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No.29321の一覧
[0] 【習作】僕ら仲良し家族(機動戦士ガンダムSEED 憑依もの)[牛焼き肉](2011/08/18 23:51)
[1] PHASE0 どこかとおくのおはなし[牛焼き肉](2011/08/18 23:51)
[2] PHASE1 ごろごろーごろごろー[牛焼き肉](2011/08/18 23:53)
[3] PHASE2 人妻が趣味なんじゃない。いい女が人妻なんだ[牛焼き肉](2011/08/18 23:56)
[4] PHASE3 金じゃ、お金様じゃ[牛焼き肉](2011/08/18 23:58)
[5] PHASE4 貴方は何を信じますか?[牛焼き肉](2011/08/19 00:00)
[6] PHASE5 泣け、叫べ! されば与えられるかもしれない[牛焼き肉](2011/08/19 00:03)
[7] PHASE6 月が出た出た月が出た [牛焼き肉](2011/08/21 01:04)
[8] PHASE7 シムシティがはじまるよー[牛焼き肉](2011/08/21 01:08)
[9] PHASE8 花より団子と団子より花[牛焼き肉](2011/09/02 01:16)
[10] PHASE9 スーパー波平タイム[牛焼き肉](2011/08/28 03:10)
[11] PHASE10 蹴ってきた馬を刺身にした気分[牛焼き肉](2011/09/02 01:19)
[12] PHASE11 爺萌え話[牛焼き肉](2012/03/21 16:08)
[13] PHASE12 みんな大好きホワイト企業[牛焼き肉](2011/09/06 02:44)
[14] PHASE13 漬物うめー[牛焼き肉](2011/12/21 23:17)
[15] PHASE14 入管はもっと仕事をすべき[牛焼き肉](2011/09/21 00:36)
[16] PHASE15 お子様から目を離したらだめだぞ?[牛焼き肉](2011/12/21 23:45)
[17] PHASE16 こころのそうびはぬののふく[牛焼き肉](2011/12/22 00:13)
[18] PHASE17 欲求不満は体に悪い。超悪い。[牛焼き肉](2011/12/21 23:10)
[19] PHASE18 くやしい、でも感じちゃう![牛焼き肉](2011/12/22 17:14)
[20] PHASE19 誰得的シャワーシーン[牛焼き肉](2012/03/21 16:11)
[21] INTERVAL1 どこかのだれか[牛焼き肉](2012/03/21 16:11)
[22] PHASE20 あーがいるスタイル[牛焼き肉](2012/05/21 22:42)
[23] PHASE21 ご飯はみんなで食べたほうがおいしい? ありゃ嘘だ[牛焼き肉](2012/05/21 21:46)
[24] PHASE22 ぱらりらぱらりらー![牛焼き肉](2012/06/08 22:48)
[25] PHASE23 ウーロン牛乳さいだあの恐怖[牛焼き肉](2012/08/05 16:59)
[26] PHASE24 あんぱんぼっち[牛焼き肉](2012/08/05 17:08)
[27] INTERVAL2 ネタばれ、超ネタばれ![牛焼き肉](2012/09/30 22:41)
[28] PHASE25 あえてがっかりを回るのが通である[牛焼き肉](2012/10/01 00:42)
[29] PHASE26 もっと、もっと罵って![牛焼き肉](2013/05/29 23:27)
[30] PHASE27 おじさんは、まほうつかい、だからね![牛焼き肉](2013/05/29 23:36)
[31] PHASE28 困った時ー。ミミズでクジラ釣っちゃった時ー[牛焼き肉](2013/05/29 23:42)
[32] PHASE29 サモン・ザ・胃薬[牛焼き肉](2013/05/29 23:53)
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[29321] PHASE19 誰得的シャワーシーン
Name: 牛焼き肉◆7f655480 ID:4a155b5e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/21 16:11
 熱いしぶきが全身に降り注ぐ。

 視界を覆い隠すほど膨らんだ湯気の中を、さあさあと軽やかな音がくるりと踊りまわっていた。全盛期の張りこそ昔日の彼方であるものの、未だ瑞々しいと呼べる肌の上を珠のような雫がつっと線を描く。澄んだ水が汗と共にタールのようにこびりついた疲労を洗い流してくれるような気がして、思わずほう、と気の抜けた吐息が漏れた。

