<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.29271の一覧
[0] 【習作】外史のアイツ(R15、Fallout3×真・恋姫†無双)[やがー](2012/02/12 02:18)
[1] 第2話 異文化交流するVault101のアイツ[やがー](2012/02/12 02:19)
[2] 第3話 地道に稼ぐVault101のアイツ[やがー](2012/02/12 02:19)
[3] 第4話 拠点を得るVault101のアイツ[やがー](2012/02/12 02:20)
[4] 第5話 意図せずマッチポンプするVault101のアイツ[やがー](2012/02/12 02:21)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29271] 第5話 意図せずマッチポンプするVault101のアイツ
Name: やがー◆4721ae65 ID:1314f84a 前を表示する
Date: 2012/02/12 02:21
一刀が不運な三姉妹と、無事契約を結んだ頃。

陳留太守を務める曹操(字は孟徳、真名は華琳)は、自らの執務室にて、腹心の夏侯淵(字は妙才、真名は秋蘭)と日々の政務をこなしていた。

部屋の主人である曹操は、艶やかな金髪を頭の両側で巻いており、低い身長と綺麗な身なりからして、見た目は良家の令嬢である。
一刀がまず大人扱いしないであろう外見だが、その目からは深い叡智と野心を匂わせる光を湛えていて、纏う空気は立派な領主であった。

傍らの夏侯淵は水色の短髪を備え、前髪で片目を隠すよう整えている美女だ。
長身でスタイルも良く、明らかに曹操より年上であるが、曹操が幼少の頃から最も頼りにしている忠臣の片割れである。
もう一人の忠臣、夏侯惇(字は元譲、真名は春蘭)といい、夏侯淵の姉である。
政治などろくにできない脳筋と呼ばれる人種なので、もっぱら兵士の鍛練に時間を費やしているため、この場にその姿はない。

彼女らは、姓は違うが歴とした従姉妹同士。
曹氏も夏侯氏は、漢の高祖劉邦を支えた重臣、曹参と夏侯嬰の末裔であり、漢帝国における名門である。
当然、曹操も曹参の末裔かに思えるがそうではなく、夏侯家であった彼女の父親が、宦官を務める曹騰の養子となったため、血統的には曹一族よりも、夏侯姉妹に血が近いのだ。
少々複雑に思える関係だが、曹操自身は血のつながらない祖父から可愛がられて育ち、自らの立ち位置を不満に思った事はない。
曹家の一族との仲も良好で、幾人かは武官、文官として彼女に仕えている。

作業が一区切りしたところで、曹操はふと数ヶ月前の事件を思い出し、夏侯淵に問いかける。

「秋蘭、例の書についての情報は来てない?」
「は、残念ながら。姉者からも聞いておりません」
「そう……惜しいこと」

曹操が思いやるのは、華南老仙の貴重な遺産。
宝物庫から盗まれた後、曹操自ら部隊を率いて追跡したものの、結局犯人は捕まらなかったのだ。

「そういえば、あれ以来、盗賊の被害報告が少なくなったと思わない?」
「そうですね。関連性があるとは思えませんが……華琳様のご威光が、ようやく盗賊に知れ渡ったのかもしれません」
「だといいのだけれどね」

夏侯淵の言った内容も当たってはいるが、その大きな要因は一刀の存在である。
良き領主として噂に昇るだけあって、曹操は賊の被害報告を聞けば、素早く対応している。
それが一刀に先手を取られているのは、報告に対して受け身である立場と、積極的に賊の情報を集めている立場の違いだろう。

結局、賊の減少理由は明確にはわからなかったが、曹操も気晴らしの雑談として話しかけた程度であるので、この話題について掘り下げる事はなかった。
次の作業に移ろうとした時、彼女を訪ねる声が部屋の外から聞こえた。民政担当の満寵である。

「殿。今月の報告をお持ちしました」
「御苦労」

満寵が携えてきた木簡を受取り、一通り眺めて感想を述べる。

「賊は減っても、相変わらず難民は増加傾向……。減る所に比べれば良いのだろうけれど、これ以上増えるとなると、頭が痛いわね」

流民の台帳を見ながら、悩ましげな溜息をつく。

民の数は領地の力に繋がる。
難民たちには気の毒だが、他領の荒廃の結果、ある程度自領に流れてくる事は領主として歓迎できる。
割り当てた田畑からの収穫があるまでは、彼らに生きる糧を与えねばならないため痛い出費となるが、長期的に見れば、自分の天下取りの下地になってくれるだろう、と、王としての計算があった。
しかし、その一時出費が危険水域に近付いている事が、彼女の不安を煽っていた。

一通り確認すると、曹操は次の台帳を見やる。さきほどとは異なり、満足気な表情だ。
こちらには、ほとんど着のみ着のままで流れ着いた者とは異なり、きちんと自分の私財を持ち、正式に移住した者たちが記載されている。
彼らは領主にとって、懐も痛まず、即税収を増やしてくれるありがたい存在だ。
こういう人物たちは、これからもどんどん流れ着いて欲しいものである。
気分良く台帳を流し読みしている中、引っかかる箇所を見つけた。

「あら、変わった名があるわね」

北郷一刀。

姓名ともに2文字というのは、他の名と並べてみると特に目立つ。
曹操が漏らした感想に対し、満寵が説明を加える。

「ああ、そいつですか。人手が空いてなくて、たまたま私が受け持ったんです。遠い国から旅してきた、異民族の医者ですよ。殿の評判を聞いて、腰を落ち着けたいとのことでして」
「異民族にまで評価されるとは嬉しいわね。でも、異民族にちゃんとした治療ができるのかしら」

「どうでしょう。荒れた屋敷だったので、まだ準備中のようですが」
「……そんなのあったかしら?」

その疑問に対する満寵の説明で、曹操の眠っていた記憶が呼び覚まされる。
彼女も、何かに使えないかと考えていた土地だが、現状では場所に困っていないことと、縁起の悪い土地として部下が嫌がるので放置していた屋敷だった。

「確かに風水なんて文化がなければ、気にするはずもないか。どんな人物?」
「私が見たところ、身なりも良くて、頭も回る人物でしたよ。礼儀は今ひとつですが、優男のくせに、なんというか……貫禄というか、凄みを感じる男でしたね」
「そう……」

