冬木にすむ人々は連日の殺人事件など最近物騒な事の多い夜の街に出かけようなどと思うほど酔狂ではなかった。
ゆえに彼らは倉庫街での喧騒など知る由もない。
ましてやそこで争っているのが伝説や神話に現れる英雄達とは想像すらできないだろう。
聖杯戦争。
七人のマスターとサーヴァントによる聖杯の奪い合い。
その実質的な始まりがこの日、幕を上げた。
初戦は青と銀の甲冑に身を包んだ騎士王、セイバーと二つの槍を持つフィオナ騎士団随一の戦士ランサー。
熾烈を極めた二人に戦いに水を差すように紫電を纏う戦車と共に現れた征服王、ライダー。
自ら真名を明かし王を名乗ったライダーの啖呵に異を唱え自分こそが天上天下唯一の王だと宣言する黄金の王、アーチャー。
緒戦でありながら一度に4人もの英霊が揃うという異常事態。
少なくとも過去の聖杯戦争でもこのような事例はないであろう。
そして
「ふむ。マスターの命ということもあるが、ここは私もまた王を名乗った者として参加させてもらうとしよう」
ここにまた1人、新たなサーヴァントが現れた。
ゆらり、と霊体化を解き、厳かな声と共に足を進めるのは初老と言える風体の男。
白髪交じりの髪に左目を覆う黒い眼帯が目を引く男は裾の長い青い軍服を身に纏っている。
英霊は過去現在未来を問わずどの時代からも呼ばれる。
故に近代の英霊が呼ばれてもおかしくは無いがサーヴァントが持つ特徴としては神秘性と言うものがある。
神秘の薄れた近代の英霊では当然格が下がる事は聖杯戦争に参加する者達にとっては自明の理だった。
だが、四人もの英霊が集う場に堂々と現れたその存在は決して弱弱しさなど感じさせず、笑みを絶やさない好々爺を想わせる表情を鵜呑みにするにはあまりにも空気が違っていた。
「あー、済まんが王を名乗るのはともかくとしておぬしはなんのクラスだ? 理性を持つところバーサーカーではなかろうがその姿から見るにキャスターでもあるまい?」
一言目からは無言でこちらに―正確にはある1人に向けて―歩んで来た新たなサーヴァントにその場にいる中で代表してライダーが問いかける。
5人目のサーヴァントが現れた事で本格的なバトルロイヤルとなり迂闊に行動出来ず
警戒していたセイバーやランサーと違い当初からの奔放さは今なお崩れずに自分の思うがままに行動を取った。
「む。確かに名乗ってはいなかったな。予想が外れて済まないが私はバーサーカーのクラスのサーヴァントとして召喚されたものだ」
「はあ!? 何処がバーサーカーだよ! 全然狂ってないじゃんか!」
平然と返された言に明らかにおかしいだろう!と敵サーヴァントであるにも関わらずウェイバー・ベルベットが食ってかかれたのはすぐ傍に自分のサーヴァントがいたからだろうか。
とはいえウェイバーの疑問は至極もっともだ。バーサーカー、狂戦士のサーヴァントはある付加要素をつけるだけで自身のパラメータそのものを底上げする事が出来る。
しかしそのための代償となるスキル、『狂化』は言語能力を失い複雑な思考を出来なくなる諸刃の剣だ。意志疎通など持っての他である。
だが目の前のサーヴァントはどうだ? 現れた当初から落ちついた物腰で歩き続け今もまたライダーの問いに答えるというおよそバーサーカーらしくない行動ばかり。
狂化のランクが低いのならまだ分からなくもないが、この場で唯一マスターであるウェイバーは視覚から送られてくる情報が決して低いものではない事が読みとれた。
バーサーカーはウェイバーの癇癪じみた文句にも表情を崩すことなく目線をずらす。
「何、私は生前『憤怒』を象徴した存在でね。『怒り狂う』というものは私にとっては常と等しいものなのだよ、若き魔術師よ」
最もマスターから明確な狂化を命じられれば理性を失うだろうがねと付け加えながら再び歩を進める。
なるほど、あり得ない話ではない。
狂化はあくまで聖杯戦争におけるクラス別スキルである。
英霊ともなる者たちはそれとは別に個々が持ち得る保有スキルが存在する。
それが狂化を抑えるスキルだとすればあの初老の軍人風のサーヴァントの言動も納得出来るものだ。とはいえそのように真名に繋がるような情報を開示してしまうというのはいかがなものかと言う別の疑問も生まれたが。
新たなサーヴァントへの不審が僅かに薄れたところでバーサーカーは歩を止め視線を上げた。
その先には、二槍を構えたランサーでも、アイリスフィールという守るべきものがいるためより警戒を強めているセイバーでもなく、街灯のポールの上で黄金の鎧を身に纏い怒気と殺意を込めた深紅の双眸で見下すアーチャーがいた。
