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No.29321の一覧
[0] 【習作】僕ら仲良し家族(機動戦士ガンダムSEED 憑依もの)[牛焼き肉](2011/08/18 23:51)
[1] PHASE0 どこかとおくのおはなし[牛焼き肉](2011/08/18 23:51)
[2] PHASE1 ごろごろーごろごろー[牛焼き肉](2011/08/18 23:53)
[3] PHASE2 人妻が趣味なんじゃない。いい女が人妻なんだ[牛焼き肉](2011/08/18 23:56)
[4] PHASE3 金じゃ、お金様じゃ[牛焼き肉](2011/08/18 23:58)
[5] PHASE4 貴方は何を信じますか?[牛焼き肉](2011/08/19 00:00)
[6] PHASE5 泣け、叫べ! されば与えられるかもしれない[牛焼き肉](2011/08/19 00:03)
[7] PHASE6 月が出た出た月が出た [牛焼き肉](2011/08/21 01:04)
[8] PHASE7 シムシティがはじまるよー[牛焼き肉](2011/08/21 01:08)
[9] PHASE8 花より団子と団子より花[牛焼き肉](2011/09/02 01:16)
[10] PHASE9 スーパー波平タイム[牛焼き肉](2011/08/28 03:10)
[11] PHASE10 蹴ってきた馬を刺身にした気分[牛焼き肉](2011/09/02 01:19)
[12] PHASE11 爺萌え話[牛焼き肉](2012/03/21 16:08)
[13] PHASE12 みんな大好きホワイト企業[牛焼き肉](2011/09/06 02:44)
[14] PHASE13 漬物うめー[牛焼き肉](2011/12/21 23:17)
[15] PHASE14 入管はもっと仕事をすべき[牛焼き肉](2011/09/21 00:36)
[16] PHASE15 お子様から目を離したらだめだぞ?[牛焼き肉](2011/12/21 23:45)
[17] PHASE16 こころのそうびはぬののふく[牛焼き肉](2011/12/22 00:13)
[18] PHASE17 欲求不満は体に悪い。超悪い。[牛焼き肉](2011/12/21 23:10)
[19] PHASE18 くやしい、でも感じちゃう![牛焼き肉](2011/12/22 17:14)
[20] PHASE19 誰得的シャワーシーン[牛焼き肉](2012/03/21 16:11)
[21] INTERVAL1 どこかのだれか[牛焼き肉](2012/03/21 16:11)
[22] PHASE20 あーがいるスタイル[牛焼き肉](2012/05/21 22:42)
[23] PHASE21 ご飯はみんなで食べたほうがおいしい? ありゃ嘘だ[牛焼き肉](2012/05/21 21:46)
[24] PHASE22 ぱらりらぱらりらー![牛焼き肉](2012/06/08 22:48)
[25] PHASE23 ウーロン牛乳さいだあの恐怖[牛焼き肉](2012/08/05 16:59)
[26] PHASE24 あんぱんぼっち[牛焼き肉](2012/08/05 17:08)
[27] INTERVAL2 ネタばれ、超ネタばれ![牛焼き肉](2012/09/30 22:41)
[28] PHASE25 あえてがっかりを回るのが通である[牛焼き肉](2012/10/01 00:42)
[29] PHASE26 もっと、もっと罵って![牛焼き肉](2013/05/29 23:27)
[30] PHASE27 おじさんは、まほうつかい、だからね![牛焼き肉](2013/05/29 23:36)
[31] PHASE28 困った時ー。ミミズでクジラ釣っちゃった時ー[牛焼き肉](2013/05/29 23:42)
[32] PHASE29 サモン・ザ・胃薬[牛焼き肉](2013/05/29 23:53)
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[29321] PHASE15 お子様から目を離したらだめだぞ?
Name: 牛焼き肉◆7f655480 ID:4a155b5e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/21 23:45
 大西洋連邦有数の工業都市デトロイト。かのヘンリー・フォードによって自動車工場が開かれた後、自動車工業を中心として発展した大都市である。石油燃料が枯渇した後もエレカの一大生産地として知られ、また随所に国際的な博物館などの置かれた歴史の地としても有名だった。
 のべ十三時間に及ぶフライトによって現地時間の朝に到着したセイラン御一行は、時差とか長旅の疲れとかでへろへろになりながらも首都ワシントンで外交官らの歓迎を受けて一日を過ごし、その後デトロイト・メトロポリタン国際空港へとやってきていた。

