第五話 出港編
ネルガル重工の保有する本社ドッグに次いで大きいサセボドッグに、白亜の戦艦が鎮座していた。
ND-001 ナデシコ
DF・GB・相転移エンジンなどの新技術を搭載した地球圏における最新鋭戦艦である。
本来ならこれにミサイル程度の火器しかないのだが、キノコの横槍により多数の火器が追加されている。
その内容は実弾兵器に特化しており、対木星蜥蜴に特化している事が伺える。
50mm対空機銃×8、120mm砲×2、180mm大型レールガン×2。
本来の武装であるミサイルも2倍近く増加されており、更には各部の装甲もより重厚化しているので搭載スペースの増加、より戦艦らしいマッシブな外観となっている。
大気圏内におけるGB発射の隙やDF出力の低下を十分に補える事ができると考えられる。
他にも揚陸艦ヒナギクにも自衛用のミサイルと機銃の他、要重力場発生器が追加されており、単独でのエステバリス母艦としての運用も可能としている。
「とまぁ、漸くここまで完成した訳でして。」
「上出来ね。…にしても、本当に妙な形ねこれ。」
ドッグ内にて視察に来ていたキノコと案内役を買って出たプロスぺクターである。
「DFを効率良く発生させるためのDB(ディスト―ション・ブレード)、正面にしか撃てないGB……つくづく実験艦ね、これ。」
「はっはっはっ、まぁその分性能は確かですよ。大佐のアドバイスのお陰で大分良くなりましたし。」
「ふーん……。」
とっくりと生まれ変わったナデシコのデータを眺めると、キノコは質問を変えた。
「『ミツバ』と『ヨツバ』は?」
「現在は処女航海中です。ナデシコに使用される各種技術や部品の限界強度などを見るには、やはり実際に試した方がよいですからね。」
「うちもかなりの快速だって聞いてるわ。で、どうなの?使えるの?」
「DFを除けば武装は全て既存のものですからね。不具合もこれと言って大きなものはありませんから、検査後に直ぐに合流できるかと。この艦が出港して2日後、今から4日後の予定です。」
「まぁ期待して待ってるわ。」
ナデシコ出港日、その二日前の会話であった。
「まーさかこんな事態になるなんてねぇ?」
先日のドッグの作業音とは異なる喧騒。
爆音や打撃音、破砕音が鈍く頭上から響き渡るのは明らかに戦闘の音だ。
「オブサーバー権限で命令するわ。ナデシコは緊急出港準備、エステバリス隊は地上にて敵部隊を誘引しなさい。ナデシコ出港後は主砲にて敵を殲め「できません。」はい?」
オペレーター、ホシノ・ルリという厨二臭い外見的特徴を持った少女が答えた。
「現在本艦はマスターキーを持った艦長が不在なため、艦内の最低限の生命維持機能を除いて使用不可能です。」
「プロスぺクター?合い鍵の一つや二つ無いの?常識でしょう?」
「いや、まぁ、その……あははははは。」
詰め寄る菌糸類の悪臭に耐えかねたのか、それとも流石に悪いと思っているのか、プロスぺクターは引き攣り笑いをしつつ後ずさる。
「仕方無いわね…ヒナギクを起動させて。乗組員は速やかに格納庫に集合、脱出するわよ。エステバリス隊はそのまま出撃、可能な限り時間を稼いで。カタパルトも手動で動かせば出れるわよね?」
「んな!?大佐、まさか艦を捨てると言うのですか!?」
「ふ!プロスぺクター、己の会社の怠慢を呪うといいわ。」
プロスぺクターが内心で「この菌糸類が…!!」と思ったかは定かではない。
定かではないが、ナデシコの開発・改修に関する費用がほぼ全て無駄になる事を悟って、盛大に顔色を悪くさせる。
幾らプロスぺクターと言えど、社にこれ程に甚大な損失を与える事を防げなかったとなるとその責任は重すぎる。
「ど、どうにかなりませんか!?」
「艦長とマスターキーが無いと話に「とうちゃーく!私がナデシコ艦長のミスマル・ユリカです!ぶい!!」
「「「「「「ぶい…?」」」」」」
…こいつで本当に大丈夫なのか?
