カァン、カァンと高く重たい音が響く。聞き慣れた音だ。
一振り、一振りと愛用の鎚を振り下ろす毎にワシを魅了してやまない火花が飛び散る。とても官能的で、妻こそおれども我が生涯の伴侶はこの火花のみと決めておる。……妻とてその事はよく分かっている筈だ、アレは出来た女だからな。
一振り。
そもそも我らドワーフとはそういうものだ。物造りに生き、職人として死ぬ。妻とて家具造りに精を出し、それを生業としている。ワシの場合は鍛冶であるだけに過ぎん。
一振り。
しかし悩みは相応にある。いくら己が最高の腕を持ったと自負していても、それを伝えなければ意味が無いのだ。それをあの愚息は、あろうことか母親の後を継いで家具職人として生きる等と……。
いつからあんな軟弱者になってしもうたのか、さっぱりだ。妻に育児を任せっきりで、関与しなかったのが悪かったのか。
もう一振り。
……よぉし、これでいい。
細身で、まだ形が整っていないながらも十分に魅力を放つ剣。これが完成すりゃあのダークエルフにぴったりのもんになるだろうよ。
ダークエルフの国、オニクス王国の女王の剣、今までのワシの全てをつぎ込んだ代物。ふん、まさかこんなもんを造ることになるとはな。
ダークエルフ、あの戦闘民族。頭にいらんもんを詰め込んだだけで偉そうにするエルフ共も鬱陶しいが、脳味噌まで筋肉で出来てると疑っちまうくらいに物の良さってのが分からねぇ奴ら。その女王自らが突然やってきて、何を言うかと思えば面白い事を言ったものだ。
――私(わたくし)の剣を造っては頂けないか。
国の頭が直接来て言うようなもんじゃない。しかしこっちも職人、帰れと一言言ってやれば十倍になって返ってきやがった。
――ダークエルフの王とは、その全てを凌駕する最強でなければならない。私は飾りではなく、真実王である。故に、最強であるこの私の武具を造るべきは最高と名高い貴方にこそ相応しい。
良い女に久しぶりに会ったね。鍛冶仕事にゃぁ及ばんが、妻もあんな女だ。だからこそ一緒になった。まさかあんな女が世に二人といるとは思いもせんだが……。
あれは確かに女王だ。剣で言えば、華美なのは鞘のみ。中身は鋭く無骨な剣だ。
噂通りの美貌だが、ワシからすれば中身の方がよっぽど美しいね。
……あぁ、冷えたか。なら形を整えねぇとな。
もうすぐ、もうすぐこの世に至高の剣が生まれるぞ。見ろ、精霊も喜んでおられる。
興奮しながらも感覚を研ぎ澄まそうとした時、愚息の声が聞こえた。
「親父ぃいいい!」
何を叫びやがる五月蝿い奴だ。舌打ちして返す。こっちは忙しいんだ後にしやがれ。
「うるせぇっ、叫ばなくたって聞こえらぁ!」
「嘘つけ、いっつも聞こえねぇ癖に! 客だ、親父にお客さんだぁ!」
なに?
訝しむ。この時間に訪ねて来るような奴らはワシの知り合いにいねぇ筈だが……。
「忙しいんだ帰ってもらえ!」
「ダークエルフの使いだっ、出てきてくれよ!」
そういうことか、納得して舌打ちをもう一つ。
恐らくこの剣を取りに来たんだろう、全くせっかちな種族だ。これだから脳まで筋肉は。
「……仕方がねぇ、連れて来いっ!」
「え、親父が来るんじゃなくてっ?」
「文句あるか!」
「わ、わあったよ!」
すっかりしらけちまったが、続きとするか。
しかしオニクスの使いか。寄越すのは数ヶ月後と聞いていたんだが……そういえば今はいつごろだ。
たたらから出ねぇから全く分からん。もしや、もうそんなに経ったのか?
「まぁどうでもいいこったな」
そうであっても急ぐことはない。納得いかねえもんを造ったとしても、ワシが許せん。これで良いなどと抜かした時はその場で剣を叩き割ってやるほどだ。
音が響く。
カンカン、コンコンと軽くて小さな音だ。だからといってここで手を抜くような奴は鍛冶師を名乗る資格はないね。いたらそいつの両手を圧し折ってやる。
小槌を置き、荒い砥石に持ち替えて剣の表面を整える。
「もし。こちらに案内されましたオニクス王国女王様より使わされた者でございます。『アダムスミス』ハダード殿でしょうか」
これも慎重にしなければ刃が荒れる。それに終わったとしてもまだ整形の作業は残ってるんだ、気を抜く暇なんぞありはしねぇ。
「もし……?」
さっきから後ろで五月蝿い奴だ、こっちは忙しいんだ分からねぇのか阿呆め。
「ハダード殿ー?」
「黙れ」
「は、はいっ!」
◇
「……で、お前さんらがイヴの使いか。」
生砥ぎ、銑がけ、油落としまで終わらせ、待たせていた使者達とやっとのことで対面する。鍛冶の方が先なのは当然のことだ。
目の前には目を泳がせながら余裕そうな仕草をしているダークエルフの女、それに付き従うダークエルフの子供とローブを被った……あ?
「なんだおめぇ」
返ってきたのは「骨」と書いて掲げられた紙。見えてんだそんなことは。それよりももっと大事な事がある。
「違う。何でお前、バスラを纏ってやがる」
精霊が言ってくれないと分からなかったが、確かにバスラのみ纏ってやがる。それにあの斧……あれもか。血肉なんて無い奴らの癖に、だ。
……成程、乾燥するまでの間の暇つぶしにはなりそうだ。
後書き
間が空きました。少々忙しかったのですがとりあえず上げとこうかなと。
短いですすみません、そろそろ化けの皮が剥がれてきました。
あと作者は鍛冶の事なんて素人なので、間違っている場所があればスル―していただければ。