「アリサちゃん。なのはちゃん。春海くん」6月の中頃。きっかけは唐突に呼びかけた月村すずかの、そんな言葉から。「どうしたのよ、すずか?」「なになに、すずかちゃん?」「あん?」アリサ・バニングス、高町なのは、和泉春海は三者三様に返しながら、しかし皆一様に呼びかけた彼女に目を向ける。一斉に自分に向いた視線を受け止めながら、すずかは言葉を続け、「こんどのお休みの日に、おうちに遊びに来ない?」で。満場一致でそうなった。**********と言う訳で、その休み当日。僕は葛花と一緒に月村宅に向かいながら、話し合っていた。話す内容は勿論のこと、これから訪れる月村家についてだ。「ふーむ。……いつか遊びに行くとは言っていたものの、いざこうして機会が訪れるとイマイチ対応が選びづらいな」「選ぶも何も。今回は飽くまで相手方を見極めるのが目的じゃろ」敵情視察と言ったかの、と続ける葛花。敵じゃなくて友達だ、と返してから、「それはそうなんだけどな。……でもすずかの身体能力を見るに、人外としての血もかなりだろうし。……やっぱりそれなりに警戒しておくべきかなぁ」「なんじゃ、敵ではないと言った割にはやけにごねるではないか」「あー、やっぱそう見える?」「少なくとも、これから友を訪問する者の姿には程遠いの」そう言いながら、その紅い目に疑問の色を浮かべて、じとっとした視線でこちらを見つめる一匹の大白狐。僕はその背に揺られながら、返す言葉もなく苦笑いする。そうそう。今の僕はあのメートル級の狐の姿に戻った葛花の背に乗っており、葛花に月村家への道程を走ってもらっているところである。月村家訪問が決まった日にはこいつも一緒に着いて来ることは事前に決まっていたものの、すずかに聞いた月村家の場所までは家からは距離がある。さてどうやって行こうかと考えていたら、葛花が自分の背に乗る許可をくれたのだ。なんでも久々に自分の身体で走ってみたくなったらしい。僕自身その申し出を断る理由も特になかったため、現在こうしてライドオン葛花。気分はもののけ姫である。こいつ白いし。森に入るまでに少し街中も通ったが、それはそれ。建造物の屋根を走りつつ葛花が幻術で誤魔化してくれたおかげで騒ぎになってはいない。ここまでスピードが速いと幻術が掛け難い上にかなり雑になるけど、そこは逆に速度でカバー。『怪しまれる前に通り過ぎろ』作戦である。「うーん、やっぱり少し緊張してるのかも」「緊張?」「うん」「またぞろ如何した。……むむ、さては婚姻の申し出でもするつもりか!」テンションあがるのう、なんて葛花。意外とそういう話が好きなのだろうか?「いやいや何でだよ。いきなり過ぎて向こうもビックリ通り越してドン引きするわ。……てか、するとしてもあと10年後だろ、せめて」「いやいやお前様よ。青い果実の良さというのも知っておいて損はないと思うがのう」「それを知った瞬間、僕は大事なものを失うと思う」具体的には倫理感とか道徳心とか。ちなみに葛花の口振りから、じゃあお前は青い果実を知っているのかということには突っ込まない。なんか怖いし。でもそんな僕の至極当たり前の主張は、目の前の非道徳的キツネからすれば的外れらしい。「ふふん、お前様はどうやら大事なことを忘れているようじゃのう」「覚えているからこそ躊躇っていることを忘れるんじゃない」そうでなくとも僕にロリの気はない。なのは達に感じているのは全て親心的なアレである。「失うからこそ得るものが在る。お主はその倫理やら道徳といったなんか邪魔くさそうなものを捨て去ることで、当然得るものも在る」「邪魔くさい言うな……」そう言えばコイツこの間ハガレンのアニメ見てたなー、なんて考える。等価交換の原則。「まあ良いや。遍く女性に対して空のごとき寛大な心をもつ和泉春海くんは特別にお前に聞いてやろうじゃないか。