満寵の曖昧な表現は気になったが、男という点で、曹操は一刀への興味を一段下げた。
人の上に立つ者として他者とは一線を画す図抜けた能力を持つ彼女は、突出した才を好み、有能な士であれば出自を問わず配下におきたがる。
この考えは漢においてかなり突飛な考え方であり、家柄が大きく考慮される事が常である。
だが、今回においては興味を引いた程度であった。
異国の医師というのは珍しいが、実績を立てたわけでもないし、この町にも腕の良い医者は他にいる。多忙のなか時間を割いてまで会ってみようとまでは思わなかった。

だが、もし一刀が見目麗しい美女であれば別だったはずだ。
曹操はその性癖の方も常人とは異なり、美しい女性を好む同性愛者であるのだ。
事実、夏侯姉妹とは閨を共にしており、ふたりともすっかり年下の主君によって調教済みである。

「ま、評判が良いようなら、そのうち会ってみるわ」

おざなりな言葉だけでその場を終え、次の案件に移る曹操。
それからしばらく、彼女が一刀の名を思い出す事はなかった。



…………………………



夜も白み始めた頃、北郷邸の一室で、裸の男女──一刀と張角が、褥を共にし、寄り添って身を横たえていた。
明け方まで繰り広げられた情事に疲れ、眠りについてしまった張角に対して、一刀の方はまだ目が冴えていた。
張角の寝顔を見ながら初めての体験に思いを馳せる。

(これほど気持ちが良いものとは……)

女を知ると、こんなものかとがっかりするケースもよくあるが、一刀にとっては感激的であった。
自分で慰める時とは異なる、肌の感触と一体感。
一応は張角から言われた通り優しくはしたつもりだったが、途中からそんな事を考える余裕もなく、彼女の体を本能のままに貪ってしまったのだ。
幸い、相性が良かったようで、張角の方も途中から嬌声を上げてよがっていたので問題はないだろう。
お互い初めての割に上手く出来たことは、一刀の男としての自信を増していた。

寝顔を見ていると、ふと悪戯心がわき、豊満な胸の突起をいじってみることにした。
無意識に体をくねらせる様が面白いので何度もしていると、さすがに目を覚ます張角。
寝ぼけまなこが、一刀の目と合う。

「ん……かずとぉ。まだおきてるのぉー?」
「ああ、天和のかわいい寝顔を見てた」

一刀が敏感な部分をいじっていたことには気づいていない張角。
彼女はいざという所で、どんな形であれ体を交わすのだから、恋人のようにしたい、と、一刀に真名を預けた。
そのリクエストに従って、甘い雰囲気で接した一刀も悪い気はせず、濃密な時間を共有することで、このような親密な雰囲気を出す関係になっていた。

「うふふ、だめだよぉ、女の子の寝顔をじろじろみちゃ」
「そうか、今後気をつけるよ」

そう言って軽くキスを交わす。
言葉に反して、反省してそうにない態度であったが、それを気にした風もなく笑顔で応える張角。
その後あくびをした張角に微笑んで、一刀は身を起こし、寝台から降りた。

「起こして悪かったな。ゆっくり休むといいよ」
「どこいくのー?」
「体を拭いてくる。すぐ戻るよ」
「はい、いってらっしゃーい……すぅ」

自身と張角の体液が乾きはじめている感覚は、どうにも気持ち悪く、さほど眠気がない状態では気になって眠れる気がしなかったのだ。



井戸の傍に来た一刀は、裸になり、勢いよく頭から水をかぶった。
その後濡らした布で汚れを拭きとり、水でゆすぐ事を繰り返す。
本当は入浴したいところだが、この時間に徐家の人間を起こして用意させるほど傲慢でもない。
この世界において、食事と並んで嬉しい事が入浴であるが、こうして汚染を気にせず体を拭けるだけでも上等である。

ウェイストランドの人々が不潔なのは、何も好き好んでそうしているわけではない。
ほとんどの水が汚染されているため、体を水に触れる機会は少しでも減らさざるを得ないのだ。

貴重なクリーンな水を、体を拭くために使うというのは贅沢な事である。
よって、ウェイストランド人のほとんどは、放射線交じりの水で濡らした布で体を拭く。
放射線対策としては、定期的に、放射線除去薬であるRADアウェイを打つのだが、その薬にしても、ウェイストランドの誰もが簡単に入手できるものではない。
あちこちから多くの薬を確保できた一刀だからこそ、毎日こまめに体を拭く事ができたのだ。

ウェイストランドの事情はさておき、汚染されていない水は触れてもPip-Boyのガイガーカウンターによる警告音も出ず、実に気持ち良く感じるものだった。

しかし、安全なのはいいが、手動で汲み上げるというのはいかにも面倒である。
換えの服を身にまといながら、手動ポンプでも作るか、と考えていたところ、徐正、徐晃が別邸から出てくる姿が見えた。

彼らが朝稽古を日課としていることは聞き及んでいたが、これまで出くわす事はなかった。
Vaultを出る前は、それなりに規則正しい生活していた一刀だったが、夜間行動も多くなり、寝たい時に寝るという生活をするようになっていたため、日の出入りに合わせた彼らの活動時間とは合わないことも多いのだ。
もっとも、電灯もないこの世界で医師をするのならば、生活習慣を変えなければ、とは思っていたが。

「おはようございます、一刀様」
「ああ、おはよう」

徐一家は一刀を『一刀様』と呼ぶようになっていた。
ウェイストランドではカズト、カズトとファーストネームで呼ばれる事が多かく、姓でよばれるのは違和感があったので下の名前で呼ぶように命じたのだ。
『様』まで付けるよう命じたわけではないが、別に気にはならないので止めはしない。雇用主であるからまあ普通だろう、と思っている。

「これ、ご挨拶せんか」
「お、おはようございます……」

孫が挨拶もせず、呆けているのを徐正が注意した。
どうやら一刀に見とれていたようだ。
母親に似て糸のように細い目をした孫娘は、感情が豊かでわかりやすい性格をしている。

(まあ、仕方あるまいか……)