「気持ち悪。時差気持ち悪……」

 専用リムジンの中でユウナは頭を抱えていた。オーブとの時差は約十二時間、今が現地時間で昼の一時であるから、向こうでは丁度深夜一時となる。夜の早い年寄りはとっくの昔に眠っている時間であった。一応昨日のホテルで寝ようとしたのだが、体内時計の狂いで全く眠れていない。明るいのに眠い、眠いのに眠れない。基本的に睡眠をすこぶる愛するユウナにとって、この状況は地獄以外の何物でもなかった。おまけに昔から海外旅行などでは大抵へばっていたことをすっかり忘れていたため、何の対策もしていない。辛い、とてもとても辛い。
 柔らかなシートに身を沈めて、ユウナは瞳だけで隣でやはり車窓にへばりついているカナードを一瞥した。昨日お尻叩き三十発の刑に処したことで、久方ぶりに大きな泣き声を発したこの幼子は懲りた様子も見せずに外の風景を凝視している。途中手が痛くなったりウナトがドン引きして寛恕を請うたりしたが迷わず完遂、我ながら良い仕事をしたと思っていた。

 まあ正直な話、帰国したら怒り狂ったエレンのさらなるお仕置きが待っているのだから手を抜いてもいいかな、とも思わないでもなかった。昨日ホテルから通信した時のあの憤怒の呻きは並みではない。遥か彼方にいるはずの自分すら背筋が寒くなったほどである。怒っていた。何の関係もないユウナをして空中三回転土下座すら辞さぬ構えにさせるくらい怒っていた。
 ともあれそれは無理もない反応であろう。ほんの少し目を離したすきにかき消えた息子を探すべく相当な体力と気力を消耗していたようであったから、その怒りももっともと言えた。母は強しとはよく言ったものである。
 とはいえ、このプチ家出騒動の原因を聞けば誰でもそうなるかもしれない。はっきり言って尻叩き執行後被告の発言を得た際の脱力感は今なお健在であった。いわく「がいこくのおいしいものがたべたかった」である。

 食欲、完全なる食欲だった。これが置いていかれるのが寂しかった等の可愛げあるものだったならば、まだ同情なり情状酌量の余地なりがあろう。しかし現実は非情、ユウナとウナトは大西洋連邦の大味な食事に負けたのである。ちなみにこの証言によって追加刑として夕ご飯は一人だけ北米のマズ飯に変えられることとなった。先の刑ほど派手ではないが、幼子が涙目になったことを追記しておく。
 と、そんなことをつらつら考えつつぼうっと頭を緩めているうちに、リムジンが馬鹿でかい鉄門をくぐり抜けた。その瞬間、まるで世界が変わったかのような錯覚を受ける。どちらかと言えば殺伐とした印象のデトロイトから、色とりどりの花々や草木の織りなす幻想的な風景への華麗な転換だった。よほど腕のいい庭師がいるのだろう。窓に張り付いていたカナードから無言ながら猛々しいオーラがほとばしった。なにこれこわい。

「父上、僕ホテルでニートしてちゃだめ?」
「…駄目に決まっているだろう。というか、お前が帰ったら誰があの子の面倒をみるのだ?」

 私では止めきれんぞ。今にも飛び出しかねない黒髪の子供を見てウナトがため息をついた。ユウナもまた困ったように吐息する。
 本当ならホテルに残しておきたかったのだが、諸々の理由によってそれはかなわなかった。今回の訪問では護衛こそいるものの五歳の子供を世話できる人材が皆無だったのである。当たり前だがカナードを連れていく予定でなかった以上、子供の世話ができる人間を連れていく必要がなかったからだ。ちなみに、おいおい僕も子供だろうしていうかそんな公式の場に連れて行く気なのかよ、と言ったら何故か鼻で笑われた。ガッデム。
 まあそうである以上、周りの護衛もウナトとユウナを守る職務がある。子守りのために護衛対象から離れるなど論外であった。となると現地で紹介してもらえればいいとも考えたが、これもそうはいかない。言うまでもなくカナードがコーディネイターであることが原因である。昨今の大西洋連邦は絶賛ブルーコスモスブーム。政府高官から一般民衆にいたるまで、かなり広い範囲で思想が浸透しかかっているのだ。雇ったお世話係が「青き清浄なる世界のために!」とか叫び出したら笑い話にもならない。
 というわけで、実はブルーコスモスの総本山たるアズラエル家に連れて行った方が安心、とかいう笑えない状況がここにあった。大西洋連邦…恐ろしい子。