 彼、ウナト・エマ・セイランは蛇口をひねり、若干の名残惜しさを振り切るようにシャワーに別れを告げる。本音を言えば広々とした湯船につかって、柔らかな湯の心地を心行くまで楽しみたかったのだが、残念ながら硬水が基本のこの国においてそれは見ることすら酷な夢であった。それにここはオーブと違い、湯につかるという文化の乏しい場所。きれいさっぱり諦めるのが一番傷の浅い選択肢であろう。
 薄くなってきた頭頂部をしきりに気にしつつ――未だ三十代なのに毛髪の心配をせねばならない自身の遺伝子をウナトは心底呪っていた――残った水滴を拭うと、備え付けられていたガウンをはおった。浴室から流れ出す湿気に押されながら、広々としたリビングルームへ顔を出す。

 一面には、天と地の星々で満ちていた。昼間の不機嫌さはどこへやら、デトロイトの空は満面の笑みを浮かべて遥か天空の輝きを地上に振りまき、また大地も人々の営みを灯火へと変えて静かに煌めいている。
 さすがにデトロイトシティ有数のホテル、その最上階だけのことはあった。賓客用のスイートルームは、その調度やサービスの質の高さもさることながら、工業都市ならではの景観を存分に使いこなし、訪れた客人たちをもてなしている。ロゴス、あの拝金主義者どもから漂う瘴気に疲れ切ったウナトは、もう幾度目かになる感嘆の吐息と共に心のさびを存分に洗い流した。
 冷蔵庫から備え付けのブランデーを取り出すと、いささか乱暴にソファへ身を沈める。グラスに注がれた琥珀の宝石から立ち上る芳醇な香気にうっとりと目を細めた。豊かな味わいと共に舌と喉を焼く熱さを思い切り堪能して、もう一度大きく息を吐く。

「何かつままないと、胃に悪いよ。蒸留酒なんて特に」

 胃の奥に熱を落としたウナトに苦笑を交えた声が掛けられた。主は寝室へと続く扉から現れた息子である。

「寝たのか?」
「ぐっすりと。はしゃぎ疲れてたから、ベッドに入った瞬間夢の中だった」

 つまみつまみー、と冷蔵庫を物色し始めたユウナに、ウナトもまた苦笑を一つ投げかける。人騒がせな幼子を血相変えて探しに出て、戻ってきたら今度は別の意味で顔を青くしていた息子も、ようやく機嫌を直したらしい。
 何か「バカな……! そんな馬鹿な……! この、僕が……! 隠行のゆうちゃんと呼ばれ、数多の敵を恐怖と地獄のどん底にたたき落としてきたこの僕が……! あんな小娘に……!」と世界の終りを見たような顔をして、人目もはばからず落涙していたユウナは、正直言って大変無気味であった。アズラエル家の御曹司やアルスター家の御令嬢と、少しばかり洒落にならない面子と一緒だったことを考慮すれば、ここは是が非でも何があったのか聞きださなければいけないところなのであろうが、聞くどころか何をしゃべりかけても返答すらできない始末であったため、さしものウナトも困り果てていたのである。
 第一、隠行のゆうちゃんとは何ぞや?

「ま、無理もないね。あの子にとっちゃ、初めて同世代の友達ができたんだから」
「…大丈夫なのか? 相手はアルスター家の令嬢なのだろう? それに、アズラエルの御曹司まで…」

 大西洋連邦の高級官僚ジョージ・アルスターは穏健派ながらもブルーコスモスの大物であるし、ムルタ・アズラエルに至っては次期盟主の座すら噂されている人物だ。あの子、カナードをそんな相手に近づけても大丈夫だろうか?

