転生(?)から2日目
別に日記というわけではないが、余りに暇なので木を削った板に石を砕いた刃物もどきで彫ってみることにした。
昨日野晒しで寝ていたためか、野犬らしき動物が私の骨を噛んでいた。特に痛いわけでもなく感触がないので鬱陶しいわけでもないが、これからも餌として認識されてはたまらない。斧を振り回して追い払うとさっさと森の中に逃げていった。相当驚いていたのでやはりこういう骨だけ、など一般的ではないのだろう。犬に常識を聞くわけにもいかないが。
ところで斧が簡単に振れたのだが、やはり力が強まっているようだ。生前より骨だけの方が強いというのも複雑だが、悪いことではない。木を切ってみたが、二回振っただけで切り倒してしまった。成人男性の骨である私が抱えられない胴回りの木を、だ。幾許か振り回してみても息切れなど当たり前のように無かった。骨だけで活動できる魔法的加護でもあるのだろうか…。
不可解だな、と思いながら寝るとする。
転生(?)から3日目
面倒なので次からはハテナを外すことにする。
起きてみれば昨日の倍ほどの野犬と、そのリーダーっぽい狼に囲まれていた。何だこれは。
もしかしなくても復讐なのだろうか、と考えながら斧を振り回していた。どうやら移動速度は生前と同じかそれ以下のようで、狼や犬たちには全く追いつけなかった。私に出来るのは斧を振り回して牽制するくらいであるが、それも統率された犬には通じず、何匹か斧に当たりながらも大方の犬は斧を掻い潜って私に体当たりをしてきた。倒れた私にとどめとばかりに爪や牙を振るうが、残念ながら私の骨はカルシウムばっちりらしい。逆に犬達の爪や牙がボロボロになってしまった。
それを見た狼は一声鳴いて、なんと立ち上がった。そして倒れた私に肉薄し、その腕を振るって私の頭蓋骨を吹き飛ばした。勝利の雄叫びを上げて喜ぶ狼たちは私に何の恨みがあるのか。
しかし残念ながら私は頭蓋骨もカルシウムばっちりらしい。転がった視界を頼りに頭蓋骨を拾って頭に乗せると、頭蓋骨は落ちずに首の骨に鎮座した。
自分の身体が骨というのも面白いものである。とりあえず驚いている雰囲気の狼(人狼でも良い気がする)と犬達を追い払う。
それから木こりの真似事をして寝るとする。実際することがない。当座の目標でも立てなければならないな。
転生4日目
起きたら狼たちに囲まれていた。意味が分からない。
全員立ち上がっていることからみると、昨日の同属なのだろう。仲間に縋りつかれて一緒に私を倒そうという話にでもなったのか。なぜここまで目の敵にされているのか、何度も追い払っているが、殺してはいないというのに。あ、いや犬は何匹か殺してしまっているな。そのせいだろうか。
もう戦闘風景を書くのは面倒になってしまったので省略。狼を何匹か殺して追い払ったとだけ。
さて、下手に動くのも面倒だし、とりあえずここを本拠地にするために家でも造ろうかと思う。どうやって造るかなど忘れたが、なに、何とかなるさ。
とりあえず材料として木でも適当に切っておけ、と思い何本か切り倒した。近くに落ちていたのが斧で助かった。
何本か切り倒したところで熊らしき一本角の動物を発見。猪ばりの突進をしてくれた。骨がバラバラになってしまったが、なぜか個別で動かせたので丁度熊の背後に落ちた斧を持った手で熊を叩き割っておいた。
この身体に食事が必要か分からないが、熊の捌き方なぞ分からないので放置。角だけは折って持つことにした。
寝るとする。
転生7日目
今日は書くことが多い。
なんと一昨日はバラバラにされて川に落とされた。あの狼たちにそんな知能があったのかと驚いたが、しかして私の骨は無駄に万能だった。一本の腕の骨が流れる間に岩に捕まり、それに引き寄せられるようにして私の身体は元に戻った。骨ってこんなに凄かったのか…。
どことも知れぬ森の中、一晩さ迷い歩き続けた。結構な数を伐採したので、元の場所に戻れば分かるはずだが、その元の場所が分からなかった。