「ようこそ、ウナト殿。お待ちしておりました」

 玄関先に止められたリムジンを降りると、そこには二人の初老の男と一人の青年、そして大勢の侍女たちが待ち構えていた。

「これはこれは、アズラエル理事御自らお出迎えいただけるとは恐縮です」
「いえいえ、遠路はるばるお越しくださったお客様を迎えるのはホストとして当然のことです。どうぞお気になさらず」

 くすんだ金髪の男、大西洋連邦国防産業連合理事ブルーノ・アズラエルがにこやかな顔でウナトと握手した。その隣、セレスティン・グロードも父を歓迎する言葉を発する。

「長旅お疲れ様でしたな、ウナト殿。ご子息もお元気そうで。私のことは覚えているかな?」
「はい、セレスティン殿。ご無沙汰しております」
「大きくなられましたな。確か今年で八つになられたとか。いやいや、聡明な後継者殿だ、羨ましい限りです」

 見え見えのお世辞をありがとう。内心だけで舌を出す。彼らの瞳に何か値踏みをするような色を感じ取ったが、ユウナは気づかぬふりをして無邪気な笑顔を浮かべた。
 警戒、興味、疑心。そうした感情を明確に感じ取る。まるで一挙一足すら観察されているような感覚はあまり愉快なものではなかった。ち、と舌打ちしたい気分になる。どうやらあちらは、自分を単なる子供とは見てくれていないようだった。これは少し、動きにくいかもしれない。

「そちらの男の子は? 随分と可愛らしいですなあ」
「ああ。この子は当家で色々と世話をしている人物の子供でしてね。本当ならば連れてくる気はなかったのですが、息子が一緒でなければ嫌だとあまりにも駄々をこねるもので…」
「ごめんなさい、父上……」

 ナイスだウナト。頭を下げつつも思わず喝采をあげそうになった。実父から噂を裏付けるかのような話を聞かされれば、このオヤジどもの警戒レベルも下がるかもしれない。ユウナはほんの少しだけ期待してホストたちの顔色をうかがった。
 果たして、探るような瞳はますます強くなっていた。ちょ、おま…と叫ばなかった自分をほめてやりたくなる。どうしてここでレベルが下がるのではなく上がるのか。ユウナにはさっぱりわからなかった。…否、予想はできるがわかりたくなかった。
 ふと、彼らの傍らに立っていた青年から強い視線を感じた。自分に向けたものではない。さっと撫でるように彼の瞳を追い掛けると、その先にいたのはカナードだった。睨むような細められた目。
 …これま少しまずったかもしれない。乗せられた感情を読み取ったユウナは、やむを得なかったこととはいえ自分の行いが想像以上に失策であったことを悟らざるを得なくなる。
 青年の抱いていた感情。それは強い嫌悪と嫉妬だった。この小さな子供をまるで醜い化け物を見るかのごとき一瞥が、ある一つの事実を知らしめている。
声を出すことなくユウナは舌打ちしたい衝動を抑えた。
 彼は――否、おそらく彼らは、カナードがコーディネイターであることを知っているのだ。問題はそれ以上のことを連中が知っているかどうかなのだが、残念ながらそれを確かめるすべは自分にはない。

 こんなブルーコスモスの巣窟でコーディネイターだということがばれるなど悪夢以外の何物でもないが、それ以上にユウナの心胆を寒からしめる心配事があった。それはどの深度まで男たちが情報を握ることができたかである。これがオーブ移民局のデータベースのものであれば問題はそこまで深刻ではない。しかし、もしもコロニーメンデルのデータを照会されているのだとすれば事態は最悪の展開へと転がり落ちる。この子がスーパーコーディネイターだと気づかれれば、もはやカナードは普通の生活には戻れなくなるだろう。
 否、そもそもだ。どうしてカナードの事を調べた? 確かにこの子はセイラン家に出入りしているが、それはあくまでユウナの個人的なつながりに留まるレベルである。今回の事でセイラン周辺を洗ったとしても中心はあくまでウナトのはずであり、血統的に何の縁もないカナードの事を調べるのだろうか。

