<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.29271の一覧
[0] 【習作】外史のアイツ(R15、Fallout3×真・恋姫†無双)[やがー](2012/02/12 02:18)
[1] 第2話 異文化交流するVault101のアイツ[やがー](2012/02/12 02:19)
[2] 第3話 地道に稼ぐVault101のアイツ[やがー](2012/02/12 02:19)
[3] 第4話 拠点を得るVault101のアイツ[やがー](2012/02/12 02:20)
[4] 第5話 意図せずマッチポンプするVault101のアイツ[やがー](2012/02/12 02:21)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29271] 第3話 地道に稼ぐVault101のアイツ
Name: やがー◆4721ae65 ID:1314f84a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/12 02:19
とある山の麓に、飢饉や盗賊の襲来で、とうの昔に廃村となった場所がある。
日も落ちた暗闇の中、煌々と篝火が焚かれていて、ひいき目に表現しても清潔とは言い難い、むさくるしい男たちを照らしていた。

彼らは、義侠団と名乗る、義侠心のかけらもない盗賊団であり、その中でも一際目立つ、大柄な体躯をした堅肥りの男──おそらく首領と思われる男が、50人程の手下を前に、声を張っていた。

「お前ら!今日はよくやった!好きなだけ飲め!」
『うおおお!』

首領の、外見の印象通りに良く通るしゃがれ声に、手下達が手を突きあげて歓声を上げる。
その様子をしばらく満足気に眺めた首領は、手下の一人を呼び出した。

「おう、張よ。お前、良い働きだったぜ。今日から小頭目だ!」
「ありがとーごぜーやす!」

首領から偉そうに告げられた張という男は、ヤクザのチンピラのごとく、ガニ股に開いた膝に手を付き、頭を下げて礼を言葉を口にした。
この張は、今朝方の商隊への襲撃の際、先頭に立ってまっ先に突入した男だ。
一番槍の功績により、4~5人の部下を率いる小頭目に任ぜられたのだ。

「んじゃ、幹部連中はあっちだ。後は好きにやれ!」

首領はそういうと、先ほどの論功行賞で9人になった小頭目を引き連れ、元は村長のものだった屋敷に入って行った。

残された下っ端連中は、篝火を囲んで、めいめいに酒を飲み、食事を採り始めた。
うまいことやりやがったな、次は俺も、などなど、あっという間にどんちゃん騒ぎである。
だがその中に、幹部たちの後ろ姿を苦々しげに見て、悪態をつく男がいた。

「ちっ、ほんのちょっとの差じゃねーか」

この男は襲撃の際、張に少し遅れて突入した者だった。
わずかの差が、大きな扱いの違いになったことで面白くない。剣の腕も、自分の方が優れているという自負がある。
負けたのは足の速さだけで、実際に殺した数は、張よりも2人多かったのだ。

男は、周りに近寄り難い雰囲気を巻き散らしながら、ぐいぐいと手酌で酒をあおっていたが、しばらくすると尿意を催したらしく、用を足すべく立ち上がった。

「おう、ちーと小便してくらー」

周りの人間に一声かけ、村を囲う柵の方へと向かう男。
声をかけられた方の男たちは、おう、と答えたものの、皆が騒ぐ中、ひとり陰気に飲む男が居なくなって、ほっとした様子だった。
自分が空気を悪くしてるなどとは露とも思わず、柵の方へと歩みを進めると、人影が横たわっているのが見えた。

「ん?あいつは確か……」

背格好からして、最も働きが悪かったとして見張りを命じられていた男だったはずだ。そいつが腕枕をして、横向きに臥せっている。
元々規律のゆるい組織だし、目立ちにくいここを拠点にしてから襲撃された事など一度もないが、これはいくらなんでも叱責ものだ。
自分も同じ立場なら寝るだろうが、起こさなければならないだろう。

「おいこら、こんな所で寝てんじゃねーよ」

背中を軽く蹴りつけると、寝ていた男がぐらりと揺れたかと思うと──どしゃ、と体が崩れ、同時に首の向きがありえない向きに転がり、虚ろに開かれた目が合う。

「ぅ──」

──ごきん。

叫びかけた所で、視界がぐるりと回り、夜空と地面が逆さになったと認識した瞬間──男の意識は途切れた。

首を半回転させた男が絶命し、崩れ落ちた数瞬後、すぐそばの空気が揺れ、突如、人影が姿を現した。

それは、異様な風体だった。
全身をぴっちりと覆う黒いスーツを纏い、黒い金属製のマスクを被っている。
目から前頭部にかけて張られた、オレンジ色に光るバイザーだけが闇の中で目立っていた。
バイザーはマジックミラーのようになっているのだろう。外部から瞳を窺うことはできない。

この世界で、これほどのハイテク装備をしているのはただ一人。
中国軍ステルスアーマーを装着した北郷一刀である。

ステルスアーマーは、防具としては大して役にたたない装備だが、その真髄は光学迷彩機能にある。
起動すると、周囲の空気の屈折率が歪められ、360度どこから見ても透明に見えるようになるのだ。
激しい動きをとると、搭載されたコンピュータの処理が追いつかずに迷彩が解除されてしまうが、それでもかなり有用な装備である。
もっとも、完全に透明とはいかず、微妙な屈折の違いで目を凝らせばわかるのだが、そこにいると知っていなければ判別は難しい。
一刀の隠密技術と合わされば、鬼に金棒である。