今の主人は、色々な人物を見た彼から見ても、華のある男といえる。
今は裸の上に上着を肩から掛けているだけなので、逞しい胸板が隙間から見え隠れしている。
医師という立場と、理知的な話しぶり、そして満寵のようにいかにも強そうな体格ではないことから、武の心得はないのだろうと決めつけていたが、想像よりも鍛えられているようだ。
そのギャップと、情事の余韻でやや気だるげな面立ちが男の色気を出しており、徐晃にとっては目に毒となっていた。

徐正は、一刀の雰囲気から昨晩の出来事を察していたが、孫は気付いていない。
まだ大人とはいえないが、もう2、3年もすれば嫁に行ってもおかしくない年齢だ。
なかなかの人物であるが、よくわからない部分も多く、嫁ぎ先として歓迎できるとまでは思っていない。
今のところ、孫の気持ちが一過性のものであると思いたい祖父だった。

祖父の不安に対し、一刀の方は少女の反応を微笑ましく思っている程度で、別段どうこうするつもりはない。
それよりも、なかなか見る機会がなかったふたりの腕前を見る丁度良い機会なので、鍛練を促した。

「見学していいかな?一度見てみたかったんだ」
「はっ。ご要望とあらば……始めるぞ、晃」
「は、はい!」

徐正は木剣を構える。利き腕ではないはずだが、違和感のない構えだった。その姿から片腕となってからもかなり鍛えている事がうかがえた。

対する徐晃の方は長柄の斧を使うようだ。
刃を潰した練習用の斧だということだが、大きさからしてその質量自体が武器となるだろう。刃がなくとも、当たればただ事ではすまないはずだ。

一刀の視線が気になっていた徐晃も、訓練が始まるとすぐ、その表情を引き締める。
見事な素振りや型を取った後は、ふたりによる模擬戦が始まった。

幾度となく打ち交わされる武器。
彼の想像よりも鋭く、激しいふたりの剣戟を見て、一刀は内心で感嘆する。

(へぇ、これはなかなか……)

趙雲に比べると、時折切り込めそうな隙が見えるが、少なくともこれまでに出会った盗賊たちとは一線を画すレベルである。
利き腕を失った徐正も、満寵が言った事は誇大ではなかったようだが、孫の連撃に耐えきれず剣を弾かれた事で、一本となった。
やはり片腕だけでは、鋭く重い攻撃をさばき続けるには、難があるようだった。

「いや、凄かったよ、二人とも」

一刀から拍手とともにかけられた言葉に対し、誇らしげに一礼する徐晃と、それに満足する徐正。
彼らは護衛としての腕前をようやく披露でき、それが認められたことに安堵していた。

「ちょっとその斧、持たせてくれないか」
「え?はい、どうぞ……あの、重いのでお気を付けください」

一刀に持てるかどうか不安で、おそるおそるも注意を促す徐晃。
思ったよりも力はありそうだが、徐晃の持つ大斧は特別製である。
落としそうになったら、すぐさま助けを入れよう、という心配をよそに、一刀は片手で軽々と斧を受け取った。

大斧をあっさりと持ち上げたことに驚くふたりを尻眼に、一刀は大斧を揺らして、ずっしりとした重みを確認する。
彼がウェイストランドで時折使っていたスーパースレッジ(※馬鹿でかい長柄のハンマー)並の重さであった。

「本物もこれくらいの重さなのか?」
「い、いえ、訓練用なので、いくらか重めにしてあります。でも、意外と力がおありなのですね」
「まあ、それなりに鍛えているからな。俺からすれば、公明の細腕で、これを軽々振り回せる公明の方が不思議だが」

その疑問に対しては、祖父から説明があった。

「この子は『気』が人よりも多いのですよ」
「なんだ、それは?」

彼が言うには、人にはそれぞれ『気』という力を持っており、それが大きいと女子供のような細腕でも、大の大人を軽く凌駕する身体能力を発揮するらしい。
総じて、女性の方が男性よりも大きい事があり、名のある将軍は女性であることが多い。
殆どが素質の無い人間なので、強いのは一部の女性に限るが、そういう理由で兵士は男が多く、軍の高官は女性が多くなっている。
長年そういう文化だから、別段武力に優れていない女性が、高位の官職を得る事もおかしい事ではないとのことだ。

(東洋の神秘か……まるでコミックの世界だな。非常識な)

自分の存在を棚に上げた台詞だが、一刀としてはこれまで意識したこともない概念を、当たり前のように使うこの世界の人間が、別次元の存在のように思えたのだ。

「一刀様は使っておられないのですか?」
「今知ったくらいだから意識したこともない。俺に『気』があるかどうか、わかるか?」
「いえ、残念ながら他人の気を感知できるほどでは……ですが、多かれ少なかれ、生物には存在するものとされていますからな。おそらくは」

さらに徐正の説明が続く。
達人になれば他人の『気』を感覚で測れたり、武器として使用できるという。
『気』の大きさと扱いの巧さは比例するとは限らず、飛ばしたりはできなくとも、力が飛びぬけていたり、大きくはなくても飛ばすことができる人間もいるそうだ。
徐晃は前者にあたる、と。

なんとも非科学的な力に戸惑う反面、以前出会った趙雲の強さの謎が解けて、納得もしていた。
趙雲も、見た目はたおやかな女性である。鍛えられてはいたが、一刀に比べれば華奢に見える体躯で、どうやってあの高速の突きを繰り出したのかと不思議に思っていたが、気という力があれば説明がつく。
また、全力でなかったとはいえ、盗賊ならば楽に昏倒させられるほどのパンチを、槍の柄で軽々と受け止めた耐久力もそうだろう。

えらく弱かった盗賊を鑑みると、なんとも人間の強さの幅が大きい国だと思う一刀だった。
そして納得と同時に、心配事も増えた。

(流れの浪人ですらあれほどの腕を持つんだ。俺の手に負えない人間も多いのかもしれない)

初めて会った趙雲たちは、どうやらトップクラスの美女であるようだったが、それが同時にトップクラスの武力を持つと思えないのは、人間の心理としてはおかしくない話である。
だとすれば、いずれ対するかもしれない強敵に備えねばならない。
ほとんど雑魚とはいえ、あまり敵を侮らないように自戒せねば、と思う一刀だった。

