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No.29543の一覧
[0] とある陰陽師と白い狐のリリカルとらハな転生記[篠 航路](2012/04/29 22:59)
[1] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 1[篠 航路](2011/09/02 17:34)
[2] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 2[篠 航路](2011/09/02 17:35)
[3] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 3[篠 航路](2012/04/22 19:41)
[4] 第二話 ガキの中に大人が混ざれば大体こうなる。 1[篠 航路](2011/09/29 14:07)
[5] 第二話 ガキの中に大人が混ざれば大体こうなる。 2[篠 航路](2011/10/01 22:10)
[6] 第三話 最近の小学生は結構バイオレンスだから気をつけろ[篠 航路](2011/09/04 18:03)
[7] 第四話 縁は奇なもの、粋なもの 1[篠 航路](2011/09/08 11:38)
[8] 第四話 縁は奇なもの、粋なもの 2[篠 航路](2011/09/28 23:30)
[9] 第四話 縁は奇なもの、粋なもの 3[篠 航路](2011/09/10 23:42)
[10] 第五話 人の出会いは案外一期一会[篠 航路](2012/07/12 23:18)
[11] 第六話 人生わりとノッたモン勝ち、ノリ的な意味で。[篠 航路](2011/09/17 11:45)
[12] 第七話 言わぬが花 1[篠 航路](2011/09/20 20:11)
[13] 第七話 言わぬが花 2[篠 航路](2011/11/13 21:22)
[14] 第八話 いざという時に迅速な対応をとることが大切だ[篠 航路](2011/09/27 01:46)
[15] 第九話 友達の家族と初めて会うときはとりあえず菓子折りで 1[篠 航路](2011/09/29 16:07)
[16] 第九話 友達の家族と初めて会うときはとりあえず菓子折りで 2[篠 航路](2012/04/22 19:42)
[17] 第十話 お泊りは友達の意外な一面を発見するものだ 1[篠 航路](2011/10/07 17:52)
[18] 第十話 お泊りは友達の意外な一面を発見するものだ 2[篠 航路](2011/10/10 23:53)
[19] 第十話 お泊りは友達の意外な一面を発見するものだ 3[篠 航路](2011/10/14 22:24)
[20] 第十一話 力と強さは紙一重[篠 航路](2011/10/20 19:58)
[21] 第十二話 重要なのは萌え要素[篠 航路](2012/04/22 19:44)
[22] 第十三話 出会い色々。人も色々。で済むわけないだろバカヤロウ 1[篠 航路](2011/10/30 18:41)
[24] 第十三話 出会い色々。人も色々。で済むわけないだろバカヤロウ 2[篠 航路](2011/11/02 22:56)
[25] 第十四話 自分のことを一番知っているのは案外他人[篠 航路](2011/11/19 17:32)
[26] 第十五話 持ちつ持たれつ[篠 航路](2011/12/06 19:15)
[27] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 1[篠 航路](2012/04/09 16:57)
[28] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 2[篠 航路](2011/12/23 11:16)
[29] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 3[篠 航路](2013/10/14 13:14)
[30] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 4[篠 航路](2012/12/14 11:29)
[31] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 5[篠 航路](2012/03/02 17:40)
[32] 第十七話 女のフォローは男の甲斐性なので諦めろ[篠 航路](2012/11/11 11:59)
[33] 第十八話 考えるな、感じるな、行動しろ[篠 航路](2012/03/27 19:49)
[34] 第十九話 縁を切るかはそいつ次第[篠 航路](2012/04/05 21:02)
[35] 第二十話 友達料金はプライスレス 1[篠 航路](2012/05/08 19:19)
[36] 第二十話 友達料金はプライスレス 2[篠 航路](2012/11/27 23:16)
[37] 第二十話 友達料金はプライスレス 3[篠 航路](2012/05/08 22:19)
[38] 第二十一話 甘えと笑顔は信頼の別名 1[篠 航路](2012/06/17 21:07)
[39] 第二十一話 甘えと笑顔は信頼の別名 2 [篠 航路](2012/08/11 14:55)
[40] 第二十一話 甘えと笑顔は信頼の別名 3[篠 航路](2012/08/11 15:04)
[41] 第二十二話 前から横から後ろから 1[篠 航路](2012/12/27 17:01)
[42] 第二十二話 前から横から後ろから 2[篠 航路](2012/09/09 21:49)
[43] 第二十二話 前から横から後ろから 3[篠 航路](2012/11/10 15:49)
[46] 第二十三話 最後に笑った奴はたいてい勝ち組[篠 航路](2013/01/11 23:04)
[47] 番外之壱[篠 航路](2013/06/03 23:19)
[48] 第二十四話 巡り合わせが長生きの秘訣[篠 航路](2013/11/03 16:24)
[49] 第二十五話 好感度の差がイベント数の決定的な差[篠 航路](2013/10/05 16:44)
[50] 第二十六話 二度あることは三度ある、らしい 1[篠 航路](2013/11/03 16:56)
[51] 第二十六話 二度あることは三度ある、らしい 2[篠 航路](2013/11/03 17:06)
[52] 第二十七話 上には上がいる[篠 航路](2013/11/05 20:26)
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[29543] 第二十二話 前から横から後ろから 2
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/09 21:49
注)「限界突破」だとか「神域」だとかの単語が散在してますが、とらハやリリカルな世界ではよくあることです。










夜深き林のなかで、金属同士がのぶつかり合う衝撃音が幾度も鳴り響く。

一、二、五、十。2桁に届く小太刀と肉厚のブレードによる勝負の軍配は、通常なら簡単に折れ曲がってしまいかねない小太刀のほうに上がった。ブレードの猛攻を器用に逸らし、時には真正面から受け止め、されどやがて手数で勝る小太刀の一刃が暴力の嵐を掻い潜ってイレインの顔面へと突き出される。

「───ぐッ!?」

間一髪。薄紙一枚のところで顔を逸らせて自分の上を通り過ぎて行く白刃を視界に収めつつ、彼女は蹴り上げた右脚で小太刀を弾きながらバック転の要領で後方に逃れる。
しかし、対する春海もそんな隙だらけのイレインをただで逃がす気は無かった。その場で左手に握る小太刀を一刀両断に振り落とす。

───あんな間合いの外からなんで……?

