<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.29321の一覧
[0] 【習作】僕ら仲良し家族(機動戦士ガンダムSEED 憑依もの)[牛焼き肉](2011/08/18 23:51)
[1] PHASE0 どこかとおくのおはなし[牛焼き肉](2011/08/18 23:51)
[2] PHASE1 ごろごろーごろごろー[牛焼き肉](2011/08/18 23:53)
[3] PHASE2 人妻が趣味なんじゃない。いい女が人妻なんだ[牛焼き肉](2011/08/18 23:56)
[4] PHASE3 金じゃ、お金様じゃ[牛焼き肉](2011/08/18 23:58)
[5] PHASE4 貴方は何を信じますか?[牛焼き肉](2011/08/19 00:00)
[6] PHASE5 泣け、叫べ! されば与えられるかもしれない[牛焼き肉](2011/08/19 00:03)
[7] PHASE6 月が出た出た月が出た [牛焼き肉](2011/08/21 01:04)
[8] PHASE7 シムシティがはじまるよー[牛焼き肉](2011/08/21 01:08)
[9] PHASE8 花より団子と団子より花[牛焼き肉](2011/09/02 01:16)
[10] PHASE9 スーパー波平タイム[牛焼き肉](2011/08/28 03:10)
[11] PHASE10 蹴ってきた馬を刺身にした気分[牛焼き肉](2011/09/02 01:19)
[12] PHASE11 爺萌え話[牛焼き肉](2012/03/21 16:08)
[13] PHASE12 みんな大好きホワイト企業[牛焼き肉](2011/09/06 02:44)
[14] PHASE13 漬物うめー[牛焼き肉](2011/12/21 23:17)
[15] PHASE14 入管はもっと仕事をすべき[牛焼き肉](2011/09/21 00:36)
[16] PHASE15 お子様から目を離したらだめだぞ?[牛焼き肉](2011/12/21 23:45)
[17] PHASE16 こころのそうびはぬののふく[牛焼き肉](2011/12/22 00:13)
[18] PHASE17 欲求不満は体に悪い。超悪い。[牛焼き肉](2011/12/21 23:10)
[19] PHASE18 くやしい、でも感じちゃう![牛焼き肉](2011/12/22 17:14)
[20] PHASE19 誰得的シャワーシーン[牛焼き肉](2012/03/21 16:11)
[21] INTERVAL1 どこかのだれか[牛焼き肉](2012/03/21 16:11)
[22] PHASE20 あーがいるスタイル[牛焼き肉](2012/05/21 22:42)
[23] PHASE21 ご飯はみんなで食べたほうがおいしい? ありゃ嘘だ[牛焼き肉](2012/05/21 21:46)
[24] PHASE22 ぱらりらぱらりらー![牛焼き肉](2012/06/08 22:48)
[25] PHASE23 ウーロン牛乳さいだあの恐怖[牛焼き肉](2012/08/05 16:59)
[26] PHASE24 あんぱんぼっち[牛焼き肉](2012/08/05 17:08)
[27] INTERVAL2 ネタばれ、超ネタばれ![牛焼き肉](2012/09/30 22:41)
[28] PHASE25 あえてがっかりを回るのが通である[牛焼き肉](2012/10/01 00:42)
[29] PHASE26 もっと、もっと罵って![牛焼き肉](2013/05/29 23:27)
[30] PHASE27 おじさんは、まほうつかい、だからね![牛焼き肉](2013/05/29 23:36)
[31] PHASE28 困った時ー。ミミズでクジラ釣っちゃった時ー[牛焼き肉](2013/05/29 23:42)
[32] PHASE29 サモン・ザ・胃薬[牛焼き肉](2013/05/29 23:53)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29321] PHASE24 あんぱんぼっち
Name: 牛焼き肉◆7f655480 ID:4a155b5e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/05 17:08
「ごめんなさい」

 遥か水平線の向こうで燃える紅の輝きに目を細めていると、不意にそんな言葉が耳に入った。振り返ると、柔らかなソファに身を沈めて、沈痛な面持ちをたたえた女性が唇をかみしめている様が見える。
 セイラン邸の、トダカ一家に与えられた貴賓室で、トダカとエレンは二人きりで時を過ごしていた。長話が過ぎて時間が遅くなってしまったため、ついでだからとユウナから夕食に誘われたのである。そして同時に、食事を待つ間に色々な事を話し合うべきじゃね? という言葉をもらった。
 今トダカは、窓辺に立って一面に広がる煌びやかな街並みと、その果てに続く命の母の姿に目を細めていた。そんな自分に向かって、生涯を共にせんと誓った女性が懺悔の言葉を口にする。

