「「さいしょはグッ!じゃんけんポンッ!」」スパーンッ!!あたしの目の先でハルが手に持ったハリセンを無駄に綺麗な軌道で振り下ろし、その対面に座るクラスメイトの吉川の頭をしこたまに叩いた。そういえばアイツ、なのはのお家の人に剣術を習ってるのよね、なんて何となく考える。「ウシッ、勝利!5連勝!」「あー、負けたー!」「直也、だらしないぞ!」「ならそっちがやってみろよ!」「なら春海!つぎ、オレなっ!」「ハッ!なら次は10連勝だな!」敗退した吉川が、それでも笑いながら席を立ち、また別の男子がその対面へと席に付く。そして再び始まるジャンケンとハリセンの応酬。そんな光景を自分の席に座って見ながら、あたし───アリサ・バニングスは自分のそばに一緒にいる2人の親友、なのはとすずかに話しかけていた。「まーったく。あいつらもまだまだ子どもよねー」「でもアリサちゃん。春くんも楽しそうだよ」「そうだねー、……あ、春海くんがまた勝った」笑うすずかの言葉にもう一度目を向けてみると、またしても春海が勝ってしまったらしい。いま男子たちが教室の隅で机を寄せ集めてやっているのは、ハル曰く「じゃんけんハリセン」というゲームらしい。ルールは至ってシンプルで、ジャンケンに勝った方がハリセンで相手を攻撃し、負けた方は教科書でそれをガードするというもの。それが最近の男子の間で流行っているゲームで、発端となって広めたのは当然のようにアイツ───和泉春海だった。「春海くん、本当に強いねー」「うん。あのねあのね、うちのおとーさんも春くんのこと、いっぱい褒めてたんだよ」「あ。そういえばうちのお姉ちゃんも春海くんのこと、よく話題にするよ。面白い子だって」「……アイツ、本当に交友関係広いというか、立ち回りが上手よね」今だってそうだ。ちょっとしたゲームとは言え、5連勝もしてしまうと普通は周りの一人くらいは文句も言ってきそうなものなのに、ここから見える限りみんなが笑っていて誰も不満を抱いたりしていない。なのはの話では、夏休みになのはの家に泊まりに行ったときにはなのはの相談に乗ってあげたりしたみたい。親友のあたしやすずかじゃなくてアイツに頼ったってところがちょっと納得がいかないけど、それでも夏休み明けにそのことを話すなのはの表情は晴れやかなものだったので、まあ良しとしよう。あたしが自分でそう結論付けていると、そのまま春海のことを話していた友達2人の内の1人、すずかが人差し指を自分の顎元に押しあてながら、「……そういえば、朝、春海くんからお姉ちゃんに渡してくれって頼まれたんだけど、これって何だったのかな」「忍さんに?ハルが?」オウム返しに訊き返すあたしにうんと頷き返してから、すずかは自分のバッグの中からビニール袋を取り出した。大きさは30センチ四方くらいの正方形で、厚さは殆どない。「これ、何なのかなー」「なんだろうねー?」それを真ん中に置いて首を傾げてそんなことを言う2人にあたしは呆れながら、「そんなの実際に見てみたら良いじゃない」「え?で、でも勝手に開けたら春くんが怒らないかな……?」「見られて困るようなら、そもそもハルが自分で忍さんに渡しに行ってるわよ」案外あたしたちがこうやって悩んでるのを見て楽しんでるじゃないの。そう思ってあたしがまだゲームをやっているハルを振りかえると、当の本人はちょうど8連勝を終えたところだった。また勝ったのか、アイツは。「じゃ、じゃあ、開けてみるね……?」「う、うん」そう言って、なぜか妙に緊迫感のある表情でビニール袋を開き始めるすずかとなのは。ちょ、ちょっと、そんな風にされるとこっちまで緊張してくるじゃない!結局あたしも顔を寄せて、3人で机の真ん中に置いてある袋の中を覗き見るという、傍から見ても訳の解からない状況になっていた。実際近くの席の子たちが不思議そうにこっちを見てるし。まあそれは良いのよ。それで、肝心の袋の中に入っていたのは───「「「色紙(しきし)と……CD?」」」一枚のCDと厚手の紙……まっ白な色紙だった。予想外のものに3人で「?」マークを浮かべながらも、とりあえず今の持ち主であるすずかが代表して袋の中から2つを取り出す。CDは表面が無地だったから内容まではわからないけど、色紙のほうには何か文字が書かれているみたい。3人でそれを覗きこむと、そこにはこう書かれていた。『月村忍さんへ SEENA』「「……えーーーッ!?」」