「おはよ、恭也」「うん、おはよう月村」「…………」「……?……月村?」「むぅ~~~」「……ああ、すまん。───おはよう、忍」「うん♪」「恭也、これおいしいよ? あ~ん」「…………」「恭也?」「……忍。人前でこういうことをされると、非常に恥ずかしいものがあるのだが……」「別にこのくらいフツーだって。ほら、あ~ん」「……あーん」「さて、そろそろ行きましょうか」「ああ」「あ、……恭也、ちょっとこっち向いて」「どうした?」「ネクタイ、まがってる。直すからそのままでね」「……わかった」「ん~~~、恭也ぁ~」「……どうした、忍。急に抱きついて」「いってきますのハグ~」「俺もこれから一緒に出るんだが……」「だから恭也も抱き返してね?」「……どんな理屈だ。……ほら」「ん~~~♪」「なんだあのバカップル」月村家での衝撃的な出来事が起こった夜も明け、忍さん達を乗せたノエルさんの車を見送り、バス停で聖祥行きのバスをすずかと共に静々と待っていた僕の第一声である。いや、あれで友達同士とか人生間違ってるだろ常考。どこが甘え方知らないんだよ。ダダ甘えじゃねえか。「あ、あはは~……で、でも、わたしたちにだって何かできることも……」「ないない、ないないなぁーい。あれはもう手遅れだ。もはや背中押さなくてもなるようになる」小学生らしくない引き攣った笑顔で反論するすずかの言葉を、僕はやさぐれた口調で否定する。出掛けに肩身狭そうにしてた那美ちゃんを見てなかったのかお前は。久遠ちゃんと遊ぶために向こうに付いて行った葛花(本人はさざなみ寮のメシ目当てだと言っていたけど)でさえ同情するレベルだったぞ。「つーか、あれでくっつかなかったら恭也さん殴る。今朝なぜか殴られた仕返しを含め、世界中の非リア達の元気を込めてぶん殴る」「体にわるそうな元気玉だね」「色は嫉妬の赤だ」「そこはせめて情熱とか愛にしようよ……」たしかに主人公カラーだけど……、と微妙な顔をしながら続けるすずか。意外に特撮ものもイケるらしい。「お前もどうすんだよ。ぶっちゃけあの2人にすずかが出来ることって殆ど無ぇだろ」「そんなことないよ! 今朝だってお姉ちゃん、恭也さんといっぱい仲良くしたいはずなのにガマンしてたもん!」「あれでか!?」抑えてなかったらどうなるんだよ、それ。逆に気になるわ。……いや、でも、「仮にお前の言う通り忍さんが我慢しているとして、ならお前は何をどうやって応援するんだよ? もっとアプローチしろって言ったところで、現時点で既に友達としての最高ランクくらいだぞ、あれは。友達枠からもちょっとはみ出てるけど」「そ、それは……うぅ」僕の的を得た指摘に、すずかは目を逸らして言い淀む。まぁ昨日はああして応援するとは言ったものの、彼女も具体的にどうするかなんて微塵も考えてなかったのだろう。というか僕もあんなカップルのくっつけ方とか知らねえよ。何するんだよアレ。外野がどうにかする余地とかもう残ってねえよ。僕は考え過ぎてとうとう頭を抱えて俯いてしまったすずかを慰めるために、彼女の肩に手を添えようとして……、「───そうだ!」「へぶッ!?」唐突に叫んで持ち上がったすずかの頭頂部が僕の鼻っ柱にクリーンヒット!ヘッドバットである。…………吸血鬼のパワーで。「~~~ッ!?~~~ッ!!??」「わぁっ!?」鼻を両手で押さえ地面をゴロゴロ転がって悶絶する僕。やばい、これは痛い!折れてはいないようだけど押さえた手の隙間から鼻血もダクダク垂れてるし!!「だいじょうぶ春海くん?!」一方で、そんな僕に気付いたすずかが慌てたように追いかけてきていた。転がる僕まですぐに追いついた彼女は、打った患部の様子を見ようとしたのか僕の両手を引っ掴み、…………何故かそのままこちらの両腕を地面に押さえつけた。「……………………」「……………………」瞳に涙を浮かべながら両手を頭上で交差するようにして仰向けに拘束された僕と、こちらの腰の辺りに跨って顔をぐっと近づけてくるすずか。2人の視線が絡み合う。事情を知らない第三者が見たら誤解を招きそうな光景になっていた。というか張本人の僕でさえ誤解しそうな状態だった。うわ、手とかぜんぜん動かねえ。「とか冷静に分析してる場合じゃねぇええ!? ちょ、すずか退けって! は、鼻が……ッ!?」これだけ見ると普通の台詞なのだが、実は鼻が痛すぎて全然うまく喋れてなかったりする。最後とか「ふぁ、ふぁなが……ッ!?」ってなってたしというかそのことを恥ずかしく思う余裕もないくらい痛ぇッ!?そんな風に僕が鼻部に奔る痛みに悶えつつも、拘束された腕を必死に振り払おうとしていると、「えい」「ンむぅッ!??」───……意を決したような可愛らしい気合の声と共に、すずかが僕の顔の中心…………まあ、何だ。有り体に言うと、……現在進行形で痛みの奔る僕の鼻に口づけてきた。え? なになに? 何なのこの状況? いつの間にエロパート入ったの? まだすずかルート攻略した覚えないんだけど。混乱の境地に達する僕を置き去りに、湿った音がこちらの耳朶を震わせた。───んぅ、ぺろ……ぺちゃ……ちゅぷ、ちゅぱ……うっわ、えっろ。目の前にあるきめ細かい白い肌や、幼い容姿に似つかわしくない長い睫毛。視界の端に艶のある黒髪が流れ、僕の頬に添えられた細い手が感触を確かめるように滑る。何より僕の意識を占めるのは、自分の顔に押し付けられている、子供特有の高い体温によって燃えるように熱い……真っ赤な、舌。湿った唇でこちらの鼻の辺りを包み込み、表面をなぞるように舌が躍る。チロチロと小さな舌が縦横無尽にうねり、舐る彼女の幼い口の隙間から漏れ出た吐息が僕の頬を擽り頭を焦がした。