「多少不安ではあるけれど、まあ大丈夫でしょう。今のところオーブとのパイプを失ってまであの子を狙うメリットはないはずだから。会談の方は、そこそこうまくいったんでしょ?」
「まあ、一応な。とはいえまだ予備交渉の段階ですらない。いわば意思疎通と相手側の手札を見極めるための場だ」
「面倒くさいね、外交って」
「当たり前だ。一つの条約を結ぶだけで、どれだけの時間と労力を費やさねばいけないかくらい知っているだろう?」

 実際、新代表首長ウズミ・ナラ・アスハの下構想された、環太平洋経済条約機構は各国の意見調整のため二年以上の歳月を必要としている。というかむしろ、たった二年でここまでこれたと言うのがまず驚嘆すべき現象であり、普通なら五年十年は当たり前、場合によってはそれだけかけたにも拘わらず、交渉決裂すらざらなのだ。これだけ煩雑かつ膨大な国家間利害を整理するなど、常識的に考えれば普通ではない。
 …あらかじめ用意周到に準備でもしていなければ。

「んで、どんな感じだった? 大西洋連邦、もといロゴスの皆々様は」
「基本的には肯定の意見が大半だ。彼らとしても、これらの地域の経済活性は望むところだしな。プラント製品によって散々に打ちすえられた非理事国側のテコ入れとも考えているのだろう」
「やっぱり、市場は欲しいんだねえ」
「プラントとの貿易が年々増加しているのだ。無理もあるまい」

 プラントで作れぬものはなし。近年囁かれているこのフレーズの正しさを証明するかのように、プラント理事国の経済は未曾有の好景気のただ中にあった。良質で高性能の工業機械や豊富な資源が、驚くほどの量と価格でもって流入した結果、理事国の生産力も飛躍的な増加をたどり、企業側はその生産力を受け入れられるだけの市場を血眼になって探している状態である。地域経済の活性化に伴う購買力の増大は、彼らにとってももろ手を挙げて歓迎すべきことだった。
 とはいえ、障害が皆無というわけではない。

「ただまあ、いささか以上に厄介な事になりそうでもあるが。連中、我々が安易に肥え太ることが気に入らぬらしい」
「…例えば?」
「赤道連合、汎ムスリム会議にマスドライバー建設の共同プロジェクトを持ちかけたいそうだ。前者は東アジアが、後者はユーラシアの資本家が乗り気だな。ついでに言えば、東アジアなどカオシュン港の開放に積極的だ」
「すごく…露骨です」

 けらけらと笑うユウナから、実に的確かつ明快な答えが飛び出た。ウナトも非常に頭の痛い問題だった。何せこれは露骨にオーブの権益を侵す重要時だったからである。
この時代、経済圏は地球に留まらず宇宙にまで伸び広がっている。オーブが資源採掘を兼ねた工業コロニーヘリオポリスを有しているように、宇宙はエネルギー資源の枯渇した地球にとってまさに宝庫、フロンティアなのだ。当然豊富な各種資源と経済力に恵まれており、プラント、月面都市群、L4コロニー郡など市場もかなりの規模がある。そのため、これらと経済的接点を持つことは何にもまして重要な事なのだが、生憎と世の中そんなに甘くはない。宇宙を経済圏に収めるためには、非常に大きなハードルが存在した。

 宇宙は遠いのだ。

 まあ、宇宙側からの物資輸送はさほど制約はない。大気圏に突入できる性能を持った輸送船、あるいは降下ポッドが一つあれば事足りるからだ。しかし地上側はそうはいかない。
重力の井戸の底から宇宙の彼方まで大量の物資を輸送するのは、非常にコストがかかる大仕事なのである。通常、宇宙に物を送るためには第一宇宙速度まで加速して、重力を振り切らなければならないのであるが、それをシャトルで行った場合の燃料費は馬鹿にならない。人を乗せた旅客機ならばともかく、恒久的かつ断続的に行わなければならない経済活動には不向き、あまりに不向きであった。
 それ故に注目されたのがマスドライバーである。
 超電導レールによって第二宇宙速度まで加速させ、一気に大気圏の突破を行うこの投射施設は、燃料費や機材維持費の面から非常にコストパフォーマンスに優れている。大量の物資を宇宙に運ぶ天の架け橋は、同量の黄金以上に価値のある存在なのだ。

