Beginning of the world
五話:誕生
作者:だぼわん
───23日目。
第一要素である、外殻の案だが・・・・・・かねてより収拾してあった珪素を用いて、シリコーン樹脂で製作することにした。
レシピは、
■水+空気+珪素→シリコン樹脂
である。
残念ながら、教科書に載っていた一例しか再現できないが、それでも十分に強度も耐熱性も高かった。
厚い樹脂の皮は、+3の高級皮鎧と比較しても遜色ない。
+補修を大きくすれば、鎧としても相当の性能を期待できる。
・・・・今は体はこんな事になってしまったが、俺も男の子である。
どうせなら美少女のゴーレムのほうが、何かと嬉しいのは当然だ。
よって、ゴツイ鎧の外殻はやめて、人間の皮膚に似せた茶褐色のシリコン樹脂製の人工皮膚を第一要素として用いる事にしたのだ。
シリコン樹脂は化学式や示性式を曖昧にしか覚えていなかったのだが、根性で思い出した。
思えば、コレが全ての要素を集める上で最も苦労した点だったことは実に皮肉である。
それを、とりあえず適当に巨乳にしておいて、体部分は非現実的なほど理想的なプロポーションに。
背は高めで、180センチ。
顔は造詣をどうしたらいいのか分からないので、少なくとも美少女である自分の顔をモデルにして、さらに大人っぽく。
また、髪の毛や睫毛等をどうしたらいいか悩んだ挙句、結局そこもカーボンナノチューブ繊維を採用。
そして人の顔に必要な要素である、「歯」と「目の白い部分」はチタン白として知られる二酸化チタンで製作。
きめ細かく作られた顔はこの時点で既に、俺のキャラとそっくりである。
魔法使って、芸術技能ボーナス+17で余裕でした。
元々の芸術技能が7(ちょっと凄い)なので、合計の値がMAXの18を超えて24になっている。
ゲームでは、技能判定が100パーセントを超えてもなにも意味が無かったが、この世界では単純に腕が上がるのだから、効果はありそうだ。
これは15で歴史に名を遺すレベルの技能レベルなので、この魔法を使っているときの俺はこの世界有数の芸術家と言うわけだ。
ゴーレムの造詣は完璧だった。
・・・・のはいいんだが、中身が入っていないのでベニョリと歪んだその様はあまり見ていて気持ちよいものではなかったのも確か。
しかも仮とは言え自分の顔に酷似しているのだ。気持ち悪くない筈が無い。
しかし、そろったことは揃ったのだ。そこは喜ばねば。
「皮膚、骨格、筋肉、内臓、脳。・・・・・・全部揃ったな。」
茶褐色の、シリコン製人工皮膚。
精密に人骨を模した、全ウィスカー化純チタン製の人工骨格。
カーボンナノチューブを束ねた、黒い強靭な人工筋肉。
最高に+補修を上げた材料を使った、人工の内臓に、サファイアの瞳孔部分。
そして、最高級のセラミック歯車で出来た脳髄。
「でも、これだけじゃまだ終わらない。」
ゲーム上では使用上というか、意味が無いから使えない組み合わせだったが、
今の俺には必要なある魔法の組み合わせがここでは出来る。
「【アフェロ・ウィータ/虚ろなる生命】」
一時的に無機物に命を与える魔法。
正確には、アイテムを一時的に【リビングアイテム/生きた道具】に変える魔法だ。
高位の錬金術師が覚える上級魔法で、コストと魔力の消費はバカにならないものの有効な魔法である。
一時的にアイテムをモンスターNPCトークンとして連れ歩けるという効果を持つ。
ソロプレイ中心だった俺には中々重宝した魔法で、剣でも鎧でも回復薬でも、
モンスターになって命令を実行する仲間になってくれるというものだ。
但し、設定上は半日。ゲーム内使用仕様ではこの魔法を使った時点のダンジョンを出たときまでの命である。
加えて、魂も意思も持たずただ命令に従う傀儡を作り出すだけの魔法だ。
「うわ、気持ち悪っ!、人体模型がうぞうぞ動き出したみたいだ。」
骨格やら筋肉やら皮膚やらが、仮初の命を与えられて動き出した。
無機質だったそれらは、魔力によって脈動し、みずみずしく生物的に外観を変える。
まんま骸骨の骨格等はまだ良いが、筋肉や皮膚だけの姿で立ち上がる姿はスプラッタホラーである。
筋肉など、「第三要素」の魔法具として作った瞬間から黒い筋肉模型さながらのリアルさだったので、超ヤバイ。
表情筋から服直筋から何からなにまで真っ黒な人体模型。
加えて頭蓋骨がまだ入ってないから、眼窩の奥はからっぽ。
・・・・・・・怖っ!?