現実感のない光景に、頭がくらくらしてくる。伏し目がちになった彼女の瞳に宿る媚びるような光に射抜かれ、やがて思考はモヤが掛かったように沸騰していき───「いやそうじゃねえ」そして現実逃避して詳細に情景描写してる場合でもねえ。一周まわって冷静になっちゃったよ。できれば冷静に直視したくない状況になってるけど。ここバス停ですよ?「おい、すずか」とりあえず離れてくれないかという意味合いを込めて呼びかけてみたが、「ちゅっ、ん……んはぁ……」だめだ、聞いてない。つーか、たぶん聞こえてない。一心不乱というか、完全に夢中になってのめり込んでる。僕の鼻のどこが良いんだよこいつ。美味しいの?───しかも、「……眼が赤いんスけど」細められた彼女の瞼の奥に垣間見える瞳が、妖しげな紅を湛えていた。その色を覗き込んでいると、先ほどと同様に思考が燃え上がって沸騰しそうになる。…………ので、気合いを入れて意識を保つ。(……暗示、か?)今の感覚は修行のとき偶に葛花が掛けてくる暗示によく似ていた。葛花のそれに比べて明らかに術が雑だったので、普通に耐えることは出来たが。というか、なんかロリな筈のすずかに在り得ない色香を感じてしまった。大方、“魅了”のような効力を持つ暗示なのだろう。そして魅了の暗示だから僕がすずかの表情にクラッと来たのも仕方ない。仕方ないったら仕方ない。……断じて僕がロリコンだからじゃない……はず!───ともあれ、どうやらこの状況は異常事態に分類されるものらしい。遅まきながらようやく僕もそう悟る。ぶっちゃけ遅すぎてこの場に葛花が居れば張り倒されるレベルだが。わかっていたことだが、どうにも僕はすずか達の前では彼女たちを信用し過ぎる嫌いがあるよなぁ……いや別に友達相手だし、それで良いとも思うけど。とりあえずは、すずかによって拘束されている腕の束縛を解こうとして…………Oh、しっと。微動だにしねえ。流石に身体強化の術は使ってないにしても、これでも全力で振り解こうとしているのだが。どんだけ必死なんだコイツ。(でも身体強化して抵抗するとすずかを傷つける可能性もあるし……)すずか自身が明らかに正気じゃないので、その方法は自主却下である。…………なので。「そーい」「ひゃ!?」腰から下を跳ね上げ、体を横に倒し、マウントポジションを取っていたすずかと位置を入れ替える。こちらの腕を抑えていた拘束は、入れ替わった際にすでに外し終えていた。ふはは、いくらパワーで上を行こうと体重が軽ければ体勢を崩すくらい訳ないわ。高町家で受けたキッツイ修行を甘く見るなよ小娘!などと心のなかで得意になりながらも行動は迅速に。僕は先ほどの自分と同じように仰向けになったすずかを跨いで、マウントポジションを取り返した。どこか酔っぱらったように蕩けた表情を浮かべた彼女の顔を両手で固定し、覗き込む。彼女の豹変を引き起こした原因をつぶさに観察する。すぐに目に付いた異変は、すずかの口の端に垂れている一筋の───、……血?「っておまえ僕の鼻血飲んだの!?」いやいやいやもっとマシなものあるだろ!? 首筋から吸うとか赤ワインと混ぜて飲むとか吸血鬼っぽいやり方が! なんでよりにもよって鼻血!?そんな感じに僕が再び驚愕の極致へと達している一方で、肝心のすずかはのろのろと酷く緩慢な動きで両手をこちらに伸ばして……、「はるみくんもっとぉ、もっとだしてぇ……」「出せるか!? いいからとっとと起きろこのド阿呆!!」ベチンッ。と。目の前で無防備に晒されているすずかのデコを思いっきりはたいた。「~~~っ、たぁ~……」全力でこそないが、それでもツッコミついでにそこそこの力を込めた平手は彼女としてもかなり痛かったらしい。すずかは目元にうっすらと涙を浮かべながら赤くなったおでこを押さえていた。一方でそんな彼女の様子を観察していた僕は、寝転んだすずかが正気に戻ったことを確認するために呼びかけを。「目は覚めたかよ?」「いたた……さめたって、なんの……───」おでこを押さえて呻きながらこちらに顔を向けたすずかは、言葉の途中でさっきまで自分が何をしていたのかを思い出したのだろう。一度青ざめ、そして次の瞬間には顔をどんどん赤くし、ついには耳や首筋まで真っ赤に染める頃になって、「~~~~~~~ッ!!???」声にならない悲鳴が、彼女の口から響き渡った。あ、バス来た。という訳で。真っ赤な顔でフリーズしたすずかを抱え、バスの運転手さんの不審げな表情を愛想笑いで躱しつつ車に乗り込んだ僕たちは、月村家が郊外にあるからなのか何処か閑散としたバス車内の最後部座席に掛けた…………の、だが。「…………いい加減立ち直れって。お前が毎日ちゃんと歯磨きしてるのはわかったから」むしろ鼻っ柱を丹念に舐められた僕のほうが落ち込みたいんだけど。そう思いながら言ってみたところで……、「~~~っ、知らない知らないっ、わたし知らないもん!!」───隣に座るすずかが、膝にかかえたカバンに顔を埋めたままビクともしてくれません。「……はぁ」それを見て、僕はすずかに聞こえないように小さく溜息を漏らした。その際バックミラー越しにこちらを見ていた運転手さんと目が合ったので、パタパタと横に手を振って何でもないことをアピールしておく。まあ、まだ小学1年生とは言え、道端で同級生の男を押し倒してしかもそこに口づけを落としたと考えればすずかの反応も至極当然なのだろう。昨夜の忍さんの話が本当なら、夜の一族である彼女の情操は同級生のそれより上なのだから尚更だ。おまけにすぐ隣にはその襲ってしまった張本人が座ってるとか、僕だったら拷問以外の何ものでもないわー。