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No.29543の一覧
[0] とある陰陽師と白い狐のリリカルとらハな転生記[篠 航路](2012/04/29 22:59)
[1] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 1[篠 航路](2011/09/02 17:34)
[2] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 2[篠 航路](2011/09/02 17:35)
[3] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 3[篠 航路](2012/04/22 19:41)
[4] 第二話 ガキの中に大人が混ざれば大体こうなる。 1[篠 航路](2011/09/29 14:07)
[5] 第二話 ガキの中に大人が混ざれば大体こうなる。 2[篠 航路](2011/10/01 22:10)
[6] 第三話 最近の小学生は結構バイオレンスだから気をつけろ[篠 航路](2011/09/04 18:03)
[7] 第四話 縁は奇なもの、粋なもの 1[篠 航路](2011/09/08 11:38)
[8] 第四話 縁は奇なもの、粋なもの 2[篠 航路](2011/09/28 23:30)
[9] 第四話 縁は奇なもの、粋なもの 3[篠 航路](2011/09/10 23:42)
[10] 第五話 人の出会いは案外一期一会[篠 航路](2012/07/12 23:18)
[11] 第六話 人生わりとノッたモン勝ち、ノリ的な意味で。[篠 航路](2011/09/17 11:45)
[12] 第七話 言わぬが花 1[篠 航路](2011/09/20 20:11)
[13] 第七話 言わぬが花 2[篠 航路](2011/11/13 21:22)
[14] 第八話 いざという時に迅速な対応をとることが大切だ[篠 航路](2011/09/27 01:46)
[15] 第九話 友達の家族と初めて会うときはとりあえず菓子折りで 1[篠 航路](2011/09/29 16:07)
[16] 第九話 友達の家族と初めて会うときはとりあえず菓子折りで 2[篠 航路](2012/04/22 19:42)
[17] 第十話 お泊りは友達の意外な一面を発見するものだ 1[篠 航路](2011/10/07 17:52)
[18] 第十話 お泊りは友達の意外な一面を発見するものだ 2[篠 航路](2011/10/10 23:53)
[19] 第十話 お泊りは友達の意外な一面を発見するものだ 3[篠 航路](2011/10/14 22:24)
[20] 第十一話 力と強さは紙一重[篠 航路](2011/10/20 19:58)
[21] 第十二話 重要なのは萌え要素[篠 航路](2012/04/22 19:44)
[22] 第十三話 出会い色々。人も色々。で済むわけないだろバカヤロウ 1[篠 航路](2011/10/30 18:41)
[24] 第十三話 出会い色々。人も色々。で済むわけないだろバカヤロウ 2[篠 航路](2011/11/02 22:56)
[25] 第十四話 自分のことを一番知っているのは案外他人[篠 航路](2011/11/19 17:32)
[26] 第十五話 持ちつ持たれつ[篠 航路](2011/12/06 19:15)
[27] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 1[篠 航路](2012/04/09 16:57)
[28] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 2[篠 航路](2011/12/23 11:16)
[29] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 3[篠 航路](2013/10/14 13:14)
[30] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 4[篠 航路](2012/12/14 11:29)
[31] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 5[篠 航路](2012/03/02 17:40)
[32] 第十七話 女のフォローは男の甲斐性なので諦めろ[篠 航路](2012/11/11 11:59)
[33] 第十八話 考えるな、感じるな、行動しろ[篠 航路](2012/03/27 19:49)
[34] 第十九話 縁を切るかはそいつ次第[篠 航路](2012/04/05 21:02)
[35] 第二十話 友達料金はプライスレス 1[篠 航路](2012/05/08 19:19)
[36] 第二十話 友達料金はプライスレス 2[篠 航路](2012/11/27 23:16)
[37] 第二十話 友達料金はプライスレス 3[篠 航路](2012/05/08 22:19)
[38] 第二十一話 甘えと笑顔は信頼の別名 1[篠 航路](2012/06/17 21:07)
[39] 第二十一話 甘えと笑顔は信頼の別名 2 [篠 航路](2012/08/11 14:55)
[40] 第二十一話 甘えと笑顔は信頼の別名 3[篠 航路](2012/08/11 15:04)
[41] 第二十二話 前から横から後ろから 1[篠 航路](2012/12/27 17:01)
[42] 第二十二話 前から横から後ろから 2[篠 航路](2012/09/09 21:49)
[43] 第二十二話 前から横から後ろから 3[篠 航路](2012/11/10 15:49)
[46] 第二十三話 最後に笑った奴はたいてい勝ち組[篠 航路](2013/01/11 23:04)
[47] 番外之壱[篠 航路](2013/06/03 23:19)
[48] 第二十四話 巡り合わせが長生きの秘訣[篠 航路](2013/11/03 16:24)
[49] 第二十五話 好感度の差がイベント数の決定的な差[篠 航路](2013/10/05 16:44)
[50] 第二十六話 二度あることは三度ある、らしい 1[篠 航路](2013/11/03 16:56)
[51] 第二十六話 二度あることは三度ある、らしい 2[篠 航路](2013/11/03 17:06)
[52] 第二十七話 上には上がいる[篠 航路](2013/11/05 20:26)
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[29543] 第十六話 人にはいろいろ事情があるものだ 3
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/10/14 13:14
夜。
寮のみんなで食べるいつもの夕食も無事に終え、他の寮生や管理人たちとの談笑を楽しんだ神咲那美は、現在はさざなみ寮2階にある自室に居た。
自室のなかには和製の姿見や掛け軸に加えてシックな雰囲気の勉強机。しかしそれとは別に女の子らしい色合いのカーテンやクッションなどのインテリアも存在し、年頃の少女の部屋としてはややアンバランスに思える。

その原因は、この部屋の以前の住人にあった。

実はこの部屋、もともとは那美の姉である神咲薫が在寮中に借りていた部屋で、それを今年に薫と入れ替わるようにして入寮した那美がオーナーである愛の好意でそのまま借り受ける形となったのだ。つまり、掛け軸や勉強机といった那美の雰囲気にそぐわない物は姉が彼女に残したものということになる。

そんなある意味和洋折衷な部屋の中。那美本人はその真ん中あたりに置かれた座布団に足を崩して座り、その手に持っているのは(よく落とすため)耐久性と耐水性を優先して選んだ自分の携帯電話。

『じゃあ、今のところは特に何の問題も起きてないんだね?』
「うん。大丈夫だよ、薫ちゃん」

電話の向こうに居るのは件の姉、神咲薫だった。


ここ最近、彼女の姉はこうして度々妹と連絡を取っていた。夏休みが終わって、これでもう3度目となるだろうか。

ただ、いくら家族とはいえ要件もないのに普段から頻繁に電話している訳ではない。確かに実家から寮に移った頃はこちらの生活に慣れたのか心配する旨の電話も多々あったが、それも既に半年以上も前の話。夏休み入る頃にはその頻度も減って、薫も安心して自分の仕事に集中するようになっていた。

では、なぜ最近になって再びこうして連絡を取ることが多くなったのか。その答えは───、

『春海くんを那美に任せるよう決まった時はどうなることかと思ったけど、それを聞いてようやっと安心できそうたい』

…………やはりというか何というか、見た目は子供・頭脳は大人なアンチクショーの所為だった。

那美はそんな自分の姉の言いように苦笑も漏らしながら、

「もう、薫ちゃんったら……そんなに心配しなくても大丈夫だよ~。それにね、春海くんって今までも葛花さんからいろいろ指導されてたらしくって、わたしより場慣れしてたぐらいだもん」
『…………那美。春海くんが頼りになるのはわかったけど、小学1年生のあの子が自分よりも上だってあっさり認めるのも、お姉ちゃんどうかと思うな……』
「う」