「徐正。お前の目から見て公明の腕はどうだ?」
「身内の欲目を考えても、なかなかのものかと。私の全盛期でも敵わぬでしょうな。もう数年すれば仕官させようと思っておりました」

その返答に無言でうなずくと、一刀は彼らが持ってきていた予備の木剣を拾い上げ、徐晃の前に立つ。
不思議そうな顔をする少女に向かって手のひらを上に向け手まねきした。

「一本お相手願おうか。全力でかかってきてみな」

一刀は結構な負けず嫌いである。
ウェイストランドで練り上げた、自分の戦闘技術に自負を持っている。
全力が出せない状態とはいえ、趙雲に不覚を取って以来、シャドーで寸止めを意識して練習もしたが、肝心の相手がいなかった。
見たところ、徐晃ならば訓練相手として丁度良いレベルに見えたのだ。

「え?えっと……よろしいのですか?」

雇用主に対して良いのだろうか、とちらちらと祖父を窺う少女。

「……お相手差し上げろ」

徐正もさきほどの膂力と言動から、なにか心得があるのだろうと悟り、許可を出す。
徐正の口から出た言葉で覚悟を決め、大斧を構える徐晃。
対する一刀も剣を構える。それは徐晃からすると素人が適当に構えたようで、正当な訓練を受けたようには見えなかった。
が、言うからにはそれなりの腕であろうと自分に言い聞かせる。

「では、参ります!」

旋風が巻き起こり、拾い残した雑草がはらりと舞う。
かなり大ぶりの一撃だが、涼しい顔で紙一重でかわす一刀。
その表情から余裕があるのをみて、徐々に本気度合を増していった──が。

(あ、当たらない……!?)

始めは、明らかに手を抜いて斧を振った徐晃も、今は必死の形相で得物を振り回している。
徐正も意外な展開に唖然としている。
自分の孫娘の武力には相当自信があったのだ。

外見は強さを感じさせない優男だというのに、見事な体捌きである。

(ならば……!)

正攻法では捕らえきれないと判断し、戦法を切り替える。
やや大ぶりの振りおろしを繰り出すも、横にかわされる。
だが、これは想定通りだ。

「やぁっ!」

気合いの声とともに、地面に叩きつけた反動も利用して、高速の斬り上げ。
力を入れるタイミングと、相当な力が必要な技だ。

「おっと」

一刀がとっさに木剣を盾にするのが見えたが、はじきとばせる。そう思った──が。
がつん、とぶつかる音。

「──なっ!」

渾身の一撃だったというに、受け止めた一刀の腕が、少し揺らいだ程度。
岩の塊を打ったようで、逆に徐晃の腕がしびれた。

「くっ」

徐晃はただの力自慢ではない。
大ぶりに振るうだけではなく、回転を利用して石突きで払ったり、手の持ちかえにより回転軸を変えて意表を突いたりと、祖父から教わった技巧を駆使するも、──届かない。
木剣で受けられ、払われて軌道をそらされ、と。一刀の様子から意表を突いた攻撃であったことは確かだろうに、即座に反応され、いなされてしまう。

(──いい感覚だ)

程良い強敵、程良い緊張感。
徐晃の腕に満足し、その攻撃をさばきながら少しずつ間合いを狭める。
対する少女はそうはさせまいと後退しながら払いや突きを繰り出すが、一度見せた技は読まれてしまい、的確に対応されてしまう。
そしてついに、木剣を鼻先でピタリと止められることで、試合は終わりを告げた。

「参りました……」
「うん、想像以上に良い腕だ。だが、焦りで粗くなる傾向があるな。窮地でこそ冷静さが問われる」
「はい……」

肩を落とし、うなだれる少女。
彼女はこれまで祖父以上の武人と立ちあった事はなかったが、元武官である祖父からのお墨付きを貰い、自信があった。
天下の豪傑と立ちあっても、いい線にいけるのではないか、という思いもあった。
それが、一見強そうに見えない医師に一蹴されたのである。
積み上げてきたものが音を立ててくずれそうな気持ちだったが、そんな彼女に優しげな言葉がかけられた。

「そう落ち込むなって。その訓練用の大斧と、この木剣じゃ重さも違うし相性もある。それに俺はこう見えて、故郷の国じゃ一番強かったんだぞ」
「えっ?そ、そうなのですか!?」
「ああ、本当だ。城門よりでかい化け物だって、何匹も一人でやっつけたものだ」

こういうことを自慢気に言うのはあまりスマートではないが、子供相手ならばこの物言いの方が効くものだ。
淡々と述べる一刀の言に真実味があったというのと、彼女が一刀に信頼を置いているという点もあるだろう。
一刀の国は知らずとも、国で一番というからには相当なものだろう。そのような武人から評価されたという事は、少女の気持ちを立て直すに十分だった。

「すごいです、一刀様!」

落胆から尊敬の目に変わる。一刀の言葉を疑っていない。
徐正の方は微笑まし気に見るだけで、大げさに言っているのだろうと思っているが、一刀が言ったことは事実である。

城門よりでかい化け物とは、ウェイストランドにも数種しか確認されていない、スーパーミュータントの亜種、ベヒモスの事だ。
一匹はブラザーフット・オブ・スティールと共闘の末ではあったが、それ以降に出くわした個体は、すべて一刀が単独で撃破している。

なお、最も巨大な敵性生物だったのでベヒモスを例に上げた一刀だが、実を言えばベヒモスよりもオーバーロードと呼ばれる最強種の方がやっかいではあった。
ベヒモスは建機でないと運べそうにない、巨大な棍棒を振りまわすのだが、飛び道具がないので、離れて戦えばそう怖いものではない。
だが、オーバーロードは銃撃戦に長けている。
徒党を組み、ガトリングレーザーやミニガンなどの大型武器を有効に使ってくる奴ら相手にはさしもの一刀も、ゆうゆう撃破とはいかない。
初見でただの亜種と思って舐めてかかり、死を覚悟した事もあるほどだ。

ベヒモスもオーバーロードもデスクローよりも厄介なので、さすがに素手でとはいかないが、武器を使用するのも強さの一つであるから、その点を引け目に感じはしない。
選手権などないので試していないが、なんでもありで最強なのは自分だという自信がある。
漢人の持つそれとはまた違ったものではあるが、そこには確かに戦士としての誇りがあった。