「どうして君が謝る」
「貴方に、隠していたから。本当のことを、何も話さなくて」

 トダカは窓から視線を外し、静かに首を横に振った。先ほど聞かされた話は確かに衝撃的だった。養子だという話は知っていたし、何か特別な事情があることも察してはいた。家族になる以上、自分にも話してほしいと思っていたことも事実である。
 しかし、無理に聞きだすつもりはなかった。話せないと言うことは、それだけの大きな何かがあるということだと自身で納得していたからだ。そしてそれは正解だった。人類の夢、最高のコーディネイター。数多の命を犠牲にして生み出された狂気の産物、その失敗作。
 こんなこと、おいそれと言える話ではない。
 トダカが奥歯を噛みしめていることに気付いたのは、頭蓋に響く堅い音を聞いた時だった。じんじんと痛む口から力を抜いて、もう一度首を横に振る。

「君が謝る必要はない。言えなかった事情もわかるし、俺だって今まで聞こうとしなかったんだから」
「でも」
「それよりも」

 遮るように言った。窓辺から離れたトダカは、卓上に置かれた三枚の端末プレートの端を指で撫で、エレンの隣に腰を下ろす。

「これをどうするか、だ」

 ユウナ・ロマ・セイラン。コトー・サハク。ウズミ・ナラ・アスハ。本来ならば自分のような一軍人ではめったに目通りすることさえ叶わない、雲の上の人物たちからの嬉しくもない贈り物だった。こんな薄っぺらい板一枚が、文字通り自分たちの将来を決定する力を有していることに、そしてこの三つの道以外を選ぶことすらできない状況に、トダカは内心忸怩たる思いを禁じ得ない。
 別段自分の出世に対して、思うところは多くなかった。勿論、男である以上、一軍の長として自らの指示で兵を縦横無尽に動かすことのできる立場に、言いようのない憧れを有していることは事実である。しかしだからと言って、愛する女性を、間もなく自らの子になる少年を犠牲にしてまで叶えたいとは思えない。
 もしもそれが必要であり、自分の家族の為になると言うのならば、この三つの道全てから背を向けることも厭いはしなかった。その結果、オーブ軍内での己の地位が泥まみれになったとしても、だ。
 物語ならば、ここで彼らの提案全てに背を向けて、家族を、子供を権力の魔の手から守り抜く選択をすべきところなのだろう。だが、現実は往々にして物語ほど優しくはない、
 彼の御人らの提案には、すべからく利点が、カナードの為になる部分が存在しているのである。ましてやユウナ・ロマの言を信じるとするならば、あの子がそう時をおかず動乱に巻き込まれるのは既定の事実。それがどれほどの規模なのかはわからないが、彼が、自分の息子がそれに直面した時、一軍人でしかない自分では、それに抗することもできないかもしれないのだ。
 権力者たちの庇護、その力がない限り、我が子を守ることすらできないのだろうか。

 ああ、気に入らない。とてもとても、気に入らない。
 トダカは口の中に広がる苦いものを飲み下し、数瞬だけ目を閉じた。心の片端には、いかにコーディネイターとはいえただの人間にそこまでの力があるものなのか、という疑問もまた存在する。しかしそれなりの附き合いを経て、ユウナ・ロマという子供――最近は彼が多用する『年寄り』という自称への違和感すら摩耗しかけていた――が、嘘偽りでこちらを騙し、自らの権益を強化するような人物でないことは理解していた。
 それがなおのこと、トダカには腹立たしい。

「エレン。君はユウナ様が好きか?」

 自然と口をついた言葉に、隣のエレンが瞳を丸くした。今この場で、そんな質問が飛ぶとは思ってもみなかったのだろう。当然だと思う。何せ、訊ねた自分でさえ、どうしてそれを聞いたのか理解していなかったのだから。

「え? ええと」彼女はしばし困惑で小首をかしげていたが、やがて小さな苦笑を浮かべた。「…ええ、好きよ。子供っぽくないし、頭のねじが外れてるとしか思えない言動をするし、デリカシーのかけらのないことをぽんぽん口にするけれど、とても良い方だってことはわかっているもの。それは貴方も同じでしょう?」
「…そうだな。俺もあの方が嫌いはじゃあない。短くはない時間を共に過ごして、彼の個人としての在り方には共感を覚えている」

