高町家での僕の出稽古が決定した翌日の月曜日。つまり学校への登校日、僕はバス停で通学バスが来るのを待っていた。見上げた空は晴れやかな青色に染まり、柔らかな太陽の日差しは優しく僕を照らし出す。「ア゛ー、イテェー……」が、思わず口から漏れた声は爽やかな青空に反比例して頗る陰々としたものだった。『阿呆じゃの』「……言うなって」葛花に返す声にも力がないのが自分でも分かる。というのも腕やら足やら痛みで調子最悪。体中の節々が悲鳴をあげているのだ。原因は明白、昨日の高町家訪問である。まあ確かに昨日の恭也さんとの手合わせの後は木刀で素振りや型を中心に教えて貰ってそれなりに夢中になりはしたものの、それだけならここまで痛がったりはしない。では僕が何故ここまで痛がっているのかと言うと、『調子に乗って他の娘らとも試合なんぞするからじゃ』……そういうことだったりする。結局あの後にも晶やレンとも手合わせを行なってボッコボコにされたというのが真相である。「仕方ないだろ、断りきれなかったんだから」それに受けたのも、いくら二人が実力者であっても恭也さんほどじゃないだろうという考えからだ。……うん、大ハズレだったけどね?少なくとも昨日のハンデ山積みの恭也さんよりよっぽど強かったです、はい。晶とは割といい勝負になったとは思うんだけど、レンの方は技の相性もあってか完全にこちらの防戦一方。ていうより、ありゃ天才だわ。「てかホントに何だ、あの戦闘一家」そもそも過半数が実力者って正直どうよ?昨日一日で僕かなり自信喪失だよ。元々そんなに持ってなかったけどな!それから葛花の「相手の実力も読めんとは」とか「油断するな」とか「あそこのしゅーくりむマジぱない。もっと買って来い」とかの説教なのか催促なのか解からない言葉を聞き流していると、ようやくバスがやって来た。あと『ぱない』言うな、おまえ仮にも平安出身なんだから。葛花を背中に貼り付けたまま目の前に停車した白いバスに乗り込む。すると、すぐにバスの後ろの方の座席から声が掛かった。「あ、春くん。おはよー」「Good Morning、ハル」「おはよう、春海くん」もはや僕にとっては日常となった、なのは・アリサ・すずかの三人娘である。あのケンカの一件以来、三人の仲は良好のままで、今ではクラスメイトの間でも仲良し3人娘として認識されていた。そこに偶に加わっている男子が僕、和泉春海というわけだ。初めの頃はクラス内のいろんなグループを行ったり来たりというのを繰り返していた僕だったのだけど、最近はアリサたちのグループと一緒なのが多くなってきていた。理由は言うまでもなく、アリサたちの精神年齢の高さだ。正直なところ、クラスの男子たちと話しているよりも彼女たちと一緒にいる方が気楽なのだ。女子は男子よりも早熟ではあるとは言うものの、アリサたちはその女子の中でも飛び抜けて精神的に成熟している。『前』でこそ園の子供とは兄弟同然でよく一緒にいて話をしたものの、それは僕が相手から年上としっかり認識されていたから出来たこと。同じ目線に立って話すことなど到底ムリなのだ。中の人的に。もちろん今でも男子たちとはよく外で遊ぶし、見つけたケンカやイジメは仲裁しているものの、話をする時間・頻度はアリサたちの方が格段に増えていた。以前葛花は僕が子供に甘いとは言っていたが、それは別に子供が特別好きという訳ではないのだ。生意気なガキが居れば普通にムカつくし、悪ガキが居れば殴りたくもなる。さすがに自重するけど。たぶん葛花の言う通り、僕は『甘い』だけのだ。こんなのは到底『優しい』とは言わない。───ま、要するに。どこにスイッチがあるかも解からないテンションがバカ高い子供と、比較的落ち着きがある可愛らしい彼女たち。子供の皮を被った成人男性からすれば、どちらが良いかなど自明だということである。『締めが犯罪臭いぞ』<シャラップ>そして地の文を読むんじゃありません。「おはよ。なのは、アリサ、すずか」なのはたちに挨拶を返してすずかの隣へ。並び順的には、なのは、アリサ、すずか、僕の順番となる。最初こそ断っていたが今ではすっかりここが定位置に。諦めたとも言うけど。バスが動き始めると同時に、さっそくアリサが話しかけてきた。「なのはから聞いたわよ、ハル。アンタがなのはのお家のひとに弟子入りしたって」「弟子入りじゃなくて出稽古な。剣の振りまわし方を教えて貰うだけだって」「何よそれ?どう違うって言うのよ」「んー、アレだ、アレ。漫画とかで技や流派ってあるだろ、『なんとか斬り』とか『なんとか流』ってヤツ。