、私達に、勝利を。
思考が冴え渡る。疲労による震えが嘘のように消えていく。まだ、戦える。
狙うは、ただ一点。敵の弱点。そこのみ。
当たる、と、分かった。だからこそ、引き金を引いた。
銃口から飛び出した銃弾が空を切り裂き飛翔した。私の放った銃弾は、敵の弱点を的確に貫いた。
敵が黒煙を上げる。やれる。私達の攻撃は通用する。ならば、倒せる。
『こちらスカウト04!誰かが敵の弱点を攻撃しています!』
そうだ、私が……私達が希望を背負っている。ならば、死ねない。まだ死ねん。
私には、帰るべき家が。私を育ててくれた両親が。私を愛してくれた彼女が。私の帰りを待ってくれている人が居る。
『信じられん……!敵の猛攻の中、生き延びた者が居るのか!?一体誰だというのだ!?』
だから……ここで死ねない。私は勝って、帰るのだ。愛すべき家族の下へと。
私の帰りを待ってくれている人を悲しませない為に。私が生き残ることを信じてくれている者の為に。
『俺は……見たぞ……!ストーム1だ……げほっ、げほっ……!ストーム1が戦っているんだ……!たった一人で……!』
そして、全人類の希望がこの戦いにかかっているのだ。ならば、私達EDF隊員は最後の最後まで戦いぬく。
全人類が、私達の為に戦っている。私達が守るべきはずの市民が、戦っているのだ……。
ならば、私達が最後まで戦わずしてどうすると言うのか。骨が砕け、肉が削げ落ちても戦うのだ。
『ストーム1だ!ストーム1が戦っているぞ!あの伝説の隊長が戦っている!』
そうだ、私を、私の事を信じてくれているものが居る。その期待に答える為に……戦うのだ。
体が軽い。私を信じてくれる、こんな幸せな事はない。こんな気持ちで戦うのは、初めてだ。
――――もう、何も怖くない。
次の瞬間、私は敵の砲撃で死んだ。
「死亡フラグを立てたらそうなるわな!」
「わぁっ!」
私は怒鳴りながら飛び起きた。何故か私のすぐ近くに立っていたドラえもんが驚きの声を上げる。
「はー……全く……」
先程のとんでもない内容の夢。恐らくだが、ギガゾンビとの戦いが原因だろう。戦いで精神が昂ぶったのが原因ではないだろうか。
そしてだが、先程の夢の内容は、私がもっともよく考えていた未来予想図だ。
当然、様々な予想をしていたのだが、私が主人公として活躍しそうな舞台が地球防衛軍の世界だったのだ。
あの世界には魔法とかの類は無いし、銃器とかの扱いに長けている方が活躍できる。
もしかしたら私は主人公ではなく脇役の類なのかも知れないが……とも思ったが、そう言うのは考えないようにして体を鍛えていた。
もしもこの世界がFateの世界だったら、イリヤスフィールに交際を申し込んで……もとい、私はキャスターの魔力蒐集でぶっ倒れる脇役だ。
そういう予想は非常に私のやる気を削いでくれたので、私が主人公として無双するという未来を予想して鍛えていたのだ。
そう言う未来を予想してやる気を養わなければ、体を可能な限り鍛えるなんて苦行が一般人に出来るわけなかろう。
「しかし、私がストーム1か」
実に夢があるな。しかし、そうだとすると確か地球防衛軍の時代は2017年なので、1960年生まれの私は57歳と言うことになるな。
いやいや、ストーム1は様々な伝説があるらしく、伝説の隊長なんて言われてたから、きっとそれなりの歳だろう。
うむ、ならば私がストーム1でもおかしくないな。……こういう思考を中二病というのだったか。
……今の私は10歳だ。ならば、中二ではないが、中二病になったって誰も文句は言わんだろう。
誰かに迷惑かけてるわけではないのだしな。孤高のヒーロー気取ったって私の勝手である。
「うむ、自己弁護完了」
さて、起きるかと布団から抜け出して時計を見やる。
8時11分。朝のHRの開始時間は8時15分。登校にかかる時間は徒歩で20分前後。朝の眠りの時間、プライスレス。
「……遅刻だ!」
布団を畳んでいる暇などない!パジャマを脱ぎ捨て、枕元に用意してあった服を着込む。
何度も起こしたんだけど、と言っているドラえもんを無視して、ランドセルを背負って家を飛び出す。
全力疾走だ。間に合わないとかそう言うことは考えない。とにかく走るのだ!