 そう、トダカはユウナ・ロマを決して嫌っているわけではない。少々ねじくれているが、彼が彼なりに周りの人間を思いやっていることは容易に理解できる。だが、だからこそ。

「俺も、あの方を好ましく思っている。だが同時に、心の底から嫌ってもいる」

 え、と驚愕の声が漏れ聞こえた。口元に手を当て、まじまじとこちらの顔を眺めやっている。

「まさに、個人の好き嫌いという奴だ。あの方の御気性や御人柄は嫌いじゃあない。だが、考え方、在り方は気に入らない。あれは俺にとって、相容れない生き方だ」

 今回の、まるでカナードを駒のように扱う件だけではない。ユウナ・ロマのこれまで為してきたこと、行動、それらが何らかの意味を持っていることは、その姿を近くで見てきたトダカも理解していた。意味、即ち行動の中心ことわからないものの、彼が一貫したものを有していることも、だ。
 そしてそれ以上に、トダカはユウナ・ロマの根底にある一つの感情を知った。知ってしまった。

「あの方は、全てを諦めている」
「…どういうこと?」
「そのままの意味さ。あの方は何に対しても希望を持ってはいないんだ」

 あの幼き瞳に映る底知れぬ混沌。行動の端々からにじみ出る、言いようのない全てへの不信。それこそが、ユウナ・ロマという人物の根源だ。

「物事はこうである。仕方がないからこうしよう。あの方はいつもそれだ。立ち向かうべき何かを絶対のものとして扱い、それを前提に対応策を練る。決して正面からぶつからず、物事の道理を変えようとしない。ただあるがままに、流されるがままに生きている。それが俺には、何よりも腹立たしい」

 カナードに与えられた過酷な運命。ユウナ・ロマはそれを知り、今回のコペルニクス息を定めた。あの幼子の歩みの先に待つ、逃れようのない悲劇に『対応』するために。
 そう、悲劇を『避ける』ことも、『戦う』こともせず、ただただ線をなぞるがごとく、既定のものとして扱っているのだ。
 まるで、立ち向かうことなど、できるわけがないと決めつけているかのように。

「あの方が事あるごとに口にする、『年寄り』という言葉。まさにそれだよ。ユウナ様は、自分の身の丈をあまりにも忠実に守っている。まるで自分が、既に終わったもののような考え方をしている。だが、そうじゃないだろう? 俺は、俺たちは」

 人間の持つ無限の可能性、それに対してユウナ・ロマは目をそむけ、そしてあまりにも悲観的な見方しかしていなかった。自身が前途の開けた、子供であるにも拘わらず、だ。
 まるで何もかもに、意味などないと言わんばかりに。
 きっと今、彼が着手している諸々のことも、将来起こり得る何らかの出来事への『対応策』なのだろう。それに対する回避でも、克服でもなく。
 それができる力を、彼は有しているはずなのに。自分よりも遥かに遠くを見渡せる目を、持っているはずなのに。高みにいながら、トダカが手をかけられる場所にありながら、彼はそれをしよとしない。
 こうである、という己の限界を、彼の御人は勝手にきめてしまっているのだ。あるいは、身の丈と言うものを知りぬいているからか。

「エレン、俺は諦めないぞ」

 ぎゅっと拳を握りしめる。眼前に広がる三枚のプレート、その全てを手に収め、身体中に燃え広がる熱を舌に乗せて吐き出した。
 意味はある。正義もある。かつて人類社会が一度も悪を己に任じたことがないように、人の持つ善は確かに存在した。決して、生きることは無駄ではない。

「俺は立ち向かう。あの方のように、何もかもを諦めたりはしない。今はそれに従ったとしても、決して戦うことを否定なんか、してやるものか」

 トダカはユウナ・ロマが好きだった。そして同時に嫌いだった。複雑に絡み合った、二律背反は、しかしまごうことなき自分の本心だ。
 これは宣戦布告である。可能性を否定する『老人』であり『公人』たるユウナ・ロマへの。そしてユウナを、あのひねくれものの自分の家族を苦しめる、何か大きな存在への、抗いの意思。
 握られた拳が、暖かなものに包まれる。エレンが、悲しそうに、けれどどこか嬉しそうに微笑んでいた。自然と彼女の肩を抱き、己に寄せる。