な、なんで世界でもトップレベルシンガーのはずのSEENAのサインがここにあるのよっ!?しかも忍さん宛て!?そう考えて驚くあたしとすずかだったんだけど、同じように驚いてると思ってたなのははちょっと目を見開いただけで。「あ、椎名さんのサインだ」「ちょ、ちょっとなのは!アンタこのサインのこと何か知ってるの!?」「う、ううん、サインがなんであるのかは知らないけど。でも、え、えと、椎名さん、……SEENAさんって、うちのお得意さまだから……」───さらなる爆弾を投下してきた。「な、なのはちゃん。それ、ホントに……?」驚きすぎて二の句を告げなくなったあたしの代わりにすずかがなのはに確かめる。それになのはは頷きながら、「それに、フィアッセさんって椎名さんとお友達だから」その言葉にあたしとすずかが世間の狭さを実感していると、ふと疑問が湧く。「……それじゃあ何でハルがSEENAのサインを持ってるのよ。なのはが紹介したの?」そんな疑問に対するなのはの答えは、Noだった。訊いてみると、自分を含めて家族のみんなが春海にSEENAを紹介したなんてことはないらしい。ただフィアッセさん(なのはの家に遊びに行ったときに初めて会った)が言うには、ハルはなのは達が紹介する前にSEENAとは既に知り合いだったらしい。「ハルのやつ、交友関係広いにも程ってものあるでしょ……」「「あ、あはは……」」呆れ気味のあたしの言葉に、いつもはハルのことを弁護しがちなすずかとなのはも苦笑いしか出てこなかったみたい。でも当たり前よ。どうやったらそんな簡単に世界的有名人と知り合いになれるっていうのよ。そんなことを考えていると、すずかが色紙に目を落としながら口を開く。「でも春海くん、お姉ちゃんがSEENAの大ファンだって知ってたんだ」「そういえば春くん、フィアッセさんともよくメールしてるみたいなの」「どんだけマメなのよ、アイツ……」何となくそのままの流れでハルの方を3人で見ていたら、ハルの近くに居る男子の1人がこちらに気づき、「───そうだ!すずかがいるじゃないか!」なんかすずかに向かって叫びだした。しかも、ソイツの言った一言に他の男子たちも同調し始めて、「そうだった!すずかならオレたちの敵をうってくれる!」「すずかなら春海の10連勝を阻止できる!」「月村、春海のヤツをぶっ殺してくれ!」「おいッ!?最後のヤツ誰だ!?」一番最後に春海が何か叫んでいたけど、周りの男子たちは気にせず盛り上がっていた。どうやら春海はあのまま9勝まで勝ち続けて10連勝までリーチらしく。それで誰も勝てないと思っていたところで、こっちにいるすずかに気づいたみたい。まあ、すずかは体育の時間ではいつも大活躍で、ハルにも勝ったことがあるくらいだから解からなくもないけど。でも、「え?ええっ?む、ムリだよ~っ!」当のすずかは首を左右にブンブン振って焦っていた。いざ体を動かすってなったら遠慮なくはっちゃけるくせに。そう思ったあたしは、「いいじゃない。やってみなさいよ、すずか」とりあえず面白そうだから煽ってみた。別にハルがすずかに負けたら面白そう、なんて思ってないんだからね?「すずかちゃん、がんばってね!」なのははなのはで既にすずかが受けたものと考えて、笑顔で応援していた。「うぅ~~~……」「諦めたほうがいいわよ?」そうして、今はハルとすずかが机を挟んで向かい合っている。机の上にはさっきまでと同じようにハリセンが2つと盾代わりの教科書が1冊。「月村ー!がんばれー!」「春海を倒してくれー!」「春海負けろ!」「春海死ね!」「だからさっきからテメェらはどっちの味方だッ!?てか最後のヤツ表出ろッ!」場の空気は完全にすずか一色ね。逆にハルにとってはアウェー極まる状況だった。ハルはそんな周りの男子に一頻り文句を返してから(ちなみにその10倍の罵声が周りから返ってきていた)、改めで眼前のすずかに目を向けて。「ふん、まあ良い。僕がここですずかを倒せば済む話。すずか、お前はここで僕の10連勝の礎となるのだ!」言いながら芝居掛かった仕草でビシッとすずかを指差すハル。それに対して、すずか本人は戸惑いながらもイスに座ったままペコリとお辞儀。「え、えと、……よろしくお願いします!」「すずか、ハルなんかに負けちゃダメよ!」「すずかちゃんも春くんもがんばれー」あたしとなのははそんなすずかの後ろに控えていて、「なのははええ子やなぁ……」春海はなのはの一言に感動していた。