余談だが、最新式のステルスアーマーは、バーチャル世界で彼が戦った中国軍特殊部隊のように、走りながらでも透明化出来るほど処理が向上しており、自らのステルスアーマーがそこまで最新式ではない事を、一刀は残念に思っていた。

さて、ステルスを解除した一刀は、自ら作った遺骸を見下ろしながら、冷静に盗賊の戦力を分析していた。

(うーん。……こいつらも普段着で十分かな)

趙雲たちと別れてから約1月半。
盗賊の噂を聞いては狩り、聞いては狩りを続けていた一刀だったが、今回の標的はこれまでで最大規模である。

趙雲のように、一刀に匹敵する人間がいる事も考え、慎重を期してステルスアーマーを着込んでいたが、隠れて一回りしたところ、ここの盗賊は全員大した事はないようだった。

この程度ならば、虎の子の装備を使うほどではない、と判断し、脱いで畳んでPip-Boyにしまう。
武器も防具も基本、消耗品である。使えば使うほど故障率が高くなるのだから、必要でもない時にわざわざ使うこともない。

代わりに、着なれたジャンプスーツに素早く着替える。
色々な服や装備を持つ一刀だが、やはり物心付く前から長年着続けている、Vault101のジャンプスーツが一番しっくりくるのだ。

着替えた所で、アンモニア臭が一刀の鼻をついた。見れば、死んだ男の股間がじんわりと濡れている。
慣れた臭いだが好きなわけでもないので、さっさと戦利品を回収することにした。

男が腰に佩いていた剣を剥ぎとり、懐から巾着袋を取り出す。剣はともかく、巾着袋が見張りの持っていたそれより重かったことに、少し満足感を覚える一刀だった。

その時、一刀の耳に砂利を踏む音が聞こえた。
視界に該当マーカー無し。死角位置──背後だ。

「あれ?お前何を──」

一閃。

一刀の背後から誰何の声を上げようとした盗賊は、振り向きざまに放たれた突風のような斬撃によって、首をはねられた。
宙を舞う頭部の、気の抜けたような表情が、痛みも何も感じる間もなく絶命したことを示していた。

噴水のように血しぶきを上げて倒れる死体に目もくれず、一刀は鉄剣をかざして、広場の篝火の余光を頼りに、刃の部分を眺める。
首を断ち斬った程度で欠けてしまった事に、思わずため息が出た。

(これもなまくらか……)

この国の剣の質の悪さにガッカリする一刀。
彼からすればガラクタばかりで、ウェイストランドでは弱者の武器である、金属バットや鉄パイプの方が、使い勝手が良いかもしれない。
技術が二千年も違うのだから当然とはいえ、武器コレクターの彼にとっては非常に残念な事である。

ただ、収穫が全くないわけではなく、弩と呼ばれるボウガンや、弓についてはなかなか使えそうだったので、丈夫そうな弩弓と矢は全て回収していた。
接近戦を好むとはいえ、遠距離からの攻撃手段はあったほうが良いし、使い方によっては下手な銃より効果があるものだ。
また、大きめの物でもライフルより軽く、収納を圧迫しないので、むしろウェイストランドに存在しなかった事の方が不思議である。

一刀は、はるか昔の時代ならこんなものか、と自分を納得させ、再び闇に溶け込む。
ステルスアーマーが無くとも、その身のこなしや忍び足は、熟練の忍者のようだった。



数十分後。

あぐらをかいて涎を垂らしながら、うつらうつらと舟を漕いでいた盗賊が、突然胸に加えられた衝撃により、背中を地面に打ち付けた。

「わ!な、なんだぁ?」

蹴られた事に気付いた男が文句を言おうと見上げ、見慣れぬ一刀の姿を見て、大声をあげようとする。

「て、てめっ──!」

が、その声は途中で止まった。
一刀のつま先で、盗賊の喉が蹴り潰されたのだ。

声も出せず呼吸もできず、痛みと苦しみにのたうちまわる賊。
近付く一刀の足が視界に入り、賊は右手で喉を押さえながら、待ってくれと言うように、後ずさりながら左の掌を向ける。
気道が潰されたのは一時的だったようだが、骨や肉はそうもいかず、痛みで涙が止まらない。

「略奪した物資はどこだ?黙って指し示せ」

一刀から発せられた問いで、初めて目がまともに合う。

──逆らったら殺される。

生物としての本能で、そう悟らざるを得ない目だった。

震える指を元村長の館の方に向ける。
その先に見えるマーカーは、赤が10、白が5。
幹部連中が宴をしている舘だった。

それを確認した一刀は、縋る眼で見る男を一瞥もせず──無造作にくりだした、だが重機のごときパワーを込めた蹴りで、その頭部をスイカのように砕いてしまった。
自身のブーツが血と脳漿にまみれ、顔をしかめる一刀。

(あーあ、また加減を失敗した……)

