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No.29321の一覧
[0] 【習作】僕ら仲良し家族(機動戦士ガンダムSEED 憑依もの)[牛焼き肉](2011/08/18 23:51)
[1] PHASE0 どこかとおくのおはなし[牛焼き肉](2011/08/18 23:51)
[2] PHASE1 ごろごろーごろごろー[牛焼き肉](2011/08/18 23:53)
[3] PHASE2 人妻が趣味なんじゃない。いい女が人妻なんだ[牛焼き肉](2011/08/18 23:56)
[4] PHASE3 金じゃ、お金様じゃ[牛焼き肉](2011/08/18 23:58)
[5] PHASE4 貴方は何を信じますか?[牛焼き肉](2011/08/19 00:00)
[6] PHASE5 泣け、叫べ! されば与えられるかもしれない[牛焼き肉](2011/08/19 00:03)
[7] PHASE6 月が出た出た月が出た [牛焼き肉](2011/08/21 01:04)
[8] PHASE7 シムシティがはじまるよー[牛焼き肉](2011/08/21 01:08)
[9] PHASE8 花より団子と団子より花[牛焼き肉](2011/09/02 01:16)
[10] PHASE9 スーパー波平タイム[牛焼き肉](2011/08/28 03:10)
[11] PHASE10 蹴ってきた馬を刺身にした気分[牛焼き肉](2011/09/02 01:19)
[12] PHASE11 爺萌え話[牛焼き肉](2012/03/21 16:08)
[13] PHASE12 みんな大好きホワイト企業[牛焼き肉](2011/09/06 02:44)
[14] PHASE13 漬物うめー[牛焼き肉](2011/12/21 23:17)
[15] PHASE14 入管はもっと仕事をすべき[牛焼き肉](2011/09/21 00:36)
[16] PHASE15 お子様から目を離したらだめだぞ?[牛焼き肉](2011/12/21 23:45)
[17] PHASE16 こころのそうびはぬののふく[牛焼き肉](2011/12/22 00:13)
[18] PHASE17 欲求不満は体に悪い。超悪い。[牛焼き肉](2011/12/21 23:10)
[19] PHASE18 くやしい、でも感じちゃう![牛焼き肉](2011/12/22 17:14)
[20] PHASE19 誰得的シャワーシーン[牛焼き肉](2012/03/21 16:11)
[21] INTERVAL1 どこかのだれか[牛焼き肉](2012/03/21 16:11)
[22] PHASE20 あーがいるスタイル[牛焼き肉](2012/05/21 22:42)
[23] PHASE21 ご飯はみんなで食べたほうがおいしい? ありゃ嘘だ[牛焼き肉](2012/05/21 21:46)
[24] PHASE22 ぱらりらぱらりらー![牛焼き肉](2012/06/08 22:48)
[25] PHASE23 ウーロン牛乳さいだあの恐怖[牛焼き肉](2012/08/05 16:59)
[26] PHASE24 あんぱんぼっち[牛焼き肉](2012/08/05 17:08)
[27] INTERVAL2 ネタばれ、超ネタばれ![牛焼き肉](2012/09/30 22:41)
[28] PHASE25 あえてがっかりを回るのが通である[牛焼き肉](2012/10/01 00:42)
[29] PHASE26 もっと、もっと罵って![牛焼き肉](2013/05/29 23:27)
[30] PHASE27 おじさんは、まほうつかい、だからね![牛焼き肉](2013/05/29 23:36)
[31] PHASE28 困った時ー。ミミズでクジラ釣っちゃった時ー[牛焼き肉](2013/05/29 23:42)
[32] PHASE29 サモン・ザ・胃薬[牛焼き肉](2013/05/29 23:53)
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[29321] PHASE4 貴方は何を信じますか?
Name: 牛焼き肉◆7f655480 ID:4a155b5e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/19 00:00
 赤ん坊の世話というのは、想像よりもずっと恐ろしいものだった。エレン・シフォースはけたたましく泣き叫ぶ黒髪の赤子をあやしながら、自らも顔をくしゃくしゃにして瞳を潤ませていた。

