「凛、それで監督役は何と言っていたのかね?」
教会の外で待っていた遠坂凛のサーヴァント、未来の衛宮士郎ことアーチャーは開口一番、自分のマスターにそう尋ねた。
「ハワイに行くわよ!」
「…………………………………………はい?」
余りに思考の限界を斜め右方向に突き抜け過ぎた返答のせいで、アーチャーらしくもなく目が点になった。
ハワイ、南国の島のハワイだろう。
それ以外にハワイなんてある筈がない。
「…………マスター、もう一度言ってはくれないか? ハワイという単語が聞こえたような気がするのだが」
「そのまんま。聖杯戦争に参加したマスターの一人が、令呪を破棄することもせずにハワイへ逃げたのよ。このままだと聖杯戦争が瓦解するからハワイにいるマスターを捕まえろって。たっくあの似非神父、監督役の仕事しっかりしているのかしら?」
「……それで、逃げたマスターとは誰だね?」
余りのショックを受けた影響からだろうか。
アーチャーこと英霊エミヤに摩耗し忘却してしまった嘗ての聖杯戦争の記憶が蘇る。
逃げたのは……どうせ慎二だろう。
あのヘタレのことだ。うっすらと思い浮かぶ記憶だと、素人が急に力を手にしたときにありがちな傲慢タイムに入っていた気がしたが、あのヘタレのことだ。
別の可能性では土壇場で恐くなって逃げ出しても不思議ではない。
言峰の嘘ということもありえる。
あの陰険腐れ外道神父のことだ。
マスターを散々躍らせて、それを見物しようという腐った考えかもしれない。
ダークホースとしてキャスターということもある。
あの魔女ならば、良からぬ事を考えて海外へ逃亡するのも有り得るかもしれない。
そう。断じて、断じて奴ではないのだ。
あの命知らずで、自分の命の価値が誰よりも低い男。
人間のふりをしたロボットが、命を惜しんで海外逃亡なんてするはずが。
「衛宮士郎とかいう男。前回優勝者の養子で、東京の高校に通う学生らしいわ」
「な ん で さ!!」
つい昔の口癖がアーチャーの口から飛び出た。
アーチャーは知らない。
衛宮士郎に別の人格が憑依しているなんてことを。
というか、そんなこと世界最高の名探偵Lでも推理出来る筈がない。
今の衛宮士郎は原作士郎と違い、自分の命が何よりも大切という、実に人間らしい男だった。
間桐臓硯は考える。
衛宮士郎、前回優勝者である衛宮切嗣の子倅。
存在自体は前々から掴んでいたが、まさか東京にいながらマスターとなるとは。
こうなると運命染みたものを感じる。
(しかしまさかハワイとはのぅ。衛宮の子倅め。この200年間に渡る闘争の歴史でも初めての事じゃ。此度の儀は儂が見てきたどの闘争よりも…………混沌とするじゃろう)
つまりカオスの権化と、そういうことだ。
「魔術師殿」
暗い闇からヌッと影が現れる。
柳洞寺の門番、イレギュラーな方法で呼び出されたアサシンを媒介にして召喚した真のアサシン。
山の翁、間桐臓硯のサーヴァントである。
「向かわれるのですか、ハワイに?」
「そうせざるをえんじゃろう。器の出来が何故か良すぎるので、此度に賭けてみたが失敗じゃったかのう。よもやこのような事態が待ち受けているとは。いやはやこればかりは、この老骨とて予想できなんだ」
暗い闇を臓硯は見つめる。
そこには目から光を失い、ぶつぶつと同じことを何度も何度も繰り返し喋っている間桐桜がいた。
「先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩」
思い出すのは中学時代のこと。
桜には気になる先輩がいた。
そう御存知、東京の高校に進学する前の衛宮士郎である。
知っての通り、士郎に憑依した○○という人格は生存欲求が人一倍強い反面、どこかパニックに弱く抜けた面がある。
間桐桜はその士郎と、実はかなり前から出会っていた。
ある日の帰宅途中、財布を拾う時、鞄が開きっぱなしだったせいで中身を地面にばら撒いてしまい、それを拾うのを手伝ってくれた人物こそが―――――そう、想像通り憑依士郎だった。
士郎は確かにヘタレの小市民だが、電車でお年寄りが乗ってきたら席を譲るくらいの善良さは持っていた。
原作キャラとの関わり合いになることを徹底的に避けていた士郎は、凛や桜が通う事になるであろう学校より離れた、少し遠くの学校に通っていたのだが、それが災いし士郎は桜や凛の顔を知らなかったのだ。
もし桜が凛のようなツインテールなら髪形で、イリヤなら容姿で、其々気付いたかもしれないが、中学時代の桜は高校の頃よりは胸も慎ましく美少女ではあっても地味なタイプなので、外見で士郎は間桐桜だと判断できなかったのである。
これで原作士郎なら何だかんだでフラグを建築している所だが、ところがどっこい。
憑依士郎はフラグ建築士ではなく死亡フラグ建築士である。
その時もやはり死亡フラグを建築していった。
士郎は鞄の中身を拾うのを手伝い、そしてそのまま去ろうとした。だがここで逃がさないのが桜クオリティー。
偶々兄が不機嫌な時期で嫌な思いをした事と、偶然にも登校中かなり古典的な少女漫画を目撃し閲覧してしまったこともあり、桜はコロリと「もしかして……」と運命を感じてしまった。
それに黒くならない限りは根は良い桜のこと。
お礼がしたいからと士郎に名前を尋ねてしまう。
そうなると士郎も嫌な気はしない。あっさりと名前を教え、流れ的に桜も名前を言う。
するとどうだろうか。
間桐桜という名前を聞いた士郎はその瞬間、どこか変な様子になり余所余所しくなった。
その後、桜のアプローチ的なものを政治家根性で受け流し続けた士郎は、そのまま桜に黙って東京に進学してしまったのである。
と、此処まで見ると士郎が最低人間のような気がしなくもないが、ヘタレ小市民が死亡フラグの塊のようなヒロインと邂逅してしまったのだ。
桜に対する紳士的な対応を求めるのは不可能だろう。
あくまで士郎は日常レベルの良い人であって、死亡フラグの嵐の前ではただのヘタレだった。
そんなこんなで失恋?のショックと支えが亡くなった事による相乗効果で、桜は着実に士郎の求める死亡フラグの塊的なヒロイン、黒桜へと進化を続けていた。
ぶっちゃけ臓硯が引くレベルで。
「あは、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
後書き
ここまで死亡フラグを建築しまくる主人公も珍しいですね。憑依していても少しだけ残っていた、エロゲ主人公としての素養までもが死亡フラグを作る要因となっていきます。