電話の向こうから返ってくる呆れたような姉の言葉に、本人も一応は自覚があったのか思わず気まずげな声を漏らした。
確かに、那美も薫も相手が小学1年生だからと言ってそれを理由に相手を軽んじるような人柄ではないが、かと言って自分よりも10歳年下の子供を相手にあっさりと負けを認めてしまうのもどうなんだろう。

『まあ那美は運動もあんま出来んし、そう言いたくなるのもわかるけどね。そんでも───』
「そ、それよりも薫ちゃん!」

旗印が悪そうなので(というかお説教になりそうだったので)、なんとか話題を逸らそうと試みる妹。

『ん、どげんしたと。那美?』

それを察して内心で苦笑しながら、それでもあっさり乗ってあげる姉。
とりあえず、姉妹仲は良さそうだった。

「薫ちゃん、和音さんに葛花さんのこと訊いてみたんだよねっ?どうだった?」
『ああ、そのことか。───うん。この間ばっちゃと連絡とってみたけど、「懐かしい名前たい」って言って笑ってたよ、あのばっちゃが』
「和音さんが……」

姉の言葉に息をのむ妹。どうやら普段はあまり笑わないお婆ちゃんらしい。

『暇なときにでも顔を出すと良いって伝えてくれ、だってさ』
「うん、わかった。伝えとくね」

思わぬ伝言に少し驚きながらも、了承の意を返す那美。そうして姉の要件は終わったと思った彼女は、先ほどから自分の傍らでクッションに埋もれるようにして微睡んでいる久遠に電話を替わろうとして、


『───那美。春海くんのこと、よろしく頼むよ。何かあったときの責任は那美に任せたうちがちゃんと取るから、心配せんで』


電話口の向こうにいる薫の、打って変わって真剣な声に意識を引き戻された。

それは、あの盆の日に春海のことを引き受けてからというもの、姉が自分に対して度々言ってくる言葉だった。

大人として彼を止めることができなかったこと。その尻拭いを何の関係もない妹へと押し付けたこと。
それらに薫は少なからぬ責任を感じ、また、春海の意志にも共感できるが故に自分では止めきれなかったことを彼女は歯痒く思っていた。こうして夜な夜な現状の確認の電話をしてくるようになったのも、きっとそんな複雑な内心の表れなのだろう。

せめて自分が。そうでなくとも、こんな妹の負担を増やすような真似は。
もう決まったことと知っていても、薫はまだ最善があるのではないかとつい考えてしまう。

───そして。

そんな姉の心情を、過不足なく察していた妹は、

「───うん。大丈夫、しっかりやるね」

せめてこの優しい姉が安心できるようにと、頼りない自分には似つかわしくないと思いながらも、精一杯の自信を込めて力強い言葉を返した。





「みたいな感じになってるんだろうなー……、あの娘たち、責任感はかなり強そうだったし」
『まさか今までのシーンが全部おぬしの妄想じゃったとは……』
「せめて想像と言え」

なんで妄想なんだよ。

小学校に進学したことを期に与えられた自室の中央で、キツネ姿の葛花と向かい合うように正座した少年───和泉春海は呆れたように軽く嘆息。
正しくは他の人間の行動を描写すると同時にその事をきちんと予想していますよ、と云うその人物のある種の万能性を演出するための手法である。

そんないつも通りなやり取りを交わす2人の中央には30センチ四方の小さな机が置かれ、その上にはヒト型にくり貫かれた一枚の和紙があった。大人の手ほどの大きさの“それ”に、春海は書体のやや崩れた文字をひたすらに書きこんでいる。

『そもそも、お前様』
「ん?」

話しかけてきた葛花に応じつつも、手はサラサラと淀みなく動かしていく。

『妹御たちに話さんのは解かる。どうせ、最低限の事物の分別がつくようになるまでは黙っておこうとかそういうのじゃろ?』
「まーな。あんなヤツらでもまだ小学校にも上がってないんだ。わざわざ話してやる気はないけど、それでも幽霊が居たり妙な術を使えることが当たり前みたいに考えられても困る。主に母さんが」

父さんは逆にワクワクして目を輝かせそうだ。
とか、今は外国で働いている自分の父親に想いを馳せて微妙にげんなりしつつ。

『ならば何故おぬしの母御には話さん。儂の見立てじゃが、守り役である神咲の人間が付いておるのなら、何だかんだでおぬしの熱意次第では認めそうに思うのじゃが』
「ふむん」

まあ儂の見立て故、間違っておることもあり得るがの。

自分を見上げながら続ける葛花のそんな言葉に春海は毛筆を動かしていた手を止め、それを墨壺に立て掛けてから改めて彼女と目を合わせる。
そして腕を組み、思案顔を形作って。

「んー……。多分だけど、その予想は合ってるよ。いやまあ那美ちゃんの協力は必要になるし、場合によっては薫さんに来てもらうこともあり得るから手放しに実行する訳にも行かないけど。それでも確かに、葛花の言う通りだとは僕も思うよ。……でもなぁ」

そこで一旦言葉を止め、春海は対面にいる葛花を机を跨いで抱き上げてから自身の膝へと導いた。葛花も慣れているのか、されるがままで膝に寝そべり、素直に撫でられる。


「───まあ。それでも僕は、家族には出来る限り隠し通すつもりだよ」


そう、前置きとして自分の意思を告げてから。

「もともと、こんな“裏”の事情なんて知らないで済むなら知らないままでいたほうがよっぽど良いんだよ。無知は罪とは言うけど、知らないからこそ避けられる危険もある。そもそも下手に事情を話しても不安にさせるだけだしな。
元は僕が自分から勝手に首を突っ込んでるんだ。───『家族なら打ち明けておくべき』なんて“自分可愛さの”エゴは絶対に言えない、言っちゃいけないとも思う」

撫でながら、自分の歩む道を訥々と話す。

「話して、それで双方の危険が減るのなら僕だって喜んで話すさ。安全第一。生きる可能性は1%でも上げておきたい」

でも、そうじゃない。春海は言葉を翻し。

「話して減るのは僕の秘密の数だけだ。むしろ事情を話すことで何らかのイレギュラーが発生することもあり得る。巻き込んでしまうことになり得る。だったら、現状維持を選択したほうが何事も無いだけ幾らかマシだよ」
『ふむ。その結果、先程のおぬしに想像に繋がるという訳じゃな』
「うんそうだねっ!!」

家族に迷惑をかけないために無関係の神咲姉妹に多大すぎる面倒をかけているという本末転倒な状況である。

「なんだこのマッチポンプ。微かに自演臭すらするんだけど……」

葛花からの鋭い指摘に頭が痛くなる思いの春海だった。

「……今更ながら、リスティにかなり安請け合いしたよな、この状況」
『本気で今更じゃな……』

心の中にニヤついた笑みを浮かべる銀髪の悪魔を思い浮かべながら、半ば本気で後悔しだす春海。
客観的に見て最低だった。

「まあ、後悔したところでそれこそ今更だけどな……そのためにこうしていろいろと対策立ててるんだし」

そう言って、春海はさっきまで墨で何かを書きこんでいたヒト型の和紙を人差し指と親指で摘まむようにして持ち上げる。もう既に墨は乾いていた。
それを一度左手の掌に置き自身の口元に近づけてから、ふぅっと短く息を吹きかけると、ヒト型は春海が起こした風に乗り、そのまま畳敷きの床に着地し───なかった。