アンタ、一応このアウェーな状況は気にしてたのね……。「「さいしょはグ、じゃんけんポンッ」」スパンッ!!それからゲームが始まり、1回目と2回目のじゃんけんはハルの勝ち。とは言ってもすずかも上手いもので、ハルのハリセン攻撃を教科書の盾で素早く防いでいた。の、だけど……「はえー!」「すげー!」み、見えない。「うにゃー。春くんもすずかちゃんもすごいなー」「なんでジャンケンが終わったときにはハルもすずかももう構え終わってんのよ……」そう。周りから見たら2人のジャンケンの結果を確かめ終わるころには、ハルはハリセンを振りきっていて、すずかに至ってはそれよりも速く教科書を手繰り寄せていたようにしか見えないのだ。ということは、すずかたち本人はその一瞬の隙にジャンケンの勝敗を確認して、その上で自分が持つ道具を間違えないように選択しているということで…………。「お前って相変わらず無茶苦茶だよな……」「春海くんだって、すごいよ。わたしも負けそうだもんっ」呆れ気味に苦笑するハルと、それとは対照的に興奮気味に言うすずか。「…………」すずかはハルと勝負しているときは良くこうなる。ずっと前に本人に聞いた話では、運動で本気で勝負できるのが嬉しいらしいって言っていた。ハルはハルで、そんなすずかとの勝負には結構ノリ気だから。今回のこの勝負にしたって、すずかは誘われたときにああ言っていたけど、心の中では実はちょっと喜んでいたんだと思う。「……ふんだ」ハルとすずかの会話を聞きながら、あたしは小さく声を漏らす。…………別に、あたしじゃすずかの相手にならないなんてこと、気にしてない。ないったらないのよ。なのはとすずかは、あたしの友達だ。その言葉は自信をもって口にすることができるし、2人があたしのことをそう考えてくれているとも思ってる。出会ってからまだ半年しか経ってないけど、そんな時間なんて関係なくあたし達は友達だ。……でも、だったらハルもなのは達と同じなのかと訊かれると、あたしは首を傾げてしまう。もちろんアイツのことも友達だと思ってるし、別にハルのことが心の底から嫌いな訳じゃない、……と思う。訳の分かんないことばっか言ってきて、よくからかってきて、授業中も真面目じゃないけど。……いや、改めて考えると良いトコぜんぜん思い浮かばないけど……と、とにかく!嫌いじゃないの!少なくともなのはやすずかと同じ頃に会った訳だし、初めて会ったときは……その、ちょっとパパみたいだな……って、思った。同級生を相手に抱く感想じゃないとは自分でも思うけどね。ただ、問題はそこだった。初めて会った時の印象はさっきも言ったように『パパに似てる』っていうものだったし、それからもあたし達だけじゃなくてクラスのみんなの中心にいた、……って最初は考えてたんだけど、どうにもそれは違うみたいだった。ハルが居るのは“中心”じゃなくて、“上”なのだ。たぶん、ハルはあたし達のことを面倒みてるつもりなんだ。一緒になって騒いでいるように見えて、実際にはどこか一歩後ろから大人の人みたいに見守っている。夏休みになのはの相談に乗ってあげたり、今のようにクラスのみんなを遊びに誘ってるのはその一環なんだと思う。(やっぱり妹とか弟がいるとそうなるのかしら……?)確か、ハルには双子の妹が2人いるって話してもらったことがある(いろいろ文句を言っていたけど、アイツぜったいその妹2人のこと大好きね。毎朝自分で起こしてあげてるみたいだし)。そう考えれば、ハルがなのはたちのことを年下みたいに扱ってることも説明できるし。……あたしまでその扱いなのは納得いかないけど。自分たちと同じ場所に立っていないハルに、不満がないわけじゃない。だけどアイツがあたし達のことを友達だと思ってくれているのも知ってるから、わざわざ直接文句を言ってやるのも躊躇してしまう。というか、こっちから何か言うのは負けた気がしてちょっとイヤ。ただでさえ普段はテストでも引き分けばっかなのに。大体、なんであたしがこんなこと考えなくちゃいけないのよ。そもそもハルがあたし達のことをどう思っていようと、あたしは別にどうでも良いっていうか───「アリサちゃん、どうしたの?」「ッ!?な、なんでもないわよっ!」「?」なのはに言われて我に返った。「「さいしょはグッ!」」見てみると、ハルとすずかのほうも話し終わったみたい。今は3回目のジャンケンを始めたところね。あたしはそこで考えごとをやめて、そのまま2人の勝負の観戦に戻る。