そういう技じゃなくて剣を持ったときの基本的な身体の動かし方を教えて貰うってことだ」「へー」なるほどと頷くアリサ。アリサに説明しながら僕が思い出すのは昨日の試合中の恭也さんのこと。恭也さんの指導を終えた僕はなのはの家から自宅に帰り着いた後、葛花と一緒に試合の反省会を行なった。そこで2人で出した結論として、恭也さんたちが修める御神流という剣術はおそらく───殺人剣。それも、かなり本格的な古流剣術。このご時世に何故そんな物騒なものを学んでいるのかは結局解からないままであるものの、恭也さんが僕に御神流を教えられないと言ったのはおそらくそれが理由だろう。少なくとも、昨日会った高町家の人々は他所の子供に人殺しの手段を躊躇い無く教える人ではない筈だ。まあ───だからこそ、技を奪う価値があるのだが。剣道ではなく、より実践的な剣術。しかも御神流は古流剣術に分類されるもの。さらには葛花が暗殺者とまで評した、恭也さんたちのあの技のキレ。学び盗るだけの価値は十分にある。幸いにも、と言うべきか、美由希さんは立場的にはまだ門下生らしい。僕が高町家で出稽古を行なう中で御神流の技の修行を見る機会は必ず度々あるはずだ。その中で有用な技術や技能を見盗る、というのが僕と葛花の出した結論だ。僕だけならまだしも葛花も居る。決して不可能ではないだろう。昨夜の葛花との話し合いを思い出していると、アリサの向こう側からなのはが顔を出す。相も変わらず笑顔の絶えない女の子だこと。「春くん、すっごく強かったんだよ!おにーちゃんに勝っちゃったの!」「なのはちゃんのお兄さんって、たしか高校のひとだよね。春海くん、そんなに強かったんだ?」隣のすずかも話の輪に加わる。この子も、最近ようやく恥ずかしがらずに話してくれるようになってきた。初めの頃は会話ひとつで恥ずかしそう俯いちゃってボソボソ呟くのが精一杯だったからなぁ。「全然。そもそもなのはの兄さん、恭也さんがかなり手加減してくれたからその隙をつけただけだし。結局それでも僕は気絶させられたから、恭也さんに譲って貰ったようなもんだって」「そもそも、なんでそんなに鍛えてるのよ?」「坊やだからさ」「?」「?」「?」「……ごめんなさい」ネタが通じないことほど気まずいものはないよね!「まあそれは置いといて。……理由は特にない、な。昔からなんとなく続けてるだけ」さすがに『死にたくない』なんて涙が出そうなほど切実な理由があるとは言えないので、適当なところでお茶を濁す。『そもそもネタに走ったのも言い訳を考えるためじゃろうが』<盛大にすべったうえに上手い言い訳でもないけどなー>アドリブは苦手なんだよ。バスに乗っている間は僕たち4人の真上にプカプカ浮かんでいる葛花に返す。アリサはしばらくフーンと呟きながらこちらを見ていたが、もともとそこまで興味はなかったのか、すぐに別の話題を振ってくる。「にしても、……あたしやすずかよりも先になのはの家に行くなんて、ハルのくせに生意気よ」「なんというアリサイズム」其処に痺れも憧れもしないが。てか理不尽すぐる。お前はどこのガキ大将だ。そんなアリサの言葉に反応したのはなのはだった。「あ!それなら今度のお休みの日にアリサちゃんとすずかちゃんもなのはのおうちにあそびに来て!」「か、勘違いするんじゃないわよ!べ、別にあたしはなのはの家に行きたいわけじゃないのよっ!?」「ツンデレ乙」まさか素でその伝説の如きセリフを聞けるとは。てかツンデレの相手はなのはなんだ。せめて僕にしない?ほらほら、この中で唯一の男よ?「Be quiet!何よ、つんでれって!」「なのはたちと一緒に通学したいから、わざわざバス通に変えたくせに」(ボソ)「な、な、ななな、なに言ってんにょッ!?」「噛んでるから。すっごい噛んでるから」僕の言葉にアリサの顔が瞬時に真っ赤っ赤。フッ、わかりやすい奴め。「あ、じゃあなのはちゃん。今度のお休みにお邪魔してもいい……?」「って、すずか!?」「うん!」「なのはまで!?」「ボクもボクもー」「だからアンタは黙ってなさい!」「ひでぇ」まあ、それは良いとして。もたもたしている内にすずかが約束を取り付けてしまったからさあ大変。遊びに行きたいが素直にそうとは言えないアリサが焦る焦る。しばらく両側でじっと自分を見つめるなのはとすずかをアセアセと交互に見ていたアリサだったが、やがて両腕を組んでツンッと前を向くと、「しょ、しょうがないから、あたしも遊びに行ってあげるわ」<デレたな>『デレたな』清々しいくらいにツンデレである。