誰かこんなの書いてくれないかなー、という妄想をツギハギした嘘予告の殴り書きです。
よろしければ、お付き合いください。
ハーメルンにも投稿しています。
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二十一世紀。
それは、科学の時代である。夜の闇はきらびらかな電灯に削られ、あやしい夜のしじまはひとびとの喧騒に侵されて、山野は拓かれ未開の不思議はすっかり既知のものとなり、どんどん神秘の支配する領域はうしなわれていった。
だが、すべての神秘がすっかり消え去ってしまったわけではなかった。科学の光が輝きをませばますほどいっそう深まるくらがりのなかに、それはあやしく身を潜めるのだった。
人狩りの魔物は路地裏のくらがりをねぐらとし、心霊の怪奇は液晶ごしにその囁きをとどけ、山野の異形はびたたびその痕跡をみせつけた。
路地裏の吸血鬼、さまよう亡霊、人に憑く悪魔、異形の獣、おそるべき死者の街。そうした都市伝説に身をやつし、いっそうあやしく輪郭をけぶらせて、ひっそりと、しかしたしかに息づいていたのだった。
そのような噂のなかに、いつしかまことしやかに囁かれるようになった噂があった。
吸血鬼をほふる異形の男、亡霊をなぎはらう大男、悪魔をしりぞける豹頭、異形とたたかう異形の影、死者を狩る獣の咆哮。
あるいはそれを見たと言い、またあるいはそれを聞いたと言い、またあるいはそれに命を救われたとさえ言った。
いつしかひとびとはその噂を冗談交じりにこう呼ぶようになった。
『グイン・サーガ』と。
◇ ◇ ◇
神話から立ち現れたかのような、そのいでたち――
みごとなたくましい肉体。
丸太のような腕には、ねじれた縄のような、筋肉のもりあがりが巻きついていて。
ほそく引きしまった腰回りの割に、しっかりとした、幅広の肩。
そのうえから、びろうどのマントを羽織っており、それは、ふくざつな採光の宝石を彩ったみごとな金具で留められている。
そして、切株のようなたたくましい首筋。その上にちょこんと乗っていたのは、なんと、豹の頭であった!
豹頭人身の怪人。
それこそが、凛の前に立ち現れた怪異の正体だったのだ!
その豹頭が、やがて、ゆっくりと口元を動かした。
ずらりと牙のならんだその口から、くぐもった、重々しい音がこぼれる。
それは、獣のうなり声のように思われた。
だが、よくよく聞けば、多少こもって聞きとりづらくはあったものの、それはたしかに人語を喋っているのであった。
そうと気づかなかったのは、あるひじょうな驚きのために、声にまで意識がまわらなかったがためである。
それというのは、作りものの仮面であると思われたそのおもて――それが、たしかに、筋肉の微細なうごきでもって、表情のようなものをかたちづくったのである!
それは、ひょっとしたら、困惑の表情であったのかもしれぬ。
このおそるべき異形の超戦士のおもては、人ならざる豹のそれであったから、よほど見慣れた者がそれとおもって注視しておらねば――もしそのような者がいればであるが――その感情らしき筋肉のうごきに名を見出すことはたいへんな難事なのであった。
「お前が、俺のマスターなのか」
凛は息をのんだ。
(見たところ、たくましい戦士であるのは確かなようだし、それに、なんというか、王の貫録とでもいうような重厚な雰囲気がある。さぞや名のある王様だったのかもしれないわ。それにあの頭……)
豹頭の仮面と思われたそれは、たしかな意思の光をそのトパーズの瞳にやどして、凛に視線を返してくる。
(もしあれが本物だとしたら、なんてこと! かつて魔法が存在したはるかな神代の人物かもしれない!)