もともと一刀が素手で戦うことを好むのは、戦士としての向上心もあったが、武器弾薬も消費せず、返り血で汚れにくいという、エコでクリーンである事が大きかった。

死体も“綺麗”なので漁るのも気が楽である。
何しろ彼が武器を使うと、全身バラバラになったり光る粘液になったり、灰になったりと、戦利品が汚れることが多いのだ。
ケチで潔癖な一刀にとって、素手というのは実にマッチした戦い方なのだが、この世界の連中は、素手ですら派手に中身をまき散らしてくれるので、なかなか理想的な殺し方が難しかった。
要練習だな、と今後の課題を決め、慣れた手つきで懐を探っていると。

──ハッ、ハッ、ハッ

断続した呼吸音とともに、暗闇からにじみ出るように現れる黒い獣。
言うまでもなく彼の相棒、ドッグミートだ。
一刀は声をひそめて話しかける。

「終わったか。誰も逃がしてないな?」
「わふ」

ドッグミートも一刀にあわせて、ささやくような声で返事をした。
相棒には、広場を挟んだ一刀の反対側から始末するよう、言い伝えていたのだ。

「俺の方もさっきの奴が最後だ。それじゃ、メインディッシュといこう」
「わふ」

足音を立てない忍び足で移動を始める一刀とドッグミート。
凄まじい戦闘力をもった両者だが、彼らの恐ろしい所は、油断しているとはいえ40人もの集団を、騒ぎを起こさせない内に全て始末してしまう、サイレント・キリングの手際にあるだろう。



…………………………



元村長の館では、盗賊の幹部たちが広間で円をつくり、宴会をしていた。
皆だらしなく胡坐をかき、年頃の女性5人を侍らせて、機嫌良く酒を飲んでいる。

女性たちは皆、憔悴しきった表情で、その着衣は凌辱されたときにボロボロになっており、時折盗賊たちに体をまさぐられながらも、酌をしていた。
首領専用が1人。他の4人は、9人の小頭目たちで共有しているようだった。

上座に座る首領は、自分の組織が上手く行っている事に、大層気分を良くしていた。
組織の立ち上げ以来、失敗らしい失敗もなく、着実に財貨と食糧を貯め込む事に成功している。

昨日は農村を襲って食糧を得、今日はたまたま見つけた商隊から、莫大な金銭、宝物を手に入れた。
村にはなかなか整った顔をした娘がいたので、彼専用の情婦として攫い、凌辱することで野獣の本能を満たすことも出来た。
元からいた情婦は、小頭目共用の女として手下に与えて、皆が満足する結果に終わっている。

商隊を襲撃したときにはほぼ同数の護衛がいたが、相手の隙を突いた奇襲が上手く決まった事によって、敵を圧倒出来た。
それでも10人の手勢を失ったが、この時代、賊になりたがる人間は後を絶たない。
すぐに増えることになるだろう。

そして、組織運営。
5人ごとの小隊を作るという軍の方式を取り入れたり、功績に応じて取り立てることや、今しているように、頭目だけは別の場所、特別な料理と酒、そして女を当てがうことで、出世欲を刺激する。
また、下っ端にもケチらずに酒や飯を振舞い、農村で、“幸運にも”連れ去られるほどの容姿ではない女で適度に発散させてやった事も、士気の向上に繋がっていた。

それを誰から学んだわけでもない男だったが、本能で知っていたのか。
結果として彼の組織は徐々に拡大していた。
しかし、本能だけで学がないゆえか、生来の性か。その増長は止まらなかった。

(ちーと減っちまったが、すぐに百人、いずれ千人、万人を率いてやる……そして、王になってやる!)

自分の妄想に興奮して、脳内麻薬に酔い、たぎる首領。
その衝動を抑えようともせず、情婦の後ろ髪を乱暴につかみ、かぶりつくように唇を奪い、貪った。

肉の脂と酒にまみれた、しかも歯なぞ滅多に磨かない不衛生な口を、涙を流し震えながらも、受け入れざるを得ない娘。
好きでも無い汚い男に純潔を奪われ、食事の用意をさせられた上、こうして絶えず慰み者になる。
自らを襲った悲運に、嘆く事しか出来ない無力さが恨めしかった。

娘の内心など知ったことかと、首領のその行動に口笛で囃したてる小頭目達。興奮が伝播したのか、隣の娘に同じ行動をとる男もいた。
部下たちの反応に、さらに首領の機嫌と興奮度が上がり、部下達への褒美とばかりに、娘の着物をはだけさせ、乳房を露にした所で──宴は唐突に終わった。

(ん?)

肌に風を感じたので、その方向を見やると、閉まっていたはずの部屋の扉が、いつのまにか開かれていた。それを認識した瞬間。

くしゃ、と何かが壊れるような音が2回。
同時に、扉を背にしていた男2人の眼球が、首領の方へ飛んできた。

そのうちひとつが、彼が手に持っていた盃に、音を立てて飛び込む。
ちゃぽん、という軽い音が、妙に首領の耳についた。

両目を失った男たちは、舌を突き出して座ったまま絶命しており、胡坐をかいたまま前のめりに倒れる──その間にも、その隣にいた男の首が、鈍い音を立てて背中側に折れ、伸びた首の皮を頼りに、頭部がぷらぷらと揺れる。