 だからこそマスドライバーの設置可能な赤道付近の低緯度国家が熱いまなざしで見つめられているのであるが、この便利かつ素晴らしい施設にも欠点があった。
 建造に高度な技術と長い時間、そしてやっぱり金がかかるのである。とはいえ費用対効果の点からいえばシャトルによる輸送よりはるかに低コストであるし、初期投資に見合ったリターンがあるのも事実。だからこそ超大国はこぞってマスドライバーを建造したし、オーブもカグヤだけでなく軌道エレベータなるものにもご執心だ。
 それ故に、空への架け橋を持つ国は非常に高い経済力を有しており、無資源国家たるオーブが貿易立国として栄える事が出来たのも、偏にマスドライバーを保有しているからなのである。

「赤道連合や汎ムスリムへのテコ入れだけじゃないね、これ。脅しかな?」
「多分な。必要以上の儲けを我が国に出させない為の一手だろう」

 そう言ってウナトは眉間をもんだ。
 赤道連合、汎ムスリム共に低緯度地域を領有しており、技術と金の問題さえ解決できればマスドライバーを持つ条件は一通りそろっていた。普通に考えれば、この二国をより有力な市場に仕立てるとともに、カオシュン・ビクトリア以外のマスドライバーを得るための動きと見るべきなのだが。
 しかしオーブにとっては非常に面倒くさいことになる。
 今回発足される経済条約機構で宇宙への道を持つのはオーブ一国だけということを考えれば一目瞭然だろう。ことにプラント工業製品の関税引き下げを声高に叫んでいるオーブを見れば、その狙いを類推するのはさほど難しくない。

 端的に言うと、オーブは対プラント貿易の中継窓口になりたかったのだ。

 プラント側の各種製品はオーブを通じて条約機構加盟国へと流れる。反対に加盟国からプラントに向かう物品も、マスドライバー関係からやはりオーブを通じて宇宙へと送られるのだ。
 こんな流れをつくれば、当たり前だがオーブはものすごく儲かる。何せ窓口は一つしかないのだから、皆カグヤを選ばざるを得ないという仕組みなのだから。
 勿論、オーブ一人勝ちの状態は諸国からいらぬ怨みを買うだけなので、利益配分には気を使う必要はあろうが、諸国としてもこれまで欲しくて欲しくて叫びまくっていた、プラントの優れた製品を手に入れられるという確固たるメリットがある。ただ、他よりちょっとだけオーブが得をする仕組みであるだけだ。

「それがロゴスには気に入らない、と。いやあ、すごいすごい」

 しかしここで赤道連合や汎ムスリムにマスドライバーを持たれてしまえば、たちまちその構造自体が絵に描いた餅へ転ずる。南アメリカ、強いてはパナマ港の参入はまだいい。未だ南米は経済条約に加盟しておらず、また加盟するにしても距離的な関係で、南太平洋近隣の諸国はカグヤ港を多用することになるだろう。第一、パナマは大西洋連邦という巨大経済圏に包括されており、また共同管理という名目の下、その権益の多くは北米の企業が握っている。新規参入の幅は狭いはずだった。だが、彼の二国――ことに赤道連合はオーブと同じく南太平洋に属する国家であり、マラッカ海峡など海上交易の要衝を握る海運国だ。おまけにエネルギー資源こそ枯渇しているものの各種の鉱床にも恵まれ、周囲はぐるりと有力市場という地政学上本気で羨ましい――まあ、国防的にはドン引きなのだが――場所にある。こんな国が宇宙交易に参入してくるなど、オーブにとって悪夢以外の何物でもなかった。
 よろしくない。これは非常によろしくない状況である。このまま放置すれば貿易商人たちは三国に分散し、オーブの得られる利益は当初の計画よりも目減りすることとなるやもしれない。

「ただまあ、使えるマスドライバーが増えるってのは、利点もないわけじゃないからねえ。一概に妨害するわけにもいかないでしょう」
「それも計算して仕掛けてきているのだろう。たまらんな、本当に」