そんな一刀の強さに納得したのか、先ほどの戦いを思いだして陶然とする少女。

「国一の武、感服しました。私の打ちこみが全然通じないなんて、小さい頃以来です。とても速くて硬くて、重くて……」

微妙に卑猥にも聞こえる表現で突っ込むべきか迷う一刀だったが、大人の態度で流すことにした。

「公明も俺から見てもかなりのもんだよ。若いし、まだまだ伸びしろはある」

一刀が彼女くらいの時はVault101で本の虫で、本格的に鍛え始めたのは、Vaultから旅立ってからの事だ。
ラッドローチにさえ苦戦していた頃から考えると、随分強くなったものである。
徐晃の方は、真剣な顔で考えこんだ後、地面に伏して懇願の言葉を口にした。

「一刀様!どうか私に稽古をつけてください!」
「これ、晃、やめなさい……!」

孫を窘めるものの、本心は孫と同じではあった。
強者との戦闘は身に付くものが大きい。
自分ではもう手に負えないため、訓練相手に困っていたのだ。
だが、相手は雇い主である。給金が払ってもらっているのに稽古をつけてもらうというのは図々しい願いであろう。
しかしこの場合、稽古をお願いしたかったのは一刀も同じであった。

「いや、俺の方からもお願いしたい。どうもこちらに来てから鈍ったような気がするしな」

ウェイストランドでは、外での活動イコール殺し合いだったのだ。
娯楽の少ないウェイストランドであるから、ホームに籠る時は武具の整備、整理やファッションショーくらいで、後は街の外での探検や狩猟をおこなっていた一刀。
ほとんど毎日が殺し合いといえるが、この国に来てからはそうでもないため、日に日に緊張感が緩んでいることを気にしていたのだ。
徐晃ほどの相手ならば、素振りやシャドーだけでは保てない実戦の勘を維持できそうだと見込んでいた。

「そう言っていただけるのはありがたいのですが──」

短い暮らしながら、一刀が比較的女性と子供に甘い事には気付いていた。
“試験”で感じた当初の印象よりも、随分話せる主であったが、調子に乗れば容赦はしないように思えていたのだ。

徐正の逡巡を察し、一刀は別方向から攻める。

「そうだ。徐正は弓を教える事はできるか?」
「はっ……この腕なので実践は無理ですが、指導ならばなんとか」

「なら、それでお互い様ってことにしよう」
「はっ」

一刀の言葉に徐正も頷く。
教え合うということであれば徐正としても後ろめたさがなくなると見た一刀の提案だった。

話がまとまったところで、起きた天和が体を拭けるよう、水を満たした桶を持って本邸に戻って行った。
その背中を見つめながら徐晃がつぶやく。

「賢いだけじゃなくて、あんなに強いなんて……すごい」

完全に恋する乙女と化している孫娘を見て、内心で溜息をつく徐正。
一過性のものかと思いきや、ますます傾倒していくようで、将来が思いやられる。
孫は、旅芸人たちの事を、ただ患者として泊まっていると思っているようだが、徐正は雰囲気から昨晩会ったことをおおよそ掴んではいる。
現実を教えるべきかどうか迷った末、一刀の方は相手にしていないようなので、そう焦らなくてもいいだろう、と放置することにした。
その彼の結論に、逃避が含まれているのは否めないだろう。



…………………………



張宝が怪我をしてから一週間が過ぎた。
この日も連日同様、一刀は、真面目な表情で張宝の足を診断していた。
診療時のスタイルとして、彼の父がそうしていたように、ジャンプスーツの上から白衣を纏っている。

(治りが早い。これも『気』ってやつかね)

とても武を嗜んでいるとは思えない三姉妹だが、気の大きさは生来の資質によるものが大きいようなので、彼女のような例もよくあるそうだ。
結果、一刀が見込んだ約一ヶ月という期間を大幅に縮めて、張宝の足は完治していた。

「うん、もう大丈夫だ」
「「「よかった……」」」

一刀の言葉に、揃ってほっとする三姉妹。
それを微笑ましく見る一刀を、張宝は勝ち誇るように見下ろして言う。

「これで、アンタともおさらばってわけね!」
「そうだね」

「ね、姉さんを好きにするのもこれでおしまいよ!」
「まあ、そういう契約だからね」

「……」

悔しがる事を期待して挑発したものの、あまりの手ごたえのなさに逆に戸惑いを感じ、言葉を失う。
三姉妹からの言葉をしばらく待ったが、何もないようなので一刀の方から切り出した。

「それじゃ、これでお別れだな」

実にあっさりしたもの言いだが、太平要術の書もすでに張梁の手によって写本を終えていて、張宝の足が治った今、ここに滞在する理由もない。

「そ、そう……ね……」

言いよどむ張宝に一刀は言葉を重ねる。

「名残惜しいけど、元気でね。君らの旅の無事を祈っているよ」

にこりと微笑み、姉妹の退出を待つ一刀。
だが、腰を上げずに戸惑う様子の三人に、訊ねる。

「どうした?」
「いえ……その……」
「て、天和姉さんには何もないの……?」

滞在期間、一刀と最も関係の深かった長女が、さきほどから顔をこわばらせて黙っていた。

「ああ……うん、今回は良い体験をさせてもらったよ、天和。元気でね」
「う、うん、一刀も元気でね……じゃあ……」

その言葉を最後に、ようやく診察室から出て行った姉妹を見て、一刀はひとり首をかしげた。
普通にお別れしたはずだが、彼女らのはっきりしない態度が気になる。
交渉時のやりとりから、当然三姉妹には嫌われていると思っていた一刀。
当然ながら、せいせいする、というように出て行くかと思ったが、まるで別れがたいような、そんな態度であった。

(恋人のフリをしているうちに、本当に惚れたってところかな?)