だが、そうであればあるほど、凛の疑念は深まるのであった。
(でも、それなら彼は誰? 豹頭人身の王様だなんて伝説は、一度だって耳にしたことがないわ)
おそらくは、どこかの少数民族のごくごくマイナーな伝説なのだろう。
(これは、とんだハズレを引いたかもしれないわね……)
いまとなっては知る者のないような、ごくごくマイナーな伝説の英雄が喚ばれることはさして珍しくない。
それというのは、縁を用意できなかったとき、あるいは縁を用意しておきながらなんらかの要因でそれが作用しなかったとき――そうしたときに、聖杯が「主と性質の近しいもの」を数多の英霊のなかから自動的にあてがうといった≪サーヴァント・システム≫の故である。ギリシャ神話のような知らぬ者のないような世界的な伝説から、民間伝承の域を出ぬいささかあやしい伝説にいたるまで、ありとあらゆる伝説の登場人物がその対象となるのである。
そして≪サーヴァント≫の強さは、もともとの人物の強さに、どれほどその伝説が力を持っているか、どれだけ多くに人間に知れわたっているかが強く影響するから、マイナーな伝承の登場人物というのはそれだけで不利なのであった。
だが、そのような思考は、すぐに頭の片隅においやられた。
「お前が、俺のマスターなのか」
豹頭が、重々しくくりかえした。
ただそれだけのことでにもかかわらず、もはや凛からは、余計な考えをめぐらせるだけの余裕は失せてしまっていた。
「え、ええ、そうよ。あなたが今このとき現世に喚び戻されたサーヴァントであるというのなら、そのマスターはこのわたし、遠坂凛を置いて他にはいないわ。そんなの、パスをたどれば一目瞭然でしょう」
それでもすらすらと生意気なことばが出てきたのは、希有な気の強さの故である。
いつなんどきも優雅たれ――
亡父の遺したその言いつけが、現在の、気高い遠坂凛を形づくっている。
それは、凛の誇りであり矜持であった。
凛は、精一杯の去勢でもって、この怪人に立ち向かっているのだった。
「うむ……たしかに、俺とお前との間には、なにやら名状しがたい力のつながりのようなものを感じる。これが≪パス≫というものか」
「……まるで今≪パス≫について知ったような口ぶりね。あなたもサーヴァントなら、その程度のことは「聖杯戦争に関する最低限必要な知識」として、あらかじめ刷り込まれているでしょうに」
「サーヴァント……」
豹頭は唸った。
凛は息をのむ。
重くくぐもった、獣の唸り声。
人の発声器官では決して発することのできぬその音が、しんじつ豹頭の口元から漏れているのだと知って、もう何度目になるか分からぬ驚きに目を瞬いた。
それでも、次の瞬間には平生とかわらぬ余裕たっぷりの表情をなんとか取り繕ってはいたから、なるほどこの小娘は、己を厳しく律することのできる≪魔術師≫なのだった。
しかし、そのおもては、続く台詞によって、たいへんな驚きに彩られることとなるのだった。
「わからぬ。俺は、自分が何者で、どうしてこのような場所にいるのか、分からぬ。ただ、グインという己の名前らしきものと、"マスター"に仕えるべく喚び出されたのだということは、なんとなく心得てはいるのだが……」
「ちょっと、それじゃあ、マトモな記憶がないってこと!? なんてこと、サーヴァント召喚に失敗しちゃったんだわ!」
◇ ◇ ◇
「お前、アーチャーって呼ばれてたよな。それにしちゃあ、その体躯、その獲物。セイバーですって言われたほうがよっぽどしっくりくる。本当になにもんだ?」
「……」
グインはじっと黙って応えぬ。
「だんまりかい。それとも喋れねぇのか。まさかバーサーカーってわけじゃあるまいし、それとも、豹頭のせいで喋れねぇのか」
「そのように言われたところで」
グインは、くぐもった声で、重々しくいらえた。
「俺自身、俺が何者かすら分かってはおらぬのだ。ただ、己の名前と、聖杯戦争とやらのサーヴァントとしての任を与えられたのだということ以外は、何ひとつおして分かってはおらぬ」
「ハッ、豹頭が人語を喋れるとは驚いたぜ。だが、冗談は上手くないようだ、なっ!」
いよいよ槍兵が刺突を放った!
