1:廃墟に幽霊いるって聞いた2:危ないので除霊にGO3:夜の廃墟に巫女さんの姿があったが、除霊してるっぽいので任せちゃお4:ハンカチ・携帯・財布の3点セットをポロポロ落としたので教えてあげることに5:巫女さん、顔面から地面に突攻。気絶6:巫女さん背負って久遠ちゃんの案内でやって来ました ←今ここ!「大体こんな感じです」『……………………』「あうぅ……す、すみません~……」何やら那美ちゃんは寮のみなさんの生ぬるい視線に真っ赤になって縮こまっているけど、それは「とりあえず最初から説明プリーズ」との要求を出した寮のみなさんのせいなので許してね?あれから。しばらく十六夜さん以外の人からの「何だコイツ(意訳)」という視線が僕に集中していたものの、オーナーである愛さんの、「とりあえず、お話は中に入ってからにしましょう?」という鶴の一声のもと、みんな連れ立ってリビングへ移動することに。美緒ちゃんが多少ごねていたものの、周りのみんな(特に那美ちゃんと十六夜さん)の熱心な説得のおかげでなんとか僕がさざなみ寮の敷居を跨ぐことを許してくれた。面倒おかけしました。今のところは全員がさざなみ寮のキッチンの傍にある食卓用の席についていて、僕の隣には那美ちゃんが座ってくれている。ちなみに美緒ちゃんは僕から最も遠い席。おもくそ警戒されていた。キッチンの方では耕介さんが全員分のコーヒーを淹れている。「それが僕が神咲さんをおんぶしてここまで来た経緯ですけど、……それで僕のことを話す前に、まずは改めて自己紹介をば。───改めまして、はじめまして。自分は和泉春海と言います。春海で構いませんので」そう言って唐突に自己紹介を始めた僕に、他のみんなが「そういえば……」みたいな顔になった。たぶん度重なる事態の急変にそのことを完全に失念していたんだろう。ということで、なし崩し的に自己紹介タイム。「わたしは一度しましたよね。このさざなみ寮のオーナーの、槙原愛です。よろしくお願いしますね、春海さん」「管理人兼コックの槙原耕介ですー!よろしくー!」(キッチンから叫んでる)「しゃあねえなぁ。……わたしゃ仁村真雪。後でわかると思うけど、こっちの仁村知佳の姉な。紛らわしいから下の名前で良いよ。那美が世話んなったね、青年」と、この3人は僕もさっきまでのやり取りの中で名前は知っていたのだが、ここからが僕にとっての新キャラ的な立ち位置な人たちとなる。続いて声を上げたのは、真雪さんの隣の席に座った髪がロングの女性。結構な童顔で、どういう原理なのか頭の両側ではピョコンとフィアッセさんのように触覚的な髪が撥ねている。いわゆる、あほ毛だった。それも変則版あほ毛。「それで、ご紹介にあずかりました、仁村知佳です。わたしのことも知佳って呼んでください。那美ちゃんを送ってくれてありがとー」薫さん那美ちゃんと言い、似てない姉妹だなぁー。とちょっと失礼な事を考えつつ、「はい。よろしくお願いしますね、知佳さん」「うん!」笑ってそれだけ言うと、知佳さんは次を促すように隣を見た。そこに居るのは、茶髪ロングを緩やかにウェーブさせた……───ってッ!?「次はうちやな。うちは───」「も、もしかして、……人々を穏やかな気持ちにさせる癒し系な歌声で女性を中心に非常に人気が高く、英国と日本をまたにかけて大活躍している別名『天使のソプラノ』であり、その整った顔立ちとスタイルからか駅前に張られたポスターの盗難が相次ぎ、クリステラ・ソングスクールへの留学の際に単身英国へと乗り込んだくせに未だ英語ひとつ喋れられないのに、にもかかわらず今でも常に気合いとノリと関西弁だけで意思疎通を図ってしまう『情熱だらけのうたうたい』である歌手のSEENAッ!?あとついでに演歌好きのッ!?」「そうそうそれそれ───って、いきなり何でそんな説明口調!?ていうか自分うちの事めっちゃ詳しいなっ!?うちが知らんことまで入っとたんやけどっ!?そん中に『本名、椎名ゆうひ』加えたら完璧やんッ!?」「あ、椎名ゆうひさんですか。はじめましてどうもー。和泉春海と申しますー。お近づきの印に握手でもどうですか?」「自分、握手のためだけに自己紹介やり直したやろっ!?」突っ込みつつもガッチリ握手してくれている辺り、聞いた通りこの人も歌手であると同時に芸人であるらしい。ツッコミも要点ちゃんと押さえてたし。僕と相性よさそうだ。「まあ。葛花様の言った通り、春海様はお話しするのが大好きなのですね」にこにこ笑顔の十六夜さんのツッコミは完全にずれています。その目の前でお互いにやり遂げたみたいな顔で握手を終えた僕と椎名さん。ご満悦な様子な椎名さんは、そのまま不思議そうに首を傾げて、「でも、ホンマに何でそんなこと知っとたん?自惚れる訳やないけど、うちのファンか何かなん?」ここまで知っていると最早ファンじゃなくてストーカーだろう。「いえ、椎名さんの歌は好きですけど」「お。ありがとなー。あと『ゆうひ』でええよ?アクセントは『“ゆ”うひ』の方な」「じゃあ、ゆうひさんで。……で、あそこまで知ってた理由ですけど。僕の友達に、ゆうひさんの友達がいるんですよ」「友達?だれ?」「───フィアッセさん。フィアッセ・クリステラさん。彼女に教えてもらったんですよ。知ってますよね?」「自分、フィアッセの友達なんか!?」僕から出てきた意外な名前に彼女も期待通りのリアクションを返してくる。驚く顔も美人さんと云うのもまた凄いな。やっぱりテレビの向こうの人は華がある。「高町さんのほうに度々お世話になってまして、その縁で彼女とも。