<そして何故かここにアリサのツンデレ台詞の数々を録音した手持ち式レコーダーが>『そういえば前々から貯め込んでおったの。どうするんじゃ、それ』<これからも録音し続けて、将来アリサの結婚式にでも流すか>『鬼か貴様』フッフッフッ、僕に対してツンデレしないことを後悔させてくれるわ。『……お主、童女にデレて欲しかったのか?』<いや特に>ただ悔しかったから、なんとなく。そうこうしている内にバスは聖祥前のバス停に到着していたので僕はアリサたちにもう降りるよう言おうとしたら、なのはがアリサにくっついていた。どうやら2人が遊びに来てくれることに感激したらしい。アリサも顔を真っ赤にしてワタワタして、すずかはすずかでその隣で2人の様子に微笑んでいる。こいつも相変わらずさりげなく被害を回避している娘である。「はーい、笑って笑ってー……はい、チーズ」僕はその光景を携帯で撮ってから(小1になって親が持たせてくれた)3人に外に出るように促した。後ろでアリサが騒いでいるような気がするが気にしない。『流れるように撮るな』<考えたら負けだ。魂的に>むしろ社会的に。まあ3人が仲良くしている写真だけで、怪しいものは撮ってないから大丈夫でしょ。本気で嫌だと言われたら消すつもりだし。これもそのうち見せてやろっと。時間は飛んで3時間目。現在の授業は体育である。教室で体操着に着替えを済ませるとグラウンドに集合する。ちなみに着替えは男女一緒。流石に小学生をそういう目で見ることは死んでも無いけど(そもそも僕の好みは年上なのだ)。今日の内容はドッジボール。たぶん教師陣としてはこの時期にはこういう集団で遊べるものを中心に行なって、生徒たちの仲を深めることに利用しているのだろう。準備体操も既に終わり、出席番号順に並んだ生徒を担任が2チームに分ける。僕は白組となり、なのはと同じチーム。対する赤組には当然のことながらアリサとすずかがいる。チームに分かれる寸前、アリサはすずかを連れて僕となのはに近づいてくると、仁王立ちでこちらをビシッと指差した。「勝負よ、ハル。アンタはこのあたしがほふってやるわ!」「“屠る”なんて難しい言葉をよく知ってるな。えらいぞー」「え、あ、そ、そう?えへへ……って、そうじゃないわよ!いいわね、負けた方はお弁当のときに相手の好きなおかずを渡すのよ」褒められて少し嬉しそうにはにかむも、すぐに怒ったように罰ゲームを告げるアリサ。照れたり怒ったり忙しい娘である。あのケンカを仲裁して以来、彼女は僕に妙なライバル意識を燃やしているらしく、ことある毎にこうした勝負を持ちかけてくるのだ。まあ、アレじゃね?ハルのくせに生意気だ、的な某ガキ大将が某いじめられっ子に対して抱くアレ。『よく言う。お主がことある毎に金髪娘をイジり倒すからじゃろうが』<んー、ここまで良い反応が返ってくると、つい>『言い訳にもなっとらんな』なんだかんだでお前も楽しんでるくせにー。「まあ、いいけど。ちなみに『相手にボールをぶつけた方が勝ち』って以外に決まりは?」「ないわ。勝負のせかいに卑怯なんて言葉はないの。勝ったものが勝者よ」「了解了解、っと」言質、取ったり(悪笑)。「いま、春くんがすっごく悪い顔になってたの……」なのはが何か言ってるけどスルー。「行くわよ、すずか!」「うん。それじゃあ、なのはちゃん、春海くん!がんばろうね!」アリサは言いたいことを言い切ったのか、笑顔のすずかを伴って颯爽と相手チームに行ってしまった。僕となのはも急いで自分のチームに合流する。「それはそうと。なのはは大丈夫なのか?」「にゃっ?」「お前、運動神経死んでるだろ」「し、失礼すぎなの!?なのは、死んでなんかないもんっ!」「いやでも、体力測定のとき反復横跳びでコケてたろ。ソフトボールの遠投も確か5メートル以下だったような……?」「にゃー!?い、言っちゃダメェ~!?」真っ赤になってワタワタと僕の口を押さえようとするなのは。が、運動神経が切れているなのは如きに僕が捕まる筈もなく、逃げる僕を追い掛け回しているうちにすぐハァハァと息を切らせる。弱っ!?「50メートル走やシャトルランならともかく、反復横跳びって……。5メートルって……」「だ、だから、言っちゃ、ダメ、なの……」「……いや、ホントに大丈夫か、お前?」生まれたての子馬の方がまだ生命力に溢れてるぞ。「ま、まあ、そういうことなら外野に出てれば?安全だぞ?」「そ、そうします~……」なのはは息を切らせたまま外野へとフラフラ歩いて行った。始まる前からあれで、あの子は果たして大丈夫なのだろうか?