当然間に合わなかった。
「野比くんが遅刻するとは珍しい。何かあったのかね?」
「昨日は大変疲れることがありまして。速めに就寝はしたのですが……。
とは言いましても、遅刻したことは私の不注意が原因です。申し訳ありません。
今後、このような事はないように気をつけるつもりです」
私は素直に先生に頭を下げる。私が遅刻したのは事実なのだから。
しかし、遅刻か。私が遅刻するなど、前世も今世も初めての経験ではなかろうか。
少なくとも、野比のび太として生まれ育って遅刻したのは始めての経験だ。
「いや、素直でよろしい。それに普段は大変真面目ですからな。たまにはそういうこともあるでしょう。座ってよろしい」
「はい。ありがとうございます」
もう一度頭を下げると私は席に着き、ランドセルの中に入っている教科書を机の中に放り込む。
忘れ物がないかを確認しながら、なんとはなしに斜め前方の出来杉くんの席へと目線を向けてみれば、そこにはあくびをしている出来杉くんが居た。
源さんの席にも目を向けてみれば、源さんはあくびこそしていないが眠たげだ。やはり、二人とも疲れているようだ。
ジャイアンとスネオの席にも目を向けてみるが、そこは空席だ。どうやら遅刻しているようだ。
朝のHRを話半分に聞きながら、HRとは最も多くの時間を過ごす教室の事を指すから、この時間をHRと呼ぶのは間違いではないかと考えたりする。
まぁ、ぶっちゃけどうでもいい話ではあるが。なんと呼ぼうとも意味が通じさえすればいいのだからな。
……まぁ、HRと言っても大抵誰も分からんのだが。横文字、あんまり浸透してないしな……。朝の会って言うし……。
「時代の壁って厚いな……」
そんなことを考えていると、ドタドタと誰かが廊下を走る音がする事に気付く。
そして、その直後に教室の扉が開き、ジャイアンとスネオが飛び込んできた。
「剛田くん!骨川くん!また遅刻ですか!廊下に立ってなさい!」
この時代は体罰も普通にある。あぁ、嫌だ嫌だ。怖いなあ。だから私は真面目なんだ。
ゆとり教育で育った私にとっては、体罰なんて嫌で仕方ないからな。
その後、朝のHRが終わるまで二人は立たされ、一時間目の授業が入る頃に許されていた。
一時間目、二時間目と授業が続き、それが終わると、20分の休み時間となる。
その時間になると、ジャイアン達が私の席へとやって来て、ギガゾンビたちとの戦いの話になった。
互いの苦労を称えあい、昨日詳しく聞けなかった経緯を互いに報告しあう。
「それにしても、疲れがあったのは分かるけど、野比くんが遅刻するなんて初めてじゃないかな?」
「そうだな。少なくとも、私の把握する限りは初めてだ。かく言う君も遅刻したことなかろう」
「うん。毎日早起きしてるからね。流石に今日は起きれなくて、起きたら遅刻ギリギリでさ。慌てて走ってきちゃったよ」
そう言って出来杉くんは朗らかに笑う。
彼は優秀ではあるが、それを嫌味に感じさせない不思議な魅力がある。
そして天才タイプだが努力を欠かさず、スポーツ万能、眉目秀麗と言う、おおよそ完璧な人物だ。
天は二物を与えずと言うが、アレは真っ赤な嘘ではなかろうか。彼は二物も三物も持っていそうだ。
どこかで大きな挫折をして、そのまま腐ってしまわないとよいのだが……。
「私はいつも通りの時間に来たんだけど、眠くて眠くて……居眠りしそうになっちゃったわ」
そう言って源さんが苦笑する。彼女もまた優秀な人物だ。とは言っても、秀才タイプだと思われるが。
彼女は予習復習を欠かさないし、分からないことがあれば他人に聞きに来る勤勉な少女だ。
ちなみに私も同様に秀才タイプだ。とは言っても、努力して秀才になった口だが。
前世で厳しい両親の元に生まれなければ、凡才かそれ以下のままに終わっただろうと言う程度。
思えばあの厳しさも、大人になった頃には親心だったのだろうな、とは分かったが、孝行することも出来なかったな……。