他にも僕のメル友がゆうひさんの大ファンですし」ちなみに言うまでもなく忍さんのことである。僕って(美人に関しては)結構マメよ?「わぁ、そうなんや。フィアッセとも今週中に会う約束しとんよ。いや、ホンマにびっくりやわー」「僕も、まさか町内で世界的有名人に会えるとは思ってなかったんですけど……」「この寮はうちの大学時代の住処でなー。今でも帰るとお世話なっとんよ」「納得です」とりあえず、ゆうひさんの自己紹介はそこで一旦終了。お次はその隣に座っている銀髪美人さん。先程の玄関でのやり取りにおいて、真雪さんと並んで動じなかったお人である。パッと見クール系。タバコ吸ってこっち見ながらニヒルな感じで笑ってるし。「ボクはリスティ・槙原。リスティで良いよ。名字でわかると思うけど、そっちの夫婦の養子だ。民間協力の立場ではあるものの、警察関係者をしてる。……それと、フィアッセとはボクも友達でね」「へぇ、そうなんですか」……あ。やな予感。「……それで。当然、フィアッセからは和泉春海の名前は聞いたことがあるよ。……とっても『良い子』らしいね、君は」やな予感、的☆中。リスティさん、僕の正体に気付いちゃってるわ。笑顔が小悪魔的なものに変わってるもん。「一応、薫や那美の関係でボクはそっちにも明るいけど。……フィアッセの話と実際の君の差異については、説明を期待してもOK?」「あ、あはは。お、おふこーす……」「ふふ、Good♪」僕の隠れたM心をくすぐるリスティさんの微笑にちょっと気持ちよくながらも、とりあえずそこで話を終えた僕はギギギと首をぎこちなく動かして次の人に顔を向ける。次は茶髪ショートカットな……言っちゃあ何だが、この中で一番地味っぽい人。いや、世間で言うところの「可愛い」の基準は十分満たしているんだって。周りが濃すぎだわ、このメンツ。彼女はこうした場にはあまり慣れていないのだろう。ちょっとアセアセしながら自己紹介をしていた。「あ、あたし、岡本みなみって言います!大阪で働いてて、趣味はバスケです!こっちもみなみでどうぞ!」「で、こん中で唯一の彼氏持ちな。うけけ」「ま、真雪さーん!?」「それで、もうHしちゃったの?」「リスティまで!?」ああ、この子いじられポジションだわ。一瞬でそのことを悟った僕は、そのまま真雪さんとリスティさんに弄られて涙目になるみなみさんに生温かい視線を送っておいた。はい、次。僕がさっきから敢えてずっと見まいとしてきた方へと顔を向けると、「……………………うううううう」うん。さっきからずっと睨まれてました。すんごい猫目で。これが男相手ならまだ実力行使に訴えることも出来るが、女の子に睨まれるというのは僕的にご褒美です!(キリッ違った。ずっと睨まれてたから緊張で間違えちゃった。てへ。『今のは間違うとかそういう次元の話じゃないと思うんじゃが……』<いやいや。きっと僕の中の生存本能的な何かが働きかけてるんだって>苦痛も過ぎると脳内麻薬的なもので快楽に変わってしまうという、あれである。『うん?変じゃのう……儂はお前様の考えが読めるはずなのじゃが、辛いという思考はあったっけ……?』<お前、疲れてるんだって>僕は憑かれてるけどな!『上手くないし、ドヤ顔止めい』<してねえよ>『心のドヤ顔じゃ』なにその新感覚な言語。『心の中にお前様のドヤ顔が生首状態で浮かんどる感じじゃ』<それは僕も嫌だよ……>なんて不気味な飛頭蛮なんだ。僕なら出会って1秒で逃げ出すわ。「……………………」よし。現実逃避終了。そして僕は戦うのだ、この辛い現実と。「というわけで美緒ちゃん。僕の前にあるこの美味しいイチゴのショートケーキをあげるから、僕とお話をしないかい?」「する!」この子ちょろいぞ!とりあえず僕の分のショートケーキ(薫さんがお土産で買ってきたらしい)を嬉々としている美緒ちゃんに移譲して意思疎通を図る。ちなみにそのとき美緒ちゃんを叱ろうとした愛さんには目線で熱烈に訴えて僕に任せてもらった。いや、愛さん「?」顔になっただけだけど。「美緒ちゃんのお名前は何ていうのかな?」「もぐ……美緒。陣内美緒」「名字もかっこいいねー」「もぐもぐ……おとーさんのなんだから、あたりきなのだ」「そかそか」食べながらというのは少し行儀が悪いが、ふくらんだほっぺが可愛いので許してあげよう。「美緒ちゃんは中学生くらいかな?」「もぐ……中3」どうやら彼女は我が姉弟子と同い年らしい。その割には中身が少々子供っぽい気もするが。まあ、昨今の悪ガキといったらこのくらいは当たり前だろう。最近はお坊ちゃま・お嬢様学校の聖祥に通っていたから忘れてたけど、どちらかと言うとアリサ達が例外なのだ。「美緒ちゃんは僕のことは嫌いかな?」「でもないよ」「なら何で僕のこと睨んでたの?」「なんか負けちゃいけない気がしたのだ。魂的に」本能レベルで猫だよこの子。「僕は美緒ちゃんとは仲良くしたいなー。だめ?」「……うー」僕の言葉に美緒ちゃんは眼を閉じて唸りだした。どうやら葛藤してるらしい。ドキドキの瞬間である。「うー、……うん」やがて美緒ちゃんは結果が出たのか、渋々ながらしっかりとこちらの目を見ながら頷いてくれた。「ケーキに免じて許してあげる。今度おいしいものを持ってきてくれたら尚よし」「なら今度来るときは何かお菓子をもって来よう」僕は菓子作りはあまり得意でないので桃子さんに協力を要請しよう。なのはを巻き込めばあの人は嬉々として協力してくれるはず。巻き込まなくても笑顔で了承してくれるだろうけど。