その時のブリッジクルーの心境はこの一言で表す事ができた。
(ミスマル提督、後継者の育成位ちゃんとやってくださいよ……。)
その時、菌糸類は頭だけじゃなく胃の方まで痛くなっていた。
「艦長、本艦は現在敵の攻撃を受けている。どうするつもりかね?」
ブリッジの片隅でお茶を飲んでるだけだったフクベ提督が突然口を開いた。
「はい。これよりナデシコは注水後、緊急発進!ドッグから出た後に反転、地上の無人機を主砲にて殲滅します!」
「良い判断だ。指揮は任せよう。大佐も良いかな?」
「異論は無いわ。……遅刻の理由は後でしっかり追求するけどね。」
「あ、あはは…。」
引き攣り笑いのユリカの号令の元、白亜の舟が出港を始める。
(ここで少しでも遅刻分のマイナスを返上してないと、後々苦労しそうだものね…。)
フクベ提督が態々自分に確認したのもそのためだ。
キノコとしてもその辺りは特に異論は無い。
ナデシコという灰汁の塊の様な連中には、それと同等かそれ以上をぶつけなければ御し切れない。
人の事は言えないものの、キノコの考えは結構的を射ていた。
『どぉうりゃーーー!!』
一方、出撃したエステバリス部隊一個小隊(3機)は100近いバッタ・ジョロ等の無人兵器相手に無双していた。
『おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらッ!!!!』
DFを纏った拳で打撃打撃打撃打撃打撃打撃打撃!!
頭部が初期試作型のままの先行量産型エステを先頭に、3機は連携を組んで次々と戦場を縦横無尽に切り裂いていく。
先頭の一機を切り込み役として、残りの後続二機がライフルで支援する。
今回は長物の対艦ライフルではなく、あくまで通常のラピッドライフルであるが、虫型無人機を相手にするにはこれでも十分過ぎる火力だ。
『わははははははははは!木星蜥蜴どもめ!このダイゴウジ・ガイがいる限り、てめぇらなんぞの好きにさせるかぁッ!!』
『隊長ご機嫌ですね…。』
『おい、次が来るぞ!』
途端、下方から対空射撃が加えられる。
やったのはジョロと言われる赤い虫型兵器だ。
武装は機銃くらいだが、数が多いため危険だ。
『ほらどうぞ。』
2番機のバックパックから大量のミサイルが降り注ぐ。
ジョロも対空迎撃を行うが、そもそもそこまで高い射撃能力を持っていない。
形成された弾幕も連携も何も無いので密度が低い。
更には
『各車両、支援開始!エステばかりに良い恰好させるな!』
漸く奇襲から立ち直った地上軍が反撃に転ずる。
幸いにも地上にいた無人機の大半がエステ三機に誘引されており、奇襲された地上の先頭車両群と歩兵も体勢を立て直す事に成功した。
次々と降り注ぐ砲弾の雨に、ジョロが粉微塵に粉砕されていく。
元々DFの出力が低い無人機相手なら、通常の地上部隊の攻撃も有効なのだ。
あっさりやられていたのも此処が比較的平和な極東方面であるからという油断と、奇襲故の混乱が原因だった。
『地上の連中はこちらで引き受ける!あんたらはバッタを優先してくれ!』
『任せときなぁ!』
地上軍からの応援に、エステバリス隊も意気揚々とバッタを駆逐していく。
既に全滅は時間の問題だった。
「おかしいわね…。」
「ですね。」
ブリッジに響くキノコの呟きに、ユリカが返した。
「どうしたんですか2人とも?」
アオイ・ジュン。
本作でも恐らく影が薄いかつ苦労性の青年が尋ねた。
「母艦、いないですよね。」
「この数をここに持って来るなら、チューリップから中型から大型艦がいる筈よ。」
一瞬考え込む2人。
「オペレーター、海中を索敵!」
「この辺りの海域で戦闘艦が潜れる程の深さの場所を重点的に!」
「解りました。」
キノコとユリカの命令を平静に実行するホシノ・ルリ。
彼女はその類稀な処理能力と友人のオモイカネの協力を用いて軍用の航路から地元住民くらいしか知らなさそうな穴場の海域までをほぼ一瞬で網羅、即座に条件に該当する海域に対しセンサーが働きかける。
「見つけました。敵、ヤンマ級です。現在主機関を落としている模よ…敵艦の起動を確認しました。」
突然の敵増援に、ブリッジ内に緊張が走る。
しかし軍人組は然したる動揺は無い。
腐っても戦闘職種、動揺を表には出さない。
「ドッグを抜けるまで後どれ位ですか?」
「一分を切りました。」
「…ならエステバリス隊は敵艦浮上と同時に囮役を。」
「ナデシコはどうするの~?」
「街を背にして砲撃したら敵の反撃が街に行く可能性があります。ある程度高度を上げるまで攻撃はできません。」
「主砲があるんじゃないんですか?」
「相転移エンジンは大気圏内では出力が大幅に低下します。ヤンマ級を一撃で撃墜するにはもう2分近くチャージが必要です。」
ユリカ「今からチャージ開始。ナデシコは離水後、最大船速で上昇、街が敵艦の射線に入らない高度になってから主砲で反撃します。」
これがあのミスマル・ユリカだと信じられるのは一体どれ程いるのだろうか?