孝行したい時分に親はなしとは言うが、孝行したい時分に自身はなし、と言うのは滅多にないのではなかろうか?というか普通はないか。
「俺達は見ての通り遅刻しちまったぜ」
ジャイアンが平然と言う。寧ろどこか誇らしげだ。誇るなよ……。
「ギガゾンビとの戦いがよほど堪えたのだろうな。君達はギガゾンビに捕らえられてしまったのだろう。
その心中察するに余りある。遅刻してしまっても、仕方のなかろう事だろう」
「そう言う野比くんだって、あの酷い猛吹雪の中で遭難しちゃったんだから。
一体どれほどの苦境か、想像するだに恐ろしいよ。僕なら凍死しちゃってたんじゃないかな」
「謙遜することはないさ。私のしたことなど大したことではない。
風雪を耐えるにカマクラを作り、持ち込んでいたライターが暖を取るのに役立った程度だ」
「でも、そういう準備と知識が君の命を救ったんだよ。
君の用心深さのお陰で僕達の命は救われたんだからね」
そう言って出来杉くんが笑う。彼はこうして人を自然に持ち上げてくれるのだ。
そう言うのが、彼が上手く立ち回れている要因の一つであろう。
「お前等なに言ってんだかわかんねーよ。想像するダニ恐ろしいとかどういう意味か全然わかんねーし」
ジャイアンが眉を顰めながらそう言う。私は別に難しい事を言っているつもりはないんだが。
「そう言えば、のび太さんって自分の事を私って言うわよね。テレビに出てる大人みたいだけど、どうして?」
「そう言えばそうだね。のび太が子供の頃からそう言ってるから、気になってなかったけど、改めて言われると……」
源さんとスネオが疑問を呈する。彼らとは幼稚園に入る前からの付き合いだからな。
「特に意味は無いが、強いて言うなら癖だろう」
そうとしか言いようがない。私という一人称は前世で両親に仕込まれたものだ。
30年以上も私という一人称を使い続けてきたのだから、それ以外はどうにもしっくり来ない。
「試しに俺って言ってみろよ、のび太。あと、言葉遣いも荒くして」
唐突にそんなことを言われても困る。
「お、俺を誰だと思っていやがる!」
咄嗟に出て来たのは兄貴な人の言葉だった。アニキ、ごめん。
「……似合わないね」
「じゃあさ、次は僕って言ってみてよ」
まぁ、俺と言わされたのだから、次はそう来ると思っていた。
「僕が僕である事を証明するのは難しい。かのデカルトも、我思う故に我ありと言った。
ならば確固たる意思もなく、自身の一人称を僕と変えた僕と言う存在は不確かなのだ。
僕と言う存在は私という存在だったのだから。つまり、野比のび太とは、私なのである」
わけが分からんことを言ったような気がする。
私としてはちゃんと意味があって言ったのだが、それを相手に伝えるのは難しいな。
つまりなにが言いたいかと言うと、私は私という一人称こそが一番しっくり来ると言いたいのだ。
「なにが言いたいのかよくわかんねーけど、なんか変だな」
「やっぱり何時も通りが一番じゃないかしら?」
なら私に羞恥プレイをさせないでくれ。
そう思っていた所で、チャイムが鳴り響いた。
これで羞恥プレイから解放されると思いながら、私は集まった面々に席に戻るように促す。
その後は、特に恙無く授業も進んで行き、昼休みは教室で昼寝をして過ごした。
そして授業が終わり、放課後となる。
その日は特に誘われることも無く、私は家路へと着いた。
共に帰路についていた出来杉くんと共に会話を交わしながら。
「それで、僕としてはやっぱり、神か、あるいはそれに準ずる存在はいると思うんだ。
多種多様な人種に千変の環境の中で、似たような信仰を得たりするのはおかしいと思うんだよ。
だからこそ、人間に信仰を与える神は存在する、ってね」
「ふむ。実に難しいテーマだな。神の存在は如何なる方法を用いても、証明することも出来なければ否定も出来ない。
なぜならば、未だに観測したものが居ないのだからね。いや、観測したものが居たとしても、その存在は既に死んでいる。
