●5
九死に一生を得た夕映達は、千雨の《帰還の術式》により、『迷宮街』まで戻っていた。
「うわー、助かったぁ」
「うん、良かった。私、私……」
「ほんまやわ。長谷川さん、ありがとな」
ハルナは安堵し、のどかは目尻に涙を浮かべ、木乃香は謝辞を千雨に述べている。
そんな中、夕映は先程の《帰還の術式》に驚いていた。
(おかしいです。私が習った《帰還の術式》は、確か……)
驚きを隠せない夕映は、千雨の冷めた視線に気付かない。
「ここでいいだろ。じゃあな」
そう言って何事も無かったかの様に立ち去ろうとする千雨を、夕映達は呼び止めた。
「あ、あの長谷川さん。お礼をしたいのです。あと、出来れば話を聞かせてもらえませんか?」
「礼? 話?」
千雨は特に表情を変える事無く夕映の言葉を聞き、少し黙考をした。
「礼はいらない。あと話す事も特に無いな」
そうやって踵を返そうとする千雨を、四人は必死に引き止めた。
「いえ、それじゃ私達の気が済みません! お礼がしたいので時間を作ってくれませんか! さすがに今日はもう時間が遅いですし……明日! 明日大通りのカフェテリアでお話を聞かせてください! もちろん奢りです!」
振り返った千雨は面倒くさいといった表情を一瞬するが、あきらめた様に「わかった」と返した。
そして千雨は迷宮街の人込みへ消えていった。
了承の意を受けてほっとした夕映に、ハルナが話しかけた。
「それにしても、まさか長谷川ちゃんがねー。相変わらずドライで話しにくくてしょうがないけど」
ハルナ達の千雨への印象は「地味な子」であった。話しかけたからといって特に棘があるわけでは無い。しかし、彼女は特に誰かと親しくするという事はせず、いつも静かに席に座っている姿ばかりが思い浮かぶ。
「でも、長谷川さん凄かったよ。あんなすごいの見たこと無かったよ」
のどかも話しに加わる。
「せやなぁ。何度か他のパーティーと遭遇してるけど、あそこまですごいのは見たこと無かったわ。やっぱり上級者なんやろか」
手をあごに添えながら、木乃香が唸るように考えている。
「アルケミストなのは間違いありません。実力もおそらく私達とは桁外れです。それに――」
夕映は少しためらい、首を振る。
「――いえ、やめましょう。あした話を聞けば何か分かるかもしれません。それよりホームに戻って着替えましょう。門限が迫ってますよ」
夕映の言葉を切っ掛けに、四人は迷宮街で借りているパーティーのホームへと戻る事にした。
ホームとは夕映達四人が使っている賃貸のワンルームだ。パーティーの根拠地として、探索用の物資や着替え、アルケミスト用の薬品調合器具などが置いてある。
門限が近いこともあり、四人は慌てた様子で走り始めた。
◆
明けて翌日。
夕映達四人と千雨の姿は大通りに面したオープンカフェにあった。
日曜日という事もあり夕映達の服装は私服だ。
四人の対面に千雨は座りながら、奢りという事で遠慮なく注文したマスクメロンパフェを黙々と食べている。
「えーと、長谷川さん。昨日は本当にありがとうございました」
夕映が述べた謝辞に合わせ、四人はペコリと頭を下げる。
「ん、あぁ。別にいいよ」
対して千雨は興味なさげに返事をし、再びスプーンをパフェに伸ばす。
「その、長谷川さんに色々聞いてみたいんですが……」
口ごもる夕映を助けようと、木乃香がテーブルに乗り出すように千雨に迫った。
「な、なぁ長谷川さん。長谷川さんって探索者やったんか?」
「あぁ、昔な」
「そ、そうなんや」
どうにも取っ付きにくい千雨の態度に、木乃香は困惑する。
ハルナは隣に座る夕映にコソコソと話しかけた。
「夕映、長谷川ってこんな感じだったっけ」
「そうですね。大体いつもこんな感じですが、いつも以上に対応が淡白というか、何というか」
クラスでの夕映の席は千雨の隣だ。朝はいつも挨拶するし、時折雑談もする。大抵は夕映が話しかけ、千雨が相槌をするという形だが。
気を取り直し、夕映は再び千雨に話しかけた。
「長谷川さん。私達は色々とあなたから話を聞いてみたいのです。私達は探索者になって一ヶ月余りです。そんな私達から見ても長谷川さんの実力がすごいのは分かりました。出来ればコツというか、どうやったらあんな事が出来るのかを教えてもらえれば――」
「お前ら本気でそう言ってるのか?」
ピタリとスプーンの動きを止めた千雨が、険しい目つきで夕映達を見つめる。
その凍てつく視線に夕映の背中が粟立った。
「あの、わ、私達は、探索が安全だって聞いてました。死者が年間五十名程しか出ないと聞いていたので、安心していました。けれどその油断で、昨日私達はあやうく全滅する憂き目に遭いそうになったのです。これからも探索を続けるのかは分かりませんが、今後のためにも色々聞いておきたいのです」
どもりそうになりながら、夕映は一気に捲くし立てた。
夕映が喋っている間、ハルナが声を落とす様にと告げなければ、周囲の人間に聞かれてしまうかもしれない勢いだ。
「……」
千雨は無言。顔を伏せ、口元に手を当てている。
そのまるで泣いている様な仕草に、夕映達は疑問符を浮かべた。
「あの、長谷川さん」
「ん。いや、すまない。分かった、そういう事なら協力しよう」
そう言いながら、千雨は微笑を浮かべた。