長々と狩りをしていると気づけば夜になっていた。
空は漆黒に覆われ、星一つない。足元は問題なく見えるが、多分に遠くは見れなくなっている。視野が昼の半分以下になっていると言いたいところだが、生憎と僕は猫である。特性として夜目が利くので何ら問題ない。翼人族なら行動不能なくらいに視界が零になっているだろうけど。
要するに狩りに不都合は全くないので、疲れ知らずの僕は延々とゴブリンを屠っていた。
何ていうか、LV.5になってからというもの……ゴブリン如き一撃である。雑魚である。
『灼熱の息吹に焼かれて眠れ、ファイアボール』
炎の塊で吹き飛ばし、
『雷流の息吹に焦がれて眠れ、サンダーボール』
雷の塊で感電させてハンマーでトドメを刺し、
『風刃の息吹に裂かれて眠れ、エアロボール』
風の塊で切り刻む。爽快感溢れて楽しすぎる。
幾つもの命を奪い取ったおかげでアイテムインベントリにはゴブリンのドロップ品が溢れているが、ハンマーマスタリーのおかげでSTR補正があるので持ち物をいっぱい持てる。
今更だが、STRによって荷物の持てる量が変わるのだ。
おかげで快適な乱獲ライフを一昼夜続けれそうだったのだが、少し問題が起きた。
突如目の前に『【ゴブリンハンタ-】の称号を得ました』と出ると同時に不吉な文字が見えた。
『強制クエストが発生しました』
急いでクエストウィンドウを開いて確認すると、クエストなど何も受けてないはずなのに一つだけ増えている。
内容はこうだ。
E-QUEST【復讐の蛮勇王】
配下を大量に殺されたゴブリンの王が怒り狂って報復しに来ました。
このまま始まりの草原を抜けてしまえば、ウォーターフォール村に多大な被害が及んでしまいます。
ウォーターフォール村が討伐隊を組むまで何とか持ち応えてください。
―――ウォーターフォール村の村長、ポーツより
※尚、強制イベントにより撤退は許されません。もし逃げた場合、ペナルティとして道具屋の商品が期間限定で一割増しになる称号【臆病者】を手に入れます。
目が点になった。
どう見てもボスモンスター到来の予感です。
しかも、逃げたときのペナルティがきつすぎる。
呆けているとゴブリンを大勢連れた、明らかに僕の身長の二倍はあるだろう恰幅の良い大きなゴブリンが来た。
頭には金で出来た王冠を被り、裸体の上から真っ赤なマントを羽織っている。手にはそこらの木なら一撃で叩き斬りそうなほど大きな斧を持ち、鼻息荒くやってくる。
ゴブリンの数はおおよそ二十。それだけでも戦いになるかどうかわからないのに、ボスまでいるとは恐れ入る。けれど、逃げはない。
ハンマーを肩に担ぎ、右手を突き出して詠唱を開始する。
選ぶのは他の魔法よりもやや爆発の大きな火系魔法である。
『灼熱の息吹に焼かれて眠れ、ファイアボール』
MPが切れない程度に乱射する。
おおよそ四発。それだけで火傷のDOTダメージもあるので取り巻きのゴブリンはおおよそ息を引き取った。
けれど、魔力はほとんど残っておらず、こちらにあるのは当たるのかすら危ういハンマーだけ。
「うん、やってみますか――!」
自分を鼓舞すると残り一体の雑魚をハンマーで叩き殺し、ボスモンスターと対峙した。
固有名は『ゴブリンキング』。如何にもな名前は失笑すら覚える。が、仲間を殺された怒りで吠え猛るその様は確かに王の威風を感じさせるには十分だった。
雄叫び――耐性のない人の動きを数瞬ではあるが硬直させる効果を持つスキルだ。もちろん僕はそのような高等スキルを覚えているはずもなく、ハンマーを横から叩き付けるように振り回していた体勢そのままに金縛りに遭う。
不可避の状態の僕に襲い掛かるのは無造作にふり払われた大樹と見紛うほどの腕から放たれる裏拳。
当たる直前でどうにか身体の自由を手に入れ、ハンマーで拳を叩き付けて防御するが、逆にハンマーが悲鳴を上げる。
――こいつ、超強い。というのが僕の中の結論である。
雄叫びで行動不能にして拳による打撃、そして吹っ飛ばされたところに斧による斬撃が降りかかるのだろう。猫人族である僕の身体はおそらく一撃で死ぬ。熊人ならば正面から戦えるのかもしれないが。
クエスト達成は時間経過なのだから、倒すことは諦めて時間稼ぎに徹することにして、一歩距離を退いて様子見をしようとしたのだが、問題が発生した。
近くにゴブリンが湧き、さらにそこから連動してやや遠くにいるゴブリンたちにリンクした。つまりは辺りにいるゴブリンたちが一斉に襲い掛かってきたのだ。
驚いて少し気を失いそうになったが、一足飛びで斧を叩き付けてくるゴブリンキングの攻撃を回避し、【初級氷系魔法Lv.3】のスキルであるアイスボールを足元に投げつける。
足が凍って動けなくなったゴブリンキングを余所に、向かい来るゴブリンたちにハンマーで一撃ずつお見舞いし、一匹一匹屠っていった。
「大丈夫かー!?」
すると、援軍が到着した。
炎を纏う剣を持った全身鎧の騎士である。名前はわからないが、とにかく強そうである。
こいつは助かった!