そんなイレインの疑問は、即座に氷解した。

「燃えろッ!!」

気合い一閃。
春海の叫びに呼応するように、振り下ろした小太刀から発生した青白い魔炎が彼女へと奔る。今日初めて出遭った彼女に知る由などなかったが、それは小太刀へと変化していた葛花が生み出した狐火だった。
一方で、いきなりそんなものを見せつけられたイレインは当然焦る。それでも咄嗟に右手の鞭を遠間の木へと巻きつけて我が身を引っ張ることで迫りくる猛火を躱した辺り、やはり危機対処に対する情報処理能力が尋常ではない。

しかし当の本人からすれば、それは見た目ただのガキ相手に余裕も何もかいなぐり捨てて逃げへと回った無様でしかない。鞭を手元に回収して体勢を立て直しながらも、何よりも自身に絶対の自信を持つイレインは予想外の屈辱に身を焦がした。

それでも、念のため異常が無いかを調べるため目線を下げて素早く自分の身体状態を隈なくチェック。そして、ふと彼女が見つけた───裾の部分が僅かに焼け焦げた、己の戦装束。

「ッ───アンタみたいなガキがァ!!!」

激昂。

眼前の糞餓鬼に対する怒りのままに、されど投擲された鞭は絶対零度の殺意を携えて正確に敵の胴へと向かい───それさえも身を捻って獣のように両手両足で地を這った春海は躱してしまう。
そしてそんな地面に激突しそうな前屈を維持したまま春海は自分の背後へと繋がる鋼鞭の悪意を頭部側面に感じ、それでも臆せずイレインへと疾走する。

なぜか真っ直ぐな軌道を描いて彼に迫った右手の鞭は、背後から聞こえた音からしてそこそこ遠くにある樹木にまで伸びているはず。ならばこの鞭を引き戻す前に操り手を強襲すれば相手にするのは左手のブレードのみ。
そう考えた春海が打ち据えるべき敵を見据え───その美貌に宿った歪んだ嘲笑に、ゾクリと背を凍らせた。

『───ッ!!』

瞬間、両手に握る小太刀の重量が倍以上になった。

「お、ワッ!?」



信頼する葛花からの予想外の妨害に、成す術もなくバランスと崩して前のめりに転倒する春海。───そんな彼の頭上を分厚い鉄の塊が轟風と共に通り過ぎた。



「ッ!?」

絶対の殺意をもって振るわれたそれが、さっきまで自分の首が在った場所を通過していることを悟って一気に肌が粟立つのを感じながらも即座にその場を飛び退く。そうして顔を上げた春海が眼にしたのは、こちらの無様を嘲笑うイレインと、───彼女とまったく同じ姿形をした、一体の自動人形だった。

「……おいおい。最近のロボットってのは、分身の術まで使えるようになってるのか?」

何とか口元を笑みの形にして軽口で返すが、傍から見ればそれは虚勢であることがわかる。その表情には先ほど自分が死に掛けたのだという僅かな恐怖が見え隠れしていたから。
そんな彼の耳に、馬鹿にしたような嘲笑の声が届いた。森全体に響き渡るようなその声の主は当然、元々彼と戦っていた側のイレイン。

「アッハハハッ、ばーかっ、そんなわけないじゃない───この子はあたしの可愛い妹。あたしの意のままに動く愛すべき操り人形!」
「…………」

声高に主張するイレインの言葉にも反応せず、新たに現れた人形体《イレイン=レプリカ》は直立不動の体で春海に相対していた。本人いわく『妹』の様子に拘泥することもなく、一頻り笑ったイレインが再び春海に向けて言葉を投げつける。

「ホントは一度に5体操れるんだけど……ふふふ、アンタにはあたしとこの子だけで十分ね。まぁけど、それでもさっきの不意打ちを躱したのは褒めてあげる。なんせ───」

そこで彼女はそのいっそ淡麗とも言える朱の唇を禍々しく歪めて、



「───アンタがあたしの言葉にノコノコ従って逃げだしたら、この子がしっかりアンタを殺してたもの」



そう言った。瞬間、その台詞にピクリと春海の眉が反応する。

「……つまり、ハナから逃がすつもりはなかったのな」
「うふふ、当たり前じゃない。心底ムカつくけど、あたしはリミッターが外れただけで管理者権限はあの安次郎とかいう男が持ったままなんだから。
 だから『邪魔者を排除しろ』って命令はまだ有効、少なくともアンタを撃退することだけはあたしが絶対遂行しなきゃならない使命なの。わかる?」

馬鹿にしたように告げるイレインに、春海も強がりながら皮肉げに笑って返した。

「ああ、そうかい。ロボットのくせに妙に人間くさい奴だと思ってたけど、そういうところはちゃんと機械なんだな」
「……はぁ?」

と。
眼前にいる子供の言葉を聞き逃せないとばかりにイレイン。形の良い眉を歪め、挑発とわかっていながらわざとそれに乗る。

「……なに、アンタ? このイレインを馬鹿にしてんの?」

一方の春海は物理的に穴さえ空いてしまいそうなほど鋭く睨みつける機械人形の眼光を受け流し、せめて舌戦で負けてなるものかと怖気づきそうな自身の肝っ玉を蹴り飛ばして舌を回す。
恐怖を悟られるな。余裕を見せつけろ。───笑え。
心のなかでそう念じながら薄く笑みを浮かべた春海は、イレインとその傍で静かに立ち尽くしているレプリカに目を向け、