いや。
着地そのものはちゃんとしていた。

だが、地に降り立ったモノは先程までの手のひら大の和紙ではなく、今も葛花を抱えたまま床に胡坐をかいている和泉春海と“まったく同じ姿をした”少年となっていた。それと同時にいつも以上の“力”を目の前の少年に供給する。

「……式神も、ここまで上等なものを用意したのは初めてだな。いつもはカラスとかなんだけど」
『気をつけておけよ?ここまで霊力を込めて術者と強くリンクを繋いだ式神じゃ。下手をすれば“返しの風”だけで身体の一部が持って行かれかねん』
「肝に銘じておくよ」

春海はパートナーの忠告に肩を竦めて頷いた。


返しの風。

『呪詛返し』の一種とも言われていて、陰陽道や他の呪い系の流派においては常識の一つと言っても過言ではない現象。
一般には自ら放った術が破られた際に術者自身へと跳ね返ってくる反動のことを指し、術が高等なものである程その反動はより酷いものとなる。

因果応報。自業自得。人を呪わば穴二つ。理不尽に他者を呪った人間には、筋道を誤ればそれと同等の呪いが降りかかることになる。
今回の春海の場合で言うのならば、仮に目の前の春海の姿を形作っている式神を傷つけられるとそのダメージの何割かが術者である彼へと跳ね返るのだ。

「とは言っても、“コイツ”には家で留守中の身代わりをしてもらうだけなんだけどな。てか、こんなコピーロボットの欠陥品みたいなもの実戦投入できるか。汎用人型決戦兵器じゃないんだから」
『分身の術の代わりにしても燃費ワルすぎじゃしのう』
「某忍ばない忍者漫画の影分身みたいに修行経験が積めれば良いのになぁ。経験まったく積めずに怪我だけをフィードバックするって最悪すぎる……」
『リアルタイムで五感を共有できるあたりが救いと言えば救いか』
「まったくだ」

と。
葛花はここで少しだけ遣る瀬無い顔つきになって溜め息を一つ吐いた。

『ちゅーか、相も変わらず新術の使いどころがしょぼ過ぎるのう……』
「しょぼい問題しか起こってないからな、今のところ……」

前は巫女さんの落し物を届けるため。そして今回は自分の留守を家族に誤魔化すため。
どちらも実にしょぼい。しょっぱいとさえ言えた。

「平和の証拠っちゃあ確かにそうなんだろうけど、……なんだろう。ここまでしょうもないと何か事件が起こればなんて思っちゃうぜ」

不謹慎だし勿論冗談だけどな、と続けながら春海は苦笑し、それに葛花が目の前の式神の膝の乗り心地を確かめながら言葉を返す。

『事件と言うほどではないが、明日の夕刻もあの巫女娘に呼ばれておるのじゃろ?』
「ああ。まあ今度は隣町付近まで行くらしいから、予定が合わなければ断ってくれても構わないとも言ってたけどな。ただリスティに頼まれたこともあるし、僕が神咲さんたちに面倒かけてることには変わりないんだ。せめて那美ちゃんくらいには出来る限りのお返しをしておくさ」

葛花に今後の予定を話しながら式神の調整を再開する。

こうしてこの日もまた、夜は更けていった。










翌日の、陽も落ちかかった夕暮れ時。

現在、神咲那美は困っていた。

確かに昨日、自分は姉の薫に向かって自分には到底似合わない大言を口にした。
そこには心配の念を積もらせる姉を気遣ったという面もあったものの、しかし、それでも神咲の人間として目の前の男の子を守らなければならないと考え口にしたことであるのもまた事実だった。
那美本人としては至極真面目に心底から紡いだ言葉であって、それは除霊日の当日となった今日であってもその気持ちに陰りはない。むしろ今回の除霊を行なう舞台となっている自然公園の開発予定地に到着したときは、草木が無造作に生い茂っている荒れた林道を見て、まだ未熟とはいえ年上の自分が幼い春海くんは守らなくては、なんて普段の自分では考えられないくらいアグレッシブなことも考えていた───それなのに。


「あ、那美ちゃん。虫避けスプレー持ってきたから使って」

「そこ、段座があるから気をつけてね」

「あはは。ほら、那美ちゃん。掴まって」

「ここからか……そろそろ結界張っておくから、ちょっと待ってて」


ぶっちゃけ那美のほうがお世話になっていた。

「ごめんなさい、薫ちゃん。那美はやっぱり未熟者です……」
「くぅん……」

今もどこかで仕事に励んでいる姉に心の中でさめざめと涙して詫びる那美。
彼女の隣を少女の姿でトコトコ歩きながら慰めるように鳴くパートナーの声が逆に心に痛い。

しかも那美が一度突き出した木の枝に思いっきりぶつかってからというもの、夕方とはいえ陽光が木々に遮られて周りは薄暗いため、はぐれるといけないからということで今現在ここに至るまで手を引かれて歩いてもらっている始末。おまけに彼本人はどう思っているのか分からないが、後ろに続く那美たちのためにさり気なく草木を踏みしめて2人が歩きやすい道まで作ってくれている。

明らかに年下の男の子に気を使われていた。

「ん?何か言った?」

那美の声を聴きとめた春海が足を止めて振り返った。

木を払うために都合が好いのか、その姿はいつかの青年のもの。本当の正体が小学生とわかっていても、この姿を取られると繋がれた手が少し気恥ずかしい。共学に通っているとはいえ、もともと異性に対して免疫がある方じゃない。男友達なんて最近知り合ったなのはちゃんのお兄さんくらいなのだ。春海の那美に接する態度が成人である耕介と比べても遜色ないこともあって、彼の本当の年齢が解らなくなってくる。

「い、いえ。なんでもないですっ」
「?……そうなんだ?」

ついつい強く言葉を返してしまった那美を見て春海は首をかしげていたが、気にしないことにしたのかすぐにまた草を踏みしめて歩き出した。


ちなみに。
青年の姿を取っているときの春海に対して那美が敬語を使っているのには理由がある。

以前の仕事で那美が知り合いの刑事に春海を紹介した時のこと(立場上、那美の助手としている。変化していたから見かけは彼のほうが年上だったが)なのだが、礼儀正しい那美が年上の青年相手に敬語を使わず、しかも「春海くん」と親しげに呼んでいる光景を見て、相手をした初老の刑事が春海を那美の恋人と勘違いしたことがあったのだ。まあ、当時の彼としては那美をからかう意味合いも多分にあったのだろうが、そういうことにあまり耐性のない那美は顔を赤くしたりアワアワしたりと相手の期待通りの反応を返してしまい。

結果、那美は春海が青年の姿となった時だけ敬語を使うという、実に面倒くさいことをするようになっていた。



閑話休題



「それにしても」

前を行く春海の声に、那美は自分の内に向かっていた意識を引っ張り戻す。

「那美ちゃん、巫女服でよくこんな歩きにくい場所を歩けるよね」

横目で振り返った彼が見たのは、初めて会ったときと同じ巫女装束を身に纏った那美の姿。林に入る前に近くにあった公衆トイレの中で持参していたそれに着替えたのだ。前方を行く春海がいつも通りの私服なだけに、その差異が一層引き立つ。
さらには動きにくそうな服装の割にその足取りに淀みはなく、春海も彼女が木に頭をぶつけたりしなければこうして手を引いて歩くこともなかっただろう。