赤い閃光――
凛の目にはそのようにしか映らなかった。
神話を駆け抜けた英雄の、それは恐るべき伝説の再現であった。
しかし、ことグインにおいては、まったく事情が異なる。
グインの目にはスローモーションにしか映らなかったのである。
それというのは、どんなに素早いと思われる動きであっても、予備動作のわずかな筋肉のうごきから、いったい何処にどのような攻撃をどれほどの勢いでくりだすかということが全て察せられるからであった。
いかなおそるべき超速度でくりだそうと、予備動作の段階でその軌道を察し、じっさいの攻撃よりずっと早くに身構える。
その攻撃の終わるころには、また次の攻撃に備えて……と余裕のていで捌くのだった。
しかし、いくら攻撃が見えているからといって、それを捌くのは人の手である。
グインは、常軌を逸した槍兵の神速にたいして、はるかに重量のまさる大剣をたくみに操って打ち合わせていたのである。
目にもとまらぬ疾風迅雷の連続攻撃をしかける槍兵。
それを、いっそう大きな剣で捌きつづける豹頭の怪人。
神代の吟遊詩人の語るような、神話から抜け出てきたかのような、その光景。
「おい、やるな豹頭。そんな大振りの剣で俺の攻撃についてくるだなんて、並大抵の筋力じゃねぇ。おまえ、本当に人間か?」
「俺に言わせれば、おまえこそ人並外れた戦士だ。そのような長もので、これほどまで素早くかつ間断なく突きを繰り出せる者が俺のほかにいようなど、思いもよらなかったぞ」
「ぬかせ、豹!」
にぃっと、槍兵の顔が裂けた。
その獰猛な笑みに向き合うグインの豹頭は、いかなる表情の変化もうかがわせぬ。
槍兵の攻撃がいっそう回転を上げた。
すると、グインもますます動きを速める。グインのほっそりとした腰周りの割に、がっちりした見事な上半身のすさまじい筋力とあいまって、それは、さながら暴風のような剣戟であった。
二人の攻防はますます熾烈を極め、それは、際限をしらぬかのように思われた。
「楽しいなぁ、豹頭よ!」
「ああ。困ったことに、どうやら俺はこうした闘争が好きらしい」
「なぁに言ってんだよ。そんなの、一合交えたときから分かりきってたぜ。お前もそうだろ、豹よ!」
グインは答える代りに、ひときわ鋭く剣を振るう。
だが、それは、唐突な幕切れをむかえることとなった。
「なんだって!? ちっ、分かったよマスター」
槍兵は怒声を張り上げた。
おそらくは≪マスター≫からの、ひそかな魔術の知らせがあったのだろう。
「こんないい戦はめったにねぇ。だが、勿体ないことだが、マスターの命令とあっちゃあ仕方ねぇ。勝負は預けるが、せいぜい他の野郎にやられるんじゃあねぇぞ」
「それは、そちらの都合というものだ。こちらはそうはいかぬ。――凛」
グインはマスターを見やった。
それで、すっかり闘いに魅入っていた凛は、ようやく、己の役目を思い出したのだった。
「グイン、逃さないで!」
「承知した」
◇ ◇ ◇
「バーサーカー達、やっちゃえ!」
「―――――!」
言葉にならぬおたげびを上げて、二体の狂戦士が身を躍らせる!
グインが相手取ったのは、隆々とした筋肉のお化け。山のような大男である。
大男は、長身のグインよりもいっそう大きい。
背の高さもさることながら、あつい筋肉の鎧をまとった横幅も広く、肩幅のわりに腰の細いそれこそ豹のようにスリムな印象を与えるグインと比べると、いっそうがっしりとして見える。
丸太のような腕からくりだされる斬撃は、見た目以上のおそるべき威力を秘めていた。
「なんとう怪力だ」
巨大な石斧が、グインの大剣を打据える。
グインがたまらず後ろに飛びのいた、その瞬間――
それまでグインのいた場所を、石斧が打ち据えた。
大地の爆ぜる音がして、盛大に土ぼこりが舞う。
土ぼこりが晴れたとき、そこには、小さなクレーターが穿たれていた!