僕の言葉を聞いた美緒ちゃんは途端にキラキラした笑顔で身を乗り出して、「ほんとっ?」「ほんとほんと。僕は今まで嘘をついたことがないんだ」「なら春海とも仲良くしてあげるのだ!」「あんがとさん」それで話を終えて、美緒ちゃんは満面の笑みで再びショートケーキにパクついた。僕と美緒ちゃんの会話が終わったのを見て、ゆうひさんが話しかけてくる。「何や春海くんて、子供の扱いに手慣れ取るなぁ」「あはは。たぶん子ども相手の経験なら十年以上ですしねー」『前』も含め、十数年のベテランである。まあ、それでも子どもは大人の軽く斜め上をぶっ飛ぶから侮れないのだが。なんだよ、アリサのあの成績やすずかの読む工学技術の本。なのはは数字に異様に強いし頑固だし。「それで───お待たせしました、薫さん、那美ちゃん。それに十六夜さん」言いつつ、僕は自分の隣にいる、椅子に座った2人と宙に浮かんでいる十六夜さんに向き直った。薫さんと那美ちゃんの纏う雰囲気は些か真剣みを帯びていたものの、さっきまでの自己紹介タイムが功を奏したのか表情が固いと言うことない。……そもそも僕がさっきまで異様なまでに人当たり良くやってたのも、半分以上は2人のの雰囲気を緩和するためだったしなぁ。那美ちゃんは兎も角、薫さんは一筋縄では行きそうにないし。ともあれ、酷い結果にはならないと信じるしかない、……か。僕たちの中で最初に口火を切ったのは、薫さんだった「まずはうちの自己紹介からしておこうか、春海くん。───はじめまして。神咲一灯流退魔道、その正統伝承者、神咲薫と言います。那美のこと、ありがとう」「神咲一灯流、退魔道……」「退魔道とは呪詛を退け霊障を祓うこと。それで、うちの家系はそれを生業としているんだ。秘密裏にではあるけど、警察関係から仕事を請け負うこともある」次に、薫さん達の後ろに控えた、十六夜さん。『はじめまして。先程は大変失礼しました、春海様』そこで一度、ぺこりと丁寧にお辞儀。『神咲一灯流伝承、霊剣『十六夜』と申します。神咲家初代様から、神咲家に仕えさせていただいております。葛花様とは五十年ほど前より友誼を結ばせてもらっています』薫さんが十六夜さんの言葉を引き継ぐ。「……まあ、その『葛花様』が何なのかはこの後に教えてもらうとして。……十六夜はこの剣の名前でもあり、……」そう言いながら薫さんは来てからずっと傍らに置いたままの竹刀袋の封を解く。その中にあったのは、───……一振りの、日本刀だった。「……この剣に宿る魂の具現でもある。仕事上のうちの相棒と考えてもらえれば、一番わかりやすいと思う」日本刀と狐面の違いはあれど、その辺りは葛花と同じ、……か。薫さんの説明を僕が自分流に噛み砕いていると、最後に薫さんに視線で促された那美ちゃんが膝の上に置いた久遠ちゃんを抱きしめながら、言い難そうに僕を見た。……うん?何故に言い難そう?「……同じく神咲一灯流、神咲那美です。こっちは狐の久遠」「くぅん」「それで、えと……」少し言い淀みながら、不安そうに上目遣いでこちらを覗きこんできた那美ちゃん。なんかこの子、一つ一つの動作が超癒し系なんだけど。とりあえず言い難そうにしてる那美ちゃんに直球で訊いてみる。「どったの、那美ちゃん?」「……春海さんは、妖怪とか幽霊って大丈夫ですか……?」言いながら那美ちゃんはチラリと久遠に視線を滑らせる。……ああ、もしかして、「ひょっとして、久遠ちゃんのこと?」そんな推測は、果たして大正解だったようだ。当てずっぽうの僕の言葉に那美ちゃんはびっくりしたような顔を上げて、「気づいていたんですか!?」「これもこの後で話すけど、僕も久遠ちゃんと似たようなのを知っててな」ていうか今まさに僕の内であくびしてんだけど。暇そうなんだけど。『お主の眠気が伝わって来とるからな……。眼がしょぼしょぼする……』<言うな。僕だって我慢してんだから>現在の時刻は午後9時。小学1年生にとっては既に辛い時間帯である。とは言っても動物としての本能が強い葛花のほうはもっと眠そうだけど。コイツ基本的に食っちゃ寝だし。「それにまあ、どういう言い方したら良いのか知らないけど、僕も漫画風にいえば『感知タイプ』ってことになるから。ぶっちゃけ初対面で気づいてました」「ええぇぇぇ……」笑顔でそう告げる僕に那美ちゃんは一気に脱力したように久遠ちゃんを見ると、次いでちょっと恨みがましい感じのジト目を僕に向ける。おお、なんかレアっぽいぞ、この表情。「えっと、それじゃあ。……久遠?」「くーん」そうして気を取り直した那美ちゃんが久遠ちゃんに呼びかけると、久遠ちゃんは一つ頷いて彼女の膝から床に降り、ぽんっと、軽い音を立てて金髪幼女2号(もちろん1号はあのツンデレである)となりましたとさ。那美ちゃんの隣に顕れたのは、狐のときと同じ色合いの髪を白いリボンでまとめて、紅白の改造巫女服を着た一人の女の子。葛花と同じように髪と同色の狐耳としっぽを生やしていて、歳の頃はアリサたちよりも少し上くらいだろうか。たぶん、小学3年生くらい。「ありゃ。久遠ちゃんは人化も出来るんだ?」「くぅん」「でもやっぱり『くぅん』縛りなんだ……」「くぅん……」僕の言葉に一気に元気をなくして、しゅーんとして答える久遠ちゃん。耳としっぽも垂れ垂れである。そんな久遠ちゃんを那美ちゃん苦笑して撫でながら、そのままこちらに顔を向ける。「……獣が永い歳を経て変化する、“変化”の類。久遠もそんな変化のひとりで、人の姿をもつ狐です」そこで那美ちゃんは辛そうに顔を伏せると、「この子も、……昔は少しわるい子で。