僕としても流石にこれはお手上げと言うか、出来ることならすぐにでも全面降伏のうえ撤退行動を敢行したい所ではあったが、残念ながらそうも言っていられない理由もある訳で……それさえなければ、そっとしておいてあげるんだけどなぁ。儘ならない現状に再度嘆息しつつ、僕は隠しても隠れきれていない彼女の真っ赤な耳を横目で見ながら問い掛ける。「……それで、“アレ”は一体何なんだよ?」「……………………」黙秘ですかー、だんまりですかー、もっと言葉のキャッチボールしませんかー? いそのー、野球しようぜー。「……………………」関係無いけど、『だんまりですか』と『だんまりすずか』って似てるよね?「似てないよ!」「やっと反応したか」「…………」ようやくこっちを向いたと思ったら、今度は体育座りで立てた自分の膝に顔を埋めてしまった。正面から見たら下着が見えちゃうから止めなさい。きちんと靴を脱いでる所はえらいけど。そんな彼女の様子にもう一度嘆息し、無防備に晒されている頭に、ぽんと手を置いた。「……すずかが恥ずかしがるのも理解できるけどさ、それでも説明くらいはしてくれないと僕もどうしていいか分からないんだよ。もし“あれ”がすずかの体に良くないものだったら、って不安にもなる。……機嫌直せとは言わないけど、それでも何とか教えてもらう訳には行かないかな?」果たして、そんな珍しく真摯な頼みが届いたのかどうかは定かではないが、それでもすずかの心情を切り換えさせるくらいの効果はあったのだろう。自らの膝から少しだけ表情を上げた彼女は、ポツリポツリとではあるが語り始めてくれた。「……わたしたち『夜の一族』の“つば”ってね、ケガに付けると血を止めてなおしてくれる力があるの」「怪我を?」彼女の話の内容を悟った僕は、すぐに周りを結界(呪符なしの簡易版だから音くらいしか遮断できないけど)で覆いつつ問い返した。そんな僕にすずかはこくりを頷いて、「えっ、と……たしか『消毒・傷封効果』って名前だったかな……? そんな効果があるんだって。あんまり大きいケガには意味ないらしいんだけど……」「そういや、伝承の吸血鬼もその唾液を傷口に垂らすと傷が治る、ってのがあったっけ」「わたしは知らないけど、たぶんそれじゃないかな……?」「そっか」……………………ん?「───おい、すずか」「……なに?」「お前、もしかして……」今その話をするってことは、まさか……、「───あんなことしたのって、僕のためなのか?」「…………」僕の質問に、すずかは静かに頷いた。そういえば突然のすずかの奇行にすっかり意識から抜け落ちていたけど、彼女が口づけてからというもの、あの痛烈な痛みを全く感じなかったような。まあ、だからこそすずかの行動にのんきにリアクションを返すことが出来たとも言えるのだが。今までてっきり、すずか自身が吸血の衝動に耐え切れずあんなことをしたのだと思っていたのだが、どうやらそれは僕の思い違いだったようだ。というか普通に感謝することだった。「おいおいおいおい、なら何で早くそう言わないんだよ。この場合、お前が恥ずかしがるんじゃなくて僕がお礼を言う場面だぜ?」「……ちがうの」「何がだよ?」できる限り威圧しないようにして問い返した僕の言葉に、すずかはふるふると首を横に振って応える。伏せた顔を一層強く自分の膝に押し付けた彼女は、くぐもった声で言葉を紡いだ。「……春海くんの血を飲んだときね、わたし……『もっと飲みたい』って、……思ったの」───……思って、しまったの。掠れた声で、そう続けるすずか。その様はまるで罪を懺悔する咎人のように見えた。そんな彼女に僕は……、「…………ん? そんだけ?」思わず素で訊き返した。いやゴメン、ちょっと本気で解からない。そうして困惑混じりに戸惑う僕を置き去りに、すんごい勢いでテンションが死んでいく月村すずか(7才)。「ごめんね、春海くん……」「待て待て待て待てお願い待って、勝手に話して勝手に謝って勝手に落ち込むな。こっちは本気で理解が追いついてないんだから……え? 血を飲みたいと思ったって、それって駄目なの?」おまえ吸血鬼でしょ?そんな風に僕がどんな反応を返したものか本気で困っていると、今まで伏せていた顔をガバリと上げたすずかが、こちらに身を乗り出して叫ぶ。「───だって、……だって! あのとき、わたし春海くんのこと操って勝手に血を飲もうとしたんだよ!?」「わざとじゃないんだろ?」「それはっ!……そう、だけど……」「なら良いじゃん」「よくないの!」「そうなの?」「そうなの!!」そうらしいです。「ともだちなのに……っ、大切な、ともだちなのに……わたし、物みたいに操って、勝手に血を吸おうとして、……死なせちゃったかもしれないのに……ッ!」「勝手に殺すな」お前の発想のほうがよっぽど怖いよ。いや、確かにすずかが何を後悔してるのかは解かった。要するに、彼女は誓いを立てて『特別な』友達になったはずの僕に対して暗示を掛けてしまったこと、そして吸血に夢中になって僕の安全を蔑ろにしてしまったことを悔いているのだろう。確かに血というものは生物が生きていく上で非常に重要なものだ。飲み過ぎれば出血多量となり、それは対象の死へと直結してしまうだろう。そのことを失念することは、それはただの殺人と何ら変わりない。それくらいは僕にも解かる。…………解かるけど……いや、でもなあ。(吸われたのが鼻血だから、いまいち緊迫感が伝わらない……)鼻血吸われた程度で殺されて堪るか。なんだその史上最も間抜けな死に様は。「って、そういえば。……なあ、すずか」「……なに?」よし、とりあえず意思疎通くらいは出来るようになったみたいだ。