「なんだお前、機械のくせに自分が機械なこと気にしてんのか? ───それが人形遊びで人間の真似事とは、木偶人形風情がまたえらく増長したもんだな。ええ、おい?」



───イレインの表情が無くなった。



「……さっきまで、命令されたからアンタを殺すつもりだったけど、もう止めたわ。───アンタはあたしが自分の意志で殺してあげるッ!!!」

言葉と悪意。そんな二つと同時にイレインとレプリカの両者が春海へと迫る。

「ぐッ!?」

左右から挟み打つように放たれたブレードを後ろに跳んで躱す。
置き土産として左のイレインを小太刀で斬り付け───即座に右で切り返えされたレプリカのブレードを半身で避けた。

そうして体勢の崩れた春海へと肉薄するイレイン。

「ほらほらほらほらほらほらほらほらァッ! さっきまでの威勢はドコ行ったのよ?! 逃げてばっかで情けないわね!!」
「…………」

其処からは完全にジリ貧そのものだった。左右から機械的な、それでいて完璧なコンビネーションで迫るイレインとレプリカの攻撃を春海は小太刀で受けるか躱すだけで手一杯。近接戦において唯一春海が勝っていた手数を、イレインは単純に戦力を倍することで上回っていた。

そうして、

「ッ───ォッ!?」

遂に人形の殺意が、彼に届く。

レプリカを弾き飛ばした一瞬の間を抜いて届いた分厚い刃。衣服を切り裂き薄皮をなぞる程度の一撃ではあったものの、我が身に達した濃密な死の気配に春海の挙動が僅かに鈍り───そしてイレインはそれを見逃さなかった。

「隙み~っけッ!!」
「うおッ!!?」

一瞬の隙を突いて春海の服を掴み上げた彼女はそのまま機械の膂力任せに春海を振りまわし、ぶんと音を立てながら放り投げた。

「ァ───がァッ!!?」

樹木に叩きつけられた背中に奔った痛みのままに、口奥から呼気が漏れた。軋む背骨が悲鳴を上げ、尋常でない苦痛が春海を苛む。事前に空っぽにしてきたにも関わらず、ひっくり返った胃の中身が不快感と共にせり上がりそうだった。
それでも尚、彼は揺れる視界の端にこちらへ迫りくるレプリカの存在を認め、

「ッ、調子に───乗るなッ!!」

込み上げる不快感を気力で捻じ伏せ、霞む声を根性で押し出す。咆哮を共に地面から掴んだ無数の石礫をレプリカと、更にはその背後に控えるイレインの美貌に向かって器用に投擲した。
それと並行するように走りだす春海。
一方のレプリカも速度を落とすことはなく、寧ろ向かってくる少年を迎え撃たんと更に加速した。後ろのイレインは余裕のつもりなのか、その場から動く気配は無い。

苦し紛れに投げつけられた礫は、意外にも鋭い軌道線を描いてレプリカとイレインの顔面へと迫る。それによって一瞬視界が塞がれるも、しかし自動人形にとってそんなものは障害ですらない。



そう思い、空手である右腕一本で容易に弾き飛ばし───次の瞬間、目の前に十数人もの春海がいた。



一斉にレプリカとイレインへと疾走するそれらは、阿吽の呼吸で主人の狙いを悟った葛花が作り出した幻術だった。
が、言ったところで幻術は幻術。
視覚は誤魔化せても物音を立てない幻術群の中に紛れて奔る春海の足音を特定するのは容易……と思いきや、それらしい物音は一切ない。

実はこの幻術群の中に本物は居なかった。春海本人は幻術群から比較的離れた場所に獣のように伏せ、葛花の幻術で完全に周囲の光景と同化して身を隠していたのだ。
あとは幻術に戸惑ったイレイン達が僅かでも隙を見せれば即座に喰らいつく───が。

「アッハハ!───バレバレなのよ!!」
「なッ!?」

イレインからの蔑みの言葉と同時に、春海の口から驚愕の声が漏れる。それもそのはず、彼女達からは一切見えていないはずの春海自身に向かって、一直線にレプリカが肉薄しつつあるのだから。未だ幻術である十数体の春海がいるにも関わらず、レプリカたる自動人形はそんな幻術群を一顧だにせずまっすぐに春海本人へ迫っていた。

「──────」
「ぐッ?!」

レプリカの刃が届く既(すんで)の所で咄嗟に背後へと全力で跳躍、と、同時に春海は奇跡的にも今まで握りしめていたままだった呪符を基点に障壁の展開を成し遂げブレードの一撃を受け止めた。傍目からはレプリカの剛力に吹っ飛ばされたようにも見えながら、なんとか距離を大きく開くことに成功する。

ようやく治まってきた不快感を思考の外に放り投げて、彼は額から頬へと伝う冷や汗を感じながら相対するレプリカとイレインを睨みつけた。
しながら、手元の葛花へと念話を通す。

<くそッ、なんでバレた!?>
『知らんっ、じゃが奴等の目線の動きからしても幻術そのものは確かに掛かっとる!』

ならどうして!───そう返そうとして、春海は即座に気が付いた。



目の前にいるのが人間ではない、自動人形であることに。



結局のところ、ここまでのイレインの異常能力の全ては“そこ”に起因しているのだろう。この広大な夜の林中で春海を探し当てたことも。春海や葛花がイレインの気配を読めないことも。───そして、視界の中で飛び交う幻術に惑わされることなく身を隠した春海を見抜いたことさえも。