……でも神咲の祖母が退治をして、“力”のほとんどを封印して、今はいい子なんです。……ね、久遠?」「くぅぅん」那美ちゃんの言葉に笑顔と鳴き声を返して、ヒト型久遠ちゃんは那美ちゃんに抱きついたまま僕をじっと見上げる。廃ビルのときと同様のつぶらな瞳は僕の一体何を見ているのか、それは僕にも解からない。ていうか未だ僕には近づいてこないものの、見つめても逃げなくなったのは少しは慣れてくれたと考えて良いのだろうか?那美ちゃんはそんな僕と久遠ちゃんの様子に少しだけ微笑むと、───覚悟の中に僅かな不安を覗かせる表情で僕に問い掛けた。「春海さんは、……久遠のこと、怖くないですか……?」「いや全然」ズルッ即答した僕になんか突然さざなみ寮のみなさんがずっこけた。そうでないのは「?」を浮かべた美緒ちゃんと久遠ちゃん、それに笑顔の十六夜さんと愛さんくらいか。で、美緒ちゃん達と同じく「?」だった僕に那美ちゃんが何故か焦ったように訊いてくる「えええぇぇぇぇ―――そ、そんなあっさりと……。ほ、ほんとうですかっ!?」「いや、なんでそんな焦ってんのかが解かんないけど……」言いながら僕が確認するように久遠ちゃんに眼を向けると、「くぅ?」彼女は不思議そうに小首を傾げて短く鳴いた。うむ。かわいい。それを見た僕は、改めて那美ちゃんに向き直ると───自分に出来る限りの真剣な顔つきを作って、己の感じたままの本心を告げる。僕の本当の気持ちが、彼女にしっかりと伝わるように。「僕がお持ち帰りしたいぐらいだよ」…………那美ちゃん達の警戒度がちょっと上昇したような気がした。全員で久遠ちゃん抱きしめてるし。というわけで。「チキチキ『公開処刑!?女だらけの(僕限定)暴露大会 inさざなみ寮 ~お盆、夜の部~』の、始まりだよー」「「イェ~イ」」ゆうひさんと美緒ちゃんはノリいいなぁ。「ルールは簡単。男女比率2:10というこの恐るべき状況で僕の秘密を暴露してしまおうという、どこからどう見てもただの羞恥プレイです。これやっぱ止めない?イジメだって」「「「「却下」」」」「「「「あ、あははは……」」」」僕の意見はニヤついた真雪さん、ゆうひさん、リスティさん・美緒ちゃんに敢え無く却下されてしまった。数の暴力って酷い。知佳さん、みなみさん、薫さん、那美ちゃんも苦笑いしつつも止めてくれないの辺り、僕の味方は自分を除いた中で唯一の男である耕介さんのみに等しいらしい。「ということで耕介さん、ヘルプを要請します」「ええっ!?……えーと。みんな、春海くんも困ってるし、今日はそろそろ……」「耕介は黙ってるのだ」「耕介くん、空気の読めん男はモテへんよー」「……悪い、春海くん。おれには無理みたいだ」さざなみ寮における彼の地位は低かった。仕方ないので僕は溜め息一つで諦めると、───寸前の空気を振り払い、居住まいを正して改めて礼を取る。「改めまして、名乗らせて頂きます。───和泉流陰陽術、二代目“晴明《ハルアキラ》”襲名、和泉春海と申します」**********豹変した春海の態度にその場に全員が息をのんだが、当の春海は特にそれを忖度することもなく言葉を紡ぎ続ける。「とは言っても、襲名自体は自称のようなもので僕ともう一人が勝手に決めてしまっただけですが。……薫さん、那美ちゃん」「……はい」「は、はいっ」春海の問いかけにそれぞれ返事が返ってきたのを確認してから、彼は今度は2人に向かって話しかける。「そういうわけで、自分は分類上は2人と同様“退魔師”ということになります。完全に在野で学んだモグリになりはしますが。一応、数年前から悪霊祓いや鎮魂も目に着く範囲ではありますが、やらせて頂いています」薫が目を少し細める。たぶん、見極められているのだろう。春海は頭の片隅でそのことを察しながら、彼女に言葉を投げかける。「その上で、薫さんにお話したいことがあります」「……ああ。聴こう」「僕は霊を祓うことがどういうことなのか、素人なりに知っているつもりです。……霊を殺すということは、死んだ人間をもう一度殺すのに等しい行為。ですよね?」「…………そうだね」「…………」春海の言葉に薫はやりきれないと言ったように目を伏せ、それは隣の那美もそれは同様だった。しかし春海は敢えてそれに気づかない振りをしながら、話を前に進める。「僕自身、これまで何人かの悪霊を“殺した”こともあります。……それで、今日はこうしてお二人にお会いして、知っていてほしい事と、ご確認したい事があるんです」春海としてはここからが本題であり、正念場だった。周りに気づかれない程度に僅かに深呼吸して気を静める。薫と那美も彼の雰囲気でそれを悟ったのだろう、表情を戻して真剣に向き合う。「知ってほしいことは、除霊における僕のスタンスです。……元々、僕が除霊行為を始めた理由は自分の身を守るためでした。こう言っちゃなんですが、陰陽術はまだ子供で体が非力だった自分が力をつけるためには最適でしたから」それから、幽霊や悪霊と言った非日常が実は案外身近にいたのを知ったこと。流石に自分の友達や家族が襲われるのは嫌だからと、自分の行動圏内で危ない霊を発見したときは除霊を行なってきたことを告げ、「……僕が優先するのは、基本的には生きた人間です。もちろん、積極的に死んだ人間を蔑ろにする訳ではありませんが。それでもどちらかを選べと言われたら、僕は間違いなく生きている人を優先します」これは春海としての、───本心だった。確かに春海とて人間だ。それも、本来ならば「善良な一般市民」へと部類されるような人柄の人間である。