準備はいいか?いくぞ?いっちゃうぞ?───それで、一体何を手に入れるんだい?」「躊躇わない勇気」「いや躊躇おうぜ」人はそれを蛮勇と呼ぶ。「もしくは禁忌を犯す背徳感」「禁忌って自分で言ってんじゃん」「良いではないか。蛮勇結構。それで手に入るモノがあるのじゃぞ」「それで僕が手に入れるのは反社会的な何かだ」ていうか。「そもそも小学1年生相手に告白するという選択肢はありません」「えー、ないのー?」ねーよ。「てか何の話をしてんだよ、僕たちは。脱線するにも程があるわ」「お主が幼女に告るという」「してねえ」「お主が幼女に欲情するという」「悪化したぞ」幼女どころか大人の女の裸にも反応しないのよ、小学1年生のこの身体では。……………………。…………。……。「……死にたくなってきた」「それこそ何でじゃ」「いや男として少し……って、それはもういいんだよ。話を戻すぞ」「戻すな。儂はもっと恋バナがしたい」「小学1年生には何気にハードル高いな、その要求……」あとお前がさっきまでしてたのは断じて恋バナではない。ただの猥談だ。「はいはい、今度こそ話を戻すぞ。えーと、何を話していたんだったか……」「お前様があの読書娘の家を訪ねるのを躊躇っているという話じゃ」「ああ、そうだったな。にしてもお前って、すずかに限らず、会う人会う人みんなの呼び方、結構ころころ変わるよな」「ぶっちゃけ人間の見分けなんぞお主以外では大してついとらん」「マジで!?5年越しの新事実だぞ!?」そんな大事なことをこんな雑談でぶっちゃけるな。「あれ?それじゃあ、なにか?お前って母さんや父さんの見分けもついてないわけ?」「そのあたりでギリギリじゃのう。目の前に居るのなら兎も角、頭の中で思い浮かべようとしてもぼんやりじゃよ。どっちかというと目ではなく鼻で覚えておる」「はあん。それじゃあ妹どもは」「知らん」「知らんて」「儂はお前様の妹御なんぞ聞いたこともないぞー。あれ?居たっけ?」「お前の中であいつらは存在をなかったことにしてまで忘れたいのか……?」まあ、普段のあいつらの行動を考えれば解からなくもないが。可愛がっているのはわかるんだけどなぁ……自重しようぜ?「いかん。また脱線してしまった」「今度はお主のせいじゃろ」「お前がこんなトコでぶっちゃけるからだ。いいから話題を戻すぞ。………で、だ。何で僕がすずかの家に行くのにこんな緊張しているのかと言うと」「言うと?」「……もしすずかの家の人がみんな『力』持ちだった場合、僕がそれに勘づいていることを悟られないようにしないといけないからな。いや、改めて考えるとそんなに緊張するようなことでもないかもなんだけど……」なんか本題から脱線しすぎて本題のハードルが上がってるような気がするが、とにかく僕が気にしているのはそのことである。自分たちの傍らを凄いスピードで通り過ぎていく木々を視界の端に収めながら、僕は言葉を続ける。「そもそもすずかたちの異能の“質”さえ解かってないんだ。もし思考を読むタイプだったら、その時点で即アウトだからな」「流石にそれは勘ぐりすぎではないかの?あの娘はお主の思考を読んだことがあるようにも見えんかったぞ」「わかってる。ただ、すずかの家族がどんな人かわからない以上、万が一まで考えておいて損は無いと思うんだよ」……ダメだな。自分でも友達の家族を疑っているっていう最低な思考をしている自覚はあるんだけど、その罪悪感を差し引いても警戒のほうが先に立っている。それもこれも、僕自身があいつらに力を隠している上に、“異能”を扱う者を自分以外に殆ど知らないことが原因だろう。もちろん“力”を持つ人間全てがその人間性において問題を抱えている訳ではないのは重々承知している。でももう一方で、その“力”がどれほど危険で、且つどれほど便利なのかは、僕自身がよく分かっている。