「あ、はい。一応、この服も神咲一灯流の仕事着のようなものなので」
「仕事着ってことは、……薫さんも?」

その光景を想像したのか、微妙な顔をしながら訊く春海。
正直、凛とした雰囲気を持った彼女に果たして巫女服が似合うのかどうか。いや、ビジュアル的にはよく似合うと思うのだが、どうにもイメージし難かった。

そんな彼の失礼な考えを読んだのか那美は空いている方の手を口元に添え、おかしそうに笑って。

「あはは。薫ちゃんも昔は八束神社で巫女のお仕事してたんですよ?ただ、仕事着はこれじゃなくて『式服』っていう服ですけど。ほら、十六夜が着てた感じので、薫ちゃんのは動く易いようにそれに袴を合わせてるの」
「ああ。薫さんは刀を使うって言ってたっけ。それでか」
「はい。それに、わたしも小さい頃はこんな自然がいっぱいある田舎に住んでたから。山道みたいな所はちょっと得意なんです」
「へぇー……」

胸を張って自慢げにそう言う那美に、春海は乾いた声で相槌を打つ。さっき額を思いっきり木にぶつけていたのはスルーしておく。突っ込みづらいし。

「にしても田舎かぁ。そういうのも良いなー」

『前』も『今』も実家があるのはどちらも田舎とは言い難かったため、春海としてはそういう大自然に囲まれた土地というのは憧れるものがあった。出来るならば一度は行ってみたいとも思っている。流石に暮らしたいとまでは思えないが。

「那美ちゃんたちの実家って言ったら、」
「鹿児島です」
「くぅん」
「ですか」
「良かところですよ~。今度、ぜひ一度遊びに来てください。祖母も葛花さんには会いたがってましたし」
「『儂はあんまり覚えとらんがの』」
「まあ、まだまだ先になりそうですけどその時は是非」
「はい♪」
「くーん♪」

そこで一旦会話は途切れ、次いで春海は今回の除霊についての事を訊いた。

「……もう15分くらい歩いてるけど、目的地はこの近くだったっけ?」
「あ、はい。昨日の昼間に下見で近くまで来たんですけど、たぶんあと2,3分で着くはずです」
「ん。───確認するけど、今回の仕事は最近この辺りで人を襲ってる霊の解決、だよね?」
「はい。怪我をした人がもう何人も出てるらしくって」
「そっか。……死人が出てないのが、まあ、救いって言えば救いかな」
「そう、ですね……」
「くーん……」

金髪からぴょこりと生えた狐の耳を伏せる久遠に弱った笑みを返しながら、那美は今日の依頼内容を思い出す。


今回の事件の始まりは数カ月前のこと。

この辺りは自然がまだ多く残る土地柄で、市では最近それを利用した自然公園の開発を予定している、そんなごく普通の土地。

ある日、そんな土地で小さな事件が起こった。
最初の事件は、とある用件で夜のこの場所に踏み入った男が獣に噛まれたというもの。ただ、その件自体は暗闇で野良犬にでも噛まれたのだろうと思われ一部では騒がれていたものの、傷自体もそこまで酷いものではなかったためか今後は気を付けようということで一応の収まりを見せていた。

しかし、一月ほど前から状況が一変した。

秋も深まり夜の訪れが早まってきた頃。夕方遅くまで林の近辺で仕事をしていた男性が、周囲には何も無かったにも関わらず突然何かに噛みつかれたような激痛に襲われたのだ。我に返った男性が見たのは自分の腕に深々とついた獣の歯牙の跡。
それでも当時はその件もまた、(本人が納得したかどうかは置いておいて)当初は男性の不注意ということで決着はついていた。しかしそれからも同じような出来事が相次ぎ、一番近いものに至っては作業場付近で遊んでいた小さな子どもが襲われたというものさえあった。

そうしてどこをどう巡ったのかは那美や春海の知るところではないが、その時点でやっと町の警察関係者から神咲にまで連絡が入り、昨日の那美の調査で霊関係の事件であることがはっきりしたというのが一連の流れだった。


「夕方遅く……まあ関係あるのは、“逢魔が刻”ってくらいかな?」
「そう、だと思います。幽霊にとって夜は最も自分自身の存在を強めることができる時刻。夏が終わって、昼と夜の境が曖昧になるのが早まってきたから」
「最近になって襲われる人が増えてきたのはそのせい、か……」
「はい」
「くぅん」
「まあ、それでも一番酷くて手に噛み傷程度なんだ。そこまで厄介な霊じゃ───」

そこで春海は那美との会話を打ち切った。───進行方向に嫌な“魂”を『視』たからだ。

<葛花>

一先ず自身の内に眠る葛花に訊く。

『ふむ、この臭い。これは───』
<依頼の内容通り、だな>
『じゃろうな』

春海に一歩遅れて那美と久遠も気づいたのか、彼に呼びかけた。

「……春海さん」
「くぅん」
「ああ。時間帯もちょうど夜の手前。───頃合いだ」

そして警戒を保ったまま、しかし足取りは迷いなく前へ。事前に教えられた通りならばこの先には───

「……到着、と。那美ちゃん、ここで良いんだよね?」
「はい。───事件の際、被害が最も多かった場所です」
「くぅん」

春海たちが進んだ先にあったのは、直径で20メートル程の小さな広場だった。地面は茶色い肌を剥き出しにしており、木々がその空間のみを避けるようにして形成された空白地帯。
さっきまで薄暗かった視界が、差し込む夕陽の光によって明瞭となる。とはいえ、その夕陽も既に西の空に沈みかけて、東の空に至っては淡い闇に覆われ始めていたが。

上方の障害物であった木々が無くなり空が覗いたことで、先程まであった閉塞感から解放された───と感じる者は、少なくともこの中には一人も居なかった。

逆だ。

酷く、常人では息苦しくなる程の圧迫感。空気が淀んでいると言っても過言ではなかった。

「ひどい……昨日よりも悪くなってる」
「くーん……」

那美が目を伏せ、それに同意するように久遠が鳴く。無意識のうちに、寒さを堪えるように右手で自分の左腕を擦っていた。

「……………………」

春海はそんな那美の左手から無言で手を離し、手首のホルダーの中から二枚の呪符を取り出していた。立てた人差し指と中指で両の符を挟んで素早く五芒星《セーマン》を切る。
次の瞬間、春海の左手には二振りの小太刀が握られていた。自分用の刀をまだ持っていない春海が扱う、陰陽五行における金行を利用して作った小太刀だ。ちなみに恭也の愛刀『八景』をモデルにさせてもらっている。

自前の小太刀二刀を両手に構え、油断なく辺りを探る。
そんな春海を見て、彼の横に出てきた那美が短く注意した。

「は、春海くんっ……」
「大丈夫、先走ったりしません。というよりも、……もう出てきた」

春海に言われた那美が改めて視線を向けると、そこに居たのは───


『■■■■■■■■■■■■■■■■───ッ!!』


「わ、わんちゃん……?」
「くぅ?」
「っぽくはありますけど、……流石にあれは『わんちゃん』なんて可愛らしいもんじゃないなぁ……」

漏れ出た那美と久遠の声に、春海はぼやくように返す。

そんな彼らから見て広場のちょうど向こう側から音の無い唸り声と共に顕れたのは、一見すれば『犬』のように見える“ナニカ”。

その身は周囲の風景と同化するように掠れてはいるものの、それでもはっきりそれと解かる四足歩行と茶色の体躯をしており、ここまで届く圧力は鈍重なものとは程遠かった。身体から突き出た頭部は、なるほど、確かに“犬”のそれだろう。ただ、牙を剥き出した口からダラダラと幻の涎を垂らし血のような凶光を放つ眼で彼らを睨めつけているところを見ると、どう間違っても『わんちゃん』なんて牧歌的な呼び名が似合う見た目ではない。