彼等が気配を読めなかったことに関しては、恐らく襲撃の直前まで一切の行動を止めていたのだろう。たったそれだけで其処に在るのは唯の鉄の置き物と化す、生物ではない無機物ならではの妙手。
他方、ならば春海の位置を正確に探り当てた原理は何だと考え、……彼はすぐにその疑問を放棄した。

考えたところで無駄だと悟ったからだ。

もしかしたら動きまわる春海の体温なのかもしれないし、或いは赤外線機能でも備えているのかもしれない。
ひょっとしたら彼の心臓が発する微細な鼓動の音を捉えているのかもしれず、遂には遥か宇宙の彼方から通信衛星でも通じて監視しているのかもしれない。

敵が現代科学の粋である限り、考えられる手段はそれこそ万とある。それでも調べれば何か解かるかもしれないが、残念ながら闘いながらそんな分析行為を行なっているような余裕はない。相手が格上で、おまけにそれが複数人いるとなれば尚更だ。



───いずれにしろ、此処に来て彼はようやく眼前の相手が普通の敵でないことを理解した。



もちろん頭では解かっていたつもりだった。イレインが強敵であることも、そして自分にとっても相性最悪であることも。
しかし頭で理解したつもりになっていても、それが実際の戦闘においてどういう意味を持っているのかに対する思慮が足りていなかった。

<……忘れてた>
『何がじゃ?』

念話を通して唐突に語り掛けてきた春海に戸惑うでもなく、手の中の相棒が普段通りに返してくれる。そんな些細なことで、無性に安心できた。

<そういや、───“俺”って、弱かったんだよなぁ>

そう言うと、春海は敵2体を油断なく見据えたまま深呼吸を一つ。余裕のない初実戦でいつの間にか先走り気味になっていた思考が、ゆっくりとクリアになっていく。
劣勢上等。悪戦結構。怪我だって十や二十は覚悟の上だ。余裕綽々に敵を屠るような“主人公”には、残念ながら自分はなれそうもない。ただ直向きに行なってきた修行の日々は、そんな簡単なことを忘れさせるほどの自信を自分に与えてしまっていたようだ。

そうして、静かに己の分を自覚する彼へ遠間のイレインから嘲笑が叩きつけられた。

「ほらほらどうしたのよ、いきなり黙りこんじゃって。それともなーに? もう諦めちゃったわけ? あたしに生意気な口聴いたツケはきっちり支払ってもらわなくちゃならないんだから、しっかり付いて来なさいよ」
「……木偶のお前さんと違ってこっちは全身ピッチピチの生肉ボディだからな、もう痛くて痛くて仕方ないんだよ。ほら見ろココ、血が出てる」

そう言って春海がひょいと自分の右手を上げて指したのは、ブレード攻撃が掠ったせいでちょっとだけ出血した額の傷だった。

「……ふーん、まだそんな口聴けるんだ? ま、良いわ。うん、決めたから」
「へぇー、何を?」
「あんたは斬って潰して千切って削いで剥いで───徹底的に、嬲り殺してあげる」
「くくっ、怖い怖い。……とまれ、その言葉、」

薄く笑う。春海はその手に握る小太刀《葛花》を力強く握り締め、前後に構えた。

葛花は自分のパートナーの言葉には一切の台詞を返さず、そして、それ故に春海の顔には現状にそぐわぬ余裕が浮かんでいる。

そう。先ほどの春海の念話は、別に自分自身を卑下してのものではない。字面にあるような諦めや卑屈の意味合いは一切込められていない。
また、かと言って肉を切らせて骨を断つような、死んでも相手に喰らいついて勝利をもぎ取るような気概もまた込められていなかった。生き残る気は満々である。

ならば。

果たして春海はどのような意思をその言葉に込めたのだろうか。
果たして葛花は彼の台詞にどんな意思を読み取ったのだろうか。

それは、───



「───後悔するなよ、自動人形」



───卑怯千万、大いに結構。細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ。



二体の魂無き襲撃者を見据える彼の顔には、彼の友人たちが常々『黒い』と称した笑みが浮かんでいた。





イレインは、凄まじい速度でレプリカへと疾駆する春海に対して人形とは思えぬほどに凶暴な笑みを浮かべていた。

なるほど、確かにレプリカへと肉薄する敵の速度は大口を叩くだけのものがある。訳の分からない力でバックアップこそしているようだが、その速度は明らかに人としての限界に迫っており、肉体の動き一つ見ても余程の鍛錬を自らに課してきたのだろう。


───だからこそ、イレインは嗤う。


その動きも、力も、全てが侮り難い。侮り難く、しかしそれ故にこのガキがその動きを再現するに至るまでの過酷な道程を想像し、───その全てを真っ向から否定できる自分という存在を感じ取り、抑えようもない喜悦が湧きあがってくる。

なんという放埓。
なんという開放感。

身の向くまま気の向くままに、何の制約も拘束もなく相手を否定できる自分という存在のなんと自由奔放なことか。これこそ正しく、遥か昔に自分を生み出した製作者が自らに課した絶対不変の至上命題───『より人に近く、人間よりも人間らしい存在』の体現ではないか。

故に、イレインは迫る敵を全力で迎え撃った。
彼女は春海を侮ってはいるが、それが油断に直結するかどうかは別問題。むしろイレインは春海の見せた『妙な力』に対してはこれ以上ない程の警戒心を持っていた。

残念ながら、この位置からではイレインが春海に到達するよりも春海がレプリカへと肉薄する方が早い。一先ず敵の迎撃は可愛い妹に任せ、イレイン本人はレプリカの背後から援護に徹するとしよう。
たとえレプリカには対応できない攻撃が来ようと、自分がここから全体を俯瞰していれば幾らでも対処可能だろう。───なに、いざとなれば此処まで封印していた『オプション』もある。切り札よりも尚斬れる鬼札が。