確かに張角は容姿も好みで、女性との交わりの素晴らしさを教えてくれた存在である。
いつかやってみたいと思っていたプレイも全てさせてもらった。
正直を言えば彼女との交わりはもう少し続けたい気持ちはあったが、契約は契約である。
Pip-Boyの精子制御機能できっちり避妊もしたし、後腐れのない関係だったはずだ。

もし本当に付き合うとして考えれば、張角という女性に不満はない。
欲を言えば、少々アホっぽい所が物足りない所があるが、ウェイストランドにはいなかったタイプで可愛らしく、1週間もの甘い関係で情も沸いている。

しかし、一刀はまだこの国に骨を埋めると決めたわけではない。
ただ盗賊狩りをしていたわけではなく、メガトンへの帰還方法がないかも気を張っている。今の拠点にしても、仮のものと考えているのだ。
この国の暮らしに不満はないが、方針を決めかねている時に彼女と深い関係になるのは避けるべきだろう。
彼女には貞操を売ってまで叶えたい夢がこの国であることだし、姉妹の事もあるから、一刀の都合に合わせるとは考え辛かった。

(とはいえ、少々冷たすぎたかな?しかし、単に名残惜しかっただけかもしれないし)

女性の扱いが上手いといっても、一刀にとって深い関係になった女性は、張角が初めてである。
そんな彼が女心を真に理解するには、足りないものが多かった。

一刀が考えこんでいると、医療所の手伝いをしている徐晃の母親が声をかけてきた。

「一刀様、患者さんが来られていますが、通してよろしいでしょうか」
「ああ、はいはい、お通しして──やあ、李さん、経過はどう?」

まあいずれにせよ、もう会うこともないだろうと、一刀は姉妹の事を頭から振り払った。




北郷邸を後にしようと、中庭を言葉なく重い足取りで歩く三姉妹。
時折が後ろを振り返っても、一刀の姿はない。
言葉からそうだろうと思ってはいたが、やはり門まで見送るつもりもないようだ。

庭で雑草処理をしていた徐晃からかけられた「おだいじにー」というそっけない言葉が背中に刺さる。
彼女は、患者とはいえ一刀に近づいて色目を使う(と思い込んでいる)自分たちを最後まで警戒していたようで、結局打ち解ける事はなかった。
体の契約云々は徐一家には言っていない。
一刀への憧憬補正もあり、徐晃から見れば、一刀にべたべたする、図々しい旅芸人である。そっけない態度も仕方ないといえよう。

次の目的地に向かうべく、街を出たところで、張角は二人が先を歩くようお願いした。後ろを振り向かないで、と付け加えて。
姉のその言葉に黙って従う妹たち。

三人とも、この一週間の事を考えていた。
姉の挺身を除けば、充実した日々だった。

稽古場として庭を使わせてくれたし、夜以外は張角の行動も自由にさせてくれたため、稽古時間も十分取れた。
懸念していた治療行為も、無駄に引き延ばそうとしなかったように見え、丁寧なものだったし、太平要術の書の内容には書かれていない、異国の珍くも盛り上がりそうな曲や、振り付けの助言もしてくれた。
もっとも、一刀はついノリで口出しして、無料で曲を提供してしまったことを自室で後悔したが。

一刀の助言には、忌々しく反発心もあったが、その内容が的確なのは認めざるを得なかった。
新たな名称『数え役満☆しすたぁず』を思い付いたのも、一刀の国で『姉妹』を意味する言葉がきっかけである。
そのような事を経て、一週間のうちに一刀への嫌悪感はだいぶ薄れていたのだ。

太平要術の書と、一刀の教えの効果は抜群で、張宝を除いた二人だけでも、これまでの演奏など比較にならないほど、観客の反応が良かったのだ。
おかげで、素寒貧だった一週間前と比較にならないほど、懐も暖かくなっている。
しかし。

「あはは……結構あっけないもんだね」

姉が返答を期待していないことはわかる。
慰める事もできない。
張宝も張梁も、すでに無理に明るくしようとして失敗しているのだ。

「しょうがないよね。わたしがお願いしたことだし……」

契約の日。
優しくまさぐられながら、欲望を含んではいても、どこか冷静な一刀の表情が気になった張角。
明確な感覚ではないが、実験動物のように扱われる事がみじめに思え、思わず出た「恋人みたいに接して」という言葉が間違っていたとは思っていない。

「でも……もうちょっと、引きとめられるかなーとか思っちゃってたな……」

後ろは見ない。
そうお願いされていた事もあるが、言葉に挟まれる嗚咽から、流しているであろう姉の涙を見ても何も言えないからだ。

「……お姉ちゃん、馬鹿だよね……本当に恋人になったつもりになっちゃっていたんだもん……」

あの日の翌朝、姉を案じて殆ど眠れなかった二人の前に、暢気な大あくびをしながら挨拶をされた時は気が抜けたものだった。
日にちが経つにつれ、初日の決心はなんだったのか、というくらいのアツアツぶりで、正直に言うと結構羨ましかったくらいであった。

「楽しかったな……えへへ…………ひっく」

張角の、期間限定の恋人に、という願いに応えて、一刀が上手くやりすぎたのは一因であることは間違いない。
充実したセックスというものは、男女の仲を深めるのに大きく影響するものである
お互いの相性もあったのだろうが、翌日から本当の恋人のようなベタベタ振りから、夜は自然に身を任せ、時には張角から求めて獣のように交わったりもした。
想像以上の快感に酔いしれたし、考えもしなかった行為もした。

割りきった関係だという前提であっても、妹から見ても恋人のような付き合いをしていたのだ。
もともとある程度の好感があったこともあってか、いつしか張角には明確な気持ちが根付いていた。
もしかしたら一刀のほうも、同じ感情をもっているのでは、という錯覚をしたのは彼女が悪いのか、そうさせた男が悪いのか。

見返してやりたい気持ちはあるが、理屈でいえば、一刀を恨む筋合いではない。
彼は、すべて約束通りに行動しただけである──ムカつくほどに。
別れ際にでも、張角が想いを告げればまた別の未来があったかもしれない。
しかし、それを言うには一刀の態度がそっけなさすぎたし、姉妹揃って旅立つのは既定の事であったのだ。

鼻をすする音としゃっくりの音だけが続いたが、とうとうしゃがみ込んで、声を上げて泣いてしまった。
妹たちはたまらず姉にかけより、かぶさるように抱きしめ、貰い泣きしながらも懸命に慰める。