「アリサに見せたら何って言うんだろ……」
『流石に“あれ”は許容範囲外じゃろ……ペットにするとか言い出したら、儂、あの娘の名を一生覚えておくぞ』
「“あれ”をペットとか無理ゲーすぎる……」

雰囲気からして人間に懐きそうにない。人間友好度が0を振り切れてそうだ。

『■■■■■■■■■■■■■■■■……ッ!!』

ただ、どういう訳か狗霊はこちらを唸りながら睨むばかりでいつまで経っても襲いかかって来る気配が無かった。それに気づいた春海は、犬霊に対する警戒を解かないまま隣にいる先輩に問い掛ける。

「ちなみに那美ちゃん」
「は、はいっ」
「一応訊くけど、……あれ、どうする? 雰囲気の割に感じる霊力は少ないから、たぶん退魔自体は簡単だと思うけど」
「え、えと、……出来ることなら、……鎮魂、してあげたい、です、…けど……」
「くーん……」

春海の問いに答えつつも、那美の言葉は力無かった。出てくる声が尻すぼみに消えていく。

那美も解かっているのだ。感じる霊力の質や、この空間一帯を充満している嫌な淀みで十分にわかる。

“あれ”はもう戻れない、と。

いくら成仏するように祈ってあげても、説得を試みても、どうしようもない状態にまで追いやられてしまっている。那美の持つどの術でも、いや、神咲の家に伝わるどんな術であっても、もう安らかに眠らせてあげることは出来ないだろう。

そのくらい、未熟な自分でも解かってる。



───でも、それでも那美は何とかしてあげたかった。



諦めきれない。斬り捨てきれない。足掻きたい。無駄と解かっていても、あの狗霊のためにも頑張りたい。───何より、ここで簡単に諦めてしまったらあの娘との『約束』なんて、到底守れない。

ただ、そのためには“あの子”を何らかの方法で動けなくする必要があった。鎮魂をするにしても、今の状態では危険すぎる。
しかし戦う力を殆ど持たない那美ではどうしようもない。彼女の持つ術では、数秒だけ動きを止めるのが精一杯だ。久遠の力では“あの子”を倒すことは出来ても、動きを止めて捕まえることはできない。ましてやこの場には春海だって居る。那美のわがままのために、彼まで危険に巻き込む訳にはいかない。

そう思って、那美は自分の意思を必死に飲みこんでいた。納得しきれるものではなかったが、それでも一人の神咲の人間として“このまま祓う覚悟”を固めていた。───それなのに。



「ん。了解」



気が付くと、そんな軽い返事が返ってきていた。

自然、俯いていた顔が上がる。
そこにあった彼の眼は、既に那美を見てはいなかった。










春海は那美の言葉を聞くや否や、それに短く返して駆けだしていた。
後ろから那美が何事かを叫んでいるようにも思ったが、トップスピードに乗った今では止まる方が逆に危険と判断。敢えて無視して狗霊の元まで一直線に駆け抜ける。

「───フッ」

走る速度もそのままに、目前に迫る悪霊へと右の小太刀を一閃。呪符から作った小太刀だ。相手が霊体であろうとお構いなしに斬れる。
が、狗霊のほうもやはり獣の霊。悪霊と化したその身の速度は普通の獣とは一線を画するようで、難なく躱された。速さだけならばかなりのものだが───問題ない。元より目的は“殺す”ことではない。避けられるのは、むしろ好都合。

戦闘用に傾けた思考の中、春海は片隅でそれだけ考えると一先ずは相手の動きを封じるためにすぐさま追撃に掛かる。

次いで、右刀に隠した左の小太刀で逆袈裟に───?

「あん?」

思わず攻撃の手が止まる。足を止める。
立ち止まって、相手をじっくり観察する。

常の春海ならば在り得ないことだった。今は戦闘中だ。長い距離が開いているのならまだしも、ここまで接近していれば動きを止めておく方が危険なのは解かりきっていた。

ならば何故? その答えは───、


(なんでコイツ、襲いかかってこないんだ……?)


そういうことだった。

春海から『逃げない』のは理解できる。そもそもこの“狗霊”は悪霊・怨霊の中でも取り分け低級霊の類。知能は皆無に等しい。そして負へと傾いた霊に『勝てないから撤退する、襲われているから逃げる』なんて概念は存在しない。ただ憎しで生者へと襲いかかり相手を傷つける、それだけの筈なのだ。

その怨霊であるはずの狗霊が、春海に近づいてこない。

していることと言えばただ憎しみの咆哮を上げながら一定の距離を開くように動き回るくらいで、一向に春海に向かって襲いかかろうとしない。そういえば、先の登場の場面においても睨め付けるばかりで春海たちに接近してくる様子はなかったかと思いだす。

『■■■■■■■■■■■■■■■■───ッ!!』

悪霊ではなく、ただの暴走した浮遊霊?
違う。目の前の狗霊が手遅れであることは、この空間に充満した“淀み”と“視える霊魂”が証明している

ならば何故。

常とは違う動きを見せる霊を相手に春海は数瞬ほど思考し、そしてその答えは意外なところから返ってきた。

『ふむ。大方、お前様の内に居る儂を警戒しとるんじゃろ。人の霊ならばともかく、堕ちたとあっても獣であればやはり“解かる”か』

春海に憑いている葛花の言葉に返事はせず、しかし内心で大いに納得する。

葛花の言う通り目の前の獣の霊が春海の内にいる彼女を警戒しているのだとすれば、こちらに近寄ってこない理由も、かと言って逃げるでもない理由も全て解ける。
生前の獣としての本能が実力的にも霊的にも遥か格上である葛花への警戒心を最大にまで押し上げ、しかし一方で怨霊としての性質が『逃げる』という動物として至極当然の選択肢を失くしているのだ。言ってみれば、板挟みの状態に近い。

「…………」

だが、そう考えた瞬間、ふと疑問が湧きあがった。



自分の近寄ってこない理由は解かった。───ならば、なぜ那美と久遠に目標を変えない。



彼は目の前の狗霊を警戒しつつも視界の端に那美と久遠の姿を収めた。
那美はこうなった以上春海の邪魔をしないためか不安な表情でこちらを見守っており、それは那美の隣に立つ人間の姿に変化している久遠も同様のようだった。

狗霊が彼の刀を躱して大きく跳び退ったことで春海・狗霊・那美たちの現在の位置関係は、春海の正面に狗霊、そして那美たちは春海から見て左に立っている。目の前の悪霊からすれば春海(この場合は葛花か)などよりもよっぽど狙いやすい獲物だろう。もちろん、春海としても易々と狗霊を那美たちの元へと行かせる気はないが。

単に葛花に対する警戒が勝っているのか。───そうでなければ、まさか眼前の狗霊にとっては那美たちも警戒すべき相手なのか。


だとすれば。


それは。


その警戒は、霊能力者である那美に対してなのか。あるいは───


「…………」

浮かびかけた疑念を振り払う。
今はそんなことを考えている場合ではない。襲いかかってこないとはいえ、それも絶対とは限らないのだ。

時間にしてほんの数瞬の思考だが、それでも自分を強く叱咤する。
いつから自分は戦闘中に考え事できる程に強くなった。眼先の相手に集中しろ。

「……よし」

最終目標と現状、自己の能力、そして敵の状態を頭の中で擦り合わせ作戦を決める。
次いで内の葛花へとタイミングの指示。

『■■■■■■■■■■■■■■■■───ッ!!』

動きを見せない春海に焦れたのか、あるいは警戒が先に立って思うようにいかない状況に焦れたのか、あるいはその両方か、眼前の犬が吠えたてる。

「…………」

それを聴きながら春海がホルダーから取りだしたのは、一枚の霊符。
純白の紙に朱色の墨で『急急如律令』と書かれたそれを指で挟み、目の前に力強く五芒星《セーマン》を切る。