「負けてなど、やらない。絶対に」

 この愛する女性を、愛しい息子を、そして敬愛し、憎悪する大切な主を。
 守る。絶対に。それがトダカの何にも代えがたい願いであった。







『止めるんだ、黴菌男!』
『現れたな、餡麺麭男!』

 UFOに乗った菌の化け物と、アンパン型超兵器が緊張感のかけらもない戦いを繰り広げていた。飛行力学とか生物学とか、そう言ったものを一切合財無視したそれを、きらきらと瞳を輝かせて――と言っても表情は全く変わっていないが――観覧する子供が一人、手に汗を握ってソファにその小さな体を沈めていた。
 両端には自分と、和服風味の侍女が同じくすわって、大画面に映る両名の死闘(笑)を、おやつなどかじりながら見守っている。ちなみに本日の甘味は、セイラン邸のコックが腕によりをかけたあんぱんであった。ガラスの卓のど真ん中に、てんこ盛られたそれを、ユウナは無造作につかんで一口かじる。こしあんがほろりと崩れ、上品な甘みが口いっぱいに広がっていく。

「やっぱり餡麺麭男を見るときは、あんぱんと牛乳だよね」
「私にはわかりかねる概念です」

 古代アーカイブスから発掘した、由緒正しき子供向けアニメを見ていると言うのに、夢も希望もない侍女である。ユウナは静かにため息をついた。

『餡拳!』
『黴々菌ー!』
「というかお二人とも、こんな時間そんなものを食べて、お夕食が入らなくなっても知りませんよ」
「堅いことをお言いめさるな。たまには、こういうのも良いでしょうよ。ただでさえ今日は頭使って疲れたんだから、一休みくらいしたいんだ」

 ほう、といささか大きくなりすぎたため息をついた。疲労が脳にこびりついているかのように、全身が重く思考の回転も緩やかだ。

「ああ、本当に疲れた。特に最後が」

 とりあえず愉快なジョークを飛ばしてくださった獅子殿に「寝言は寝て言え」を糖度二百パーセントのオブラートに包んでお返しし、藁人形に五寸釘を打つなどしてストレスを発散したが、どうにもこうにも体のだるさが取れなかった。
ともすればあの威厳あふるる御尊顔に拳叩き込みたくなる衝動を抑えきった反動であろうか。はたまた怒涛のごときアビーによる嫌がらせと暴力による物理的な疲労が原因か。いずれにしても、夕食まで惰眠を貪りたくてたまらない。

「それで、どうなさるのですか?」

 何を、とは聞かなかった。ユウナは口を開く代わりに、あんぱんをむんずとつかんで口に放り投げる。おやつを取られまいと頬をぱんぱんにしたカナードが新しい一個に手を伸ばそうとしたのを、ぽんと窘めた。のどに詰まるから落ち着いて食べなさい、とその小さな手をしっかり握る。別の意味で幼児の頬がぷくりとなった。

「どうするもこうするも、お断りするに決まってるでしょう。カガリ姫との婚約なんて、メリット云々考える以前に地雷としか思えんよ」

 というかこの段階でわざわざ婚約話を持ち出すこと自体が不可思議であった。その数分前まで子供の政治利用を嫌うような発言をばかましていたはずなのに、舌の根も乾かぬうちに政略結婚とはこれいかに。いや、むしろこれは政略の部分を取っ払った話だというアピールか。そうだとするなら、そうでないよりもなお厄介だ。

「何を考えてるんだろうねえ、ウズミ・ナラ・アスハ。ここまで読めないと、いっそ清々しささえ感じちゃう」

 怖い人だ、と思う。今日、私人ではなく公人としてのウズミと初めて相対したユウナは、政治家としての彼の恐ろしさをまざまざと感じ取っていた。

「そもそも、今日我が家に訪れた理由すら不透明っつーのが、もうね。徹底しているとしか思えない」
「婚約者(笑)を見定めに来たのではないのですか?」
「婚約者の部分にそこはかとない悪意を感じるのは、気のせいじゃないよね、絶対。…多分、それも理由の一つ、だと思うよ。問題は、事がそれだけにおさまらないってとこ」