霊とは言え、他人を殺せば悼む心もあるし後悔する心も持っていた。だが、───それだけだ。彼は『前』に一度死んで、生きているということがどれ程の価値を持っていたのかを感じた。実感した。いま目の前に在る『日常』がどれ程に大切なものなのかを、痛感した。陳腐な言い回しではあるが、……喪って初めてその有り難みが解かった。だから春海は、『死』が、───死ぬほど嫌いだった。春海は横道に逸れた思考を修正し、改めて薫たちへと向き直る。「それが、お二人に知っておいて欲しかったことです」「…………」「…………君の言いたいことは解かった。ただ、一つだけ訊きたいことがある」言い終えた春海に対して那美は沈黙し、薫は見定めるように彼をじっと見つめながら静かに言葉を発した。「どうぞ」「君のスタンスは確かに理解した。それもまた人を助けるために必要な考え方だとは、うちも思う。……ただ、それで死んだ人やその人達の家族の想いはどうする?」「放っておきます」「なッ!?」「というより、放っておくことしかできません。そりゃあ、鎮魂の際に霊から遺言を聴くことができれば、術を使って『夢』という形ですが遺族にそれを伝えたこともあります。ですが、それでも既に悪霊になった人を殺してしまった場合、……もうどうしようもないですから。それのことは僕よりも退魔師としての経歴が長いであろう薫さんなら、解かると思います」「……そうだったね」基本的に退魔業とは世に知られていないし、また認知されるようなものでもない。元よりこの現在科学が広まりきったこの世界。その中で幽霊やら悪霊といったものの存在を訴えたところで、悪戯に世を騒がすだけに終わるのがオチだ。ただ単に遺族に死者の遺言を伝えたところで、普通ならふざけるなと言われて追い返されるのが関の山。ましてや「その人が死んで後に悪霊になって人々を襲っていました。なので殺しておきましたよ」などと聞かされたときの遺族の反応など、春海は想像もしたくなかった。───詰まる所、春海に限らず退魔師というものは、生者に対しては何も出来ないことの方が遥かに多い。「…………すまない。話を遮ってしまったね。……続きを聞こう」それを思い出した薫は一度目を伏せた後、すぐ顔を上げて春海を促す。彼はそれに一つ頷くと、「次に、というよりこっちの方が本命の質問なんですが……僕がこの街でこのまま除霊を続けても良いのか、ということです」「?……どういうことかな?それこそ今まで通りにすれば良いだけで、別段こちらのお伺いを立てるようなことではないと思うんだけど」「さっきも言ったように、僕ってモグリですから。基本的に自分以外の退魔師のことを知らないんですよ。正直な話、今日こうして那美ちゃんに会ったのが僕にとっての初めてです」「そうだったのか……」「で。聞いてみたら薫さん達はどうやら一族先祖代々の退魔師家系のようですから。言い方は悪いですけど、もしそっちがこの辺りを縄張りにしているのなら僕が勝手していると余計なイザコザを起こすかもしれませんし」「その辺りの塩梅がよく解からない、っと」「そういうことです」納得した様子の薫に春海は補足する。「僕としては二度とするなと言われれば流石に困りますし。かと言って退魔業は自分の周囲に火の粉が降りかかる前に払いに行っているだけですから、それに専念するつもりもない。もし現場で他の退魔師の方と出くわしたら特別な理由がない限りは邪魔しないことも約束します。その上で、神咲一灯流・正統伝承者である神咲薫さんにお聞きしたいんですけど」「うん」「その辺りの匙加減ってどんな感じなんですかね?やっぱり部外者は出ていけーみたいな風潮だったりします?」この質問こそ、春海が他の退魔師と知り合いになった場合に確かめたかったことだった。別に春海としては、除霊に対して思うところは殆ど無いに等しい。というよりも、避けられることなら避けたいというのは本音だった。今までの除霊行為だって自分が祓ったほうが早そうだったからそうしただけで、押し付ける相手が傍にいたら迷うことなく押し付けていた自信がある。まあ流石に、那美のような年端もいかない少女にムリヤリ押し付けようと思うほど彼も外道ではなかったが。今のところは神咲家のようにこの行為を専門の仕事にするつもりもなし。下手に出しゃばって他の退魔師の者の邪魔をし、目をつけられても困る。彼は事『死』に関して言うのなら、良く言えば“慎重”“堅実”、悪く言えば“ビビり”“チキン”なのだ。しかしまあ、それでも実際に一度死んだ身。もしかしたらこのくらい臆病なのが一番丁度良いのかもしれない。閑話休題。ともあれ、春海がこの質問をしたのは以上のような理由からだった。早い話が、神咲という退魔の家系から一般の退魔業におけるノウハウと部外者に対する対応を確かめたかったのだ。そしてそれは、これから先で非日常へと関わっていく上で必要なことでもある。春海自身も独力や我流で全ての問題を解決できるとは思っていないし、自分にそんな特別な存在であると自惚れてもいない。自身を卑下するつもりはさらさらないが、準備を怠って死ぬつもりはもっと無い。この確認はそのための準備と言っても良い。そして果たして、そんな意図のもとにされた質問への薫の答えは、……「───いや、そんなことないよ」ともすれば拍子抜けしてしまいそうなくらい、あっさりとしたものだった。「確かに事情も知らん人間が自分勝手な横槍を入れるようなら良い顔はされないけど、それはどの世界でも同じだよ。春海くんはその辺りはちゃんと考えて弁えることもできるみたいだしね。