 当たり前だが、入口が一つよりも複数あった方が物流はより大きなものになる。環太平洋経済条約機構の有するマスドライバーの数が増えれば増える程、その貿易規模も拡大し、加盟国の経済活動も盛んになるだろう。何より共同開発が成功すればユーラシア、東アジア両国の連携も取りやすくなり、市場参入の機会も増えるのは間違いない。

「それに、マスドライバーが増えれば……」

 ぽつりと、ユウナが苦笑して何事かを口の中で呟いた。しかし後半部分は紡がれることなく、ただ笑みが色濃くなるだけである。
 またそんな顔をするのだな。ウナトはブランデーをあおり、先ほどよりも酒気を強くした息を吐く。

「ユウナ」

 思考の海へ埋没してしまった息子を引き上げるべく、ウナトはことさら強い調子で少年を呼んだ。ユウナは何ぞや? と小首をかしげて瞳に正気の色を宿す。そしてこちらの目をじっと見つめ、ふっと気の抜けた嘆息を漏らした。

「なあに、父上。何か気になることでも?」

 そう言いつつ、ユウナは肩をすくめた。その面差しは静まった水面のように穏やかで、氷柱のように清んでいる。落ち着いた、あまりにも落ち着きすぎたその様子に、ウナトもまた苦笑を浮かべた。
 まるで全て分かっていると言いたげな息子に、そうするしかなかった。
 この国に来る時、空の上にて自身が放った言葉を、頭の中だけで反芻する。親子の会話、というものをするいい機会だと。正直、言いたいことは色々とあった。ユウナが生まれて、育ち、長いとは言えないまでも決して短くない時間がたっている。そしてそれは父たるウナトにとって、とても看過し得ないことの連続であった。
 あふれ出る疑問、不安、夜のように混沌としていて、しかしどこか冷たく清らかな感情。それを載せる言葉に事欠くことはない。数瞬だけ瞑目し、ウナトは槍のように研ぎ澄ました思いを真っすぐに解き放った。

「お前は、何をそう生き急いでいる?」
「…生き、急ぐ?」

 笑みを湛えていたユウナの仮面に、小さなひびが入った。何を言われたのか分からないといった風に小首を傾げ、ただただ幾度かウナトの言葉を反芻する。まるで予想していなかった、と言わんばかりのその有様は、やはり彼がそれに気づいていなかったことの何よりの証左と言えた。
 きっとこの息子は、ウナトの質問をあらかじめ予想しそれに対する回答を用意していたのだろう。洋上の機内から二日、多くはないけれど考える時間はそれなりにあったはずだ。
 年齢に似合わぬ思考、態度、湯水のごとく金を注いで行っているよくわからない事業。訊ねられる種は無数に存在するが、それでもウナトがまずもって聞きたかったこと、聞かねばならなかったことがそれだった。

 ユウナ・ロマはあまりにも生き急いでいる。

 余裕がないわけではない。焦っているというのでもない。むしろ余裕過ぎて人によっては怠惰にさえ映りかねない抜けっぷりである。しかし、それでもどこか行動のはしばしに、何かに追い押されているかのような圧迫を受けているように見受けられるのは、多分ウナトの気のせいではあるまい。

「正直に言って、お前が何を考え、何を為そうとしているのか私にはさっぱりわからない。だがな、ユウナ。お前は間違いなく何かに急かされて生きている。まるで背中に刃物でも突き付けられたかのように、必死にな」

 ユウナは語らない。目を丸くして、ぱちぱちと瞬きをするだけだ。

「気がついたのは最近だがな。お前のしていることの根底にあるものの正体、母さんはもっと早くから悟っていたようだが、私は随分と時間がかかってしまった」

 なあ、ユウナ。ブランデーで唇を湿らしたウナトは、ただ穏やかに息子へ訊ねた。

「何に、そんなに怯えているんだ?」

 恐怖。それこそがユウナ・ロマの早熟の原因だと、ウナトは考えていた。自分には伺うことすらできぬ何かが、間違いなく息子の精神を圧迫し、何がしかの恐怖へと駆り立てている。ユウナの為すあらゆる行動が、その恐ろしいものに対抗するための攻撃なのだ。
 しばしの沈黙が部屋を満たした。ウナトは一度息子から視線を外し、デトロイトの宝石箱をその瞳に移す。
 大きなため息が漏れた。