ならば、箱の中の猫は未だに生きているのか、それとも死んでいるのか。そもそも箱の中に猫が居るのかすらも分からない。
しかし、私としては神とはまた違うような存在が故に、その信仰は生まれたのではないか、と考える」
「へぇ?どんな考えだい?」
「人類の知恵とはそもそも、積み重ねで生まれたものではなく、とある場所から流れ出したものではないか。と考えている。
そこから流れ出したのは無色の知識だ。こうであるがゆえにこうである。言い方を変えればAだからBというような。
人々はその知識に、自身が理解し易いように色づけをした。それが宗教として存在するものだ。
AだからBというのではなく、CがあるとAがありBとなる。というようなな。言い方を変えれば、Cが神で、Aが宗教であり、Bが救いだ。
もしくは科学的に言ってしまえば、Cが始点でありAが過程でありBが結果である。というような言い方も出来る。
もっと言い方を変えると、炎が発生するから物が燃える、ではなく、火をつけると炎が発生するから物が燃える、とな。
宗教に置き換えると、Aが宗教における善い事。Bがその善い事の結果。Cが神という存在となる。神が言ったから、善い事をすると、天国に行ける。とな。
つまり、神と言うのは人間の考えによって生まれたものであって、そこには事実としてあるものは何も無いということだ」
「けれど、その知識は一体何処から流れ出したんだい?
それこそ、神様でも持ってこないと説明がつかないよ」
「寧ろ逆に考えるんだ。それは元々、人間が持っていたものだとね。
1億人が集まり、1人1人の言葉がしっかりと届き、人々の話す言葉が全て理解出来、更には人々の言葉を推察出来る。
そう言うような状況であれば、本来必要であったはずの何万分の1にも満たない時間で新たな結論を得られるかもしれない」
「つまり、人類の集合無意識の存在があって、その集合無意識の中で全人類は対話を行い続けている。
だけれども、それをきちんと認識出来る者が居ない。けれど、稀にそれを認識出来るものが居る。
そうして、拾い上げられた知識によって宗教というものは作り上げられた……そう言うことかい?」
「そう言うことだ。この答えすらもまた推察でしかなく、何の根拠も無いものだ」
「まぁ、僕の言ったことも何の根拠も無いからね」
まぁ、私達の会話は小学生がするには余り相応しいとは思えないが。
途中、名残惜しそうにしている出来杉くんと別れ、私は家へと辿り着く。
さて、家に入ろうか、そう思った瞬間、まるで戦争でもしているかのような凄まじい銃撃音が響き渡った。
そして、私の目の前の、私の自宅の壁に無数の穴が開き、そこから大量の光弾が飛び出していった。
「…………」
とりあえず、扉に耳を当ててみる。
……母とドラえもんの声が聞こえるな。ドラえもんはやたら切羽詰った声。母は困惑気味だ。
泥棒が居る、とかそう言うことではなさそうだ。仮に居たとしたら既に蜂の巣だろう。
そう思いながら、ドアから横に数メートル離れた上で、ドアを棒で叩いて見る。
一瞬の後に、凄まじい銃撃音が響き、ドアが蜂の巣となって倒れた。
「さて、一体何が起きているやら」
なにやら狂気すらも感じさせそうなドラえもんの声が聞こえる。
私はとりあえず、自身が野比のび太であることを告げてから、家の中へと入った。
「フーッ……フーッ……!の、のび太くん……!」
目が血走っていた。ロボットなのになんで目が血走るんだとか、なんで涎が出るんだとか、聞きたいことは多々ある。
だがしかし、それよりも気になるのは、ドラえもんが手に持っている突撃銃のようなものだ。
「君は一体誰と戦争をしているのだね」
「ネズミ!ネズミが、家に居るんだよ!のび太くん!」
「はぁ?」
ネズミがどうしたというのだ。確かに初めて見たときは驚いたが、対して珍しくも無い。
というかそもそも、お前は狸に見えるネコ型ロボットだろうに。捕まえて見せろよ。
「の、のの、のび太くんにはこれ!ギガンティックブラスター!戦車でも一瞬で蜂の巣に出来る!