「グイン、正面から打ち合うのは危険だわ! 死角を突くのよ」
その声が届くよりはやくに、グインは行動に移っていた。
◇ ◇ ◇
「無駄よ。それはヘラクレス。死の一度くらいは、脅威たりえないわ」
「そしてこちらはイシュトヴァーン。虐殺王、魔剣士……さまざまな異名を欲しいままにする彼だけど、ここではあえて「災いを呼ぶ男」と呼ぶことにするわね」
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【虐殺王イシュトヴァーン】
宝具①:『災いの星』。自身に関わるあらゆる存在に破滅をもたらす。
宝具②:『ヤヌスのひいき』。悪運を引き寄せる。
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「彼は常に戦場に破滅の運命をもたらす。にも関わらず、彼の神のもたらす幸運のために、自分自身だけは生還を果たすの」
「もう一人だけ例外が居たわね。ヘラクレス――彼の能力は≪ゴッドハンド≫。彼はすでに、イシュトヴァーンのもたらす破滅に対する耐性を得ているのだわ」
◇ ◇ ◇
「グイン、お前は≪ランドック≫のグインだ。かつて、はるか暁に住まう≪アウラ≫を妻とし、賢政をしいた偉大な帝王グインそのひとだ。そんなお前さんの唯一無二の友として、わしは常にその側に在り、陰に日向にお前さんを支えていたのだよ。そうとも、わしとお前とは、魂を分かった唯一無二の兄弟だったのだ」
グラチウスのしわがれた声が、あやしくグインの耳元でささやいた。
「ただ一言誓いを立てればいい。このグラチウスにその力を預けると」
「たわけが」
グインは吠えた。
大きく裂けた口から牙をふるわせて、それは、鬼のごとき形相であった。
「俺は、あのちいさな主に騎士の誓いを立てた。その誓いを違えることのないことは、しんじつ俺の友であるというのなら、重々承知しておらぬはずがない。――とうとうしっぽを見せたな、このいかがわしい魔道師めが!」
怒声をあげるグインに、はっとあるひらめきがはしった。
(待て、俺はいまなんと言った。いかがわしい≪魔道師≫と、たしかに俺はそのように言った。……知っている。俺は≪魔道師≫のなんたるかを知っているのだ)
皮肉にも、グラチウスの陰謀は、グインに記憶の一端を取り戻させたのだった。
◇ ◇ ◇
「いかにあなたが優れた戦士であろうと、この私が心血注いでつくった結界を破壊できるだなんて思わないことね、豹頭のボウヤ。なにせ、今やこの街をはしる龍脈の膨大な魔力は、すっかりこの私の味方なのだから」
圧倒的な、原初の恐怖をよびおこすほどの、強大な魔力の放射。
メディアという器から溢れた魔力がしぶきとなって、凛たちに吹きつける。
さすがの凛も顔を青くした。
すぐれた魔術師であるが故に、かえって、これが如何ほどの窮地であるかということを悟らざるをえなかったのだ。
セイバーはというと、こちらは、きわめてすぐれた直感でもって己が不利を悟り、緊張をたぎらせていた。
この、たいへんすぐれた魔術師と騎士とがそろって顔色を悪くするとあっては、状況の厳しさがうかがえる。
一方、変わらぬ調子なのは士朗とグインの二人である。
グインは豹頭であったから、いかな感情の揺らめきも、そのおもてから窺うことはできぬ。
士朗の方は、いまひとつ状況が呑みこめておらぬ様子であった。
「よく分からないけど、とにかくあの結界を壊せば、キャスターの有利は覆るんだろ?」
「ちょっと、何言ってるよの、あんな状態のキャスターに勝てるワケないじゃない! 鬼に金棒どころか、核弾頭持たせちゃったようなもんなのよ! ここは一旦退いて、体勢を立て直すわよ」
「いや凛よ、士朗の言は正しい。いま逃げおおせたところで、大勢は動かぬ。今この場で以て、正面からきゃつの罠を打ち破るしか方法は無いのだ」
「私もそのように考えます。ここで退いたところでジリ貧になってしまう。それに時が味方するのは陣地構築スキルを備えたキャスターの方。それならば、今この場で一か八かの賭けに出た方が、まだ勝算は高い」
「うっ、確かにそうかもしれないけれど、でも、勝算なんて無いに等しいわ。賭けに出るならそれなりの弾が必要だわ。けれども、今のわたしたちにベットできるものといったら、なけなしの魔力と、士朗の投影魔術くらいしかない。ここで勝負をかけることには賛成よ。けれども、なにか一つでいい、勝算につながるモノが欲しいの」