「まいったなあ……。僕って、そんな風に見えてた?」
「母さんが嘆いていたぞ。『息子一人満足に救えないのか』とな」
「そりゃ母上に申し訳ないことをしたね」

 たはは、軽く笑うユウナは、やはりいつも通りの彼だ。懐から扇子を取り出し、ぱちりと音を立てる。

「恐怖、恐怖と。ふふ、云い得て妙としか言いようのない感じだよ。確かに、指摘されて初めて気づいた。僕は怯えてたんだね」
「何にだ?」
「死について」

 ぱちりと、また扇子をたたく。

「僕の大事なもの、父上や母上、ヴィンス爺にユリーさん、アビー、ダフト博士、エレンさん、カナード、トダカ一尉、ジャン博士、エリカさん、三爺。ムルタにフレイ。アストレイ研究所の皆。この世界で僕が結んだ多くの人。それを奪い壊そうとするものが、僕は何よりも怖い。恐ろしい」

 ほんの刹那の間だった。

「置いてかれるのは、辛いもんね」

 これまで、ユウナがある程度の年齢に達してからというもの、一度たりとも見る事のなかった感情が、仮面の隙間から顔をのぞかせる。

「もう奪われるのは、嫌だもの」

 痛みと悲しみ。けれどそれはすぐさま常の不思議な笑みに覆われて姿を隠した。
 ウナトは黙した。何を言っていいのか分からなくなったから口を開けなくなったのだ。死が怖い、それは生命の持つ当たり前の感情だ。しかし息子の言いたいことは、単純な意味での生き死にではないことが何となくわかったからだ。

「僕自身は、まあ死ぬのは怖いけれど、さしたる恐怖はないよ。矛盾してるようで、これは偽らざる本音。できれば死にたくなくて、でも必要ならばそれでもいい。意味ある死、なんて贅沢を言う気はないけれど、それでも次へとつなげていくためのそれならば十分受け入れることはできる。でもその『次』を奪われるのだけは、どうしてもだめだ。僕の好きになった人が苦しむのは、許容しかねるよ」
「…それがお前の行動と、どう繋がるのだ?」

 開いて、閉じて、開いて、閉じて。扇子がひらひらと動き、静寂が痛いほど耳を打つ。やがてユウナはもう一度苦笑し、唐突に卓上のブランデーに手を伸ばした。

「お、おいユウナ」

 瓶を満たしていた琥珀の液体が見る見るうちに少年の口へと消えていく。ぷは、と良い感じの吐息を漏らしたユウナは、どこか満足げな空気を漂わせてまた酒をあおる。

「素面じゃ話せないってだけだよ。良くある話、良くある話」
「馬鹿を言うな! 子供がそんな強い酒を――」
「コズミック・イラ七〇、二月七日。アラスカ宣言により大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国が国連に代わる国際機関として地球連合を発足」

 ――飲んでいいわけがない。そう続けようとしたウナトを制して、ユウナはぽつりと呟いた。

「二月八日。アスハ代表の中立宣言により、オーブ連合首長国はあらゆる国家に対する中立を表明。以後オーブはプラント、地球連合両国から距離をとる」
「…ユウナ?」
「二月十一日。地球連合構成国はプラントに対し宣戦を布告。月面プトレマイオス基地より艦隊が出動。二月十四日、ラグランジュ5宙域において地球、プラント両陣営は本格的武力衝突に陥る。そして――」
「待て、ユウナ。一体何を話している?」
「――地球軍内のブルーコスモス派によって持ち込まれた一発の核ミサイルが、農業プラントユニウスセブンに着弾、同プラントはその場にて崩壊し、二十万を超える民間人が犠牲になる」