ママにはこっち!熱線銃!ビルでも一発で瓦礫の山に出来る!」
熱線銃なのに、何故ビルが瓦礫の山になるのか。巨大な突風って名前の銃は一体どういう銃なんだとか。
色々と疑問は沢山ある。だが、私はドラえもんの差し出す軽機関銃のようなものを受け取る。案外軽い。
そして、ドラえもんに軽く使い方をレクチャーしてもらった後、背後からギガンティックブラスターとやらでドラえもんを殴り倒した。
「……動かんな」
動かなくなったので気絶させることは出来たようだ。とりあえず、恐れ戦く母に手伝ってもらいながら、ドラえもんをビニール紐で縛った。
そのドラえもんを押入れに放り込んだ後に、つっかえ棒をしておいて、押入れを開けられないようにしておく。
「ふぅ……」
重労働だったな。そう言えばドラえもんは何キログラムあるのだろう。結構軽かったのだが。
そんなことを思いながら、私は学校でやろうと思っていた目的を行う為に、机の扉を開いた。
「……行くか」
タイムマシンへと飛び乗ると。タイムマシンへと音声で行き先を指定する。
手動操作も出来るらしいが、教えてもらっていないので私は出来ないのだ。
まぁ、ドラえもんが元来た時代に行く、くらいだったら、コンピューターに記録されているらしいので、音声指定でも問題ないらしい。
奇妙にうねる空間。その空間の中で、私は一抹の不安を感じながら、未来の世界へと旅立っていくのだった。
タイムマシンの置かれる奇妙な空間。そこにぽっかりと空いた穴の先には未来の世界と、空に燦々と輝く太陽。
「……やはり、妙だ」
とん、と、未来の世界へと降り立つ。見慣れない、全身タイツのような衣服を着た往来を行き交う人々。
その中に時折混じって見えるロボット達。そして、大気汚染などを全く感じさせない乾いた空気。
すぅ、と鼻から息を吸い込み、肺腑に大気を満たす。乾いた空気の臭いが嫌に癇に障った。
「だが、何が分からないのかが分からない」
言いながら、ポケットからタケコプターを取り出すと、それを頭に装着して空へと舞い上がった。
乱立するビル群を追い越すように上昇していき、ビル群が視界から消え、地平線が見え――ようとした瞬間、私は何かに激突した。
「ぐっ……!っ~……一体、なんだ?」
ぶつかった何か。それに手を触れてみると、ガラスのような質感でいながら、冷たさなどが存在していない壁があった。
未来の世界の理不尽道具の力だろうか、と思いながら、周囲を見渡す。やはり、周囲はビル群に囲まれて、ビル以外は何も見えない。
「ならば下か」
私はタケコプターを用いたまま飛翔し、この町から出るべく移動を開始した。
「やはり、妙だ」
とん、と持って来ていた紙をペンで叩きながら、紙に記した図形を観察する。
所々のズレはあろうが、この図形は、町の外に出ようとした所で警備員に止められた地点を線で結んだものだ。
毎回、中心部であるというモニュメントから移動を開始し、巡航速度80キロを維持して可能な限りの直線飛行を続けていた。
そして、止められる度に、1センチを1キロとして点を描画していたのだが、どれもが40~50キロ地点で引き止められる。
点を線で結べば、それはそれは綺麗に12角形が出来上がる。12箇所も引き止められるというのは幾ら何でもおかしい。
「ふ、む……」
近くの自販機で購入……というよりは、タダで出てきたよく冷えた清涼飲料を口に含みながら考える。
さておき、一体なぜこの町から出られないのか。推測は幾らでも立てられる。立て放題だ。
しかし、可能性の高いものを考えると、どうにもこうにも、この世界の実情が理解出来ないとわからない。
「ふむ……調べてみるか」
図書館に類するものがあるといいのだがと思いながら、その場で図書館の場所は?と声に出す。
すると、何処からとも無く声が響いてきて、私に図書館の場所をアナウンスしてくれる。
便利なものだと感心しながら、そのアナウンスに従って図書館へと移動を開始した。