「いや、僕としてはどんな間違いがあった所でお前に殺される気はないんだけどさ」「あのくらいの暗示じゃ効かないし」と付け加えることで、一応すずかくらいでは僕に危害を加える心配は無いことをアピールしておいてから、「忍さんだって恭也さんの血を吸ってる訳だろ? 忍さんもさっきのすずかみたいになるのか?」もしかして恭也さんも血を吸われるたびに正気を失った忍さんから押し倒されてるのだろうか?……ちょっと羨ましいかもしれん。とか思考が邪悪な方向にシフトしている僕に気付くことなく、質問を聞いたすずかがローテンションのまま答える。「……ううん。お姉ちゃんも恭也さんから飲ませてもらってるけど、さっきみたいにはなってない……」「じゃあ、どうして自分がさっきみたいになったか解かるか?」「たぶんだけど、わたしが血を飲むのに慣れてないから……だと思う」「『慣れてない』……?」オウム返しに訊き返した僕に彼女は頷いて、「う、うん。もともと血液パックだって毎日飲んでるわけじゃないし、……お姉ちゃんと違って他の人から直接飲んだのって、……さっきのが、はじめてだから」「あ、そうなんだ」てっきり僕は、すずかも恭也さん辺りから飲ませて貰っていたのだと思ったのだが……。と、思ったので、「恭也さんから飲ませて貰わなかったのか?」実際に訊いてみた。「飲んでないよぅ!」「なんで」「はずかしいもん!」「恥ずかしいの!?」恥ずかしがるポイントはどこだ!?「そっ、それに! 恭也さんはお姉ちゃんのお友だちなんだから、そんなことしちゃいけないの!」「へ、へぇ~……」何故すずかがここまで頑なに拒むのかは僕にも知る由はないが、とりあえずビシッとこちらを指差す彼女の主張に適当に相槌を打っておく。ここは話を合わせておく場面だと、『前』で培った僕の第六感が告げていたのだ。別名『事なかれ主義』とも言うが。「……あ、あと……」と。そこで、何故か体を縮こませてモジモジしながら言葉を紡ぐ彼女。「───春海くんは、わたしが恭也さんの血を飲んでも……いいの?」僕は、頬を赤くして横目でチラチラと伺うようにしているすずかに淡く微笑み───、「別にいいけど?」……涙目で頬を抓られてしまった。だから何でだよ……。結局。このあと街中に到着したバスに聖祥の生徒が大量に乗り込んできたことで話は御開きとなり、バス通学の生徒全員に涙目でそっぽを向くすずかと必死に彼女の機嫌を取ろうとする僕の姿が目撃されることになってしまった。その中にいた友達の金髪娘から軽蔑の眼差しを頂戴してしまったことは、…………僕の心のアルバムにそっと仕舞っておこう。べ、別に金髪美幼女の蔑みの視線にゾクゾクなんかしてないよ? ほんとだよ?アーっ!という間に時刻は昼を回って午後1時。至極唐突すぎて誠に申し訳ない限りだが、3月某日である本日、晴れて6年生の卒業式を迎えた(いや、ぶっちゃけ興味なかったもん。知り合いの中で唯一の小学6年生であるレンはそもそも他校だし)我が聖祥の裏庭で、僕は携帯電話片手に一人佇んでいた。電話の向こうに居るのは、今朝別れたばかりの月村忍さん。彼女たちの高校もテストは本日金曜日で無事すべて終了したらしく、向こうも午前で下校となる。ちなみに聖祥も風芽丘高校も3学期終了は来週末なので、残り1週間の授業は消化試合みたいなものである。「───ってことで、もうホントどうしたものかと……」『あー……』相手からは見えていないにも関わらず空いていたほうの手で目を覆いながらわざとらしく嘆くこちらの言葉に、電話口の向こうから返ってくる気まずそうな声。話の内容は大抵の者が察することができると思うが、当然ながら今朝のバスの一件以来すっかり臍を曲げてしまった彼女の妹君のことである。あれから幾らこちらが話しかけても反応はナシの礫であり、かと言って護衛の任がある以上離れてしまう訳にもいかず……というか、離れると何故か不満そうに頬を膨らませながら近くに寄ってくるのだ。あれはあれで可愛いかったが、正直僕にどうしろと?今だって、ついさっき午後になって迎えに来たノエルさんに つーんとそっぽを向いたままのすずかを引き渡したばかりで、それからようやく彼女の姉に助言を請うため連絡できた次第である。そうしていると、電話の向こうにいる忍さんが、『今朝別れてからまだ6時間も経ってないのに、またいろいろとやらかしたものねぇ~』「いや、正直僕としても何が何やら……」彼女の苦笑まじりの言葉に溜息を吐きながら言い返した。僕の主観で朝のすずかの件は、それこそ疾風のように過ぎ去ってしまったのと同義なので一体どう対応したものかイマイチ判断が付かないのだ。すずかに謝るのも何か違うような気がするし。───というか。「なんか……あいつ、今日は妙に躁鬱が激しいんですよね……」実のところ、僕が対応に困っている一番の原因は其処に在ったりする。なんだかんだでアリサ達との付き合いも一年になる僕は、そりゃあ「アイツ等のことなら全て解かる!」なんて妄言を豪語する気は無いにしても、それでも彼女たちがどんな子供なのかと問われれば即答できるくらいに理解はしているつもりだ。そしてそれはアリサ達からも同じなのだろうけど。曲がったことが嫌いで意地っ張り、気の強さから他人とよく衝突してしまうが、そのくせ本当は誰よりも情に厚く友達思いな、アリサ・バニングス。明るく心優しい性格で、でも時折り見せる決して退かない頑固な一面が家族譲りの芯の強さを感じさせる女の子、高町なのは。クラスメイトの子たちだって、どんな性格の子供なのかは良く知っている。運動の得意な子も居れば、友達と一緒にお喋りすることが一番楽しいと言う子も居る。お調子者でいつも先生から叱られてばかりの子も居れば、他人と話すのがあまり得意じゃない引っ込み思案な子も居る。