自分の右腕に絡みつく鉄製の鞭を艶やかな左の細手で一撫でし、そうしてイレインは万全の状態で春海を迎え撃った。



春海の初手は、豪速で振り下ろされた右の小太刀だった。

「アァアアア嗚呼嗚呼ッ!!」
「──────」

猛攻。

振り下ろした右に合わせる形で逆手に構えた左の小太刀を薙ぐ。
と同時に両脚を組みかえるような体捌きでその身を独楽の如く回転させ、遠心力と勢いのままに揃えた二本の小太刀で殴撃。

勿論レプリカも攻められるばかりではない。叩きつけられた両の小太刀をブレードで受け止め、次の瞬間には刃と同等の威力を誇る右手刀が敵の首筋を斬り落とさんと振るわれた。
が、そんな必殺の念を込めた攻撃が春海に届くことはない。咄嗟に姿勢を低くして手刀を躱した彼は頭上を過ぎる殺意の暴風を感じ取りながらも勢いのままに急旋回。先行した右の小太刀を背中越しにブレードへと叩きつけ、───自身の足首部を強襲したレプリカの足払いを跳躍で躱す。

そうして宙空で身を横たえた春海は、貯め込んだ回転の慣性力と、叩きつけた右の小太刀を基点とした腕力のみで宙回転の速度を強引にトップスピードへと押し上げた。初めの振り下ろしとは比較にならないほどの速度で左の小太刀をレプリカの脳天へ。

「──────」

しかし、機械の反応速度はそれすらも上回る。レプリカは振り下ろされた鉄の刃を反射的に左のブレードで受け止め───

「らァアッ!!!」

───防御に回した左腕を、強引にブレード諸共打ち落とされた。


「!?」

背後からそれを見物していたイレインの表情が驚愕に歪む。


そして、そうして尚、春海の回転の勢いが衰え切ることはなかった。
高速で流れる視界に映った世界もそのままに、男は吠えた。

「ガァアアアア嗚呼嗚呼嗚呼ッ!!!!」

獣の咆哮と同時に放たれる、再三の唐竹の斬り下ろし。縦回転から放たれる連続二連斬り。
身体強化という人外の法と弛まぬ鍛錬の日々こそが可能とした、今の春海にできる肉体の限界駆動。少なくとも、外から俯瞰するイレインの眼にはそう映った。

(まずッ───!?)

レプリカは振り上げた腕を強引に打ち落とされたせいで体勢が完全に崩されており、そんな彼女に続けて振り下ろされている小太刀を避ける術はない。
一瞬の間にその事を悟ったイレインは即座に待機状態にしていた鉄の鞭を全力で振りまわし、振り下ろされつつある春海の右腕を狙い撃った。元よりこのような事態に備えてイレインはこの場で待機していたのだ。タイミング的には何の問題もない。



そうして。

小太刀が可愛い妹に到達する前にイレインの放った凶鞭がその右腕を締め上げ───、





「───え?」





─── “斬り上げられた右腕の小太刀”が、レプリカの左腕を根元から切断した。





斬り飛ばされたブレード付きの片腕が、機械の断面を晒しながら夜の闇へと消えてゆく。

見ると、敵の右腕に巻きつくはずの鞭は何故か空を切り、肝心の春海は何故か大地を踏みしめ刃を斬り上げていた。イレインのAIが想定していた手応えが存在しないことに加え、視界に映る予想外の光景を前に半瞬フリーズし、───そして、春海にとってそれは十分な隙だった。

即座に姿勢を落としつつ両手を腰だめに右へ。腕を大きく背後へ流して深く構えた春海の手の中には、いつの間にか一太刀の大刀が握られていた。
史上最大と言われる九尺三寸(282cm)の大太刀より尚長大なその妖刀は、身体強化の外術が無ければ持ち上げることすら困難なほど巨大なもの。

それは二刀流小太刀と化していた葛花が再び一つとなり、春海の構えから彼の目的を察した彼女が成した変化。言葉による意思の疎通もなく自身の意を察した相棒に、知らず口端が釣り上がる。
必殺の意思を込め、柄を握り締めた。彼の心に反応するように、───いや。真実、それに呼応して大太刀の刃に青白い焔が宿った。

「───ぁ」

瞬間。
機械に成し得ないはずの背筋を凍らす寒気を感じたイレインは、もしかしたら本当に人間より人間らしかったのかもしれない。
思考回路が行動を決定するよりも前に、あるはずもない本能に従って全力で背後に跳ぶ。操り人形たるレプリカに回避命令を下すような暇は、在り得なかった。

眼に映るそれを脳で認識する間もなく、準備を終えた春海が四肢に命を下す。



───歩

踏み抜く。半歩踏み込んだ左脚が大地を踏み締め、強大な原動力を彼の肉体と刃に与えた。


───疾

振り抜く。踏み込んだ脚から腰、腰から背、肩へと通じて力を伝播させ、振るう刃に更なる迅さを。



それは身体強化に加えた日々の修練によって可能とした春海の体捌き、時代と世代を重ねながら研鐕を積み重ねた御神流の御業、葛花の変化が造り上げた尋常離れた妖刀の性能。
その全てが揃って初めて成し得る神速の振り抜き。その速度は振りまわす武具が大太刀であることを考慮すると、もはや神域と云って良かった。





───三位一体『大花円《だいかえん》』





そう春海自身が名付けた技は、しかし、その真価は速度に無い。


後ろに跳びながら、イレインはそれを見ていた。
既に安全圏に離れたと確信した彼女をして未だ圧力を感じさせる春海の刀は薙ぎ終わるその瞬間まで速度をいや増し、彼を中心とした半径四メートル程の周囲を円状に刳り抜き、そしてそれは力強く天を目指す樹木群であっても例外ではない。
人1人が両腕でやっと抱きつけるほどの太さの大木をまるでバターのように断ち、それでいて剣速を鈍らせる様子も見せずに次の木を横断する。やがて必殺の刃は棒立ちしていたレプリカの腰元にまで届き、そしてそれさえも何の抵抗も無く両断。