「ふむ……タイムマシンは2008年に発明。そして、世界初の秘密道具に認定された何処でもドアが2001年の開発、か」
とりあえず、前世の私の世界とは全く違う時代を追ったんだろうということは納得しておく。
目の前の端末を操作して、秘密道具に類する情報を閉じて、今度は世界の辿った歴史を追っていく。
1970年からの歴史を調べていく事にすると、そこにはやはり私の知らない歴史があった。
「1971年、マクドナルドの一号店が日本上陸。1972年、ビートルズ解散。1973年、足尾銅山閉山。
1974年、アメダス運用開始。1975年、ベトナム戦争終結。1980年、イラン・イラク戦争開戦。
ふむ……あまり、私の知る歴史とは変わらんな……所々ズレている気はするが……」
ざっ、と画面を何度かスクロールして、流し読みをする。
「ふ、む……1994年、死者300とも3000とも言われる火元不明の火災が、日本の長野県で発生。生き延びたものも奇妙な後遺症で苦しみ、一時期伝染病が疑われた。
1995年、イギリスにて総被害者数10万を越す未曾有のテロが発生。テロ集団は英国騎士団を含むイギリス軍によって鎮圧される。
1996年、日本全土を未曾有の台風が襲う。記録的な犠牲者を出した台風は、数時間後に嘘のように消滅した。直後、空を飛ぶものを見たという噂が広まり、宇宙人の来訪かと騒がれた。
1998年、世界規模のテロが発生。テロリストは、全世界の核ミサイルをジャックし、それを全世界へ向けて発射。
それらは迎撃されたが、それ以降、核関連技術は更に厳重に取り締まられるようになり、21世紀半ばまで再研究の殆どが成されなかった。
……1990年から2000年にかけての事件が随分と多いな。簡単な事柄しか書いていないのに、十数ページにも及ぶとは」
この世界の人間は恐怖の大王なんかをまともに信じて、やけっぱちに行動してしまったんだろうか。
まぁ、そんなことを考えても分かるわけは無い。とにもかくにも見ていく他はないということだろう。
とりあえず、事件が多すぎるので、世界ではなく日本で起きた事件のみをピックアップしてみる。
「2003年、日本の埼玉県で奇妙な発光現象が起こり、日本各地でそれが観測され、宇宙人の襲来かと騒がれたが、事実は判明せず。
2003年、総死者数、総被害者数が最低でも300万を超える未曾有の大地震が東京都直下にて発生。
炎の鳥が空を飛んでいた、空で狼と竜が戦っていた、天使が降りてきた、等という噂が広まり、世界終焉の前触れだと判断した民衆が暴徒と化した。
この災害による二次被害などを含めると、総被害者数は1000万に届くのではないかというほどの大災害となった。
2004年、日本の長野県で一晩にして山が崩れるという異常事態が発生。調査の結果、大規模な地下空洞があったと判明し、急遽全国の地下空洞の調査が行われた。
2004年、東京都の往来の中で、突如として少年が消え去るという超常現象が発生した。多数の衆人環視の中で消え去った為、世界的に有名となった。
2006年、黄志摩博士によって新素粒子が発見され、日本はこれに対する研究を進めることで失った国力を回復しようと試みた。
2007年、岐阜県山中の集落が火山ガスによって全滅するという大災害が起きた。死者数は2000に及んだ。……幾らなんでも災害が起こりすぎていないか?」
おかしい。それでも読み進めていくと、他にも災害が多々ある。
2010年には建設された地下都市が集中豪雨で水没し、数十万人の被害者を。
2011年には東日本で大震災が……これは私の前世でもあった大災害だ。
2012年には突如として身元不明の人物が数千人以上埼玉県に出没し、不法入国に使用されるルートの存在が疑われた。
2013年には第三次世界大戦が勃発。日本はこれに対し、2006年に発見された新素粒子を用いた兵器を使用。各国を制圧し勝利。なんで攻め込んでるんだ?