目や肺、脳等もビチビチ跳ねるので心臓に悪い事この上ない。
青銅の肺が、生物的に波打ち膨らんだり縮んだりするのは驚異的に気持ちが悪い。
俺はちょっと、この魔法を使ったことを後悔した。
・・・・・ちなみにこの魔法の触媒に使ったアイテムは回収できない。
一定時間を越えると、霧の如く消滅するのだ。
今回苦労して作り上げたこれらも、本来ならそうなる筈だった。
この【リビングアイテム/生きた道具】を用いてゴーレムを作っても、半日で消えてしまう。
折角生きていても、それが蜻蛉よりも短い命では意味がない。
だが、もう一つの魔法でその弱点の一つを克服することができる。
+補修12の宝石を、発動のための触媒として3個。
つまりはレイドユニーククラスのレアアイテムを三つ消費するが、その代償としてそれが可能になる。
どの道今の自分にとっては、宝石など取るに足らない出費に過ぎないのだが。
「【エターナルエフェクト/効果永続】」
本来は、クエストのシナリオ進行上で必要となる、結界を張りなおすための魔法だ。
レイドユニーク級のアイテム三個を使用する絶望的なまでのコストの高さだが、基本的にシナリオ上で手に入るので問題ない。
そしてクエスト意外では使いどころのない無駄魔法だ。
・・・ソロ専とは言え、俺とてクエストに参加する事はある。
そういう場合、魔法使い的ステータスを持つ俺は仲間内での呪文倉庫になる場合が多い。
それ故に、比較的使用度の高いクエスト用魔法も俺は取得していたのだった。
「・・・・ふう。無事に掛かったみたいだな。」
相変わらず、うぞうぞと気持ち悪い人体模型共。
なまじ精巧に出来ているだけ質が悪い。
だが、これでコイツらが霧散してしまうことは避けられた。
後は荒野で山ほど作ったダイアモンドやルビーで、+補修を上げる魔法を連発すればいいだけなのだが・・・、
自分で作ったとは言えコイツラを直視するのは流石に堪えるな。
「順番間違ったかな・・・・・。」
+補修を上げて+12にしてから、【アフェロ・ウィータ/虚ろなる生命】をかければ良かった。
・・・今更気付いてももう遅いが。
「・・・・次からは、気をつけよう。」
俺は手にジャラジャラ宝石を引っつかむと、【ランクアップ/階梯昇華】の呪文を唱えた。
それを、全てのパーツが+12になるまでずっと繰り返す。
全てが終わる頃には既に、深夜を通り越し東の空がしらみ始めていた。
魔力も体力も使い果たしたので、2日はもう動けそうにない。
とりあえず、このビチビチ動く模型共は、部屋の隅っこで集まっているように命令。
俺は風呂も入らずパッタリと横になって寝ようとした。
が。
部屋の隅が気になりすぎて、休めそうに無かった・・・・・・。
*
───26日目。
ゴーレムの素材共が部屋の隅でビチビチ鬱陶しかったので、二日では十分に休めずに三日が過ぎた。
この三日で、俺は相当のグロ耐性が付いたと思う。
深夜、転がる両目とうっかり目が合った時はSAN値チェックに失敗しそうになったが、それも今となってはよき思い出・・・・かもしれない。
「遂に、遂にこの時が来たか・・・・・・。」
とりあえず、儀式用の簡易な祭壇を創り、その上に全てのゴーレムの材料を集結させる。
+補修12に高めたダイアモンドを握り締め、遂にゴーレムクリエイトの魔法に挑むのだ。
「これだけの触媒を用意したんだから、確立判定はほぼ100パーセントの筈なんだが、緊張するな。」
材料はその辺の枯れ草とは言え、ダイアモンド+12は伊達ではない。
正直な所、このパチモンの宝石が物質要素としてちゃんと機能するのか不安で仕方が無かったのだが、
普通に使えるのは実に僥倖だった。
これが使えなかったのなら、ゴーレムの品質は相当落さざるを得なかっただろう・・・・・。
「設定上は、命を持たないゴーレム。・・・・・だが全ての素材にリビングアイテムを使えば、もしかしたら命が宿るかもしれない。」
一度ゴーレムにしてしまうと、それはもうアイテムではないのでもう一度バラバラにしないと命を込められない。
ならば、最初から全ての素材に命が宿っていれば、どうだろう?