ここで、首領は事態を認識した。
といっても、明確ではなく、この時点で彼が悟ったのは、何かヤバイ闖入者がいる、という事だけだったが。

宴を中断させたナニカは、その勢いを留めることなく、広間を席捲する。
それはまさしく暴力の塊だった。

拳を心臓に“直接”突き入れられて事切れる4人目の男。
掌打によって下顎部を吹き飛ばされ、意識を絶たれた5人目の男。

5人目の男が死んだ所で、他の者も事態を理解し、怒号と悲鳴がこだました。

首領が素早く立ち上がり、金切り声で叫ぶ情婦を羽交い絞めにして壁際まで下がったのは、上出来な反応と言えよう。
だが、その間にも惨劇は続いていた。

6人目の男は、回し蹴りの直撃をかろうじて避けた。とはいえ、意図したわけではなく、思わず後ずさった事が、たまたま功を奏した──とは言い難い。削るように裂かれた腹から臓物をぶちまけ、苦しんで死ぬことになったのだから。

続いて7人目の頭が破裂し、脳漿が飛び散る。

退いたことで、闖入者の姿をなんとか把握する事ができた首領。
上着と下履きが一体になっている、珍しい形の青い服と、優男のように整った顔立ちであることはわかった。
ここで首領はようやく声を上げる。

「やめろ!」

首領は娘の首に剣をあてていた。
娘の命を盾に、降伏させようという意図は、誰から見ても明白だ。

だが彼とて、闖入者の目的が不明確な以上、娘が人質として使えない可能性も考えたが、盗賊を襲うのだから、おそらく村人の依頼で襲撃してきた雇われか何かだろうと、あたりをつけた。
ならば、村娘の命は惜しいはずだ、という願望交じりの推測だった。

だが。

「ごふっ……」

ちらりと一瞥されたものの、闖入者の動きは一瞬たりとも止まらなかった。
8人目の男が、背中から食らった掌打で内臓を破裂させ、口から血をたらふく吐いて死んだ。

9人目の男──新たに小頭目となった張だ。目ざとい彼はこの場から逃げようとしたが、後ろから破城鎚のような激しく重い蹴りを背中に食らい、脊椎を折られて二つ折りに畳まれた。
そして、痙攣して血泡を吐きながら、息絶える。

最初の男が死んでからここまで、10秒も経っていない。
ついさっき、一緒に楽しく飲んでいた9人の手下は、凄惨な骸と化してしまった。

「き、貴様ぁ……!」
「ひっ……」

発言を無視したことに憤り、さらに剣を押しつける首領。
恐怖で息を飲む娘の首筋に、うっすらと血が滲む。

闖入者がようやくその動きを止め、正面から向き合う。
端整な顔立ちに浮かんだ瞳は、情も何も浮かんでいない。
まるで昆虫のようだ、と首領は漠然と思った。

腕自慢で増長しやすい男だったが、とても敵わない相手である事が理解できないほど、無能ではなかった。
勘に優れた彼の本能が、ここで殺されるという嫌な予感を強くしていたが、それを理性で抑え込み、大声を上げて、外にいるはずの手下を呼ぶ。

「おい!!くせものだ!!」

頭目の大声に顔をしかめた一刀が、面倒くさそうに手短に伝える。

「……残りはお前だけだよ」

一刀から感じられる余裕から、その言葉が真実であろうと悟り、再度人質を使う。
すでに一度無視している事から、まず無理だろうとは頭では分かっていても、縋れるのはこの娘だけなのだ。

「ぶ、武器を捨てろ!」

だが、動揺しているとはいえ、これはあまりに間抜けな発言だった。元から無手なのである。
返答の代わりに首をかしげて、呆れたように両手をプラプラさせる一刀。

「跪け!こいつが死んでもいいのか!」

その言葉で、一刀はようやく盗賊の意図を理解した。

(……そうか。こいつ、この娘を人質にしているつもりなのか)

映画などで良く見るシーンだが、知人ですらない娘の命を盾にされるとは、思ってもみなかった一刀である。

そういえば昔、映画でこういうシーンを父さんと見たな、と少年時代を思い出した。
それは、父親がVault101の監督官の目を盗んで仕入れた禁制の映画だった。

地下核シェルターであるVault101は「純粋」の維持を目的とした実験区も兼ねており、その監督官が全権を握っていた。
そのため、教育からして監督官の言葉が全て正しいという洗脳教育がなされていた。

各地の放浪経験から、それに染まっていない一刀の父親は、息子の将来を案じて、洗脳に染まりきらないよう、時折禁止されている書物や映画を、こっそり見せていたのだ。

「どうしたカズト。この映画面白くないか?」
「うーん、面白いけどさ……ねえ父さん。なんでこの人、攻撃しないの?」

「ん?そりゃ、娘が人質になっているからね」
「でも、攻撃しないと2人とも殺されちゃうよ?」

「そうだね。でも、彼にとっては娘が大事なんだ」
「でもこの人が死んだら、娘さんは死ぬか、良くてヒドイ目にあうんじゃない?」

「そ、そうだね。でも、大事な存在だから、分かっていても体が動かないんじゃないかな」
「うーん……」

「なあ、もしカズトがこの人の立場で、父さんが人質だったら──」
「敵をやっつけて助けるよ!」

「えっ!?……で、でも、敵を倒せても父さんが死ぬかもしれないんだぞ?」
「悲しいけれど、2人とも死ぬよりは良いと思うよ」

「………………そうか」

その後、一気に年を取った父親は、合理的、利己的に過ぎる息子の教育に奮闘する。
結果、根本的な性根は治せなかったが、良い人と言われる振舞いを出来るようには矯正することが出来た。
一刀と異なり、現代日本基準でも善良といえる父親にとっては、息子がウェイストランド流に完璧に染まっている事は我慢ならなかったのだ。
結果から見れば、表向き善人で通す分、より性質が悪くなったとも言えるが。