<よし。じゃあ行くか>『どうするつもりじゃ?お主、昨日の今日でろくすっぽ腕に力も入らんじゃろう?』<フフフ、それでも、ただの小学1年生女子を打ち取る程度のボールは投げれる>僕は移動しながら葛花に返し、配置に着くと担任教師の開始の合図を待った。「それでは、始めてくださ~い!」審判位置についた担任がピーッと甲高くホイッスルを吹き鳴らし、ドッジボールが始まった。初めにボールが渡されたのはジャンケンに勝った赤組、しかもボールを保持しているのはアリサである。彼女は意外と様になったフォームでボールを構えると、宿敵たる男(つまり僕)の姿を探しつつ、宣言する。「ふふん。覚悟はいいわね、ハル!アンタはあたしが───って、いないじゃないっ!?」しかし相手チームの陣地のどこを探そうとも僕の姿はない。それもその筈、「くっ、一体どこに……!?」「掛かったなアリサ!後ろだ!!」「なんですって!?」声を頼りに驚愕と共に振り向くと、其処には自分の友達であるなのはと───探していた筈の男の姿が。「って、なんでアンタが外野にいるのよ!?」そう。実は現在僕が立っている場所はアリサたちを挟んで自身のチームの陣地の反対側、外野である。隣のなのはの視線が痛いぜ。僕はアリサをビシィッと指差すと、得意気に告げる。「ハッハッハッ、馬鹿めっ!『相手にボールをぶつけた方が勝ち』が唯一のルール。ならば答えは簡単!外野に出てしまえばお前は僕を狙えまい!そして僕はお前をここから一方的に攻撃するのみ!!」「な、なんて卑怯なの……ッ!?あと指差さないで!」「忘れたか?お前が言ったことだ。勝負の世界に卑怯なんて言葉は無いっ!!アーッハッハッハッ!あとごめん」「ぐぬぬ……!」「ハッハッハッハッ!」小学1年生女子にドッジボールで勝負を挑まれ、本気を出すどころか策まで弄し、しかもそれに対して得意気に高笑いする大学生(亨年21歳)の姿が、そこにはあった。ていうか僕だった。自分で自分にびっくりだ。「ほらほら、周りのみんなも待ってるぞー?」「フンッ、いいわよ!やってやろうじゃない!!」アリサは漢らしく啖呵を切ると、振り返るや否やすぐさまボールを投擲。さっそく1人目にぶつけてしまう。のんびりそれを鑑賞していると、隣のなのはがじとーっとした目で僕を見ていた。「……春くん、すごくずっこいの」「兵法と言え、兵法と。その証拠に……見ろ。もうチャンス到来だ」言いながら僕はアリサのチームメンバーに当たって転がってきたボールを拾い上げた。僕は右手でボールの具合を確かめながら、もはや狩られるのを待つばかりとなった獲物(アリサ)に目を向ける。「さあ、覚悟はいいかな?アリサくん」「来なさいよ。勝つのはあたしよ」僕の言葉に威風堂々と構えるアリサ。……すごく……漢らしいです。僕はそんなアリサに不敵に笑いかけ、右腕を後ろに回すと、「じゃあ、行くぞ!…………なのはが」言葉と同時に隣でポーとしているなのはにパス。「うにゃっ!?にゃっ、にゃっ、……って、ええ~~っ??!」なのはは不意打ち気味に渡されたボールを2、3度両腕でワタワタとお手玉していたが、体全体を使ってなんとか受け止めると、そのまま彼女の目は僕とボールの間を行ったり来たり。しかし状況を理解するとすぐにまたうろたえ始めた。「は、春くん!?なのはじゃムリだよぅ!」「大丈夫だって、投げるだけなんだから。別に当たらなくてもそれはそれで構わないし」「で、でも~……」「ちょっとハル、どういうことよ!あたしとの勝負はどうしたのよ!」オロオロするなのはを宥めていると向こうのアリサから非難の声を上げた。なので僕はアリサの説得を試みる。僕の108技のひとつ『話術』を魅せる時が来たようだ。「だってなのはだぞ?運動神経が切れてると名高いなのはだぞ?例え外野であってもボール確保が独力では絶対不可能と思われるなのはだぞ?」「ひ、ひどすぎるのっ!?」「……それもそうね」「ア、アリサちゃんまで!?」まさかの親友の同意に愕然とするなのは。と、そこでなのははアリサの隣にいるもう一人の親友に目を向けると、救いを求めて涙目で縋るように問い掛ける。「うぅぅ~~……す、すずかちゃん。なのは、そこまでよわよわじゃないよね!?ねっ!?」「な、なのはちゃん……ごめんなさい!」「にゃ、にゃぁぁぁ~~~~!?」が、肝心のすずかはなのはからの切実な叫びに申し訳なさそうに謝罪すると、ツイッと顔を逸らしてしまう。ウソでも『そんなことないよ』って言えば良いのに。正直な娘さんである。