「「じゃんけんポンッ!」」───そこからの光景は、なぜかビデオのスロー再生みたいによく見えた気がした。お互いに差し出された右手。ハルはグー。すずかは……パー。瞬間、2人が同時に動き始める。すずかの手は、すずかから見て右にあるハリセンに伸び、持ち手が赤いそれをしっかりと握りしめ。でもすずかがハリセンを掴んだ時には、既にハルは真ん中に置かれた教科書を引きよせ、自分の頭の上で盾として構えていた。ただ、たとえそれが見えていようと、すでに手にした武器を振り上げ振り下ろしているすずかが止まる筈もなく。すずかのハリセンが振り下ろされる中、ここから見えるハルの顔がニヤリと笑みを形作る。あたし達からは見えないけど、きっとすずかも楽しそうな笑顔になっているんだろう。そうして、すずかのハリセンがハルの持つ教科書へと吸い込まれるようにして───ドゴォォオンッ!!!「ヘブォッ!?」…………漫画みたいな轟音と一緒に、教科書がハルの顔面ごと机に叩きつけられた。「……………………」「……………………」「……………………」「……………………」『……………………』ついさっきまで騒がしいくらいだった教室に落ちた、痛いくらいの沈黙。「は、春海くん!?だ、だいじょうぶっ?」「わ!?おっきいタンコブ!?」その中で唯一動いてるのは、焦ってハルに駆け寄るすずかとなのはくらい。そして2人が駆け寄った先にある、机に突っ伏したまま手足をダランとさせて、まるで死体のように力尽きたハルの姿。そんなアイツの姿を見て。(……あたし、コイツのどこを不満に思ってたんだっけ?)コレが大人っぽいとか、……ないわね。「……はぁ」またザワザワと騒ぎが戻り始めた教室で、あたしは体の力が一気に抜けたような気がして、大きなため息が出た。「お゛お゛お゛お゛お゛。お脳が死ぬ……ッ!」「あ、あの、ごめんねっ。春海くん」「だいじょうぶ?」「あのくらいで情けないわね」「あれをあのくらいって言っちゃうアリサに脱帽だわ、僕は……」あれから。結局すぐにハルが気絶から覚めたことで他の男子たちも早々に興味をなくしてゲームに戻ってしまい、今は机にへばり付いて呻くハルの周りにあたし達は集まっていた。ていうかハルが起きた後は男子全員で10連勝阻止を喜んでいた辺り、コイツって本当に人徳あるのかしら。「あ。あとアンタに訊きたいことがあるんだけど」「そしてこの状況で僕に対する気遣いを微塵を見せないアリサさんマジ半端ないっす……」「男ならそのくらい我慢しなさいよ」「……あい」そ、そこまで落ち込むことないじゃない。そりゃあ痛そうだなーとは思うけど、タンコブはすずかやなのはが撫でてくれてるんだし……。心の中で弁解しながら、ちょうど良いのでさっきまで気になっていたことを訊く。「それで。すずかに渡してたあのサインってどうしたのよ?」それはコイツにとっては予想外の質問だったのか、ハルはちょっときょとんとなったけど、すぐに納得したように頷いて、「ああ、すずかに見せてもらったのか。……まー、どうしたっていうか、普通に本人からお願いして貰っただけだぞ?CDの方はついでにどうぞって感じだったが。なんでも新曲も入ってるんだと」「だからなんでSEENAなんて有名人と普通に知り合ってるのよ、アンタ」「あの人が普通に海鳴に居たんだからしょうがないだろう……」呆れながら訊き返したあたしの問いに、ハルは疲れたように脱力して答えた。何かあったのかな?「春くん、どうかしたの?」「いや大丈夫だ、なのは……そのサイン一つ手に入れるために払った並々ならない労力を思い返してただけだから」何したのよ、アンタ。「まあ良いけど。……それで、なんでその苦労して手に入れたサインを忍さん宛てですずかに渡してんのよ」「知り合ったよーってメールしたら成り行きでな。僕も引き換えで忍さんが要らなくなった音楽プレイヤーを貰う約束したから」まあ最後にはゆうひさんにその事がバレて、夏休み最終日を色々と扱き使われて過ごす羽目になったんだけど、なんて横を向いて小さな声でぼやくハル。それ自業自得じゃない。なんだかんだで結局、夏休み中もいつも通りに過ごしていたらしいハルに呆れたところで、タイミングが良いのか悪いのか、昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえてきた。さて、午後の授業もがんばろっと。「はい。