たとえば、僕───『和泉春海』自身。僕であれば呪符の一枚もあれば人間1人を殺すなんてことは容易いし、葛花の協力さえあれば更に多くの犯罪を犯すことも可能だ。僕がそんな犯罪行為を犯していないのは、一重に良識から来る自制が利いているいるだけに過ぎず。僕は自分が、その気になれば思いつく範囲のことは大概実行に移すことができる危険人物なのだということを、決して忘れてはならない。たぶん、普通の人とは違う力を持つということは、『そういうこと』だ。自分が普通の人とは違う“異端”であることを明確に認識したうえで、しかしこの世に生きる“一人の個人”であることを忘れてはならない。『その“力”をどう使うか』ではなく、『その“力”とどう付き合っていくのか』。大切なのは、その一念だろう。「…………ま、結局のところは、だ。僕が警戒しているのは、すずかの家の人の“力”それ自体じゃなくて、その“力”を扱う人たちの人間性ってことになるんだろうなぁ……」と。そんな感じで上手い具合に自身の考えを言葉にできたことに僅かに安堵を、そして次に自分が話していた内容を思い直して憂鬱な気分に顔をしかめていると、走っている葛花が短い沈黙の後、自分の背に乗る僕に言葉を返す。「…………さっきから思っておったんじゃが」「ん、どした?」「その思考は、生物としては当たり前じゃろ」「…………は?」葛花の考えもしなかった肯定の一言に、僕の口から思わず間の抜けた声が出る。そんな僕を気にすることなく、彼女は前を向いて駆けながら言葉を続けた。「お主が言わんとしておることは儂も理解できる。───お主が自身の友やその親類を警戒していることに対して要らぬ罪悪感を感じているということも含めて、じゃ」「…………顔にでも出てたか?」軽口を装って出てきた僕のそんな言葉は、しかし葛花からすれば酷く的外れだったのだろう。彼女はつまらなげに鼻を鳴らす。「ふん。見ずともその程度、雰囲気から容易に分かるわ」全く辛気臭い、と辛辣に吐き捨てる葛花に、僕の顔は意識せず苦笑いを浮かべる。「また直球だね、お前は。……それで。良ければ僕のどの辺りが悪かったのか、教えてくれないか?」お父さん直すから、誰がお父さんじゃ。なんて、今度こそ本当の軽口をたたきながら。「お主と儂とでは前提からして違っておるのじゃよ」「前提?」オウム返しに葛花の言葉をくりかえす僕に、彼女は前を見て走りながら鷹揚に頷く。「そも、お主は人間という種族をどのように捉えておる?ああ、別に答えんでもいい。どうせ群れの中で生活を営み、害敵に対しては群れであたる、とかじゃろ。そういうのを何と言うのじゃったか、……おお、そうじゃ、そうじゃ。───『社会』とか言ったかの?」「……まあ、言い方に多少の難はあるけど、概ねその通りだな」「じゃとしたら、こっちこそが“本命”と言うべき問いなのじゃが……───お前様たちが声高に言う『社会』とは、一体どこからどこまでのことなのかの?」「???……質問の意味がよく分からないけど、そりゃあ…………あれ?」うん?あれ?……おかしいな?───僕たち人間が言う『社会』って、一体どこまでだ?町中?日本?世界中?勿論、政治経済を考えるのならばその範囲は世界にまで広がるのだろうが、葛花が言いたいのはそんなことではないだろう。彼女が言いたいのは、それこそもっと根源的で……そう、もっと原初的な───。「“ソコ”じゃよ。儂が訊きたいのは」「“ソコ”?……人間が言っている『集団』の、定義、ってとこか」「然り。無論、群れることが間違いじゃとは言わん。それは弱者が強者に勝るために編み出した“生きる手段”の一。其の根底に在る『生きる気概』を、儂は否定したりはせん」「んー?……悪い。余計に解からなくなった。それなら別に問題ないんじゃないのか?」これまでも再三言っているように、基本的に葛花は獣なのだ。