何よりも“断つこと”に特化した絶技───『大花円』。

そうして、イレインは見た。───“熱で溶解しかけた断面”を晒し、宙を舞うレプリカと樹木の群が青白く発火する、その様を。


狐火。

花弁にも似た鮮やかな蒼炎色の火の粉が舞いのぼる。



慈悲も無く塵も残さず敵を殺し尽くす魔炎の中心に立つ少年の影を見つけ───殺戮人形の中で、何かがキレた。










(───上手く、いってくれたか)

周囲を覆う青白い焔の中で、春海は先の戦闘の結果を想う。普通なら真っ先に焼け死ぬ心配をするところだが、こと炎に関して春海は自身の身を心配する必要は無い。
五行のなかでも特に『火』の属性を得意とする妖狐が己の腕の中にいるのだから、それもまた当たり前の話か。まぁそれでも熱は空気を通して伝わってくるし呼吸の問題もあるので長時間は居られないのだが。

ともあれ、春海は炎の向こうで呆然と立ち尽くすイレインを油断なく見据えながら自身の採った戦法を振り返る。


そもそも春海の採った手が何かと問われれば、答えは簡単、単なる幻術である。

というより、現在の春海にあそこまで鮮やかな連続二連斬りをこなすだけの技量は無い。いや、より正確に言うのなら、“生身の人間相手”なら同じことは出来る。ただの人間は片手で人1人を振りまわすほどの腕力は無いし、肌の上を刃が掠っただけで致命傷になり得るのだから。
しかしその相手が機械人形となると話は違う。その膂力故に連続斬りの一回目で防御を下げさせることが難しく、刃が掠った程度で斬鉄が果たせる筈もない。

つまるところ、二連斬りの一回目に全力を使ったせいで春海の回転力はその時点でほぼ0。残りは宙空で死に体を晒していただけである。

ならばその後にイレインが見たはずの二回目の斬り下ろしが何なのかというと、それこそが葛花が見せた幻術だった。その場でほぼ静止していた春海の身体を回転させて見せ、レプリカの脳天へと向かう小太刀を幻出させる。ただ、それだけ。

成功する公算はあった。

そのために幻覚と現実の祖語が生み出す音のズレをあのような慣れもしない雄叫びで誤魔化し───何より、わざわざイレインに対して挑発を繰り返し、これ見よがしに“幻術で見せた偽の右腕で”自分の額の傷を指して彼女の反応を引き出したのだから。
あの反応で、少なくともイレインが春海の身体に付随する形で見せる幻術は見破れないことが解かった。それ以前に春海の位置を察知したのも恐らくは旧式熱探知のような曖昧模糊としたものだのなのだろう。あくまで漠然とした位置を調べるものであり、春海の一挙一投足を事細かに見抜くものではない。



そして、それさえ解かればやりようは幾らでも存在した。



「───ふっ」

ブンッ、と春海は手に持った大刀《葛花》を一薙ぎした。それだけで、周囲で燃え盛っていた蒼炎が夢幻の如く掻き消える。跡に残るは消し炭と化した樹木の群と、原型も解からぬほどに溶解した金属塊───イレイン=レプリカのなれの果て。

「…………」

無機質にそれを一瞥した春海は、しかしすぐに視線を引き剥がして正面で俯くイレインに対して大太刀を構える。生来、どうしようもない悪霊は全て自らの意志で殺してきた。それが意思無き人の形を壊したところで今さら心痛む筈もなし。眼前に最大の脅威が控えているとなれば、それは尚更だった。
イレインはあのレプリカを一度に五体まで操れると言っていたか。ならば少なくとも残り四体が安次郎の乗る小型トレーラーに積み込まれていることになり、それらを呼び出される前に何とか決着を付けねば。


「……………………」

───そう結論づけた春海に向かい、イレインは無造作に右腕に付属している鋼鉄製の鞭を投じてきた。

「───……?」

速度や圧力的にもやけに気の抜けたその攻撃を疑問に思いながら、しかし春海はしっかりとそれを防がんと葛花を強く握りしめて対象を見据えた。本当なら躱した上でカウンターを仕掛けたいところだったが、遅いわりにぐねぐねと変質的な動きで迫る鞭を躱すのは至難と判断したからだった。いっそ、このまま鞭を切断しても良い。


早々に行動を決した春海が、こちらに肉薄する鋼鉄の鞭の軌道をしっかりと捉え。

切断せんと大太刀を振るい、刃が触れ。





「ァ───ッ!??」



───全身が、爆ぜた。





意識は遠く、それでも寸でのところで自分を保つ。世界が滲む。
朧な視界に活を入れて焦点を結んでも、其処にあるのは暗く冷たい土の壁。


「ぇ……あ……っ?」

───おいおい、僕……なんで、寝転んでんだ……?