そんな風に、この一年間で彼等・彼女等がどんな子なのかは、これまでの日常の中で熟知している。下手をすれば“内側”で一緒に居る分、担任の教師よりもずっと。───そしてその中には、当然ながら『月村すずか』も含まれる。月村すずか。お嬢様という言葉がそのまま当てはまるようなお淑やかな性格で、アリサ・なのはとは親友同士な女の子。小学一年生とは思えぬほどの読書家であり、反面、クラス内どころか学年でもトップの運動神経を持ち主でもある。思い出そうとすれば、この他にもまだまだ沢山ある。猫が好きなこと。姉である忍さんから工学を習っていること。いつも付けているカチューシャを大事にしていること。…………『夜の一族』という種族で、普通とはちょっと違う力をもっていること。「……………………」改めて、今朝のすずかを思い出してみる。自分の姉とその友達である高町恭也さんの仲を取り持つために必死に考えていたすずか。ケガをした僕を治療するために血を吸ってくれたすずか。無意識に引っ張られた結果なのに、暗示を掛けてしまったことに落ち込んでいたすずか。───僕の言葉一つ一つに、彼女らしくもなく大袈裟なまでに一喜一憂していたすずか。どれも、僕が知る『月村すずか』という少女からは少しだけ印象が異なる。大人しいと言うべきか大人らしいと言うべきか、月村すずかは感情を表に出すとしても、もっと控え目に表現する娘だった筈だ。それが今日のすずかは、何と言うべきか───そう。「……『子供っぽい』って感じでしたよ、今朝のあいつ」『…………』僕の感じたままを、電話の向こうで訊いている筈の忍さんに言う。自分の考えたまま思ったままに行動して、やりたいことには積極的に一直線。そんな歳相応の『普通の子供らしさ』を、今朝の彼女は持っていたと思う。まあ、(……だからこそ、僕自身ここまで戸惑ってる訳だけど)少なくとも、あそこまで自らの感情に素直な月村すずかを僕は今まで見たことがない。善くも悪くも歳不相応に達観した嫌いのある少女で、アリサやなのはのやり取りを横から静かに笑って見ているような性格なのだ。『……春海くんは、』「はい?」と。僕が今までのすずかと今朝のすずかのギャップに思いを馳せていると、電話口から語り掛けるような声色で忍さんの声。自然、思考を止めて耳を傾けてしまう。『春海くんは、そんなすずかを見てどう思った?』「どう思った……ですか?」『うん』僕の声に携帯電話の向こうで彼女は頷いて、『あの子が子供っぽいってのは、やっぱり嫌だった? それとも、それでも良いかなって思った?』と、続けた。……ふむ。正直、忍さんの質問にどのような意図があるのかはイマイチ読めない。まあでも、とりあえず訊かれたことのみに答えるのなら───、「別にどっちでもないですよ?」『───え?』意外そうな声を上げる忍さんに、自分の言葉を補足する。「いや、だから嫌でもないですし、逆に良いとも思わなかった、ってことですよ」『……嫌じゃないのに、良くもなかったの?』「うーん、何と言うか……。確かに、アレはあれで普段の彼女からすればギャップがあって楽しいですし、かと言って、それで普段のすずかが嫌いって訳じゃないですし。物静かなお嬢様キャラって憧れるものがあるよね、みたいな?」『みたいな?って……』呆れたような忍さん。それに僕は電話で見える筈のない苦笑を返した。「まあ結局はどっちのすずかも良い、って話なんですけどね。物静かで大人っぽいすずかも、自分の感情に素直で子供っぽいすずかも。どっちもアイツであることに変わりは無いし、その辺りは、それこそすずかが自分でやりたいと思ったことを好きにすればいい話ですよ」『……これはすずかが怒るわけねー』……なぬ?「え? 僕、なんかやっちゃいました?」自分でも今けっこう良いこと言った気がするんですけど。『自分で良いこと言ったとか言わないの。……いやいや、春海くんがダメってわけじゃないから安心してちょうだい』「???」僕が何かやった訳じゃないの? ならどうしてすずかが怒るの?と、本当に理解が追いついていないので、そのまま訊き返してみた。すると、『じゃあ、春海くんに第1問』「はい忍ちゃん」『……男の子から忍ちゃんって呼ばれるって不思議な気分ね……、ま、いっか。……春海くんって昨日の夜に、わたし達が「夜の一族」であって普通の人間じゃないって聞いたとき、どう思った?』「?……その質問はどういう……?」『いいから、答えてみて』忍さんの問いに疑問符を浮かべつつ、とりあえず言われた通りに答える「まあ、そういう人たちも居るよなぁ、と思いました」『…………ま、いいわ』「沈黙が怖いですよ」『男の子なんだから気にしないの』男って哀しい生物だよね。女の子に口答えすることも許されない。これが差別か。『じゃあ、続いて第2問』「どうぞ」『今朝実際にすずかに血を吸われて、君の感想は?』「初めて吸われたのが鼻血ってたぶん世界初ですよね?」『ブッブー。質問に質問で返したので減点しまーす』「あちゃー、間違えちゃったー。つぎは頑張るぞー」いや、このノリもそうだけど、一体何を頑張れば良いんだろう?この話題の着地点ってどこだよ。そんな感じに僕が笑顔で首を捻っていると、電話の向こうの忍さんが言葉を続けて、『問題は以上です』「早過ぎますよ……」全2問って……番号つける必要性皆無じゃん。『元々ある程度は原因もわかってたもの。質問したのはあくまで確認のためよ』「さいですか。……で、結局すずかって何で怒ってたんですか?」『そもそも“そこ”が勘違い。別にすずかだって、春海くん相手に本気で怒ったわけじゃないわよ?』