ゴブリンを一匹一匹丁寧に頭を叩き潰しつつも、僕は安堵の溜息を漏らした。
「貴様がゴブリンキングかあああ!」
「グオオ、人間め。我が同胞の命を奪った罪は決して赦さぬ!」
「ふん、知るか! お前に殺された仲間たちを思えば、ゴブリンなど死ぬべきだ!」
「傲慢な……!」
氷の戒めが解け、ゴブリンキングが動き出す。
颯爽と現れた騎士が炎の剣を振りかぶり、突進していく。
ああ、これで終わるのか。
とクエストの報酬に想いを馳せていたとき、予想外の結末が起きた。
炎の剣はゴブリンキングの太い腕の半ばまで食い込むも、致命打にはならない。
騎士は驚愕の表情を浮かべ、ゴブリンキングはぐふふと嗤う。
そして、残酷な斧の一撃が騎士を一刀両断にした。
血飛沫が宙を彩る。
真っ赤なそれはワインのような赤々しさで、騎士は最後の言葉を残す自由すらもなく、死に果てた。
ゴブリンキングは肩を震わせて嗤い、騎士の身体を踏み躙っている。楽しそうに、踏み躙っている。
他のゴブリンたちも僕を襲うのを止め、騎士の死骸を弄びに行くかのようにゴブリンキングの周囲に駆け出した。
『E-QUEST【復讐の蛮勇王】を達成しました。同時にE-QUEST【復讐の連鎖】を受諾しました』
E-QUEST【復讐の連鎖】
ゴブリンキングの迎撃に一人で向かった騎士ラインの死をウォーターフォール村の村長、ポーツに伝えろ。
まずはゴブリンキングから逃げるんだ。
※尚、強制イベントにより破棄は許されません。
いきなり現れて死んでいった騎士のために捧げる涙もないし、というよりあのイベントは何だったのだろう……。
死体に群がるゴブリンにファイアボールを喰らわせて経験値を貪ると、僕は迷わず踵を返して村へと走った。
◆◇◆
「ジョンが死んだじゃと!?」
ウォーターフォール村でも一際大きな屋敷の中でしわがれた声が木霊した。
ここは村長の家である。
多くの召使を囲うから、それなりの財はあるのだろう。見れば調度品なども道具屋に置いてるものよりも上品なもので、壁に立て掛けられている鞘に納められた儀礼剣など一端のもののような気がする。
全部僕の知識にはないことだから確証は得られないけど。
要するに、僕は村長の家に来て騎士――ジョンという名前らしい――の死を報告したら、村長がとても悲壮な表情で狼狽えはじめたのだ。
そういうクエストなのだろうなあ、と半ば冷めた感情で聞いているのだが、ひそひそと聞こえる悲しみの声が至極鬱陶しい。
僕は冷たいのだろうか。
「何ということだ……。我が村の一番の使い手であるジョンが……!」
一番の使い手!? あれで!? 弱すぎだろう!? 一撃で死んでたよ!?