とにかく歩いていると、見知らぬ老人を見つけた。大きな大きな樹に寄りかかるように座り込んでいる老人は、近づいてみれば乞食のようだった。皺くちゃの顔、痩せ細った体、上半身から足先まで隠しているのは服とも呼べぬボロボロの黒布。乾いた白髪と虚空を見詰める眼が更に貧相さを助長させた。全身骨だけの私が言うのもなんだが、人間ではないかのようだ。
これでは話し掛けても無駄かな、と思ったが、切り開かれた場所を知っているか、と聞けばその老人はなんと指をさすことで反応してくれた。ありがとう、と一言礼をして指をさされた方向へ向かう。
……あの老人は悪い者ではなさそうだが、私が話し掛けた途端にぎょろりとこちらを見詰めてきたあの眼は恐ろしいと感じた。できればあまり会いたくはない。
辿り着いた頃にはもう昼頃であった。そして、やっとの思いで元の場所に戻ってみれば、そこは狼達がたくさん集まっているではないか。
やってられない、と放り出してしまいたいが、狼たちが屯している場所の隅に私の斧があった。仕方なく、斧に目掛けて私の腕を投げる。こうすることで離れた場所でも斧を操れるようになる。ある意味、こういうことに関しては狼たちに感謝したい。
とにかく振り回し、追い出したそこで私は寝転がって就寝し、起きたら夜中。とりあえず7日目として書き記した。
今日の分だが、狼たちは流石に襲ってこなかった。代わりにというと変だが、あの老人がいつのまにか私の傍にいた。いつのまにいたのか分からない、なんと不思議な老人だろうか。あの、最初に抱いた乞食という印象は捨ててしまわねばなるまい。今では賢者もしくは隠者のように思えてきた。
そう考えると面白いもので、彼が万能なような気がしてならなくなった私は、駄目元で「家を造ってくれ」と頼んだ。するとどうだ、彼は何の反応もしなかったが、今まで積み重ねてきた私の伐採した木々が形を変えていった。
あれはまるで魔法のようだった。
何と地面が円形状にへこんだのだ。でこぼこの木々は皮が剥がれ綺麗な材木と化し、どんどんとそのへこんだ場所で独りでに組み立てられていく。結果としてできたのは、ログハウスなどとは言えないが昔の日本の、竪穴式住居のような木だけを材料として作られた家だった。
彼は魔法使いなのか。
そうは思ったが確信は出来ず、それよりも造られた家に興味を向けた。
なんの捻りもない一部屋だけの家だが、私しか住まないのだから十分すぎる。そもそもこんな森の中でこんな家を一人だけで建てられること自体が奇跡なのだ。私は彼に感謝しようと彼に目を向けたが、そこには既に誰もいなかった。
本当に不思議な老人だった。常に座り込んでいたのも気になる。
いつかまた会えるだろうか、いや次は私から会いに行ってみようと、そう思う。最初に抱いた印象、そして恐怖は、全て何処かへと消えていた。
不思議な日だったとし、寝るとする。
転生10日目
板に彫るのはどうも書きづらい。紙とペンでもあれば良いのだが。
しかしこうして書いていくと、早くも十日も過ぎたのか、と感慨深くなる。何気なく過ごしていれば味わうまい。そう考えると生前では勿体ないことをしていた。
さて今日の事だが、あれから少しだけ飾り立てをした家もあることだし、そろそろ体を隠す物が欲しい。別に骨なので何が困るというわけでもないが生前の習慣だ。それに服が無ければ見栄えも悪い。だがしかし絹または麻で出来た布など森の中にあるはずもなく、蚕を探すにも紡げず、そもそも元の世界の生き物っているのかここ。
ならばと葉っぱで代用してみたが当然のように無理だった。隠すべき股間はただの骨、隠す方が恥ずかしいかもしれない。
ふと、そういえば人はいるのだろうか、と気づいた。
あの不思議な老人がいるからにはどこかに住んでいる可能性もある。丁度良いので周囲の地理を把握するための散策ついでに人探しもすることにした。集落でもあれば分かりやすいのだが、いかんせんこの森は深いようだ。
中々見つけられず、とりあえず今日は寝るとする。
転生16日目
散策ばかりしていたのでこの森の事は大体分かるようになってきた。あの一角熊(角の生えた熊を命名)はこの辺ではあまり多くないようで、見つけた数も人狼(立つ狼をそう呼ぶことにする)より少ない。