2014年には新素粒子を用いた兵器が完成を見せ、全世界に対しての販売が開始される……。
2015年には神奈川県で謎の災害が発生。芦ノ湖を中心として周囲の住民全てが全滅した。全滅!?どれだけの住民が死んだんだ!?
2016年は……特に何もなし。何もないと逆に不気味だな……。
2017年には、謎のネットワークトラブルが発生し、数日間全世界のネットワーク利用が不可能となった。これによる被害は天文学的な数字に昇る。
天文学的で済むのか……?下手をしたら人類滅亡の危機だったんじゃないのか、それは……。
更に読み進めようとしたところで、唐突に鳴り響いた時計の音が耳に届いた。そして、それと同時に目の前の端末の電源が落ちる。
「閉館時間か?」
ぽつりと呟くと、その通りだと言わんばかりに端末の備え付けてあるテーブルの上に置いてあった電光板が光り、閉館と表示された。
仕方ない、と嘆息すると、私は座っていたイスから立ち上がって背を伸ばす。
「あー……」
バキボキバキといい音を立てて背骨が鳴る。それに心地よさを感じつつも、私は図書館から出る。
余り明るくはない図書館から出た為か、一瞬視界が眩む。そして、視界が眩んだと同じだけの時間、酷い違和感を感じた。
それが何か、というのが分からない。改めて考えてみれば、何に違和感を感じたのかすらも分からない。
「チッ……イライラする」
この町がおかしいことにはとっくの昔に気付いている。
だが、何がおかしいのかが分からない。分からないようにされている。
ただ分かるのは、私はこの町に閉じ込められているということだ。
「……後はセワシくんに聞いて見るか」
彼の家の場所は覚えている。記憶を頼りに歩いていくと、彼の住んでいるマンションが見えてくる。
部屋を確認しながら、彼の部屋まで辿り着くと、チャイムを鳴らす。すると、目の前のモニターが浮かび上がる。
『あれ?おじいさん?』
「おじいさんはやめたまえと言っただろう。聞きたいことがあるので来たのだが、いいかね?」
『うん。いいよ。鍵を開けたから入ってきてよ』
その言葉と同時にモニターが消える。私は扉を開いて中に入らせてもらう。
部屋の中では、セワシくんが以前と同じ服に身を包み、ソファーに腰掛けていた。
「やぁ、おじいさん、久しぶり」
「あぁ、久しぶりだな。とは言っても、一ヶ月も経っていないが」
「そうだっけ?なんだか長い間あってない気がしたよ。それで、聞きたいことってなんだい?」
その言葉に、私は少しばかり質問すべき項目を頭の中で整理した後に口を開く。
「まず、この世界の上空には何やら巨大なバリアーのようなものがあった。アレはなんだ?」
「あぁ、あれね。あれは確か……紫外線、だっけ?ソレを防ぐ為にあるらしいよ。
それで、タケコプターとかで外に出ちゃうと危ないから、出れないようにしてあるんだって」
紫外線を防ぐ為にある?何故そこまでする必要があるというのだ?