「……そうなんですか?」明らかに午前中ずっと不機嫌だったんですけど、あいつ。『まあ怒ってるのは本当でも、それは怒ってるだけ。ぜんぜん本気じゃないわ』「怒ってるけど、本気じゃない……?」『そ』確かめる僕の言葉を気軽に肯定し、携帯の向こうに居るはずの忍さんが続ける。『……あのね、春海くん。すずかって、すごく臆病なの』「…………」『これは「夜の一族」全員に言えることなんだけど、……隠し事してると、人と接するのが本当に怖くなっちゃう。もし何か間違って周りにバレてしまったら、もし秘密を暴かれて心無い言葉を掛けられたら、もし暴力を振るわれたら……もし、大好きな人から嫌われたら。そんな風に考えて、それこそ一歩も動けなってしまう』それを話す忍さんは、今どんな気持ちなのか。解からない、が……ただ、現在僕は彼女の内面の非常に柔らかな部分に触れているのだろう。そのことを重く感じてしまう自分も居れば、同時に光栄に思っている自分も居た。今の彼女はこれまでの交流の中で築きあげた結果であり、その大部分を成したのは───きっと、あの無愛想な兄弟子なのだろう。自然とそう考えて、……そして、そう考えていたからこそ、『わたしは恭也にすくってもらった。───そして、あの子は君にすくってもらった』───その言葉を聞いた瞬間、ひどく虚を突かれた気分になった。そんな思考の空白に、忍さんの声が滑りこむ。『「夜の一族」としての自分や、栄養のために血を吸わなくてはいけない自分。その全てを君があまりに自然に受け入れるものだから、あの子はそれに戸惑って……でも、怒ってるんじゃなくて、甘えてるだけ』「……甘えてる?」なんか今日は訊き返してばっかだなー……そう言えば昨日もすずかが同じこと言ってたなぁ、やっぱ姉妹だよなー……等と、どこか遠くに感じながら尋ねる。『わたし達「夜の一族」はね、よっぽど親しい間柄でもない限り、友達でも自分のことを打ち明けずに一生を終えるものなの。いつか結婚するときだって一族のだれかとお見合いするのが普通だし、わたしもすずかもそれを普通だと思ってた。今だってそう思ってるわ』「それはまた……」僕自身、政略結婚というものに対して特に否定的な考えを持っているわけではないが、それでも実際にそういう言葉を聞くと少々驚いてしまう。まあ月村家が上流階級である以上、政略結婚なんてザラにあるか。夜の一族の秘匿性を考えれば、そのくらいは逆に当たり前とも言えるだろうし。……海鳴で暮らしてるから、その辺りが麻痺してたけど。この街って、ぜったい脱一般人多すぎだよね?『わたしは“運良く”恭也って男の子がすぐ傍にいてくれた。そして絶対いないと思っていたからこそ、わたしは恭也を一生大切にして……彼が許してくれるなら、添い遂げる覚悟もある』「まるで告白ですね」『告白だもの』わーお。「昨日バラしたばかりの小学1年生にぶっちゃけ過ぎでしょう」『君ならちゃんと黙っててくれるでしょ?』「ちなみに根拠は?」『女の勘』なら仕方ない。「でも、出来ればそういうことは御本人か、そうでなくともせめて同性の友達にでも言って下さいよ」恭也さんは無理にしても、那美ちゃん居るでしょ? と続ける僕。すると忍さんは「あの子、隠し事には向いてなさそうだもの」と返した。確かにその通りだけどヒデェ。『まあ那美とのガールズトークは今度じっくり楽しむとして、……話を元に戻すけど、要するに今のすずかもそれと同じ』「同じと言われても……」つまり、夜の一族として一生秘密を抱えて行くつもりだったすずかも、唐突に『僕』という予想外な“秘密の共有者”が現れたことで、(すずかも忍さんと同じだとすれば)僕に対して人生の全てを賭けても良いくらいに思ってるってこと?……………………。「……重」『……思っても言わないものよ、そういうことは』明らかに呆れた声色となった忍さんに、それでも僕は大幅に下がったテンションで返した。「いや、昨日の夜は『ずっと友達でいるだけだろ? 楽勝だぜ☆』みたいなノリだったので……流石に僕も小学1年生で人生決める気は無いですよ、そういうのはすずかにも悪いですし」『あら。もう結婚も視野に入れるなんて、気が早いわねぇ』「茶化さないで下さい」一転、からかうように言ってくるメル友の女性。それに対して僕は、ぶっきらぼうに言い放つ。「……さっきの忍さんの場合にすずかを当て嵌めたらそうなるだけですよ」『まあ君もあの子もまだ7、8歳なんだし、そこまで深刻に考えることはないと思うよ? うちのお父さんだって小学生の春海くん相手にそこまで強要はしないだろうし』「是非そうして下さい」小学生のすずか相手に結婚話とかマジ勘弁である。後10、いや、せめて7年……!いや、僕も中学・高校では遊びたいもん。なんとかすずかの相手は那美ちゃんに頑張って貰えないかなぁ……無理だろうなぁ、すずかと一番歳が近いのは僕なんだし……って。「……忍さん」『ん、なに?』「いや、」何と言うか……。「確かにすずかが妙に情緒不安定な理由は解かりましたけど、結局あいつが不機嫌になった原因って何なんですか?」そう。忍さん自身のいろいろと衝撃の発言で忘れかけていたが、僕が彼女に電話した当初の理由はすずかの機嫌を取る方法を教えて貰うためである。まだ目的をまったく果たせてないじゃん。そう思い、改めて尋ねてみたのだが……『はぁ……』何やら携帯の向こう側で酷く呆れたと言わんばかりに溜息を吐かれてしまった。何でやねん。『……ねえ春海くん。春海くんは、わたし達にとって“吸血”がどんなものなのか分かる?』「えっと、食事というか、栄養補給というか……ですよね?」