生き様に野生を。理性よりも本能を。己が思想は弱肉強食。そんな彼女が、人間の『生きる手段』である『社会』を否定するとは、思えないのだが……?「ならば先の儂の問いに、お主は何故答えに窮した」「!……それは」「答えが無かったからじゃろうが。良いか?先程の儂の問いを解かり易く言い換えてやろう。───お前の『群れ』の仲間とは、何処の誰だ、じゃ」「……………………」葛花のそんな問いに僕は答えを返すことが出来なかった。いや、より正確に言うのならば、“しなかった”。それはもしかしたら次の彼女の言葉が、なんとなく解かっていたから、なのかもしれない。「お主は友を警戒することに罪悪感を感じておったようじゃが、そしてそれは『社会』に属する今の大半の人間としては当然の良識───“道徳心”なのかもしれんが。───そんな邪魔くさいもの、儂からすれば生き物としての大前提である『生きること』の障害にしかならん」「……邪魔くさい」「おお、邪魔じゃな。そもそも『警戒』というのは自然界に生きる者としては当たり前の行動。それが例え友誼を交わした者の家族であろうが、な。それに罪悪感を感じるなんぞ、───殺し殺されを認識できていない時点で生物としては致命的もいいところじゃろうよ。」「……………………」確かに、葛花の言う通り、現代の日本人はそういう『生きる』という観点から見た場合、酷く無警戒で無防備なのかもしれないそりゃあ昨今テレビなんかで謳われる防犯対策や、都会なんかで話題になるような隣人とのディスコミュニケーションなんかも警戒意識の表れではあるのだろうが、そこで“生き死に”を本気で考えている人間が一体何人いると言うのだろうか。───弱肉強食。野生の掟自然界の摂理。僕は今まで葛花のことを散々獣だ弱肉強食だと言ってきたが、……もしかしたらそれは、僕たち人間が自然界の競争社会から脱落しただけなのかもしれない。……いや。でも。「いや、でもよ、葛花。ちょっと待ってくれよ」「うん?」「確かにお前の言いたいことは分かるし、一人間として耳に痛い話でもあったけどさ。そりゃあ、確かにお前からすれば平和ボケしているのかもしれないけど、そんなお前の言う殺し殺されなんて殺伐とした世界が、今の日本の一般人からすれば縁遠いものであることも確かに事実なんだって。普通に生活していれば事故や通り魔なんてことも確かにあり得るけど、それを加味しても今の日本みたいに平和な国は、多少無警戒になってしまっても仕方ないんじゃないか?」うん、まあ。自分で言ってて情けない発言であることは分かっているんだけどね。それでも葛花の主張は些か度が過ぎている気がしてならないんだよ。彼女が言っているのは、あくまで弱肉強食が掟の自然の競争社会のこと。確かにその中で警戒を怠るような奴は死んだってしょうがないよ。弱いモノは淘汰され、強いモノが生き残る。それが、その中での『社会』なんだから。でも、僕が生きているのはあくまで『人間社会』なんだ。人間が全生物の中で特別だなんて思想を掲げる気は毛頭ないが、殺し殺されが普通の日常生活の中で縁遠いことも、また事実なのだ。───それに。葛花の言うことを全肯定してしまっては、自分以外の誰とも仲良くなることが出来なくなってしまうではないか。これから未来に出会う人全てにそんな警戒の眼差しを向けて。自分から歩み寄ることを忘れて。極端なようだが、僕にはそう感じられて仕方ないのだ。だから、僕は葛花の言葉を否定した。もっとも、彼女の言いたいことも分かるし、そもそも種族からして違うのだから受け入れられないことも覚悟しての発言だったのだけど。果たして結果は、「ふん。まあ言わんとしておることは解かる」「……………………」……解かられてしまった。おやおや。予想外ですよ?「そもそも最初に前提が違うと言ったじゃろうが。