キノコは前言を撤回した。
ミスマル提督、あなたちゃんと後継者育ててたんですね!
普段の親馬鹿っぷりで忘れてたが、あの父親が娘にちゃんとした教育させない訳が無かった。
その結果が士官学校の主席合格なんだし、既にアオイ・ジュンという副官(と言う名の奴隷)もいるんだし、予想以上のお買い得物件だった訳だ。
(これ、あたしがいる意味ないんじゃない?)
多少の梃入れは必要だろうが、仕事が激減した事にキノコは内心でちょっと一息ついた。
『だぁーもう!対艦兵装がありゃ落とせるってのによぅ!』
『無茶言わないでください!補給に戻ったら基地ごと砲撃されます!』
ヤマダのぼやきに二番機が答える。
現在ヤンマ級に対し、三機で誘引をかけているのだが…どうにも対空砲火がきつい。
以前確認された初期型のヤンマ級よりも火力自体は低いものの、対空砲の数が多いのだ。
恐らく無人機の母艦としての機能を高めた空母型とも言うべき仕様なのだろう。
チューリップという最上級の母艦があるのにあまり意味は見出せないが、試作艦か何かだろうか?
『ナデシコはまだか!』
『間も無く浮上します!射撃位置まで後40秒!』
途端、海面が盛り上がった。
盛り上がり、飛沫を上げて海水が割れると、そこから白亜の舟が姿を現す。
ND-001ナデシコ
戦艦とは思えぬその優美な姿に、三機のエステバリスライダー達は一瞬だけ目を奪われた。
『っととっと!?』
『だぁー!何やってんだ!』
ちょっと落とされそうになったが、そこら辺は気合いと連携でカバーする。
『他所見するな!この(ピー)野郎!』
『すんません!』
あぁきっと後でまた米海兵隊式訓練とゲキガンガー一夜完徹のダブルパンチなんだ…。
三機の中で一番立場の低いであろう二番機パイロットは自らの今後を思って涙した。
白亜の舟が海水を滴らせながら、遂に月を背にする形で白亜の舟が射撃位置に到達した。
「GBチャージ完了しました。」
「エステバリス部隊は射線軸上から退避してください。」
「退避完了確認。撃てます。」
「目標、敵ヤンマ級!ってーー!」
独特の重低音と共に放たれた重力場は海を割りながら突き進み、同じく重力場の壁を突破、その奥にいたヤンマ級戦艦を貫いた。
直後、機関をぶち抜かれたヤンマ級は僅かな遅滞も無く爆散した。
『ヒューッ!すげぇなオイ!』
『これ、一点の火力なら戦術核も目じゃないですよ!』
『最新鋭というのは伊達ではないな…。』
気化爆弾やら戦術核には見なれていた彼らでも目を見張るものがあったのか、口々に驚きを口にする。
…この連中、無人機の掃討が既に終わっているとはいえ、気を抜き過ぎではないだろうか?
「残敵ありません。地上軍は壊滅状態ですが、戦死者は0。」
『よくできました!』『やったね!』『流石!』
「「すごーい!」」
「よくやった艦長。」
「流石はユリカ!」
「これは見事な戦果です。まさに逸材!」
「まぁ初陣としちゃ上出来ね。」
「うむ、見事だ。」←初のセリフ
「大勝利!ぶいっ!」
「でも遅刻に関しては追求するわよ。」
「ですな。」
「えぅぅぅ……。」
こうして、様々な問題を抱えながら、ナデシコはその初陣を乗り越えたのだった。
その頃のあの人達
「あ、カグヤ。今日も来たんだ。」
「こんばんはアキト様、今日も日替わり定食一つお願いしますわ。」
「はーい日替わりひとーつ!…でも毎日ここに来て大変じゃないの?軍とか会社の仕事あるんだろ?」
「えぇ勿論。でもアキト様とこうしてお話したり、食事を作ってもらうのは十分な息抜きになりますから。」
「んーまぁそれなら良いんだけど「おいアキトー!早く厨房に入れ!」あ、はーい!ちょっと待ってて。すぐに作るから!」
「えぇ、待ってますわ。」
結構平和な生活を満喫しているようでした。