『それはそうなんだけど……』うーん、と唸る忍さんの声が遠くなった。指先をコメカミに押し当てて考えている情景が目に浮かぶようである。やがて適切な表現を見つけたのか、再び言葉を紡ぐ。『ごめんね、これは昨日のわたしが説明不足だったかな……。───わたし達にとってね、「大勢の人の血を吸う」って行為は、言ってみれば“品が無い”ことなのよ』「品がない……?」『下品、と言っても良いくらいかな。……とにかく、わたし達って自分が心に決めたその人以外の血はあまり吸わないことにしてるの』「ふむん」僕はこれまで(と言っても一晩だけだが)、夜の一族にとって『吸血』という行為は食事と同義的なものだと思っていたのだが、忍さんの言う通りならば、友人や恋仲の間で交わし合う一種の儀式のようなものなのだろう。それ故に、乱獲のような真似は忌避されるべきであり、少数のコミュニティでのみ行なわれるそうだ。もしかしたら、この辺りのルールも夜の一族の存在を秘匿するために創られたものなのかもしれないとのこと。「……………………ええと」というわけで、『夜の一族にとって、吸血とは心を許した人のみと交わす神聖な行為である』という前提の上で、僕は改めて今朝のすずかとの会話を思い出してみた。何故か体を縮こませてモジモジしながら言葉を紡ぐ彼女。『───春海くんは、わたしが恭也さんの血を飲んでも……いいの?』僕は、頬を赤くして横目でチラチラと伺うようにしているすずかに淡く微笑み───、「別にいいけど?」「これはひどい」思わず乾いた声が出た。『うん。わたしが言えることじゃないかもだけど、それはないね』鬼畜の所業だよー、と面白がるような声で死ぬほどキツイ酷評を入れる忍さん。すずかの姉たる彼女からしても、これはギルティー(有罪判決)だったらしい。そりゃそうだ。我がことながら、これはない。滅茶苦茶露骨にアピールしてるじゃん、すずかのやつ。「あー……」どことなく僕的にまずい流れになりつつあるので、必死に考えて解決策を提案する。「と、とりあえず、すずかには僕の血を吸ってもらうという方向性でどうでしょう……?」すずかが言っていたのは、つまりはそういうことなのだろうし。『んー、あの子の姉としてはそうしてくれると嬉しいけど、そこはあくまで春海くんにお任せ。姉妹とは言え、部外者が口出しして良い領域じゃないだろうし。わたしの意見で君の意志を曲げちゃってもいけないもの』それにしても……、と忍さんは言葉を繋いで。『……今さらだけど、春海くんってなんでそんな今まで通りなの?』「え?……と、いうと?」『君が、……その、何て言ったっけ?……霊能力者?みたいなものだってことは昨日聞いたけど、……仮にそういう下地があるのだとしても、わたしたちが異常な力を持っていることや血を吸うこと、あまりに簡単に受け入れすぎてないかしら?』「それは───」───実は初めて会ったとき(およそ1年前)から気付いてました!!(なんて言えるわけねぇー……)そんな夜の一族の秘匿原理を根底から木っ端微塵にしてしまうような事実。バレたら忍さん達はともかく、他の夜の一族の人たちからどんな対処を取られるかなんて考えたくもない。ので、ここは誤魔化しの一手である。「まあ昨日も言いましたけど、僕も不思議な術ってだけなら沢山使えますしね。中には、それこそ術者の血液が必要になるものも幾つかありますし」5年前に葛花と初めて契約した際も、僕は彼女に自分の血を舐めさせている。今さら血を吸う云々程度で騒ぎたてるものでもないのだ。その旨を電話の向こうに居る忍さんに軽く説明すると。『へぇ~、……葛花っていうのは、きつね2号だっけ? 昨日女の子の姿に変身してた』「1号が久遠ちゃんなら、そうですね」『あの2人もおもしろいよねー。人の姿でキツネ耳を生やしてたトコなんか知り合いにそっくりだったし』「どんな知り合いですか……」いつか士郎さんも言っていたが、動物の耳を生やした人ってそんなに数が居るのだろうか。一般的に見ても絶滅危惧種クラスで珍しい部類だと思うのだが……。そんな風に僕が呆れ混じりでこの街の魔窟具合にゲンナリしていると、『ま、とにかく』そんな言葉と共に忍さんが話の締めに入る。気が付けば電話を始めてからもう10分くらい話し込んでいた。さすがに長話が過ぎたか。『春海くんには、夜の一族としてすずかをどうこうして貰おうなんて全く考えてないから、そのことだけは心配しないで。君もそこまで重く受け止めなくてだいじょうぶよ』「すみません、ありがとうございます」『でも……』と。ここで彼女の声が心なし小さくなる。昨日から何度も聞いた、月村すずかの“姉”としての声。『できれば、あの子のことは裏切らないであげて』「……………………」『すずかはこれから君にすっごく甘えると思う。ただ甘えるだけじゃなくて、ワガママを言って困らせたり、やりたいことに引っ張り回したり……本当に小さな子供みたいに、あなたに迷惑をかけるわ』「……よくわかりますね」『そりゃそうよ』わたしもそうだもの、なんて笑い混じりに言う忍さんの声は、本当に優しげで。『───だから、ね』そこに居たのは、どこまでも妹のことを心配する姉の姿。『妹のことを、どうかよろしくお願いします』電話の向こうで、見えもしないのに目を伏せ頭を下げている忍さんを幻視したような気がする。少なくとも、彼女の声にはそれだけの真摯な気持ちが込められていた。……だからこそ。「───こちらこそ」僕も、見えもしないのに電話を耳に押し当てたまま頭を垂れる。口から出る言葉に精一杯の気持ちを乗せる。返答は、既に決まっていた。「すずかさんにも忍さんにも迷惑ばかり掛けると思いますが、どうかよろしくお願いします」『───ンッ、じゃあ真面目な話はここまで!』