むしろ、そういう人には緊急のようなら応援を頼むこともある」「そうなんですか……?」「ああ。日本にも退魔師は少なくはないけど、決して多くもないから。うちも大学を卒業した今では日本中を飛びまわっとる」そう言って苦笑する薫から目を切ると、春海は今まで姉に場を任せていた隣の那美へと目を向けた。春海の視線に那美は少し慌てて、「わ、わたしはまだまだで。今はこの海鳴の町で仕事を任されるくらいしか」「その歳で仕事を任されてる時点で十分すごいと思うけどね」少なくとも『前』の春海は高校に入ってから簡単なバイトをするくらいだったから、高校1年生で(というより、この様子だとそれ以前から手伝いくらいはしていたのだろう)今回のように夜な夜な仕事に従事する那美を素直に尊敬する。「そ、そんなことないですよっ」そんな春海の言葉に顔を少しだけ赤くしながら両手をパタつかせる照れる那美をかわいいなーとか思いつつ、彼は幾分か軽くなった声で薫に話しかけた。「それじゃあ、あとは葛花の紹介くらいですかね。……みなさんも、もう大事な話は終わりましたから喋っても大丈夫ですよ」「プハー!遅すぎー!」「い、息が詰まりましたー……」春海の言葉に真っ先に息をついて机の上に突っ伏したのは美緒とみなみだった。春海の言うように、退魔業関係と言うことで他のさざなみメンバーは話の邪魔をしないためにずっと黙って見守ってくれていたのだ。その様子に苦笑しながら、春海は全員に向かって頭を下げる。「すみません。気を使ってもらったみたいで」「別に構いやしねーよ。わたしらにゃ関係ない話だったし」「もー、まゆお姉ちゃんたら。……あ。でもお兄ちゃんにはちょっと関係あったんじゃない?」「でも、おれも最近は修行サボり気味だしなー。春海くんみたいに色々と考えてる訳じゃないし」春海の謝罪にニヤついて言葉を返す真雪を知佳が諫め、それに続いた耕介の言葉に春海が首を傾げる。「あれ?もしかして耕介さんも退魔師なんですか?」「ああ。昔、薫に稽古をつけてもらっていた時期があってね。今でもちょこちょこはやってるよ。もっとも、除霊だとかは何も手を出したことはないけどね」「へー」そうやって2人っきりの男だけでのほほんと話していると、「それで春海くん。結局、『くずはな』って誰なん?」「そろそろ教えてくれても良いんじゃない?」痺れを切らしたゆうひとリスティが口を挟む。周りを見ると、大なり小なり全員が気になっている様子だった。「ああ、そうでしたね」言葉を返しながら春海は己の内にいる葛花へと念話を通す。<葛花、話しても良いよな>『別に構わんぞ。愛想を振りまくつもりはないが』<たぶん獣形態で座っているだけで愛嬌全開だから大丈夫だろ>当人の了解を得ると、再び前を向いて改めて自分の相棒のこと話し始めた。───その表情は、さざなみ寮の住人からは自分の宝物を自慢する子供と同じものに見えていたとか。**********「───以上。葛花の説明でした。詳しくは別話参照で」『おおー……』僕の説明が終わると、さざなみの皆さんが俄かに盛り上がる。「なんや、けっこうな人……っていうか狐さんみたいやなぁー」「ホントですねー」ゆうひさん・みなみさんの関西弁コンビ(みなみさんにも言葉の発音にあっちの訛りがあった)は微妙に感心したように息を吐き。「十六夜さんは葛花さんとお友達なんですよね」『はい。先々代様のころに初めて出会いました』「こんなところでまた会うなんて、なんだか感動ですねー」知佳さん・十六夜さん・愛さんの和み系美人さんたちは笑顔でぽわぽわした会話をして。「ってこたぁ猫が威嚇してたのもそのせいなんか?」「そういえば、ボクが初めてここに来た時も威嚇されたっけ」「う。そ、それは悪かったけどさー」真雪さん・リスティ・美緒ちゃんたちが思い出話に花を咲かせていた。そんな中で僕に話しかけてきたのは、不思議そうにした薫さんだった。「それで、……その『葛花様』は、今は春海くんの中にいるんだよね?」「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」<おーい。とりあえず名乗っとくか?>『まあ、そのくらいはの』中の葛花と念話でそれだけ話すと、即座に彼女は『外』へと出てきた。それと入れ替わる形で僕は自身の『内』へと意識が沈む。葛花は僕の顔で(たぶん)偉そうな表情を形作ると、「『儂が葛花じゃ。神咲の人間よ』」更に偉そうな口調でそれだけ言った。「あ、は、はい。はじめまして。今の十六夜の継承者の、神咲薫と申し───」突然豹変した僕(の身体)に戸惑いながらも自己紹介を返そうとした薫さんの言葉を、葛花は鬱陶しそうに手をプラプラ振って遮ると、「『ああ、よいよい。名乗るな。儂に人の見分けはつかんし、名前も覚えられん。明日には忘れるのが関の山じゃ』」「は、はあ」薫さんは、僕の姿でそんな面倒くさそうにする葛花に微妙について行けてないらしく、さっきまでの毅然とした態度が崩れてしまっていた。そんな2人の会話を聞いていた十六夜さんがクスクスと笑う口元を着物の袂で隠しながら薫さんをフォローする。『ふふ。葛花様は相変わらずのご様子ですね。薫、気を落とすことはありませんよ。彼女は少々気難しいところがあるので』「『ふん。お主が大雑把なだけじゃ』」『ですが、春海様にはお優しいのですね』「『此奴にそう簡単に死なれても困るからの』」その心は?「『甘味・酒・油揚げのために』」そんなこったろうと思ったよ。『あらあら。