 と、そこでくいくいと袖が引っ張られた。カナードが瞳に不満の色を浮かべて、じっとこちらを見つめていた。「うるさくて、きこえない」そう洩らす幼児に、ユウナは無言でワイヤレスヘッドフォンをかけてやる。クリアな音声に満足した彼は、再びあんぱんの世界へと回帰していった。

「先の会談を持った目的、ですか?」
「ただ単にセイランやサハクの動きをけん制しに来た、と考えるには、ちょっとばかしトダカ一家への働きかけが弱すぎるんだよね。あの方が本気でカナードの中立化を狙っているのなら、もっと本腰を入れて行動しているはずだもの」

 あれじゃあ、ただ単にアスハ・サハク両家のたくらみを教えて、注意を促しただけではないか。それが信用を得るための一歩に過ぎない、という考えもあるが、それならばあまりにも悠長すぎる。カナードの月留学は、すでに秒読み段階なのだ。

「果たしてウズミ様は、自分の策を実行に移す気があるのかな?」
「そうでないなら、何故ウズミ様はあんなことを?」
「一応、いくつか考え付くんだけど……」ユウナは眉根を寄せて首をすくめた。「あまり当たってほしいという部類のもんじゃないね。…いや、僕としては当たった方が都合いいのかな? でもなあ」

 ぶつぶつと呟いていたら暴力侍女にあんぱんを口に突っ込まれた。とりあえずもごもごと咀嚼を開始する。餡の部分に舌が触れ、上質な甘みを存分に噛みしめようと――

「カプサイシいいいいいいいいいン!」

 激痛が走った。餡の味を舌の受容体が感じ取った瞬間、凄まじい刺激と共に神経を焼きつくさんばかりの衝撃が全身を駆け巡る。

「いだ、から、いだ、ひらいひらいいいいいい!」
「ユウナ様のためにと心をこめて作りました。濃縮ハバネロソース入りの愛情あんぱんです。辛さ八百九十万スコヴィルの世界を存分にお楽しみください」

 全身から汗が吹き出し、ユウナは我慢できずに床でのたうちまわった。もはや辛いではなく痛いである。死ぬ、これ冗談抜きで舌が腐る。
 あまりの痛さに呼吸すらおぼつかなくなっていて、冗談抜きで三途の川が見え始めた。つい何年か前に大往生した時出会った、川辺近くで子供をいじめていた鬼が顔面を蒼白にして尻もちをついているのが見える。石崩してげらげら笑ってたのを見て、つい出来心でぼこぼこにして尻の穴にこん棒突っ込んだことを、未だに根に持っているのだろうか。なんだよー、仕事だからって子供いじめるとか、やっていいことと悪いことくらいあんだろー。自業自得だよ、自業自得。

 ていうか八百九十万スコヴィルって何それ、馬鹿なの? 殺す気なの? 世界一辛く、健康障害すら覚悟しなけりゃいけないヤンキーどものザ・ソースでさえ七百万ちょっとなのに、それ越すとか、ヤる気だ。この小娘。全身の悪寒を抑え込みながら、ユウナは涙を垂れ流した。冗談抜きでこっちのタマを狙っている。
 もはやしゃべることすらできないこちらの醜態を見て満足したのか、アビーはチーズの塊を口に押し込んでくれた。乳製品のカゼイン様がカプサイシンの野郎と結びついたおかげで、少しだけ楽になってくる。
 ぜいぜいと肩で息をしているユウナを、カナードが不思議そうな眼差しで見やっていた。高品質のワイヤレスヘッドフォンは外部の音声を完全に遮断しているらしく、先の大騒ぎも聞こえていないようである。

「今、明確な殺意を感じた」

 睨みつけるようにアビーを見やると、この小娘は悪びれもせずさらりとユウナの抗議を受け流した。

「いいえ、愛です」
「愛が重い」

 どうしよう、この娘。おじいちゃん素で将来が心配になっちゃう。

「それで、何をそんなに悩まれることがあるのですか?」
「この小娘、自分で逸らしておきながら無理やり話を戻しおった」

 足を踏みぬかれた。痛みで悶絶しているユウナを、下手人は氷のような視線で綱抜きながら、もう一度同じ質問を投げかけてきた。どうしよう、あまりの扱いの悪さに泣きそうだ。