「───疾ッ!」

短い呼気と共に、その呪符を地へと叩きつけた。

刹那、突如盛り上がった地面から突き出したのは無数の針の大群。数えきれぬほどに跳び出たそれは“目の前の狗霊のみを外して”そびえ立ち、その姿を覆い隠すことで剣山で作られた一種の『迷宮』を形成していた。

───いわく、太白破軍金神符呪

一度大地へと叩きつけられたそれは、土生金の理を以て更なる力を得る。

「葛花! 離れろ!」
『わかっとるっ』

迷宮が形成されるのとほぼ同時に春海が叫んだ。
同じくして、すぅ、と指示していた通り葛花が霊体となって春海の身体を飛び出す。それに伴って自身にかかっていた変化が解け彼の容姿が小学生のそれに戻ったが、今はどうでも良い。

と。

『■■■■■■■■■■■■■■■■───ッ!!』

ザザザザザザザザザザザザザザッ、と鋭く地面を蹴る音が、春海が作った針の壁の向こうから響いた。
葛花が春海から跳び出したことで狗霊を縛っていた本能の呪縛が解かれたのだろう。今、狗霊は『迷宮』の出口を探し、そして自身の獲物たる春海を一直線に目指していた。

「…………」

それを、春海は『視る』。

春海が用意した『迷宮』はさほど複雑ではない。というより、呪符一枚程度では狗霊の先に幾つかの『一本道』を用意するのが限界だった───が、今回に限ればそれは十分過ぎた。
春海の目に映る視界は針の壁に阻まれて向こうを見渡すことは何も出来ないが、彼にとっては相手に“魂”がある時点で、もう一つの『眼』がその動きを見逃さない。

春海が作った、自身へと続く三本の『道』。
敵が奔るのは、その内の一本。彼に『視』えるのはそれだけ。だが、それさえ解かれば───

「───ッ!」

跳躍。

しながら、左の小太刀は放棄。右のみを両手に持たせ大地へと突き立てるかのように逆手に構える。
自身の耳に聴こえ“眼”に視えるのは、まっすぐにこっちに向かって疾駆する一匹の怨霊。それが向かうのは───春海の着地地点!!


『■■■■■■■■■■■■■■■■───ッ!!』

「らぁぁぁああああッ!!」


果たして。
春海の小太刀は狗霊の顎を塞ぐようにして貫き、大地へ繋ぎ止めんと深々に突き立った。





「……ふー」

『■■■■■■■■■■■■■■■■───ッ!!』

目の前の狗霊の唸り声を聞き流しながら相手の鼻の上あたりを貫いた小太刀もそのままに、春海は刀から右手を離して取りだした新たな呪符を突き立つ小太刀の柄に貼り付けた。

「 此刀非凡常之刀、百練鋼之縛紐───急々如律令 」

『■■■■■■■■■…………ッ』

それだけで大地に貼り付けにされた狗霊の、さっきまでの春海に向かって来んばかりだった激しい動きが収まった。
それを認め、……念のため足先でちょんちょん突っついて本当に動かなくなったことを確認した春海は、小太刀から完全に手を離した。

『───結果は上々じゃの。ちゅーか、これ迷路にする意味あったかの?』

終わったのを察してこちらへと近寄ってきた葛花に、春海は服に跳ねた土を払いながら応じる。

「いや、逃げ場はいくつか用意しておかないと針壁にそのまま突っ込んで来そうだったから。あとは問題らしい問題はタイミングだけだったしな。……閉じ込めた時に、もし空から飛んで来られたらかなりアウトだったのは事実だが」
『知性皆無じゃからな。そんなわざわざ回り道をするような頭は持っとらんじゃろ。というより、“飛ぶ”という概念も多分ないぞ』
「ま、8割方そうなるとは思ってたけどさ」

それでも実戦では出来るだけこんな賭けみたいな真似はしたくないんだよ、怖いし。僕はまだ弱いからしょうがないんだけど。

なんて内心でぼやきながら、春海は傍に葛花を侍らせながら向こうでこちらを見守っていた那美たちに歩み寄って事態の終了を伝える。

「那美ちゃん、終わったよー。……………………那美ちゃん?」

へんじがない。ただのしかばね───では、ない。当たり前である。

那美は春海が目の前まで歩いて来ても反応らしい反応を返さず、その華奢な肩をぷるぷる震わせるばかり。俯いているせいで目元が前髪に隠れてしまって表情が読めない。隣の久遠も那美の巫女服の裾を引っ張りつつも涙目で腰が引けていた。
春海は額にタラリと流れる冷や汗を感じながら、それでもなんとなく彼女の近寄りがたい雰囲気を察して距離を取る。『前』も含めて彼の中に蓄積され、血肉となった経験の賜物だった。

「な、」
「な?」


───ただ、まあ、


「───なんであんな危ないことしたんですかぁああーーーっ!!」


回避できたことは、あんまり無かったりする。


「わかってるのっ!?1人であんな危ないことして!もしケガでもしたら春海くんの家族も友達も、みんな泣いちゃうんだよっ!?何かあってからじゃ遅いんだから!」
「い、いや、でも退魔する前に鎮魂を試すにしても、一回は捕まえる必要があったし……」
「だったら何で1人でとび出したりしたのっ!確かにわたしは春海くんよりも弱いし足手まといかもしれないけど、だからって春海くんみたいな小さな子どもが危ない真似して良いことにはならないんだよ!?」
「い、いや、それは、え~っと~……」

春海は顔を真っ赤にして怒りを露わにした那美に詰め寄られ、たじたじと一歩下がった。

春海としては『今』の人生ではここまで強く叱られた経験が滅多になかったため(つまり多少はある)、どう反応すれば良いのかがイマイチ思い出せず。しかも体が小学生となっている現在の状態では物理的な上下関係でも那美が勝っているせいか威圧感という意味でも正直なところかなり怖いのだ。
おまけに、彼女がただ怒っているだけならば春海としても幾らか宥めようはあるものの、───

「ほんとに、……ヒック……ほんとに、心配したんだよ……!」

こちらを見据える瞳から大粒の涙を零し、可愛らしい顔を悲しみで歪めて、それでも尚叱ってこられては春海としても弁解のしようがなかった。

(あーもう、女が泣くのは本気で反則だろ……)

無条件でこちらが悪いような気がしてくる。いや、気がするも何も、今回の場合は全面的に春海の所為なのだが。
那美を巻き込まないようにと先走った春海だったが、どうにもお節介が過ぎたらしい。

ならば、と弱った春海は助けを求めるように葛花へと視線を向けてみたが、

『1人で、って……儂、完全に忘れられとるのう。……いや、構わんのじゃがな?別に気にしてないがな?小娘にどう思われたところで儂にとっては些事なのじゃよ?でも、そんな居ないみたいに扱わなくても……それはそれでちょっとショックって言うか……』
「くぅーん……」