「ただでさえ王を名乗る不埒者が二匹も沸いているというのに、よもや我のあとに出ておきながら王を名乗る者がいるとはな。
真の王たるこの我に王を僭称したことを懺悔に来たのならば我とて鬼ではない。苦しまぬよう手づから介錯してやるというもの。
だが雑種、貴様は最早我の前に立つ資格すらない」
アーチャーの左右に浮いていた――先ほどまでライダーを狙っていた――宝剣と宝槍が、やおら反転して向きを変えた。切っ先が新たに向くのは最優先抹殺対象となったバーサーカーである。
「せいぜい己の愚かさを悔みながら散れ、雑種」
宣告と共に放たれた宝具はその杜撰とも言える扱いからは考えられぬほどの絶大な破壊力をもたらした。
路面は吹き飛び木っ端みじんに砕け散ったアスファルトが粉塵となって宙に舞う。
「……ッ!」
息をのんだのは誰であったか。
喰らえばひとたまりもない攻撃のあとというのにバーサーカーは健在だった。
粉塵が晴れたその場に立つバーサーカーは先ほどまでとは様子が違っていた。
裾が足元まで伸びた青い軍服は無くなり黒い半袖の下には引き締められた筋骨が浮かび上がっている。
腰にはいくつもの鞘が取りつけられた特殊な胴締。
好々爺を想わせる顔はきつく引き締められ、後ろ手に組んでいた両手には二振りのサーベルが握られている。
「ふむ、僅かにそらす程度ならばこの剣でも持つか」
ポツリと漏らしたこの言葉の意味を理解出来たのは今の攻防を見極められた者のみ、少なくともウェイバーとアイリスフィールには分からなかった。
今バーサーカーは僅かに先に届いた宝剣をこれ以上なく正確に避けた。
ただ避けたのではない。地に命中し発破のごとく炸裂するその影響の及ぶ範囲を正確に見極め避けたのだ。
それだけでも神業と言えたが続く第二撃である槍は、避けた硬直でかわせないと判断するや否や
顕現させたサーベルを穂先に添え、軌道を自身に被害が及ばぬ範囲にずらしたのだ。
あれほどの威力を誇る宝具をただ受け止めるだけでは並みの武具では不可能だ。よしんば一撃耐えられたとしても同様の事が繰り返されれば直ぐに折れる事になるだろう。
しかし逆を言えば並みな宝具ならばなんとか受け切る事は可能だろう。そこに一撃のみという前提がつけばの話だが。
ならば今のバーサーカーの行動がどれほど常軌を逸した物だというのだ。
一体どれほどの眼があれば高速で飛来する宝具の軌道を正確に読み切り受け流す箇所を判断するなどという事が出来るだろうか?
ランサーやその近くにいたライダーがその技巧に感嘆の声を漏らすもバーサーカーに届いた様子は無い。
未だ上を見続けるその場には、先ほどの怒りなど疾うに過ぎ去りあらゆる表情が削げ落ちて零下の殺意に凍えたアーチャー。
「この我が消えよと言ったのだ。疾く消えるのが礼儀であろうにどこまで身の程知らずの雑種か! その行い万死に値するぞ!」
ふたたびアーチャーの周囲に輝きが踊る。その背中を飾るように空間に展開する宝具の群れ――その数16挺。
それは剣であり、槍であり、槌であり、斧であり、果てには奇怪な形態の刃物もある。
ただの一つも同じ武器のないその宝具の群れは切っ先を全てバーサーカーへと向けた。
「やれやれ、憤怒の私がいうのもなんだが随分と短気な王だな。それにしても良くこれだけの武器を持つものだ」
死神の鎌が首に掛けられたも同然の状況だというのにため息を吐いたバーサーカーはおもむろに左目の眼帯に手を伸ばす。
「とはいえ流石に数が増えては片目では“死角”に入るな」
ならばこうだ
声と共に眼帯が外されるのと宝具の絨毯爆撃が始まったのはほぼ同時だった。
それは異常としか言いようがなかっただろう。
次々とバーサーカーに襲いかかる宝具はただ一撃でも喰らえば即座に身体を散らす威力を備えている。
それが16。どのようにすれば耐えられるというのか。
回答は至極単純。かわしたのだ。
最初に行われた攻防と同じく弾道を見極め、無駄な動き一つなくかわし、避けきれぬ場合にはそらし、受け流す。
真正面から受ければ耐えられぬものだとは本人も分かっているのだろう。
故にただの一撃もまともに受けようとはせずかわす。そらす。受け流す。
本人が象徴すると言ったようにまるで何かを憎むような表情を変えることなく。
一足飛びで右に飛ぶ。先ほどまでいた地が大槌で消し飛んだ。
眉間に突き刺さらんとする槍を首をそらしてかわす。背後から破片が飛び交った。