「ああああ…ええと、ええと、どうしたの? おむつ、それともおっぱい? お昼寝…はさっきしたし……」

 哺乳瓶とむつきを取換えようと、赤ん坊をベッドに置こうとした瞬間、さらなる超音波が彼女の耳をつんざいた。とうとうエレンの瞳からこらえきれなかった雫が雨のようにこぼれ落ちる。

「やっぱり私じゃ無理ですよぉ、先輩ー!」

 ここにはいない人物に助けを求めても無意味と知りつつ、しかし我慢できずにエレンは泣いた。二十にもなって号泣するなど恥ずかしくてたまらないが、生憎とここにいるのは同じく泣きわめいている幼子一人。誰にかまうことなくエレンは泣いた。
 若き遺伝子学者エレン・シフォースがコロニーメンデルを本拠とするG.A.R.M.R&D社に入社して、そろそろ半年がたとうとしていた。「禁断の聖域」「遺伝子研究のメッカ」。遺伝子学を志す者にとって、メンデルで働くということは一種の憧れであると言っていい。正直内定書を見た瞬間頭を思い切り壁に打ち付けたものだ。夢だと思ったから。故にエレンもまた、期待にない胸を膨らませてその敷居をまたぐ栄誉にあずかったのだが、情熱に燃える彼女を待っていたのは一人の赤子との日々であった。

 カナード・パルスという名の子供を「今日から君が面倒をみるように」と初日で渡されて、エレンは思わず自失した。どういうことかと涙目で尋ねたところ、この子供はかの遺伝子学の権威、ユーレン・ヒビキ博士による新理論でもって生み出されたコーディネイターの被験体であるという答えが返ってきた。カナードを育成するとともに、その成長データをまとめて提出すること、それがエレンの携わったメンデルでの最初の業務である。
 以来半年間、昼も夜も一向に自分に慣れてくれぬ赤子との生活が繰り広げられた。子供どころか恋人すらいたことのないエレンにとって、赤ん坊など異星人に等しい。正直な話、これまで大過なく育ててこれたこと自体が奇跡に分類される話だと彼女は思っていた。
 もっとも、それができたのもエレンに好意で手を貸してくれた頼もしき先輩職員がいたおかげだったのだが。彼女がいなければエレンの生活は、初期の段階で破たんしていただろう。カナードの気難しさはエレンや他の職員の骨身にしみていることだったのだ。
 だが、今この場にその先輩職員はいなかった。彼女はつい昨日出産を経験したばかりで、とてもではないが赤ん坊の面倒を見られるような体調ではなかったのである。

「お願いだから泣きやんでよぅ……」

 ぐずぐずと鼻を鳴らし、エレンは育児室の中をひたすらに歩きまわった。そんな彼女に救いの手が差し伸べられたのは、それより約十秒後の事である。

「あの……貴方がエレン・シフォース助手ですか?」

 育児室の扉がスライドし、一人の女性がこの阿鼻叫喚の地獄へと足を踏み入れた。ふぁい? とそちらの方を向いたが、涙でにじんだ視界はその女性の姿を結実できていない。慌てて白衣の肩口で顔を拭いた。
 そこにいたのは自分より少し年上の、黒髪の女性だった。服装はメンデル研究員のきる白衣ではなく、余所行きと思われる仕立ての良い、しかしどこにでもありそうなごくごく一般的なものである。エレンは小首を傾げた。はて、この人は誰だろうか。
 ここはメンデルでもそれなりにセキュリティの厳しいエリアである。入ることを許可されるのは基本的に職員か、高位資格を持つ人間に招かれたもののみだ。見たところこの女性は研究員ではなさそうだし、外からの来訪者なのは間違いあるまい。問題は、その上の関係者である女性が、わざわざこんな育児室に訪れて、しかも自分の名前まで知っていることであった。エレンは記憶力に自信があるものの、この女性の顔には見覚えはなかった。