まあまあ』そんな葛花のどこが可笑しかったのか、十六夜さんはまたしても口元を押さえたまま上品に笑いだした。と。「あ、あの、葛花さん」そうやって葛花と十六夜さんが談笑していると(ほとんどは葛花が喋って十六夜さんが笑顔で相槌を打つだけだったが)、唐突に葛花に呼びかける声が在った。葛花がそちらを振り向いたのだろう、視界がゆったりとした速度で動く。そこに居たのは───、「『なんじゃ、ドジ巫女と狐か』」ヒトの姿のまま久遠ちゃんと、彼女を自分の膝上に乗せた那美ちゃんだった。「ど、ドジ巫女……あうぅぅ。……あ、あの、葛花さんにお聞きしたいことがあるんですけど……」「くぅん」葛花の簡潔な一言にちょっと傷ついたみたいだったが、予想外の打たれ強さを発揮してすぐに立ち直ると、那美ちゃんは葛花にお伺いを立てた。対する葛花は呆れたようにそれを見て、「『勝手に言えば良かろ。答えるか答えぬか無視するかは儂が決める』」「む、無視も選択肢の中にあるんですね。……あの、普通の霊って何かに依り代がないとすぐに消えちゃう筈なんですけど、……やっぱり葛花さんも何か依り代があるん、です、か……?」那美ちゃんとしても最初は単に興味本位だったのだろうが、葛花(が操る僕の身体。つまり彼女からしたら年上の男)にジッと見られて緊張してきたのだろう。最後のほうは言葉が尻すぼみに消えて行った。一方の葛花は那美ちゃんの質問を頭で吟味し、『お前様』唐突に僕に念話を通してきた。<なんだよ、唐突に>『面倒なのでパス1じゃ』<速ぇなオイ>だが葛花が再び僕の中に潜ってしまったため、仕方なく僕が浮かび上がる。「那美ちゃん」「ひゃいっ!?」「ああ、今は僕だから。そんな慌てなくていいよ」「あ、え、あ……は、はい」「おー。信じてなかった訳やないけど、ホンマに別人みたいな変わりようやなぁ」「ホントだー。それにさっきまでは眼が真っ赤に光ってたのに、それも治ってる」僕と那美ちゃんのやり取りを見ていたゆうひさんと知佳さんがびっくりしたように言ってくる。……って、眼が光ってた?「えと、知佳さん。眼が光ってたってマジですか?」「うん、まじまじ。黒眼の部分がもうすっごく赤くなってて、ビカー!って」何故か自分の両目を手で思いっきり開いて“ビカー!”を強調しながら教えてくれる知佳さん。「知らなかったの?」「葛花が表に出てるときに鏡を見たことはなかったので。僕も初めて知りましたよ。教えてくれてありがとうございますね」「えへへ、別にいいよー」ああ。やっぱこういう人は見てて良いなー。知佳さんの笑顔に心が和む和む。かわいい顔も目の保養だし。っと。那美ちゃんを忘れてたので早速彼女の質問に答えるとする。「で。那美ちゃんの質問なんだけど」「あ。はい」「一応、葛花にも依り代のようなものはあるにはあるんだけど……」早い話が、あの『狐面』である。あれこそが十六夜さんでの日本刀の部分に当たる。僕はその事を那美ちゃんに教えながら、「ただ、葛花が狐の面を依り代にしてる方が稀なのよ」「え……それってどういうことですか?」思わぬセリフに首を傾げて訊いてくる那美ちゃん。見れば隣の薫さんも興味を引かれたようでこちらの話に耳を傾けていた。にこにこ笑っている十六夜さんは、たぶん知っているのだろう。「まあ要するに、葛花は、」言いながら僕はスリッパを履いた自分の足先で床を、右手の指先で机をコツコツと叩き、「───その土地や物、それに人なんかに憑依しながら存在を保ってるってわけ。あいつが単独で長距離を移動できるのもそのおかげだね」「…………」「…………」神咲姉妹は僕の言葉に絶句した様子だったが、先に我を取り戻した薫さんが身体を前のめりにして焦ったように問い掛けてきた。「ちょ、ちょっと待って。……そ、そんなことが出来るのかい……?」「別に不思議なことじゃないとは思いますよ。自縛霊なんかは正に土地に取り憑いた霊ですし。十六夜さんも、やろうと思えば位牌くらいには移れるんじゃないですか?」「た、確かにそうだけど……」「元より葛花は“憑依”のスペシャリストである狐霊の中でも一歩抜き出たヤツらしいですから」『アホ言うな。万歩は先じゃ』<それこそアホ言うな>謙虚な姿勢を大切にね。僕の説明を聞いた薫さんは、脱力したように椅子に深く腰掛け溜め息をつく。「……うちもやっぱりまだまだ未熟者やね。まさかそんな霊も居るなんて……」「本人いわく、自分は規格外らしいですから。参考にはならないと思いますよ」「いや、それでも視野を広げるのには役に立ったよ。ありがとう」この人、勤勉すぎだろ。それからも薫さんと那美ちゃんを交えて世間話という名の退魔師としての情報交換は続き、僕としては今日で一番の収穫となった。そうして。神咲姉妹と話しこみ、机上には耕介さんの作った料理(もともと今日は同窓会みたいなノリだったようなので宴会料理をあらかじめ作ってあったらしい)も載せられてしばらく経った頃。「じゃ、もう夜も遅くなってきたことだし。僕もそろそろお暇するよ」そう言って立ち上がる。時計を見ればもう22時を少し回っていた。家では不在を幻術で誤魔化しているとはいえ、それも絶対ではない。強い衝撃と与えれば術は解けてしまうのだから、帰るのならば早い方が良い。「も、もう帰っちゃうんですか……?」「え、そうなのかい?料理もそろそろ追加しようと思っていたんだけど……」僕の言葉を聞いた那美ちゃんと耕介さんが残念そうな顔となり、そしてそれは周りのみんなも大小差はあれど同じだった。今日会ったばかりの僕をここまで歓迎してくれるというのも有り難いことであるが、残念ながら潮時だ。