回転しながら飛来する斧。回転の中心に切っ先を当てることで真横を通り過ぎていった。
そこに戦場としての華は無かった。心ない者が見れば避けてばかりの臆病者と笑うだろう。
少し力のある者が見ればただ連続する宝具を避けられるバーサーカーの動きに感心するだろう。
だがその全ての動きを見ていた英霊たちはバーサーカーの何が最も異常かを感じ取っていた。
確かに動きは速い。剣を折らずにそらす技術も大したものだ。
だがあの男の最も恐ろしいのはあれほどの速さと数の攻撃を“全て見切っている”という点だと。
最後の一撃を前方に出る事でかわしたバーサーカーは背後で巻き起こる爆風を利用して一気にアーチャーの立つ街灯のポールに接近、そのままバターのように切り裂いた。
斬られるより速く身を翻し地表に着地を決めた黄金の英霊に瞬く間に軍人は襲いかかる。
アーチャーの首を狙って空を切った双剣は新たに背後から伸びた剣に押しとどめられ腕を交差する形でバーサーカーは対峙した。
「ほう、まだ伝説と呼べる武器があるか。全くもってうらやましいものだよ」
「ざ、雑種風情が…!!」
何処まで本音か分からないがうっすらと笑みを浮かべたバーサーカーに対し同じ地に立たされ、あろうことか首を狩れる距離まで接近を許したアーチャーはぶるぶると震え、怒りのあまり言葉すら続かない。
自分の本質たる憤怒を目の前で見せつけられさらに笑みを濃くしたバーサーカーはク、と喉を鳴らし生前に合ったある一幕を思い出す。
ああ、こういうのも悪くない。聖杯戦争というのもマスターという存在も縛られた自分の生前を思い起こさせたが、このような自身の命を掛けた戦闘はやはり、悪くない。
怒りが限界にまで達したのだろう、凶相へと変わった黄金の王に軍人の英霊は問いかける。
「私はね。名だたる英霊諸君のように不可視の剣や魔を絶つ槍を持つわけでも、空駆ける戦車や無数の宝具を持つわけでもない。
そんな私がどうして英霊などと認識されるほどにまでなったのだと思う?」
この世界とは異なるとある世界にて。
かつて弾丸飛び交う戦場を身一つで駆け抜けた男がいた。
若かりし頃に既に英雄となり国をまとめる大総統となり
クーデターが起きた時にも正面から占拠された本拠地に単身で乗りこむほどの豪傑だった。
人々にとっては戦場を自ら率いた英雄だった。
国土を広め軍も政治も全て纏めた男は独裁者であったにも関わらず国民には慕われていた。
だが国民たちのほとんどは知らぬだろう。
彼は選んだわけではない。望んだわけでもない。
ただ与えられた。
戦闘技術も、人外の力も、地位も、名も、全てが決められ与えられた傀儡の王であったなどと。
ましてやその正体が人ですらないホムンクルス、『憤怒のラース』であったなどと。
「君達が“最強の武器”を持つように」
眼帯を外した左目が見開かれる。
そこには斜めに走る傷跡。
そして通常ならば光彩の位置する部位にはあり得ない、己の尾を喰らうウロボロスの印。
「私には“最強の眼”があるのだよ」
宝具は固有の武器として顕現するものばかりではない。
特殊能力として自己に備わるものもある。
例えばこのように、飛来する宝具すら見切る最強の動体視力を持つ眼のように。
赤く輝きを放つ双眸は眼前の深紅の瞳を見据える。
「さて黄金の王よ。君の武器はあとどれくらいで尽きるのかね?」
あとがき
A.ほぼ無限です。
アニメを見て昂って書いた。正直zeroバーサーカー強すぎだろと思いながらも前々から書いてみたかったので書いた。後悔はしていない。
平行世界だの補正だの全盛期の姿じゃねえの?などの突っ込みはネタなので無しで。
ただ私がキング・ブラッドレイが書きたいがために出しました。
キング・ブラッドレイが私は大好きです。
弾丸や砲弾を“撃たれた”後で避けたり切ったり走る戦車に追いついて破壊したり占拠された本拠地を正面から単独で突き進んだり出来る60歳が大好きです。
腹刺されて両腕もがれても戦おうとするとかマジ異常。
しかもそれで全盛期じゃないとか。
でも奥さんは自分で選んだとかちょっと誇らしげに言ってる所が萌えポイント。
共感出来ない人はブラッドレイを無表情クールで戦闘組織に育てられた女の子に置き換えて
「名前も決められた。役目も決められた。生き方も戦い方も存在理由も全て決められた。
でも好きな人だけは自分で選んだ」
と最後の部分だけ感情が見える感じで言ってると思えば少しは分かるかと
2011/11/5 1:42 修正