「……」
グインはなにかを確かめるように、左手を掲げた。
豹頭の口許が鷹揚にうごいて、くぐもった、重い声を響かせる。
「かじやスナフキンの剣よ、お前の力が必要だ」
グインの肘のあたりから、光の珠のようなものが現れた。
かと思うと、それは粘土細工のようにどんどん形を変え、ぐんぐんとその身を伸ばし、やがて光がおさまると、ひと振りの剣をかたちどった。
青白く、ときどき緑色に光る、とても美しい長剣。それこそは、黒小人スナフキンがおのれの持てる全ての技術をかたむけ、いのちの一部をぬりこめつくりあげた妖魔の剣であった。
「なんてすごい神秘を内包した剣なの……」
「すごいなんてもんじゃないぞ! それこそエクスカリバーに匹敵するくらいの、とんでもない宝具だ」
≪解析≫の魔術をかける士朗の頭は、魔術行使のエラーを訴える頭痛であふれていた。
スナフキンの剣は、魔界の物質でつくられ、それ自身が命を宿している。それがために、士朗の≪解析≫の魔術をはねつけるのだった。
だが、それでも、とんでもない神秘を内包していることは察することができた。その神秘というのは、「この世ならざるもの」「妖魔神霊に属するもの」にひじょうな効果を発揮するという概念である。
「アレがこの世ならざる魔の産物であることは、今やあきらかなのでな」
スナフキンの剣は、この世の物質を切るのには向かず、切ろうと思えば切れるが、ほかのもの、もっと切りたいものが切れなくなるのである。
「これならひょっとして……」
スナフキンの剣に熱い視線を注ぐ一同を嘲るように、メディアは笑った。
「ハッ、何をするかと思えば、ばかばかしい。今の私は、不可能を可能にするだけの魔力を――魔法を可能にするだけの魔力をそなえているのよ。ずいぶんな神秘を宿してはいるようだけど、そんな剣のひとふりで、一体どれほどのことができるのかしら」
◇ ◇ ◇
「魔道師ども――ここでは魔術師と呼ぶのだったな――の心得違いがあって、運命織りなすヤーンの糸をかけちがえてしまった。それがためにまったく異なる宇宙に属する俺のような存在が喚ばれ、今や神々の定めし運命はすっかりねじ曲がってしまった。その運命を変えることのできるのは、俺をおいては他にはおらぬ。俺にはそのような気がしてならぬのだ」
グインは続けた。
「すまぬな、凛よ。聖杯とやらを手中におさめるのが魔術師の悲願というが、どうあっても俺はアレを破壊せねばならぬ」
「あら、謝る必要なんかないわよ、そんなこと。前にも言ったけれど、私自身は別段聖杯を欲しているわけではないもの。私が真に欲するのは、証。聖杯を手にすることのできるだけの能力を持った、すぐれた魔術師なのだというあかしなの」
こともなく言いきってみせるちいさな主人を、グインのトパーズの瞳は、好ましそうにみやった。
「ずいぶんな自信と潔さだ」
「むしろ、あんな危険なモノを私が管理するこの街においておくだなんて、そんなこと看過するわけにはいかなくなったわ。――行くわよ、グイン。この狂った夜を終わらせに」
◇ ◇ ◇
いまやグインは、すっかりおのれが何者であるか見出していた。
「そうだ、俺はグイン。はるかノスフェラスのセムとラゴンを従え、偉大なアキレウス大帝に忠義をみいだし、ついには護るべき臣民と愛すべき忠臣とを得た、ケイロニアの豹頭王グイン」
「豹頭王グイン……」
凛はかすれた声で繰り返した。
「どうやら、いかな俺であろうと、あのアモンが相手とあっては、いささか手が足りぬようだ」
「俺といえども、しょせんはひとつの人間に過ぎぬ。偉大なヤーンならぬひとの手では、あまねく全てを相手取ることは叶わぬ。とくにあのような、ルードそのひとのような巨大な魔が相手とあってはな」
「だから、お前たちよ、力を貸してくれるか」
いつのまにか――
「これは、固有結界!?」
はるか地平を埋めつくすは、まっしろな、ぞっとするような不気味のかおる白砂の砂漠である。そこに不思議のあたたかみをみいだしたのは、グインのトパーズの瞳がやわらかな光を宿していたせいか。
白砂の地平――そのはるか彼方から、しろい煙を立ち昇らせながら、うぉーんという不思議な喧騒が迫ってきた。
とおい喧騒は、だんだんと、近づくにしたがって、その正体を明らかにしていった。
「リアード、リアード!」
「グイン、グイン!」
「マルーク・グイン!」
あまりに多くの声がまじりあい、おしあいへしあいするあまり、うぉーんという瀑布のような音の雪崩となっていたのだった。