「あの、どちら様ですか? ていうか私の名前を御存じで…」
「ああ、ごめんなさい。急に声をおかけして、驚かせてしまったかしら」

 泣き声渦巻くこの部屋の中にいながら、さして大声でもないのに彼女の声ははっきりと耳に届く。女性は一瞬カナードに優しげな視線を送ると、小さく会釈して自己紹介を始めた。

「私はカリダ・ヤマトと申します。今日は姉の、ヴィア・ヒビキのお見舞いに参りましたの」
「え、ヴィア先輩の妹さん、ですか?」エレンは目を丸くした。優しく頼れる先輩職員、ヴィア・ヒビキに妹がいたというのは初耳だった。
「でも先輩の妹さんが、どうしてこの部屋に?」

 彼女がメンデルを訪れたことに対する疑問はもはやない。昨日、ヴィアが双子を――正確には一人の赤子を出産したばかりであった。新たに生まれた甥と姪の顔を見に、妹がここを訪れても不思議ではない。おそらくユーレン博士が許可を出したのだろう。とある出来事によって、今あの夫婦の間には大きな溝ができていた。それを少しでも埋めるための措置、と考えるのはさすがに穿ちすぎだろうか。

「ええ、さっき姉さんと少しお話をしていたのだけれど、その中で貴方の話が出てきてね。随分と心配しているみたいだから、私が代わりに様子を見に来たんだけど…」そこでカリダの笑みが苦笑に変じた。
「姉さんの言ったとおりになってるみたいね」
「……うう、お恥ずかしいです」エレンは涙でぬれる頬を染めて俯いた。同時に病床のヴィアがそこまで気にかけていてくれたことに大きな喜びを感じる。
「その子を、抱かせてもらっても?」
「え? あー、はい。それは大丈夫、ですけど。この子、ちょっと人見知りが激しいので」

 疲れ知らずのカナードに小さく苦笑し、エレンは彼をカリダに渡す。そして次の瞬間、彼女は驚くべき光景を目の当たりにすることとなった。
 え? と呆けた呟きが漏れる。解放され自由になった手を使い、自分の濡れた頬を思い切りつねって見た。痛い。すごく痛い。また涙が出た。

「いい子ね、カナード君。ほうら、よしよし」カリダの穏やかな声が先ほどとは比べ物にならないほどクリアに鼓膜を震わせた。

 ぴたりと、泣き声が止んだのだ。この小さな体のどこにそれほど大きな声を挙げられる力があるのか不思議だった赤子は、つい数瞬前の事などどこ吹く風で、きゃきゃとその笑顔をカリダに振りまいている。エレンは信じがたい思いでその様子を見続けた。
 あれほど人見知りをしていたカナードがこれほどまでに懐くのは、彼女の知る限りヴィア・ヒビキ以外にはいない。さすがは姉妹と感心すべきか、半年近く一緒にいてもこうならない自身を嘆くべきか、エレンは反応に困った。

「ふふ、本当に可愛いわね。キラとカガリも可愛らしかったけど、貴方も将来はきっとハンサムになるわ」
「あ、二人にも会われたんですか?」
「ええ、ハルマ――夫と一緒に。お義兄さんにちょっとだけわがままを言っちゃったの」

 カガリはともかくとして、キラをこの人に会わせたと聞いて少し驚いた。何故ならあの子供はメンデルでもトップシークレットに属する存在であるからだ。そんなことをして大丈夫なのだろうか、エレンがそう疑問に思った時、再び育児室の扉が開いた。

「カリダ…それにエレンも」

 現れたのは、顔色が真っ青な美しい婦人と、彼女より幾分か年下の男性であった。その登場に度肝を抜かれたエレンは、女性の姿、そして男の腕に抱かれた二人の嬰児の姿を見とがめ瞠目した。