「もういいから早く投げなさいよ、なのは」 「うぅ……わかったの……」なのはの上げる魂の叫びをアリサは呆れたように斬って捨て、てめぇとっとと投げろやと催促。その言葉になのははようやく諦め、ボールを持った左手(なのはは左利きなのだ)を構えた。「来なさい、なのは!」「う、うん!……えいっ!」アリサの軽い挑発を受け、なのはは拙い投球フォームでボールを投げる。そのボールは思いのほか綺麗な放物線を描き、…………ポンとアリサの腕の中にこれまた綺麗に収まった。「……………………」「……………………」「……………………」『……………………』「「「「「「「「……………………」」」」」」」」「…………なにか言ってよぅ!?」さすがにクラス全員(+きつね一匹)分の沈黙は非常に居たたまれなかったのか、赤い顔の涙目なのはが悲鳴のような声を上げた。哀れである。それを見た僕も、何だか非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。「…その……なんかゴメン…」「あやまらないでよ~~!!」僕の言葉がトドメとなり、とうとうなのはは赤くなった顔を押さえてしゃがみ込んでしまった。こりゃ、しばらく復活しなさそうだ。僕はアリサの方を見て2人で目を合わせると、どうしたものかとアイコンタクト会議開始。(これどうしよう)(アンタの責任でしょうが。なんとかしなさいよ)(いや、そうは言ってもな。流石にここまでよわよわだとは、僕も予想してなかったというか……」「春くん、声に出てる!声に出てるよぅ!?」なのはが僕を指さして何か言ってるような気がするけど、きっと気のせいだろう。ともかく、僕とアリサのアイコンタクト。その結果は、「じゃ、続けるか」「そうね」軽く流すことにした。メンドーだし。そのままアリサは再び相手のチームにボールを投げ込む。今度は受け止められたようだ。それを見ながら僕はしゃがみ込んでしょんぼりしてるなのはの肩に手をのせると、元気付けるための言葉を掛ける。「元気出せって、なのは」「うぅ、春く~ん……」なのははしゃがんだまま顔を上げて、涙に潤んだ瞳で僕を見上げる。大本の元凶が僕だったとか微塵も考えてないんだろうなー。良い子である。そんななのはに、僕は慈愛顔で更なる励ましの言葉を、「───なのはがどれだけ弱っちくても、僕となのはは友達だ……!」「まさかの追い打ち!?その言葉はうれしいけど、励ますならちゃんとがんばってほしいの!」真っ赤な顔のままでポカポカ叩いてくるなのちゃん。でも本人が非力なので全然痛くない。あと嬉しいんだ?良い子である。「まあ、なのはなら頑張れば運動も出来るようになることも無きにしも非ずなのかもしれない……かも?」「すごく自信なさげなうえに、せめて断言しようよ……」「いやだってな。なのは、想像してみろ。スポーツで自分が大活躍している光景を」「むむ」僕の言葉になのはは目を閉じて真剣な表情になる。僕の言った通り、ドッジボールなんかで相手にどんどんボールをぶつける自分を思い浮かべているのだろう。しかし、釣り上げ気味だった眉はすぐにハの字になり、なんともよわよわな表情に。「すごい違和感だろ」「うぅ……、返す言葉もありません……」シオシオと再び泣き崩れるなのはの頭をぽんぽん撫でておいた。と、そこで外野に立つ僕の近くにボールが転がって来たので拾い上げる。見るとなのはと話しているうちに中に残っている人数は半分ほどにまで減って、外野の数もその分増えていた。ただアリサとすずかは未だにコートの中に残っている。アリサは先ほどの焼き回しのように構え、実に漢らしく笑いながら告げた。「今度こそ来なさいよ!ハル!!」それに僕は笑い返すと、全身のバネを引き絞るように身体を捻る。ボールは既に右手の中だ。「おー、それじゃあ行く…ぞっ!!」言葉の終わりと同時にアリサに向けて全力で投擲する。普段ならばともかく、今の僕の身体の状態なら全力で投げるくらいが丁度良い。術符の訓練で鍛えた投擲技術はこんな場ででも無駄に発揮され、ボールは目標であるアリサ目掛けて一直線に飛んでいく。別に怪我をするほどの威力は出ていないものの、それでも単なる運動が出来る程度の女の子が止められるボールじゃない。「わっ、きゃっ!?」僕の狙い通り、ボールは止めようとしていたアリサの腕を弾き、軽い放物線を描いてまっすぐ地面へと───「アリサちゃん───えいっ!」「なにー!?」落下する前にすずかが滑りこむようにしてキャッチ。まさかあのギリギリのタイミングで間に合うとは……。