蔵の隠し戸の中に入っていた木箱を開けると、目の前に眠っている真っ白な狐が現れました。まる。「はっはっはっ、ねーよ」いや笑いごとでもねぇな。「ていうか、おおい!何だこれ、脈絡なさすぎだろう。開けるとメートル級のキツネってどんなビックリ箱だよ。ビックリ過ぎて逆にリアクション取りづれぇよコンチクショー。約2000字に渡ってしたはずの『俺』の生い立ちとか今の状況説明とか全無視じゃねーか。ホント何コレ?前振りすらなかったよね?いやいやいやいや、落ちつけ俺。クールビズ。違う。ビークール。いやいや、それはいいんだよ。そうだ。もしかしたら俺が見落としていただけで壮大にして繊細、且つエキセントリックな前振りがあったのかもしれない。よし!そうと決まればまずは落ち着いてタイムマシンを───」テンパリ過ぎて人類未到達の領域を探し求めていた僕だった。思わず素の一人称が飛び出たり。しかし、そんな前世の記憶を思い出したときよりテンパる僕を遮るように、「長いわ、童」「ッ!?」何やら怪しげな声がひとつ。(何だ、今の声……?)慌てて周りをキョロキョロと見渡すも、そこにはさっきまで僕が掘り返していた物の山があるばかりで誰の人影もない。「何処を見ておる。此処じゃ此処」その声がする方向を見てみると、其処にいるのは相変わらず眠ったままの大きな白い狐が、───いや。眠っていない。起きている。その狐はさっきまで深く閉じられていたはずの目は今ではしっかりと見開かれており、其処から現れた切れ長な真っ赤な瞳で僕を見ていた。……まさか。「おいおい、……さっきの声は、お前が?」傍から見たら奇妙な光景だろう。動物相手に人語で話しかける、違わず変人のそれである。僕が幼児でなく成人であったなら、ご近所さんからの変人認定は避けられまい。ただ、そんな本来独り言でしかないような僕の呼びかけに。「その通りじゃ、童」果たして、澄んだ高めの女性の声でそんな答えが返ってきた。「じゃあ、お前は1000年くらい前の狐の霊なのか?」「儂の身は既に精霊の其れじゃがな。お主が言うておるのはどうせ怨霊や雑霊のことじゃろ」「はぁ……精霊ねぇ……」個人的には精霊と妖精がどう違うのか気になるところだな。目の前のはティンカーベルには程遠いし。ディズニー。あれから狐が喋ったことに絶叫しつつも、僕は何とか落ち着きを取り戻してそのまま目の前の狐とお話し中。どうやらこの狐は平安時代を生きた狐の妖の霊(精霊?)らしい。「にしても平安時代か。にわか知識だけど、その時代って確か陰陽師の全盛期だったけか。そんな時代に、よく霊が無事でいられたなぁ。いや霊になっている時点で無事って言えるのかは知らないけど」「じゃから精霊じゃというに。……それに別段、儂は奴等にとっては討伐対象という訳でもなかったしの」「討伐対象じゃなかった?」……そうか。そういうことか。解かった。僕は全てを理解しました。思わず狐に向ける視線も憐みを含んでしまう。「……おい。何じゃ、その腐った兎を見るかの如き目は」「さり気にグロいもん想像させんなや。……まあ、あれだ。お前弱かったんだろ?」「ぬなッ!?」「いやだって討伐対象にならんくらいに弱かったってことだろう?」あれ?違った?個人的にはいい線いってると思ったんだけど。「そんなわけあるかーッ!其処らの木っ端陰陽師なんぞ相手にもならんわ!」うがーっと大きく口を開けて(僕がスッポリ入るサイズ)吠えるように捲し立てる狐様。戦慄である。「あ、そ、そうなんだ。いや、ごめん」謝ったのに、どうやらきつね様は僕の返答がお気に召さなかったらしい。こっちの方を疑わしそうにじと目で見ながら、その毛並みと同じ真っ白な歯をむき出しにしてくる。歯並び良いね。口のサイズがサイズだけに恐怖しか湧いてこないけどな!「……疑ぐるようならぬしを頭からガブッと」「申し訳ございませんでした!」土下座である。いや無理だって。怖いもん。この狐3メートル以上だよ?じゃれつかれただけで致命傷だって。「……ん?ってちょっと待て。ならなんでお前、退治されなかったんだ?普通の陰陽師が相手にならないって言うんなら、それこそ陰陽師総出で討伐に来そうなものじゃないか?」人間は基本的に今も昔も異端に対して容赦しない動物である。中世に西洋で起きた魔女狩りなんかはその最たる例だ。それが魑魅魍魎の全盛期である平安時代ともなると尚更だろう。「ふん、頭の巡りは悪くないようじゃな。にしてもお主、儂と普通に話しておるのう。まるであいつと話しておるようじゃわい」もっと怖がれ、面白くない、と呆れた様子の狐。面白い面白くないでビビらせないで下さい、僕のハートはガラス製なんだから。美しくも脆いんだから。割れ物はもっと丁重に扱えよ。あと、あいつって誰よ?「まあ、そっちが僕を食べるつもりならこんな話なんかするまでもなく、今頃お前の腹の中だろうからなー。意思疎通が出来る時点で恐怖も結構薄れてきてるし」もともと僕は幽霊とか怖がる方じゃないし。って、あれ?霊って人間食べれるの?……ま、いっか。順番に聞いていこう。「先の問いに答えるのなら、儂はとある陰陽師の所有霊≪アリミタマ≫じゃったからの」「ありみたま?」