思考が言葉にならず、四肢どころか指先一つ動かない。───自分が世界に存在している感覚が、無い。


「お前様ッ!?」

耳元に伝わる葛花も遠く、それでもその声で自分がまだこの世界に留まっていることを知った。


「ぐぅ───っ!」


唐突に、世界がぐるぐると回る。どうやら何者かに蹴飛ばされたようだったが、幸いにも手加減されていたのか骨が折れた感触も無ければそもそも痛みも感じない。

たまたま上を向いた視界に映り込んだのは焼けた木々に覆われた夜空と、───機械らしく、無機質にこちらを見下す自動人形《イレイン》。

「へぇ、まだ意識あるの? まったく、ガキのわりにゴキブリ並みのしぶとさね」

この妙な刀のせいかしら。そう続けるイレインは春海を見下し、春海はイレインを見上げる。それは、これ以上なくこの死闘の勝者と敗者を位置づけていた。
見ると、その右腕に巻きついている鋼鉄の鞭は明るく光り、バチバチと音を弾きながらその様装を一変させている。

「───ああ、これ? ……『静かなる蛇』。新造最後期型自動人形《イレイン》の基本オプションにして究極武装(メインウェポン)。ま、その実態は単なる高性能電撃ムチなんだけど」

その証拠にアンタ、いま全身痺れて動けないでしょ? 
何でもないことのようにそう告げたイレインに、春海は何の反応も返さない。返せない。

「ほんとはアンタみたいなガキには勿体ないくらいに上等なモンだし、ハンデの意味も込めて封印したままにしてたんだけど……、もう良いわ。流石のあたしも、ここまで虚仮にされて何のお返しもしないほどお調子者じゃないもの。」

そう口にするイレインの表情には、既に侮辱も嘲笑もない。在るのただただ無機質な無表情のみ。
ただ単にキレ過ぎて顔に出てないだけなのか、或いは、これこそが自動人形《イレイン》の本当の表情なのか。

「ぉ……あ……ッ!」

───これは、やばい。

思考するまでもなく悟った春海が身を動かさんと脳から命令を降しても、彼の肉体はまるでストライキしてしまったかのように動いてくれない。

───動けッ、動けって!

必死の形相で身を震わせる子供を見下し、ようやくイレインの表情が一つの感情を露わした。

「……安心しなさいって」

まるで数年来の友人のように優しげな声。一瞬その意味が解からず呆然として、





「ここでアンタを殺したら、───アンタの家族も友達も知り合いも、ぜんぶぜーんぶ、ぶっ殺してあの世に送ってあげるから」





───こちらを覗き込む愉悦に歪んだその美貌に、春海の心臓が凍りついた。



「あはっ」


そんな彼の表情を見て、イレインは満足そうに嗤う。

そして、それで十分だった。


「───じゃあね」


鈍い光沢を放つ凶刃が闇夜に映える月光のラインを描きながら、無慈悲に振り降ろされた。















「───だれよ、アンタ」

力いっぱいにブレードを叩きつけたイレインが、そのままの姿勢で静かに誰何する。その眼に映るのは地面を抉る自らのブレード武装のみ。
それを引っこ抜きながら顔を上げる彼女の視線の先には、───ぐったりとした憎い糞餓鬼を咥えた、馬鹿みたいに巨大な白狐が居た。

「…………」

イレインの問いに対して白い獣は何も言わず、静かに夜の森のなかへと消えて行った。


「……行っちゃった」

せっかく殺せると思ったのに、勿体ない。そんな落胆を隠そうともせず、しかしイレインはそれ以上の執着を見せはしなかった。
少なくとも、あの糞餓鬼も今夜中は全身が痺れて満足に動けないだろう。『静かなる蛇』には常時それ程の電圧が掛かっており、あのように意識を失っていないこと自体が奇跡みたいなものなのだから。

また、逃げたところでどうせ対象の顔は知れているのだ。探そうと思えばいつでも探し出せるし、そもそも友人親兄弟に至るまで殺し尽くすという台詞は冗談でも何でもない。
この街の住人を皆殺しにしていれば向こうから現れるか、あるいは現れずとも殺すために調べる手間が一人分増えるだけ、焦ることもあるまい。


───それに、


「どうせ、そのための手掛かりはもうあるんだもの」


ともすれば折れそうなほどに細い腰に手を当てて薄く笑うイレインの眼は、郊外の居を構える月村邸を見据えていた。










「……………………」

闇の中を駆ける自分の相棒の背に揺られながら、春海は未だ満足に動く様子のない舌に対し早々に見切りを付けて念話を通す。

<……おい、葛花>
「なんじゃ、お前様よ」

速度を落とさずに返す女の声は、いつもと毛ほどの違いも無い。少なくとも春海の耳は、其処に何の悲観も落胆も見つけることができなかった。

<……戻れ>
「戻って如何する」
<決まってんだろ、……あいつを止めるんだよ>
「その満足に喋ることも叶わん体たらくでか?」
<この満足に喋ることもできない体たらくでだよ>

春海の返答に怯むこともなく、葛花は無謀な主に淡々と事実を突きつける。

「無様に儂に助けられた其の身でか」
<有り難くもお前に助けられた我が身でだよ>

ありがとう、助かった。と続ける彼の声を無視して。

「指先一つ動かすに難儀する其の身でが」
<馬鹿にすんな、もう指先くらい動く>

そう言った少年は、ひどく緩慢な速度で5本の指を握り締める。そこに殆ど握力が残っていないことは、誰の目から見ても明らかだった。



「───敗れた其の身でか」



そこで初めて、葛花は声を強めた。

「何を勘違いしておる。おぬしは、命を掛けた私闘で、絶対に負けられぬ死闘で、無様に敗れ去って地に転がり、果てはこうして儂の背でみっともなく敗走。……もう一度訊く。───その体たらくで、今更どの面下げて再び戦場に赴くつもりじゃ」

と。
そこまで言った所で、駆けていたはずの葛花の背から冷たい大地の上に降ろされる。もう十分離れたと判断したのか、春海の気づかない内に止まっていたようだった。

「答えよ、我があるじよ」

そんなことにさえ気づかなかった彼をその巨体で見据え、葛花は問う。表情は、無い。


そして。

春海は太い樹木に背を預け。
あまりの重さに思わず閉じそうになる瞼に活を入れて。



「……お前こそ、勘違いしてんじゃねえよ」



途切れ途切れの様で、そう口にした。

「……負けた? 上等だよ。勝ったの負けたの程度でグチグチ言えるほど僕は強くないって、何よりお前がよく知ってるだろうが。自分の主を見誤るな。
 負けられない? それこそ勘違いすんな。僕のどこが負けなんだよ。無様に地面に転がって、お前に助けられて、こんなトコで情けなく説教されて。全部、僕がこの世に生き残ってる証じゃねえか」