そんなこともあって、一刀も、この状況では盗賊の言う事を聞く事が、善良な行動だと理解している。

だが、一刀である。
父親の死に際でさえ、嘆きながらもどうにかして、ガラス向こうの敵の死体から、珍しい装備を取れないか試行錯誤していた一刀である。
血縁でもない、今日会ったばかりの村娘のために、自身を敵にゆだねるような選択肢を取るはずもない。
後味が多少悪いだろうが、自己犠牲はもうこりごりだったのだ。

かつてエンクレイヴとの戦いの中、水質浄化装置の暴走を止めるために、一刀でもヤバイほどの放射線が充満した中で停止コードを打ちこむ必要があったのだが、共闘していた組織『ブラザーフッド・オブ・スティール』の隊長、サラ・リオンズと最後まで押しつけ合った末、一刀が特攻するハメになった。
ギリギリで一命を取り留め、意識を取り戻した後、一刀は、やはりサラに押しつけるべきだったと、心底後悔したものだ。

このように、理性でも本能でも盗賊に従うべきではないと結論付けている一刀だったが、人質の前で本心を口にしないだけの良識はある。
だいたい、今は“圧倒的有利な状況”であり、盗賊の命を握っているのは彼の方なのだから、悩む必要すらないのだ。

一刀が微塵も動じないのを見て、やはり無駄だったかと、諦めたように押し殺した声で口を開く首領。

「……俺を殺すのか」
「その子を解放すれば見逃してやる。もう少しでも傷つけたら、散々苦しんで死ぬことになる」

一刀に見逃す気など毛頭ないが、自棄になられても面倒だったし、映画のような場面で遊び心が湧いたのもあって、そう言ってみた。
アドバンテージを握っているのは俺だ、とばかりに盗賊を見下ろす。

首領の方も、嘘である事をなんとなく悟ってはいても、人間、極限状態で一縷の望みがあれば、それに託したくなるものである。一刀の言葉に逡巡した。

「今から5つ数える。その間にその娘を放せば見逃そう。数えるぞ……Go!」

1カウント目で、盗賊が視界の端で何かが動いたと感じた瞬間、腕に激痛と重みを感じた。

5とGoをかけたふざけた指示により、精悍そうな犬──ドッグミートの牙が、剣を持った右腕に、深く突き刺さっていたのだ。
状況を認識する間もなく、ドッグミートがぐい、と体をひねると、みち、ぽき、と嫌な音を立てて、男の右腕は食いちぎられてしまった。

「がぁあああああ!」

爆発的に広がる痛みで、悲鳴を上げる首領。
跪き、血があふれる切断面を抱える様は、まるで、許しを乞うような姿勢だった。

盗賊の死角で潜んでいたドッグミートが、出番が欲しいのか、命令を期待するように見ていたので、今回は任せてみた一刀だったが、V.A.T.Sを使えば、男が感知できない速度で腕を切り落とすなり、頭部を破壊するなりも出来た。
人質を取った時点──いや、一刀がこの盗賊団を標的にした時から、すでに勝敗は決していたのだ。

首領が悶える間に、一刀はゆうゆうと、恐怖で固まっていた娘を遠ざけて、冷徹な口調で告げる。

「だから言ったろ?苦しむって」
「い、いづづって、言ったじゃねーが……」

言葉を違えた事を抗議する首領。
こんなことだろうとは半ば予測していても、文句の一つも言いたくもなろう。

「ちゃんと数えたさ。心の中でな」
「ぐ、ぐぞがぁ!」

殺し合いの中で、珍しく湧いた興に乗ってみた一刀だったが、男の罵倒を聞いても、さして面白さを感じなかった。
もうやるまい、と心に決め、相棒に始末を任せる事にする。

「ドッグミート、遊んでやれ」

一刀の言葉で、片腕を吐き捨てたドッグミートが首領に飛びかかった。

「や、やめ、あああ!」

ドッグミートが人間で遊ぶ凄惨な光景を背に、娘達の方を見やる。
彼女らは、部屋の隅にひとかたまりになり、一刀を見て震えていた。

(人質を無視ってのは、やっぱダメだったかねぇ)

どうフォローしようかと、頭を回転させる一刀。
本当の所は、一刀やドッグミートの尋常でない暴力に怯えており、人質を無視されたという事まで考えが行っていないのだが。
悪党をどのように殺しても、称賛されるのが常であった一刀には、自分が特別残虐な事をしたという認識はない。
風習が異なる場所だと分かっていても、感覚の相違というものは、なかなかゼロには出来ないものである。