ああ、彼ら人狼はもう滅多に私を襲うことは無かった。というよりもこちらを見つけるなり逃げ出すのだ。全く失礼な犬っころ達め。
ところで、この六日間ずっと森の中を歩いていたわけだが、ついに森を出る事ができた。満足して森に戻ったが、もしや私は生来のひきこもりなのだろうか。
しかし深い森の木々や根っ子を見ることなく果てしない草原を見た時は圧巻だった。素晴らしい景色のあまり、人は自然と共存すべきだったと本気で思ってしまったほどだ。
自分でもわけが分からない。
明日からは森の外を中心に散策することとし、寝る。
転生21日目
どうも私は運が悪いようだ。
ずっと歩き詰めにも関わらず、周囲に見えたのはちょっとした森や丘、遠くに見える山、そして草原を闊歩するおかしな動物たちだ。
あれらはもうモンスターと言って良いだろう。翼の生えた蛇、足が長い兎、大きな蟷螂、どう考えてもドラゴン。
森の中でも手が長い猿を見かけたが、草原は更に上を行く魔境だった。この世界ではこれが普通の動物なのだろうかと疑ってしまう。
とにもかくにも、もう日が暮れてしまったので、そこらへんで寝るとする。斧を持ってくればよかった、と少し後悔した。
転生22日目
起きたらピンク色の壁に取り囲まれていた。見回せば液体に浸かっている。脈動したぬらぬらとする壁、微かに残る物体をじゅうじゅうと溶かす液体。揺れる部屋。出口らしき場所は天井に空いている穴だけ。
私の骨はなぜか溶けないので、指を突きさして天井まで登る。突き刺すたびに部屋が揺れるが、指の骨とは結構尖っているもので、中々抜けない。天井に辿りついてそこからもよじ登って行くと外に出れた。
私はどうやら寝ている間にドラゴンに食べられていたらしく、ドラゴンは胃から這い出た私を睨みながら苦痛に悶えていた。
そして、私はここがどこだか分からない。ドラゴンは私を胃に入れて飛んでいたようで、森がどこなのかさっぱりだった。やはり私は運が悪い。
ところで、この板も存外に丈夫だな。
転生24日目
歩き回る事二日。
人、というよりも人の様な影を見つけた。人狼のような種族でないことを神ではない誰かに祈り、人影が入った洞窟に入る。
すると、毛深くて腰に何かの皮を巻いている、しかし確かな人間を見つけた。
人間というのは正確ではない。彼らはおそらく、原人だ。骨格がおかしいし、言葉がまったく発達していない。皆ウンババウンババと叫んでいる。ウンババって何だ。
この世界の文明レベルが原始人とは些かショックだったが、とにかく人間(原型)を見つけたことに変わりないので、彼らの住処に止まらせてもらうことにした。ボディランゲージはいつの時代でも通じるようだ。
目的の一つを果たしたので、次はどうしようかと考えながら寝るとする。
転生25日目
今日もウンババしている。
ウンババはきっと原人の言葉でウンババでウンババなのだろう。こんな彼らもいつかは普通に言葉を喋るとはウンババだが今はとにかくウンババしか喋らないウンババ。
ウンババ1日目
ウンババウンババ
ウンババ2日目
ウンババウンババ
ウンバババババ
ウンババアアアア
転生32日目
恐ろしい目にあった。
彼らの言語と思われる「ウンババ」が私にも移り、まるで覚えたての猿のようにウンババウンババと言っていたのを覚えている。これも魔法なのか。
とにかく私は急いで彼らの集団を離れ、いつの間にか腰に巻いている何かの皮と棍棒を手に森を目指して一直線に走った。森がどこかなど些細な事、野性に目覚めた私にかかれば帰巣本能が全てを教えてくれるウン(この先は削られている)
転生36日目
例によって迷ってしまった。当然だろう、人間の帰巣本能など頼りになる筈が無い。
そのように困っていると、ふと右の木に違和感を感じた。こんな所に木があったか、と。
見てみると、なんとあの森の老人がいるではないか。彼は本当に何者なのだろう。老人はある方角を指差して、すぐに消えた。
彼が指差した方向に歩いていると、やはり森が見えた。これで彼にはもう足を向けて寝る事ができない。これからは敬意を込めて「翁様」と呼ぶことにする。