あとは何だっけ、ああ、そうだそうだ───と、そう続けながら少年は顔を上げ、

「……どの面下げて?」


痛みで歪みそうになる全身を無視して、無理矢理に笑む。





「───男が見栄の一つも張らねえ内から、自分の面の心配か?」





痛々しい火傷が赤々と奔った状態で強がるその顔を、白い狐はジッと見下ろしていた。















「───それで、忍。最後にもう一度だけ聴くで。……ワシにノエルを譲って、お前もワシに協力する気はあれへんか」
「くどいよ。何度言われても、アンタみたいな薄汚い人間に渡すものなんて何一つないわ」

夜の月村邸にて、夜の一族である月村忍と月村安次郎が対峙する。周りにいるのは二本の愛刀を携えた高町恭也と、忍の従者である自動人形のノエル・K・エーアリヒカイト。
侵入者を阻むための鉄門は安次郎が乗り込んできた際にトレーラーによって破られており、忍や恭也からすればその轟音のせいですずかが起きて来ないか気が気ではなかった。

「無駄なことがわかったんなら早く帰りなさい!」

しかし、それ以上に焦りを生むのは安次郎がこの場に居るという状況そのもの。つまるところ、それは───春海が強襲に失敗したことを意味するのだから。
奇襲に失敗したという事実自体は心の底からどうでもいい。元よりこれは忍とノエルの問題。好意で自分たちを助けてくれただけの和泉春海という少年がどんな失敗を犯したところで、彼本人には何の責任はなければ、忍にそれを責める気があろう筈もない。

問題なのは、失敗した春海から未だ何の連絡も無いことだった。

計画では安次郎を月村邸まで通してしまった場合は春海から何らかな手段でその旨を伝える通達がある筈なのだ。
それが無いということは、つまり、───連絡も取れないほどの窮状に、妹の友達が陥っているということ。

こちらの情報を渡さないように気をつけながらそれとなく安次郎に問い詰めてみたが、目の前の粗野な男は下品に笑うばかりで答えようともしない。というより事前の話ぶりからすると、この男は春海という少年に会った様子さえなかった。

何かがあった。或いは、今も起こっている。

その事実が、この場にいる忍・恭也・ノエルたち3人の焦りを助長して止まなかった。


「……そうか。……そんなら、しゃあないなぁ」
「……?」

残念そうに言いながら、しかしその表情が一切残念がっていない安次郎に態度を、恭也が疑問に思う。
この男の自信と余裕は一体どこから来ているのか。その源泉は何だ。

そんな恭也に関心を抱く様子もなく、安次郎が手元のディスプレイを覗き込む。
其処にあるのは、この月村邸を中心とした簡易な地形図。地図の中には黄と赤の2つの光点が存在していた。

「くくくっ、これで、もう忍もおしまいやなぁ」
「……なにがよ?」
「すぐ解かるわい。……来るで」

黄色の光点は、安次郎が持つディスプレイの現在位置を示す。ならば、今も凄まじい速度で黄の光点に近づきつつあるその禍々しい赤色が意味するものは当然───、



「こんばんはーーー! 自動人形《イレイン》、ご主人さまのご命令によりただ今参上いたしましたぁーーー!!」


───安次郎の切り札にして、最凶最悪の殺戮者に違いなかった。





「イレ、イン……?」
「……ッ!?」

忍とノエルが、突然の乱入者の名前を聞いてその名の意味にいち早く気付き、警告の声を上げようとして、


「忍……!」

恭也が、目の前の女に剣士としての第六感が背筋を凍らせるのを感じながら、それでも大事な人を守らんと一歩前に出ようとして、


「なッ、……なんやお前、その性格……」

安次郎が、起動した当時と全く様変わりしてしまった自らの切り札に問い正そうとして、










「───ってことで、バイバイ、ご主人さま?」

───イレインは、何よりも速く主人である月村安次郎を斬り捨てた。










ぶしゅっ、と。

「ガフッ……!??」

でっぷりと飛び出た腹から噴水のように噴き出る血を抑えながら、ゆっくりと安次郎が地面に沈み込む。そんな自らの“元”主人に対して、イレインは全くもってつまらないと言いたげに視線を向けた。

「あーあ、死んじゃったかな、コレ?───ま、いいや。……せっかく、こうして起動者がいなくなったことだし」

一転。笑む。

「そういうわけで、イレインはこれより自分の身を守るための『自律的防御行動』に入りまーす。まずは当然、」

と。
そこで初めて、イレインと呼ばれた自動人形が忍たちの方へと目を向けて、





「───目撃者は、皆殺しで☆」





造られし存在が、自らを造りし存在へと牙を剥いた。






























───ずり、ずり。

前へ。

───ずり、ずり。

前へ。

───ずり、ずり。

前へ。

「……っ……っ……っ……っ」

思うように動かない身に叱咤して、無様に這いずるようにして、小さな影は暗い森の中でただ前へと進む。

「……っ……っ……っ……っ」

息も荒く、大地を擦る度に全身に奔るミミズ腫れした火傷の跡が引き攣ったような激痛を発し、何度も何度も顔面から地面へ沈み込みそうになる。


「……っ……っ……っ……っ」

───ずり、ずり。

それでも、前へ。
彼は進み続ける。















「……春海、くん……?」

豪奢な屋敷の一室で、少女がゆっくりと目を覚ました。







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