「せ、先輩!? 何をなさってるんですか! そんな、まだ歩いちゃだめです」
「ハルマ? それに、キラとカガリまで、どうして!」悲鳴に近い叫びに、カナードが驚いたようにぐずり出した。慌ててカリダが体をゆすってあやし始める。
「カリダ。カナードをエレンに渡して」

 息も絶え絶えという様子ながらもヴィアははっきりとそう口にした。その瞳は疲労と苦痛に陰っているものの、新星を思わせる強い輝きが宿っている。エレンは困惑した。

「え、姉さん…? 一体どうしたの?」
「説明している時間はないの。詳しい話はハルマに聞いて頂戴。さあ、早く」

 かつてないヴィアの様子にカリダは困惑したようだったが、大人しく彼女の言を受け入れた。再び両の腕に小さな命の重みがかかる。とたんにカナードの顔がくしゃくしゃに歪んだ。

「じゃあハルマ。後のことは」
「…やはり、義姉さんもご一緒に! このままここにいては――」
「…私は残ります。ユーレンを、一人にはできないから」それはエレンが見たこともないような、儚い笑顔だった。「カリダ。ごめんなさい。でもどうか…キラを、カガリを…お願い」
「ねえさん? え、何を…言っているの……?」

 カリダの顔がどんどん強張っていく。そしてそれはエレンも同様なのだろう。自分でも頬が緊張で突っ張っていくのが理解できた。そんな妹にヴィアはもう一度だけ微笑み、ハルマと呼ばれた男性を促した。彼はうなずき、有無を言わさぬ様子でカリダを連れて行こうとする。

「待って、ねえ待って、ハルマ。どうしたの、一体何が起こっているの?」
「カリダ。良いから一緒に来るんだ。時間がない」
「姉さん、お願い、訳を話して。こんな急に、何を」
「行って、カリダ。一生に一度のお願いよ。二人を護って…」

 姉さん! 最後は完全に絶叫だった。引きずられるようにして出て行ったカリダを見送ったエレンは、呆然と立ち尽くしているしかなかった。

「エレン」

 は、はい! と反射的に返事をした。とうとうカナードが泣き出してしまったが、それを気にかける余裕は自分にはない。ヴィアが発している尋常ではない空気に完全に呑まれてしまっていたのである。

「いい? 落ち着いて聞いてね。…つい先ほど、研究所に匿名の情報提供がありました」
「え、匿名の情報提供、ですか?」
「その内容は、一両日以内にブルーコスモス系武装集団が、本研究所を襲撃するというものだったの」

 いやに間の抜けた声が漏れた。一瞬エレンは先輩職員の口にしている内容が理解できず、ぱかりと口を大きく開け放ってしまう。今彼女は何と言った? ブルーコスモス? 襲撃? 一研究者からは程遠い単語が脳に浸透した瞬間、凄まじい衝撃が自身の精神に襲いかかった。

「そ、そんな! 襲撃だなんて、どうして!」
「ここがコーディネイターにかかわる遺伝子研究所で…そして、スーパーコーディネイターのいる場所だから、だそうよ」

 吐き捨てるかのようなヴィアの言葉に、今度こそエレンは返す言葉を失った。ユーレン・ヒビキ博士の人工子宮研究は、その筋に携わる者の中ではわりかし有名なものだ。しかしそれは未だ実用化に堪えないものというのが学界での通説のはずだった。
 つい、昨日までは。

「洩れたん、ですか? 情報が」
「おそらくは」

 そんな。力ない呟きがこぼれた。全身の力が抜け落ちるような感覚に襲われたエレンは、胆力を振り絞って崩れ落ちぬよう身体を支える。

「だからエレン、貴方は逃げて。カナードを連れてここから」
「え、カナード? で、でも。研究所には警備の部隊もいますし、例え襲われても撃退できるんじゃ――」
「…ええ。研究所もそう考えている。だからコーディネイター系職員を除いて避難命令も出ていないわ。けれど、その武装勢力がどれくらいの規模かもわからないし、そうしたことぐらい想定しているでしょう。なら万一のことだってある」
「そ、そんな。あの、けどやっぱり」
「…それだけじゃないの」混乱し、つい煮え切らない態度をとった自分に業を煮やしたのか、ヴィアの口調が厳しくなった。「例え研究所が襲撃を防いだとしても…カナードの命は、助からない」