 何故気づかれた? 目的は何なのか? 彼らの目的が一切見えないことが、少しばかりユウナを苛立たせる。ポーカーフェイスを作れたことは奇跡だった。どうにか外見だけは平静を保つことに成功する。カナードに挨拶させると、ブルーノとセレスティンは少なくとも表面上は穏やかに見える対応を返した。

「ところで、アズラエル理事。そちらの方はもしや…」
「ウナト殿にご紹介するのは初めてでしたな。これは私の愚息でムルタと申します」
「ムルタ・アズラエルです。はじめまして、ウナト殿」

 少しだけ唇の端をあげた青年――ムルタは気障な動作でウナトに握手を求めた。人を食ったような印象を受けるが、不思議と慇懃無礼な感覚はしない。
 ムルタ・アズラエル。その名を聞いて抱いたのは、やはりという納得感だった。どことなくブルーノに似通った空気を持ち、コーディネイターに嫌悪の情を表す青年。少なくともユウナは彼以外に該当する人物を見つけ出せずにいた。そしてそれは正解だったようである。
 畜生家に帰って丸くなりたい。カナードの手を握りながら歯がみした。お腹痛いとか言ってホテルに帰るべきか、しかし今ウナトから離れる方が逆に危険とも言える。頭を高速で働かせたが、打開策は出てこなかった。そうこうしているうちに、ブルーノが自邸へと自分たちをいざなう。

「皆、ウナト殿をお待ちかねです。さあさあ、こちらへ」

 結局ユウナにできたことは、今にも庭園に向かって飛び出そうとするこの子供の手を強く握ることだけであった。ガッデム。







 本当にデトロイトか、と疑う程、そこは綺麗に整えられた場所だった。アズラエル邸の中庭に面したその一角は広いテラスとなっていて、白を基調としたガーデンテーブルが幾つも設置されている。ガラス張りの天井からはさんさんと太陽の光が降り注ぎ、明るくさわやかな雰囲気がふっと頬を撫でるかのようにたゆたっていた。
 既にかなりの人数がテラスに集まっており、各々が茶を傾けて雑談に興じているように見えた。いずれも身なりはよく品の良い笑声がそこかしこから上がっている。ユウナたちはその内の一つに案内され、促されるままに腰を下ろした。すると気を見計らっていたかのようにボーイがティーカップを置き、そこに紅の雫をさっと垂らす。柔らかな芳香がユウナの鼻腔をくすぐった。

「さあどうぞ。召し上がってください」

 同じテーブルに付いたブルーノがにこやかな顔で茶を進めてきた。セレスティンは別の席に、ムルタはもともと顔見せだけだったのか、二、三言葉を交わしたくらいで別れてしまった。毒でも入っていそうだ。そんな偏見じみた思いを抱きながらもすっとカップに口づけする。

「これは…」

 ウナトが驚いたように感嘆の呟きを洩らした。ユウナも表に現さないまでもその味わい深さに感心していた。香りもそうだがとにかく味が素晴らしい。入れ方が良かったのか、葉がいいものなのかはわからないが、割と食べ物にうるさいユウナをして唸らせる力がこの紅茶にはあった。カナードの目がきらきらと光っている。

「お気に召しましたかな? これは先日汎ムスリムより取り寄せたダージリンのセカンドフラッシュです。私は大の紅茶党でしてね、毎年これを呑むのが楽しみなのですよ」
「私はさほど紅茶には詳しくないのですが、それでもこれが飛びぬけて良いものだということはわかります。いやはや、こんなのは初めてだ」

 ウナトが茶を絶賛してまた茶を含んだ。ユウナも務めてにこやかな顔を維持し、それにならった。ふとカップに描かれた文様に目を止めた。礼を失しないよう気をつけながら、ソーサーの裏側を覗き見る。青を基調として刻印されているUEの文字、それを確認したユウナはぴくりと眉をはね上げた。