やっと辿りついた懐かしの我が家、変わらないその姿に満足して、寝るとする。
転生41日目
森の外は危険が多い、森の中に籠もるのが一番ではないだろうか。
そう思って家からあまり離れない私は遺伝子レベルでひきこもりが染みついているのかもしれない。
しかしいくら森の中が見知ったものだとしても、やはり時折ハプニングが起きる。
人狼が私の家に訪ねて来たのだ。
しかも礼儀正しく、複数の人狼が家の前で二つの縦列を成しているのはまるで軍隊。先頭に立つ銀色の人狼はボスのようだ。
何の用だ、と話しかけると驚いたような表情を見せた銀狼(銀色の人狼)。そういえばやつらの前で喋ったことなど一度もなかった。
銀狼は少し戸惑った後、騎士がするように跪いて私の前にドカッと肉を置いた。どこから出したのか。
そして私に流れ込むイメージ。これはテレパシーと呼ばれるものではないだろうか、やっと魔法らしい魔法に出会えて嬉しい限りだ。
イメージによると、自分たちの餌をやるから自分たちを見逃してくれ、というものらしい。今までにかかっていた時間は、ボスが私に殺されて不在のための空白だったようだ。
私に食事は必要ないし、彼らのことはどうでもいいので、餌はいらんが見逃すとだけ伝えた。
伝わったようで彼らは帰って行ったが、成程。モンスターの世界も基本は弱肉強食らしい。
転生45日目
最近何もしていない気がする。
実際には気がするどころではないが、とにかく今日はちょっとした出来事があったので記す。
私は暇つぶしとして土を弄って畑でも作ろうとしているのだが、その最中に謎の怪物に囲まれてしまったのだ。またか、と言いたい。
怪物は、小さく、ごつごつとした緑色の肌をし、耳が少し長い。見た目的にゴブリンに似ているのでゴブリンと呼ぶことにした。
それらが私を囲み、それをおそらく統率していたのが巨大な鈍色のゴブリン、とりあえずトロールとする。
私が硬直している間に問答無用で棍棒で殴りかかってくるゴブリン。とりあえず骨にガンガンと衝撃が走る中、斧ごと腕を飛ばしてトロールを一体倒す。その腕を動かして驚いているトロールをもう一体倒しながら、前に手に入れた棍棒を残った腕で掴み、ゴブリンを叩いていく。
棍棒は鈍器なので刃物や爪などよりは私に効くが、トロールならまだしもゴブリンではダメージなど無い。もう一体のトロールを倒すと、統率者がいなくなったゴブリンはさっさと逃げていった。
一つ溜息をついて、手と斧を回収して血を拭き、家に戻る。骨なので息など出なかったが。
転生49日目
少し前に翁様の所に行った時、逃げだしていた筈のゴブリンが死体で散らばっていたのに驚いた。それを色の無い目で見ようともしない翁様は恐ろしかったが、考えてみれば私も同じ穴の狢だ。
さて、突然だが私はダークエルフという存在に出会った。白銀の髪に健康的な褐色、赤い目をした完全な人型だ。一説では妖精の種族とのことだが、その美しさは確かに人間ではない。しかしダークエルフ。ここは定番のエルフかと思ったのだが…。
彼女(妖精族では女性の方が強く、彼女は偵察部隊だとか)の話によれば、ダークエルフは人狼族とも交流があり、基本的に森の奥深くに住んで樹木の精霊たちと共生しているそうだ。
人狼族から「強い骨がいる」ということで見に来たらしい。基本彼女達も弱肉強食であり、確かに身内は大切だが弱いのが駄目なのだそうで、別に禍根はないそうだ。それは良かった。
彼女は私の偵察兼勧誘係で、ダークエルフに害を成すような存在でなさそうならば連れて来い、とのこと。
当然私は行くことにした。ダークエルフの国(アルフヘイムと呼ばれる世界に通じる門があるらしい。ただしそれぞれの国に入る為にはこの世界を経由しなければならないそうだ)は一度入ると女王の許可なく出る事は禁じられているらしく、おそらく信頼を得なければ女王は許可してくれないようだ。またこの森を離れて暮らすことになる。
この板もそろそろ限界、新しい板を用意しなければならないだろう。また暇な時に作る事にする。
著者:骨