当の本人は向こうで身を丸め、自慢のしっぽを指先でクルクル弄っていじけていた。その隣では久遠が葛花の頭を撫でて慰めている。
どこからどう見ても役に立ちそうにない上、久遠に至ってはチラチラとこっちに視線を寄こしている所を見るに、どう考えても巻き込まれまいと避難していた。賢い子狐さんである。

「春海くん!ちゃんと聞いてるのっ?」
「はい!ごめんなさい!」
「大体!わたしの方がお姉さんなんだから春海くんだって少しは頼ってくれたって───、今日だってここまで来る途中も、───、」

そうして泣きながら叱るという那美にとっては実に情けない、されど春海にとっては良心にブスブス突き刺さるこのお説教は、それからたっぷり10分以上続いた。





**********





「───そういうことだから、春海くんもわたしをちゃんと頼ること。いい?」
「いやもうホントすみませんでした」

それから。

淡く微笑む那美ちゃんが僕の頭を優しく撫でながら言ったその一言で、ようやく十数分にも及ぶお説教が終了した。お互いに、なぜか地べたに座って正座である。
なんというか、完全に僕と那美ちゃんの上下関係が逆転している気がする。微妙に下剋上された気分だった。

「まさかこの歳になって高校1年の女の子に説教かまされるとは……」

精神的にかなりクるものがあった。情けなさ過ぎて死にたくなってくる。
まさかこんなところで僕が自身の死を望むこととなろうとは。予想外にも程があるわ。

そうして僕が生きることの難しさを痛感していると、お説教に巻き込まれないため僕を見捨てていたキツネコンビがこっちに近寄ってきた。

『おお。ぬし様も災難であったのう。まあまあ、間違いは誰にでもあるものじゃ。気にすることはない。以後、これを糧に精進すれば良いんじゃよ』
「くぅん!」

なにやらすんげー偉そうなこと宣まっていた。
どうやら見捨てた事実は無かったことにする方向性で行くらしい。こいつら、なんか最近僕のこと舐めまくってね?

僕は今度チャンスがあれば2匹が悶死するくらいに撫でまわしてやろうと心に誓いつつ、正座から立ち上がってから改めて那美ちゃんに話しかけた。

「それでは那美様」
「なんで“様”付けなの!?」
「いえ、上下関係はハッキリさせませんと……」

僕の動物的本能が警鐘を鳴らすというか……

「い、いや、大丈夫だよっ?ほら、今まで通り『那美ちゃん』でも、わたしはぜんぜん怒らないからっ……!」

あ、それでも那美“ちゃん”で良いんだ。
もう慣れちゃってそっちのほうが普通になってきたのか?

「……えーっと、まあ、それじゃあ。那美ちゃん」
「うん!」

こちらの呼びかけに嬉しそうに笑顔で応じる那美ちゃん。なにこの子。すっげー可愛いんだけど。
僕が心のときめきをポーカーフェイスで巧妙に隠していると、那美ちゃんは何に気が付いたのか少し焦ったようにして、

「春海くんっ」
「は、はい」

すわ、また説教か、なんて思わず身構えた僕を気にせず、彼女は僕の足元あたりを指差した。

「け、ケガしてるよ」
「ん?」

那美ちゃんに言われ、視線を下げた僕の目に飛び込んできたものは自分の右足首あたりにある擦過傷だった。ただ、傷自体は何ら深いものではなく皮を削って僅かに血が滲んでいる程度だったが。説教されている間も気づかないくらい微々たるものだ。

「んー、……たぶん、狗霊の顔面に飛び込んだときに前足が掠ったのかな。まあ、このくらいなら帰って絆創膏でも貼っておけば───」
「ちょっと待っててね」

那美ちゃんは僕の話を遮るようにして言葉を被せると、しゃがみこんで自分の両手を傷周りに添えるようにした。
眼を瞑り、集中する。
その様子に何となく冒しがたいものを感じて、僕がされるがままに任せていると───

「……おお」

思わず声が漏れる。
見ると、添えられた那美ちゃんの手が淡く発光していた。それだけならば如何ということもないのだが、同時に僕の傷のあたりにぽかぽかと心地よい感触。

十秒ほどして那美ちゃんの手が離れたとき、さっきまでそこにあった傷は跡方もなく消えていた。

「すごいな。……治癒術?」
「うん。わたしの一番得意な術」

十六夜直伝なの、と気恥ずかしそうに説明する那美ちゃんの表情は、しかし何処が疲労しているように感じた。
ただ、一応そのことに気づきはしたものの、指摘するのも野暮ということで素直にお礼を言うに留めておく。説教された理由を忘れてませんよ、僕は。

「ありがと」
「どういたしまして」

疲れていながらもこちらの感謝の言葉に笑顔で応じた那美ちゃん。
そんな彼女に、しかし僕は唐突に言った。

「───じゃ、そろそろあっちの狗霊も送ってやろっか」

僕が指差す先に居るのは、

『■■■……■■…■■■………■……ッ』

僕手製に小太刀によって地に縫い付けられたまま、地の底から響くような低い低い唸り声を上げる狗霊だった。
封印処理は施しているものの、あの状態のまま放置しておくのはあまりに可哀そうだ。退魔するにしても、鎮魂するにしても、とっとと送ってやろう。

「…………はい」

僕の言葉を聞いた那美ちゃんは途端に顔色を悪くし、今の僕の姿が子供のものであるにも関わらず敬語に戻っていた。たぶん、そこまで気を回している余裕もないのだろう。

一歩、また一歩、足元を確かめるように那美ちゃんは狗霊へと近づいていく。
先頭は彼女と、いつの間にかその横に連れ添っている久遠ちゃん。僕たちはその後ろだ。

その理由は、なにも那美ちゃんの方が年長だからというだけじゃない。

那美ちゃんは、“僕と違って”足掻くつもりなのだ。僕は既にこの狗霊の魂を無いものとして『斬り捨て』てしまっている。───僕には、もう目の前の狗霊が手遅れであることが解かるから。解かってしまうから。

那美ちゃんが、そしてそれに寄り添う久遠ちゃんが、地に伏す悪霊の眼前へと立つ。

封印され一切の動きが禁じられた狗霊。そのなかで唯一動くことを許された、凶狂とした血のように紅い瞳が彼女たちを睨め付けた。



ここから見えない彼女たちの表情は、一体どんなものなのだろう。


少なくとも、僕の好きな彼女たちの表情でないことだけは確かだった。





**********





陽も完全に沈み切り、周囲を闇が支配し始めた宵の口。
しかし街は闇夜を払拭するかのような勢いで街灯を照らし、逆に人によって作られた無機質な光が地上を支配していた。

そんな街の上部。建造物を建造物の間を足早に駆け抜ける影が一つ。

「この『御霊降ろし』って術は特別なんだよ」

影から、一つ声が零れた。男の子の声だった

「他の陰陽術が“霊力”を使って発動するのに対して、この術だけが、僕や葛花が“氣”って呼んでる力を使って施される」
「ごめんね」

口調に淀みはなく、その口から紡がれている言葉も雑談の類のもの。そこには、一片の気負いも含まれてはいなかった。

「死んだはずの幽霊に肉体を与える。“御霊降ろし”は那美ちゃん達が知ってる通り、陰陽術どころか霊能力としてもかなり異質だ」
「本当に、ごめんね」

喋る少年の後ろから零れるのは、弱弱しい謝罪。それでも少年は頓着することもなく雑談を続ける。

「それに薫さんや十六夜さんに確かめても、2人は“氣”なんて得体の知れない力のことなんて聞いたこともないらしいよ。案外、この“氣”って力を持っている人は少ないのかもしれないね」
「本当に……ッ、ご、ごめんな、さい……ッ!」