まあ、儂はお前様が罪悪感から警戒を緩めるようなことをしなければ、そもそも文句は無いからの」「……あ。もしかして、心配してくれたのか?」ひょっとして、友達の家族を警戒していることに自己嫌悪を感じていた僕を心配してくれたのだろうか?これまでの話の流れは、つまり『そういうこと』なのだろうか?そう思って確かめてみたのだが。「そ、そんなわけなかろう!?ただ儂はお前様の辛気臭い顔が鬱陶しいから言っただけなんだからねっ!?」「いや、どこで覚えた、そのツンデレ的反応」「あのツンデレ娘の」「オーケーよくわかった。皆まで言うな」そもそもその馬鹿みたいにデカい狐の姿で言われても萌えねえよ。「てか実はさっきのって、ツンデレ台詞に見せかけた本音だろ?」「何故ばれたし」「そこは否定しろよ」あとせめて口調は統一してくれ。「……はぁ」なんだか僕は脱力して葛花の背の白毛に顔を埋める。うわー、ちょーもふもふするー。「ちゅーか、お前様よ」「んー?」葛花の呼びかけに、僕は彼女の毛に顔を埋めたまま応える。もふもふ。すりすり。うーん、まんだむ。「さっきの話、お前様がその“殺し殺され”な『社会』に属しておることは、解かっておるのか?」何気ない口調で言われたその言葉に、僕は。「解かっておるのかって、お前、そりゃあ───」───解かってるよ。それっきり、月村家に到着するまで、僕たちの間に会話は無かった。月村家正門なう。「てな感じでとーちゃーっく!!でけー!!」さすがに門から家が見えないとは言わないが、今自分がいる正門も、ここから見える家(あれはもう屋敷か)も何もかもがでけぇ。テンションあがるわぁ。「さっきまでのシリアス台無しじゃのう」なにそれ食えるの?「いいんだよ。あんまり張り詰めててもしょうがないだろ。警戒しつつ観察しつつ出たとこ勝負くらいで丁度良いんだって」「結局最後にはテキトーになっているあたりお前様じゃのう」「『お前様』を罵倒みたいに言うな。僕が傷ついたらどうするんだ」「帰宅したら幼女姿の裸足で足踏みマッサージをして癒してやろう」「傷つきました」「よしきた」というわけで心躍る未来に胸を高鳴らせつつ、馬鹿みたいに立派な正門の傍らに設置されている呼び鈴をポチっとな。ちなみに葛花は既に霊体白髪着物幼女の状態で僕の後ろにプカプカ浮いています。当たり前ですが人からは見えてません。隠行術だそうです。呼び鈴を押してから数秒待つと、すぐにその近くのスピーカーから声が返ってくる。このスピーカーの向こう側でちゃんと実在した人間がいるのは分かるのだが、それを知っていても機械がひとりでに喋りだしたと勘違いしそうな、そんな機械よりも機械のような抑揚のない、しかし綺麗に澄んだ、女性の声。『はい、月村家で御座います』「あ、すみません。こちらの家のすずかさんの友達で、和泉春海と言います。今日はすずかさんにお招き頂いたのですが」『はい。お話は伺っております。今、門を開けますのでどうぞ中へお入り下さい』「わかりました。ありがとうございます」そんな教科書通りの味気ないやり取りを終えて門を潜り、屋敷(もう家とは言うまい)へ続く道を歩く。門から見えると言ってもそれはそれ。流石は天下の月村工業社長の邸宅と言うべきか、たっぷり数分トコトコ歩いてやっとこさ玄関前に到着。すごいね、噴水とかあったぞ。そして開いた屋敷の扉の傍らに立つのは、一人のメイドさんでした。……………………。…………。……。「実在したのかリアルメイドッ!?」「はい?」「失礼。噛みました。気にしないで下さい」噛みましたっていうか、ただの失言だが。「いえ、大丈夫です。改めまして、いらっしゃいませ、和泉様。わたくし、月村家に仕えております、『ノエル・K・エーアリヒカイト』と申します」自分で言うのも何だけど、さっきのをスルー出来るこのメイドさんぱねぇ。