「他にも何か理由はあったと思うけど、よく覚えてないや」
「そうか……ならば、22世紀は航時法が最も厳しかったと聞いたが、何故ドラえもんはこっちに来れた?」
「えーっと……それは確か……21世紀に沢山の人が過去の世界に旅行に行ったから……だったと思う。
あんまりにも沢山の人が行ったから、釣り合いが取れなくなっちゃうくらい未来が変わったんだってさ。
タイムパトロールがそれを時空震の発生を覚悟してでも修正したから、らしいよ。
それで、22世紀には大分航時法が厳しくなっちゃった……だったっけ?」
「私に聞かれても困る」
セワシくんは余り頭の方はよろしくないようだ。
「次だ。私は町から出ようとした。だが、出れなかった。何故だ?ここから先は危険だ、としか言われなかったが」
何故危険なのかを尋ねても、警備ロボット達は一言も話してはくれなかった。
「えっと、ごめん、それは言えないんだ。ただ、過去の世界から来た人はみんなそうなんだよ。理由を言うと怒るから言っちゃだめなんだ」
それは半ば言っているようなものだと思うのだが……。
要するに……危険人物を、監視出来ない状況にするつもりはない、ということか?
この町に多々ある監視カメラや警備カメラ、それを用いて私を監視している。
だが、この町から出ると、私を監視出来なくなるから……?
……22世紀が航時法に厳しいということは聞いたが、そこまでするのか……?
「……他にも聞きたいことはあるはずなのだが、どう疑問にしたらいいのかが分からない」
ただ、漠然と、この町はおかしい、というのが分かるだけだ。
何か根本的な間違いなどがあるはずなのだ。なのに、ソレが分からない。
私は暫くの間悩み続けたが、結局、答えは出ることはなかった。
その後、セワシくんにドラえもんの近況はどうか、や、時空犯罪者との戦いに巻き込まれた件について詳しく聞かれた。
ドラえもんについては可も無く不可も無くと嘘っぱちを伝え、ギガゾンビとの戦いについてはあるがままに話してやった。
一時間ほど拘束された後に、私は元の時代へと帰ることにして、セワシくんの家を後にした。
「……やはり、何かがおかしい」
セワシくんの家を出る時にも酷い違和感を感じた。だというのに、ソレが何か分からない。
私はそれを考え続けるが、頭は煮立つばかりで、煮詰まってくることは無い。
頭が煮立ち続けるままにタイムマシンへと乗り込み、私は音声設定で元の時代へと帰還する事とする。
「また、来るか……」
この疑問が解消するまでは、また来なくてはならない……。
空間に空いた穴の中に浮かぶ未来の世界へと目線を向けて、私は戦慄した。
「…………そう、か」
今まで感じていた最も大きな違和感。それらが全て氷解したのだ。ありえない事が起きている。
それを理解した瞬間、感じていた違和感の正体、そして、ありえないはずのことが次々と分かってくる。
未来の世界へと戻ろうとした瞬間、穴が閉じ、タイムマシンが動き始める。
「ま、待て!私は確かめなくてはならないことがあるのだ!」
『申シ訳アリマセンガ、時空乱流ガ発生シテオリマス。危険デスノデ、最大速度デ突ッ切リマス』
まるで狙ったかのようなタイミングで発生する時空乱流。何故、何故このタイミングで発生する!?
確実に、あの世界には私を陥れ様とする何かがある。まるで、私をコマか何かのように見ている存在が。
「くっ……!おのれぇっ……!必ず、突き止めてやるっ……!」
私は必ずや、あの世界に存在するありえない事を突き止めてやると確固たる決意を固めたのだった。
「それで、のびちゃん。何処に行ってたのかしら?」
「のび太くん!僕の事を殴るなんて酷いじゃないか!」
「のび太!一体今まで何処に行ってたんだ!?」
「はぁ、いえ、その、少しばかり青春が暴走しまして……」
帰った後に、家族に怒られたのは余談である。
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片手だけだと打ち辛すぎて死ねます。
痛み止めの所為で死ぬほど眠いです。
そしてですが、この話はまだ途中です。この後、家に帰り、騒動が起こって……という感じで、今の三倍ほどの分量になる予定です。
片手打ちダルすぎて、どれだけの時間がかかるやら……痛み止め切れたら痛いだろうし……。
1月1日 文を追加しました。
片手打ちだと、面倒臭くてモチベが落ちるわなんやらで大変です。
でっかく伏線をぶち込みました。もっとも上手い事さりげなく伏線を入れられるようになりたいものです。
しかし、次話が投稿出来るのは一体何時になるでしょうか……。
あけましておめでとうございます。みなさま、よいお年を。