 エレンは小首を傾げた。先ほどから怒涛のように押し寄せる出来事の数々に、脳が施行することを放棄し始めていたからだろうか。
 あるいは、深く考えることを理性が拒否したか。

「……どういう、ことですか?」
「G.A.R.M.R&D社遺伝子研究所は――カナード・パルスの廃棄処分を、決定したそうです」
「………………………………………………………………え?」

 一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
廃棄? 処分? 茫然とした面持ちでその言葉を受け取った。しばし沈黙と共に、エレンの身体が硬直する。のろのろと首を下に向けると、黒髪の赤子がしゃくりをあげながら手をじたばたと動かしていた。腕が重い、暖かい。確かにここにある、一個の命を見て、エレンは顔をあげる。

「しょ、処分……? え? 先輩、処分って……カナード、生きてますよ? ちゃんと暖かくて、重くて、息もしてて……生きてるんですよ?」
「…そうね」
「そりゃ、設定された規定値とは違う項目もありましたけど、でも…え、生まれましたよね? カナードは、ちゃんと生まれて……ここに、いるんですよ?」

 ヴィアが唇をかみしめて俯いた。その肩が震えていることを頭の片隅で認識しつつ、しかし今のエレンはこれまで感じたことのない戦慄きによって大部分の思考が支配されている。

「なんで――何でなんですか!」

 これは…狂おしいまでの怒りだった。自分が発したとは思えないほどの大声に驚いたのか、カナードが火を付けたように泣きだした。これまでは鼓膜を破るための音波兵器としか思えなかったこれが、今はこの子が確かにここにいる証としてエレンに訴えかけていた。

「こ……」言葉がうまく紡げない。舌が麻痺したように数度痙攣する。「コーディネイター…だから、ですか?」
「…エレン。それは」
「コーディネイターだから、造られた命だから……だから、捨てても良いんですか? 人間じゃなくて、ものだから? だから……殺す、壊すん、ですか?」

 コーディネイターだから、壊す。殺す。このメンデルに来てわずか半年で、しかもその業務の大部分はこの小さな命に関わることであったが、それでもエレンはこのコロニーで日常的に行われている諍いを知っていた。そしてそれは、彼女が――プラント出身のコーディネイターである彼女にとって、唾棄すべき代物であることも把握していたのである。
 ――目の色が違うわ! そう言って我が子を抱き上げようともしない母親、話が違うと研究員に詰め寄る身なりのいい父親。契約違反だと、容姿が望んだものと違うからと、そんな理由で彼らは我が子を、己の遺伝子を受け継いだ赤子を捨てるのだ。引き取りを拒否された赤子がどうなるのかは、下っ端であるエレンには知りようもない。一説にはそうしたコーディネイターの子供を引き取って何がしかを行っている組織があるともされるが、おそらくろくなことにはなっていないはずだった。
 そうしてしばし筆舌に尽くしがたい激情にとらわれていたエレンは、ようやく眼前のヴィアが俯き肩を震わせていることに気がついた。そのとたんに紅潮していた頬は氷を添えたかのように冷たい青に染め上げられていく。怒りのまま、その感情のはけ口としてヴィアを犠牲にしていたことに、遅まきながら気がついたのだった。

「す、すみません! 先輩がお決めになったわけでもないのに、私、つい興奮してしまって…!」
「謝る必要はないわ、エレン。貴方の言ったことは、文句なく正しい事なのだから」