「いえ、こちらこそよろしくお願いします、ノエルさん」「既にバニングス様と高町様もいらしておりますので。……ご案内致します。どうぞこちらへ」そう言ってロングスカートをふわりと翻して、先導するように歩きだしたノエルさん。それに付いて歩いていると、さっきまで後ろで物珍しさからキョロキョロしながら浮かんでいた葛花が僕の首に腕を回して抱きつきながら声を掛けてきた。『で、お主。気付いたか?』<そりゃあ勿論、しっかりとな。まったく、気付かない筈がないだろう。いちいちそんなことを確かめるなよ。何年一緒にいると思っているんだ。僕だって馬鹿じゃないんだから>『ふふ、そうじゃったな。こんな簡単なことにも気付けぬお前様ではなかったな』<はは、当たり前だろう?なんたって僕はお前のパートナーなんだぜ?>『ふふふ、わかっておるぞ。それで───』<ああ。あのメイドさん───ノエルさんは>僕は一度そこで言葉を切って、目の前を先導してくれているノエルさんを見る。身に纏うのは古式ゆかしい濃紺のエプロンドレス。しかも最近流行りのメイド喫茶なるモノで見かけるような膝丈のミニスカートではなく、身につける者の清純さを表すように足首まで隠れるロングスカートで、その格好と姿勢は仕事に全力をかける従順な従者をイメージさせる。しかしその一方でそれが仕事着であることを示すように掛けられた純白のエプロン、それにつけられた僅かなフリルは身につけた者が確かな乙女であることを控え目に主張していた。そして最後に、その頭にあるのはメイドの象徴とも呼べる、レースをふんだんにあしらったこれまた純白のカチューシャ。これは本来は作業中に髪の毛が邪魔にならないように押さえる目的で付けられるものであるのだが、これを見てメイド服にファッション性は重視されていないなどと考える不届き者は皆無であろう。ああ、彼女の後ろでこうしてその姿を語るしかない我が身が恨めしい。さっき出会ったときは展開があまりに急すぎて、彼女を正面から詳細に見つめる余裕がなかったのだ。なぜ自分はもっと余裕のある人生を送れないのか。ああ、我が身の未熟が悔やまれる。そんな些細なことを考えながら(1秒)僕は葛花に自分が気づいた事を、力強く言ってやった。<───『正統派メイドさん』だ!>『この馬鹿がぁぁぁああーーーーー!!!』「へぶっ!?」殴られてしまった。グーで。思いっきり。おかしいな、今の葛花は霊体で、あんまり強くは触れられないはずなのに。何らかのパワーが働いたのだろうか。こう、ギャグ補正的な。「どうかなさいましたか、和泉様?唐突に倒れられましたが……」「いえ、気にしないで下さい。別に突っ込み待ちとかではないので」「かしこまりました」相変わらずこのメイドさんのスルースキルが半端ない。僕はノエルさんが差しのべてくれた手を取って立ち上がりながら、葛花に念話を通す。<イテェなぁ。いきなりどうしたんだよ>『やかましいわ。誰がお主のメイドへのこだわりを魅せろと言った』<いいよね、メイドさん>『同意を求めるな』<ていうかそれ以外に何があるんだよ?>『むしろそれ以外しかないわ』<なんだよ。メイドさん全否定ですか?洋風は嫌いですか?和風メイドの方がいいですか?今夜着てもらっても良いですか?>『さり気なく言ったつもりなのじゃろうが全然さり気なくないからな?』残念。『そうではない。その蕩け切った頭を冷まして、あのメイド娘をよ~く『視て』みろ』<『視る』?それって……>で。視て。ビビった。<おおい!?何だコレ!?何ですかコレ!?>『やっと気づいたか』遅いぞ、なんて続ける葛花の言葉が、しかし僕の耳には上手く入ってこない。葛花に言われた通り、僕は“魂視”を意識して強めて、前を行くノエルさんを『視た』。そして───、<───なんで“何も視えねえ”んだよ!?