しかし、すずかのミラクルプレーはそれで終わらなかった。「───やっ!」更にボールを持つすずかの右手はノータイムで地面を滑るようにしてボールを射出。アンダースロー気味に打ち出されたボールは地面スレスレを滑空し、そのまま敵の一人を打ち取った。「すっげー!!」「かっけー!!」その様子に、僕とアリサの勝負を見守っていた周りの生徒が大賑わい。<おいおいおい、なんだありゃ>『そういえばあの娘、人外の血が混ざっておったの』<……あー>あったね、そんな設定。忘れてた。<となると、あの運動神経はそれか>『十中八九、な』んー……まあ、すずかも力を悪用するような子じゃないのはよく分かってるし、大丈夫か。気にしないでいこう。葛花との緊急念話会議で結論を出していると、クラス全員がすずかのミラクルプレーに歓声を上げていた。味方は口々にすずかを褒め称え、敵である僕と同じチームの生徒でさえ盛り上がっている。「Thanks!すずか!」「ううん、どういたしまして!アリサちゃん!」その中心でアリサとすずかは二人とも笑顔でハイタッチ。アリサは僕に視線を移すと、「どうよ、ハル!今のはアウトなんかじゃないわよ?」その得意げな顔のアリサが微笑ましくなって、僕も思わず顔に笑みが浮かんでくる。「オーオー、そうだな。次は打ち取ってやるから覚悟しとけ」「望むところよ!」そう言ってアリサは再びドッジボールに戻る。そこで隣のなのはが膝を抱えたまま僕に話しかけてくる。「うやー。すずかちゃん、すごいな~」「羨ましいか?」「にゃはは、うん。なのはって、あんなにはやく動いたり投げたりできないから……」なのはは少し気落ちしたような哀しげな笑顔で僕に言った。……やべぇ。なのはがちょっと落ち込みムードに入ってんだけど……。ちょっ、これマジどうしよう。もしかして僕、やり過ぎたッスか?『泣ぁかした、泣ーかしたー』<ガキみたいなことしてんじゃねぇよ!?あと泣いてないしっ!!うわっ、でもマジどうすんの!?>とりあえず、なのはが考え込んでネガティブスパイラルに陥らないように話し続けよう。「な、なのはは運動とかはやらないのか?ほ、ほら、恭也さんたちみたいに」「なのはは運動ってあんまり得意じゃないから……。それに…相手の人を傷つけたり、怪我をさせちゃうのって……好きじゃない、から」「ん、そっか。……うん。それじゃあ、まずはボールの取り方から練習してみるか?」「ふぇ?」僕の話の繋がりが解からず、こちらを見上げたまま不思議そうに顔を傾げる。「なのはが恭也さんたちみたいに戦ったりするのが好きじゃない、ってのは分かったけどな。でも運動するのは得意じゃないだけで、嫌いってわけじゃないんだろ?」「う、うん……」「ならやってみようぜ。別に戦ったり真剣にスポーツをしたりするんじゃなくて、軽く体を動かしたりな。……ってことで、まずはドッジボールのボールの取り方から。どうだ?」「あ、───うん!」僕の言葉になのははパァと晴れたような笑顔になる。……よ、よかった。なんとかなのはを元気付けるというミッションはクリアしたっぽい。それから、僕は外野の端で予備のボールを使い、なのはにボールの取り方を教えた。ボールが飛んできたら目を逸らさずによく見ること。腕だけでなく体全体で受け止めること。体で受け止めたらすぐに体と腕で包み込むようにしてボールを固定すること。誰でも知っているような簡単なことばかりではあるものの、その一つ一つをなのはは真剣に聞いて体を動かしていた。そうしているうちに、肝心のゲームはいよいよ終盤に入る。残っているのは白組は1人、赤組は3人。赤組3人のうちの2人は言うまでもなく、アリサとすずかである(三人目は吉川くん(♂))。僕の目の前ではなのはが動作を確かめるように腕を動かして、うんうんと何度も頷いていた。「ぇと、……こうして。……うん!分かったの、春くん!」「そりゃ良かった。じゃ、最後に頑張ってみるか」「うん!……あ、でも…」しかし何故かここで今まで以上に気落ちした様子を見せるなのは。「ん、どした?」「ドッジボール、もう終わっちゃうの…」彼女の目線の先ではすずかの投げたボールによって白組の最後の1人が打ち取られていた。たぶん、なのはは自分の努力を試すことが出来ないことが残念なのだろう。せっかく頑張ったのだ。成功するか失敗するかは置いておいて、努力したことを出し切ってみたいのが人情だしな。確かに普通ならばここでゲームセット。試合は赤組の勝利で幕を閉じる。───普通なら、な。「ククッ、甘いぞ、なのは」「にゃ?───って、わっ!?」