それは、なんという光景であっただろう。
いったいひとりの人間が、これほでまで多くの数奇な冒険をなしえるのだろかというような、はるかな冒険譚――
なにひとつして知らぬはずのその情景を、ぼんやりと、それでいてまざまざと、一同は頭のなかに思い描かさざるをえなかった。
「陛下、ようやくお呼びくださいましたな。我ら一同、待ちわびましたぞ!」
「リアード。我らセムは常にリアードのそばに」
「ラゴンも常にリアードと共にある」
鎧姿の精悍な騎士たちが、ウマからとび降り、膝を折って臣下の礼をとる。
その後ろからは、小柄な猿人セム族と、グインよりもなお大きくたくましい偉丈夫の猿人ラゴンとが、我先にと主君のもとへ駆けよってきた。
かれらは、姿かたちはもとより喋る言葉からまったく異なる人種であったけれど、そのおもてには共通して、ひじょうな歓喜とふかい親愛の情とが浮かんでいた。
そのような忠臣たちの姿を、グインのトパースの瞳はあたたかく見やるのだった。
「すまぬ、待たせたなお前たち。ヤーンのお導きというべきか、思いがけずお前たちとまたこうして見えるを得たこと、俺もひじょうに嬉しくおもう」
その言葉を聞くやいなや、歓喜をまじえながらも緊張の色をたぎらせていた一行は、とたん、相好を崩した。
グインは、よく彼のことを知る者でなければ分からぬくらいかすかに目を細めて、続けた。
「だが、久闊を叙するいとまはない。なんとなれば、かつてパロの都をドールのすまうおぞましい黄泉の国へと変じてしまうべく力をふるった悪意の種、アモンという怪異が、この世界に立ち現われたのだ」
「俺は、かの暴虐の魔人を除かねばならぬ。だが、どうにも俺ひとりの手にはあまるようなのだ。――どうか、この俺に力を貸してほしい」
「陛下! どうかただひとことお命じください。我ら一同、グイン陛下の剣にございますれば」
騎士たちは、片膝をついたまま剣を抜きはなち、その柄をグインに差しだした。それは略式の、騎士の誓いの儀式である。
我ら一同、必ずや成し遂げてみせましょう。もし忠誠を疑う心のひとかけらでもあらば、そのまま剣で胸を貫きたまえ。
グインは、口づけを剣に添えると、忠実な騎士に剣を返した。
「お前たちの忠誠、たしかに受け取った」
今度はセム・ラゴンの番である。彼らは、胸を叩いて親愛の情を示した。
「リアード。セムとラゴンは、リアードの導きに従う民。最後のひとりになるそのときまで、リアードと共にある」
「お前たちのきもち、ひじょうに嬉しく思う」
グインの頷きを受けて、セムの民、ラゴンの民は破顔した。
その様子をじっと息をつめて見守っていた、海のような人の群れから、うしおのようにワッと歓声があがる。
「マルーク・グイン!」
「リアード、リアード!」
「グイン! グイン!」
それは、しかし、グインが片手をかかげたとたん、すぅっと潮の引くように静まりかえった。彼らは、久々にまみえた主の姿を目に焼きつけようと、あるいは敬愛する主の期待にこたえようと、ひじょうな興奮のるつぼにありながら、その一挙手一投足にたいへんな注意をはらっていたのである。
そして、
「いくぞ、お前たち。アモンを打ち倒すのだ」
どわっと、ひとつの群体となって、彼らは行軍を開始したのだった。
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ステータスが更新されました。
【豹頭王グイン】
宝具①:『スナフキンの剣』。「この世にあらざるもの」に効果を発揮する魔剣。
宝具②:????
宝具③:『グイン・サーガ(豹頭王の伝説)』。はるかな冒険を共にかけぬけた仲間たちを召喚する固有結界。 ←NEW!
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こんな「チラシの裏の殴り書き」あるいは「便所の落書き」に最後までお付き合いただきまして、誠にありがとうございます。
そんなこんなで、Fate/stay night とグイン・サーガ のクロス。
ふと「グインちゃまとか召喚されたらどうなるんだろう?」と思ったら、ついつい妄想してしまったでござるの巻。
どなたか、グイン・サーガとのクロスを書いていただけませんでしょうか。
グイン・サーガとのクロスって少ない……というか、管見の限りみたことがないので、是非読んでみたいです。