>───何も『視え』なかった。あり得ない。そんな筈がない。僕の独自の技能である『魂視』。その能力は読んで字の如く、相手の“魂”を“視”ること。そして生物である以上、“魂”があるのは不可避の現象である。それは例えどんな生物であっても───いや、それこそ生物でなくとも、妖魔であれ幽霊であれ精霊であれ、世に在る遍く万物には“魂”が在って然るべきなのだ。“ソレ”が、彼女───ノエル・K・エーアリヒカイトさんには、視えないつまり。彼女には“魂”が───無い。…………………………そうか。何も違和感を覚えなかったはずだ。僕はこれまで、相手に人外のケが混ざっているようなら、その“魂”を視ることで違和感に気付いてきた。今回はそれが、無いのだ。───違和感を訴えるべき“魂”が、無いのだ<そう!僕がさっきまでメイド服にしか目が行かなかったのは、彼女に“魂”が無かったからなんだ!>『いや違うじゃろ』ばれちった☆結局、『月村家メイドであるノエルさんには“魂”が無い』ということ以外は何も解からないまま、僕たちは目的地であろう部屋の扉の前まで来てしまった。ノエルさんはノックして中から返事を貰ってから、静々と扉を開く。「失礼します。和泉様がお見えになられました」「うん、ありがとう。ノエル」ノエルさんの報告に礼を言って扉の向こうからやってきたのは、今日こうして僕を招いてくれた月村すずかその人だった。清楚な白いワンピースを着たすずかはそのまま笑顔でこちらに駆けよる。「いらっしゃい、春海くん!」「おお。今日は誘ってくれてありがとな、すずか」まずは客として礼を述べる。「ううん、どういたしまして。こっちこそ今日は来てくれてありがとう!」この返しが小学1年生で平然と出てくるあたり、やっぱり育ちの良さを感じるなぁ。そんなことを頭の片隅で考えながら、背負っていたカバンの中からここに来る途中で買ってきたものを取り出してすずかに渡す。「?」「これ、途中で買ってきたお土産の豆大福とまんじゅう。口に合うかはわからないけど」「わ、ありがとう!……あ、これって『まめや』のだ」「そうだよ。この間食って美味かったから。……あー、んー……すずかって、和菓子は大丈夫だったか?」この全力で『洋風!』って主張しまくっている屋敷を見ると少し不安になってきたので確かめてみたのだが、どうやらそれは杞憂だったようで。すずかは満点の笑顔を見せながら、「うん、大丈夫だよ。わたしも好きなんだけど、お姉ちゃんが『まめや』の豆大福、大好きなの」「そか。そりゃよかった。……こちらのノエルさんに聞いたけど、もうアリサたちも来てるって?」「うん、みんな来てるよ」「じゃあ僕が最後だったんだな」「そだね」そう言って僕の他の皆のもとに連れて行こうとしたすずかは、「あ、そうだ」その前にノエルさんのほうに僕が渡した和菓子を差し出して、「ノエル。みんなに出すお茶菓子の中に、これもお願いしていい?」「かしこまりました、すずかお嬢様」ノエルさんは慇懃に頭を下げてすずかの手から受け取ると、もう一度だけ一礼をして出ていった。多分、すずかの言う『お菓子』の準備に行ったのだろう。「いや、それにしても驚いた」「え?おどろいたって、何が?」「本物のメイドを見たのなんて初めてだったからな。見たときは少しだけ───」『少しだけ?』「───うん!少しだけ!驚いたよ」後ろで葛花が何か言ってるような気がするけど気のせいだろう。「???……そうなんだ?……あ、じゃあ、行こっか。こっちだよー」すずかは唐突に語気を強めた僕を見て不思議そうに首を傾げていたものの、すぐに持ち直して笑顔で僕の背中を押す。さっきのノエルさんと言い、月村家の人たちのスルースキルがマジぱねぇ。このスルースキルは僕も見習わねば。