なんだそれ?『荒霊≪アラミタマ≫』なら聞いたことあるけど。ラノベで。「陰陽師が術や闘争の手助けをさせる為に使役した霊のことじゃ。あいつが創った言葉故、語源は無い。まあ、どうせあいつにとっては式神代わりだったがの」「霊を使役した、ねぇ。……スゲェな、そんなことまでするのかよ、陰陽師って。僕は映画……あ~、物語の中でしか見たことなかったけど、そんなの寡聞にして聞いたことなかったぞ」教科書にはまず書いていないことだろう。式神の方なら聞いたことがあるけどあれもまた少し違うっぽいし。確か前世で呼んだ漫画では似たような話があった様な気がするが……あの漫画って今の世界でもあるんだろうか?「まあ、お主が聞いたことがないのも当たり前じゃよ。儂とて現代は兎にも角にも当時に霊と和解した上で共存した陰陽師などあいつ以外に知らん」「さっきも出てたけど、その『あいつ』ってのは誰なんだ?お前の話だとお前を使役した陰陽師ってことになるんだろうけど……」「お主の言う通り、儂を使役した主のことじゃよ。誰も見たことも聞いたこともない術を創りだし、訳のわからんことを言っては周りから変人と言われておった。そもそも傍から見て陰陽師かどうかすらも怪しい奴じゃったがな」正道の術は大概投げ出しておったし、と続ける狐。いや、それはもう陰陽師じゃなくて完全に別物じゃない?ただ、そう言う狐の口調や雰囲気は、どこか優しげで懐かしそうだった。その“あいつ”のことが本当に大切だったんだなと、こっちにも伝わってくるような、そんな雰囲気だ。「そっか……ま、それはいいとして。じゃあ何でお前はこんな他人様の家の蔵で寝てたんだ?」普通に不法侵入じゃねぇか。動物に家宅侵入罪は適用外になりそうだけど。そうでなくてもこのサイズの動物が街中で現れたら即通報されるだろう。こいつリアルもののけ姫が出来るサイズだし。「別にただ寝とったわけではない。儂はあいつに書を守護するよう命令されとっただけじゃ。もっとも、盗みに来るような輩なんぞ、この800年終ぞ居らんかったがの」「800年って……。」スケールが違ぇ。というかどんだけ寝てたんだよ。こち亀の日暮さんだって4年に1回は起きるぞ。……よく考えたら日本人の平均寿命が80歳程だから、あの人一生で一カ月も起きてないんだよな。1回起きるごとにプチ浦島気分なのかもしれない。フィクションとはいえ、酷い話である。「いや、別に年中寝とったわけではないが。時々は出歩いておったしの」「おい、守護はどうした」「……まあ暇しておったのは事実じゃな。正直なところ、人の子と話すのも久しいくらいじゃの。お主を追い払わずにこうして話しておるのも退屈凌ぎに他ならん」「そーかい」まあ、食われるよりマシだから別に良いけど。……ん?「なあ」「なんじゃい」「今、書を守ってるって言ったよな。それってこれのことか?」そう言いながら僕は木箱の中に入っている本を指差す。この狐が強烈すぎて箱のことなんかすっかり忘れていた。「如何にも」「というか、この箱自体何なんだ?統一性がなさすぎて訳が分からないんだが」中身は“5枚の御札”に“狐面”と“盤”、それに目の前の狐が言うように“本”。うん、訳が分からない。狐を前にして霞んでしまったが、この箱も十分にカオスである。「あいつが使っとった式具と書き残した術書じゃよ。もっとも道具は兎も角、書の方は奴が独自の文字を使って書かれておる。」「暗号ってことか。お前は読めないのか?」「今も昔も儂は文字は読めん。尤もあいつは時が経てば読める者が現れるとは言っておったが。正直なところ、今となってはそれさえ眉唾じゃよ」口を開けば湯水のように次から次へと適当なことを言う奴じゃった、と言ってため息を吐く白狐。よほど苦労したのだろう、その背中には何処となく哀愁が漂っていた。「へー、それはまた。僕としてはそんな本があるのなら是非とも読んでみたかったんだけど」本物の陰陽師が書いた術書である。実践するかどうかは置いておいて、読むくらいはしてみたかったものだ。しかし悲しいかな、当然のことながら平安時代の人間が考えた暗号文など元学生・現幼児の僕が読めるはずもなく。平安時代の文字をそのまま使っていたとしても難しいだろう。古典は苦手なのだ。僕は箱の中に置かれている本を手にとってみる。本自体は1000年ほど前のものとは思えないほど状態が良い。まあ、この狐の話を信じるのならその人はかなりの腕利きらしいし、何かの特別な処置でもしたのかもしれない。そう思いながら僕はそのまま本を開き、中のページを見て、「……………………」固まった。「……おい」「なんじゃい」「この本ってその人が作った独自の文字を使ってるって言ったよな?」「言ったな。あの時分の文字を原型にしておるらしいが、崩しすぎて欠片程しか残っておらん。少なくともあの時代に解読できた者は皆無じゃよ」何を今更、などと言いたげなな顔をする白狐。だが、次の僕の言葉を聞いてその目をまん丸に見開いた。「……読めるんだけど」(あとがき)実際書いてみたらわかったけど、ギャグってホント難しい。