こういう時の対処については、自身の経験や父親の薫陶もあって、振る舞いを心得ている。
人質になっていた娘の両手を取り、真摯な表情で痛々しげに話した。

「怖かったね、もう安心だよ……君を犠牲にするような事言ってごめん。でも、ああしないと俺も君も危なかったんだ」

一刀は話している途中、娘から漂うすえた精臭に気付き、思わず鳥肌が立ちそうになる。
捕虜の女性の扱いは、どこでも同じらしいが、率先して嗅ぎたいものではない。
ドッグミートに、もっと時間をかけていたぶり殺すよう言っておけば良かったと、少し後悔していた。

異臭に耐え、顔が引きつるのをこらえながら、娘の目を見つめ続ける一刀。
ほどよい所で、にこやかな笑みを浮かべる。
彼が鏡で何度も練習した、[Lady Killer]と呼ばれる必殺のスマイルだ。

一刀の整った顔と、包むような優しさをたたえた(ように見える)瞳、自分を心から心配している(ように聞こえる)声に、娘は呆けたように言葉を紡ぐ。

「い、いえ……助けていただきましたし……」

なんとか誤魔化せた事を認識し、内心で安堵した一刀は、全員に向かって大げさな身振り手振りとともに言葉を告げる。

「さあ皆、安心して村に帰りな。悪い奴らは皆、殺──やっつけたからね」

一刀の本性を知るものからすれば、その演技臭さに呆れるだろうが、この場合、その優しげで紳士的な演技の効果は高かった。
圧倒的暴力が自分たちに向かないと分かると、村の外の世界をほとんど知らない純朴な村娘達から見れば、一刀はまさしく救世主だった。
純潔を汚されてしまったことはショックだが、死ぬまで嬲り者にされると諦めていたところだったのだ。
最悪よりましだろうと、乱世で逞しくならざるを得なかった娘たちは、気丈にもなんとか立ち直った。

「助けていただいてありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「もう帰れないかと……」
「でも、どうせ帰ったって……」

家族を殺されでもしたのか、純潔を奪われた事が割り切れないのか。
救われても嬉しそうにしない娘もいるのを見て、面倒くさい事にならないよう、先手を打ってさっさと帰るよう促すことにした。

「気にしなくていい。俺は悪人は放っておけない性質なんだ。ささ、もう大丈夫だから、早く帰った方がいいよ」

ここで、村まで送っていかない所が一刀らしいところであるが、ついでで助けた娘にそこまでケアするつもりも無かったのだ。

(ウェイストランド人なら、ここでスティムパックか何かくれるんだけどなぁ……)

命とは引き換えにならないほど安いが、助けたお礼に、なけなしのスティムパックを提供してくるウェイストランド人に比べて、この国の人間は図々しいのかもしれない、と思い始める一刀。
もっとも、身に着けた服以外、何も持っていない彼女らに礼の品など出しようもないのだが、変わりに首領の情婦にされていた娘が申し出て来た。

「あの、ぜひ村でお礼をしたいのですが」

この娘に他意はなく、純粋に礼をしたかっただけなのだが、誘われた一刀の方は、なるほど、そうやって送らせようとしてもそうはいかないぞ、と身構える。
自分を基準に考えるので、無駄に疑心暗鬼になる事の多い男であった。

「ありがたいが遠慮しておくよ。ここの“後始末”もあるし、旅の途中なのでね。いずれ寄ることもあるかもしれないから、その時に是非頼むよ」
「せめて、お名前だけでも」
「……いや、名乗るほどの者じゃないよ」

一刀は、娘の言葉に少し考えた末、名乗らないことにした。
こういう時にいつも名乗っていたから、英雄扱いされてしまったのだ、と。
褒め称えられるのは大好物だが、未だこの国の人間を率先して救うつもりのない一刀だった。
彼がもっと非情であれば、この場で口封じの為に殺す所だが、敵でも標的でもない人間に、そこまでする外道でもない。

こうして、一刀の颯爽とした救世主ぶりに頬を染めながら、村娘たちは帰途についたのだが、その道すがら、一刀の事を話して盛り上がった。
少し気を取り直したのか、助けられても暗い顔をしていた娘も例外ではなかった。

盗賊達に汚された事に触れたくないためか、一刀の話ばかりをした結果、それぞれの村に実像以上の英雄ぶりが伝わって行くのだが、それは一刀の想像の外だった。



一方、死体だらけの廃村の中、一刀は別れた娘達について考えていた。

(結構可愛い娘だったな。あの様子ならヤれただろうけど……でもなぁ……)

略奪した村々から器量良しを見つくろっただけあって、首領の情婦などはかなり一刀好みだったが、この世界で最初に会った2人がまずかった。

(どうせ童貞捨てるなら、あの2人以上の娘じゃなきゃ嫌だ。なーに焦るな、この世界はイケる女はいくらでもいるんだ)

と、女性のハードルが上がってしまったのである。
まあ、それでなくても盗賊の精液まみれの非処女の時点で、一刀にとっては対象外なのだが。
このあたりは童貞らしいドライさを持っていた。