僕は耕介さんの誘いを家の母親が心配するからと丁重に断ってから、玄関でさざなみ寮の皆さんに見送られることになった。とりあえず1人1人と別れのご挨拶。「春海さん。今日は送ってくださって、本当にありがとうございました」「うん。もう転んだり……は無理みたいだから、気絶したりしないようにね」「うぅ……はい……」寮の皆の話によると、那美ちゃんはかなりのドジらしいので。落ち込みながらもちゃんと頷く那美ちゃんに苦笑しながら、僕は彼女の巫女服の裾を掴むヒト形態の久遠ちゃんを覗きこむ。そういえば、彼女にはまだお礼を言っていなかった。「久遠ちゃんも、ここまで送ってくれてありがとな」「くぅん」う。つぶらな瞳がかわゆい。「…………撫でても良い?」「くぅ……」欲求のままの僕の言葉に久遠ちゃんはちょっと躊躇うように鳴いて、「……くーん」だぼっとした両手の裾で口元を隠しながら、そっと自分の頭を静かに僕のほうに突き出してくれた。ちょっと感動したので万感の想いを込めて撫でておく。「くぅん♪」喜んで頂けたようで何よりです。「耕介さんも、料理美味しかったです。ご馳走様でした」「口に合ったみたいでよかったよ。今日から3日程度は他のみんなも全員うちに居るから、その間にまたおいで」「いや、流石に女子寮に頻繁に出入りする訳には……」しかしそんな僕の至極常識的な遠慮は、彼の隣に立った愛さんの「オーナー権限で許しちゃいます♪」という笑顔の一言に許された。権力と言うのは何時の時代でも偉大なものである。お次は目を少しキラキラさせた美緒ちゃん。「お菓子、忘れないでね?」「わかってるって。愛さん達からもまた来ても良いって言われちゃったから」「約束なのだ」「あ、あの……」「ん」なにやら妙にソワソワしたみなみさんが乱入。どうしたのか訊いてみると、「あ、あたしも食べていいですかっ?」どうやら彼女は食いしん坊キャラだったらしい。最後の最後に僕の中でやっと彼女のキャラが立ったような気がする(酷い)。みなみさんの言葉には当然ながら笑顔で了承。美緒ちゃんと取り分の相談をしていたので、なるべく1人1個のお菓子にしておこう。その次はゆうひさん。「フィアッセと会ったときに春海くんのことも話しとくなー。機会があったらみんなでカラオケでも行こか」「世界的シンガー2人とカラオケって……」逆に金を取れそうだった。ていうか僕が実年齢6歳っていつ言おうかな……。フィアッセさんと会ったらどうせばれるし……。そんで知佳さんは別れ際もやっぱりぽわぽわしてた。「今日はあんまりお喋りできなかったけど、わたしはこっちには1週間はいるから。また会おうねー」「ええ、是非」「会いに来るのは構わねえけど、知佳に手ぇ出したらぶっ飛ばすからそのつもりでな、青年」「もー!まゆお姉ちゃん!」真雪さんがシスコンだったのがちょっと意外。ただシスコンというより、彼女の場合は少し過保護な感じだろうな。姉御肌っぽいし。ちなみにそんな心配しなくても僕と彼女の年齢差からしてよっぽどのことがないとそもそも僕が男として見てもらえない罠。いや、僕もいつまでも本当の姿を隠して接するのは無理だからね?さすがにいつまでも隠し通すのは面倒、というか不可能だから。「今日はいろいろと参考になりました。本当にありがとうございます」「いやこっちも新鮮な話ばかりで楽しかったよ。ありがとう」握手しつつ薫さんとお礼を言い合うと、今度は彼女の後ろに控えた十六夜さんへと視線を移す。「十六夜さんも。折角の再会なのにあまり時間が取れず、すみません」ていうか、そもそも僕の身体を通してしか彼女は葛花と喋ってないしなぁ。でもだからと言って葛花を僕から出すと変化が解けるし。僕の本当の姿を話すにしても今日はもう遅い。彼女たちには申し訳ないが、直接の再会は明日以降に我慢してもらうしかないだろう。『わたくしは大丈夫ですので、どうかお気になさらずに』「次は、もっと時間に余裕があるときにでも」『ふふ。お気づかい、どうもありがとうございます』とりあえず、これでさざなみ寮の人たちとの挨拶は終わりかなー。…………とか、僕が“現実逃避”していると、ポン。ポン。かるーく肩を叩かれた。まあ。なので、理不尽な現実から少しでも長く目を逸らすようにゆっくりとそちらを振り返える。すると、そこには……「それじゃあ、」銀髪のお姉さんがニヒルな笑みと共に立っていて、「───春海はボクが車で送っていこうかな」らうんど、つー。……続くよ?(あとがき)てな感じで第十三話の2、投稿完了しました。先ほど一回前半部分のみを投稿させて、これでは余りに短いうえに内容が自己紹介のみになってつまらないと作者が勝手に判断し、一旦削除して後半部分を付け足して再投稿しました。読者の皆さま、混乱させてしまい、誠に申し訳ありませんでした。さて。後半部分も付け足したということは、つまりストックのことも考えずに投稿したということになります。計画性皆無です。もうストックも書きかけもほとんど無かったり。一応今週末は時間があるので執筆を進めるつもりなのですが、最近はスランプ状態で筆も思うように進まず、下手をすれば今まで間隔を1週間空けずに投稿してきたという作者の些かな自慢がなくなってしまうことに。まあどうでも良いんですけど、そんな自慢。クオリティも大事ですし。作者の作品はクオリティ(笑)ですが。というわけで読者様には非常に申し訳ないのですが、次はちょっと遅くなるかもしれません。本当に申し訳ないっす。では、また次回。