「ゲフレ・ウプサラエクビー……」
「ほう、よくご存じだ。ご子息はこういったものがお好きなのかな?」

 聞き咎められていたらしく、ブルーノが面白そうに微笑んだ。内心で舌打ちしつつ、子供の仮面を装着したユウナは人懐っこく彼の問いかけに答える。

「はい。友達がこういうのを集めていて、色々な物を自慢されましたから」
「なかなか良い御趣味をお持ちの友人だね。大切にして差し上げるといい」

 ゲフレ・ウプサラエクビーは西暦の時代より続くスウェーデンの陶磁器メーカーである。スカンジナビア王国建国後も北欧アンティークとして幅広い層に親しまれていて、事にウプサラエクビーの茶器は希少な品々としてコレクター垂涎の代物なのだ。ユウナもそれなりに数寄者であったため、思わずお持ち帰りしたくなった。

「私もこうしたものには目がなくてね。本当はグスタフスベリやフィッギオも捨てがたかったのだが、今回のお茶受けに合うカップを選んだ結果、こうなったのだよ」

 グスタフスベリは同じくスウェーデン、フィッギオはノルウェーの陶磁器メーカーで、同じくスカンジナビア王国の企業である。何となく意図が読めてきたユウナは、大皿に添えられているクッキーをかじった。さくりと軽やかな音をたてながらも柔らかく甘い。やはり素材がいいのかとても美味である。
 ユウナの考えが正しければ、おそらくこのクッキーに使われた素材の原産地は――

「ああ、やはりこの風味は大洋州連合の小麦でなければ味わえませんな。ウナト殿、御遠慮なさらずどんどん味わってください」
「ありがとうございます、理事。…おお、これはこれは」

 やはり。露骨なまでの嫌みにユウナは危うくポーカーフェイスが崩れるところだった。汎ムスリムの紅茶、スカンジナビアの食器、大洋州の小麦。ここまでそろえられて気づくなと言う方が無理である。
 これらはいずれも今回お呼び出しをされた件、即ち地域経済連合発足がまことしやかに語られている国々の主要産出物であった。おそらくユウナ自身が気づいていないだけで、赤道連合や南アメリカなどの品もどこかに含まれているに違いない。

「私も大概数寄者でしてね。もっとこれらの品々が広まればいいと考えているのですが、何分様々な面でコストがかかる。昔ほどではないにしても、一般家庭で親しまれるにはまだまだ遠い。残念なことです」

 軽いジャブが入った。それと同時に話が本題へと移行したことを場に知らしめる。

「より大勢の市民の方々に幸福を送り届ける。企業としての使命を果たせぬとは、我がことながら情けない。その任を全うしようとしている貴国には頭の下がる思いです」
「ありがとうございます。ですが我が国でも全てがうまくいっているわけではありません。全てを幸せに導かんとしても、それは必ずどこかで齟齬をきたします。神ならぬ人の身では、何もかも完璧に事を成すことは不可能なのやもしれませんな」
「しかし一人でも多くの人々に恩恵をもたらすよう努力せねばならない。ままならないものです」

 表面上はにこやかである。目も笑っているようで、一見して彼らの内情を知ることはできなかった。しかし近くにいるからこそわかるこの張りつめた空気が、目に見えていることとそうでないものの決定的な温度差を表していた。気を紛らわすように茶を含む。少しだけ冷め始めていた。これ以上冷たくなっても風味を殺すだけなので、そのままぐっとあおって嚥下する。
 外交というのは時として恐ろしく迂遠でわずらわしいものがあるのだが、要するに彼らとしては「経済的連携を強めるのならばうちも参入させろ」と言いたいのだ。とはいえ「あんたらみたいな大国が参加したら発展どころか産業衰退しちゃうでしょ」というウナトの突っ込み通り、関税の段階的引き下げを行っている現在、アホみたいな生産力を有する大国の参入など認めれば、後に残るは経済的属国と化した荒れ地だけであろう。それはロゴスとしても本意ではあるまい。

「そういえば理事。ここ最近ますますプラントでの工業製品の製造が活発になっておられるようですが、どうですかな? 使い心地は」
「ええ、おかげ様で順調に生産が進んでおります。つい先日、プラント製のエレカをあつらえたのですが、なかなかの乗り心地ですよ。さすがの技術力、といったところでしょうか」
「それは羨ましい。私どもの製品もそれに引けを取らぬとと自負しておりますが、やはり彼らの力は素晴らしいですな。ぜひともあやかりたいものです」
「ははは、地球でも屈指の技術大国たるオーブのお言葉とは思えませんな」