 そうして苦笑する先輩職員に、エレンはその場で床に額をこすりつけたくなった。彼女は何も悪くない。それどころか上層部の――彼女の夫たる主任研究員の決定に身を持って異を唱えているというのに。彼女の気持ちも考えずただ感情のままに暴言を吐くとは、この場に銃があれば迷わず自分の頭を打ちぬくだろう罪悪感が身を焦がした。

「だから、エレン。お願い、カナードを連れて逃げて」

 今度こそエレンは迷いなく頷いた。この黒髪の赤子を連れていけば、おそらくもうメンデルには戻れないだろう。だがそれがどうした。こんな場所、こっちの方から三行半を突き付けてやる。そう憤然とするエレンであったが、ふと一つの疑問がよぎった。小首をかしげてヴィアに訊ねる。

「…あ、でも先輩。それだったら、私よりも妹さんの方が適任なんじゃ」
「ううん、カリダたちじゃあ駄目なの。キラとカガリの避難はユーレンも許可している事だから、研究所から専用のシャトルが出されるわ。けれど、カナードはそうじゃない。だからエレンにお願いしたの。この子に簡単に接触できて、なおかつプラントのコーディネイターである貴方なら、容易にここから脱出できるはずだから」

 聞けば現在、ブルーコスモス襲撃に備えて、メンデルにいるコーディネイター職員の脱出シャトルが用意されていると言う。そこにカナードを潜り込ませるというのが、ヴィアの立てた計画の様だった。

「脱出したら、オーブへ向かって。そこなら、多分カナードを守ってくれるはずだから」
「え…オーブ、ですか?」

 オーブ連合首長国。南太平洋に浮かぶ島嶼国家であり、ナチュラルとコーディネイターが共存する数少ない場所だ。しかしエレンは小首を傾げた。カナードがコーディネイターである以上、プラントの方がよほど安全なはずである。オーブといえど、両者の間には深く広い溝があるのだから。
 しかしヴィアは首を横に振った。

「約束があるの。…正直、私も困惑する部分がないわけではないけれど、実際予測が当たってしまった以上、もう疑っている余裕もないから。
…あそこの首長家の一つが、カナードの保護を申し出てくれているわ。後のことは、その方に任せてあるから」
「首長家……って、オーブの支配階級じゃないですか! そんな人がどうして…ていうか、何でカナードのことを」
「さあ、どうしてでしょうね。けれど、嘘をついているとは思えなかった。主観で申し訳ないけど、私はあの方を信じられる人間だと思った。この子を託すに足る人物であると、ね」

 一瞬だけ、ヴィアの顔に何かを懐かしむような苦笑がひらめいた。しかしそれがすぐに立ち消え、代わって険しく歪んだ表情が浮かび上がる。緊迫感をはらんだ電子音が所内に響き渡ったのは、それとほぼ同時だった。

「避難指示……さあ、時間がないわ。早く行って!」

 先輩、と咄嗟に彼女を掴もうとしたが、とてもナチュラルとは思えない力でエレンは背中から目一杯押し出された。

「それと、これも一緒に。役に立つかどうかわからないけど、ユウナ様にお渡しして」

 すっとエレンの白衣に何かが滑り込んだ。それを確認する暇もなく、どんと身体が廊下に投げ出される。一瞬バランスを崩し掛けるが、そんなエレンを抱きとめる存在があった。はっと顔をあげると、三十過ぎの男性職員の姿があった。見覚えがある。エレンが初めてメンデルに訪れた時、よく相談に乗ってくれたコーディネイター系の職員だ。
 彼は未だ泣きやまないカナードを箱に擬態した特殊ユニットに入れ、頷いた。それをみたヴィアもまた頷きを返す。

「後を、頼みます」

「先輩!」腕を掴まれ、引きずられるように廊下を進みだす。ヴィアは見るものがはっとするような穏やかな笑みを浮かべで彼女を見送っていた。

「行って、エレン。オーブへ! ユウナ・ロマ・セイラン様の元へ!」

 ヴィアは、エレンの姿が視界から消えるまで、ずっとそこに立ち続けた。


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