僕は小首を傾げるなのはの手を取ると、なのはを連れて白組の最後のひとりが打ち取られたコートに入る。そして審判役の担任に告げた。「僕たち、初めから外野に出てたので中に入りまーす!」「はい、分かりました」「あっ……」僕の後ろでなのはが呆然と声を上げるのが聞こえる。そう。確かにドッジボールとは通常、原則として外野にいる人間は中にいる人間にボールを当てなくてはコートの中に復活することは出来ない。が、物事には何事も例外というものが存在する。今回もそうだ。ドッジボールにおける今回の例外。それは『ただし、プレー開始時に外野に出ていた者は自分のタイミングで中に入ることが出来る』というもの。その証拠に、赤組で初めに外野に出ていた2人だって、ある程度赤組の人数が減った時点で中に入っている。このルールにより、僕となのははコートの中に復活出来たのである。「にひひ。じゃ、やるか。なのは」「───うん!」状況が呑み込めたのか、なのはは僕の言葉に満面の笑顔で頷き返した。僕はコート内に転がっていたボールを拾い上げると、アリサとすずか(と吉川くん(♂))に不敵な笑みを向け、先程と同じ台詞を投げかけた。「さあ、覚悟は良いかな?アリサくん」「ふふん、強がったところでそっちはアンタと戦力外のなのはだけじゃない。こっちはあたしとすずかと───」バンッ!「───これで、数は同じだな」僕は再びこちらに転がって来たボールを手に取る。不意に湧き上がる歓声。アリサが横を見ると、そこにはボールに当たって退場する吉川君(♂)の姿が。アリサはその光景にしばし呆然としていたが、すぐに僕に向き直る。その整った顔に浮かぶのは───笑み。アリサ・バニングスは宿敵たる男(つまり僕)との闘いを前に歓喜している(っぽい)。アリサは腰を落とし、完全に受ける態勢に入ると敢然と叫ぶ。「いいわ、ハル!来なさいよ!!」「言われずと…も!!」自分の言葉を斬るように、引き絞った全身のバネを利用しての全力投擲。三度放たれたボールは寸分違わずアリサに向かって疾駆する。アリサは先程と同様にそれを真っ向から受け止めようとするものの、これまた先程同様かなり大人気ない速度で投げられたボールを小学1年生の女の子が受け止められる訳もなく。結果、またしてもアリサはボールを受け損ねた。が、ここで僕は思わず舌打ちする。アリサにぶつかったボールが地面に向かうことなく宙を舞ったのだ。(アリサのヤツ、自分では取れないと見てボールを上に弾いたな)この超・小学生級女子め!急なアーチを描いたボールは、やがて地面に向かい始め、───そして、それをもう一人の超・小学生級女子が見逃す筈もない。「させない!!」すずかは力強く大地を蹴ると宙を舞うボールを空中で軽々とキャッチ。更には浮遊したままで態勢を整えると、そのまま空中で───投げた!先程の僕のときとほぼ同速度のボールの行く先は、まだ投げ終わって姿勢が崩れたままの僕だ。もはや受け止められるだけの態勢を立て直す時間は無い。つまり、僕に出来ることは倒れ込むようにして避けることのみ。だがそうするとボールは外に出てしまう。授業の残り時間は少ない。相手にボールを渡していたら、アリサたちを打ち取る前に時間切れだ。───だから僕は右腕を振り上げることで、あえてボールに自分から当たる。ボールが振り上げた右腕に衝突する瞬間、僕は右腕の衝突部分を幾らか意識することでボールの軌道を調節。僕はボールの行方を目で追いながら半ば予想した通りの軌道であることに確信しつつ、叫ぶ。「なのは!」振り抜いた右腕が弾いたボールの行き先は───なのはだ。すずかの投げたボールは僕に当たったことで十分減速して軽くアーチを描いているものの、まだ少し速い部類に入る。少なくとも以前のなのはなら絶対に止められなかっただろう。しかし、ボールが向かって来ているなのはの表情には僅かな緊張こそ見て取れるが、焦りはない。怖がって目を閉じることなく、その両目をしっかりと開いてボールを見ていた。そして目標が自身に到達すると同時に、なのはは僕が教えた通りに身体を動かす。手は突き出しすぎることなく、腕ごと胴体に引きつけた状態でボールを受け入れるように。ボールは自分の胸のあたりで受け止め、取りこぼす前に身体全体で抱き込む。なのはは抱き込む瞬間こそギュッと目を固く瞑っていたが、やがて怖々と目を開くと、「………………あ」───其処には、見事掴み取ったボールがあった。「月村のヤツ、相変わらずスッゲー!」「高町、あんなのよく取ったなー!」