「那美ちゃん」

そこで、少年は初めて後ろに座る少女へと言葉を返した。視線は、前を向いたままだった。

「鎮魂できなかったのは、那美ちゃんのせいじゃない。あんな状態になった霊を元に戻すなんて、僕や葛花にも無理だ」
「ち、違ッ……!?」
「それに、」

少年は、腰に回された両手に自身の手を添えた。冷たかった。冷え性なのかもな、なんて、場違いな感想を持った。

「───なにも、那美ちゃんが“終わらせる”ことなんてないよ」
「でもっ、でもっ、……春海くんに、わたしを頼れって言ったのに……ッ。わたし、甘えてばっかり。春海くんにも、薫ちゃんにも、葛花さんにも、……久遠にもっ!」
「くぅん……」

少女の膝に寄り添う黄色い子狐が小さく鳴いた。子狐がその声にどんな想いを託しているのかは、たぶん少女以外の者は全員気づいた。

「それにっ……それに、ね。もし春海くんが居なくても、……わたし、久遠に全部押し付けてたと思う……諦めきれなくて、足掻きたくて。……なさけないよね……、春海くんにあれだけ偉そうに言っておいて、覚悟なんて、……何にも出来てないっ」

漏れ出る慟哭の声。

自身の肩に押し付けられる少女の感触を感じながら、少年は少女に問うた。

「……那美ちゃんは、退魔師なんて辞めたい?」
「……………………」

返答は、ない。

「もし那美ちゃんが辞めたいって言うのなら、薫さんに相談しよう?もし駄目だって言われたら、まあ、ここにいる間くらいは僕が代わってあげられる。その間にどうやって辞めるか、また考えよう。
そうでなくても、退魔以外にも霊能力者としての仕事はいっぱいある。退魔の仕事だけを避けて通ることだって出来るさ。どう?」

それは甘い、本当に甘い、悪魔が囁きかけるような甘言。
少年は、少女がここで退魔師を辞めるという選択を取るのなら、本気でそれを応援しようと考えていた。もとより退魔師は命の危険が伴う職。中途半端な決意で志すような道ではない。

Ifの話にはなるが、もしも今この場に少年が居なければ、きっと少女はこの先も頑張ることができたのだろう。自分のパートナーの助けを借りながらも、これは自分がやらなければならないことだと考えることができたのだろう。
それが揺らいだのは、紛れもなく少年の所為だった。少女から見て遥か年下の少年に、今回の退魔の全てを任せっきりにしてしまったという事実。その現実は冷たく鋭い棘となって少女の胸の内を抉っていた。

自分はなんて弱いんだろう。

自分はなんて脆いんだろう。

少年は、そんな少女の心の内を過不足なく察していた。その要因が自分であることさえも。
だからこそ、その原因となった自分くらいは少女の選択を尊重しなくてはいけない。犯してしまったのならば、償いが必要だ。自身の全力で以て彼女の道を護ってあげよう。

そう考えて。そこまで考えて。



「───やめたく、ない」



そんな独り善がりな考えは、少女の迷いない一言に呆気なく打ち消された。

「……『約束』が、あるの。大事な、本当に大事な友達との、『約束』。……わたしはまだ弱いけど、そんな下らない理由なんかじゃ逃げられない。逃げたく、ない。……これはたぶん、わたしの、……神咲那美のわがまま。……だから、ごめんね、春海くん。せっかく心配してくれたのに台無しにしちゃって。それでもわたし、……逃げたくない」

一言一言を大事な誓いであるかのように告げる少女。

いや。
事実、大切な誓いだった。

少年からすればそれは予想外で、しかし、それでも心のどこかで察していたのだろう。驚きは少なかった。


自分は今、何を考えていた?


少女の選択を尊重する、そう思っていたはずだ。“これ”が彼女の選んだ道なら、ならば自分がしてあげられるのはその小さな背を後ろから押してやるくらいなものだろう。大丈夫。この程度で折れてしまうほど、彼女は弱くなんてなかった。

「なら、そうすればいいさ。大丈夫、那美ちゃんは弱くなんかない。これからもっともっと強くなれる。……それに、まあ。何かが出来るわけでもないけど、それくらいまでならたぶん僕も一緒に付き合えるから」

少女の手を強く握りしめて、少年は言葉を紡ぐ。守ってあげるなんて、今の彼女には失礼すぎて言えなかった。また、言う必要もなかったのだろう。



───だって。



「くぅんっ!」

少女に寄り添うように、彼女の大事な大事な『友達』が一声鳴いた。

「……うん。ありがとう」

それに返す少女の声もまた、優しいものだった。



───余計なお世話すぎるし。










ちなみに。

その後、さざなみ寮へと那美を送り届ける中途のこと。道中、落ち着いたということで我に返った那美が葛花の背から下をのぞき見て、あまりの高さに動転して帰り着くまで少年にしがみついたままだったという話は、まったくの余談だろう。

どうやら少女の道のりはまだまだ険しいようだった。













(あとがき)
大変お待たせしました。第十六話その3、投稿しました。

うん。読んでわかるように今回くっそ長いです。二万文字強。もしかしたら今までで一番長くなったかもしれません。いや、初めは前編後編に分けようかなと思っていたのですが、2週間以上も読者の皆様をお待たせした手前そんな嘗めた真似をするのもどうかと思い、丸まま投稿しちゃいました。それでもなんか後半は話が性急すぎる気がするのは、やはり作者の構成力不足なんでしょうね。
作者はSSを読むのなら文章量が多いほど嬉しい派なのですが、他の読者様はどうなんでしょう?もし「こんなダラダラしたのじゃなくて、もっとコンパクトに纏めろよ」という方がいらっしゃいましたらゴメンナサイ。

さて。
今回の話は那美ちゃんメインですかね。こうして見ると、那美ちゃんってかなりヒロインに昇格しやすいポジションにいるような気が激しくします。別にうちの主人公に限った話でなく。
あと書いてて気づいたのですが、那美ちゃんって、とらハ・リリカル勢のなかでは珍しいくらいに才能ないんですよね。いや、バカにしてる訳じゃなくって。原作でも戦闘は久遠や他の人に任せっきりだし。まあ彼女は僧侶ポジですから仕方ないっちゃあ仕方ないんですけど。

当SSでは、神咲那美はいわゆる『普通の少女』を意識して描いているつもりです。特別な才能もないただの少女が、ひとつの『約束』のために前を向いて歩んでいく。そんな感じで。てか、今回の話ではそれを主人公が邪魔しかけたんですけど。本当にマッチポンプというか、どうしようもない不肖の主人公だと思いますマジで。
基本的にうちの主人公って、他作品で言う“物語の途中で主人公一行に有力なアドバイスをするサブなお兄さんポジション”なんですよね、キャラ的に。やっぱり転生しているからか、人格的な面で既に完成してしまっているきらいがあるので、その安定感が主人公らしくないというか……。ま、その分他の原作キャラがメチャクチャ主人公キャラなんですけど!

それと、12月中にあと一本程度は投稿出来そうなんですが、申し訳ないことに1月中は投稿出来そうにないです。リアルのほうが試験ラッシュなので。
ので、来年1月中の投稿は無いものと考えていただけると助かります。

次は月村組か、もしくはリスティとあのロリ女医さんあたりになると思いますでの、よろしくお願いします。

では。


(追伸)12/27
すみません、リアルの方でトラブルが起こったので12月中の更新が無理になってしまいました。なので、この投稿が事実上の今年最後の更新になります。
みなさん、良いお年を。




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