「ですね」一転、さっきまでの重苦しい雰囲気なんて無かったかのように僕と忍さん両方の声で空気をブッチする。この辺、どちらもシリアスは苦手だから仕方ない。ということで、ここから先は日常会話。『そういえば、春海くんって今日はうちに来れそう? 恭也もいるし、春海くんが来てくれれば何だかんだですずかも喜ぶけど』「あ、すみません。すずかにも訊かれましたけど、今日は海鳴病院のほうにちょっと用事が」『あら、……もしかして、朝あの子にもらったケガ?』「ああっ違います違います!」申し訳なさげな忍さんの声を、慌てて否定する。「もともと病院に行く予定の日だったんですよ。それも怪我や病気じゃなくて、マッサージというか、……まあ整体ってヤツです」言うまでもなく、20代らしいのに中学生にしか見えないあのロリ女医さん───フィリス・矢沢先生による呼び出しである。フィリス先生と知り合ってからというもの、彼女が暇な時間帯を教えてもらって何度かマッサージや整体をしてもらっているのだ。…………無料で。いや、診察料払うと言っても受け取ってくれないんだよなぁ。おまけに診察後にはよくココアもご馳走になって駄弁ってるし。贅沢な話になってしまうが、士郎さんと言い、愛さんと言い、フィリス先生と言い、もうちょっと金に汚くになってくれないかなー……、こっちとしても申し訳ないというか、借りが溜まっていく一方に感じられて仕方がないのだ。子供の僕に出来ることと言えば訪問時にお土産もって行くぐらいしかない上に、それも毎回やるとただの迷惑だし。いや、まあ、向こうからすれば7歳の小学生からお金を貰うなんてとんでもないって感じの至極真っ当な考えなんだろうけど、ねぇ?閑話休題。「そんなわけで、今日のところは残念ですが」『そっか。だったら明日の土曜日なんかどう? 一度那美も呼んで、うちの事情を知ってるメンバーでお茶会でもしようかな、って考えてるけど』「土日はどっちも空いてるので、そういうことなら大丈夫です」『なら決まりね。おいしいお菓子も準備して待ってるから、楽しみにしておいてね』「はい。……今日はホント、ありがとうございました」『ううん。わたしこそ、君と話せて楽しかったわ。どうもありがと♪』そうして互いに簡潔な別れの挨拶を告げ、電話を終える。切った携帯をそのままポケットへ。「……………………」ふと聞こえてくる喧騒に視線を向けると、本日卒業した最上級生たちが各々の保護者と共に、門のところで自由に写真を撮っていた。胸元に花を飾る彼等・彼女等の大部分はこのままエスカレーター式に中等部へと移籍するだけだが、それでも中には聖祥を離れる子も居るのだろう、みんな笑顔を浮かべる集団の中にはポツリポツリと別れを惜しみ泣きじゃくる姿が見えた。「……………………はぁ」それを見て、景色にそぐわぬ溜息一つ。あのような僕の力の及ばない光景を見てしまうと、自分という存在が酷くちっぽけなものに思えてしまう。いや、事実ちっぽけな存在なのだろうけど。僕が何処でどんなことをしても、それは世界中の人間の殆どにとっては何の関係もないことだ。僕の行動が世界に何かを為すわけでなく。僕の成果が世界に何かを残すわけでもない。小さな僕が起こした因が、回り回って果に行き着く。ただ其れだけの因果を成すために、一体どれほど途方もない労力が必要なのだろう。つまり、僕が何を言いたいのかというと……「明日どうやってすずかに謝るかなー……」───お姫様のご機嫌取りはどうすればいいんだろう、って話である。「というか忍さん、結局答えてくれてなかったし………」それともこれはそのくらい自分で考えろという彼女なりのメッセージなのだろうか?「はぁ……」そう遠くない未来(明日)を想い患い、僕はノスタルジックに溜息を零した。あ、写真を撮ってくれ? ええ、大丈夫ですよ。ご卒業おめでとうございます。笑って笑ってー。はいっ、チーズ。おーっ、いい笑顔ですねー。……泣いた子供は、案外すぐに泣き止むことを知った7歳の春でした。(あとがき)原作メインヒロインの眼鏡さんは犠牲になったのだよ。リリカルと商業的人気投票の犠牲に。ということで第二十一話の1、投稿完了しました。資格試験の勉強中の篠 航路です。正直試験舐めてましたごめんなさい。てな感じで今回の内容は夜の一族の秘密を明かしてすずかがどうなったのかと、それに対する忍さんの心情。やっぱり兄弟姉妹は仲良くないとね、というのが作者のジャスティス。冒頭ですずかが鼻血吸い出したときはどうなるかと思いましたが、なんとか思い通りの展開に持って行けて一安心。……いや、当初の予定では舌を噛んで口の中が血ダラの春海に口付けるすずか、というラブコメチックな流れにするつもりだったのに何故こんなことに。キャラ勝手に動き過ぎだろと。そして話がいまいちシリアスになり切らない主人公に乾杯。作者はそんな主人公が大好きです。前回はたくさんの感想、どうもありがとうございました。パソコンの前でニヤニヤしっぱなしで傍から見たらすっごく気持ち悪かったとおもいます(笑)。あんな露骨な感想要求に応えて下さった読者の皆さま方、そして「こんなの感想書くまでもないぜw」だった皆さまも、色んな意味でノロノロとした作品ではございますが、これからもどうかよろしくお願いします。……が。申し訳ありません、次の更新はかなり遅くなる可能性が大だったり。いや本当にすみません。あとがきの最初に書いた通り、正直資格試験の勉強舐めてました。本気でやばーいです。というわけでしばらくはそちらに専念したいと思いますので、次の投稿はもう少々お待ち下さい。では。