などと口が裂けても言える雰囲気ではない。
銘入りの名剣っぽい炎を纏う武器を使っておいて、あっさりと殺されている騎士が一番の使い手ということはもしかしたらゴブリンキングを斃すクエストは発生しないのかもしれない。などと考えていたのだが……
「こうなれば、冒険者さんに討伐してもらうしか……」
どう見ても僕に依頼をして来そうだ。
初期装備のまま、ひたすら初期マップで狩りをしていた僕に大層な依頼をしてくるなどと有り得ない。しかも、僕はプレイヤーに見捨てられたアバターだ。行動原理も未だに決められておらず、取るべき行動の根本が定まっていない。
どうするか迷っている内に、村長の言葉がだんだんとヒートアップしていく。
「お願いします、勇者様! どうかゴブリンキングの討伐をお願いします!!」
冒険者から勇者様に格上げされていた。
他の召使や村人たちも同様に、僕の腕に掴みかかって懇願してくる。
万力の如き力で掴まれているせいで僕の身体は身動き取れない。村人以下のSTRしかないのか、僕は……、というよりもこの人たちが戦いに行けばいいのではないだろうか。
そんなことを思い続けるが、どうやら戦いは避けられないらしい。
何となくクエストウィンドウを開いてE-QUEST【復讐の蛮勇王】を見れば、発生条件に『始まりの草原でゴブリンを一人で500匹以上討伐すること』となっている。他に誰もいなかったから、たぶんこれを知っているのは僕だけだろう。きっと手伝ってくれる人もいない。
ため息を吐きつつ、
「わかりました」
と答えた。
途端に村長たちは色めきだって、ついでにシステムボイスが流れる。
『E-QUEST【復讐の連鎖】を達成しました。報酬を渡します。E-QUEST【蛮勇王の討伐】を受諾しました』
どうやら村長の依頼を受けるのがクエスト達成条件だったらしい。
そして、クエストの報酬は低級HP回復POT-5個と低級MP回復POT-5個である。他には選択式で武器を選べるようだ。
あらゆる武器の中、僕は鉄製の大槌を手に入れた。
E-QUEST【蛮勇王の討伐】
ウォーターフォールの村の守護神ジョンであるジョンが非業の死を遂げた。
村長や村人たちは全幅の信頼を置いていたジョンの死を悼み、復讐を誓う。
その尖兵として選ばれたのは冒険者『紅蓮の支配者』だ。
ゴブリンキングの軍勢をたった一人で食い止めた彼ならばきっとジョンの復讐を遂げることができるだろう。
―――通りがかりの吟遊詩人、レイモンドより
知らんよ。誰だよ、吟遊詩人のレイモンドって。村の中にいないぞ。探したけど、いないぞ! もう何処かへ旅立ったのだろうか。
既にウォーターフォール村にはほとんど人がいない。LVが上がった他の人たちはとっとと次の街へと向かったのだろう。
自分だけ時代に取り残されたような気持になるのは何故だろう。
一人で初期マップで戦い続け、黙々とLVを上げ、ボスモンスターに襲われ、強制イベントに参加させられる。
しかし、それもここで終わりだ。
僕は次なる装備を手に入れた!
『EquipCapの上限を越えました。装備を外してください』
EquipCapというのは武器や防具の重量の上限のことである。
簡単に言えば、装備が重すぎて動けないから外してくれ、と言われているのである。
見れば鉄製の大槌は現時点で装備できるEquipCapのぎりぎり上限であり、革の服を外すしかない。
悩みに悩んだ末、僕は真っ裸になって武器を優先することにした。
しかし、この場合微かにEquipCapが残る。アクセサリーなら何かつけられそうだ。
早速僕はウォーターフォール村の中央にある道具屋を拝見する。確かにここに僕好みの装備が売っていた。
ゴブリンを血祭りにあげて手に入れた素材のほとんどを処分し、アクセサリー二つを購入する。
こうして僕は男を上げたのだ。
アバター名:紅蓮の支配者
Lv.7
STR50(+6)/INT79/SPD34(-40)※
スキル:【ハンマーマスタリーLv.10】【初級氷系魔法Lv.5】【初級炎系魔法Lv.3】【初級雷系魔法Lv.3】【初級風系魔法Lv.3】
装備:鉄製の大槌(STR+6,SPD-40)
牛角の鉄兜
真っ赤な褌