外野にいるクラスメイト全員がすずかとなのはの見せたファインプレーに異口同音に湧き上がる。それはそうだろう。僕の投げた速球がアリサを打ち取ったかと思えば、先程の焼き回しのようにすずかがミラクルプレー。それにより僕がアウトになるかに見えたが、それさえもなのはの活躍で阻まれた。これで盛り上がらない方がどうかしてる。なのはは自分が取ったボールに呆然としていたが、やがて理解が追いつくと、その顔にパァとひまわりのような笑みが広がっていく。「やった……やったよ!春くん!」「よくやった!グッジョブだ、なのは!」ピョンピョン飛び跳ねるながら駆け寄ってくるなのはに片手をヒラヒラ上げる。なのははキョトンと僕の右手を見ていたが、すぐに笑顔で自分の右手をパシンッと叩きつけた。イエーイ。「やるじゃない、なのは!」「なのはちゃん、すごい!」アリサとすずかも我が事のように喜んでいる。敵であるなのはを純粋に称賛出来る辺り、この二人も人間出来てるなーと感じる。小1のなのに。……小1なのに……ッ!「練習して良かったろ?」「うん!……春くん!はい、これ!」そう言って差し出した手の中には、なのはが先程取ったボールがあった。これって……、「いいのか?お前が自分で取ったのに」「いいの!」笑って頷くなのはの顔には陰りなんてものは全く無い訳で。そんな顔で渡されたら断れるはずない訳で。「……了解」「がんばってね!」受け取るしかない訳で。僕はなのはから貰ったボールを手に、アリサとすずかに向き直る。僕はすずかに目を向けたまま、「悪いな、アリサ。お前は少し後回しだ」「む、………まあいいわ。ホントなら2回とも負けちゃってるんだし。というわけで、頼んだわよ、すずか!」「うん!」アリサの言葉に、いつに無く強気な笑みで応じるすずか。なんか体育になってからというもの、すずかが生き生きしているような気がします。あの子肉体派みたいです、先生。「負けないよ、春海くん!」「お前もうキャラ違くね?いや良いけどさ」ムンッと気合を入れるすずか。あの子やっぱり体を動かすことが気持ち良いみたいです。肉体派です、先生。まあ良い。僕はボールを構えると、すずかを真正面から見る。目線は相手の上半身。投げる位置をしっかりと見据える。「少しばっかりセコいことするぞ、すずか」ぶっちゃけ勝てそうにないし。真正面から行けば、たぶん負けます。小学1年生女子に。「?……うん、いいよ!」笑顔で受け入れる小学生1年生の包容力に惚れそうです、先生。「───らァ!!!」僕はすすかの了解を確認するや否や、全力でボールを放つ。先程以上に身体を捻り、球速をパワーではなく技術と遠心力で増す。轟!!低い風切音を伴いながら放たれた弾が宙を翔け抜ける。すずかは既に捕球のために動き始めている。刹那、すずかと目が合う。当然だ。“投げている間も”僕の目は変わることなく常にすずかの上半身に向けられている。───例え僕の狙いが、すずかの足首スレスレだとしても。「───え?」すずかは無意識の内に僕の目線から大凡のボールの軌道を予測していたのだろう。通常ならば分からないぐらい一瞬のものであっても、普通とは異なる身体能力を持つすずかなら可能なはず。しかし、その予想は大きく裏切られることになる。彼女の予測と大きく異なり、ボールの軌道は遥か下。すずかも人間離れした速さで捕球に動き始めるが、今更間に合う筈もなく。その結果───「───こうなる」すずかから最後まで逸らさなかった目で地面を見ると、其処には彼女の足に跳ねかえり、転々と転がるボールが在った。周囲には、歓声が湧いた。『せこ……』<お願い、言わないで下さい……ッ!>そして僕には羞恥心が湧きあがった。一時のテンションに身を任せた結果がこれだよ!!(あとがき)てな感じで第六話投稿。今回は前回の予告通りの日常回で、学校での3人娘との1ページとなりました。主人公のテンションが異様に高いですが、学校では大概こんなもんです。「もともとの性格+精神が肉体年齢に引っ張られている」とでも考えて納得しておいて下さい。一応、随所随所で大人としていろいろ気を回してはいるので。作者としてもなんでこんなにテンション高めで書いちゃったのか分かりません。これがキャラが勝手に動くというヤツか……ッ!それはそうと、このSSの3人娘との関係はこんなもんでしょうか?なのは=妹分アリサ=ライバル(主人公的にはツンデレおもしれー)すずか=他の3人のストッパー 兼 肉体派みたいな?あと関係ないけど「紐糸」のなのはって可愛いですね。次回はちょっとシリアスになるかもです。ではでは。