ただのゴーレムになるか、命を宿すゴーレムになるか?
当然、命を持つゴーレムのほうが、意思を持つ可能性は高い。
だが、命を持たないゴーレムが生まれる可能性のほうが高いのも、確か。
「さ、どうなるだろうな・・・・・・・。」
願わくば、この新たなる我が共に、命と魂とを与え給え。
祈り、唱える。
万感の思いを込めて。
この世界に来てからの孤独の全てを力に変えて!
「【ゴーレムクリエイト/石造練成】!!」
────カッ!!
空中に描かれた回路が熱を帯びると同時、祭壇に光が溢れた。
これまで使ってきた魔法とは段違いの手ごたえ。
体に刻まれた経験が、精密に結果を予想する。
アキトは成功を確信し、光が収まった祭壇を見た。
「・・・・・・はじめまして。マイ・マスター。」
そこには、褐色の肌に黒髪。
そして透き通る青い目をした長身の女性がいた。
どうみても人間にしか見えない。
本当に生きているかのごとくみずみずしい肢体は、しかし作り物であるが故に最高峰の美を確約する。
月の光を背に浴びて、悠然とたたずむ様はまるで月の女神のよう。
今となっては荒れ果てたこの大地でさえ、彼女の美しさを映えさせるための舞台装置でしかない。
ゆっくりと、前に出てアキトの前に膝を突く女。
それを前に、アキトは喜びと驚愕を隠し切れなかった。
「─────喋った!?」
そう、作中では「・・・・・・・・・。」しか殆ど見たことの無いゴーレムが流暢に話したのだ。
それも生まれたばかりで。
半ば諦めていただけに、喜びも大きい。
涙がぼろぼろと流れてくるのを、止められない。
「イエス・マスター。・・・・・・口をきかない方が、良かったでしょうか?」
「ううん、いや、喋ってくれた方がいいよ。絶対。・・・・むしろ、お話しなきゃ駄目。」
「イエス。では、そのように致します。」
表情は硬いが、それでもよく見れば不安そうになったり喜んでいたり、変化はわかる。
感情も、意思もどうやらあるようだった。
アキトは一ヶ月弱ぶりに味わう会話の暖かさに、融けてしまいそうだった。
一人ではないと言う事実が、孤独に冷えた心を熱くする。
「えっと、名前。・・・・キミの名前をずっと考えてたんだ。受け取って、くれるかい?」
「イエス・マスター。・・・・・光栄です。」
期待に目を輝かせる、ゴーレム。
いや、最早これをゴーレムとよんでいいのかすらもわからないが。
だが命を持ち、魂を持つ彼女は今や人と何が違おう。
錬金術によって生み出されたピノキオ。
アキトのためだけに生み出され、生を受けた。
その彼女のために、生まれて初めて贈る事の出来るプレゼントがある。
ゴーレムを創り始めて、頭の片隅にはいつもそればかりがあった。
意思があろうと無かろうと、初めての仲間にはそう名付けるのが、多分一番自分らしいと思った。
万感の思いと感謝を込めて告げよう。
「君の名前は・・・・・・・・・・。」
─────アイン。
数字は、魔力を持つ。
「たった一つ」で「一番最初」の″アイン″。
この世界で一人目の、アキトの作品だった。