 一体、息子は何を言っているのだ? ウナトは混乱する頭を必死に整理して、ユウナの奇行とも言うべき様を茫然と見つめた。淡々と語られる話はウナトの想像をはるかに超えるものだった。
 プラントは新型機動兵器モビルスーツによって、物量で圧倒的に勝る地球軍に対抗し、戦線は一年に渡って膠着、その間に宇宙、地上を問わず激戦が繰り広げられた。そして開戦後十一カ月が過ぎた後、オーブ領ヘリオポリスにて極秘裏に開発された地球軍の新型モビルスーツを奪取すべく、プラントがヘリオポリスに侵攻、同コロニーは崩壊、大量の避難民が発生する。
 流れるように移る戦局、ビクトリア港の陥落とアラスカ、JOSH-Aの崩壊。そして――

「C.E七一、六月一五日。地球連合はオーブ連合首長国に宣戦を布告。その翌日にオーブは降伏。政府首脳陣はマスドライバー施設と共に自爆、以後大西洋連邦支配下に置かれることとなる」
「…何、だと?」
「九月二十七日、プラント所有の軍事要塞ヤキン・ドゥーエ攻防戦によって、パトリック・ザラ最高評議会議長、ムルタ・アズラエル国防産業理事が戦死、これを受けて地球、プラント両陣営は停戦に合意。翌年三月二十日に講和条約が結ばれ、約一年半にわたった戦争は終結。けれどそれは単なるインターバルであり、一年後のC.E七三年に両国は再び矛を交えることになる、と」

 ユニウス条約体制の崩壊とオーブと大西洋連邦の同盟、そして戦争の推移、オペレーション・フューリーとそれによるセイラン家の崩壊と、信じられない、否、考えたくもない話が続く。
 長々と良い終えて喉が渇いたのか、ユウナは冷蔵庫から冷水を取り出し、舐めるように唇を湿らせた。ウナトはどう反応していいのかわからず、狼狽しつつも息子の真意を訊ねる。

「一体、何の話だ? それは…」
「あり得たかもしれない未来。そして、おそらく何もしなければあり得るかもしれない可能性のお話」

 要領を得ない息子の台詞に、思わず頭を抱えたくなった。それと同時に、そんな子供のたわごととしか言いようのない与太話を真剣に吟味している自分がいる事に気づく。
 あり得ない。そのひと言が喉まで出かかって、しかし実際に紡がれることなく胃へと戻っていく。理由はユウナがあまりにも真剣に話しているから――ではない。その情景が、語られる内容が、あまりにも生々しく、それでいて決して起こり得ないと言いきることのできないものだったからだ。
 モビルスーツなる新型兵器――確かユウナが研究しているそれだ――はどうかわからないが、プラントと地球諸国の対立と本格的武力衝突はこの時代の政治家であれば誰もが感じ取っている事象である。オーブの中立政策、プラント理事国による軍事同盟、大洋州連合などの非理事国によるプラント支持、そのどれもが各国のお国柄を端的に表しているようで、単なる妄想と決めつけられぬ質感をウナトに与えていた。

「長い話、そう、ちょっとだけ長い話になるよ」

 酔いの回った頭をぐるぐると回しているウナトに、ユウナはぱちんと扇子を閉じて苦笑した。先端を唇にあてがい、ひどく乾いた笑みをたたえる。

「僕自身望んだわけではないし、そのことを己の罪と断ずるのは傲慢とは思う。でも、申し訳ないという思いだけは消せない」
「ユウナ?」
「ずっと、言えなかった。いんや、言うのが怖かった、のかな。誰かに嫌われるのって、やっぱり痛いからね」

 その苦笑はあまりにも静かで、ひび割れていた。触れればたちまち割れてしまうガラスのような息子に、ウナトは二の句を継げずに唇だけを動かす。

「あったであろう可能性。こんなはずではなかった未来。本来あるべき『僕』を、貴方達の大切な息子を奪ってしまったこと。それだけは、本当に。申し訳なく思ってる」
「…何?」
「全部、話す。そしてその結果、父上が――貴方がどのような決断を下したとしても、僕はそれを受け入れる。怨まれても仕方のないことであるのだから」

 疲れたように、ユウナは大きく息を吐いた。そしてまたブランデーをちろりと舐めて、くっと目を閉じる。

「ね、父上。魂ってどこにあると思う?」

 そして、長い夜が始まった。


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