ではみなさん、さようなら」『さよーなら!』そしてホームルームも終わって放課後。クラスのみんなは担任の先生にあいさつし終えると、さっさとドアから出ていって友達と遊ぶ約束をしたり、また机に座りなおして先に宿題をすまそうしたりしてる。そんな中あたし達4人はハルとなのはの席同士が近いということもあって、かばんを持つと自然と2人の机の近くに集まっていた。「あれ?すずか」「なに、アリサちゃん?」集まったところで向こうにあるすずかの机の上を見て、気がついたことを訊く。「あれって、街の図書館で借りた本でしょ?持って帰って読まないの?」あたしの言葉を聞いたハルとなのはもすずかの机のほうに目を向ける、そこにあったのは前にすずかが借りたという、工学?のための分厚いハードの本。あたしや、ハルでさえも理解ができないことがたくさん書いていて、夏休み中に女の子3人で図書館に行ったときになのはが目をキラキラさせてたから何となく覚えてる。あたしの質問にすずかは苦笑いしながら、「……うん、家にもいっぱい読みたい本があるから。あの本は学校で読もうって思ってるんだ」「よくもまあ、あんな小難しい本をスラスラ読めるよなぁ。専門用語が多すぎて僕にはサッパリだよ」「ハルに同感。すずかって機械とかほんと好きよね」「なのはもAV機器なら大好きだけど、作ったりするのはムリだよ~」そんなふうに褒めるあたし達に、すずかは恥ずかしそうに手をパタパタ振って口早に言葉を紡いだ。「そ、そんなことないよ!わたしもお姉ちゃんみたいに作ったりしたことがある訳じゃないし……」「へぇー、忍さんもなのか。なに作ってるんだ?」そんなハルの問い掛けにすずかは……なぜか焦ったようにさらに高速で手をバタつかせて(手先が見えなくなった)、「あ、あのッ、あれ!……ほら!それ!」「いや、どれよ」結局ハルの「ま、いっか」という一言が出てくるまで、すずかは慌て続けてた。だから何なのよ、それって。「それで、今日はどうする?たしかすずかも習い事なかったわよね?」「うん、だいじょうぶ。うちでゲームでもやる?お姉ちゃんもまたみんなに会いたがってたよ」「わぁ、やるやる!やりたい!」「あたしも賛成!」すずかの提案にあたしとなのは同意して今日の遊ぶ約束が決まりかけたところで、ハルが弱ったような笑みを浮かべながら片手を立てて謝るような仕草をとった。「あー、悪い、お前ら。僕、今日は用事があるからパスだ」「ええー、そうなの?」ハルの言になのはが残念そうに漏らす。当然、あたしとすずかだって残念なのは同じだ。コイツって、何だかんだで最近はあたし達の誘いを断ったことが無かったから。だから、ついつい子どもっぽく不満を顔いっぱいにして訊いてしまった。「用事って何なのよ?」「ちょっと行くところがあってな。前からあった約束なんだ」「約束ってことは、誰かと会うの?」応えたハルに、今度はすずかが首を傾げながら訊く。「ああ。神社で待ち合わせして……」『?』なぜかハルはそこで言葉を切ると、宙空を見つめて考え込むように視線を彷徨わせた。そのまま難しい顔で黙りこんでしまったハルを、あたし達が不思議に思って見守るっていう不思議な状態。「…………………なぁ」そんな状態でたっぷり数秒考えてから、やがて結論が出たのかハルはあたし達3人にまた視線を戻して、「───3人も、僕と一緒に来てみないか?」胡散臭いくらい晴れやかな笑顔でそう言ってきた。「こんなところに神社なんかあったんだ~」「昔は結構大勢の人が来てたらしいぞ?お前らが知らないってだけでな。ちょっと前にココの神主さんが退職しちゃって年越しなんかの面倒を見切れなくなっただけから、たぶん大人の人はみんな知ってる筈だよ」「へぇー」あたしとすずかの後ろで神社に続く石段を同じように登りながら、ハルがなのはに対してウンチクを披露していた。コイツって、本当にどこからそんなこと調べてくるのかしら。あたし達は今、学校から少し歩いた場所にある『八束神社』ってところに来ていた。それほど長くもないこの石段も、たぶんもう半分くらいで終わる。そう。学校でハルがあたし達を誘った場所とは、ここ八束神社のことだった。ハルはここで“ある人”と待ち合わせをしているとは言っていたのだけど、逆に言えば、教えてくれたのはそれだけ。あたし達を誘った理由は別にあるらしいけれど、それからは「見てのお楽しみ」の一点張りで何も教えてくれなかった(何となくムカッと来たので、あいつのタンコブにデコピンをお見舞してやったわ)。