 となれば、おそらくロゴスの本心は首輪をつけたい、発展に際しある程度の影響力を保持していたいといったところか。南太平洋で経済が活発化すれば、その分だけ市場規模も増大する。今後ますます増えるであろうプラントの工業製品とそれに伴う生産力の増大の良い受け皿になるはずだった。
 とはいえ先ほどの会話、意訳すれば「首輪つけられんのもやぶさかじゃないが、その分プラントの高品質製品を回してくれるんだろうな、ああ?」「てめえもう十分技術力あんじゃねえか。図に乗んな」である。最終的には幾分か回してくれるだろうが、現状ではさほどの数は渡せないと。ケチめ。

「理事におほめいただけるとは、我が国の技術者たちも喜びましょう。しかし恥をさらすようで赤面の至りなのですが、彼らも大きな問題を抱えているのです」
「ほう、問題ですか?」
「ええ。実は我が国の技術者たちはその多くがコーディネイターでして、そのせいか良からぬことを考える者たちが後を絶たないのです。軍や警察も頑張っているのですが、彼らに安心できる職場を提供できず…真に慙愧の念に堪えません」
「おお…それはなんと。心中お察しいたします」

 溜息をつかなかったことを自賛したかった。何せオーブのコーディネイターたちを付け狙っているのは、他ならぬブルーコスモス。目の前のブルーノ・アズラエルが元締めとも言うべき組織なのだから。「だったらてめえんとこの三下なんとかしろよ」「うるせー馬鹿野郎」と。確かに割と切実な問題だから何とかしてほしいのだが。

「やはり経済活動を安全に行うには、治安維持は必要不可欠ですからな。いずれ太平洋全域に広がるであろう貿易網を守るために、我らも力を尽くす所存です」
「…なるほど。確かにそうですな。安全こそ健全なる商取引の要。私も商人のはしくれである以上、その重要性は理解できます」

 ウナトが南太平洋ではなく太平洋全域といった意味を、ブルーノも正しく理解したようだ。この後もプラント工業製品云々やら参入規模やらの具体的取り決めがなされるだろうが、大前提としてこれ以上のブルーコスモス暗躍を停止することがあげられるはずだった。
 まあ、この辺りが落とし所だろう。ユウナはクッキーをかじりながら深く思案した。お呼び出しをかまされた時点である程度の譲歩は覚悟していたし、そもそもロゴス資本の参入は必ずしもマイナスと言うわけではなかった。動く金が大きければそれだけ商いの規模も大きくなる。何よりもロゴスを引き込めれば、三大国もうかつな真似ができなくなるというメリットが魅力的だった。

 国家と企業は違う。企業体であるロゴスに利益があるからと言って、それが三国の国益につながるかと言えば全くもって関係ないのである。というかむしろ害悪? マスドライバー港ポルタ・パナマを巡って南米と対立している大西洋連邦にとって、南アメリカ合衆国が強大化すれば頭が痛くなるだろうし、赤道連合、汎ムスリムと長大な国境線を有する東アジアも国防費の増大などに泣かされることとなると思う。この調子でアフリカまで参画するとなれば、ビクトリアのマスドライバー港ハバリスにちょっかいをかけているユーラシアにまで問題は波及する。国防という視点に立てばちゃぶ台を返したくなるような状況になるのだ。
 ここら辺が自由主義経済における国家と企業の不一致の問題点である。企業の本質はあくまでも利益の追求であって、それが必ずしも国家に福音をもたらすとは限らない。
何故か。極端な話、国――国家政府が滅亡しようとグローバル化した企業がつぶれることはありえないからである。無論、あくまで極論であって、実際滅ばれたら色々な面で企業は多大な損害を被るだろう。しかしながら、だからと言って滅亡するかと言われれば首をかしげざるを得ないのが現状なのだ。

 史実においてアクタイオン・インダストリーがユーラシア連邦・プラント双方にモビルスーツを売り込んでいたことからもそれはわかる。はっきり言って、国益と企業利益が乖離していない会社なんて国益企業たるモルゲンレーテくらいのものではないだろうか。経済って怖いね
 まあ、だからこそロゴスなどという秘密結社が生まれるのだが。国家は国益のために企業を制御しようとする。それに対しロゴスは企業利益のために国家を支配しようとする。二律背反、対立概念。そして近代民主主義国家でどちらが強いかなど、ちょっとでも歴史を紐解けばわかることであった。専制国家でよかった。