さて、体良く村娘たちを追い払──もとい、解放した一刀は、死んだ盗賊たちの懐を漁った後、略奪した品が納められていた部屋で、頂戴する品を物色していた。

その殆どは酒や穀物、野菜。燻製肉もあったが、この国では野生に食えるものがごろごろしているので、持って行く食糧の類はそれなりで抑える事にした。

放射線に汚染されていない天然の野菜や穀物など、ウェイストランド人からすれば目もくらむようなご馳走だ。
特に、盗賊を探す際に立ち寄った村で、対価を払って食わせてもらった米の粥は格別だった。
身体に流れる日本人の血だろうか。無性に馴染むのだ。
だが、この国ではありふれた食物である。ここは重量対価格が良い物を優先するべきだろう。

(いやー、ラッキーだ。今回の盗賊は、結構良いもの持っているな)

これまで始末した盗賊たちは、10人以下の小集団ばかりでろくな貯えもなく、いくばくかの銭と食糧ばかりだったが、目の前の財宝類はなかなかの質と量である。
これからは大所帯を狙った方がよさそうだと思う一刀だった。

(しかし、これは、持ちきれないな)

コツコツと貯め込んでいただけあって、50人程度の規模の割に、かなりのものである。
誇大妄想な男だったが、一刀というジョーカーが現れなければ、数千を率いる器量はあり、世が世なら、黄巾党の幹部の一人、馬元儀として、それなりに名を馳せることになるのだが、それはすでに失われた可能性であった。

まず、銅銭、砂金、金粒など、キャップと同じく重量カウントされないものや、装飾品や絹、紙など、高価で軽いものを優先してPip-Boyに収納する。
このあたりの価値の情報については、戯志才らから学習済みであった。

めぼしいものを入れた後に残ったのは、豪華な箪笥や置物などの大物の品々だ。
これらを何点か入れると、Pip-Boyの収納上限を超えてしまいそうである。
置いていくところだが、弾丸一発でも回収を見逃さない一刀にとっては、このオリエンタルで神秘的な雰囲気をかもしている家具、調度品の類は、是非とも自分の拠点に置きたい品だった。
特に、東洋の竜を形どった、一刀の身長ほどある彫刻などは、入り口近くに置いて自慢したい。

なお、Pip-Boyの亜空間倉庫は、サイズ自体は無限なのだが、格納重量が大きくなるほどPip-Boyの処理能力が管理に割かれる仕様となっている。
また、Pip-Boyは、一刀の左腕に外科手術で着けられたコネクタを介して神経接続されていて、それによってバイタルチェックやV.A.T.S機能など、様々な恩恵を彼に与えているのだが、重量オーバーで処理が閾値を超えた場合、過負荷がフィードバックされ、身体の動きが阻害されてしまうのだ。

歩く程度のゆっくりとした動作はできるので街中では問題ないが、殺し合いを常とする外では致命的な欠点であるから、重量の空きにはいつも気を使う必要があるのだ。

そういった事情から頭を悩ませていたところで、天啓がひらめいた。

(そうだ、馬を使えば……!)

何度か騎乗している人間を見ているのに、ドッグミート以外の動物は食い物か敵、という固定観念が強いため、自分がそれを使うという発想になかなか思い至らなかったようだ。
厩舎に繋がれた馬を使えば、移動速度は解決する。
戦闘にしたって、ドッグミートがいれば、この世界の貧弱な盗賊の100やそこらは撃退可能だ。
一刀自身も奪った弓矢で援護くらい出来る。

ドッグミートはただのオーストラリアン・キャトルドッグではない。
ウェイストランドでは、人間を含めて全ての生物が劣悪な環境に適応しており、見た目は普通の犬でも、知力、体力、あらゆる能力は、もはや犬と呼べる範疇を超えている。
魔獣デスクローをタイマンで殺せる生き物が、ただの犬のわけがないのだ。
とはいえ、今代のドッグミートがウェイストランドの犬の中でも、突然変異的な強さを持っている事は確かだろうが。

こうして、全ての財宝と、自分達だけなら数か月は持つ食糧を収納した一刀は、随分すっきりとした部屋を満足気に眺めた。
服はジャンプスーツから、この国の名士が着るような服に着替えている。
白基調で、袖などを青く縁取りがされ、ところどころに何かの紋様が刺繍された絹製の服で、一見して上等な品である。
涼やかですっきりとした顔立ちと相まって、どこぞの貴族でも通る姿だった。

丈夫さには欠けるが、上に外套でも羽織れば、土埃も防げるだろう。
今更ながらジャンプスーツが目立つ事に気付き、それを隠すためでもあったが、見た目も着心地も気に入った一刀であった。
その上から、盗賊が持っていた中で一番まともな皮製の胸当て、籠手、脛当てを着ける。
一刀自身の肌の丈夫さに比べれば紙みたいなものであるが、ちょっとしたコスプレ気分だ。

実はこの一刀、結構なおしゃれ好きである。
メガトンのホームで、珍しい服や装備を着て、一人ファッションショーを時々しているのは、彼とドッグミートと、ロボット執事のMr.ハンディだけの秘密だ。

その後、厩舎を訪れた一刀は、5頭いた馬のうち、最も体格が良い黒馬を、彼の乗騎とすることにした。
盗賊たちの横着のためか、馬具は着けっぱなしであったので、そのまま乗ることが出来そうなのは僥倖である。