まったく。なのに、なのはもすずかもそれを何にも疑うことなくホイホイ着いてきちゃうんだから。そ、そりゃあ確かにあたしだって、ハルがあたし達を危ない所に連れて行くなんて思ってないけど……。そんな事を考えていたら、いつの間にか石段を登りきっていた。「なんだか、誰もいない割には結構きれいなのね」「うんうん。葉っぱもあまり落ちてないねー」あたしの評価にすずかが言葉を重ねてくる。そんなあたし達にハルは「まあ、今年からはさっき言った神主さんの代わりに管理する人がきたからな。まだ余裕はないらしいけど、何年か後には大晦日なんかもこの神社が使われるようになるはずだよ」なんて、またどこから仕入れてきたのか分からない情報を説明して、何かを探すみたいに周りをキョロキョロ。「春くん。その人って、まだ来てないの?」「いや、その人がまだ来てないのは分かってたんだけどな。探してるのはそっちじゃなくて…………お、いたいた」そのままなのはに答えながら探していると、その探していたものを見つけたらしい。ハルは神社の境内(っていうのよね?あのお賽銭箱が置いてあるところ)に向かって歩き出して、そんなに大きくないのに不思議とよく響く声で。「おーい、葛花。久遠ちゃん」って呼びかけた。そんなハルの向かう先に居たのは、「こん」「くぅん」───二匹の、小さなキツネだった。それぞれ白色と黄色のキツネで、陽のあたる境内の上でそれぞれに丸くなってひなたぼっこをしてたみたい。「あ!葛花ちゃんだ!」そう思ってると、なのはがあたしとすずかを追い抜いてハルを追いかけた。どっちのキツネの名前なのかは分かんないけど、なのははあのキツネのことを知っていたらしい。そのままハルも追い抜いて、なのはは笑顔でキツネたちの方に走り寄る。……けど。「くぅん!?」片っぽの黄色いキツネが突然近寄ってきたなのはにびっくりしたように跳ね起きると、その子はタタッと境内の端っこまで避難してしまった。人見知りなのかな、あの子?「ぁ……」なのはがその事にちょっとショックを受けたように立ちつくしていると、なのはに追いついたハルが慰めるようにその頭にポンと手を置いて(その様子がまた手慣れた風で、なおさら大人みたいに見えるのよね)、「おーおー、怖がられちゃったな。その子───久遠ちゃん、っていうんだけど、ちょっと人見知りが激しいだけから。まあ元気出せ?」「うん……」なのはに軽く慰めの言葉をかけてから、ハルは境内の真ん中に残ってるもう一匹の白いキツネにひょいひょいと近づいて抱き上げた。その間にあたしとすずかもなのはに追いつく。白いキツネを抱き上げたハルはその子とちょっとだけ見つめ合うと、すぐにその子をあたし達に体ごと見えるようにして、「アリサとすずかは初めてだよな。こいつは葛花。うちの飼い狐な。───で、あっちでビクついてるのが久遠ちゃんで、僕の友だちだな」「……くぅん?」「その久遠って子、すっごく不思議そうに首をかしげてるわよ?」「……久遠ちゃんなりの照れ隠しだから気にするな」「どんな照れ隠しよ……」友だちとも思われてないじゃない。葛花の首の後ろあたりを掴んで猫のように持ち上げながら陰のある顔で言うハルに呆れてると、隣のなのはが眼を一層キラキラさせながらハルに近寄っていったので、あたしとすずかもそれに追いかけた。「わぁ!わぁ!葛花ちゃんも久遠ちゃんもかわいいなー!」「うわー、体もサラサラだね」「ほんとね。にしてもアンタ、キツネなんか飼ってたの?」「一応な。今までは何となく言う機会がなかったけど」騒ぎながら、3人でハルが再び境内におろした葛花を撫でる。葛花はまた眼をつむって寝ちゃったからあたし達には反応しないけど、嫌がってはいないみたい。そうやってあたし達が葛花に夢中になってると、その間にハルは境内の端っこでこちらをじっと見てる久遠にそっと近づいてた。ハルは、そのまま久遠の2メートルくらい手前で膝をつくと、「久遠ちゃんも、今日はいきなりこんな大人数でごめんな?」───まるであたしに話しかけるときのパパみたいな、本当に優しい顔で、そう言うハル。偶然見ちゃったハルのそんな表情に、あたしはちょっと戸惑う。それは、ハルが自分一人でクラスの子たちを見ていると、ふとした瞬間によく見せる表情だったから。そして、それは多分、あたし達に対しても同じなはずで。