「…今日の一件、ウズミ様にとって僕らにそれを伝える事自体が目的だったんじゃないかってことよ」

 きっと言っても無駄なんだろうな、と悲しいまでの立場の弱さに涙する。牛乳でさらなるカゼインを補給し、ユウナは肩をすくめた。

「アスハ家、サハク家、その他幾つもの国内勢力が、この子の政治利用をもくろんでると知ったら、コペルニクス留学を考えていた僕らはまず何を考えると思う?」
「予定の繰り上げ、早期の留学実現です」
「そ、つまりセイラン家のカナードに対する影響力保持のための諸々の行動、そしてキラ・ヤマトとの関係構築を急ごうとするわけだね」
「…それがウズミ様の目的だったと? …いいえ、むしろ」

 さすがに頭の回転が速いお嬢さんである。オーブの獅子と謳われるまでの大政治家という要素、実際にあった人物像、そして本日の彼の発言からこちらの言いたいことを速やかに察したようだ。

「どれでもよかった。そういうことなのですね」
「だろうねえ。まあ、あの方の立場からすれば、ある意味当然なんだろうけど」

 結局のところ、そういうことなのではないかと思う。ウズミが持ってきた情報と選択肢、それは否応なくユウナの戦略に多大な影響を与えるものだった。事実、ウナトとも話し合った結果、予定よりも早く月留学は実行に移されることが内々に決定されている。獅子の一手によって、こちらは受動的な行動を強いられることになった。

「父上の話じゃ、今日はコトー・サハク殿とも一緒に昼食をとったらしいよ。ご丁寧にウズミ様と二人で食事に誘ってきたんだってさ」
「…あらかじめコトー氏との間にも、何らかの接触を持っていたと言うことですか」
「それが何なのかはわかんないけど。ああもう、面倒だなあ」

 コトー・サハク、つまりカナードを巡って争う一派の上層との取り決め内容は定かではないが、彼との繋がりを強調するような真似をしたことの意味は大きい。ユウナはため息をついた。もうここまで来ると、その意図はある程度輪郭を持って浮かび上がってくる。
 ユウナはパンをもそもそと食べ続けている子供の頬をつつき、遣る瀬ない息を吐いた。

「この子という『権益』を巡る派閥闘争の牽制。つまりそういうことでしょう」

 事情を知らぬものが聞けば一笑に付しそうなその内容に、しかしアビーは深く頷いて同意の意を示した。普通に考えれば、たかが子供一人のためにオーブ屈指の名門がぶつかり合うなど狂人の無双でしかない。しかしながら、先の会談でも述べたが、スーパーコーディネイターの力は国家間のバランスすら崩しかねない強大なものである。それを知っているものからすれば、カナードは非常に魅力的な権益であり財産なのだ。そう、多少の血や労苦をささげても惜しくはないというほどの。
 ふん、とこみ上げてくる不愉快な感情に、ユウナは鼻を鳴らした。自分もまた駒として使っている側にもかかわらず、身勝手と知りながらもわき出る苛立ちは止めようがなかった。だが気に入らないからと言って目をそむけるわけにもいかない。現実逃避の代償は、下手をすればこの小さな子供の未来かもしれないのだから。
 本当に、我ながら救いようのない下衆っぷりである。つい苦笑が漏れた。

「僕も父上も、そしておそらくコトー・サハクやセレスティン・グロードも『この子の秘密』を重々承知している。セイラン家、サハク家というオーブ有数の派閥だけでなく、ロゴスまでもがぶつかりあえば、国内の混乱は避けられないだろうねえ。平時なら――ううん、多少なりとも外が平穏なら、ある程度は許容できたんだろうけど」
「今の国際情勢では、それは致命傷になりかねない、そう判断されたと?」

 だろうね、とユウナは苦笑した。考え方の違いはあれど、セイランもサハクもお互い五大氏族に列せられている家柄であり、派閥のトップという地位についている。である以上、何よりも優先されるのはオーブの国益であるのだから、実際にはそこまで波紋を広げるような争いまではいかない…と思う。
 とはいえ、世の中予想の斜め上に逝くことなどざらである。過去、ほんのささいな小競り合いが、気づけば血で血を洗う全面戦争になった、なんていう事例は枚挙にいとまがない。

「要は、手綱を握っておきたかったってことでしょう。相手のも、僕らのも、そしてこの子のも」
「…では、カガリ姫の御輿入れも?」
「その一面がないわけじゃあないだろうね。とはいえ、あの方の性格を考えれば、あくまでもおまけ要素でしかないんだろうけれど」
「つまりユウナ様の人柄に婿惚れされたということですね。きゃー、ユウナ様かっこいー。ろりこーん」