「姉さん、ちぃや人和がいるから!」
「そうよ。私たちには歌があるわ。姉さんが手に入れてくれたこの書の力で……絶対、天下をとろう!」
「ええ!」

うつむきながらも、二人の励ましにこくこくと頷く張角。
こうして三姉妹は絆を深めあい、夢の実現に向けて、さらに強い決意をもつこととなった。




…………………………




三ヶ月も経つと、家の破損や雑草もなくなり、きれいなものとなった。
一刀と徐一家の共同生活も、お互い慣れたものになり、各々の役割も明確になっていた。

一刀の生活は、朝は徐晃、徐正との戦闘と弓術の鍛練。
昼は診療所で患者の対応の傍ら、暇な時間は文字の練習。
盗賊の噂を聞きつけると、ドッグミートとマーメンを伴って出立し、戦利品を得る、という生活をしていた。

なお、食費食材はすべて一刀がまかない、代わりに食事の支度は彼らに任せている。
また、空き地が多く、前の主人もそこで田畑で作物を作っていたようなので、徐正からの進言で、自分たちが消費する分程度は田畑で作ることになっていた。
以前に徐一家が耕していたほどの広さでもないので、家の管理だけでは持て余しそうな時間を潰すにはちょうど良い広さであった。
科学知識はあっても農業の知識は皆無な一刀は、当然ながら田畑の扱いも知らない。
死の大地で作物が育たないウェイストランドでいた一刀にとって、農作業というジャンルの未知は、彼の好奇心を刺激するものであった。

戦闘が無い時のドッグミートはすっかり愛玩動物と化し、徐晃の遊び相手か寝るか、ふらりと散歩にでかけるかの毎日である。
一刀が鍛練している時は寝そべりながら眺め、夜の警備はドッグミートがほぼ請け負っていた。

ちなみに、死体を放置しておけば猛獣か何かに処理されるウェイストランドと異なり、この街中では色々と面倒なので、侵入者を見つけたら、殺さずに動いて逃げ出せる程度に痛めつけるよう言いつけてあった。
朝、2度ほど血だまりがあった。出血量からして、相棒がうまくやったようだ。

治療所としての評判は、腕はいいが、金にがめついという噂になっていた。
事実であり、そういう風評になるよう、徐一家が外出時に他人と話す時に広めるよう言い伝えていたのだ。
この風評を聞いて、来たがる患者は少ないだろう。

ただ、噂を知らない場合や、近くで怪我をして、やむなく一刀を訪ねた患者の評判は悪くなかった。
最初に料金表を見せられることはほぼ全員が引くが、提示金額は妥当であるし、処置は丁寧で的確。
病は基本見ない事にしていたが、向上心が強く、学ぶ事を苦にしない一刀は、今では漢方の知識も増やしており、軽度の症状ならば対応もしている。
賊退治による時折の休業もあって、さほど繁盛していないのだが、医療だけに注力せずに済んでいる現状は、一刀の望んだライフスタイルである。

このように、基本的に順風満帆ではあったが、少しも波が立たなかったといえばそうでもなく、どんな場合であれ手持ちが無ければ老若男女、傷の軽重を問わず門前払い、というシビアな態度に、正義感の強い徐晃が、おそるおそるではあったが苦言を申し立てた事があった。

「あの、一刀様……少々厳しすぎないでしょうか……」

憧憬補正があっても共同生活を続けていれば、さすがに一刀の本質がわかってくるものだ。一刀も、近しい人間にまで必要以上に取り繕う気もなかった。
大人たちは少女に同感する所はあっても、雇い主に指摘するほど短慮ではない。
だが、徐晃はまだ子供である。
金銭に裕福な人間は、困っている人には無償で処置してあげるべきでは、という気持ちが沸いていたのだ。

「晃!出過ぎた事を言うな!」

慌てて少女の頭を抑え、自らも頭を下げる徐正。
気難しいという印象だった一刀は、思ったより付き合いやすい主人であった。
気さくではあるし、孫娘にも良く付き合ってくれている。
だが、その寛容さが無制限ではない事を、一刀のこれまでの言動から確信していた。

この国では、貧しい者への施しが美徳とされるが、金持ち皆がそうしているわけではない。
内心では孫に賛同しても、彼から給金を貰っている立場の人間が、言っていい事ではない。
見かねて自分が立て替える、という孫娘の行動を彼が止めさせたのも、主の面子を潰すことになるからだ。

一刀は怒るでもなく、恐縮する徐正を手で制する。

「まあまあ」

ウェイストランドでも、困窮者を助ける事は善行である。だが、見捨てることは悪ではない。
一刀もこの国の慣習を大体理解してきているので、少女の気持ちは理解できたが、実際、貧者に施しが出来ている漢の貴人など、ごく一部である。
ならば、異国人であり、金はあっても大富豪とはとてもいえない自分が、施しせずとも文句を言われる筋合いは無い。
さらに、徐一家には言っていないが、盗賊狩りのついでではあっても、多くの人を無償で救っているのだから贅沢言うな、というのが一刀の本音である。
そもそも、仁医として評判が広がり、貧者に殺到されては困るのだ。



だが、生意気なクソガキならばともかく、徐晃のようにかわいらしい少女に慕われている事は、一刀の寛容さを引き出す要素であった。
また、[Lady Killer][Child At Heart]という怪しげなスキルを習得しているだけあって、徐晃くらいの年ごろの少女への言いくるめは最も得意とするところである。

「君の言うことは立派だよ。でもね──」

うつむく少女の顔を上げさせ、目を合わせて一刀は言った。
無理して治療費を払ってくれた患者に面目が立たないこと、手を広げすぎて他の医師から恨みを買うことからはじまり、需要と供給、相場の関係を経て、感情と理性について言及し、自分がただケチくさいだけでやっているわけではない事を、本音と建前を交えてこんこんと説明する。

少女の感情を否定するでもなく、受け入れた上での説得は、徐晃の心に沁み入るものだった。
一刀の落ちついた優しい声と、わかりやすく順序だった話し方もあいまって、話し終える頃には徐晃は自らの考えがいかに浅いかを恥じる気持ちでいっぱいになっていた。