「……………………」でも、ハル相手にそんなことで戸惑っちゃったことが何となく悔しかったから、あたしは意地でもそれを顔に出さないようにしながらハルに話しかけた。「それで、その子はなんで怯えてるのよ?」「人見知り。まだ僕のこともちょっと怖いらしくてな。まあ色々あったし、葛花の飼い主ってことで逃げずにいてくれるようにはなったけど」一回だけ撫でたこともあるんだぞ?なんてどこか得意気に告げながら立ち上がると、ハルはそのまま境内の段座に腰掛けて、自分のカバンからペット用のお菓子を取り出した。それに反応したように、それまであたし達の足元で大人しくしていた葛花がハルの膝の上に跳び乗って、久遠のほうも遠巻きながら明らかにお菓子の入ったその袋に注目している。「ほら」ハルはまず自分の膝で丸くなっている葛花にお菓子をあげて。それから学校で貰ったプリントを久遠の近くの床に敷いて敷き物代わりにしてから、その上にお菓子をひとつ。「……くぅん」けれど、それでも久遠はハルやあたし達を警戒して近寄ってこない。そんな久遠の様子に、ハルは頭を掻いて、「ありゃ、まだ近かったか。……おーい、お前ら。あのお菓子をもうちょっと僕たちから遠ざけてくれないか?残りのお菓子、お前らがやって良いから」「「「…………」」」まあ。ハルとしては、自分の膝の上に葛花が乗って身動きが取れないからあたし達に頼んだのだろうけど。そんなことを言われたら、かわいいものが大好きな女の子としては当然、「どきどき♪」「わくわく♪」「……くぅん」(パク)「あ!食べたっ、食べたわよ!」「ほんとだー!かわいいー!」「今度はなのは!なのはが置きにいく!」「待ちなさいよ!次はあたしよ!」「アリサちゃん、ずるい!」「一巡したんだから、今度はあたしなの!」「むーっ!」「なによっ!」「はい、久遠ちゃん♪」「くぅん……」(パク)「「あーっ!?」」こうなっちゃうわよね?ただ、そんな風に騒いでたもんだから、「ふ。チョロいな」「童じゃのう」なんて、後ろから響くそんな2つの笑い声は、あたし達には届いてなかった。そうして、なのは達と一緒に代わりばんこで境内の端っこにいる久遠へとお菓子をあげていると、「───あれ?」あたし達が登ってきた石段の方から、女の人の小さな声が聞こえてきた。そっちを見ると、そこにいたのは風芽丘高校の制服を着た、優しそうな雰囲気のお姉さん。その人は鳥居(で、良いのよね?)の下のあたりで不思議そうにこっちを見ていて……「ん。来たか。───那美さーん!」「あ、春海くん」と思ってると、今まで葛花を自分のお腹の上にのせて横になってたハルがその人───那美さんっていうらしい───に呼びかけながら歩み寄っていた(ちなみに葛花はさっきまでハルが寝てた場所で変わらず目を閉じて丸くなってる)。「くぅん!」そしてそれは、さっきまであたし達と一緒にいた久遠も同じだった。久遠はそのままハルも追い抜いて女の人の足元にすり寄って、それを女の人が抱き上げてた。「だれなのかな?」「ハルが言ってた、待ち合わせの人みたいだけど……」「あ。あの制服、うちのお兄ちゃんと同じ高校のだ」3人でそんなハルたちを見ていると、女の人とちょっとの間だけ何か話したハルがその人と一緒にまたこっちに戻ってきた。その人はあたし達に前までやってくると、あたし達と目線を合わせるためにしゃがんでから、「春海くんのお友達なんだ? こんにちは、神咲那美っていいます。この神社の管理をしてる巫女で、春海くんとは友達なの。よろしくね」「那美さんは久遠の飼い主でな。その縁で知り合ったんだよ」微笑みながらそう言う那美さんと、その後ろでさりげなく久遠ちゃんに手を伸ばそうとしてはチョロチョロと逃げられつつ補足するハル。「はじめまして。アリサ・バニングスって言います」「こんにちは。月村すずかです」「高町なのはです!久遠ちゃん、可愛かったです♪」そういうことならと、あたし達もそろって自己紹介。なのはのはちょっと違うような気もするけど。「春海くんに聞いたけど、久遠と一緒に遊んでてくれたんだ。どうもありがと。……この子はよくこの神社でのんびりしてるから、あなた達さえよければ、また一緒に遊んであげてくれる?」ハルから離れて足元にやってきた久遠を撫でながらそう言った那美さんに、あたし達はもちろん、「「「───はい!」」」すぐにOKを出した。