「美味しい話にゃ裏がある。他人に美味い話は持ってかない。てね」

 誰にも聞かせることなく口の中だけで転がした。国際社会とは結局のところこれに尽きる。オーブが非理事国と緊密化を図ったのも元をただせば、オーブバッシングに伴う貿易の低調を回避するためである。つまり自国の都合、何よりもまずオーブの利益第一の結果なのだ。無論関係国にも利益が出るようにしているが、それはあくまでこの動きから逃さない為の飴にすぎない。当然向こうもまた利用されているのを承知でオーブを骨までしゃぶりつくす気でいるのだろう。
 またロゴスも自分たちが儲かりそうだからアプローチをかけてきた。オーブは儲かるかどうかわからないからロゴスを巻き込まなかった。メリットは大きい。しかしデメリットもまた大きいからである。だからこうして少しでも自分たちが利益を得ようと言葉の戦争をしているのだ。ていうか世界経済マジ魔窟なんですけど。

 その辺りはウナトも歴とした政治家であるし、何より本国には獅子殿が君臨していた。うかつなことにはなるまい。周りが有能だから自分も一つのことに集中できる。素晴らしきかなこの状況、だった。
 あー、お茶が美味しい。とユウナが完全にまったりモードに移行した時だった。ウナトがふと気付いたように一言洩らしたのである。

「ユウナ。カナードはどうした?」

 …は? と我ながら間の抜けた声を洩らしたものだと思う。最初はそのまま「何を言っているのさ父上、ほらそこにいるでしょう?」と続けるつもりだった。しかし彼の言葉に導かれ、黒髪の幼子が座しているはずの席を見て、かこんと顎が外れる程の衝撃を受けた。

 I☆NEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!

 いない。先ほどまでクッキーをむさぼっていた子供が。どこを探しても髪の毛一筋すら残されていなかった。

 ――その瞬間、全身から血の気が引いた。

「ちょ……おま……」

 絶叫を通り越して絶句にたどり着いた。一体いつの間に消えたのか、ユウナには皆目見当もつかない。
 ばくばくと脈打つ心臓を必死でなだめた。不味い不味い不味い。冗談抜きで死ぬほど不味い。ここはアズラエル家で、訪れている客層は世界各国の超お偉方なのだ。当然、色々な情報網を持っているし、利があれば多少の無茶は平気でやる連中ばかりである。そんな中でスーパーコーディネイターなどというろくでもない肩書を持つあの子がうろうろしたらどんなことになるか。
 一応セイランの後ろ盾はある。しかし誰にも見つからず確保されればいかな自分たちといえど取り戻すことは不可能だ。知らぬ存ぜぬで通されてしまえばこちらに成す術は残っていない。
 ユウナの脳裏に、史実で彼がたどった未来がまざまざと浮かび上がった。その最悪と言っていい未来を思い切り頭を振ることで追い落とし、勤めて冷静であろうとする。

「父上。僕はちょっとあの子を探しに行ってきます。…何かあれば、その時は」
「…わかった。こちらでも手配はしておく。よろしいですかな、アズラエル理事?」
「勿論。すぐ警備の者たちに知らせましょう」

 交渉がまとまりかかっているこのときに、オーブの国民でありセイランとも密接に関わっているカナードにもしものことがあれば、それは彼にとって失点、大きな不利益となる。子供の運命まで交渉カードにするのが外交である以上、ブルーノの申し出は信用に値した。

「お願いします」

 少なくとも現時点においてロゴスにとってカナードは守らねばならない存在である。しかしその下部組織や国に忠誠を誓う天誅にとってはそうではない。急がなければ。
 椅子を蹴倒さぬよう細心の注意を払ってユウナは早足でテラスを後にした。手近にいた黒服のガードマンに同行を請い、屋敷の間取りを聞きだす。カナードの行きそうなところを片っ端から調べるのである。
 早くあの子を見つけなければ。ともすれば焦り出す意識を必死に抑えて、ユウナは流れ落ちる冷や汗を拭った。


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