一刀が馬具の歴史に詳しければ、ここで鐙や蹄鉄が存在することに疑問を持っただろうが、そんな知識もない彼は、普通に受け止めて、黒馬の顔を撫でながら話しかける。

「しっかり運んでくれよ。そうだ、お前に名前を付けてやろう」

ホースミート……いや、二番煎じでは芸がない。女性陣にも不評だった。
少々悩んだ後、一刀はひらめいた。

「お前、よく見るとウマヅラだな……、馬面……中国風にマーメンとしよう。実にクールだろ?」

黒馬はそれに対して、ブルル、と鼻を鳴らした。
気に入ったのかどうかは不明だが、馬の方は人間のセンスなどどうでも良いようである。
マーメンの反応を都合よく解釈して満足し、わしわしと強めに馬を撫でる一刀に、ドッグミートがすり寄ってきた。

「くぉーん」
「ん?よしよし、妬くな妬くな。俺の相棒はお前だけだよ。こいつは乗り物兼非常食だからさ」

寂しげに鳴いたドッグミートを宥める一刀。
馬にとっては酷い話だが、運搬に利用するだけの生物など、一刀にとってはそんなものである。
付き合いが長ければ対応も変わるかもしれないが、現時点では割り切った感情しかない。
どことなく悲しげに見つめる馬の瞳を、気にも留めなかった。

準備が整った後、廃村を後にする一刀たち。
売り物とする他の4頭には名前をつけず、黒馬の後に付いてくるように言いつける。
一刀がどのような本意であれ、彼とってはどんな動物も友達である。
人に懐きやすい動物である馬は、一刀の一言で、そうする事が当然のように従った。
駆け出しの馬職人が見れば、嫉妬で狂いそうな光景であった。



生まれて初めての乗馬に四苦八苦する一刀だったが、馬が異様に従順であることと、優れた身体能力によって、1時間も経たずに安定して乗れるようになっていた。
乗れるという程度だが、指導者も無しに、記憶にある映画の見よう見まねだけでこの上達は異常といえよう。

(それにしても、ずいぶん洛陽から逸れてしまったな)

盗賊を探しているうち北に逸れ、東に逸れ、と、中原を小さく一周したような感じになってしまった。
とりあえず、近くの街で膨大になった持ち物を換金するべきだろう。

(近いのは陳留か。評判のいい領主みたいだから、そこで腰を落ち着けてもいいかもしれないな)

盗賊を探して、村や街で情報を仕入れて分かった事だが、漢の首都洛陽は、趙雲らに聞いたよりも荒れているようだった。
現状、中原で治世の評判が比較的良いのは、幽州の公孫賛、冀州の袁紹、エン州の曹操。
特に曹操は英邁な人物として噂されていて、戯志才らも主君として仰ぐ候補として目をつけていた。

この国に来た頃は、楽園のようだと思った一刀だったが、時にはウェイストランドの方がまし、というくらいの村もあった。
宦官とかいう、地位のある玉無しどもが、好き勝手して荒れているという噂しか聞かない洛陽よりも、地方都市で有力な人間が治める街が良いかも、と判断したのだ。

結局、趙雲らと同じ街に向かうことになったが、別れてからだいぶ経っているので、出会う事はないだろう。

方針を決めた一刀は、陳留の方角へと馬首を向け、ドッグミートと馬たちがそれに続いた。



後日、村に帰った娘たちの証言で、廃村にやってきた村人たちが見たのは、腐り始めた死体たちと、一刀によって随分と減ってしまった略奪品だった。
とはいえ、彼らが、盗賊がどれくらい貯め込んでいたかなど知ることもなく、どの村の略奪品をどれだけ消費されたなど、誰も分かるはずもない。
村人たちは素直に喜んだ。

また一刀は、盗賊たちが持っていた金銭や宝物は根こそぎ持って行ったが、食糧については、ここにあった総量からすれば微々たるものである。

農民たちにとっては、領主の動きの悪さに、独自に依頼料を払ってでも誰かに退治してほしかった位なのだから、もし一刀が持って行ったと知っても、銭と多少の食糧で済めば安いものだと納得しただろう。
恨まれるとしたら、間接的に全て奪われたことになる商人たちだろうが、彼らは全員この世にいない。

というのも、今回の首領のように、多少頭が働く盗賊なら、村人を皆殺しなどしない。
再び作物を育てられる程度の人間を残しておかないと、本拠地の近くで“補給”できないのだから。
しかし、商人は違う。一度襲われた商人が何度もカモになってくれるはずもないので、全てを奪って一思いに殺すのだ。

商人の家族や、売り物を買う約束をしていた人間にとって、仇は盗賊であるし、そもそも盗賊の持ち物の所有権については法に定義されておらず、盗賊を退治したものが好きにして良い不文律がある。
例え一刀が掠めて行ったと判明しても、恨まれはしても罪に問われることはない。

まあ、バレれば風聞は悪くなるのだが、父親の薫陶によって表面上は善人を演じるものの、風評ごときで行動を変えるような一刀ではないし、所有権の事を戯志才から聞いたからこそ、欲しい物を欲しいだけ持って行ったのだから。



このような事情で、欲だらけの男は、その本性は隠されたまま、悪を滅する無欲な勇者として、徐々に人の噂に上り始めることとなった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.028532028198242