その後は、那美さんに抱えられた久遠を撫でさせてもらったり、ハルがまたカバンから取り出したお菓子をみんなで食べたり、那美さんの仕事の手伝いをしたりして過ごした。夕方になって帰り際、なのはが特に久遠のことをすごく気に入っちゃったもんだから、伝わるはずもないのに久遠に今度また来るときに何かお土産を持ってくることを約束していた。逆にすずかの方は落ち着いてて、そんななのはを笑顔で見やりながら那美さんとお喋りをしていた。まあ、すずかが一番好きなのはネコって言ってたし、同じように久遠のことを可愛がっててもなのは程じゃなかったわね。…………え?あたし?……あ、あたしはもちろん、落ち着いた態度でお子様ななのはを遠くから───「とか言いつつ、お前はお前でなのはと同じくらい久遠を可愛がってたよな」「…………」とりあえず、ハルのタンコブにチョップしておいた。**********「───ふむ」「上手くいった、と言うべきかの?」「まー、あいつ等なら久遠ちゃんのことを種族で差別したりしないだろ。那美ちゃんも、そういう意味では久遠ちゃんを紹介する人に気を付けてたみたいだし。それを置いとくとしても、あいつ等にも新しい友達を紹介したかったしな」「……なんかおぬし、娘のために気苦労する父親みたいになってきとるな」「……言うな」「ちゅーか、そもそも友になるように仕向けるのはお前様の流儀に反するのでなかったかの?」「それこそ話が別だよ。つーか、僕はあいつ等を会わせただけだしな。そこから友達になるかどうかは、あいつ等が自分で決めることだよ。あんま心配はしてないけど」「ふーむ。儂にはイマイチわからんのう」「ま、それはそれで、だな。お前はそのままでも大丈夫だろ」「当然じゃ」「当然か。それにしても……はぁ」「む。なんじゃ、藪から棒に溜め息なんぞ吐いて」「いや、……今日も久遠ちゃんは僕に撫でさせてくれなかったなー、と」「む。…………」「どした?」「……お、」「お?」「……おぬしが儂のことをど~しても撫でたいと言うのならば、撫でさせてやらんこともない」「…………」「…………」「…………じゃあ、どーしても、で」「う、うん」その後。アリサ達を見送った那美ちゃんと久遠ちゃんが八束神社の境内へと戻ってくるまで、僕は膝枕されて心地良さそうに笑顔を浮かべる童女姿な葛花の、その白髪狐耳の頭を撫でていた。「こーん」(あとがき)ということで、第十六話投稿完了しました。今回は原作イベントへの伏線張りとヒロイン勢との交流の回第一弾ですね。ここまでのんびりしてて読者様方に見捨てられないか戦々恐々をしている作者です(笑)。あと今回のお話、読んでお分かりになるように、初の試みとして主人公以外の人物を語り手にしてみたのですが如何だったでしょう?というか、ぶっちゃけ作者が疲れました(笑)。いや、アリサの主人公に対する内心を表現するための処置だったのですが、どうにも小学一年生というのが災いしてか、想像以上の難産でした。女心って難しいね、ほんと。読んで伝わったかどうか分かりませんが、アリサは今のところ主人公に対して不満に抱いている一方で、友だちとして大事にも思ってます。おまけに聡いからなのは達が気付けていない主人公の一面に気が付いているけど、抱いている不満に関しても内訳が結構複雑なため、まだまだ心が幼い(小学生なら当たり前ですが)彼女はそれを持て余し気味という、非常にややこしいものとなっていたり。いや、それでも主人公のことを友達と断言できる辺りかなり格好いいんですが。作者は個人的にアリサはリリカル内でも屈指の格好いいキャラだと思ってます。もちろんそれ以上に可愛いとも思ってますが。あと、さりげなく主人公が着々と人間関係構築中。この辺りは原作(とらハの)イベント発生を色々と早めるための処置として主人公に動いてもらってます。なにせ、このままでは作中の時系列的で来年6月の1か月の間に原作ルートイベント全て起こすという(作者にとって)鬼な事態になりますし。ただ、実はヒロインヒロイン言ってても恋愛フラグだとかはあんまり考えてなかったり。せいぜい気になる子くらいに収めるかなぁ。エンドルートに関しては完結してからゆっくり考えるつもりですのでご了承を(まあ、今のところは、ですが。作者の主張がころころ変わってしまうのも、またご了承を(笑))。次回はレンと晶の1ページです。この話と同様、また伏線をどんどん張っつけるつもりなのでお楽しみを。SS界の片隅でひっそりと更新していきたい篠航路でした。では。