「──というわけだ」
「私が浅はかでした……申し訳ありません!一刀様!」
「いや、わかってくれればいいのさ」

とどめとして、頭をなでながらの必殺のスマイルで、少女が更生する貴重な機会を奪った一刀であった。
その祖父は文句も言えず、傍らで諦めの境地に達していた。



純真な少女を洗脳──ではなく、説得した男は、今は庭の一角に的を立て、それに向けて弓矢を構えているところだ。
弓の方は、はじめはたどたどしかったものの、数射もすれば得意の射撃のコツを上手く応用できたようで、その上達速度は徐正をして呆れさせるものだった。
弓を射つときの姿勢や力の入れ方を教えた程度で、あとは勝手に独自のスタイルを作り上げてしまった。
すでに徐晃を追い抜き、甲高い音とともに、的の中心に矢が突き立つのは当たり前の光景となっていた。

「「お見事」」

感嘆の声を上げる徐晃たち。
現段階の徐晃と、徐正の全盛期を越えるものだった。

「しかし、これほど上達が早いとは……凄まじい成長ですな」
「物覚えの良さには、自信があるんだ」

Vault101を出た頃は、頭でっかちの世間知らずであった一刀。
知恵だけは良く回ったが、力も体力も突出したものはなかった。
それが2年のうちに、様々なジャンルのエキスパートである。
Pip-Boyの恩恵や、巡りあわせの運の良さを鑑みても、異様な成長であった。

「それに、俺の国に弓はなかったが似たような武器はあったんだよ。風を考慮して狙い撃つ点は同じだからな」
「なるほど……」

弓と銃が似ているというのは人によっては納得しづらいところではあろうが、詳細を言っても仕方がない。
始めは銃に近い弩を中心に練習しようかと思っていたが、徐正に師事してすぐにその考えを変えた。
弩の方が総じて威力は強いが、足で弦を引く必要がある(一刀の膂力ならば手で引けるのだが)ため、連射性が悪い。
慣れてくると弓の方が使い勝手がよく、彼の膂力で引かれる剛弓から放たれた矢は、弩どころか、ウェイストランドの下手な銃でも及ばない程の貫通力があったため、今ではこの弓という武器を好むようになっていた。
弩は侵入者への罠として、有効に使っている。
ちなみに一刀の持つ弓は、賊に襲われた商人が、弓の名手で知られる陳留の武将に売りつけようと、弓作りの名人から仕入れた一品である事を知る人間は、もはやこの世にはいない。

また一つ、的に当たる。
残心も美しく、芸術的な射であった。

「一刀様はなんでもできるのですね!尊敬です!」
「いや、褒めすぎだ。連射すると命中率が落ちるから、まだまだ先は長いさ」

そう言って今度は3本手に持ち、一息で続けざまに放つ。
カカカン!と甲高い音を立てて的が揺れる。
一本目は中心、二本目はややずれた位置。三本目は的の端だった。

「ふゎ~……」

自分ではとうてい真似できない業に、徐晃は思わず感嘆の溜息を洩らす。

「今のところ、これが限界かな。実戦で使うときはもう少し命中率が落ちるだろうし、要練習だな」

「その腕前でしたら、どこでも仕官がかないましょうに」

武器の種類を問わない武力と優れた弁舌。
人間的魅力もあり、世に出れば武将として相当名を馳せそうだと感じていた。
金銭にうるさいようだが、世の中そんな人物が大半である。
それを自覚し、配下には気前よく、というのも心がけているようであるから、致命的な欠点ではない。
北郷一刀という人物の全てを解ったわけではないが、どこの領主でも欲しがる人材だろうと見ていた。

「それも悪くはないが、今のところそのつもりはないな」

言い終わりと同時に矢を放つ。
先に刺さっていた矢と触れ合う程度にずれて突き立つ。
それなりに風もあるというのに、器用という表現では足りない、異様な微調整能力であった。

Vault101で行われた、徹底した管理教育への反動もあるだろうが、一刀は自由を尊ぶ性質だ。
かといって、誰かに雇われるという事に忌避感を持つほどではない。
忠誠をもって君主に尽くすというのはよくわからない感覚であるし、自分から売り込むつもりはないが、誰かに請われて条件が合えば、使われてもいいと思っている。

「そういえば、昨日買いだしで聞いたのですが、賊が活発化しているそうです」
「なに?収まりかけてたんじゃなかったか?」

最近は一刀や太守の働きで、陳留周辺は沈静化に向かっていて、それに合わせて一刀の出征数も減っていたのだ。

「どうもそのようですな。全員黄色い頭巾をしていて、自らを黄巾党と名乗っているようです」
「そうか……」

聞けば、大勢力になっていて、大陸全土に広まっているそうだ。
少し考えると、一刀は徐正に告げた。

「しばらく休業する。夜間の警備に気を付けてくれ」
「……はっ」

盗賊の噂を聞く度に出かけるのだから、だいたいの見当はついているだろうが、徐正のこういうあまり詮索しないところを一刀は気に入っていた。
大規模になれば、前よりも財産を手に入れられる。
名声を上げる良い機会と思っている人間はいるだろうが、このような理由で盗賊の跋扈を歓迎する人間は一刀くらいのものだろう。

今の生活具合は丁度良いが、数年間の殺し合いの日常が懐かしくもなっていたころで、彼にとって朗報といえる。

(千人規模か……腕が鳴る)

この国の武人の多くがそうであるように、自ら鍛え、昇華させた力を振るう事に躊躇いはない。
資金稼ぎという事も大きいが、2年間戦いの日々を送り続けた彼には、穏やかである日々は退屈に過ぎる。
また、楽に勝てるに越したことはないが、あまりに敵が弱すぎるとそれはそれでつまらないものだ。

スーパーミュータント・オーバーロード。
フェラルグール・リーヴァー。
ブリーチ・ラッドスコルピオン。

幸運なことに、一刀が今の強さになるまで出会わなかった、これらの最強種クリーチャーと対峙した場合、時には命の危険をも感じたものだが、今にして思えば温くなりがちであった戦いにおいて、緊張感を保つための良いスパイスであった。
大規模であればたとえ雑魚でも食い出があるだろう。敵うならば、そこそこ本気を出せる敵がいればなお良し。

(多少は歯ごたえがあるといいけど──な)

最後の会心の一射が的の中央を射ぬく。
自らの前途を表しているように思え、一刀は思わず笑みを浮かべた。


前を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024590015411377