 うわあ、ちょーむっかつくー。ユウナの頬が思い切り引きつった。無表情で淡々と言われても、馬鹿にされているとしか思えなかった。ていうか御待ちになって。ロリコンはまずい。実年齢的に超当てはまっちゃう。
 まあ、カガリのことは魅惑のでこっぱちボーイに押し付ければ万事解決するはずだ。そのうちこっちでも誘導のための謀略を企てねばなるまい。

「はいはい、そういうのいいから。…しかし、怖いお人だ、オーブの獅子。こっちに人山いくらの予想をしこたま抱えさせて、なおかつ真意を悟らせない。公人としては、付き合いたくないタイプ」
「おまけに、散々こちらの内情をひっかきまわしていかれましたし。大丈夫なのですか? 随分と御怒りでしたよ、トダカ三佐」
「うん、良い怒りっぷりだった」

 けらけらと笑うユウナを、アビーが仕方ないと言わんばかりの目で見ていた。実際、彼の性格を考えると自分のしたことは反感を抱かれずにはいられないものと言えよう。
 だからこそ、いいのだ。

「むしろ、怒って当然とも言えるね。人の親として、自分の子供を道具のように扱われて、気分いいわけないもの」
「どう考えても、嫌われましたね。いえ、前から嫌われていましたから、さらに倍率ドン」
「仕方ないさ。僕と彼じゃあ、性質からしてま逆だから。だからこそ、僕は彼が好きなんだけどね」

 人間である以上、どうあがいても万人に好かれるなんてことは不可能だ。生きている以上、理由のあるなしに関わらず、誰かに好かれれば誰かに嫌われ、その数倍以上の無関心にさらされる。否、そもそも好き嫌いという白黒を明確にすること自体がナンセンスなのかもしれない。
 いずれにせよ、トダカにとって自分は正反対の、苛立たしい存在に見えるのだろう。その程度のことは自覚していた。

「そうであるからこそ、彼なんだよ。あの人は僕の夢だから」

 自分ではない他者。ユウナを肯定せず、対立すら厭わぬトダカだからこそ、何ものよりも深い信頼を抱けた。終点に達してしまった自分を踏み越え、その先に進み続けることのできる彼だからこそ。

「僕は彼に期待してるんだ。遠くない未来、僕みたいな悪党を成敗する、ヒーローになってくれるんじゃないかって」
「ヒーロー、ですか?」
「そ。弱きを助け、強きをくじく。かっこいいじゃない?」

 自分のように、幼い子を駒として扱うような人間を否定し、己の信ずるままに戦うヒーロー。ユウナは彼にそんな子供じみた理想を幻視した。
 ここではないどこかで、国のため、新年のために最後まで戦い抜き、艦と共に海底へと消えていった彼の姿を見たからこそ。遠からぬ先に待ち受ける悲劇から子供たちを守り、導いてくれるヒーローになってくれることを、強く望んでいるのだ。
 世界とは、人間とは、辛く、醜く、残酷である。暖かな理想など冷たい現実の前には無力を露呈するしかないものだった。

「僕だって人間だもの。現実ばっかり見てたら疲れるのは当然でしょう? だから、たまには夢くらいみたいんだよ。それに…」

 それ以上、言葉を継ぐことなくユウナは笑みをたたえて、なおテレビに食い入っているカナードの頬を指でつついた。柔らかな感触と、弾力が人差し指を伝って感じられる。
 さらに反対側からは、アビーの手が子供の頬をこねくりまわし始めた。両側からの圧力に、カナードの顔がつぶれたあんぱんに早変わりする。思う存分ほっぺたをいじりまわし、ユウナは誰ともなしに呟いた。

「だからこそ、世界なんぞにこの子は…この子たちは渡さない。この子らが歩むのは、人が人である証、愛のあふれた光の道なんだから」

 だからこそ、僕は貴方に子供たちを託そう、我が英雄。人の信じる、人の良き部分を有する猛き若者に。
 汚れ仕事は、自分のようなけがらわしい爺の仕事なのだから。
 新しい次に何かを託すことができる。これこそが年寄りの特権であろう。やがて抗議の声をあげたカナードを抱きしめ、ユウナはただ微笑み続けた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.029437065124512