入った部屋の中はこの屋敷の外観から予想された通りの豪華さ(シャンデリアとかあるし)ではあったものの、かと言って成金趣味な下品な感じではなく程良く調和のとれた落ち着きがある。窓から差し込む陽の光がそのイメージを加速しており実に良い感じだ。その部屋の窓際の白いテーブルには、既に4人ほどの人たちが集まっていた。…………ん?4人?「って、なんで恭也さんがここに居るんですか」そう。すずかに呼ばれたアリサ、なのはの他に其処に居たのは、なのはの兄で僕の兄弟子でもある高町恭也その人だった。その隣にはすずかによく似た顔立ちの、恭也さんと同年代くらいのお姉さんが座っている。きっと彼女がすずかの“お姉ちゃん”なのだろう。恭也さんは見た目むっつりと腕を組んだまま、落ち着き払った精悍な顔と不動の姿勢で僕の問いに答えた。…………いや自分で書いたことだけど、高校生らしい描写がひとっつも無ぇ。「なのはを送って来たんだ。うちからここまではバスを使う必要があって、なのは一人では心配だったからな」「えへへ」恭也さんに頭を撫でられたなのはが照れくさそうする。「あ、なる」と言うより、よく考えてみれば当たり前のことだな。自分が一人で(正確にはきつね便で)来れたから忘れてたけど、高町家からすずかの屋敷までは車で裕に30分はかかる距離にあるのだ。小学1年生のなのは一人ではキツかろう。「それで、俺はなのはを送り届けたらそのまま帰ろうと思っていたんだが……」「そこでわたしが高町くんを引き止めた、ってわけ。聞いてみたら高町くん、わざわざまた家に帰るって言ってたから」恭也さんの言葉を引き継ぐように僕に喋り掛けてきたのはすずかのお姉ちゃん(仮)だった。その声に引かれるように顔を向ける僕に、彼女は立ち上がるとにっこりと微笑んで、「はじめまして、和泉くん。わたしはすずかの姉で、月村忍って言うの。忍でいいよ」わざわざ僕の前でしゃがんで、すっと手を差し出してきたすずかのお姉ちゃん(真)。僕は彼女を“視て”、<……やっぱこの人もすずかと同じ、だな>『ま、順当なところじゃろうな。これで突然変異の線は可能性薄じゃのう』後ろの葛花との声無き会話をそっと終え、僕はその手を握り返す。「はい。はじめまして、忍さん。すずかさんから聞いていると思いますが、和泉春海です。こっちも春海でどうぞ。すずかさんにはいつもお世話になってます」と、いつも通りの初対面の人用(年上バージョン)の笑顔と言葉遣いで返したら今まで黙っていたアリサたちに物凄い顔で見られた件。「誰よ、あんた……なにその顔と言葉づかい……すずかさんって……」「だよね!やっぱりおどろくよねっ!なのはも春くんがうちに来たときビックリしたもん!」「わ、わたし、そんなにお世話なんてしてないよう!?」アリサとなのはは後で覚えてろ。あと手をパタパタ振って慌てるすずかは可愛いなぁ。「わたしのほうがいろいろいっぱいされてるくらいだもんっ!」台無しだよ、すずか。「月村さんとすずかちゃんには見えないように青筋を立てるとは、また器用な真似を……」今日から108技が109技になりそうです、恭也さん。「ぷ」と。そこで僕との握手を終えて手を離した忍さんが小さく噴き出して、「あはははっ、き、聞いてた通り、おもしろい子だねー、きみ」「はぁ……何と言われたのかが気になるところですけど……。まあ『人生面白おかしく楽しく大往生!』がモットーですから」そんな僕の言葉がまたツボに入ったのか、忍さんはますます笑いだしてしまって、すずかが心配そうにその背中を擦ってあげてました。(あとがき)という訳で今回は月村家訪問となりました。いつもの3人娘や恭也に加え、ノエルや忍との交流の始まりを描けたらなと思っております。2のほうも出来るだけ早く投稿するよう、頑張りますね。次を投稿する時にはとらハ板に移るつもりですので、そのつもりでお願いします。ではでは。